新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「ということがあったんです」
「あー、なるほどなぁ」
ライラが治療院に門前払いを食らい、他の雇ってくれそうな場所も巡ったが全滅してしまった翌日。
ダンは意気消沈しながらも仕事をしないわけにはいかず、冒険者ギルドへとやってきた。
だが、よっぽど辛気臭い顔をしていたようで、それに目をつけた先輩冒険者に捕まったのだ。
「ダークエルフの嬢ちゃんか。ひっく。そりゃあ気の毒に」
今、ダンの目の間で酒を飲みながら話を聞いてくれているのは、四十路を越える年齢のおっさん冒険者。
鎧の一つすら身に着けず、和装というらしい独特の薄汚れた着物のみを纏い、安物にしか見えない刀を腰に差し、おまけに酒で顔を赤らめているという、実に頼りにならなさそうな見た目をしているが、こう見えて彼は熟練と呼ばれるBランク冒険者だ。
その名も『飲み歩き』のヘイオース。
半ば蔑称に近いような気もするが、それでも二つ名がつくレベルの凄腕なのだ。
ギルドでは見た目で侮られ、Bランクという階級も過去の栄光か何かだと思われて軽んじられているものの。
だからこそ、ダンのような真面目に接してくれる若者にはお節介を焼いてくれることで有名だった。
「誰も彼も、他種族ってだけであんな酷いこと言わなくてもいいのに……!」
「ひっく。そうだなぁ。その通りだなぁ。けどよぉ、仕方ねぇところもあんのよ。人族はしょっちゅう他種族と戦争をしてるからなぁ」
「戦争?」
「おうよ」
ヘイオースは教えてくれた。
人族が他種族を亜人と呼んでことさらに忌み嫌う、その理由を。
「戦争が起これば、当然たぁくさんの人が死ぬ。大切な奴が死ねば、当然殺した相手を恨む。
そうやって他種族に大切な奴を奪われた奴らの恨みが積み上がって『亜人憎し!』なぁんて考えで凝り固まっちまったのさ」
「それは……」
ヘイオースの言葉には説得力があった。
ダンだって、ライラを誰かに殺されたら怒り狂うだろう。
殺した相手を決して許さないだろう。
けれど……。
「別にライラが殺したわけじゃないのに……!」
「そうなんだがなぁ。けど厄介なことに、戦争で死んでいった奴ってのはな、誰に殺されたかなんてわかんねぇのさ。
だったら、殺した相手の所属してた国や種族そのものを恨むしかねぇわけだ」
おまけによぉ、とヘイオースは言葉を続ける。
「タチの悪ぃことに、恨みから始まったはずの差別は、広まるほどに理由を失い、恨みすら関係なくなる。
他の奴らが嫌ってるから、他の奴らが踏みつけにしてるから、だから自分も踏みつけていい。
人間ってなぁ、そんなどうしようもねぇ理由で、他者を足蹴にできるのさ」
「そ、そんな……!?」
そんな理不尽があって堪るか!
そう思うのに、実際そうなっていると目の前の男は言う。
確かに、昨日ライラのことを拒絶した奴らも、「なんでですか!?」と叫ぶダンに、「だって、亜人だから」と、その程度の答えしか返さない奴らが殆どだった。
もう理由なんてどうでもよく、亜人だから、他種族だから下に見るという風潮が出来上がってしまっているのだ。
「な、なんとかならないんですか!?」
「無理だなぁ。少なくとも、この国はダメだ。二十年くらい前に、お隣のエルフの国とバチバチやっちまったらしいから。
お前さんの故郷みてぇに、他種族が身近にいない辺境の村とかなら多少はマシだろうが……それでも親世代には恨みを押し殺して生きてる奴がごまんといそうだなぁ」
「くそっ……!?」
世界がライラに厳し過ぎる。
あの子がいったい何をしたというのか。
ままならない世の中と、それをどうにもできない無力な自分に怒りが湧いてくる。
「ま、希望が無いこともないぜ? この大陸の連中の他種族嫌いはそりゃあ酷ぇもんだが、中には友好や中立を保ってる国もある。
そういう国に行きゃあ、あるいは平穏に生きることもできなくは……」
「どこですか、その国!?」
「おうおう、食い気味だなぁ。よっぽど、その嬢ちゃんに入れ込んでると見た」
いいぜ、教えてやろう。
そう言って酒の入ったコップを傾けながら、ヘイオースはベテラン冒険者としての知恵を授けてくれた。
「俺が知ってて、実際に行ってみて、お前さんとダークエルフの嬢ちゃんがセットでどうにか普通に生きていけそうだって思った国となると……そうだなぁ。
『貿易国家ヘルメス』『アレキサンド大帝国』『最果ての国ラステリオン』。この三つくらいか」
「三つ……」
少ない。
ライラの、ダークエルフの居場所はどれだけ少ないというのか。
「貿易国家ヘルメスは、いくつもの大国や他種族国家に挟まれた国でなぁ。
生き残るためにあっちこっちに媚び売って、仲の悪い国同士の間を貿易とかで取り持ったりして生き残ってきた賢い国だ。
周辺国から色んな奴が流れてくるから人種のごった煮状態で、あそこならダークエルフでも、まあ、そこまで特別視はされねぇだろ」
ただ、あそこにはエルフもちょっとはいるから気ぃつけろ。
ヘイオースはそう言う。
エルフによるダークエルフへの仕打ちをライラから聞いたダンとしては、それだけで忌避感が生まれてしまう。
それでも、エルフがちょっとしかいないのなら、彼女の故郷よりは遥かにマシなのだろうが。
「アレキサンド大帝国は、完全な実力主義の国だ。何かしらの秀でた能力さえありゃ、出自も人種もマジで問わねぇ。
ただ、常にどっかと戦争してるような好戦的な国だからなぁ。
立身出世を望むんなら第一候補だが、平穏が欲しいならやめとけ」
完全実力主義の国。
ライラは貴重な治癒魔法の使い手だから、いけないことはないかもしれない。
その場合、特に取り柄のないダンは通用しなさそうだが……。
いつか辿り着ける時までに鍛えればどうにか……。
しかし、戦乱が絶えない国だというのなら、ダンとしてはあまり行きたいと思えない。
ただ、ライラが望んだ場合、あるいは他に選択肢が無くなった時のための最終手段として、考慮には入れておくべきだ。
「最後に、最果ての国ラステリオンだが……少なくとも俺じゃあ耐えられねぇなぁ、あの国は。
名前はカッコ良いし、過去の逸話もロマンがあるんだが、今となっちゃ、なぁんにもねぇ国だ」
「なんにもない国?」
その言葉に、ダンは心惹かれる。
他の二国が微妙だったからというのもあるが、元々、ダンは立身出世やらロマンやらを求めて冒険者になったわけではない。
農家で、親から継げる畑が無くて、食い扶持が無いから仕方なく冒険者になったのだ。
何も無い平穏な国とかなら大歓迎である。
食い扶持まで無かったりすると困るが。
「あそこは大昔、世界最大最古の大迷宮があった国なのよ。
けど、その大迷宮はとっくのとうに攻略されて、今ではその跡地と、大迷宮から出てきたアイテムの恩恵を失って衰退した国の末裔がいるだけ。
そのくせ、行くには死ぬほど長い道のりを歩いていくしかねぇときた」
行くのが大変すぎるのに、行っても旨味どころか何も無い国。
「俺みたいな冒険大好きおじさんにとっちゃ、一回行けば充分って感じの場所だな」
ヘイオースはつまらなそうにそう語った。
「けど、平穏を求めるなら悪くはねぇぞ。あそこは大昔、あらゆる種族が集ってダンジョン探索をしてた。
今の住人はそいつらの子孫だから、血が混ざり過ぎてて、種族による差別がねぇ。
行って力尽きてしばらく滞在してた俺にも優しかったし、余所者に対する風当たりも悪くはねぇ。
土地だけは腐るほど余ってるから、農業でもできりゃ生活にも困らねぇ。
世界に居場所が無いダークエルフにとっちゃ、ある意味、理想郷かもな」
「おお!」
ダンは歓声を上げた。
まさか、そんな夢の国のような場所があるとは。
この国の説明を最後に持ってくるなんて、ヘイオースも人が悪い。
「それで、その国はどこにあるんですか!?」
「ひっく。待ってろ。今、地図を見せてやる」
そう言って、ヘイオースは自分の隣に置いていた背嚢から一枚の大きな紙を取り出した。
周辺のことしか書いていない市販品とは違う。
恐らく、ヘイオースが自分の足で歩いて記したのだろう、手製の地図。
これ、もしかして、とんでもない価値があるんじゃなかろうかとダンは思った。
「すげぇだろ。こいつは俺の自慢の一品だぜ」
その予想を裏付けるように、ヘイオースがドヤ顔をする。
いや、これは本当に、ドヤ顔をしても許される代物だろう。
「ここが現在地『ジーグトゥース王国』。その隣が、恐らくそのダークエルフの嬢ちゃんが追い出されたんだろう数あるエルフの国の一つ『バージル』だ」
ヘイオースが指差したのは地図の左下のあたり。
大陸の南西部、その端に近い場所だ。
この地図の通りなら、ここから国を一つ跨げば大陸の端に出ることになる。
「で、最果ての国ラステリオンはここだ」
次に彼が指差した場所は……地図の右上。
大陸北東部、その最果て。
それはもう、ものの見事に……。
「真逆の方向じゃないですか!?」
「その通り。お前さんも運が悪ぃなぁ。ひっく」
ヘイオースは若者の不幸を肴に酒を飲み、ダンは頭を抱えた。
冗談じゃない。
旅をするには、かなりのお金がかかるのだ。
馬車を使わず徒歩で行ったとしても、道中での宿代や食費、消耗品の購入などの必要経費で、湯水のごとくお金を消費してしまう。
未知の場所へ行く以上、不測の事態も起こるだろうし、旅先でちゃんと稼げる保証も無い。
道中には魔物や賊だって出る。
もしも、本当に最果ての国を目指して旅をするとなれば、その道のりは困難を極めるなんてレベルでは済まないだろう。
「……あと、なんかラステリオンの手前に緑色に塗りつぶされた地帯があるんですけど、これって……」
「お察しの通り、樹海だな。面倒な魔物がそこそこいる上に、歩いて抜けるには半年は歩かなきゃならねぇ」
「は、半年!?」
「道中で村とかの中継地点が一切ねぇ道のりを半年だ。食える魔物も森の恵みも結構あるが、それでも最低Bランク冒険者くらいの力は必要だろうなぁ」
絶望的だ。
ダンは膝から崩れ落ちそうになった。
「ほ、他の二国はどこらへんですか……?」
「貿易国家ヘルメスがここ。アレキサンド大帝国がここだな」
貿易国家ヘルメスは、ここと同じ大陸南西部にあった。
ギリギリ行けない距離ではない。
一方、アレキサンド大帝国があるのは、大陸中央部。
というかこの国、下手したら大陸中央部を丸呑みできるんじゃないかと思うほど大きい。
なるほど、これだけ大きい国なら、そりゃ戦争してまくっても勝てるはずだ。
あと、こんな場所にドンと構えられたら、最果ての国を目指す場合、かなりの遠回りをしない限り、必ず経由しなければならない。
ただでさえ絶望的に遠い最果ての国が、更に遠退いた気分だ。
「近いのはヘルメスだが、もし行くんなら気をつけろよぉ。
あのへんは最近キナ臭いことになってるからなぁ。
アレキサンド大帝国も元気に戦争しまくってるし、そっちに行くんなら確定で何かしらの戦いに巻き込まれると思え」
「あ“ぁぁぁぁぁ……!」
ダンがついに、うめき声まで上げ始めた。
世は無情である。
「ま、悲観し過ぎんなよ。俺だって世界の全てを見て回ったわけじゃねぇんだ。
もしかしたら、他にも良い感じの国があるかもしれねぇ。
俺は他種族の国にはあんまり立ち寄ってねぇし、もしかしたら、ダークエルフを受け入れてくれる気のいい種族がいるかもしれねぇ。
ポジティブに考えろ。じゃねぇと、人生やってけねぇぞ」
「…………はい」
ダンは蚊の鳴くような声で答えた。
しかし、彼には絶望している暇もない。
何故なら……。
「おい、ダン! 何、そんなおっさんと話し込んでんだ! さっさと依頼に行くぞ!」
「あ、ごめん!」
旅先の前に目先の問題、破綻寸前の金銭問題すら解決していないのだから。
ダンは頭を抱えていた体勢から飛び起き、呼びに来た幼馴染であるパーティーのリーダーに返答する。
「ヘイオースさんもすみません! このお礼はまた今度!」
「ハッハッハ。気にすんな若者よ。若い子にアドバイスしたくなるのは、おっさんのサガだからな」
ヘイオースは酒に酔った真っ赤な顔で、去っていくダンにヒラヒラと手を振る。
リーダーは舌打ちしながら、そんなヘイオースとダンを見ていた。
「前のダンジョン探索はお前のせいで散々だったんだ! 今回は役に立てよ!」
「……ああ、わかってるよ」
少しギスギスした二人の雰囲気。
それを見て、歴戦の冒険者は思った。
「なぁんか、一波乱ありそうだなぁ」
あんな感じに仲違いし、崩壊したパーティーをいくつも見てきた。
できれば、こんなおっさんの話をちゃんと聞いてくれる、あの善良な少年に幸あれ。
そんなことを思いながら、ヘイオースは酒を飲み干した。