新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「準備ができた」
「遅いのよ!」
立ち入り禁止が言い渡されたダンジョンの奥地にて。
学者風の男が達成感に浸り、直後に耳の長い褐色肌の女に文句を言われて顔をしかめた。
もう何度目になるかもわからないやり取り。
しかし、今日でそれも終わりだと思えばお互いに清々する。
「では、さっさと始めるぞ。とっとと任務を終わらせて帰る」
「ふん。最後の最後だけは意見が合ったわね」
そうして、学者風の男は、1年もの時間をかけて練り上げた一世一代の大魔法を発動した。
もう二度と使うつもりの無い、危険極まる大魔法を。
直後、貿易国家ヘルメス周辺に存在する四つのダンジョンが、同時に鳴動を始めた。
◆◆◆
「え?」
その日、スタンピードに備えて気を張っていた全ての戦士達は感じた。
大いなる力の鳴動を。
何か、自分達の慣れ親しんだ巨大な何かが、すぐ近くで蠢いている。
そんな直感的な感覚は、すぐに誰の目にも明らかな現実へと変わった。
「グォオオオオオオオッッッ!!!」
「ギィィィィィィィィッッッ!!!」
「フシュゥゥゥ……!!!」
「コケェェェェェェェッッッ!!!」
「なっ!?」
貿易国家ヘルメス周辺に、魔物の咆哮が轟いた。
一体や二体ではない。
当初想定されていたスタンピードの規模でもない。
ヘルメス周辺に存在する四つの迷宮、その全てから一斉に飛び出してきた魔物達の大合唱だ。
「『包み込め、風の抱擁! 広がり、覆い、その腕に抱かれし全てを知る風の女神よ! 無知に怯えるか弱き心に安寧を与えたまえ!』──『
真っ先に冷静さを取り戻したのは、数百年の経験を持つエルフの大魔法使い。
Sランク冒険者『大魔導』シュバリエ。
彼は索敵の風魔法を即座に行使し……あまりにも絶望的な状況を知って顔を歪めた。
「リーダー! どうだ!?」
「ここだけでなく、近隣の全ての迷宮から魔物があふれ出しています。総数は、現時点で軽く千以上」
「千!?」
「しかも、迷宮の奥から、次から次へとやってきます。このペースだと、数分後には一万を超えているかもしれません」
「「「はぁああああ!?」」」
仲間達が驚愕の声を上げる。
気持ちはわかるが、今はそんな場合ではない。
「とにかく、我々は直ちにこの場の敵を殲滅し、他三つの迷宮を抑えに向かいますよ!
この地は我らの希望。あの憎き者どもに対抗するために、無くてはならない場所。
絶対に失ってはなりません!」
「わかっとる!!」
「ちくしょう!! やってやらぁ!!」
Sランク冒険者パーティー『混沌の渦』が、迫りくる魔物の津波を相手に戦闘を開始した。
……だが。
「あなた達、陛下の邪魔しないでくれる?」
「ぬっ!?」
奮戦する最高戦力達のもとへ、黒き絶望が舞い降りる。
◆◆◆
「うっ!?」
「ライラ!?」
「大丈夫です! 『
一方、ヘルメスの町内部。
数の暴力に任せて簡単に防壁を越えた魔物の津波を相手に、ダンとライラを含めた町中にいた戦士達は、必死に即席のバリケードを各所に作って戦っていた。
「これで百体目ぇ!」
「バカ野郎! 数えたところで意味なんざあるか!」
「くっそ……! いったい何匹いやがるんだよ……!?」
倒しても倒しても、次から次へと湧いてくる魔物の群れ。
何十体、何百体と倒したところで、次の瞬間には倒した以上の数が押し寄せてくる。
絶望的な防衛戦。
それでも、希望はあった。
「諦めんなぁ! あれが見えるだろ! シュバリエの旦那達の戦いだ!」
この場のリーダー格の男が声を張り上げる。
皆の意識を向けさせるのは、Sランク冒険者のいる戦場。
天変地異のごとく吹き荒れる風、燃え盛る炎、轟く雷鳴、乱立する光の柱に、圧倒的な破壊音。
「あの人達は必ず来てくれる! 向こうの戦いを速攻で終わらせて来てくれる! それまで耐えりゃ俺達の勝ちだ! 根性見せろぉ!」
「「「う、うぉおおおおおおお!!!」」」
そうだ。こっちには英雄達がいる。
もう少し、あと少し耐えれば助かる。助けてくれる。
それを再確認した戦士達は、最後の最後まで足掻く覚悟を決めた。
時間を稼ぐ。生きて勝つ。
そのために、最後の一滴まで搾り尽くして、力の限り戦──
「残念。無駄な努力だったわね」
その瞬間、彼らの頭上に黒き絶望が舞い降りた。
彼女は掌を彼らに向けて、
「『
「「「!?」」」
破滅の光の魔法を放った。
それが彼らを飲み込む。
城壁すら軽く破壊する大魔法だ。
英雄の域にすら踏み込めていない者達など跡形も──
「う、ぐ……!?」
「あら?」
いや、一人だけ生きていた。
盾を構えた腕が炭化して崩れ落ちたが、一命は取り留めている。
まだ二十歳にもなっていない少年に見えるのに、中々の強者もいたものだと思って。
「ご主人様!? ご主人様!!」
「……へぇ」
その少年が崩れ落ち、彼の後ろから褐色の肌と白い髪を持った
「なるほど。強かったのは、あなたの方だったわけね。
直前で私の魔法を、多少なり相殺したのかしら」
「『
片腕を失い、全身大火傷を負って倒れたダンに必死に治癒魔法をかけ続けるライラに対し、女はにこやかな笑みを浮かべながら近づいた。
「ああ、やっぱり奴隷なのね。可哀想に」
「『
「ねぇ、あなた。私と一緒に来なさい。
私達ダークエルフは、断じて見下されるような劣等種じゃないわ。
むしろ、その逆。
最高の主のもとでなら、その覇道を最も近くでお支えできる至高の存在なのよ」
「治って!! 治ってぇ!!」
「──こっちを見なさい」
「!?」
同族の美女が、ライラの顎を掴んで、視線を自分に向けさせた。
「『
「あっ……」
「これで落ち着いて話ができるわね」
彼女はダンの傷を命に別状は無い程度に癒やし、もう興味は無いとばかりに放置して、ライラだけを見る。
「わかるわ、あなたの気持ち。
きっと、あなたも私と同じで、ダークエルフってだけで虐げられて踏みにじられるクソッタレな人生を送ってきたんでしょ?
この男はそこから救い出してくれた恩人で、だから必死に守ろうとしてるんでしょ?」
「でもね」と言いながら、彼女はライラの首にハマった首輪を撫でながら、悲しそうに目を伏せて。
「あなたが感じているのは家畜の幸せよ。
生殺与奪を握られ、服従し、媚びへつらい、可愛がってもらうことで、どうにか最悪の地獄だけは避けている状態。
人としての尊厳も何も無い、惨めで無様な家畜の幸せ」
そうして彼女は──ライラの首輪に魔力を流し始めた。
ライラを縛る隷属魔法そのものに、膨大な魔力の奔流を。
「!? や、やめ……」
「でも陛下は違うわ。陛下は私達の本来の力を引き出してくれる。
私達をちゃんとした人間に、いえそれ以上の存在にしてくれる。
このクソッタレな世界にやり返せる。
家畜としてではなく、人として、臣下として、女としての幸せを掴める。
私達ダークエルフにとって、これ以上の幸福は無い」
「あっ……!?」
ライラの隷属魔法が、ダンとの繋がりが──引き裂かれた。
膨大な魔力に洗い流されるようにして隷属魔法は力を失い、残骸となった首輪がライラの首から外れて地面に落ちる。
「嫌……嫌ぁああああああッッッ!?」
「大丈夫。辛いのは今だけよ。すぐに今までの自分の方が間違っていたって気づくわ。
あなたも必ず陛下のことを好きになる。
だから、今はゆっくり休みなさい」
「あっ……」
泣き叫んでいたライラが意識を失ってガクリと倒れる。
同族は、そんなライラを自身の飽満な胸で優しく受け止め、まるで母が娘を抱くように優しく抱きかかえ、歩き出した。
もうこの地に用は無い。
早く愛しき主のもとに帰ろう。
新しい愛し子と共に。
「待、て……!」
初めて同族と出会い、救い出すことができたと喜ぶ女に、その声は聞こえていなかった。
倒れ伏すちっぽけな少年の声。
凡庸で、特別性の欠片も無く、相棒がいなければよく鍛えられた雑兵止まりでしかない少年。
どこにでもいる、ありふれた──愛する女を取り戻さんとする、一人の男。
そんな彼の声など、届いてはいなかった。
「ライ、ラ……!」
手を伸ばした。
体が動かない。
あの女の気まぐれか何かで、最低限命に別状が無いくらいには回復したが、変わらず左腕は消失したままで、全身は大火傷。
霞む視界と意識の中で、ただ悔しさと絶望を噛みしめることしかできない。
「ライ、ラ……! 絶対、助け……!」
間もなくして、彼は気を失った。
そして、
「グルルルル……!」
「ハルルルル……!」
彼の周囲には、いやヘルメスの町全域には、倒してくれる者がいなくなった魔物の群れだけが残った。