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A夏とリアルのストレスのせいです。普段はまともなのを書いています。
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第一話 ヤリサー
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蒸し暑い夜だった。
安っぽい大衆向け居酒屋の喧騒の中、仕事帰りのサラリーマンに混じって数人の大学生が座敷を囲んでいた。とりあえずで頼んだ注文が運ばれてくる。
ウェーイ、と、サークルの部長の尻上がりな口調で乾杯の音頭がとられ、周りに合わせて彼女もウーロン茶を一口やった。
氷に作用された飲料の温度は、喉に絡みつくような湿度を一掃してくれるようだった。
案外、悪くないのかもしれない。テーブルの端であれこれと新入生に話し賭ける先輩がたを見やり、彼女はもう一口、くぴりと飲んで思った。
田舎から出てきたばかりで、右も左もわからない都会の大学生活。指折りの学び舎故に、学生はみな自分のように眼鏡を掛けていたり、口調も固く、思考は論理、行動は合目的的、勉学は日常。それが普通と考えていた。
ところがキャンパスは陽気に満ちており、服装はラフで、周りの多くの人間は ――失礼な主観だが―― 勉強をしに来ているようには見えなかった。まるでここが終着点とでもいうような。
つまるところ、自分は本来このような居酒屋には来る縁など微塵もないのだと思っていた。
先輩方が追加のアルコール飲料とアテを注文している。んじゃあ、とりあえずあらためて自己紹介から、おれから時計回りに、と続けて言った。
とりあえず、という言葉を部長は多用する。自分の順番が近づき、緊張により鼓動が早くなる心臓から意識を逸らすため、意味のない事を考える。
部長、髪を染めている人が多い中で珍しく自分と同じ黒髪だ。柔和な顔立ちをしている。実際に優しいのだろう。新入生にはノンアルコールの飲料を注文させていた。とりえずで一括注文したのは先輩方の飲み物だけだ。
――ちゃん? おーい――
と、彼女は肩を揺すられ、意識を現実へと回帰させられた。それが急速だったもので変な声が出た。
「ちょっとボーっとしすぎじゃん、それウーロン茶でしょー?」 と、彼女を揺すった女性。同じく新入生だった。
「雰囲気酔いってやつ?」
「いやおれに見とれてたよ」
「視線的に部長っしょ」
「ひゃい、とかカワイー」 などと先輩方は口々に言う。
視線が自分に集中している事が恥ずかしく、彼女はジョッキを手にしたまま顔を真っ赤にして手短に名乗った。名乗って、ちいさくよろしくお願いしますと付け加えた。
場が一瞬静寂し、笑いよって回答された。それで彼女は小さくなった。
「いやー、やっぱあんたおもしろいわ」 隣の同級生が彼女の丸い背中をポンポンと叩く。
この同級生とは最初の授業でたまたま隣になって知り合った。と言っても、彼女がペンを貸してもらった程度だが、その時にこのサークルに勧誘された。興味はなかったが、ペンを貸してもらった手前断りにくく、流されるまま今に至るというわけだ。
どうせなら文学系が良かった、と彼女は思わないでもない。
その後、会話はノリのよい学生が中心になり、手持ち無沙汰になった彼女は視線を店内にめぐらせる。
タバコに色あせ、黄ばんだ壁紙、よれよれのサイン色紙が飾ってある。なんだかな、という気持ちになった。
「えー、いいじゃん」 と隣の女性。どうやらアルコールを注文したがっているようだった。
ダメだって、と先輩方。だったが、隣の女性は先輩方のジョッキをひょいと手に取り。喉を鳴らして飲んだ。
その様子に彼女は目を白黒させた。だって新入生はみな未成年なのだから。怒られる、と周りの人間に目をやるが、誰も目くじらを立てる様子はなかった。
「いえー間接キスー」 と隣の女性。 「嬉いっしょ?」
その後はなし崩しに新入生もアルコールを注文するようになった。一度飲んでしまえば、後の祭りといった感じ。
感性が違うのかなあ、と彼女は飲み干してしまった自分のジョッキを眺めた。
その様子を見て部長。「てかきみ、ぜんぜん食べてないじゃん」 小皿に唐揚げやなんかをよそい、「ほーら酔っ払いはどいてどいて」 と隣の女性をどかせて彼女の隣に座った。
「野郎のおごりなんだから、とりあえず食べときなよ」 といってレモンを絞る。
「ありがとうございます」 親切心からなのだろうが、この人は悪い人ではない。彼女は唐揚げを頬張った。
「あ、美味しい」
外食などめったにしない彼女には、脂ぎった唐揚げが不思議とそのように感じられた。つい、口からポロリと感想を零す。
「だろー、他の料理は普通だけど、ここの唐揚げは旨いよ」
その後、ぽつりぽつりと彼女と部長は言葉を交わした。
彼女の生まれ育った土地に同年代の人間はほとんどいなかった。いわゆる過疎化が進んでおり、たいていが大人か老人で、高校は通信。故に部長のような年代の近い人間と何を話せばよいのか分からなかった。
それでも会話が出来ているのだから、部長は話し上手なのだろう。彼女には部長が社交的で眩しく見えた。
「てかきみ、飲み物ないじゃん? なんか頼みなよ」 と部長、メニューを彼女に手渡した。
「え、あ、はい」 たどたどしく、彼女。ドリンクの欄を見やり、じゃあ――、と顔を上げたときに皆の視線が集まっているのに気がついた。オレンジジュース、と言えば笑われるだろうか、自己紹介のときのように。
気づけば新入生は顔が赤い。みな、飲んでいた。
「――じゃあ、えーと、これ、山崎? で」
とっさに父が飲んでいた銘柄を口にした、年代はこちらの方が上だったが、似たようなものだろう。
が、彼女の予想に反してやはり場は滑稽の反応に渦巻いた。
「いやいや、無理せんでいいよ」 あー笑ったと目じりを拭って部長。 「とりあえず適当なチューハイにしとけって」
泣きたいのは彼女のほうだった。どうしてこんなにばかにされるのか。
ほどなくして注文が運ばれてくる。なんだか安っぽい色をした液体だと彼女は思って手に取った。ガラスに結露した水滴が指をつたう。
「ちょっと待と待と」 と部長。 「なんかこえーな、とりえあえず最初は水で割っとけ」
「大丈夫です」 と彼女。父は水で割るような飲み方はしていなかったはず。
「だめだめ、ちょっとにしとけ」 むりやり彼女のジョッキを奪い、適当な開いているジョッキに半分ほど移し、自分のチェイサー代わりの水でチューハイを割ってやる。
ほい、と彼女に手渡す。 「とりあえずこれでアルコール度数2パーセントくらいだし、これなら大丈夫っしょ」
彼女はおそるおそる、口をつけた。ジュースのような気もする。よくわからない。
その後部長が電話番号を聞いてきた。いそいそとバッグから携帯を取り出すと、周りがガラケー!? と驚いていた。母が心配だからと持たせてくれたものだ。何が悪いのか。もう一口やる。頭がぼうっとする。
部長は一旦、お手洗いに立ち、そこで同級生と少し話した。彼女が処女かどうかを賭けていた。バストが大きいので非処女だろうという下馬評だったが、部長は処女に賭けた。そっちの方が良いという希望的観測でもあった。
座敷に戻ると彼女と数人の新入生は酔いつぶれていた。割った部長の水は薬物が混入してあったかアルコール度数が九割以上のスピリタスだった。
そういう話だった。
おーい、大丈夫かーと適当な茶番の後に、彼女はまどろみ半分に覚醒すると部長と共にホテルにいた。本能的に携帯電話を探るが部長が掴み取り、放り投げる。
部長は全裸だった。何故なのだろう。彼女はイモムシのようにのたうつ思考を働かせようとした。視界の端で母が持たせてくれた携帯が落ちている。グロテスクな男性器がすぐ近くにある。恐怖は嘔吐感に飲まれている、父は酒を飲んでも吐かなかった。
「……いや、やめて」
「写真はあとで撮ろうねーってかおまえの携帯ってカメラついてんの? と思ったが処女かどうかの証拠動画を撮るんだった」
彼女は突然に悲しくなって、静かに涙を流した。
部長はもそもそと斜めがけのポーチからスマホを取り出し、固まった。携帯端末の暗い画面に人影が反射している? 背後を振り返るのとその声は同時だった。
「わたしの名前はTheレイパーマン! 非道な強姦を憎悪し、レイプの守護神とまことしやかに噂されるTheレイパーマンとはわたしの事だ!」
そこには珍妙な格好をした ――声色からして男性―― が腕を組んで仁王立ちしていた。その珍妙感は名乗り冗語の文法の歪さを無視するほどの勢いだった。
「は、え、てかおまえどうやってこの部屋はいった?」
「何も知らぬいたいけな乙女を雰囲気の圧力により飲酒へと誘い、あまつさえには薬物に頼るとは不届き千万。レイパーの風上にも置けぬ性犯罪者め!」
ぐぬぬ、といった感じで拳を握り締める闖入者。とりあえず憤怒の感情だけは伝わってくる。
「いや、てか、とりあえずレイパーマンてか」
「Theをつけろや、BEATLESやOffspringにTheをつけるように」
彼女は、瞬間という言葉はその時間域を表現するために存在するのかもしれないと本当に思った。闖入者は妙なこだわりを言い終わるや否や ――あるいは同時かその前に―― 部長の背後にまわり、部長の一物を握り締めていた。
「加えて集団で狡猾下賎な策を弄するなど言語道断! 真のレイパーたるもの己の身一つで愚直に挑むべし!」
「いや、ちょ。とりま待って」 レイパーマンのライトハンドから伝わる、恐ろしいほどの殺意がムスコを通して伝わってくる。 「……やめて」 部長は泣いていた。 「ください、やめてくださ」 鼻水も、止まらない。耳から変な汁も出る。膝ががくがくと笑う。
「やめてと言われてやめるレイパーがあるか。必殺、レイパービーム!」
口の中でミニトマトを噛み潰すと似たような音がするかもしれない。ビーム要素はかけらも見当らなかったが、必殺であることは事実だった。
泡を吹き、痙攣する部長を一瞥するレイパーマン。
「あ、あの……Theレイパーマンさん」 とおそるおそる彼女。酔いは唐突な事態に吹っ飛んだ。言いたいことは沢山あったが、まず助けてくれてありがとう。そう口を開きかけるが。
「だれがきさまなんぞをレイプするかぁッ!」
部長に対する怒気と同等か、それ以上の憎しみの叫びでかき消される。
「レ、れ。してほしいなんて、い言うってません」 謂れのない予想外の返答に呂律が回らない。
「都会のきらびやかさに惑わされるばかりか、未成年であるにもかかわらず飲酒までする違法行為、わたしがポリスマンだったらきさまを豚箱にぶちこんでやるところだ! わたしがレイ、あっ……Theレイパーマンであることに感謝するのだな」
「で、でもなにもわからないことばかりで、それにお酒だって好きで飲もうとしたんじゃあ」
「学生の分際でわからないことがあったらそれで済ます意識の低さ、嘆かわしい。未知であるなら調べるが学業の本質、それをおろそかにし、NOと言えない己が弱さをも責任転嫁するとは厚顔無恥もこれに極まれり! レイパーパンチ!」
レイパーマンのレフトハンドが彼我の距離を無視して彼女の頬を殴った。黒プチの野暮ったい眼鏡は、いつまにかナイトテーブルに置いてある。レイパーマンはレイパーであると同時に紳士でもあった。
彼女は頬に手をやる。熱さと、ゆれた脳の平衡感覚喪失。それよりも初めて殴られたという事実が彼女を襲った。
「いまのはレ、Theレイパーマンからではなく、きさまの父と母からだと思え。きさまの不注意は、それ以上の苦痛を心身に刻むことになったかもしれなかったのだぞ」
それ以上は言う事はないといった態度で、部長のポーチを漁り、免許証と学生証、それにビニール入っている小さなカプセルと携帯を懐に入れる。
「たとえ父親が地元の有力者でも、大学が体面を保とうとしても、点数にならないからとポリスマンが流しても、このレイプ、The……このレイパーマンは許さん!」
とうっ、という掛け声と共に、レイパーマンはドアを開錠し、消えた。てっきりワープでもしてくれるものかと油断していた彼女は ――よくよく考えると危険な思考だ―― 慌てて後を追って廊下を見渡したが、その珍妙な姿は何処にもなかった。
走る。ホテルを出るが、それらしき人物は見当らないばかりか、通りにいるのは電話ボックスから丁度でてきた男性くらいだ。
その後、彼女は手芸サークルに入ったという。親友もできた、学業のほうも順調だ。
例のヤリサーは消滅した。消滅という言葉は過激に過ぎ、過剰に富むかもしれないが、そうとしか表現できなかった。
テレビにもなったが、彼女にマスコミの手が伸びる事はなかった。一応警察から調書を受けた。本来なら五十万円の罰金というところだが、厳重に注意されて終わった。しかし男性陣はその限りではない。この差は単純で、レイパーマンは偽りのレイプを嫌うからだろう。
「で、それ何?」 と手芸サークルの親友。彼女の作る小さなぬいぐるみを見て言った。 「あまりにも珍妙なんだけど」
えーと、と言葉を選び、彼女はぼかして、小さく微笑んで言った。
次回 事案