新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
ダンとライラが貿易国家ヘルメスに到着してから一ヶ月。
現在、二人は生活費を稼ぐべく、ヘルメス近郊にあるダンジョンを訪れていた。
「ハッ! ライラ!」
「『
「ぐぎゃ!?」
向かってきた魔物の攻撃をダンが盾で受け止め、後ろからライラが魔法で狙撃する。
敵は複数体だったが、問題無い。
ダンは複数の魔物のヘイトを自分に向けながら足止めする技量を得たし、ライラもダンが守りやすい場所へ瞬時に動けるようになった。
ずっと二人で戦ってきたからこその、綺麗な連携だ。
ライラをパーティーメンバーとして受け入れてくれる奇特な人は少なく、たまに声をかけてくる者がいてもディオンの顔がチラついて、どうしても背中から刺されそうな気がしてしまい、上手く連携ができなかった。
二人とも、裏切りがトラウマになってしまったのだ。
結果として二人で戦うしかなく、二人での連携が妙に上手くなってしまった。
「ふぅ。ありがとう、ライラ。いつも助かるよ」
「光栄です」
二人は柔らかく微笑む。
精神にも体力にも余裕がある証拠だ。
Cランク冒険者の肩書に恥じないくらいには強くなったダンと、魔法の天才であるライラ。
ダークエルフであるライラは魔力量に不安があるが、それはあくまでもエルフ基準の話であって、人族基準なら普通に中の上程度はある。
中堅冒険者として堅実に活動するのなら十二分すぎる力だ。
そして、富も名誉も求めていない二人は、冒険者を仕事と割り切って、決して無茶をしない。
安全マージンを滅茶苦茶気にして、自分達の適性レベルを大幅に下回る依頼しか受けないので、こんなに余裕があるのだ。
「それにしても……」
しかし、そこでダンは眉を潜めた。
「なんか、聞いてた話より魔物が多くない?」
「多いですね」
ダンジョンで魔物の素材や宝箱を探して金を得る、典型的な冒険者活動。
ライラに初めて魔法を使わせてしまった時のような事故をなんとしてでも防ぐべく、情報収集には滅茶苦茶気合いを入れた。
なのに、聞いていたよりも魔物の数が多い。
誤情報を掴んでしまったのか、それとも……。
「恐らく、『スタンピード』の予兆ですよ」
「「!」」
その時、ダンジョンの奥から現れた一団が、二人に向けてそう言った。
「あ、皆さん! お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「いえいえ、お二人こそお疲れ様です。どうです? ヘルメスには慣れましたか?」
そう言って話しかけてきたのは、穏やかな目をしたエルフの美丈夫。
ライラへの偏見を一切見せない人格者。
ヘルメスの冒険者達の頂点。
世界に数人しかいないSランク冒険者にして、面倒見の良さで知られる男だ。
「はい。なんとかやれてます。まあ、殆どライラのおかげなんですけど……」
「過度な謙遜はするなと言っておろうが、小僧!! 好きな女の前で卑屈になる男がおるか!!」
「すみません!! ブロンさん!!」
自信なさげなダンを一喝したのは、シュバリエとパーティーを組むドワーフの重戦士。
Aランク冒険者『鉄壁』のブロン。
種族柄、特に相性が悪いはずのエルフとドワーフがパーティーを組んでいて、しかも最高峰のパーティー。
「ブロンの言う通りだな。アタシも気の弱ぇ男は嫌いだ。見ててイライラする」
「ス、スマン……」
「パール、ギガが流れ弾食らってる」
「流れ弾じゃねぇよ。アタシが一番イライラするのはこいつだ。ったく、図体はデカいくせに……!」
「まあまあ、落ち着こうぜ、パールちゃん」
他のメンバーも特徴的だ。
小人族のヒーラー、『天使』パール。
巨人族の戦士、『粉砕』のギガオーン。
竜人族の女剣士、『竜剣』のヒリュウ。
人族の斥候、『死角潰し』のヘイル。
これが冒険者パーティー『混沌の渦』。
人種のごった煮のようなパーティーだ。
他の国ではそうそう見られない面子だろう。
「とりあえず、ダンくんは自信を持った方が良いというのは本当ですよ。
君は充分にCランク冒険者として相応しいし、ライラさんのパートナーとしても相応しい。
お二人の綺麗な連携の前には、下手なAランク冒険者とて容易には勝てないでしょう」
「い、いや、それは言い過ぎなんじゃ……。俺達二人がかりでも、前に会ったBランク冒険者の人の足下にも及ばないみたいですし」
「ほう」
シュバリエが興味深そうに目を細めた。
実際、ダンの今の言葉は本当だ。
ライラ曰く、目の前で見せつけられた
冒険者の中でも、Bランク以上は昇格に試験と厳正なチェックが必要とされるため、別格扱いされることが多い。
まして、その上のAランクともなれば、良い勝負できると言われても実感が湧かないのは道理だった。
「その方とは是非とも会ってみたいですね。私、優秀な人材には目がないんですよ」
シュバリエがニヤリと怪しく笑いながらそう言った。
……ヘルメスに来てからの一ヶ月、彼らには大変お世話になったのだが、こういうのを見ると若干怯えてしまう。
ディオンのように、腹に一物抱えていそうで。
まあ、腹に何も抱えていない人間なんていないのだろうが。
「まあ、それはさておくとして、最初の話題に戻りましょう。
スタンピードの予兆という話です。
お二人とも、スタンピードに関しては知っていますね?」
「あ、はい。前に一回遭遇したこともあります」
スタンピード。
ダンジョンの魔力暴走だかなんだかで、魔物の生成速度が一時的に尋常じゃないほど高まり、ダンジョン内からあふれ出す現象。
放置すれば、近隣の町や村に凄まじい被害を出すことになる。
「魔物の増加は、わかりやすいスタンピードの予兆の一つです。
恐らく、近いうちに魔物の大量発生が始まり、大規模な依頼がギルドから出されるでしょう。
それまで、このダンジョンには近づかず、他の三つのどれかに行った方が良い。
君達のような優秀な若者を無為に危険に晒すのは、私としても嫌ですからね」
「……わかりました。ありがとうございます、シュバリエさん」
「いえいえ」
ダンとライラも、もしかしてとは思っていたが、Sランク冒険者のお墨付きがあるなら、まず間違いなくスタンピードが起こると思った方が良いだろう。
この後、シュバリエ達がギルドに報告を入れれば立ち入り禁止も周知されるだろうし、絶対にしばらくは近寄らない。
言われた通り他のダンジョンに行くなり、他の依頼を受けるなりしてお金を稼ごう。
そして、来るスタンピードに備えよう。
Sランク率いるパーティーが味方にいるなら、油断さえしなければどうにかなるはず。
ダンがそう考えた、その時。
「!」
「? どうしたの、ライラ?」
ライラが突然、バッと迷宮の奥の方に目を向けた。
次いで、ハッとしたような顔になって、
「……申し訳ありません。何か変な気配がしたような気がして」
「変な気配?」
「ふむ……。ヘイル」
「俺は何も感じませんでしたよ。多分、気のせいでしょ」
『死角潰し』の異名を持つ男が、気のせいだろうと断じた。
他のメンバーも、もちろんダンも、ライラが言うような気配は感じない。
「気のせい……」
ただ、ライラだけがしきりに首を傾げていて。
なんだかわからないが、ダンは愛しい少女のそんな様子に、得体の知れない不安を抱いた。
◆◆◆
「ねー。まだ終わらないのー?」
「急かすな。時間のかかる仕事だということはわかっていたはずだ」
「だからって、作戦開始からもう1年よ? さすがに待ちくたびれたわ」
「貴様はしょっちゅう、帝都に帰っていただろうに」
ダン達が撤退したダンジョンの奥底に、何人かの人物がいた。
その中の二人が会話を交わしている。
耳の長い褐色肌の女と、学者風の男。
学者風の男は「はぁ」とため息をついて、
「そもそも、俺のような人間をこんな場所に連れてきて、こんな作戦を本当に実行させるとは……。陛下の正気を疑う」
「あ? 陛下への侮辱は許さないわよ?」
その瞬間、女から凄まじい殺気が噴き出した。
それは吹き荒れる魔力の奔流となり、男の作業に乱れを生じさせる。
「おい。今ので丸一日は作戦開始までの時間が伸びたぞ。ここではその時が来るまで、その無駄にあり余った魔力を極力使うなと何度言ったらわかる?」
「あんたが陛下を悪く言うのが悪い。あと、無駄な魔力とか言うな。ぶっ殺すわよ」
「貴様は苦言を呈する識者の価値を知るべきだな。貴様のような狂信者だらけになったら、国は崩壊する」
バチバチと視線の間に火花を散らせる男女。
周りの者達は「また始まった」と苦笑した。
この二人の相性の悪さは、この作戦に選ばれた特殊部隊の誰もが知るところだった。
「早く終わらせたいのなら、大人しくしていることだ。恩も忘れて生意気な口を叩きやがって、雌豚が」
「恩があるのは、あんたじゃなくて陛下よ。勘違いしないことね」
「「ふん!」」
イラ立ちながらも、男は作業を進めていく。
1年に渡る観察と調整の甲斐あって、大いなる四つの巨大な魔力が連動していく。
それを一気に炸裂させるための『種火』の準備もできている。
考えついた時は完全に机上の空論だったというのに、まさか実行する日がくるとは思わなかった。
(しかし、やってみて改めて確信したが、危険すぎる試みだ。次からは絶対に断るとしよう)
男はそう考えつつも、手を止めることは決してなかった。