新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
ようやく見習いのEランクから抜け出し、新人ではあるが一人前と呼ばれるDランク冒険者になれた少年、ダンは。
借りている宿のベッドで目を覚ました瞬間、自分が一糸まとわぬ姿で、同じく一糸まとわぬ姿の褐色の少女を抱きしめながら寝ているという状況を認識して脳がフリーズし。
そこからたっぷり数分をかけて、正常な思考回路を取り戻した。
(やっちまった!)
ダンは内心で頭を抱える。
やっちまったと思えることは複数ある。
まず、この少女が自分がほぼ全財産を使って衝動買いした奴隷であるということ。
パーティーを組んでいる幼馴染(ダンと違ってもうCランクに上がり、パーティーメンバーの美少女二人とのイチャイチャを見せつけてくる、あんちくしょう)から「お前は一生童貞だろうな!」とバカにされ、その美少女二人にもクスクスと笑われ。
悔しさと惨めさで暴走し、だったら童貞捨てて目にもの見せたらぁ! というテンションのままに、奴隷商会に突っ込んで全財産を溶かしてしまった。
せめて娼館で済ませておけばもっとお安く済んだのだろうが、継続的に美少女二人とイチャイチャしてる幼馴染を見てると、一夜の関係でしかない娼婦を抱いても虚しくなるだけだと思ってしまったのだ。
じゃあ、どうするかと考えた時に、自分も彼女を作るではなく、ずっと一緒にいてくれる奴隷を買うという考えに至ってしまったのは、心の中で、自分がパーティーメンバー達に笑われるようなモテない奴だと認めてしまったがゆえの悲しき決断だったのだろう。
まあ、結果として一目惚れするような凄い相手に出会えて、その相手で童貞を捨てられたのだから悔いは無い。
悔いは無いが……全財産はやり過ぎだったんじゃないかと、これからの生活を考えて焦りは生まれてくる。
もう一つのやっちまった要素は、その奴隷の少女と致した昨晩のお楽しみだ。
あれは本当に、めくるめく快楽の世界だった。
もう死んでもいいってほどに気持ち良かった。
しかし、今思い返してみると、大分自分本位にやってしまった感がある。
嫌われてしまったのでは? 怖がられてしまったのでは?
そう考えると冷や汗が止まらない。
奴隷相手なら嫌われていても問題は無いのだが、そんな無理矢理な感じはダンの望むところではないのだ。
できれば、あの幼馴染のあんちくしょうのように、イチャイチャしたい。
あと、豪快にフィニッシュを決めてしまったので妊娠させてしまったのでは……いや、ダークエルフは子供を成せないらしいので、それだけは心配いらないのか。
「ん……」
そんなことを思っているうちに、腕の中で少女が起きた。
寝起きということを差し引いても感情の読めない無表情で、ぼんやりとダンのことを見つめてくる。
「お、おはよう。えっと、その、大丈夫?」
「はい。問題ありません。ご主人様」
「ッ!?」
ご主人様。
その言葉に、胸を「ズキューン!」と撃ち抜かれるほどの衝撃を受けた。
(良い……。凄く良い……)
本当はイチャイチャのために名前で呼んでほしかったのだが、これはこれでクるものがある。
よく考えてみれば、まだイチャイチャできるほどには関係が深くないのだし、今のところはご主人様呼びの方が嬉しいかもしれない。
ただ、嬉し過ぎて朝からハッスルしてしまいそうで怖いが。
今日はパーティーメンバー達と共に仕事の予定があるのだ。
溶かした全財産を取り戻すためにもバリバリ働かなくてはならないのに、朝から欲望に溺れて遅刻など言語道断だ。
「そ、そっか。大丈夫なら良かった。あ、そういえば、まだ君の名前も聞いてなかったね」
言ってからハッとした。
自分は名前も聞く前にあんなことをしたのか!? と自責の念が浮かび上がってくる。
昨日はそれくらいいっぱいいっぱいだったのだが、だからといって、これはないだろう。
ダンは猛省した。
「ゴホンッ。じゃあ、改めて。俺の名前はダン。君の名前を聞かせてくれないかな?」
咳払いを一つして色々とごまかしながら、ダンは少女に名前を問う。
すると、彼女は困ったような顔になった。
「名前……無い、です」
「え?」
「名前、無いです。名づけてくれる人がいなかったので」
「な、なんだそれ!?」
ダンは絶句してしまった。
名前すらつけてもらえないなんて、彼女はいったいどんな人生を送ってきたというのか。
ダークエルフに対する差別の話はダンも知っている。
というか、人族は同族以外を『亜人』と呼んで等しく差別している。
その中でも、ダークエルフは同族からすら差別され、どこにも居場所が無い存在だ。
しかし、彼は狭い世界しか知らない、差別の話も風の噂でしか聞いたことのない、世間知らずの若造。
当然、差別の詳しい内容など知りはしなかった。
「……教えてほしい。君は、どんな人生を送ってきたんだい?」
彼女のことを知りたい。
たとえ、それが耳を塞ぎたくなるような悲惨な過去でも。
初めての相手に対して、一目惚れの相手に対して、彼は覚悟を決めてそう訪ねた。
「わかりました。私は……」
その命令を、少女は機械的に受諾する。
特に隠すことなく、全てを話した。
故郷での迫害。
そこから追い出されて、半死半生で森をさまよい、盗賊に捕まって奴隷商人に売られた話。
奴隷商人からロリコンクソ貴族に売られ、苦痛にまみれた4年間を送ったこと。
ロリコンに飽きられて、再び奴隷商人に売られ、こうしてダンに買われたこと。
擦り切れた無表情のまま、全てを話した。
そんな悪意と悲しみに満ちた話を、ダンは吐き気と涙を堪えながら聞いた後。
「ッ!!」
「!」
反射的に、彼女のことを強く抱きしめた。
「ごめん。そんな辛い話させて。大丈夫。もう大丈夫。これからは、俺が君を守るから……!」
ダンは童貞である。
数時間前に、彼女で童貞を捨てた元童貞である。
そして、男というものは単純で、
ヤリ○ンとかになると、愛おしさよりも単純な性欲が勝ったりするのだが、純情な童貞となれば愛おしさホルモンに全思考回路を持っていかれることも多々ある。
結果として、ダンは庇護欲、性欲、愛情の全てをくすぐってくるこの少女のことを、心から守りたいと思うようになり始めていた。
「?」
一方、そんなダンの様子を見て、少女は首を傾げた。
守る。
その言葉の意味が、少女にはよくわからなかったから。
そんなことを言ってくる相手が、これまでの人生で一人もいなかったから。
だから、少女にはダンのこの行動の意味がわからない。
彼女にはまだ、人の負の感情以外がわからない。
「名前……。そうだ、名前。無いんなら、俺がつけてもいいかな?」
「はい。お願いいたします」
そんな言葉ですら、彼女にとっては『命令』だ。
命令を拒めるような躾はされていない。
だから、どんなことにも『はい』で答える。
学も無く、見識も浅いダンにも、少女のこの状態が良くないものであるということは、なんとなくわかった。
どうにかしたいと思う。
だから、どうにかするための第一歩を。
彼女が今までされてこなかった、『人間らしい扱い』をするための一歩を、彼は踏み出す。
「……『ライラ』。ライラなんてどうかな?」
「ライラ……?」
「うん。どこかの言葉で『夜』って意味があるって聞いたことがあるんだ。初めて君を見た時、まるで星が煌めく夜空みたいに綺麗だって思ったからさ」
とても臭くてダサい、安い口説き文句のような言葉。
しかし、彼に口説いているつもりは一切ない。
至って真剣に言っている。
至って真剣に考えた結果、こんな安い言葉が口から出てきてしまうあたり、ちょっと残念な子なのかもしれないが。
「ライラ……」
しかし、セリフの臭さもダサさもわからない少女には、そういう変な意味には捉えられなかった。
与えられた名前を、口の中で転がす。
ライラ。ライラ。
……よくわからない。良いのか悪いのかも。
ただ、そんなに悪い気はしなかった。
と、その時、「ゴーン! ゴーン!」と、町の中で鐘の音が鳴り響く。
「あ!?」
それを聞いて、ダンは思い出した。
今のは早朝の鐘、8の時の合図だ。
そして、今日の仕事は8の時までに冒険者ギルドに集合の約束。
思いっきり遅刻であった。
「や、やばい! 仕事行かないと!」
ダンは慌てて着替えて準備を始める。
まだ昨日の情事の臭いすら落とせていない。
彼は仕事道具の準備は常日頃から整えておくタイプではあったが、これは焦る。
「服はそのへんにあるのを適当に使って! 飯は……ごめん! 今日のところはこれで我慢してくれ! 行ってきます!」
非常用に纏めておいた保存食の鞄を指差しながらそう言って、ダンは慌ただしく部屋を飛び出していった。
残った少女、ライラは。
「ライラ……ライラ……」
しばらくの間、その名前の響きに浸るように、ずっとその言葉を繰り返していた。