新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「あの、ライラ? 無理にやらなくていいからな?」
「問題ありません」
あの怪我と、治癒魔法の発現から数日後。
今日もダンが仕事で作ってきた多少の怪我を、ライラは即座に治癒魔法で治した。
嫌な記憶から生まれた魔法なのだから、ほっとけば治るような怪我には使わなくていいとダンは思っているのだが、ライラはこれだけは固く譲らなかった。
多分、命令すれば従うのだろうが、今みたいな命令ではないやんわりとした形であれば「問題ありません」と言って治療を断行する。
無機質な人形のようだった頃と比べて、自分の意志というものを見せた分、少しずつだが人間らしくなっているように思えた。
良いこと、だとは思う。
「……ライラ」
だから、ダンはライラが人間らしく自分の意志を獲得してきていると信じて、彼女自身に選ばせたい選択肢の一つを提示した。
「これを、俺以外に使ってもいいと思うか?」
治癒魔法の使い手は貴重だ。
引く手数多で、冒険者じゃなくても、そこらの治療院とかで普通に働けるだろう。
しかも、ライラの治癒魔法は、ここ数日で明らかに洗練されていっている。
魔法のことはよくわからないダンだが、それでも彼女には才能があるように思えた。
だから、これを仕事にできれば、ライラはダンに万が一があっても生きていける。
「はい。問題ありません」
ダンの質問に対するライラの返答は、いつも通りの機械的な肯定。
少しずつ彼女の顔色が読めるようになってきたダンだが、今回のはよくわからない。
別に意図して顔色を隠している感じではないと思うのだが……。
「ライラ、この魔法で稼げるようになれば、もしも俺がいなくなっても、君は生きていけるんだ。
もし本当に嫌じゃないなら、それで生きていける道を今から……」
「ご主人様は、いなくなるのですか?」
その時、ライラの無表情が歪んだ。
僅かな変化でわかりづらいが、ちょっと泣きそうな感じになっている。
人間らしくなって見せてくれるようになった顔の一つだ。
変化自体は嬉しいが、それはそれとして泣きそうな顔にしてしまったのは焦る。
しまった!? 言葉選びを間違えたか!? と、ダンは焦った。
「いや、その! それはものの例えというか! いや、ありえなくはないんだけど、俺は死ぬつもりは全然なくて……!」
「……ご主人様、お願いします。いなくならないでください」
「ッ!?」
ライラがほんの微かに震える声を出しながら、体を寄せてくる。
懇願。
今までの彼女なら決してやらなかったこと。
だが、体を寄せてくるのは彼女の悪い癖だ。
それしか喜ばせる方法が無いと思っているのか、捨てられるのではないかと不安になった時とかに、こういう手段ばかりを使う。
主人と奴隷としては正しい関係なのかもしれないが、ダンは嫌だった。
これでは、本当に自分に万が一があった時、彼女は立ち行かなくなってしまう。
自分はいつ死んでもおかしくない冒険者なのだ。
万が一を想定しないまま、なあなあで済ませておくのは彼女への虐待に等しい。
だから、ダンは体を寄せてきたライラに手を出すことなく、鋼の理性で優しく抱きとめるだけに留めて、話を続けた。
「ライラ、俺は君から離れるつもりはないよ。けど、だからこそ必要なんだ。未来のことを考えることが」
「未来……?」
「そう。未来だ。俺と一緒にいるのでも、俺から離れるのでもいい。……いや、やっぱり離れるのはやめてほしいけど。と、とにかく、この先の話だ」
いつかは隷属魔法無しで付き合いたいと思いつつも、現時点で奴隷と主人という繋がりを無くしてしまえば、自分がライラの隣にいていい理由が無くなってしまう。
それが怖くてできない自分を情けないと思いながら、ダンは言葉を紡ぐ。
「普通に暮らすにはお金がいる。お金は仕事をして働いて稼がないと手に入らなくて……情けないことに、俺の稼ぎは悪い。いつまで今の仕事を続けられるかもわからない。
だから、俺がダメになった時のために、ライラにも自分でお金を稼げる手段がいるんだ」
「お金……」
ライラには、イマイチその概念がよくわからない。
故郷での残飯を漁るような生活、追放されてからの遭難同然の放浪、盗賊に捕まって奴隷となってからの餌を与えられる生活。
これまで、お金というものに関わることが無かった。
けれど、奴隷商会で売買が行われているのを見て、その時にお金のやり取りが発生しているのは知っていた。
それと、ダンに買われた後は、アイテムや食料の補充のためにお金を持たされ、フードを被って買い出しに行くこともあった。
だから、なんとなく生活にはこのお金というものが必要なんだろうな、というくらいには理解が及んでいる。
「お金があれば、ご主人様はいなくなりませんか?」
「ああ。君がそう望んでくれるなら、ずっと一緒にいられる」
本当は問答無用で死ぬ可能性もあるのだが、今の不安定なライラに言っても飲み込めないかもしれないと考えて、ダンはその可能性に言及するのを「もう少しライラが落ち着いてから」と後に回した。
最低でもそれまでは絶対に死ぬもんか、死なないように最大限の努力をしてやると固く誓いながら。
「そう、ですか……」
そして、ダンのその言葉に、ライラはホッとした。
果たして、地獄に戻らなくて済むことに安堵したのか、それとも……。
「それで、そのお金を稼ぐ手段として、ライラの魔法は凄く優秀なんだ。だから……」
「わかりました。魔法を使って、仕事、というものをすればいいのですね」
ライラはその『命令』を理解した。
命令には絶対服従だ。
そう刷り込まれた彼女に、躊躇は無い。
「あ、いや、その、そうなんだけど……そんなにあっさり決めちゃっていいの? その魔法を使うのは辛くない? 他の仕事も頑張れば見つかるかもしれないよ?」
「問題ありません」
「そ、そっか」
相変わらずの機械的な肯定。
けれど、そこに怯えや恐れの色は無いように見えた。
……なら、早く彼女の仕事を見つけた方がいいのだろうかとダンは悩む。
本当はもっと時間をかけて、彼女がちゃんと自分の意志で、嫌がらずに仕事をすると言っているのかどうかを確かめたい。
しかし、現実的な問題として、財政的な破綻が目前まで訪れているのだ。
ライラを買うために全財産の殆どを費やし、ほんの僅かに残っていたはした金も、前回のダンジョン探索失敗の赤字で使い切った。
このままでは、近いうちにこの宿すら追い出されてしまう。
そうじゃなくても、ダンは前回死にかけたのだから、次はそのままポックリ逝く可能性だってある。
悠長なことを言っている余裕は無い。
ライラに大きな拒否感が無いのなら、やってもらわなければならない。
そうでなければ、最悪共倒れだ。
「…………わかった。じゃあ明日、この町の治療院に雇ってもらえないか相談に行こう」
「はい。わかりました」
果たして、この判断が正しいのかどうか。
ダンにはわからない。
だから、後から思い返した時に正しかったんだと思えるように願うしかない。
しかし、彼の思いは予想外の形で頓挫することとなった。
「帰りなさい。亜人を雇うつもりはありません」
「…………え?」
翌日、治療院に面接に来た時、そこを預かる年嵩の女性院長にそんなことを言われた。
「ここは治療院。他者の命をお預かりする場所。そんな神聖な場所で、いくら治癒魔法を使えるとはいえ、汚らしい亜人を働かせる気はありません」
「なっ!? ちょ、ちょっと!?」
「出ていきなさい」
院長は強い侮蔑のこもった言葉でそう言って、ライラの故郷の人達とそっくりな目でライラを睨んで、ドアを締めて二人を追い出した。
ダンはダークエルフへの、いや人族の他種族に対する差別意識を甘く見ていた。