新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「ただいま、ライラ!」
「お帰りなさいませ、ご主人様」
仕事を終え、待ち切れなかったとばかりの笑みで帰宅するダンと、相変わらずの無表情で出迎えるライラ。
ここ数日で、すっかりお決まりになった光景だ。
「ご命令通り、アイテムの補充、調整は完了しました」
ライラはそう言って、机の上に並べられたアイテムの一つ一つをダンに見せる。
松明や携帯食料、ポーションなどの消耗品の補充。
仕事で破れた服の裁縫に、壊れた装備の修理。
どれも最初はわからなかったが、ライラは物覚え自体はかなり良く、教えたらすぐに覚えた。
命令に絶対服従、達成できなければお仕置き(暴行)という酷い躾を受けてきたからこその要領の良さだと考えれば悲しいが……。
とにかく、彼女はそんな感じで、ダンを大いに支えてくれた。
まるで家の仕事で夫を支えてくれる妻のようで、思わずニマニマしてしまう。
しかし、ダンはすぐに自分の方の仕事の内容を思い出してシュンとした。
「うぅ、ごめんな。ライラがこんなに頑張ってるのに、俺の方はうだつが上がらなくて……」
彼はまだまだ新米とされるDランク冒険者である。
冒険者という仕事自体、食い扶持の無い者が最終的に行き着くと言われるくらい底辺の職種の一つであり、一部の高ランク冒険者を除けば、決して割の良い仕事ではない。
Dランクの主な仕事は、人に害を成す生物である魔物、その中でも弱い部類の奴らの討伐だ。
しかし、弱いといっても魔物は魔物。
普通の動物に比べれば遥かに強く、まだまだ弱いダンでは、討伐は毎度命懸けだ。
戦えば傷を負い、装備は傷むし、場合によっては壊れる。
治療費も、修繕費も、ポーションなどの消耗品による出費も激しい。
そのくせ、弱い魔物は倒しても大した金にならず、素材を売っても実入りは悪い。
おまけに、その低い稼ぎをパーティーの人数で割らなければならないのだ。
これで命まで懸けているのだから、本当に割に合わない仕事である。
ライラを買う金があったのは、直前にたまたまダンジョン探索で一発当てたからに過ぎない。
正直、もっと安定していて高収入な仕事に就きたいというのが本音だ。
途中で死んで、ライラを一人にするのも怖いのだから。
しかし、専門的なスキルも無く、大した取り柄もないダンには難しい。
冒険者から安定的な職業に転職するとなると、最低でも熟練とされるBランクくらいにまで上がって、戦闘力を活かした村の駐在兵士とかになるしかない。
Dランクに上がりたてのダンからすれば、実に遠い道のりである。
「わ!?」
そうして鬱々とした気持ちになっていると、ライラが寄ってきて、ダンのことを抱きしめてきた。
親愛による行動……ではない。
彼女の癖だ。
癖というか、前の主人によって刷り込まれた『教育』の結果。
特定の行動を見ると、それに対応した動きを反射でするように躾けられている。
今回は多分、落ち込んでいたら抱きしめて慰めろ、みたいな感じだろう。
ダンとしては、そんな躾という名の恐怖の鎖で縛られた行動なんてしてほしくないが……一目惚れした女にこういうことをされてしまうと、どうしても胸の中から喜びの感情が湧いてきてしまう。
いけないとわかっていてもだ。
悲しい男のサガだった。
「ラ、ライラ! いつも言ってるけど、こ、こういうことは無理にやらなくてもいいんだぞ!?」
それでもトロけそうな理性を必死で制御して、彼は忠告を飛ばす。
しかし、
「問題ありません。ご主人様との行為は、苦痛ではありませんから」
「ッ!?」
ここ数日で多少なり彼女の顔色が読めるようになってきたダンは、その言葉に本当に怯えや拒絶が含まれていないことを悟ってしまう。
わかっている。
苦痛ではないというのは、比較対象が悪すぎるだけだ。
虐待や凌辱に比べたら、そりゃダンとの恋人ごっこなんて、ぬるま湯のようなものだろう。
けれど、苦痛ではないだけで、決して喜んでいるわけではない。
わかっている。
しかし、彼は精力旺盛な16歳、しかも女の味を知ったばかりの健全な男の子である。
それが可愛い女の子(一目惚れした初体験の相手)に、抱きつかれた密着距離でそんなセリフを言われて、理性が保つはずもない。
「ごめん……! ライラ、我慢できない……!」
「はい。どうぞ、召し上がってください」
「くっ……!? ライラッ!」
こうして、今日も彼は欲望に負けた。
全て終わって賢者モードになった後、己の自制心の無さに頭を抱える。
ここ数日で、すっかりお決まりになった光景だった。
◆◆◆
「ただいま、ライラ……」
「お帰りなさいませ、ご主人、さ、ま……」
それは、ある日のこと。
いつも通りに迎えようとして……ダンの姿を見た瞬間、ライラは息を呑んだ。
徐々に顔が青くなり、冷や汗を流しながら近づいてくる。
彼女がここまで大きな反応をしたのを、ダンは初めて見た。
「その、お体は……」
「……うん。ごめん。仕事でちょっとミスっちゃったんだ」
今のダンは、体の至るところに包帯を巻き、その包帯を血で真っ赤に染めている状態だった。
ライラの顔を見た瞬間、気が抜けたように座り込み、そこからは少し身じろぎするだけで辛そうにする。
「え、あ……治療……治療、しないと……」
ライラはアタフタとしながら、ダンの傷口に手をかざした。
何かのおまじないだろうか?
不謹慎だが、そうやって自分のために慌ててくれるライラを見るのは嬉しかった。
ライラにとって、少しでも自分は大切な存在になれているような気がして。
実際のところはどうなのかわからないけれど。
今までの地獄よりはマシだろう今の時間を失うのを恐れているのか。
それとも、これもまた躾による刷り込みか。
いつかは、こんな不躾なことを考えなくても済むような関係になりたい。
が、今はそんなことを言ってられる状況ではない。
端的に言って大ピンチだ。
ことの発端は、先日のダンジョン探索の成功に味をしめたリーダーの発案で再び行われたダンジョンアタック。
前回のように、ダンジョンで生成されるアイテムのうち、高値で売れるものを持ち帰れれば大成功。
しかし、ダンジョンはアイテムだけではなく、罠や魔物をも生成する。
当然、内部は無数の罠と大量の魔物がひしめく危険地帯であり、外での仕事より遥かに死亡率が高い。
一攫千金か、死か。
ダンジョンとはそういう場所だ。
そこへ行こうと言い出したリーダーはダンの幼馴染で、ダンと違って才能に恵まれ、冒険者歴1年で、既に中堅とされるCランク冒険者に登り詰めている。
パーティーの他のメンバーは、そんなリーダーのことを信頼しており、彼がやると言えば反対はしない。
ダンとしては、ライラを残して死ぬのが怖いからやりたくなかったのだが、現実問題としてライラの購入でスカンピンになり、食費を切り詰めるくらいには余裕が無くなってきていたので、結局はリーダーの意見に流されてしまった。
その結果が、このザマだ。
ダン達が潜ったダンジョンは、攻略難度C。
つまり、Cランクの冒険者パーティーが潜るのに適した難易度。
リーダー以外はDランクのダン達では、いささか荷が重い。
それでも浅い階層を探索するくらいなら充分に可能だったのだが……一人だけ余裕のリーダーに引っ張られる形でうっかり深入りし過ぎてしまい、強い魔物と遭遇してこんな大怪我をしてしまった。
経験の浅い新米ばかりが集まったパーティーは、経験不足ゆえに引き際を見誤ったのだ。
不幸中の幸いと言っていいものかはわからないが、重傷を負ったのはパーティーの盾役であるダンだけ。
しかし、この傷を完治させるには結構な金がかかるため、最低限、回復用のポーションと救急用品による応急処置しかできなかった。
おまけに、リーダーはダンが足を引っ張って負傷したから探索が失敗したと思っているようで、僅かな稼ぎの取り分すら随分と減らされてしまった。
今回のダンジョン探索は、完全な大赤字。
その上、この怪我がある程度治るまでは働くことすらできない。
元から家計が火の車だったところにこれだ。
本当に、マジのマジでピンチなのだ。
大ピンチなのだ。
(どうしよう……)
ダンが内心で、あまりにも暗い未来予想に頭を抱えた。
だが、その時。
「え!?」
突如、ライラのかざした手から、温かな光が放たれた。
光はダンの傷を包むように輝き……光に包まれた傷が、ほんの少しずつ治っていく。
「こ、これは……!?」
「ッ! ハァ……ハァ……!」
やがて、ライラは疲弊し、光が消える。
その時には、全治数週間はかかりそうだった深手が、かすり傷程度にまで浅くなっていた。
「治癒、魔法……?」
呆然とした様子でダンが呟く。
彼は今のと同じ現象を見たことがあった。
故郷の村にいた唯一の治癒術師、あの気のいい爺さんが使っていたのと同じ魔法だ。
治癒魔法。
傷を治す癒やしの魔法。
「ライラ、こんなの使えたのか……?」
治癒魔法の使い手は貴重だ。
故郷の治癒術師の爺さんは、冗談混じりに「これが使えれば一生食いっぱぐれんぞ」と言っていた。
こんなものが使えるのなら、ダンの助けなんてなくても、彼女は簡単に生きて……。
「ハァ……ハァ……。前の、ご主人様の、ところで、何度も、
「ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、ダンの顔が悲痛に歪んだ。
この魔法が決して彼女自身の望んだ力ではないと、むしろ悲劇から生まれてしまった悲しい力だと気づいてしまったから。
なのに、ライラは苦しい過去の記憶を掘り返してでも、必死でダンを助けようとしてくれたのだ。
「初めて、やったけど、成功して、良かった……」
いつも無表情のライラが、心底ホッとしたように笑った時、ダンはライラを抱きしめていた。
「ごめん……! ごめんな、ライラ……! 俺が不甲斐ないせいで、嫌なこと思い出させて……!」
「問題、ありません。お役に、立てて、何よりです」
ライラはダンの傷が治っていることを確認して、息も絶え絶えのまま、安らかな声でそう言った。
そんなライラを見て、ダンは思った。
この子に、なんとしてでも幸せな人生を送ってほしいと、強く強く思った。