新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「う、あ……」
目を覚ますと、見慣れない土壁の天井が目に入った。
次に感じたのは、全身を貫く壮絶な痛み。
特に左腕が滅茶苦茶痛い。
「ッ〜〜〜〜〜!?」
「あ、起きたか」
悶絶するダンを見て、近くにいた幼子にしか見えない女性が声をかけてくる。
ヘルメスでの生活において、少しだけ接点のあった相手だ。
Sランク冒険者パーティーの一員、小人族の凄腕ヒーラー。
「パールさん……?」
『天使』パール。
ダンとは比べ物にならないくらい強くて有能な冒険者が、ボロボロの姿でそこにいた。
「痛ぇだろ? 悪ぃな。魔力節約のために、そんな高度な治癒はかけられなかったんだ。何せ、怪我人の数が数だからな」
「怪我人…………ッ!?」
それを聞いて、ようやく気を失う前のことをハッキリと思い出した。
そうだ。
あのスタンピードにしても異様すぎる魔物の津波にヘルメスが襲われて、自分とライラは他の冒険者と一緒に必死に戦って、そして……。
「ライラ……! ぐっ!?」
飛び起きて駆け出そうとしたダンは、痛みによって硬直した。
それでも無理矢理に体を動かして、這ってでも行こうとするダンを、パールは悲しげに止める。
「やめとけ。今動いたらマジで死ぬ。お前が死ぬことを、あの小娘は望まねぇ」
「行かなきゃ、いけないんです……! 絶対、助けるって、言ったから……!」
「……気の毒だが、あいつはもう」
「違う! ライラは、連れ去られたんです! あの、ダークエルフの女に!」
「……………………なんだと?」
その時、パールの目の色が変わった。
「おい! テメェ、今なんつった!? 来たのか!? 見たのか!? あの女を!」
「ぐぇ!?」
「教えろ! 奴は何をした!? 何を喋った!? なんでもいい! あの化け物の情報をよこせ!」
「か、ふ……!?」
ダンの胸ぐらを掴んで前後に揺さぶるパール。
大分興奮しており、さっきまであった患者への気づかいがすっぽ抜けていた。
そんな彼女の手によって、ダンが失神させられる直前。
「落ち着いてください、パール。気持ちはわかりますが、そのままだと彼が死にます。それも君の手で」
「あっ!? す、すまねぇ!」
現れてくれた『大魔導』シュバリエの声掛けによって、なんとかダンの命は首の皮一枚繋がった。
「大丈夫ですか、ダンくん」
「は、はい……! なんとか……!」
「そうですか。……重傷のところ大変申し訳ないのですが、話してくれませんか? ライラくんを攫ったという、ダークエルフの女のことを」
シュバリエは強い目でダンのことを見る。
いつものシュバリエなら、まず何を置いてもダンが落ち着くのを待っただろう。
口調こそ穏やかだが、彼もまたいつもの自分でいられない程度には追い詰められていた。
「シュバリエさん達は、あいつのことを知ってるんですか!?」
「……知っていると言えるほどのことは知りません。我々もまた君達と同じく、スタンピードの最中に襲撃を受けただけですから」
「ですが」とシュバリエは言葉を続けた。
「一応、それ以外にも噂程度には情報を得ていました。正直、眉唾ものというか、半信半疑の情報でしたが」
「!!」
「ですが、それを話す前に、私は君に一つ問わなければならない」
最高峰の冒険者がダンを見る。
威圧すら纏って、決して嘘偽りを許さぬと言わんばかりの目で。
「これから話すことを聞くのなら、私は君を逃がすわけにはいかなくなる。
選びなさい。
彼女のことは天災に飲まれたと思って忘れ、新たな人生を歩むか。
それとも我々と共に血みどろの道を行き、ほんの僅かな助けられるかもしれない可能性に賭けて、命をなげう……」
「やります!! やるに決まってるでしょう!!」
最後まで聞かずに、ダンは吠えた。
一切の迷いも躊躇いも無かった。
「ライラがいない人生なんて嫌だ!! 絶対に助ける!! 俺は連れて行かれるライラにそう言ったんだ!!」
「……そうですか。そんなに想われて、あの子は幸せ者だ」
ダンの叫びを聞いて、シュバリエは腹をくくった。
この真っ直ぐで、されど凡庸極まる若者を、死出の旅の道連れとする覚悟を。
「奴の正体は恐らく『アレキサンド大帝国』の刺客です」
「大帝国……!? それって……!」
「大陸中央部のほぼ全域を支配する超大国。そして、野心の赴くままに大陸全土、いや世界を支配せんとする最強の侵略国家」
アレキサンド大帝国。
それはヘルメスと同じく、かつてヘイオースに教えてもらった、ライラが生きていけるかもしれない他種族に寛容な三つの国の一つ。
ヘイオース曰く、完全実力主義の国。
「奴らがヘルメスを狙った理由は明白です。
大帝国の目的は侵略。
そして、貿易国家ヘルメスは、大陸の中でも特に様々な種族が入り乱れ、協調性が最悪の大陸南西部を繋ぐ鍵でした。
ヘルメスを間に挟むことで、南西部の国々は最低限の足並みを揃えることができたのです」
そう言われて、ダンはヘルメスの様子を思い出す。
人種の坩堝、様々な種族が一緒に暮らす町。
同時に、故郷であるジークトゥース王国のことも思い出した。
隣国であるエルフの国との戦争を境に、
違う種族同士が手を取り合うのは難しい。
だが、このヘルメスはそれを可能としていた。
「だからこそ、大帝国はヘルメスが邪魔だった。
これから飲み込もうとしている連中が、最低限でも足並みを揃えて向かってきたら相応に苦戦する。
食事をするなら一度に全てを丸呑みにするのではなく、
つまりは、そういうことです」
とてもわかりやすい例えだった。
「そのために、奴らは二つの隠し球を使った。
一つは、あの特殊なスタンピード。
どうやったかはわかりませんが、まず間違いなく人為的に引き起こしたものでしょう。
四つの迷宮が、己が枯れ果てるまで魔物を生成し続け、結果、ヘルメスの周辺一帯は魔に飲まれました。
もう国の再興は叶わない」
「え!?」
魔に、飲まれた……!?
国の再興ができない……!?
つまり、もう……。
「ッ!!」
ダンは激痛を無視して走り、建物の外に出た。
そこはどこかの草原だった。
今までいた建物は、土魔法によって作られたと思われる大きなカマクラ。
それをグルリと囲むように土魔法の防壁があり、その向こうには──あまりに多くの魔物の気配がする、広大な森があった。
「そんな……!?」
気配の数は、ダンの未熟な索敵能力に引っかかるほどあからさまなものだけでも、軽く万を越えている。
あの向こうがヘルメスだと言うのだろうか?
だとしたら、ライラの帰る場所が……。
「あの魔物の群れも、あの森も、特殊スタンピードの最終段階とも言える代物です。
ああなってしまった場所を切り開いて再び人の手に取り戻すには、最低でも百年単位の時間がかかる。
本当に恐ろしいことをしてくれた」
「……………………許せない」
ダンの心に怒りが満ちる。
ライラを攫い、彼女が人生で初めて心落ち着かせられた居場所まで奪った。
許せない。許せるはずがない!
「そして、この悪魔の切り札を通すために、奴らが使ったもう一つの隠し球こそが奴。
数年前、大帝国の皇帝がどこからともなく手に入れたという、ダークエルフの大魔法使い」
脳裏に過ぎる、愛する少女と同じ特徴を持った敵の姿。
「詰めが甘かったおかげで、欺いて生き残ることはできたものの、まるで歯が立たなかった。
自分で言うのもなんですが、私は強い。
Sランク冒険者。冒険者という狭いくくりの中とはいえ最高峰の存在。
そんな私がパーティーを率いてなお圧倒された」
この事実は重い。
シュバリエは苦々しい顔でそう口にする。
「教えてください。奴が君達に何をしたのか。何を話したのか。
僅かな情報でもかき集めて対抗策を練らねばならない。
そうでなければ、我々『
「……
「私達の本当の立場です。大帝国に滅ぼされた、あるいは現在進行系で支配され、苦しめられている者達が寄り集まってできた組織。
私達『混沌の渦』は、表で動くための部隊の一つなんですよ」
唐突に凄い情報が暴露された。
普段のダンなら「これは自分なんかが知っていい情報じゃないだろ!?」と慌てただろうが、今はそんなこと、どうでもいい。
「その
「そう思ってくれて構いません。
より正確に言えば、今回の一件を受けて、奴らの本拠地に一発かまして、南西部が立て直すための時間を稼がなくてはいけなくなりました。
その作戦時のドサクサに紛れて、君がライラくんのもとへ辿り着けるようにサポートします」
「……ありがとうございます」
随分と都合の良い話だ。
何か裏がありそうだが、あったとしても、この手を取らないという選択肢は無い。
自分一人の力なんて、ちっぽけにもほどがあるのだから。
誰かの助けは必要不可欠なのだ。
「では、聞かせてもらえますか? あの時の奴のことを」
「わかりました。あの時──」
ダンは話す。
大ダメージを食らい、薄れゆく意識の中、必死に読み取った情報の全てを。
それを聞き終えた時、シュバリエは。
「……やはりですか。嫌な予感の方が当たった。どうやら、君には何がなんでもライラくんを取り戻してもらわなければならないようだ」
顔を歪め、頭を抱えながら、今回の作戦でやらねばならないことの多さと、達成難易度の鬼っぷりを嘆いた。