水滴が石畳を打つ音で、一人の女が目覚めた。靄のかかった視界が晴れるにつれ、どうやらここが城の地下牢である事を知った。
じめつき、すえた臭いが女の鼻を突く。気のせいか獣の息遣いが木霊している。
倦怠の泥に沈んだ身体を動かそうとするが、両の腕は天上の中心から伸びる鎖で吊るされていた。足が着くだけマシだ。
なんとか腕を動かす事はできないだろうか。女はドレスと騎士甲冑が一体となった鎧に隠してあるナイフを脳裏に希望した。
「ようやくお目覚めかね、姫騎士どの」
牢の向こう、鉄柵を挟んだ先でダミ声が反響した。魔灯石の鈍い光が女の顔を照らす。
「宰相……これはいったいどういうことだ!」 姫騎士と呼ばれた女が叫ぶ。 「早くわたしを助けろ!」
呼ばれた宰相は、いかにもな芝居がかった身振り嘆いて見せて、大仰に返答する。
「おぉ、おお。なんと哀れなわが主、姫騎士どの。このわたしに、あなたさまのほんの十分の一ほどの勇気と胆力があれば今すぐにでもこの……」 と、牢の鍵をこれ見よがしに掲げ。 「……鍵を持ってして自由の身を約束できたことでしょう」
「何が言いたいッ!」 嫌味がかった物言いに、姫は怒鳴った。
「おお、恐ろしい恐ろしい。言葉が剣ならば、わたしは八つ裂きにされていた」 卑屈に笑い、続けて言った。 「おまえを牢から出したらわしを殺すだろうが。なぜ出す必要がある」
「きさま……わたしに向かってそのような物言い。極刑では済まさん!」
「だから現実を見ろ、おまえはもうそこで終わりなんだよ」
そう言った宰相の冷徹な口調に、姫騎士は僅かにたじろいた。普段は媚びへつらい、常に誰かの機嫌をいちいち気にするような人物だったはずだ。
だがここで黙っては敗じくと、かろうじてうめくように言った。
「……父上が黙ってはいまい」
「あの病弱の死にぞこないが? もうベッドから離れられないのにか? おまえひょっとしてまだあの病気が治ると思っているのか」
「どういう意味だ」
「どうって、薬と勘違いして遅効性の毒薬を定期的に摂取しているわけだから」
天上で鎖を繋ぎとめている支点が悲鳴を上げた。姫騎士の手首に枷が食い込み、血が滴る。
殺す。
宰相と、ほんの少し手を伸ばせ扼殺せしめる距離で姫騎士はそう吼えた。
宰相は思い出したように肺から空気を吐き出した。額を伝う汗で、自分が一歩後ずさっている事に気がついく。喉を鳴らして唾を飲み込み、自らの安全性と優位性の再確認のように言った。
「ふ、は。強がるのもいいかげんにしろ。おまえはこれからたっぷりと調教してやるからな。この誰とも知られる事の無い場所で、死ぬまで。以前からわしの事を虫けらのように扱ってきた事を後悔しながらな……来い」
来い。ということは第三者がいるのだ。
姫騎士はわずかな光明を見出した。なんとかその者を説得すれば、この状況を打破できるかもしれない。
しかし、現れたのは言葉を解さぬ下等生物だった。どぶの様な肌色の、二メートルは超えるであろうオークが鼻息を荒くしている。
宰相はゲスびた笑いを顔に刻みながら牢の扉を開け、オークを獲物へといざなう。
オークの股間は勃起していた。
「まさ、か」
姫騎士はじりと後ずさり、濃い獣の臭いの中で、蛇に睨まれたカエルのように、オスの性欲の塊の怪物と生殖の本能が滾る睾丸袋から視線を離せなかった。
「ばかなっ、下等なオークではないか」
姫騎士が反射的に宰相を見やる。
「わしの方がよかったかね? おまえはわし自ら陵辱してやりたいところだが、どうだね? どうしてもというなら相手してやらんでもないが」
「下衆が」
「いやならいいが。見たまえ」 と、そそり立つオークの股間を照らしてやる。 「簡単に子宮を擦りあげそうな凶悪さだ。あっというまにオーク専用に開発されてしまうぞ、ん?」 ちらと姫騎士を見やって続けた。
「もう何日も禁欲させてあるから、精巣にはさぞ黄ばんだ精液がたんまりと詰まっているだろうな……どうした姫騎士どの、顔色が悪いようだが、薬を飲むかね。おっと、父上用しか持ち合わせていないぞ。これは困った」
黙れ。
姫騎士はそう切り捨てたいところだったが、脈打ち、牢のすえた臭いとは別種の異臭を発生させる男性器に固唾を呑んだ。
「二つに一つだ。わしに陵辱を乞え、薄汚く。娼婦のように。それかただただ、性を発散させれる肉になるかだ」
姫騎士はうなだれ、地下牢の床と具足を見下ろした。この牢も、父上の城だ、甲冑は一人前になった証に頂いたものだった。母上はわたしを生んだが為に死んだと聞いた。ここで終わるわけにはいかない。そう思った。
「……ください」 歯並びの良い口を食いしばり、引き絞るようにうめいて言った。
「あ? 聞こえん」
すぐ隣でオークが豚のように荒い息遣いをしている。粘質な涎が糸をたらして落ちた。
終われない、生きてあの。あの宰相を、たとえ情婦にこの身を落としても殺害する。
「……抱いて、ください」
「だから声が小さいんだよ! 言え! どうかわたしの卑しい穴をあなたで慰めてくださいと叫べ! わしを見ろ!」
姫騎士は悲哀をかき消すような大声を挙げる為、涙をこらえて淀んだ地下の空気を肺一杯に吸い込み、首をもたげた。
そして宰相と姫騎士は、二人の間、牢内の地面に広がる第一級魔方陣の揺らぎに気づいた。
唐突な閃光。おもわず目を閉じ、試すように少しずつ開くまぶたの先には珍妙な姿をした ――おそらく人間―― が腕を組んで仁王立ちしていた。
「第一級魔方陣だと!? いや、じ、【次元の瑕疵】か!?」 驚愕の表情を見せる宰相の言葉を無視して、その闖入者は事態を更なる混沌へと落とし込む言葉を口にした。
「ぶひ! ぶひぶひ、ふごご、ぶひ! ぴぎぃーー!」
石材に反響する切れの良い闖入者の第一声。姫騎士は唖然としたまま。反応を示したのは隣のオークだった。
「……ブヒ、ブ、ヒ。ブブヒ」
「しかしマナの残骸は感じられん、後者か。空間操作を故意に起こすほどの術者でないなら話は別だ。やれ」 と宰相。もちろんオークに命じた。
オークは鼻水と涎をたらし、充血し、不規則に瞳をめぐらせ、両手で頭を抱えてもだえた後に闖入者に襲い掛かった。
「ぶひ!? ふごふご……ブヒッ!」
闖入者のレフトフットがオークのこめかみを捉える。その衝撃力たるやオークの巨体を壁に打ちつけるほどだった。オークは、 「ブヒヒ、フ……ゴ。フゴッフ」 と呟き、意識を失う。
一連一瞬の攻防に人間二人は言葉を失うが、先に思考を回復させたのは姫騎士だった。オークを倒したのだから、少なくともわたしの味方の筈と声をかける。
「あ、あの……」
「ぶぶひひひ、ふごぴぎぃっ!」
「失礼な、わた、わたしは人間だが!?」
「間違えた、だれがきさまなんぞをレイプするかぁッ!」
「どっちみち失礼だな……と言うか、だ、だれもしてくれなどと言っていない」 と顔を真っ赤にして姫騎士。 「と、とにかく助けてくれて、その、えーと助かった」
「だれがきさまなんぞを助けるかぁッ! あと言い忘れていたが、わたしの名前は――」 と闖入者はレイパーマンと名乗った。
「はあ」
ぽかんと口を開ける姫騎士を背に、レイパーマンはさも当然のように牢を開錠し、宰相を気絶させて身に着けていた指輪を抜き取る。
「それは?」 と姫騎士。
「こいつでオークを操っていたのだ」
いかなる膂力か、指輪を握るだけで破砕する。そして昏倒するオークの頬を叩き、目を覚ませてやった。
「おい、何をやっているそいつは危険だ」
焦る姫騎士は完全においてけぼりで、ぶひブヒとレイパーマンとオークは会話しているようだった。
「というか、助けてくれないか。いいかげん腕がしびれてきたのだが」
その姫騎士の言葉に反応したのは、驚くべき事にオークだった。凄まじい怪力で鎖を引きちぎる。
「へ、は。ありがとう」 野獣の股間はいきり立ちっぱなしだったので距離を置いて、とりあえず姫騎士は礼を言う。
ちょうど宰相が気絶から覚醒した。 「ぐ、きさまのような珍妙な輩が姫騎士の手駒にいたとはな」
「誰がレイプする価値もない女の手駒だ。レイパーパンチ」
レイパーマンのレフトハンドが宰相の鼻っ柱をへし折る。のたうつ宰相を無視して言った。
「生粋のレイパーであるこのオスを第三級魔術を用いて洗脳し、己が立身出世の為に望まぬレイプを強要するとは不届き千万。許してはおけん」
「は? 望まぬレイ……その、暴行? とは? 自由の利かぬわたしを見て思い切り興奮していたようだったが」 と戸惑い口調で姫騎士。
「だからきさまはレイプする価値もないのだ」 叱咤するようにレイパーマン。 「常識で考えて人間がオークのメスをレイプするか? 鶏が蛇を犯すのか? サルが猫を孕ませようとするか?」
「いやそれはまあそうだけど」 返す言葉も無く、ぽりぽりと後頭部を掻く。
「操られていたのだ、あのオークはな」
「目頭を押さえて悲痛な口調で事態を嘆くのはいいが、なぜあのオークは宰相を脱がしているのだ?」
「やつなりのケジメだ。本来なら人間は守備範囲外だが、きさまのような女を相手させられるという、レイパーとしての誇りを踏みにじられた怨みは恐ろしいのだ」
檻の中に宰相を引きずっていくオークをちらちらと盗み見て姫騎士。 「それはともかく、きこうは客観的に命の恩人とはいえ、一国の姫に対して失礼すぎる」
『腐っても宰相たるもの辱めは受けん。くっ、殺せ』
『ブヒヒ』
「きさまにあのオークの何がわかる!」 レイパーマンは気づけば叫んでいた。 「脂ぎって肥え太ってダミ声で卑屈な宰相で、おまけに纏う衣類が真っ黒という役満級の怪しい人物に、政争に破れるばかりか自らの父までも死の淵に追いやられる女をレイプさせられる心境! おまえは少しでも考えた事があるのか!?」
『やめろ、そこは違う穴だ。くそっ……オークになんか、絶対に負けん!』
ちらちらと檻の中に視線をやって、顔を赤らめて姫騎士。 「そうは言われても、あまり陰謀謀略を得意とせん性格で……」
「一国を継ぐという立場にありながら、自らの欠点を理解しても尚、人材登用に関心を置かぬその慢心。絶対君主制の世においてあまりにも愚か。しかもアナルの弱そうな姫騎士しやがって。レイパーパンチ」
レイパーマンのレフトハンドが姫騎士の頬を殴りつけるが、当の本人は檻の中の情事に小さな感嘆の声をあげていた。
『んほぉ、しゅごいい! どうかわたしの卑しい穴をあなたで慰めてくださいぃッ!』
「聞いているのか、おい……おーい。ちゃんとオークは野に帰してやるんだぞ」
言ってレイパーマンは次元を渡って姿を消した。
その後、姫騎士の治める王国都市は、陵辱と略奪の限りを企む隣国や傭兵団に戦争を挑まれる。しかし周辺のオークやゴブリン、果てはスライムやなんかと協力してこれを退け、長く繁栄の道を歩んだという。
次回 最終回 (The)レイパーマンの敗北
最終回はレイプ描写が入るのでR-18板でやります。
通常からR-18にはリンクは貼れるんですかね。たぶん一週間以内に更新します。