※この作品はR-18です。

【完結】 (The)レイパーマン   作:hige2902

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R-18になりました


第四話 レイパーマンの敗北

「とうっ」 と歯切れよく決め、わたしは室のドアを開錠して現場を去った。手ごろな公衆電話ボックスに入り、手早くクールな衣装から仕事着に着替える。ビジネスバッグを引っ張り出して、蒸し暑い閉所から逃げるように夜風の当たる公道へ。

 月明かりに照らされながらシャツの胸ポケットからメモを取り出し、正の字に一角付け足す。さすがに今日は疲れた。ここ最近、非道なレイプは増加の一途をたどっている。

 

 わたしは疲れた足取りでコンビニに立ちよろうとし、財布の中身を思い出して、体に鞭を打ち24時間営業のスーパーまで歩いた。

 半額のお惣菜と、お米と ――国内産と書いてある。逆にブレンドしてある都道府県を主張してしまっているような気がするが―― ふと気が付くと無意識にアルコールコーナーにいた。

 発泡酒か、ビールか。

 現在のわたしはもちろん後者を一気にやりたい気分だ。しかし未来のわたしは給料日までの日数を参照して前者だった。

 わたしはなんとかして未来のわたしの束縛を振りほどこうと画策する。今日は一段と外道な偽レイパーがいた、それも三件だ。それに夏も終わりだというのにむし暑いし、それにビールを飲まなきゃ死ぬ病気にかかっった。

 

 未来のわたしは、わざわざコンビニでなく安いスーパーまでやってきた意味を唱え、過去のわたしを味方につけた。そして500mlのビール缶で350mlの発泡酒が二缶も買えてしまって200mlお得! という算数を武器に、おもしろくない仮病ネタを攻撃してきた。

 

 いつからか有料になってしまったレジ袋に購入品を入れて店を出る。腕時計を確認し、出勤時間から逆算した睡眠時間にため息をつく。

 しかし指に食い込むお惣菜と発泡酒の重みが帰路を急がせた。食べる段取りを考えていると、背後に異様な気配。

 

 わたしを追随する、今まで向けられたことのない攻性の色の足音。いままでレイパービームを放ってきたどの非道レイパーとも違う、もっと異質で畏怖すべきもの。何者だ。

 先ほどまでしずしずと輝いていた月が雲に隠れた。彼我の距離は十メートルほど。

 

 そこまでは記憶している。

 

 わたしは、えずくと同時に覚醒した。どうやら背から活を入れられたらしい。わたしの意識を目覚めさせた人物が手を差し伸べてくる。

 せき込みながら、わたしは自力で立ち上がった。あたりを見回す、息をのむほど活き活きとした水彩画の掛け軸に、床脇の違い棚には滑らかで巧妙な造形の壺。鼻孔をくすぐるの畳の香り。

 どこだここ。

 と、適当になった思考を断ち切り、現実を見据える。腹具合からして、そう時間は経過していない。腕時計は外されていなかったが、工作されている場合を考慮して無視する。

 

「おまえは、何者だ」

 わたしは滲む涙をぬぐって活を入れた人物と対峙する。夏だというのにコートを羽織っていた。目深にかぶった帽子からは表情を伺えない。厚手の服装の上からでもわかるほどの大きなバストサイズだったが、女性であると決めつけるのは早計だ。

 

 それよりも、一瞬で彼我の距離を縮め、 ――足音もなく? そんなことが可能か?―― おそらく頸動脈洞を刺激して締め落とした手腕。目の前の人物が実行犯と同一人物ではないという可能性も考慮せねばならない。

 

 油断なく身構えて言ったわたしの言葉に、目の前のいかにもな犯人の服装をした人物は答えながら帽子を脱いだ。

 

 

「わたしですよ、覚えていませんか」

 

 そこにはたしか六年ほど前にサークルの部長の毒牙にかかろうてしていた新入生がいた。童顔なせいか全然変わってネー。てことは年数的に社会人?

 

「さあな」 とわたしは油断なく自然体を構えた。

「それだけですか?」 と小首を傾げて元女子大生。

 

「それだけ、とは」

「質問です。それで終わりなら、ちょっとした食事の支度をしているので、一緒にどうですか」

 

「いやそれだけじゃあないけど。ここどこ。てかおれさ、荷物持ってなかった? 具体的には発泡酒とお惣菜とお米なんだけど」

「ここですか? ここはええと、千代田区……」 ぽつぽつと元女子大生。 ――スゲー立地!―― 「お米は涼しいところ、発泡酒は冷蔵庫で、お惣菜はお皿に盛ってラップしてます。食べますよね」

 

 食べるし飲むよ。おれのだもん。

 

「そりゃあ、自宅に帰って食べるつもりだったが」

「まあまあ、いいじゃないですか」 と、思い出したように、暑いなーとコートを脱ぎ、薄手のワンピース姿でわたしの手を取って奥の間へいざなう。 「わたしも飲める年齢になったわけですし」

 

 いや、よくないが。とわたしの言いさした口を黙らせたのは、座卓机の上の肴だった。いくつかの小皿には、酒粕が添えられた奈良漬けや、細かい鰹節がところどころに付いている沢庵。チーズボードの上には九種類のハードチーズ。

 唯唯諾諾に、掘りごたつに設けられた座椅子に腰掛ける。ふと気が付けば、正面に開け放たれた障子からは日本庭園。その趣たるや今にも夏を介錯せんとする秋のもの悲しさが、雲で恥じらう満月を加護に空間を漂っていた。

 遠くで残響する車走音ですら風流であると思わせるほど手入れの行き届いた庭だった。

 

 わたしの意識を鹿威しがしたたかに打つ。目の前には冷えたグラスと、ごていねいにワインクーラーに入れられた発泡酒。チンされたお惣菜の唐揚げより、どう考えても漬物とチーズのほうがアテになる。

 まあまあどうぞどうぞと、元女子大生にお酌してもらい。わたしは一口やるのをなんとか留めて、元女子大生の分を注ごうと思った。発泡酒でよかった、ビールだと一人250mlしか飲めない。やはり人間というのは、現在にのみ与えられた情報による判断よりも、未来と過去の情報も予測参照した方が、判断材料と未来の事態の因果関係はなくとも良い判断を決断できるようだ。

 

「きみはどうするんだ?」 と、わたし。

「いえ、頂くのも悪いですし、わたしはこれで」

 

 と、いって取り出したスコッチはボウモアだった。25年だった。わたしはグラスの中で懸命に発泡する第三のビールを見下ろした。

 

「えきみそれ飲むの」

「はあ、まあ貰い物なんですけど。美味しいんですかね」 と、わたしの隣に座って元女子大生。薄手の衣類に包まれた肢体から女性特有のいい匂いが漂ってくる。

 

 わたしは眼の前に広がる、わびさびの場を眺めて思った。わびしく、さびしい。わたしが一体なにをしたというのだろうか。

 そのままピンクのうさぎがプリントされた、おそらく元女子大生のマグカップに注がれるボウモアを見届け、いただきますの音頭でわたしは漬物を口にして、発泡する液体を口に含んだ。

 

 いや、発泡酒をばかにしているつもりは微塵もない。むしろわたしはヘタなビールより好きな銘柄もある。というか発泡酒がなければ禁酒を余儀なくされていたかもしれないのだ。ようするに発泡酒はわたしの味方なのだ。つまりわたしも発泡酒の味方でなければならないのだ。発泡酒サイコ―!

 

「うーん、辛い? というか喉にきますね、これ」 と、ストレートでスコッチをやった、しかめっ面の元女子大生。

「まあ、ストレートで飲むとそうなるかもな」 とわたし、酒粕をぱくりとやる。奈良漬の味がしっとりと浸みていて。酒がすすむ。

 

「えー、でもお父さんは薄めていませんでしたよ」

「おれ……わたしもストレートで飲むけど、女の子にはきついかもな」

 

「それはどうなんですか?」 元女子大生もチーズに手を伸ばして、わたしのグラスを見て言った。

「これ? これは発泡酒だから割らないよ」

 

「へえ。というか。これ、飲みます? わたしはもうあんまりって感じなので」

「いや、年下の女の子にそんな高い酒を貰うのもな。割って飲むにはもったいないし、お父さんにあげたら?」

 

「え、これ高いんですか!?」 ぎょっとして言った。 「一万円とかしちゃいます」

「だいたい大学生が適当に一ヶ月バイトしたくらいかな……チーズ、どれ食べた?」

 

「えー、もったいない。飲んでくださいよー」 と困ったように元女子大生。 「チーズはオレンジのやつです。月並みの表現ですけど濃厚で美味しかったですよ」

「じゃあ別の食べよ。いいじゃん、お父さん、お酒好きなんでしょ? ストレートで飲むってことは。ああ、そのお父さんから貰ったとか」

 

「いえ、まあいろいろあってこの家を相続した後輩の友達が、倉庫? にあったやつは飲んでいいって……というか、なんで別の食べるんですかー」 もうっ、といった感じでわたしの肩をたたく。

「いろんな味の感想を言いたいと思って」 わたしは薄い橙のチーズを摘まんだ。強い匂いと、ナッツのような風味がある。 「ところできみ、いまいくつなの?」

 

「24です。院生やってます。」 とはにかんで元女子大生改め院生。 「ちょっとお水とってきます」

「ああ、スコッチ飲めないならこれ飲む?」 ともう一本の発泡酒をワインクーラーから取り出し、空になったマグカップに注いでやる。

 

 試すように、院生はカップに口をつけた。 「あー、これなら飲めますね。というか、さっきの茶色いやつより美味しくないですか? それと交換ってことで、このスコッチ? 飲んでくださいよ。お父さんが言ってました、一度開けたらなるべく早く飲まないと香りが消えるって」

 

 そういうことならとわたしはボウモアにありついた。25年を飲めるなんて思っていなかった。蒸留酒の醍醐味は口から鼻孔へ抜ける風味だと半ば確信している。わたしはそれを、思わぬ形で味わうことができた。縁とは妙なものだ。

 

「それでさ、将来何になるの?」

「えー、いいじゃないすか。なんでも」

 

「いや気になるよ。24で院生って、ひょっとしたら一回浪人したんじゃないの? だとしたら、そうまでしてなんでなりたかったのかなーって」

「うーん、特に目的があって院生になったわけじゃないんですよね。力試しに院試を受けて、落ちちゃったから悔しくて。でもいざ研究してみると本当に楽しくて、たぶんその道に進むんじゃないかなーと。量子力学関係なんですけど」

 

「あー、知ってる、あれ読んで知ってる。サイモン・シンって人が書いた本で。就活は?」

「蹴っちゃいました。最終定理はドキドキの連続ですよね、ロマンというか、受け継がれる人間の探求の意思の結晶というか」

 

「ウルッとくるよね。しかしまあ、はー、果敢。どこ決まってたの。いやー社会語っちゃおうかなーと思ってたけど、きみは凄いな」

 

 と、肴がなくなるまで語ったころ、院生は腕時計をちらと見やると、そろそろ時間かと呟いた。

 

「うん? 何が?」 とわたし。ほろ酔いイイ気分。

「唐揚げ、少し残っちゃいましたけど」

 

「うーん、もう食べられないかな」

「いらないのなら、お弁当にしていいですか?」

 

「いいよ、食べても」

「じゃあ、とりあえず庭に出てもらっていいですか?」 とメガネの座りをなおして院生。

 

「へ? なんで」

「いやあ、そろそろレイプしようかと思って。その前にあなたを真正面から屈服させたいので」 席を立ち、やや千鳥足で彼女は縁側に立って振り返った。 「己の身一つで愚直に。レイプって、そういうものですよね?」

 

 院生の言葉にわたしは唖然とした。 「は? きみ、正気か? レイプというのは、きみ。野性を知っているか? 要するにオスが、このメスになら自分の種子を託せると確信したときに行う行動であって」

「飲酒していますが、それはお互いさまなのでフェアですよね。日常的に飲んでいるあなたの方が有利でしょう。むしろそれを打ち倒す方がいいのかもしれません」

 

 わたしはゆっくりと立ち上がり、月明かりを背にする彼女を見据えて言った。 「勝てると思っているのか。この、わたしに」

 

「御託はいいので早くしてください。アルコールも手伝って、体が火照ってしかたがないんです。あなたを使用して冷ましたい」

 

 わたしは素足で庭園の枯山水を踏みしめた。それは相対する敵も同じだ。

「一応、公衆電話ボックスも用意してありますけど」 と、不感無覚に院生。知っていたのか、わたしが電話ボックスで早や着替えすることを。まさかつけられていたとは。もはや黙っている必要はない。

「レイパーマンは偽りのレイパーを処理するための存在だよ」

 

「わたしをレイパーと認めるのですね」

「言ったはずだ、オスがこれと決めたメスをレイプするのがレイパーだと」

 

 言ったわたしの言葉で、院生は短く嘆息した。月明かりが完全に雲に遮られる。

 

「その本質が遺伝子を残すという目的なら、性差は関係ないのですけど」

 

 わたしが返答に詰まるのと、体の自由が利かなくなるのは同時だった。四肢に食い込むような鈍痛。これは――

 

「わたし、手芸サークルに入ったんです。あれから」

 

 院生の両手の五指は、虚空を掴むように、あるいは指すような形で硬直を保っていた。

 雲が過ぎ去ったとき、月光の下で広がる光景に、わたしは無意識に口から零すように叫んだ。

 

「だからって毛糸で五体を封じるとかできるわけないだろ! いいかげんにしろ!」

 

 しかし現実こそが真実だった。院生の指から操られた暗色の毛糸が、いかなる物理法則か、わたしの自由を拘縛しているのだ。

 わたしはこれを否定する言葉を希望していた。しかし院生が手首をほんの少しひねると、わたしの関節が無言の悲鳴をあげて絶望を肯定した。

 

「苦悶の声の一つでもあげるのかと思ったら、がんばるんですね」 月明かりに反射した院生のメガネの奥は伺えない。その無慈悲さはまさに悪鬼羅刹だった。 「降参してください」

 

「誰がするか」 わたしはジットリとした脂汗を流して、打開策を案じようとした。

「なら根競べですね、ダルマになるまでの。ゆっくりと時間をかけて」

 

 油断はしていなかった。わたしは、わたしの意識を落とした人物が一瞬にして距離を詰めたのだと思っていた。

 故にこの砂利の場なら、音を頼りに反撃できると考えていた。仮に実行犯が院生とは別人であったとしても対応できるだろうと。

 しかし実際は違った。犯人は、院生は毛糸を自在に操り、距離を詰めることなく、わたしの頸動脈胴を締めたのだ。

 

「まずは指を折ります、次にねじ切ります。諦めたら言ってください」 跪かされたわたしに近寄り、見下ろして院生は言う。

 

 わたしは、首をもたげるに次げ呼吸が困難になる毛糸の支配に抗い、院生を見上げて不敵に笑って言った。

 それがわたしの意図した空気の振動を発生させたかは、わからなかった。

 わたしは日に二度の意識を手放したのだ。

 

 

 

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 わたしがこの日、二度目の不快な覚醒をすると、全裸で天井の梁に吊るされた状態だった。足も拘束されているが、床に付く分、助かった。部屋も普通の和室といった感じで、不衛生な地下牢などでないのは不幸中の幸いだ。

 

「あ、起きましたか」 と院生。先ほどとかわらない、いでたちだった。片手で読んでいた本を閉じ、わたしに接近する。

 

 おそるおそる指を動かす。

 

 すると、あはっと笑って院生。 「本当に危害を加えるわけないじゃないですか。でも強情なんですね」

 

「レイパーマンを名乗っておきながら、あの程度で根を上げるとは思わないことだな」

 

 そうですか、と微笑んで院生。ワンピースを脱ぎ落とした。白いブラジャーとパンティを露わにする。

 

「でも、言うは易しですよね。ここはもうその気ですよ」

 

 言って院生は股間を柔らかな両手で包み込み、擦りあげる。

 

「ほら、ちょっと立ってしてきましたよ。さっきはこれと決めたメス、だなんて恰好つけて言ってましたけど、本当は誰でもいいんじゃないですか?」

 

「ただの反応にすぎない。皮膚を切れば出血するのと大差ない」

 

「出血は単なる物理現象ですよ、そこに情感は付随しません。悲しくても嬉しくても出血します。でもこれはどうなんですか?」 ここに、と院生は両手でもって男性器に強い圧を加える。 「情感と勃起の因果関係は存在しないと証明することができない以上、興奮している可能性を否定することはできないんじゃあないですか」

 

 わたしの無言を沈黙の肯定と捉えた院生は、駄駄をこねる子供を許すように小さく笑って手の力を緩め、ゆっくりと勃起へと誘うように摩擦を続ける。

 わたしはなんとか対抗しようと、思考に意識のリソースをまわす。

「悪魔の証明だ。きみは情感と勃起の因果関係が存在していると証明するべきだ」

 

「じゃあ仮に脂ぎった加齢臭のするおじさんが黄色い歯が並ぶ口でフェラチオしたとしても、あなたは勃起して射精するんですか? する人もいるかもしれませんが、それは性癖の一種なのでは」

 

 そう言われ、いやでも脳裏に浮かばされた光景に性器は律儀に反応し、少し萎える。わたしは歯噛みした。

 

「ほら、やっぱり」 と物的証拠を得て嬉しそうに院生、一転して手淫の速度を速めた。 「誰でもいいんですね、女の子なら。興奮して膣内に射精しちゃうような淫乱なんですね」

 

 詰問するように体を密着させて来た院生からシャンプーのような香しさと、しっとりとした汗の匂いが漂ってきた。ブラジャーごしに、両手に余るほどの双丘の弾力が伝わる。

 

「ほら、見てください。こんなになりましたよ……思ってたより大きいんですね」

 

 院生はかがみこんで、上を向く男性器をまじまじと凝視した。ちょんちょんと亀頭をつつき、尿道口から滲み出た無色透明の粘質の液体を指で弄んだ。

 

「あ、これカウパー液ですよね。上の口は嫌がっていても、下の口はまんざらでもないんですね」

 

 悪戯に笑い、指に付いた液を舐めるとおもむろに赤い口を開き、その液の源の先端を咥えこんだ。上下のしなやかな唇でカリ首を包み込み、熱くざらついた舌で亀頭の尿道口を中心に這わせた。

 今度はつるつるとした舌裏で愛撫し、やがてもう少し深く咥えこみ、舌の両面をつかってグルグルと亀頭全体を舐め回し始めた。灼けるような刺激が痛みにも似た快楽を押し付けてくる。

 

 控え目の水遊びのような音と、呼吸器官の一つを制限された院生の不完全な息遣いが室内に静かに響く。不意に口を離し、僅かに荒む呼吸で言った。 「いま、喘ぎませんでした?」

 期待と、優越感が混濁した瞳で見上げてくる。その間も、唾液と先走りでどろどろになった陰茎を両手で卑猥に刺激する。そこに一般的な手淫の規則性もなく、どんなことをしても快楽を感じてしまうのだろうという侮蔑の指先と掌と甲で、手首から先のすべてを粘液まみれにしようとするかのような乱雑さだった。

 

「臭いも、凄いんですね。酸いような、汗とは違う蒸れた感じです……何か喋ってくださいよ。さっきまでは、一緒にお酒を飲んでいた時はあんなにお喋りしたのに」

 

 これ以上、院生を喜ばせるようなことは何一つしたくなかった。異様な耐久性を見せる毛糸の支配下では、問いに対する無言のみが抵抗だった。

 

「もしかして、悔しいんですか? レイプされてるのに感じちゃって……」 院生は祈るように両手を組み、完全に勃起したペニスを挟んでゆっくりとしごき始めた。 「さっきより大きくなってますよ。ひょっとしてこれ以上大きくなります?……なんとか言ってくださいよ」

 

 そう言って不満げに口を尖らせ、次いでそうだ、と思いついたように続けた。

 

「じゃあ、なにかお話ししてくれたら胸を見せます。どうですか?」

 

 なにをばかな。依然として、院生は敵なのだ。

 

「不満ですか? じゃあこうしましょう、一分間、わたしの淫行に耐えたら解放します。というのはどうですか」

 

 わたしは慎重に口を開いた。真のレイパーとして、絶対にレイプされるわけにはいかない。

 

「選択権などあるものか。仮にわたしが一分間耐えたとしても、この状況では保障などない」

「あ、話してくれた。そんなに胸を見たかったんですか」 しょうがない淫乱さんだなあと、照れ臭そうにブラジャーのホックを外す。

 

 わたしは視界に入れないように目をそらして言った。 「わたしが口を開いたのは解放の条件に関してのことだ」

「本当かな? でもわたしは、喋ったらブラを外すという約束は守りましたよ。解放の条件も信用していいんじゃないですか」

 

 いちいち院生の息吹が膨張した陰茎にかかる。こいつは誰と話している気なのか。不愉快だ。

 

「選択権がないのは理解できます。でも、ここであなたがイエスと答えてもノーと答えてもデメリットはないわけですから。イエスと答えるのがベターなのでは」

 

 院生は唾液とカウパー液だらけの手で陰嚢を弄び始めた。 「わあ、本当に二つあるんですね。ウズラの卵みたい。かわいい」 同意を求めるように見上げて言った。 「選択権がないのは理解できます。よね」

 

 小首を傾げて院生はほほ笑んでいたが、幸いにも脅しの効力は血の気を引かせた。赤黒い肉棒が少しばかりしなを作る。

 

「いいだろう。だが後悔するなよ」

 

 虎視眈眈と獲物を狙うレイパーとして、それ以前に社畜としての我慢強さを社会に出たこともないこのひよっこは知らないのだ。後者は感覚が麻痺しているだけだが。

 

「後悔って、解放した後の報復を暗に言ってるんですか? だとしたら失望します。レイプから解放してもらったくせに、当然に感謝はされど、復讐するなんて論外です」

 

 純然たる対決の意味だとわかっていて院生は煽る。余裕を見せることで相手の心を挫けるのは格下までだ。わたしには通用しない。

 

「じゃあ、あの時計の秒針が十二を指したらやりますよ」

「さっさとしろ。おまえになんぞ、絶対に負けない」 視線は畳の目でも数えることにした。

 

 院生は時計に目をやり、尿道が浮かび上がる竿の裏に舌先を丹念になぞると。先ほどよりも深く口内に出し入れしだした。

 しかし慣れていないようで、これなら浅く亀頭を責められていた時よりも刺激は少なかった。

 

 勝った。体内時間で十秒経過した時点で確信した。

 が、唐突に口から男根が引き抜かれると、まったく違った質感に包まれる。しっとりと柔らかく、足の付け根あたりに固い突起が規則性を持って擦れた。

 

「わたし思うんです。さっきのフェラチオ、気持ちよかったですよね? それって本来ならエネルギーを摂取して、発声して、時には呼吸する器官を性行為に利用しているという背徳感も加味されているんじゃあないかって」

 

 口淫の時よりも粘質な音をたて、温かい乳房が陰茎をまんべんなくしごいている。運動量が増えたせいか、院生の息遣いも荒い。

 

「だから、これも気持ちいいんじゃないですか? 想像してみてくださいよ、本来は赤ちゃんを育てるための胸なのに、ただただ無為に快楽を求めるために使うなんて、わたし将来のお母さんとしていけないことをしちゃってます」

 

 乳房と足の付け根がぶつかる音がひどく淫靡だった。わたしは下唇を噛みしめて、快感よりも痛みを意識しようとする。ちらと時計を見やる、三十秒経過。

 

「仮にわたしが赤ちゃんを産んだら、あなたの男性器と、カウパー液と、わたしの唾液がたっぷり染みついた厭らしい乳房に顔をうずめて。こうして今、あなたに擦れて悦を感じた乳首を甘噛みして母乳を美味しそうに吸い込むんでしょうね。せめて女の子を産まなきゃ」

 

「何が言いたい」 わたしは込みあがる射精感を堪えてなんとか答えた。こうして意識を会話に逸らす方が都合がいいだろう。

 

「本来の用途を別途に使う場合、精神的にタガが外れるんじゃないかなって思うんです、わたし。……こっちを見てくださいよ」

「断る」 残り十秒。なぜか包み込む胸の摩擦の動きが緩やかになった。耐えられる、問題なく。

 

「それは困ります。わたしのファーストキスなので」

 

 は? と、わたしは跪き、優位者とは思えぬ奉仕を続ける院生を思わず見下ろした。

 血管の浮き出る肉棒が、対極の柔和さを感じさせる乳房に包まれていた。赤黒く、怪しくぬらめく亀頭の先には、両手で豊満な胸を操りながら、恥ずかしそうにメガネの奥の瞳をつぶり、顔を赤らめて尿道口に口づけをせんとする院生がいた。

 

 ばかばかしい、これだけ異性の股間をいじくり倒しておいて何がファーストキスだ。

 が、違うのだ。口淫の用途は淫行であって、キスでない。

 しかしファーストキスの用途は恋愛感情の表現であって、淫行ではないのだ。

 

 可憐な乙女の口づけと暴力的な自身の一部が重なる瞬間、花も恥じらう童顔に、強烈な背徳からくる不浄の性を吐き出し、穢した。

 

 

 

 ひゃあ、と院生は唐突に射精された精子から顔を背けかけたが、反射的にわたしの腰に手をまわして耐えた。

 そのはずみでわたしはバランスを崩し、跪づく院生に腰から抱かれるような態勢になり、要は射精と快楽にのたうつ男性器が、院生の顔に押し付けられた。メガネがずれる。

 

 しばらくわたしと院生の乱れた息遣いのみの沈黙が室を支配した。同期するように呼吸を整え、先に口を開いたのは院生だった。

 

「こんなに出るものなんですね」 と、白濁したメガネを軽く指でこする。そもそも指が汚れているものだから、まあ真っ白よりはマシと言ったところ。

 

 俯いたわたしは院生を見やった。とにかく顔は穢されていて、したたるゼリーのような精液が重力にたゆむ胸の曲線を伝い、桜のような乳首を撫でつけ、肉付きの良い太ももに下品な音をたてて落下していた。

 

「わたしの勝ちですね」 メガネをかけ直し、太ももに落下したそれを見せつけるように摘まんで、誇らしげに言った。

「いや……おまえの、負けだ」 根拠はなかった。達した瞬間に時間感覚は吹き飛んでいたが、とにかくそう言ってしまいたかった。

 

「そうですか?」

 と院生は立ち上がる。それでも背丈はわたしの方が高く、よってくりくりとした瞳で見上げられた。きめ細かい肌をした小さな顔がすぐ近くにある。そこに押し付けながら果てたた時の感覚が下腹部に想起された。

 

「そうなんですか?」

 

 そうだ、とわたし。視線をそらして呻くように。

 

「じゃあ、もう一回勝負ですね」

 

 院生は汚れた身体を拭こうともせず、味見するように舌で男根を愛撫し始めた。ただ、今回違うのは、院生の右手の先は自らの秘部へと伸びていた。

 

「わたしの言っている意味、理解してくれましたよね? キスするって言った瞬間に出しちゃうんだもん」

「関係はない」

 

 またまたーと、院生のニヤついた表情の裏には自慰からくる刺激があった。 「もう復活しるじゃないですか。本当は意識してたんじゃないですか? ファーストキスの本質である純潔性を、客観的に廃退的な行為に使い捨てすることに」 冗談はやめてくださいよ、と困った笑いでわたしを叩いて、秘部から糸を引くパンティを脱ぎ捨てた。

 

 それは酒を飲み交わしていた時と何ら変わりない口調で、わたしのレイプされるという恐怖感を鈍らせるのに十分すぎた。

 院生はわたしの背に片手を回し、もう片方で勃起した男性器を握り、まだ精子の残る胸を密着させた。ツンと固くなった乳首がわたしの胸板をくすぐる。

 

「水掛け論なんで第二回戦ですね入れますね」

「は? 待っ」

 

 口早に言った院生は、軽く片足を上げると残った片足で背伸びをして位置を合わせ、手早く亀頭を膣口に当てがい、そのまま姿勢を落としてあっけなく挿入する。

 

「は、入りました?」 と院生。両手を私の首に絡ませ、あごを肩に載せているのでその表情は伺えない。

 

 いや、そんなことはどうでもよかった。わたしはひどい落胆の中にいた。まさかレイパーマンを名乗っておきながらレイプされる羽目になるとは思いもしなかった。考えたこともなかった。

 ただ、そんな心中をよそに肉体は、キツく、じっとりとうねる温柔の膣壁に包まれたぺニスは、滾りを見せていた。ピストンをしていなくてもこのまま、なぶられるように絞られても構わないという錯覚にさえ陥りかけた。

 

 答えられないわたしをよそに院生は、かぶりつきたくなるような両足を絡ませて、コアラのように抱き付いてくる。

 

「え、ちょ」

「あ、ごめんなさい。重いですよね、でもちょっと立っていられなくて。まあ我慢してください」 うん、と艶めかしい声を小さく上げて。下腹部を上下させた。

 

「どんな、気分ですか?」

「どうってそりゃあ」 言いさしたが、院生の動きも同時に止まる。焦らすつもりなのだろうか。なにより、このまま何もせずに射精するほど空しいことはない。

 

「言ってください」

 するりとわたしの首に巻きつく紐状の物体。視界には入らないが、毛糸で間違いはない。徐徐に力が込められる。今度は頸動脈胴などと生ぬるいものではないと肌で感じた。

 

「気持ち、いいが」

 

 院生はくすりと笑い、わたしのうなじに鼻をすり寄せて深く吸った。顔に残った精液が付着する感覚。 「おとこの人の匂いですね……それにしても、無理やり犯されて感じるなんて、呆れるほど変態なんですね」

 

 毛糸がジワリと首に食い込む。

 

「違う」

「何が違うんですか? じゃあ今すぐわたしの中で膨張する」 短く腰をうねらせて。 「これを治めてみてくださいよ。無理ですよね、気持ちいいんですもんね。年下のこどもにレイプされてるくせに」

 

 違う、意地でもそう口にしようとしたが、鋭く絞められる。頭の中が熱を持つ。

 

「なら動いてくださいよ、気持ちよくないなら。わたしの中を擦りつけても射精なんてしませんよね。論はいらない、証拠を見せて」

 

 脈拍の上昇を感じ、窒息の初期症状を朦朧に意識した。吊るされた身体を、手抜きの屈伸運動のように上下させた。自由の利かない状態で、これが懸命だった。女性一人を抱っこしているようなもので、負担は重く。院生の許しで、もう一秒でも毛糸が緩まなければ危険だったかもしれない。

 

 じっとりとかいた汗は、院生とわたしが密着している胸部と腹部で精液と混ざり合い、その広い接触部分は結合部よりも淫靡に過ぎる音を立てていた。

 たっぷりとした乳房が汗と精液の混ざった潤滑油でもって、わたしの胸板を行き来した。ときどき互いの乳首が擦れ、その偶発性故に予測できない痺れに身悶えする。心臓と、腹筋の動きを同じ部位で感じることにそこはかとなくエロスがあった。

 

 ピストン運動としてはささやかなものだったが、ややあって院生はわたしの背や後頭部を撫でまわすと自らも身体を動かしだした。

 と言っても、抱っこの状態では吊られたわたしと同じく自由は利かず、激しい野性のような性行ではない。

 

 奇怪な行為だった。ひょっとすると自慰なのかもしれないという荒唐無稽ささえ感じた。

 わたしと院生は結合し、可能な限り肌を重ねるように密着し、不自由に身を落とすことで一つの生き物になったような錯覚に陥った。その一つの肉塊には二つの意思があり、快楽という唯一の目的のためにそれぞれが互いに干渉しあい、自慰をしているのだ。

 まだ互いに最適解を見つけられず、達することができない自慰を悶悶と続けている。

 

 やがて院生はこちらの動きに合わせて腰を落とすようになった。いや、わたしが合わせたのかもしれない。

 

 以前よりも深く膣を搔き分ける亀頭と陰茎を搾り取ろうとする膣壁に、わたしたちは、小さく喘いだ。

 あまりにも不器用で非効率的な行為だったが、必死に快楽を模索し、そのヒントを相互扶助により得たという事実が興奮を増大させた。

 

「気持ちいいですよね、いいですよね」 と院生。跡が付くほど強く四肢を絡み付けて耳元で言った。 「わたしも、頑張って動きますからもっと……もっと。えぐっ、てください」

 

 有無を言わさぬ毛糸が、再び首にきりきりと食い込んだ。生命の危険を回避すべく、無意識に命令を聞き入れてなりふり構わずに突き上げる。

 院生の肉置きのよい臀部とわたしの腰が打ち付けられる音が以前よりも大きくなった。愛液とカウパー液が膣内で溶け合い、卑猥の限りに鳴った。

 性器から身体を浸透しだした快楽には院生も気づいただろう。いま、重なったのだ。

 

 一度効率を覚えてしまえば、あとは互いに貪るだけだった。

 陰嚢から種子を吐き出したい欲求に駆られる。

 

「出したいんですか? 気持ちいいですもんね、しょうがありませんよね。いやいやレイプされながらでも、出していいんですよ」 嬌声と息継ぎで乱れた口調で院生は言った。 「あっ、早く。子宮に出したいんですよね、さっきみたいに、どろどろのやつで、わたしが全部飲み込んじゃいますからっ! わたし、もうっ!」

 

 その口調はもはや叫びにも似ていた。ひときわ強く毛糸が頸動脈胴を締めた。意識を手放すその合間。院生の爪が背に食い込み、首筋を深く噛まれて、ようやく院生が達する直前なのだと理解した。ひとり先に果て落ちるのを、必死に耐えているのだ。

 そして生死の狭間にあって尚、いや、死の危険を理解したからこそ、動物として遺伝子を残すべく本能は働いた。加えて緩やかな窒息からくる脳内の酸素量の低下が麻薬のような脳内物質を大量に分泌する。

 

 亀頭は外子宮口に押し付けられ、膣壁はそこで固定するばかりか、更なる奥へ押し上げようと陰茎を締め上げる。

 生存本能から来るオーガズムは凄まじい量の快楽と、同等量の射精を強制した。

 濃密な精液の塊を吐き出すたびに男性器は大きく痙攣し、膣で暴虐を振るった。同時に膣壁はそれすらも抑え込んで、院生を更なる快楽へと引き上げる。

 

 一体どれほどの間、その快感に肺まで溺れていたのかはわからない。

 

 二人は、一つの生き物として異常な愉悦を共有して昇天した。自慰のような性行為だった。

 

 ねちゃり。と、最初に身体を微動させたのは院生だった。

 

「抜きます?」

 

 わたしは答えたくなくて、身体の芯に残響する性に思考を委ねる。

 院生はそれを否定と取ったのか、初めから返答など無視するつもりだったのか。子猫が最適の眠る姿勢を探るように身をよじって姿勢を調整した。首筋どうしを擦り合わせ、今度は反対の肩に顎を乗せられる。

 

「あれ、メガネは」

「邪魔だったので、その辺に放り投げました」

「あ、そう」

 

 いまだ院生の中で、男根は血液を脈打たせている。全力疾走した後の頭の熱に似ている。尿道に残った精液を搾取するように、膣内が緩やかに胎動しているせいだ。院生が悪い。

 それでもやがて、鼓動が落ち着くと収縮し、なまこのような半立ちの状態で久方ぶりの外気に触れた。ややあって粘度の高い塊が、汚らしく淫靡に畳を叩いた。

 

「ずるって出るとき、気持ちよくないですか?」

「ほどいてくれないか」

 

「もうちょっとこうしいたんで、と言いたいところですが」

 

 言って院生はちらと時計を見やる。地に足をつき、上体は密着したまま姿勢を落とす。胸の精液と汗の混液でわざとらしく音を立て、胸板から腹、股間へと顔半分を這わせた。

 淫液に濡れてまとまりを持った陰毛を鼻先に、つい先ほどまで自らを貫いていた物体を眺めていた。男根がまとった粘液は異様な光沢を反射し、静動脈は皮膚を通して青く歪に隆起している。

 

「いままで一番エッチですね」 と見上げて言った。

 

 本来であれば子孫を残すという意味で崇高なはずだが ――少なくとも今は―― 人間の最も穢れた部位と可憐な女の対比は、なぜだか絶佳に思えた。

 

 院生はよいしょと立ち上がり、腕を振った。それでわたしの拘束が解かれた物理的な疑問を口にするよりも、やるべきことがあった。

 わたしの胸板を這ったせいで、院生の顔の半分はべとべとだった。その頬に手を添え、親指の腹でなぞる。

 

「どうしたんですか、急に」 とくすぐったそうに院生。

「いや、おれの、わたしの陰毛が」

 

 どうだっていいですよと笑って院生。 「それより、飲んでた時から気になってたんですけど、ひょっとして気が抜けると一人称はおれになるんですか」

「日常生活でわたしが多いから」

 

「へえ、じゃあわたしといる時は、おれで」

「なんでだよ、それこそどうだっていいさ」 わたしは、自分が短く笑って言ったことに驚きを覚えた。レイプされた相手に笑って答えるとは。

 

「えー」 と不満げに口を尖らせる。 「まあそれは追い追い。それよりも、お風呂に入った方がいいですよ」

「うん? まあそうかも、そうだけど。きみは」

 

「一緒には入ってあげません」

「いいけど、先に入ったらという意味」

 

「わたしはもう少しこのままでいいんで。お風呂はですね、この部屋を出て左にまっすぐ行ったところです。ちょっとレイプするのに疲れました」

 

 ふう、と院生はその場に座り込む。すぐそばに雨上がりの水たまりのような情事の痕跡がある。

 汗と、愛液と、カウパーと、白濁とした精液と。処女の血だった。

 

「この畳、もうダメですかね」 子供のように掌で水遊びしながら尋ねる。精子と血を混ぜてピンクの粘液を作っていた。 「ちょっと病院に行くレベルの痛さでしたよ、最初は」

「弁償するよ」

 

 どっちをですか、と院生は汚れることを気にせず水たまりに横になる。 「ちょっと寝ます。お風呂、絶対に入ってくださいね」

「少ない手取りの給与人の貯金で済む方」 わたしは室の引き戸に手をかけ、早くも静かな寝息を立てる院生に、言った。おれの、と今更の代名詞を付け足して。

 

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