※この作品はR-18です。

【完結】 (The)レイパーマン   作:hige2902

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第五話 レイパーマンの敗北 中編

 わたしは丁寧に手が入れてある長い廊下を歩き、浴室と思われる扉を開く。他人の家を全裸でうろつくのはためらわれたが、衣類がどこにあるかわからなかった。

 洗面所には来客用の浴衣や、タオルが置いてある。さながら温泉宿のようだ ――ねえこれ持って帰っていいやつ? スゲー!――

 

 洗面台の前に立ち、首を確認してみるが、不思議と絞殺のような跡は残っていなかった。もちろん手首にも

 手拭いを持って浴室の引き戸を開けると、屋根のある半露天風呂だった。さすがに周囲は作り物の竹の壁で囲ってある。浴槽は総檜で六畳ほどあり、こじんまりとした日本庭園に面していた。庭は一杯やった部屋から見たものより小さいが、狭さを利用した風情があった。岩や木の枝が雪化粧すれば乙だろう。

 

 水道やシャワーも、数個揃っていた。ちょっとした銭湯かもしれない。洗面器と椅子はやたら高級感があるが。

 

 すぐに熱いお湯が出る! シャワーで汚れを洗い流した。ボディソープできちんと身体を洗ってから入浴する。真のレイパーはマナーにも厳しいのだ。

 微妙な固さの男根にこびり付いた淫液を泡で拭う。院生は、まあ、ワンピースをかけておいたから風邪はひかないだろう。冷えるよりカピカピになると思うし。

 

 ゆっくりと湯船に浸かる。足を伸ばして入れる風呂など久方ぶりだ。ちゃんと湯船の中で腰掛けるような段もついていた。

 いつかは、無理そうだから来世があったらこのような家に住んでみたいものだ。夜空を見上げると星が煌めいている。これで日本酒をやれば至極だろう。そういえば温泉と言えば桶にトックリとお猪口を載せて、一杯きゅっといくイメージがある。

 

 大きく伸びをして欠伸した。正直、気持ちよすぎて寝そうだ。うとうとする。

 

「それ死にますよ」

 

 不意に投げかけられた声に、わたしは夢うつつから回帰する。声のした隣を見ると、小麦色の肌をした少女が髪をタオルでまとめて混浴していた。反射的に声を荒げる。

 

「誰だおまえは!」

「この家の主ですけど。入浴しながら眠るのは危ないですよ」

 

 え、ああ。そうなんですか。返された言葉に、後者は真として当主というのは本当だろうかと疑心暗鬼になったが、無意識に敬語を使ってしまうあたり情けない。社畜はなんとなく身分が上っぽい人に弱いのだ。ひょっとしたら取引先のお偉いさんの娘で、失礼を働いたがために上司にあれこれ言われると思うと、胃がせっかくのボウモアを吐き出しかねない。

 

「ええと、お風呂、ご馳走になってます」

「ええどうぞ、そういう予定なのは知ってましたから。それにしても」 と、少女。まじまじとわたしの顔を見やる。 「へえ、結構お若いんですね」

 

「この湯の効能ですかね。ところで、その、この家のご当主だとか」

 

 温泉じゃありませんよと笑って少女。続けて言った。 「ええ、まあ。ちょっと。この家の前当主が天涯孤独だったらしくて、奇妙な縁のあるわたしに残してくれたんです」

「ということは、前当主とは血縁関係がないんですか。というか、お邪魔ですね。わたしは一足先に失礼します」

 

「いやちょと」 と少女は慌てて腰を上げたわたしの腕を掴んだ。 「えーと、その。人が話しているときに退室するなんて失礼じゃないです、か?」

 

 微妙に確信を持っていない口調だったが否定はできない。わたしはおとなしく湯につかった。つかったはいいが、日本庭園を眺めるだけで特に会話はなく過ぎていく。

 

 少女がぽつりと言った。 「何か、その。話してくれませんか」

 

「そうですね……」 と、わたしは無意識に今月の残業代に現在の時間を加えて言った。 ――ドーセ貰えないが、もし貰えたらお金持ちダーという妄想に使う為―― 「相続税とかややこしかったのではありませんか? あ、そうだ。弊社に税理士を目指したものの三ヶ月で挫折して中途採用された後輩がいるのですが……と思いましたが、もう処理されてますよね」

 

 はははと笑い、わたしは灯篭に視線を集中させて言った。

 

「まあ、大変らしかったそうです。その辺のことは前当主の執事さんがうまくやってくれたみたいです。遺贈の手続きとか、国税局の人に来てもらって」

 

「あー、いいです。その辺のことはちょっといいです」

 

 どう考えてもその話題は危険だった。話の流れ的に国税局員が接待を受けたか、ちょっと昼食を共にしただけかもしれない。しかしそれが問題だった。

 国税局の権力は強力で、故にそれに比例する束縛が存在する。国税局員が奢られることはないし、調査に向かった先でお茶一杯たりとも口にしない。持参した水筒で済ます。少なくともそれが建前のはずだ。

 

 知らぬが仏を実行するが、少女は申し訳なさそうに言った。 「あ、すみません。つまらなかったですよね」

 

「そういうことではなくてですね。その、少しスケールが大きすぎて庶民には理解しがたいというかですね」

「そんなことないですよ。わたしはお金持ちって訳じゃありません。今日もアルバイトが終わって帰って来たところなんです」

 

「へ、そうなんですか?」 予想だにしない発言に、おもわず少女の方を見やった。なんでスクール水着なんだろう?

 

「もともと貧しい家庭で、進学の関係でここを使ってるんです」

「進学というと、ひょっとして大学生ですか? でも、いやらしい話、遺贈された財産があるのでは? 学費に困るようなことはなさそうですが」

 

「あ、今年入学した大学一年生です。それで、財産に関してはそうなんですけど。なにからなにまで、多少の縁があったに過ぎない、といってしまうと酷薄に過ぎるかもしれませんが、お世話になるのも良くないかなあと」 頬を掻いて、えへへと恥ずかしそうに続けた。 「だからほとんど貧乏苦学生です……あ、そうだ。すみませーん」

 

「ご立派です」 わたしは目頭を押さえ、架空の涙が零れぬよう天を仰いで言った。何の縁かよくわからないが莫大な財産を受け継いだこの家の当主が、脱衣所のドアに向かって声を投げたことは気にはなるが、風呂からあがってしまえば関係ない。

 そろそろのぼせそうなのでと喉まで出かかったところで、現当主こと女子大学生の傍らに浮かぶ桶を見て固まった。トックリにお猪口が乗っている。

 

「えーと。お好きですよね?」

「たしなむ程度ですけど、まあ、はい」

 

 いつの間に? とわたしは遅れて背後に気配を感じ取って振り返る。

 

「誰だおまえは!」

「当主さまの執事です」

 

 不感無覚に答え、直立不動で佇むいかにもな執事服を着こなした人物がそこにいた。男性向けの水着を手渡された後、冷ややかな視線で見下ろされる。

 理解できないのは、どう考えても顔のつくりといい控え目な胸の膨らみといい、ショートカットの男装麗人だった。

 

「ありがとうございます」 と微笑んで当主。執事に言った。たぶん、お酒を持ってきてくれたことに関してだろう。

 

 執事は小さく頭を下げると、さっさと浴室を出て行った。あんな珍妙なやつは見たことがない。

 

「ちょっと不愛想かもしれませんが、とっても優しい人なんですよ」 と自分のことのように執事を褒める当主。正直どうでもイー。

 

 しかし社会的に目上の人には逆らえないという社畜の習性が、お酌してもらったお猪口を突き返すことを許さなかった。

 それになんだかんだ言って、やはりというかお酒は極上だった。とろりとした日本酒をクイッとやると、ほんのりとした甘さと絶妙な酸味が喉を抜ける。

 

「あそうなんですか。まったく偶然にたまたまキャンパス内で知り合って」

「ええ、先輩に誘われて手芸サークルにも入ったんです。初めての文化系の活動部でちょっと不安だったんですけど、いざやってみると、とってもおもしろくって」

 

「じゃあ、高校までは体育会系の?」

「主に水泳をやってました。インハイとか、興味ありませんか? 自慢じゃないですけど、始まって以来の快挙だ、なんて言われたんですよ」 と、誇らしげにするのが恥ずかしいのか照れ臭そうに言った。

 

「いやあ、年のせいかちょっと世間に対する視野が狭くなってしまって。もしよろしければ、後でいろいろご教授ください」 恥ずかしそうに頭を掻く。 「実はかなづちなんですよ」

「まかせてください」 と嬉しそうに当主。 「コツさえ掴めばすぐに泳げるようになりますよ。わたし、運動ならなんでも得意なんで、他に苦手なスポーツとかあったら何でも言ってください」

 

 プロフェッショナルの機嫌を取るには、その分野において少し愚かであるように振る舞え。スムーズに友好関係を築くための持論だった。って本で読んだ。

 えへへ、と笑う当主を見るに、そう悪い印象は持たれていなそうだ。

 

「それにしても例の大学に入学したということは、文武両道なんですね。一見すると文学少女といった感じですが。小柄ですし」

「おとなしそう、とはよく言われます。ちょっと垂れ目なのでぼうっとしてるように見えるのかもしれません。読書もしますけど」

 

「最近はどんな本を読んだんですか」

「先輩に勧められてフランス文学、といっても三銃士とかですけど」

 

「あーデュマでしたっけ? いいですよね。大人になってもわくわくしますよ」

 

 湯につかりながらの飲酒はさすがに酔いを加速させ。この浴槽の広さなら泳げそうということで、当主に手を引いてもらってバタ足の練習をした。本当は泳げるのだが、アルコールが身体を鈍らせた。

 じょうずじょうず、と年下に褒められるのはなんとなしに嫌だったが、子供のために愚か者を演じる親のようなものだと思えば悪くはない。

 

「疲れましたね」 と、わたし。浴槽のへりに腰掛け、庭を眺めて言った。

「あ、すみません。つい熱が入っちゃって」 隣で当主。 「じゃあ一通りやりたいことはやったので、そろそろいいですか?」

 

「そうですね、もう上がりましょう。さすがに」

「いえそうではなく、えーと……」

 

 はあ。という曖昧な相槌を打つよりも早く、脳裏を這いずり回る極寒の感覚に従い、わたしは浴槽から飛び出して洗い場の壁を背にしているはずだった。

 しかし洗い場に移動できたものの背には布越しに柔いらかい感触。わたしは片膝裏を踏まれ、膝立ちの状態で羽交い絞めにされていたのだ。目の前には浴槽から上がった当主。おそらく拘束は執事の仕業に違いない。

 

 わたしはまだあどけなさの残る当主を睨んで呻いた。 「きさま、いったい……」

「思い出しました?」

 

「思い出す? なんのことだ」

「えーと、ほら水着の日焼け」 と言って。スクール水着の肩ひもをずらす。白い肌がラインを作っていた。

 

「いやなにがなんだか」

「じゃあこれでどうです」

 

 当主は頭のタオルをはずし、手首に通していた二つのヘアゴムでツインテールを作った。背まで伸びた髪のせいで、実にしょんぼりとしたテール。

 ひょっとすると、以前に出会っていたことがあるのだろうか。ぴんと来ない。

 

「六年ほど前です」 例の執事がわたしの耳元でささやいた。 「国内でも指折りの小学校での、プール更衣室で事に及ぼうとした」

 

「ああ例の」 とわたしは偽りのレイパーから現在の当主を連想した。 「その様子だと、特にトラウマになったわけでもなさそうだな」

「恩を仇で返すようで心苦しいのですが」 と当主。申し訳なさそうに言った。

 

「うぬぼれるな。きさまに恩を売るために動いたわけではない、偽りのレイパーを処理したにすぎない」

「です、よね」 たははと所在無げにしんみりと笑った。

 

 わたしはそういった表層的なコミュニケーションに惑わされない。本当に相手が申し訳ないと思っているかどうかは本人にしかわからないのだ。

 黙り込む当主に向かって、更に続ける。

 

「答えてもらおう。どういうつもりでこの執事をけしかけた。事と次第によっては」

「当主さまに滅多な口を利くな」 執事が遮るように言って強く膝裏を踏み込む。 「立場をわきまえろ」

 

「それはおまえの方だ」

「なんだと」

 

 執事が発声したのを確認し、わたしは踏まれていない膝を立てて片足で跳躍した。流石というべきか、執事は羽交い絞めを解くことなく、瞬時に両足を絡ませておんぶの状態を取る。

 しかし着地点は浴槽なのだ。あらかじめ肺に空気を蓄えているわたしに対し、執事は発声に呼吸を使用している。仰向けに着水し、執事服は湯を吸って重量を増す。

 湯船の中で、背後の執事の息吹が音を立てて吐き出されているのを感じ取る。一分ほどしてようやく羽交い絞めから解放された。すぐさま起き上がり、半身を湯につけたまま、おろおろする当主を視界に入れて咳き込む執事と対峙する。ほんの一メートルという近接戦闘距離。

 

 執事が唾液を手の甲で拭い、仄暗い表情でわたしをねめつける。

 

「もう一度言っておく、うぬぼれるな。次はない」

「やってみなければわからない」

 

「やっていたらおまえはこうして立ち向かおうとすることすらできない」 冷ややかに事実を伝える。 「わたしに比べてずいぶんと呼吸が荒いな、その状態で渡り合うつもりか? 加減されたということがわからん訳でもあるまい。わたしは拘束が解かれると同時に攻勢に転じてもよかったし、逆にそのまま捕まえて溺れさせてもよかった。更におまえの濡れた衣類は枷にしかなっていない。懐に武器を隠していても取り出しに難があるだろうし、なくてもこの距離での初手はわたしだ」

 

 執事が湯を蹴り上げる。半身を水中につけても尚の威力だった。当然、攻撃が目的ではない、水しぶきによる眼くらまし。理解して前腕で眼球を庇う。しかしこの場において視覚情報の喪失はさしたる問題ではない。

 

 湯船を進む限り波音は立てねばならず、わたしはそれを頼りに執事の接近を明確に把握した。

 下半身でしっかりと土台を作り、上体を湯船に潜らせて両手でそれぞれ執事の両足首を掴む。完全に湯船に浸かり、頭を執事の又にくぐらせて立ち上がる。それでわたしの背後には逆さにつられた執事が胸まで湯に浸かっている状況ができる。

 そのまま仰向けに腰を落とし、執事を湯の中にマウントポジションを取った。

 

 驚いたことに、歪んだ湯の向こうで執事の目は死んでい。爛爛と闘志を揺らめかせている。

 

「やめてください!」 当主が涙ながらに叫んだ。 「やめて、死んじゃう」

 

 執事の胸ぐらを掴んで引き起こしてやり、当主を一瞥して言った。 「答えてもらおうか」

 

「実は、先輩と仲良くなったのは、それほど偶然じゃないんです。キャンパスですれ違った時、先輩のカバンにレイパーマンの手編みキーホルダーがつけられているのが目に入って、それで……あの、執事さんが動いてないんですけど、まさか……」

 

「ばかを言うな、気を失っているだけだ」 わたしは洗い場に横たわらせ、シャワーの冷水を放水する。ややあって、せき込みながら執事は覚醒した。すぐさま当主が駆け寄り、声をかけていた。

 

「よかった、死んでいるのかと」

「わたしは真のレイパーだぞ。紳士なのだ、殺人などという違法行為を働くわけがない」

「レイプは違ほ」 と、辛そうに口を開いた執事の顔にシャワーを向けて黙らせる。 「それで? わたしがレイパーマンだということは知っているようだが」

 

「本当は、ちょっと会って話したかったんです。でも一緒にいると楽しくって、ちょっとだけせ、先輩みたいに襲っちゃおうかな、と」

 

 顔を真っ赤にしてもじもじと髪をいじる当主。

 

「いや別に襲われたって訳じゃない」

「え!? でも浴室にいるってことは先輩に言われて来たんじゃあ」

 

 なんとなく段取りが見えてきた。院生が公衆電話ボックスでわたしをひたすらに待って今日という好機を得た。そのまま誘拐し、後輩である当主の館で犯行におよび、成功したのなら ――敗者は勝者のいいなり的に―― 浴場へ向かわせる。

 そしてバイトから帰った当主が、汗を流すついでに邂逅できるというわけだ。

 

「まあちょっとおれも汗を流したかったっていうか? 晩酌したから熱いシャワーで酔いを冷まそうかなー、みたいな? 的な?」 焦りからすべて疑問形のようになってしまった。誰に尋ねているのだろうか。

「じゃあじゃあ、先輩はレイプに失敗したん……ですか」 なぜか残念そうに当主。

 

「うーんまあそこらへんちょっと微妙な感じだけど、うーんまあそこらへんは主観によるんじゃないかな」

「そうなん、ですか」

 

「なぜきみが落ち込む?」

「先輩はレイパーマンの、あなたが……」 当主は言いさし、かぶりを振って続けた。それまでの弱弱しい口調とは打って変わって確信めいている。

 

「わたしが、わたしが先輩の意思を継ぎます! わたしが、あなたをレイプします!」

 

「ほざくな。わたしは、真のレイパーだ。きさまが対象を酔わせ、身体判断能力を鈍らせた後にレイプするなどという真似をした以上、わたしはレイパーマンなんだよ。わかるか、この意味が? きさまにわたしはレイプできない。偽りのレイパーであるきさまには」

 

「……わかりました。たとえお酌が本意の謀略でないとしても、客観的に見ればあなたの言う通りです。信じてくれなどという甘いことは言いませんが、あれは……あの時は間違いなく善意からだということは誓わせてください」 悔しそうに歯噛みして、当主。 「ですから、あなたの酔いを冷ました上で、挑ませてください」

 

「いけません当主さま、その男は危険です」 まだ回復しきっていないのか、壁に背を預けて辛そうに執事が言った。

「青いな、死ぬぞ」 もはや部外者の執事を無視してわたし。

 

「さっき殺しは違法行為だからしないって」 と執事。部外者だからセーフだった。アブネー。

 

「じゃあとりあえず、レイプのことは置いといて、ちょっといいですか」 しゃがんでくださいと当主はわたしに近づき真剣なまなざしで言った。

 

 うん? と中腰に視線を合わせると、鼻を摘まれた。当然呼吸するべく口が開き、そこに小さくて細い指が侵入し、喉奥を広げられた。

 わたしは当主に向かって盛大に胃の中のもの吐きかけた。なんでこんなに吐かせるの上手いんだ。

 

 強い胃酸の臭いと吐しゃ物に前腕を汚し、飛び散った胃液を頬に付けて当主は嫌悪ひとつない表情だった。あ、ボウモア……ちょっともったいない、のかな? と貧乏臭く反射的に思ってしまった自分が情けない。

 

「応急処置ですけれど、お酒を飲んだ時はこれで楽になると聞きました」 汚物を拭うことなく、当主。

「いいだろう、その真摯に免じて先の行いは許してやる。だが引き返すなら今しかない。フェアになったとはいえ、レイプは相応以上のリスクを背負うということを知ってしまうぞ」

 

「構いません。先輩がレイプできなかった以上、親友としても後輩としても……どうして急に視線を逸らすのですか?」

「いや別に」 とわたしは会話を無理やり打ち切るようにフックを放った。フェアな状況になった以上、既に当主はレイパーで、顎を狙った一撃による昏倒でそれを知らしめてやろうとした。

 

 しかしわたしの拳は空を切った。視界の上端に小さな足の甲を捉えたところから判断して、当主は垂直跳びで初手を回避したのだ。

 おそらく背後と振り返りざまの裏拳で迎撃、だが今度は当主でも空でもなく、両手でもって縦に構えられたシャワーのホースで受けられ、そのまま巻き結びで左腕が縛られる。

 

 ――迅い!――

 

 ロープとは違い、微妙に弾力性を持つホースを引きちぎるには時間がかかる。金持ちのなら素材の質もハイエンドが妥当だし、やはり解くような時間はない。思考を切り替え、左手に制限が掛けられた状態で戦闘する。

 幸い、巻き結びを高速で行う性質上、拘束する際にはシャワーの頭を端に持っていかなくてはならない。故にホースの長さ分は移動できる。

 

 その思考によるテンポロスを当主は的確に突いてアドバンテージを稼ぐ。わたしの左半身と、シャワーや蛇口や鏡が設置してある壁側から回り込んでくる。

 選択肢は二つあり、そのどちらもがディスアドバンテージだった。一つは愚直に左旋回してホースを前面に巻き取る形をとるか、あるいは潜るか跨ぐかして背面に回すか。右旋回は完全に視界から見えなくなる時間が発生するので論外。

 流石は院生の後輩なだけある。一手一手が的確に相手のアドバンテージを奪い、相対的に自身の優位性を構築していくレイプだった。

 

 これ以上判断にテンポを失って後手を強いられるのはまずい。わたしは後者を選択してホースを潜り、当主を視界で追った。だがそこにはどうしてか、わたしの左手を拘束しているホースの反対の端を片手にしている当主。そのまま勢いよく引き、背面のホースに足を掬われたわたしは転倒した。

 

 その刹那に思考は閃光した。ばかな、あの回り込みの一瞬でホースを千切った? あるいはボルトを緩める? 不可能だ。不覚にも目を白黒させてしまったが、回答は当主のもう片方の手に握られていた。ツヤ消し暗色の折り畳み式ナイフだった。

 

 なるほど、それならホースを付け根から切断できる。だがいつ? どうやってナイフを調達した? しかもこの足から伝わる摩擦力のなさ。受け身が取れないほどバランスを崩してしまっている。

 風呂場での転倒ほど危険なものはなかった。

 

 

 

 頭部を一定間隔で打ち付ける鈍痛でわたしは目覚めた。首をもたげると、エアマットの上で寝かされていたようだ。隣で当主が団扇でわたしを扇いでいる。

 

「あ、目が覚めましたか。すみません、つい本気をだしちゃって」

 

 謝られると立つ瀬がネー。 「……いったい、どこにナイフを」

「執事さんが気を失ったときに駆け寄ったじゃないですか。あの時にこっそりと借りて」 と当主は立ち上がって臀部の生地をずらして見せた。ゆで卵のような白い肌が露わになる。 「スクール水着とおしりの間に挟んで隠し持っていたんです」

 

 負けた。わたし自身、執事が暗器の類を衣類に潜ませている可能性を口にしていながらも、この有様。案の定というか、ボディソープのボトルにも切れ目が入れられていた。転倒時の不可解な摩擦力のなさはそれが原因だろう。

 

「それより、けがの方は大丈夫ですか?」 とわたしの頭部をのぞき込んで当主。 「かなり強く打ってましたけど」

「丈夫なのが数少ない取り柄の一つだ」

 

「よかった、じゃあしますね?」

「うん?」

 

「レイプですけど?」 言ってわたしの腹部に当主は跨った。 「改めて見ると筋肉質なんですね。腹筋なんてすごいですよ」 か細い指先で腹筋の凹凸をなぞる。

 執事があらかじめ命じられていたのか、当主に透明半粘質の液体をたっぷりと、首裏から垂らしていた。

 

「あ、これはですね。ボディソープみたいなもので、見てください、わたしの腕や胸元、あなたの吐いたもので汚れてしまってますよ? 洗わないとだめじゃないですか」

 

 これまでになくにこやかに説明する当主に、わたしは現実を教えてやるつもりだった。マウントポジションを取られているとはいえ、わたしの五体に制限はない。院生のように縛るなりすればいいものを。やはり青い。

 加えて大量のボディーソープなら、先の摩擦力の無さを利用されたように、姿勢的優位性を簡単に覆せる。そして反撃の隙を与えずに決着させてやる、なにもかもを。

 

 一度敗北したからといって素直に相手に従うなどありえない。レイプとは行為の終了までを指すのだ。

 

 わたしは素早く当主の右腿を掴み上げ、バランスを崩した瞬間に絶妙な重心移動で持って優位性を取り戻した。

 と、思ったらなぜか当主を下敷きに、わたしは仰向けに羽交い絞めにされていた。何が起きた?

 

「当主さまの最も得意な運動は水泳だ」 説明するように、直立していた執事が告げる。心なしか自慢げな口調。 「水場で、しかもそれを媒体に密着した状態では、おまえとて抵抗できん」

 

「解説役に落ちた元強キャラは黙ってろや!」 わたしはあまりにも受け入れがたい説明に声を荒げた。言って、執事の目の色が少し煤けた気がした。ちょっと可哀想。 「……ごめん、八つ当たりだった」

 

 執事は黙って、エアマットで四苦八苦するわたしに追加のボディソープをぶっかける。ごめんって。

 

「おとこの人って、こんなに重いんですね」 と当主。わたしを背後からがっしりとホールドして言った。

「ならこの手を離せ」 胸板を撫でつけるような細い当主の腕をなぜだか掴むことができない。執事の言うように、液体に近い物質を媒介にしている以上、当主の意のままなのだろうか。

 先の洗い場での高速な身のこなしも、その理屈なら通る。洗い場の床と、当主の足は間違いなく水を媒介に接触していたのだから。納得はできないが。

 

「心地よい重さってあるじゃないですか。毛布みたいな」 耳元で、囁くように当主。足まで絡ませてくる。

 「ナメクジみたいですね、わたしたち……あ、乳首が固くなってますよ。おんなの子みたい」

 

 くすくすと笑われたが、背にはザラついたスクール水着越しに、二つの突起を感じられた。

 

「はあ、なんだか落ち着きます」

 

 言いながらも、当主は指で乳首や腹筋を撫でまわしていた。ボディソープが人工的に卑猥な音をたてる。かと思うと、いきなりずるりと前面にまわって抱き付き、 「なんだか可愛いですね」 と乳頭に頬ずりしている。

 時折、口内から頬越しに舌で刺激してきた。次いで、僅かにためらった後に口づけ、乳輪を舐めまわす。 「お互いが呼吸するたびにお腹が動くのを感じるのって、楽しいですね。ちなみにこのボディソープは口にしても大丈夫なやつなんで」

 

 その間も引き締まった太ももやふくらはぎを擦りつける。それで汚れを落としているとでもいうように。

 吐しゃ物の臭いは、いったん執事がシャワーで放水して流した。にもかかわらず再びボディソープを大量に垂らし始める。

 

「もう汚れは落ちたろう」

「これからもっと汚れるんですから、いいんですよ」 執事を代弁するように、当主。

 

 当主はカエルのように足を開き、両足を使って器用にわたしの水着をずり降ろし始める。 「あれ、なにか引っかかってますよ?」 と、胸を擦りつけながら至近距離で、悪戯に笑って言った。

 

「実はわたし、おとこの人のをちゃんと見たことないんです。凄いですね、水着越しにもビクビクしてるのがわかります」

 

 勃起した男性器に水着のゴムが引っかかり、微妙な苦痛を感じた。そのまま無理やり足を伸ばし、脱がされる。

 当主は、ここかなと、ぷにぷにとした足の平で肉棒を挟み込む。

 

「ごろごろっとしてて、すごく熱い……辛そうですけど、まさか足で果てるなんてことはないですよね?」

 

 わかりきった質問をし、どろどろの足裏と小さな肉球のような指先を使ってしごき始める。 「どうでしょうか?」 唐突に執事に振った。

 

「あまり苛めすぎると達してしまいますよ」

「足ですよ?」

 

「当主さまは魅力的ですから。それを差し引いてもこの男は誰にどの部位でしごかれても同じなのかもしれませんが」

「わたしも先輩みたいに胸が大きかったらよかったんですけどね」 言って小さな唇で、小鳥がついばむように乳頭を責めた。

「ここ、形はなんだかあそこのみたい。あのーわかります? 陰核っていうんですけですけど、そこに似ています。あとで見せてあげますね。結構に似てますから」

「一般的にはクリトリスと呼ばれています」 と執事が付け加える。

 

 ばかにしてんのか。と思ったが、どうやら当主たちはいたって真面目だった。わたしが院生にレイプされていないと信じているから、だとしたら、二人の脳内ではわたしの女性経験はゼロになっているのだろう。

 

 今度は舌裏の筋を左右させて、弦で突起をいたぶるように弄んでから、脈打つ男根を太腿とふくらはぎで挟み込こんで言った。 「というのも、乳首を口淫されて感じてますよね? 実はですね、はしたないと思わないでほしいんですけど、その」 と顔を赤くし、口どもりながら続けて言った。

 

「お、オナニーするときにそこを……陰、じゃなくてクリトリスを弄るとですね、気持ちいいんですよ。見た目は小っちゃくてぷりっとしてて、発色の良い爪甲のような色なんですけど」

 

 そこで恥ずかしさの臨界に達したのか、口早になる。 「ね、ね、結構共通点あると思いませんか? ああでも、おとこの人が胸を触ってオナニーするのが普通かどうかは知りませんけど、おんなの子がクリトリスを触ることは変な事じゃないんですよ、みんなやってるって聞きました。先輩も毎日してるって言ってましたし……あ! ね、執事さん!」 と上体を引き起こして、横の執事を見上げた。ボディーソープが透明の幕を垂らして落ちた。

 

「ふぇぁっ!?」 と、いきなり当主に振られた執事。溺死させられそうになっても緩むことのなかった表情が動揺に崩れる。

 

「執事さんもオナニーしますよね、おんなの子はみんなやってるんだから、わたし、変じゃなないですよね!」

 ちらとわたしを見やり、次いですがるように見上げる当主の瞳を見て言った。 「当主さまは変ではありません」

 

「しますよね! オナニー」

「……します」 忠義のなせるわざか、当主から視線を離すことなく口にした。ひょっとしたらわたしを視界に入れたくないだけなのかもしれない。なんとなく口を開いてみる。

 

「女性にも性欲があるのは知っている、人間の三大欲求なので、ないのは逆に不自然だと思う」

「ですよね!」 あーよかったと当主、再びわたしの胸板にべしゃりと倒れ込む。

 

「だがきみは、その際にクリトリスを弄るかどうかを問題としていなかったか? 言っておくと男性が自慰する際に胸を使うのは珍しいと思う。少なくともわたしはしない。きみが言うに乳頭はクリトリス似ているらしいが、ということは、男性が乳首を使って自慰することが珍しい例ならば、女性がクリトリスを使って自慰することも珍しい事になる。かも」 と執事とは反対の方向に顔を背けて言った。

 

「それは男性の乳首と女性のクリトリスが、当主さまの主観においておおまかな形状と愛撫によって快楽を覚えるという共通点を見出しただけであり、オナニーの用途としての共通点を言ったのではない。男性の乳首が女性のクリトリスと同等の快楽を与えるなら、男性も乳首でオナニーするのが大多数になっているだろう」

 

「執事さんはクリトリスで……しないんですか?」

 

 なぜか悲しそうな声色で当主。なんだこの会話。

 

「いえ、その」 わたしへの反論よりも当主への返答を優先して執事、口をまごつかせながら言った。 「わたしも、する際はその、クリトリスを、刺激します」

 

「ですよねですよね」 嬉しそうに当主、ごろりとわたしの上で仰向けになり、太ももで陰茎を挟んで女性器にあてがい、足首を交差させて圧を加えた。 ――この状況でも抗えない、水泳というより液体を極めるとはこういうことなのかもしれない―― 「小陰唇も、のんびりやるといいですよね」

 

「あの、当主さまはそういった知識はどこから」 と遠慮がちに執事。

「知りません? 薄いヒダのような部分なんですけど」 意外そうに当主。 「ええとですね、先輩が泊りに来た時に、一緒の布団に包まって話したりして」

 

「はあ、ならまあいいですけど」

「そうだ! こんど教えてあげます」 本心からの親切心だと思われる当主。異性との秘部の摩擦に、僅かに震えた声で言った。 「ぼうっと好きな人のことを考えながらすると、ずうっと続けたくなっちゃうんですよ。ちょっと果てるのが勿体ないなーなんて」 照れ隠しなのか、乾いた笑い。

 

「あ、いえ。大丈夫です」

 

 としどろもどろな執事の方を伺うと、ちらちらとこちらに視線をやっていたようで、二度見の後に目があった。 「ええとその、快感を得られるというのは知っているので。わたしもオナニーをする時は小陰唇を」 言って、しまったという表情で固まる。おまえに言ったんじゃない、間違えた。といった感じ。

 

「そんなことより当主さま」 と、過去を切り捨てようと執事、凛とした口調を取り戻して言った。 「当初の目的を」

「そ、そうでした!」 頭の後ろで腕を組み、完全にリラックスしていた当主が跳ねるように飛び起きて反転すると、わたしの天地は逆転していた。

 今度はわたしが四つん這いで当主を下に向かい合う形。掌をエアマットについて立ち上がろうとするが、どうにも滑ってうまくいかない。あまりにも不条理な物理現象だった。泣きソー。

 

 当主の両手はわたしの背を抱きしめたまま。 「少しスクール水着をずらして、挿入を手伝ってもらっていいですか?」 と執事に言う。

 すぐさまわたしの勃起した股間に手が添えられ、ボディーソープとおそらく愛液でとろとろになった膣口に尿道口が当てられ、ささやかな小陰唇が亀頭にくちづけた。

 

 くそう、とわたしは歯噛みして苛立つ。一人の弱者を集団でいたぶる非道のレイプの一つ、女女しい偽りのレイパーどもが行う輪姦かどうか微妙なラインだ。輪姦ならば、例え当主と執事の二人を相手取っても、それを超える不条理と非現実性を持ってして制圧できたはず。

 と脳裏をよぎった予感から不穏な対偶を取ると、わたしは偽りのレイパーには比類なき理不尽さを振る舞えるが、ひょっとしてその他に対しては弱いんじゃあ……

 

「じゃあレイプ、しちゃいますね」

 

 わたしの下でにっこりと笑った当主の顔は、その言葉の持つ残虐性とは真逆の慈愛で満ちていた。

 当主は両足を大きく広げ、わたしの両膝を足裏で緩やかに押した。四つん這いの状況では、当然に膝の角度が直角から伸びるにつれて腰の位置が下がる。

 

「ほら、もっと力を入れないとレイプされちゃいますよー」

 

 からかうように当主。液体を媒介にして接触している以上、こちらが抗えないことを理解していながら言った。 「おんなの子がこんなに足を広げるなんてはしたないんですかね? ……どうだと思います? ねえ」

 

 じりじりと膝を押す力が強められる。答えなければ、正上位でレイプされるというわけのわからない事実ができあがってしまう。惨めに過ぎるが例え泥を啜ってでもと、わたしが真に思っていなくとも当主の機嫌を取るように返答する。少しでも挿入までの時間を稼ぎ、最後まで隙を伺うと決めた。

 

 しかしおかしい、院生の時に比べてもあまりに不可解な事態だ。どこか引っかかる。

 

「はしたないと、思う」

 

「じゃあ、わたしはこのまま足を伸ばしてしまった方がいいですよね? え? ダメなんですか? でもこれじゃあわたしの恥ずかしい部分が丸見えの状態ですよ、そっちの方がいいってことですか? ――

 

 ――そんなに十八歳のおんなの子の……その、おまんこをよく見える状態に保っておきたいんですか。そうだ、じゃあわかりませんから、ちゃんと口にしてくださいよ――

 

 ――おとこの人が十八歳のおんなの子のおまんこって口にするなんて、エッチなんですね。ほら、エッチなあなたにご褒美ですよ、そろそろ先っぽが全部飲み込まれるんじゃないですか? いいんですよ、興奮しても。わたしも、あなたの口からおまんこって聞いたとき、興奮しましたもん――

 

 ――腹筋、すごいびくびく痙攣してる。がんばればんばれ。がんばって力を入れて姿勢を保たないと、レイプされちゃいますよー。応援してあげますね――」

 

 と、当主はわたしの胸を抱き寄せてむしゃぶるように愛撫した。

 その間も、じりじりと足裏から膝を押され、小柄な肉体に相応しい狭小の肉壺に亀頭は埋没した。

 

「――ぷはっ。乳首を吸い付くたびに力が抜けていってませんか? ひょっとしてわざとなんですか? 本当はレイプされたいんじゃないですか――

 

 ――へえ、じゃあなんでおちんちんをおっきくしてるのに拒んでるんですか? つらそうですよ? かわいそう……あ、わかった! エッチが恐いんですね、大丈夫ですよ。少なくともわたしは気持ちいいはずですし、たぶんあなたもそうなると思いますから――

 

 ――わたしは恐くありませんよ、今よりもっと恐い思いをしましたから。六年前を覚えていますか? わたしがプールの更衣室で閉じ込められたとき。わたし、性知識が乏しかったのとパニックになってたのもあって理解できなかったんです。担任がわたしを閉じ込めて何をするのか。

 そりゃあ今なら理解できます。でもその時はわからなくて、ひょっとしたら死ぬよりひどい目に合わされるんじゃないかって。わたしがいじめを否定したからかもって、もし生きて更衣室を出ることができたら、いじめられてたって嘘を言おうとまで考えてたんですよ。

 ……わたしは……それくらい恐かったんですよ!」

 

 急に口調を乱し、堰を切ったように当主は封縛していたであろう何か破裂させるように吐露した。

 

「あなたがどういう理由で担任をやっつけたのかは関係ありませんし、結果的にわたしが助かったことを考えろとは言いません……でも、六年後に会おうって言ったじゃないですか! どうして会いに来てくれなかったんですか!」

 

 わたしの下で、当主は涙を流していた。突然の事態に力が抜ける。ずるりと当主の片足が踏み込まれた。その瞬間に当主は小さく悲鳴をあげた。反り立った男根が、一瞬で最奥の花園まで蹂躙する。

 未知の経験にに声を途切れさせながら当主は糾弾するように続ける。

 

「六年後にあ、会おうって言ったから。その未曾有の恐怖を払ってくれたお礼を言いたい気持ちを閉じ込めておいたのに。ずっと耐えてきたのに……」

 

 儚い両手が頬に添えられ、顔が引き寄せられた。鼻先が触れんばかりの距離。

 

「来ないから、先輩と計画して攫って……わたし、レイプしちゃったじゃないですか……ねえ……あなたは紳士なんですよね? ならどうして、嘘をついたの?」

 

 涙と鼻水に汚れた当主を見下ろしても尚、臓腑を凍てつかせるような非難を受け入れても尚、完全に勃起した男根は幼い膣を手狭だと厚顔無恥に圧迫していた。なぜ萎えない? さすがに良心の呵責を感じているにもかかわらず。

 膣壁は許容体積を超える異物を体外に押し出そうとするが、それは当人がわたしの腰に両足をまわして固定したことにより妨げられた。不覚にも、これで不可抗力的に温かい膣による快楽を享受できると思ってしまった。

 明らかにおかしい、わたしではないような安直な思考だった。

 

 わたしは何かしらの言葉を発しようと口を開いた。特に何も考えていなかったが、おそらく都合のよい言い訳のような表層的な逃避の言葉なのは間違いないだろう。

 それを察したのか、聞きたくないといった風に当主は唇を重ねた。小さな舌が唇を割って侵入しようとし、わたしは当然に抵抗したが鼻を摘まれて開口を余儀なくされた。

 委縮するわたしの舌を絡め取っては弄び、翻弄し、唾液を送り込み、混ぜ合わせ、吸い出す。結合部とは対極の攻勢だった。

 

 わたしが自らの意思に反して、当主の口内へ舌を伸ばそうとした瞬間に濃厚な口淫は一方的に遮断された。

 

「ねえ執事さん、全部、入りました?」 

「残念ながら、この男のすべてをレイプできていないようです」

 

「やっぱり。わたし身体が小さいから」

「膣は伸縮しますので、そのうち慣れるでしょう」

 

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 

 言い終わるや否や、再び上下は逆転され、当主は騎乗位で跨っていた。拒絶するように言い放つ。 「嘘つき」 しかし言葉の持つ拒絶感とは裏腹に、実行されたのはわたしの腹部に掌をつき、下腹部を上下させる性行為だった。

 

 だがわたしはその言葉でようやく、これまでの不条理な現象に納得がいった。

 真のレイパーであるわたしは偽りのレイパーに対して、自然法則を貫徹する常軌を逸脱した背理を片手に、傍若無人を振る舞えた。しかし真のレイパーは紳士でなければならない。当主について虚偽を働いたわたしは、よって紳士であるという必要不可欠な要素を失い、結果として当主の主観からすれば偽りのレイパーに身を落としてしまっていたのだ。

 故に、当主は真のレイパーとしての立ち回りが可能になっているのだ。圧倒的不条理さと非現実性の強力な支援を持ってして、わたしを掌握しているのだ。

 

 故に、わたしのいかなる行為も当主の掌の上のというわけだった、先の不本意な性欲もそのためだ。

 

「ほら、触ってみてください、わたしのおなか。ここにあなたの先っぽが当たっていてですね、その奥が赤ちゃんの部屋です。精液をたっぷり吸い込むところですよ」

 

 わたしの手を取り、下腹部に当てさせる。ピストンのたびに、肉越しに自分の男性器がうっすらと感じられた気がした。

 

 年齢の割に成熟していない狭い内壁が、当主の生理現象ではなく異物の挿入によって無理やり広がっていく。少しずつ、根元まで咥えこまれていった。

 

「ちょっとずつ、入ってますよ。見えますか?」 当主はのけぞり、恥ずかしげもなく開脚し、両手をわたしの膝あたりでついて身体を支えた。スクール水着の隙間から局部の結合があらわになる。 「わたしのおまんこが、もっと欲しいって言ってるんですかね。じっくり見ていたいのかもしれませんが、なんだか前かがみであなたの沿った部分を浅いところに擦るのが気持ちいいんです」

 

 言って今度は当主が四つん這いになって、淫らに腰だけを上下させる。

 

「思ったより、んっ、痛く、ないですね」

 

 とろんとした眼でわたし眺めて言った当主に、わたしは一抹の不安を覚え、警句を口にしようとしたが、口で塞がれてしまう。

 すぐに唇は離れるが、その間で私たちは舌を突き出し互いの先端を蛇のようにちろちろと舐め合い、次いで肉厚の舌腹で絡み合うと再び貪るように口づけた。

 

 液体を媒介としている限り、わたしが偽りのレイパーに身をやつしている限り、真のレイパーとして君臨する当主の思うが儘だった。口内は言わずもがな、膣内もその例外ではない。

 

 当主が淫靡な味の唾液を送り込むとわたしの口内で二人の舌が二人の唾液と掻き混ぜ、今度はそれを当主が吸い出す。その間は当主の口内で舌を絡め、同じように粘液を混ぜ合わせる。

 それを口からあふれ出すほどの量まで繰り返し、最後に等分するとたっぷりと舌で転がして味わってからから、喉を鳴らして飲み下す。

 

「触ってもいいんですよ、わたしの身体。先輩ほど女性的じゃないですけど」 言い終わるとすぐに前述の行為を繰り返す。

 

 言われるがままに小さな臀部をまさぐった。スクール水着の間に手を差し入れ、弾力のある小ぶりな尻肉を揉みしだいた、時にはアナルを広げるように乱雑にいたぶる。華奢な身体を、まるで道具のように上下させるべく力を加えた。

 

「エッチ」 口淫の途中で、不意に当主が上体を起こし、唾液を垂らしながら見下ろして言った。 「レイプされてるのに、どうして抵抗しないんですか? ちょっと前までは嫌だ嫌だと言っていたのに、もうわたしの虜なんですか?」

 

 わたしは望まぬ肯定を口にする。当主は侮蔑の笑みで見据え、艶めかしく腰を打ち付けながら耳元まで顔を近づけ、囁いた。

 

「もうわたしのおまんこじゃないと逝けなくしちゃいますから」

 

 愛液とカウパーを媒介に接触している膣が、破瓜の時とは打って変わって妖艶にうねった。無数のヒダが陰茎を弄ぶ。

 

「わたし、そろそろ逝きそうなので、逝ってね。嘘つきさん」

 

 再び舌を絡ませる口づけで、当主は相手の事などまるで考えていないように尻を動かし始めた。痛いと思うほどに激しく打ち付けられた肉どうしが、ボディソープを散らした。

 わたしは、当主が達するのと同時に射精しなければならないという強迫観念に襲われ、自らも合わせるように腰を動かし、両手で当主のピストンを補助するように抱えた。

 快楽に男性器が性の解放を訴えるように痙攣する。

 

 利己的に口内を凌辱している当主の眼が、ふしだらに笑った。試しているのだ、どこまで耐えられるかを。

 先に果てることはできないと歯を食いしばりたかったが、本能は当主と互いの口内で淫液を製造する喜びを優先している。

 

 許しを請うように視線で訴えかける。だというのに、わたしの両手は当主の滑らかな尻肉を貪り、あまつさえにはピストン運動の補助を止めようとしない。

 

 不意に当主がわたしの口内の淫液をすべて吸い上げ、飲み干して言った。

「許してほしい? 射精したい? わたしの中で。子宮口の奥に、溶鉄のような熱い精子を……」

 

「ゆる……許して、くれ――」

「何がですか? ちゃんと口に出さないと逝かせてあげませんよ」

 

 わたしは情けなくも、息も絶え絶えに涎を口の端から垂らして言った。それでもよかった、体面などどうでもよかった。後のことなど知ったことではなかった。ただ今は、たった一つの事を許してほしいと思った。それに対する些細な恩赦の言葉さえあれば、何を失っても構わないと本当に考えた。

 

「――許してくれ、きみに、会いに来なかったことを。嘘ついてごめん。正直忘れてた」

 

 当主は初めて見せる笑みの後、名残り惜しそうにペニスを引き抜いた。短くキスをすると口内に侵入し、わたしの舌先を甘噛んで言った。

「わたし、傷つきましたよ。待ってたのに。あなたがこれを身勝手というなら、わたしはそれでも納得しますけど」

「いや、全面的におれが悪い」

 

「じゃあこれくらいは甘えてもいいですよね。ちょっと上に行ってください」 当主は理不尽を行使せずに、えっちらおっちらと体位を変え、控え目に股を開いてにっこりと笑って言った。 「お願いしますね」

 

 わたしはスクール水着をずらして、一気に挿入した。浅く性行為するなどという余裕はもうない。これまでの意趣返しに、スクール水着越しに当主の胸の膨らみを舐めまわす。するとわたしの頭を抱きかかえて心底気持ちよさそうに喘いだ。

 

 わたしたちの絶頂は間もなくだった。胸元から首筋へと徐徐に舌を這わせ、当主の小さな唇を愛撫しているとひょっこりと小さな舌が突き出てきて、見られてはならない逢引のように、わたしを口内へ招き入れた。

 

 互いの背を撫でまわし、足を絡ませる。急かすように当主の舌がのたうってわたしに射精を促す。そのまま瞳の奥を見据え、口内淫液製造の最終工程である、二等分して激しく吸い上げ、たっぷりと咀嚼するように味わってから喉に絡みつくそれを食道に流し込む行為で、わたしたちは狂いそうなほどの快楽に身悶えして達し。後を引く疲弊と愉悦を身体に木霊させるがままに、まどろんだ。

 

 

 

 

 

 ボディーソープとなにやら卑猥な液体を洗い流そうというわけで、スクール水着によって秘部からこされた精液の上澄みを滴らせていた当主ともう一度入浴することにした。

 

「そ、そんなに脱ぐところ見ないで下さいよ」 恥ずかしそうに、当主。

「まあ、意図して視線を置いたわけじゃないけど」 とわたし。性行の後に、どうして恥ずかしがる必要があるのか。女性は謎だった。とりあえず後ろを向いておく。

 

「あー、スクール水着脱いだら精子が零れる、あー、あー」

「そんなに大事ですか?」 と手伝っている執事の声。 「とりあず洗濯しておきますので」

 

 執事が脱衣所に消えて、なぜだか微妙な沈黙が訪れた。

 手持無沙汰に、とりあえず身体を洗おうとすると当主が声をかける。振り返ると、しっかりと水着焼けした小麦色の肢体。ふとももの付け根からはドロリとした種子が垂れていた。

 

「お、お背中、流しますよ」

「じゃあ、お願い」

 

「今更ですけど、背中に小さな傷がついてますよ。誰かに引っかかれたような」

「それ猫だね」

 

「あとなんか小さい歯形も」

「ゾンビごっこしてたから」

 

「先輩と?」

「いや、うーん。そうだね」

「はあ」

 

 いままでの過激な情事が嘘のように、健全に汚れを落とし、二人並んで湯船に浸かって日本庭園を眺めた。このまままったりとした時間が過ぎていくかと思われたが。

 

「あっそういえば!」 と、当主が思い出したように立ち上がり、真面目な顔でわたしに言った。 「クリトリス! 見せるって言ったのをすっかり忘れるところでしたよ」

 

 浴槽の縁に股を開いて腰掛け、わたしによく見えるように指で少し皮をめくる。 「ね、なんとなく似てません?」

 

「ワーハジメテミルー。おれの乳首なんかよりよっぽど綺麗だと思うけど」

「えー、そうですかねー、似てますよ。というか綺麗って、えへへ」

 

 たらりと膣奥に溜まっていた精液が今更に零れ落ちて湯船に霧散した。

 

「あー、出ちゃってる。このあと執事さん入るかもだから、伝えとかないと」

「いい気分はしないだろうし、今日はシャワーで我慢してもらうしかないな」

 

「あ、それと急になんですけど」

「うん?」

 

「ちょっと病院行くレベルでここが痛いんですけど、大丈夫なやつですかね、これ」

 

 ここ、と指差したのはもちろん女性器だった。行為の途中で伝えようとしたが、当主は真のレイパーの圧倒的な力に溺れていた。だから痛みは麻痺し、自信過剰な精神は異常な隠語を口にさせたのだ。

 

「まあ、お風呂に入ってさすってれば治るよ」

「そ、そうなんですかね。ちょっと涙出てきちゃったんですけど」

 

 うんだからそれ真のレイパーの力に溺れた副作用で遅れて破瓜の痛みがやって来たの。と口で説明しても理解はできないだろうとわたし。埒が明かないので、ひょいと当主を抱きかかえるように湯船に浸かり、下腹部を撫でてやる。

 

「は、ちょっと恥ずかしいです」 背を丸めて小さくなる当主。

 

 何言ってんだこいつ。わたしは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。女性の羞恥感覚っていったい。

 それからまたしばらくの沈黙ののち、当主が俯き加減で口を開く。

 

「……もうちょっと下のあたりが痛いのですけど」

「うん? ここらへん?」 と一センチほど掌を下げる。

 

「いえもっと下の……その左右のが痛いので擦ってください」

 

 遠慮がちにいざなわれた感触は、どう考えても小陰唇だった。あのな、と口を開くと。

 

「六年後の日にはですね、わたし、お小遣いでコーヒーとか買ってたんですよ。大人の人は良く飲むから、あなたも飲むかなって。タバコやお酒は買えなかったんでネクタイとかプレゼントしようかなって」

 

 わたしは無言で、ゆっくりと薄く小さなヒダを指でマッサージした。小さな嬌声が聞こえる。

 

「本当に、最後まで謝ってくれなかったどうしようかと、思いましたよ。ん……まだ逝きたくないので、もっと、ゆっくり。ね?」

 

 完全にこちらに体重を預け、振り向きざまに見上げられた表情に、不覚にもわたしの下腹部が充血しだした。

 

「おしりに当たってますよ」 笑って続ける。 「痛いんですか? 擦りあいっこします?」

「痛くないからいいよ痛ッ、爪はやめて爪は」

 

「痛いんですね、よしよし、かわいそうかわいそう」 と当主は半立ちの男性器を両手に握る。 「今度はゆっくりしましょうよ、好きな人の事を考えながらのんびりするのも良いですよ……昔話でもしてくれません?」

 

「いいけど……」 と節節にわたし。 「そういやあの後、どうなったの」

「本当に何事もなく、両親もいじめの事なんてなかったかのように振る舞っていました。他にこれと言ってはないですけど。あの時の水着は焼却処分しました」

 

「ふうん、水泳が得意なんだっけ? その様子だとまだ続けてるんだ」

「ええ、趣味のレベルですけどね。今年の夏は先輩と執事さんと海に行きましたよ、海」

 

「あの鉄面皮の執事が執事服を脱ぐところが想像できないんだけど、どんな水着だったの?」

「それはわたしも気になってたんですけどね、結構きわどい黒ビキニでしたよ」

 

「それ絶対海行くの楽しみにしてたやつじゃん、ムッツリなんだなあ」

「いやあ、まさかスイカ割りをやりませんかなんて言うとは思ってもみませんでしたよ。あ、それとチョコウェハースありがとうござまいす」

 

「いいよいいよ、あれ大量に在庫抱えてて余りに余ってたんだ。もうあの時のおれなんて三食チョコウェハースで辟易しててさ。チョコウェハースにチョコウェハース挟んでチョコウェハースサンドなんてばかなことやってたよ。副業なんて手を出すもんじゃないね」

「それ落としたらどれにどのウェハースを挟んでいたかわからなくなっちゃいますね。というか、え、あれって人気だったんじゃないですか」

 

「今だから言うけど、あれパチモンだから。本家はレイプマンなんてつかないよ。でもチョコウェハースは本家より美味しい自信があったよ。味にこだわりすぎておまけのシールが二種類しか用意できなかったけど」

「あ、そうだったんですか。でもそのうちの一種類は一部の人にとっては凄いプレミアみたいですよ」

 

「ひょっとして慰めてくれてる? もうチョコウェハースはないよ」

「いえ本当に。前当主さんに十兆円で譲ってくれと持ち掛けられました。倉庫とか探してみたらどうですか? 他にも愛好家がいるかも……あ」

 

 何の捻りもない、自慰を初めてするような単純な手淫でわたしたちは穏やかな絶頂の境界線を行き来していた。

 わたしの陰茎が込み上げる射精感に小さく痙攣すると、小陰唇をほんの少しだけ強く揉んで知らせる。すると当主が手淫をより緩やかにし、射精の潮を引かせる。

 逆の場合も同様だった。いたずらに昇天の時を先延ばしに世間話を続ける。

 

「いやたぶんそれロットのミスで一枚しか刷ってないやつだわ。だから実質、びっくりレイプマンチョコのおまけシールは一種類なんだ」

「え、あー、返しましょうか?」

 

 それでもやがて寄せては返す絶頂の波長周期は徐徐に短くなってきた。わたしが小陰唇をに知らせると、すぐに陰茎を強く握られる。達しそうになる感覚が短くなてゆく。

 

「よせよ、やめてくれ。というか、よく六年も持ってたな」

「よく使ってましたからね。あ、逝ってる間もゆっくり。ね?」

 

「シールは一回きりだろ、たしか小学生用の筆箱に貼ったんだっけ?」

「見ては思い出してオナニーしてたので、んっ」

 

 その言葉で小さく当主は身震いし、わたしは精液を浴槽に垂れ流した。その愛撫の性質上、果てるのは同時だった。その間もじわりじわりと互いの陰部に労わるような手淫を続けていた。

 

「ね、悪くないですよね」 頭部をわたしの肩に預け、恍惚に目をつむった表情で当主が言った。

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