「はーいコメントありがと、プレイヤーネーム、ヒノキ棒Ω! 『サービス終了するゲームの中でデバッグするのはどんな気持ち?』……かなり虚しい。でもこうやって頑張らないとお賃金貰えないので頑張るしかないんだよなー!!」
大人気のDMMO-RPGゲーム、ユグドラシルのサービス終了日。その中のフィールドの一つで湖に浮かぶ小島に建てられたコテージ。その軒下に置いてある椅子に座り、人間種の青年アバターが一人で空中に浮かぶ様々な黒い画面のコンソールと睨めっこしつつ視界の端にある配信画面のコメント欄を見ながら返事をしていた。
その装備は「I LOVE ユグドラシル」と白文字で書かれたTシャツにドラゴンの骨や鱗といった素材で仕立てられたフードジャケット、デニムとかなり変わった装備をしており、一般的なプレイヤーに比べ奇抜な格好をしている。
彼はユグドラシルのGM、エンジニア部門の一人である「グリムワール」。ユグドラシル運営に所属している青年であり、今操作しているのは運営用のアバターキャラ。ゲームエンジニアとしてユグドラシル運営にのみ使えるシステムコンソール機能を用い、ゲーム内でプレイヤーから報告されたバグを遠隔で、クエスト進行不能など緊急性の高いバグが起こった時は現地に赴いてすぐに修正するのが仕事であった。
彼は仕事の合間に運営内で許可を貰い、宣伝も兼ねて管理業務の配信をしていた。そして今はサービス終了特別配信の真っ最中であった。
「……お、CCCCG……読みにくいネームにしたね。まあ最終日なのに来てコメントくれてありがと! えっと……運営権限で何かやってみて? んじゃ皆に質問、何か作って欲しいものある?
…………おー、ワールドアイテム作って欲しいってコメント多いなぁ。やったら確実に怒られるけど最終日だしいっか! サ終したらデータほぼ消えるし!」
あと1時間でユグドラシルが終わることから健全に運営するための様々なルールを一切無視し、彼はサービスでコメントのリクエストを承諾。新しいコンソールを開くとそこから全アイテムを一覧として見れるコマンドを入力し出てきたリストからワールドアイテムだけをサーチ、その中から適当なワールドアイテムの情報から効果についてだけを抜き出し、外装など様々な物を別のアイテムコマンドから引っ張ってきて、それらを組み合わせていく。
そして最後にアイテム入手のコマンドを実行。そうすると彼の目の前に、見た目は普通の鉄の剣な新しいワールドアイテムが生まれた。
「完、成っ! はい、これでワールドアイテムできましたー! はいみんな拍手!! ……『その機能よこせ』『アイテムはいらないからコマンド権限とコンソール一覧くれ』?
あー無理無理、権限というかこの機能は運営用アバターにしかないからさ。運営アバターと一般アバターは内部情報から別物、つまり特注品なのこの体」
彼の言う通り運営が使うアバターは基礎はプレイヤーの物と同じだが、中身が運営用にカスタマイズされているため二つは似て非なる存在なのである。そのためもし一般プレイヤーがコンソールコマンドを知っても、それを使用できないようになっている。
「……はーしかし、まさか最終日もこうやって作業なんてなー……どっかに混ざって遊びたかったよ。『クソ運営にはお似合いの最後』っておいおい、エンジニア勢は無害な方だってば! 主にデバッグとかメインだからクソ運営って言葉は企画部門とかそこら辺に投げて!」
全盛時に比べたら配信を見てくれているプレイヤーも微々たる物、だがそんな中でも変わらずに視聴者プレイヤーとのやりとりを楽しんでいた。
「『ユグドラシル2とかありますか?』……それについては微妙だなぁ。話は出てるけどユグドラシルでやり尽くした感があるって言われてるんだよね。このまま続編ってなると完全に二番煎じになるし、何か技術に革新的な事が起ったり、ユグドラシルを超えれるようなアイディアが出れば復活……かもしれない。でもちゃんとユグドラシルでノウハウはかなり蓄積されたし新しい神ゲー生まれる下地は出来てるんで安心して待っててくれよ!」
来たコメントなどに答えながらコンソールを眺める間も、無常に時間は流れていく。
「あ、帰っちゃうのね、お疲れー。……あー、寂しーなー、ユグドラシルの中では二度とみんなと会えないからなー……」
チラホラと明日の仕事など用事に備えるため落ちる視聴者も増えていく。今は23時も後半に差し迫っており、寝なければ明日を戦えない者たちは沢山いるため、どんどん人は減っていった。
「はーい、輝煌天使ねこにゃん君もお疲れー! 今日まで遊んでくれてありがとう、せめてあともうちょっとは配信から出ても、ユグドラシルから出て行かないでくださーい!」
そして数えるは3人。
「……3人かー、泣けるねー……あと5分なのに3人しか……『泣いてもいいのよ』? オメーが女だったら喜んで泣いてるけどネカマ疑惑あるから涙絶対見せてやらないからな」
適当に作ったワールドアイテムを収納し、開きまくったコンソールを全て閉じて空を見上げ作られた星の夜空を眺め少し悲しくなる。これまでの頑張りがもうすぐ無となるのだ。
「……よし、ここに残ってくれた3人! 今までありがとう!! きっとどっかで運営とプレイヤーの関係でまた会うかもしれないけど、その時はまたクソ運営って呼んでくれ!」
『分かった! また会おうクソ運営!』
『こっちこそ今までありがとう!』
『ありがとう! そしてタヒね!』
残った3人の視聴者プレイヤーと別れの言葉を交わし配信を閉じ、そのまま残り十数秒の時間を噛み締める。
「さーて、次に担当するゲームはなんだろなっと」
ユグドラシルで結構な期間デバッグに従事してきたので、この経験があれば別ゲームのエンジニアに選ばれるだろう。そう考えながら終わりの時間を待った。
残り……10、9、8、7、6、5、4……
「……サンキュー、ユグドラシル」
3、2、1、0………………
「………………あっ……?」
その瞬間、彼の目の前が星満天の夜空から雲一つない青空へと変わった。
「…………どう考えても現実だよ、これ」
目の前の景色が変わってから彼が起き上がればそこは森の中。さらに感触などのユグドラシル内で規制されている五感がしっかり働いた事から、この世界はゲームの中ではなく現実であると判断した。
「これはひょっとして……半分おとぎ話の異世界転生? いや、この場合転移?」
転移最初に彼がしたのはデバッグ作業。もしこれがユグドラシルの不具合ならさっさと直して世界を正常に終わらせないといけない。そう思いコンソールを開くが、出てきたのは真っ黒な画面だけでユグドラシル内部データを表す白い文字列は出てこない。他の運営メンバーへ専用の連絡ツールを使ったり果てにはプレイヤーとしての手段で
そして五感など感覚がリアルに近いことに気づき、そこから今自分が置かれている状況が変なことに気づかされた。
ユグドラシル時代のアバターのまま、現実世界と完璧に同じ五感がある。ある程度感覚などが制限されているユグドラシルではあり得ない現象で、そこから自分がいる場所はユグドラシル以外である、と考え始める。
それを否定しようとそこら辺にある木や草などに向けてコンソールを開けば、順序や文字は無茶苦茶で解読不能だが恐らくその対象のデータを表した文字列が黒画面に現れるが、いじる事はできない。かと思えば、アイテム作成などのコマンド機能は普通に使える。
そして得た情報全てをまとめた結果、アバターのまま異世界にきた……という結論に何度も至ってしまった。
「運営転移……いやそもそも確定したわけじゃないしな……そうだ!」
ふと彼が思い出したのは運営機能の一つ。自分を中心にしてプレイヤーがどこに、どれくらい居るかを探知する機能でこれを使えばほぼ確実にプレイヤーを探知することができる。
一縷の望みを託しGMコンソールを開きコードを入力からの実行。するとまるで頭の中にレーダーが現れたような感覚を感じると共に、彼の頭の中に一番近いプレイヤーの反応が一つだけ感じられた。
「うおぉ何だこれ!?気持ち悪っ……んんっ!!?? 反応……一つ!マジか俺と同じでこの世界に来た奴が!!よし、詳しく……え、 アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ!? マジかあの骸骨ギルド長が……方向は分かるから早速行ってみるか!」
反応を詳しく探れば脳内に詳しい情報が伝わり、喜びと戸惑いが入り混じった表情になりながら方向を把握。詳しい場所は分からないため転移よりも確実な方法として飛行で向かうことを選択すれば、すぐにコンソールから魔法を実行。
浮遊と共に猛スピードで反応のある方向に向けて飛んでいった。
「……おいおい、なんの冗談だよ……アイツらってアインズ・ウール・ゴウンのNPC!? なんで動いて……え、どういうこと、ここ異世界? それともユグドラシル!?」
飛行した先にあった湖、そこから離れた位置にある木々の一つの天辺で枝葉の間に隠れながら、目の前の光景をアイテムの望遠鏡を使い眺める。ユグドラシル内でも使うタイミングが限られたアイテムだが、監視への探知、カウンターなどをすり抜ける手段の一つとして知られているちょっと便利アイテムであり、これと完全不可視化、更に装備など隠密効果のあるアイテムをコンソールで何個も生成し、限界まで重ね掛けして一般プレイヤーの限界以上に隠密効果を高めたことで、ナザリック側の探知に気付かれることなく遠くから見ることができた。
飛行中に湖の遠方から、ユグドラシルで何度も見たことのある戦略級攻城用ゴーレムを目撃したことで急遽始まった偵察により、この世界にはモモンガだけでなくユグドラシルのギルドの一つ、アインズ・ウール・ゴウンそのものが存在していることが分かった。
「……あ、帰った? ……ど、どうするかなー……アレが居るとなると……ダメだ良いイメージが出てこない……!」
アインズ・ウール・ゴウン。異形種のみで構成されたギルドであり、悪のロールプレイ系ギルドで、DQNギルドの異名あり、ワールドアイテム保有数最大のギルド。彼はナザリックがあるワールドとは別ワールドの担当であるため関わったことは皆無だが、運営仲間より色々なことを聞いていた。
もしこの世界にいたのがモモンガだけであったならば彼はすぐに接触していたのだが、その周囲に居た命を持った者として動くNPC達という未知の存在が彼に接触を思い止まらせた。
そして今、目の前で起こっていた光景は彼からしてみれば原住民である蜥蜴人の集落に侵略する異形種軍団。完全に悪の軍団であり、それが更に彼の警戒を引き上げさせてしまう。
(仮に遭遇したとして、平和的な話し合い……できる? アレはどう見ても侵略、強さに物を言わせた侵略、完全に悪のギルドとして活動してるじゃん……!!)
木から降りてガリガリと頭を掻き悩む。同郷の者達であるために頼りたい気持ちもあるが、それ以上にもしここが本当に異世界なら、その世界を侵略してることになり更に近づきたく無くなってしまう。
「……よし整理! 今重要なのは……どこにナザリックがあるか。場所によっては俺はここから遠くに行かないといけないから……確かコンソールに案内系もあったよな」
とりあえず接触しない方向で話を進めて、ならば向こうから接触する確率も減らすためにナザリックの位置を知り、そこから離れた所に行ってみようと彼は思いつく。
彼が取り出したのは百科事典、これも運営専用の特注で普通のプレイヤーのように使えないが、ユグドラシル内に存在していたアイテム、ダンジョン、配置されたNPCなどの運営に関わるコードの全てが自動記入される仕組みになっている。
もしナザリックがこの世界にあるのなら、ユグドラシルで使ったコードが使える。ナザリックは分類上は建物であるため、コードは運営管理の対象に入るからあるかもしれない。これら予測に望みを託し、目的地自動案内、ナザリックのそれぞれのコードを探して空中のコンソールに打ち込む。
「ガイド、でナザリックのコード……ナ行、ナザ……あった! よし、ナザリックのコード貼り付けて、実行! ……んぁ……うわ、本当にあった……あっちゃったよ」
使った瞬間まるで頭に目的地まで一直線に繋がれたような、変な感覚が来る。そしてナザリックのある方角と目的地も定まった。
そのまま出発、の前に彼は保険としてゲーム内でデバッグ中の運営に一般プレイヤーからの凸への対策として作られた、どんな監視魔法、スキルなども効かず肉眼での目視もできなくなる、
「……あったよ、ナザリック。嬉しくねー……」
そして見つけたのはナザリック。彼は知らないが向こうはマーレの手により隠蔽工作をしていたが、運営特権には敵わなかった。
そのまま大墳墓の入り口に立つと、その柱の一つに手を当てた。
「システムコンソール……このコードは間違いなくナザリックだ……」
文字列からナザリックを表す文字列が見えた事で確信、だがそれでも喜びは湧かない。これから自分はどうするか、というかここら辺の地理全然分かってない、それにNPCがギルド拠点の外に出てたし……など考えてる最中、ふとある考えが引っかかった。
「……そうだNPC!! アイツらって基本外に出れないよな!? なのにあそこで見たってことは仕様が変わってる……!?」
さらにそこから悪い考えが連鎖する。
「というかモモンガ一人だけって保証も……たしかアインズ・ウール・ゴウンからも引退者が出たらしいけどそれでも何人かは残ってたって話もあるしな……」
NPC、それどころかモモンガと一緒に転移した可能性のあるギルメンもいるかもしれないし、もしかしたらナザリックの外に出てこの世界のどこかにいるかもしれない。そんな不安に駆られて彼はすぐに行動した。
「……あ、そうだ! アウターウォッチのコマンドがあった! コイツ使えば数ぐらいなら!」
思い出したのは建物や大規模ダンジョンの内部データを弄る時用のコンソール。これには外から中にいるエネミーやNPCの数や情報を見ることもできる。そしてギルド拠点となったナザリックはコンソール上では建物に分類されるため、これが通用すると考えた。
「出てこい出てこい……出たぁ! ああぁ!? 多っ!? ……この中からぁ……?」
目論見通りナザリック内の配置キャラデータが出てきたが、雑魚アンデッドの一匹に至るまで出てきてしまう。
「……えっと、ソート、NPCメイドバイプレイヤー、プレイヤー……あれ? なんか……居ない? アインズ・ウール・ゴウンの他メンバー……」
そのまま特定キャラのソートコマンドでプレイヤー、そしてプレイヤー作成のNPCに絞ってみるとナザリックの中に一人もプレイヤーが居ないことに気付いた。
モモンガはさっき湖で見ておりまだあの近くにいると考えればここに居ないのは納得できる。だが他メンバーが一人も居ないことはどうも納得できなかった。
「うーん? ここギルド拠点だよね? 41人は居なくてもせめて一人ぐらいは留守番で居ても…………まさか……?」
ここで彼はナザリックにはプレイヤーはモモンガ一人しか居ないのではないか、と考えた。もちろん予測であるし確証はない。
だがここで確かめなければ自分の今後に関わる。ずっとアインズ・ウール・ゴウンを避けて生活できる保証がないのなら、今こそ悪の巣窟の親玉が居ないうちに潜入して情報収集するチャンスであるとして活用するべきだ。
そう考え彼は勇気を出した。
「……ここは全部で地下十階まで。確かナザリック攻略戦では八階で全滅したからそこまでは確実にダンジョン、つまり九階と十階は……どっちかが中枢ってことに」
ここで運営特権のワープ機能について思い出す。コンソールワープ移動を使えばどんな妨害があっても直接移動できるが問題はその先。外部からでは内部の光景などはデータでは見れないので、どんな場所かは予測で飛ばないといけない。
つまり完全なギャンブルなのだ。
「配置キャラから……ダメだ……名前とNPCの種類だけじゃどんなとこか……!」
配置されたキャラから予測しようにも不可能、ならば運に任せて飛ぶしか無い。
「……どちらに、しようかな、かみさまの、いうとおりっ! 九階! 信じるよ神様!!」
半分ヤケクソで頼った方法で第九階層への侵入を決めると、コンソールを叩く。最初にナザリック全体のデータから第九階層の部分だけを抜き出し、そこから大体地下の何処にあるかをY軸座標から算出。そのままX軸、Z軸も定めて、移動場所を決めると予め「いしのなかにいる」になっても対応できるように、別コンソールで壁抜けを有効化。
「よし、透明化はまだ機能してる。それじゃ……テレポート! 頼むっ!!」
どうかモンスターたちのド真ん中に転移しないように。そう祈りながら彼はナザリック表層から消えた。