新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「ヘイオースさん、今回は本当にありがとうございました」
「ひっく。俺ぁ別に、そこまでのことはしてねぇよ。お前さんの頑張りだ」
目を覚ました翌日。
ギルドでの事情聴取を終えた後、見つけたヘイオースに頭を下げて酒を奢った。
ヘイオースはしっかりとゴチになりつつ、やったことに関しては謙遜する。
「いやはや、にしても俺も衰えたもんだなぁ。お嬢ちゃん達を守りながらとはいえ、あの程度の魔物どもを仕留めるのに時間かけちまうとは」
「あ、あの程度……」
見間違いじゃなければ、狂騒玉で呼び出された魔物は百を超えていたはずだ。
その大部分が安全地帯側に雪崩込んだというのに、ライラが即行で駆けつけられるだけの穴を即座にこじ開け、自分自身も数分と経たないうちに駆けつけた。
改めて考えると化け物の所業なのだが……。
「それに引き換え、お前さんは大したもんだ。ひっく。
いくらダークエルフの嬢ちゃんと二人がかりとはあえ、あの兄ちゃんを倒すたぁ思わなかった。
ありゃ性根こそネジ曲がっちゃいるが、実力は間違いなく英雄の卵だぜ?
大帝国の皇帝あたりが見たらスカウトするレベルのな」
「そ、そんなにですか……」
天才だとは思っていたが、ディオンってそこまでのレベルだったのか。
殆どまぐれとはいえ、本当によく勝てたものだ。
「お、噂をすりゃぁ、負け犬ちゃんの登場だぁ」
ヘイオースがニヤニヤとした顔で受付の方を見ると、ディオンの姿があった。
アデルとミザリーの他に、ギルド所属と思われる何人かの強そうな人達に囲まれている。
ディオンはヘイオースとダンに気づくと、盛大に顔をしかめて舌打ちした。
憎悪に満ちた目でダンを睨みつけ、即座にギルド職員に頭をぶっ叩かれる。
ギルド職員は、引退した元高ランク冒険者の天下り先となることも多いらしいので、彼らはそういう実力者なのだろう。
そして、そんなギルド職員に、アデルが必死に頭を下げていた。
なんというか、意外な光景だった。
ガキ大将補佐みたいな性格の彼女が、あんなペコペコするなんて。
「ありゃ、相当根に持ってんなぁ。しばらくは首輪つけられるだろうが、それで矯正できなきゃ、強くなった上で刺しに来るぞ。どうする?」
「逃げます」
ヘイオースの問いに、ダンは即答した。
「ヘイオースさんがむしり取ってくれた賠償金があるので、これを元手に旅に出ます。
教えてもらった三つの国を目指す予定です」
「賢明だなぁ」
脅威とは打ち倒すものではなく、逃げるもの。
物語の主人公には決してなれないような小者の思考回路だが、それで良い。
今のダンには、名誉だの誇りだのより守りたいものがある。
「なら、そろそろ俺もどっか行くとするかぁ。最近、この国もきな臭くなってきやがったからなぁ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。ここからちょっと行ったところにある、エルフの国との国境線が危うくなってるらしいぜ。
あの兄ちゃんも、そこを補強する戦力として送られるらしい。
下手すりゃ、二十年ぶりの戦争再開だなぁ」
「……そうですか」
もしそんなことになるなら、なおのこと今のうちに国を出ておくべきだろう。
たとえ戦火を免れたとしても、ダークエルフのライラへの風当たりが更に強くなるだろうことは容易に想像できる。
「ひっく。じゃあ、俺もお前さんも旅に出るってことで、一つ餞別をくれてやろう。ほれ」
「! これって!?」
ヘイオースがくれたのは、前に見せてもらった手製の世界地図だった。
思わず彼の顔を見ると、赤らんだ髭面で、ヘイオースはニヤリと笑う。
「お前さんのことは気に入ってんだ。あのダークエルフの嬢ちゃんも良い子だったしな。
細やかな手助けくらいはしてやりたくなっちまう。おっさんのサガだよ。
そいつはいくつもある写しの一つだ。遠慮なく持ってけ」
「……わかりました。ヘイオースさん、本当の本当にありがとうございます!」
「ハッハッハ! 気にすんな」
ヘイオースは上機嫌そうに酒を飲む。
飲んで、飲んで、飲み干したら席を立った。
「じゃあな、ダンの坊主。もう会うことはねぇかもしれねぇが、もしまた会ったら、その時は嬢ちゃんも一緒に酒でも飲もうや」
「はい!」
そうして、ヘイオースは随分飲んでいるのに千鳥足になることなく、しっかりとした足取りで去っていった。
「俺も行くか」
まずは、貰った賠償金で旅の必需品を揃えないと。
そういう話も、前にヘイオースが世間話って感じで教えてくれた。
本当に、あの酔っ払いには頭が上がらなくなりそうだ。
次に会った時は、高い酒でもご馳走しよう。
その時は、金銭的にも状況的にも余裕のある状態になっていたいものだ。
◆◆◆
「くそっ……! くそがっ……!」
洒落にならない事件を起こし、弱味を握られて半ばギルドの飼い犬にされてしまったディオンは、エルフの国との国境線の町にて悪態をついていた。
その様子にパーティーメンバーのミザリーはオロオロとし、アデルはため息を吐きたい気持ちをどうにか飲み込んだ。
(なぁーんで、こんなことになっちまったんだろうなぁ……)
ディオンが大分調子に乗っているのはわかっていたが、まさか亜人奴隷欲しさに仲間殺しにまで手を染めるとは思わなかった。
やるならやるで、もっと繊密な計画を建てなきゃダメだろう。
おかげでダンとライラの力を読み違え、ヘイオースという不安要素を放置し、無様に負けて財産没収。
ギルドの飼い犬にまで落ちてしまった。
(けど、アタシはこいつの才能に賭けたんだ。今さら見限るなんてできねぇ……!)
アデルはギリッと歯を食いしばる。
彼女は治安最悪のスラムで孤児として生まれた。
明日食う飯にも困る場所で、愛嬌のある顔立ちという唯一の武器を活かして、大人に媚びを売って生き延びてきた。
どうにか体が成長するまで生き延びたアデルは、底辺から這い出したくて冒険者となり、依頼の最中に目撃したディオンの才能に目をつけて、体を使って籠絡。
英雄の卵の女となり、孤児だった頃では考えられないほどの稼ぎを手に入れられるようになった。
ここからだ。
ディオンはここから更に飛躍する。
そのおこぼれに預かって、不幸だった昔の分まで幸せにならなきゃ釣り合わない。
今回の一件は痛い。
だが、経歴に傷がついたとはいえ、ディオンが金の卵であることは変わらない。
どうにか上手く操縦しなければ。
(そうだ。まだ終わってない。まだ……)
「敵襲!!」
「「「ッ!?」」」
国境の町に響く、敵襲を報せる声。
次の瞬間、凄まじい砲撃が町の城壁に炸裂した。
「なっ!?」
砲撃は次から次へと撃ち込まれる。
その全てが人族では叩き出せない、魔法に愛されたエルフの中でも一部の強者しか扱えない威力の魔法。
それが何発も、何十発も城壁に撃ち込まれて……粉砕した。
「「「ぎゃあああああ!?」」」
城壁という守りを失っても砲撃が止むことはなく、剥き出しとなった市街地を吹き飛ばしていく。
死んでいく。死んでいく。
砲撃に飲み込まれて、人がゴミのように死んでいく。
町の住人達が死ぬ。
自分達の監視をしていたギルド職員が死ぬ。
ミザリーが死ぬ。
そして……。
「なんなんだ……。なんなんだよこれはぁあああああ!?」
絶叫を上げながら、ディオンが砲撃に飲み込まれた。
跡形も残っていない。
死体すら残さず消し飛ばされた。
最後に、砲撃はアデルにも牙を剥き……。
「これは、さすがに酷いだろ……」
天罰というには過剰すぎる報い。
ディオンはともかく、自分まで巻き込まないでほしい。
まだまだ人生これからだったのに。
ようやく、幸せへの道筋が見え始めたところだったのに。
あまりの理不尽さに、思わず乾いた笑いが出てくる。
そうして、容赦の無い世界のうねりが、一人の少女の幸せを飲み込んだ。
◆◆◆
「このくらいでいいかしら」
国境の町から少し離れた場所。
そこに、とてつもない魔力の残滓を纏う一人の女がいた。
長い耳をした女だ。
魔法に愛された種族、エルフの特徴。
ただし……彼女の肌は褐色に染まり、頭髪は白に染まっていた。
「これでジークトゥース王国は国境の町一つ、バージルのエルフどもは多くの同胞を失った」
どちらも、彼女が相手側の仕業に見せかけてやったことだ。
二十年前に、いや遡れば過去何度も戦争をしている二国は、相当に仲が悪い。
第三者の計略を疑う者もいるだろうが、大半は感情に任せて戦端を開くだろう。
これで彼女に地獄を味わわせた二国を、泥沼の殺し合いに叩き込むことができる。
「あぁ、これが復讐。なんて甘美な感覚……! 私にこれほどの力を授けてくださった陛下に、生涯の忠誠を……!」
女は陶酔したような表情で、現在の所属国がある方向に祈った。
自分は決して劣等種なんかじゃない。
むしろ、普通のエルフを遥かに超越した存在なのだと気づかせてくれた、眠っていた力を引き出してくれた主に、彼女は心からの感謝を捧げた。
「さて、それじゃあ、そろそろ本来の仕事に戻りましょうか」
主に『時間が余ったらやってきていい』と言われたからやった復讐だ。
余った以上の時間をかけるわけにはいかない。
本当なら、この手で両国の連中を皆殺しにしたいが、彼女は復讐よりも忠義を優先した。
叶うなら、自らが打ち込んだこの楔が、憎き者どもを長い長い地獄の戦争に駆り立てますように。
「ああ、陛下。早く仕事を終わらせて褒めていただきたい」
そうして、ダークエルフの大魔法使いは本来の目的地へと戻る。
行き先は━━貿易国家ヘルメス。
奇しくも、愛しい主人に連れられた