「へえ、お仕事って大変なんですね」
と、脱衣所で当主。パジャマに着替えていた。
「そそ、でもなぜかわからないんだけど、気が付いたらデスクに座っててビックリすることがあるんだよ」
「えー、本当ですかあ」
「ほんとほんと。寝て起きてもぜんぜん疲れとれない日とかさ、あれおれどうやって通勤したんだっけ? って時があって。でもまあ面倒な通勤時間を体感しなかったと考えると得なんだよね」
わたしが自慢げに最近起きた小さな嬉しいことを、照れ臭さを隠して自慢するがパジャマのボタンを留める当主の顔は微妙な笑いを作っていた。
「えーと、たぶんそれは損得の問題じゃないかも」
「いや絶対得だよ、遊園地のアトラクションの待ち時間がなかったことになったのと同じじゃない?」
「……かもですね!」 と会話を打ち切るように当主。 「わたしは、そうですねー自分で振っておいてなんですけど、最近起こった小さな嬉しいことって……結構見つけるの大変ですね」
「まあ小さいからかもな。そういやどこでバイトしてんの?」
「小さなバーなんですけど。お酒を覚えるのが大変で」
「飲めないと覚えられないよね」
執事が気を利かせて冷えた牛乳を持ってきてくれたのでグビリとやる。うまい。
「ところで先輩はどうしてるんですかね」 と長い廊下を歩きながら当主。
「うん?」
「いや、先輩はどうしてるのかなーって」
「うん? 明日も早いから、そろそろおいとまするよ」
「え、泊まらないんですか?」
「大人になると、年下になにからなにまで世話になるってのも気が引けるんだよね。そうそう、奈良漬とかご馳走になったけど、あれすごい美味しかったよ」
どうしたものか。どうも当主は、わたしが院生にレイプされた部屋へと向かっているようだった。日に二度もレイプされるとは、レイパーとして散散な人生だ。
当主が室の扉に手をかけると同時にわたしは言った。
「一応確認したいんだけどさ、わたしの秘密を知っているのはきみ達だけなんだよね」
「そうですね、他の人にレイパーマンの話をしても信じてもらえそうにありませんし」
ならまあこれ以上の被害を被ることはないだろうと、当主の背後から室の引き戸を開けた。
ひょっとしたら院生との関係は夢だったのかもしれない。僅かな希望を抱いたわたしを破砕するように、むっとする臭いが立ち込める部屋で院生は横たわって寝息を立てていた、乾いた精液が秘部から垂れた状態で後を作っている。
「こ、これはいったい!?」 と振り返り、当主は説明を求めるように私を見上げた。
「な、なんてことだ。何者かにレイプされてしまったのか! と言おうと思ったけど起きたら説明されて終わりなので白状するとカクカクシカジカ」
ええー! と目を丸くして当主。そんなに驚くことだろうか。不意打ち気味とはいえ、院生めっちゃ強かったんだけど。
なんとなしに首筋を撫でてしまう。
とりあえず当主はいそいそと院生を揺り起し、寝ぼけまなこながらでも、軽くシャワーを浴びさせるべく執事に引率させた。
ぺたぺたと廊下を歩き、肩をかかえられる院生を見送ると当主は視線を動かさずに言った。
「先輩にレイプ、されたんですか」
「うーんまあ主観によるんじゃないかな」
「客観的には」
「まあ、うん」
「さ、されてないって言いませんでしたっけ!? ……う、嘘つき!」 唐突にわたしに向かって、顔を赤くして抗議する。
「言ってない。主観によるとしか」
「ゾンビごっこしてたとかなんとか!」
「なんかこう、ゾンビって抱き付いてくるし、あーあーウーウー言いながら噛みついてくるし」
「それ絶対嬌声ですよね! わたし、先輩がレイプできなかった無念を晴らそうと頑張ったのに!」
「だってレイプされましたなんて、い、言えるわけないだろ!?」 気づけばわたしも必死に反論していた。 「しかも一瞬で負けちゃったし、近頃の若者はどーなってんだよ、あんなになれるんだったら、おれだって手芸サークル入ってるわ! 正直カッコイイ!」
子供じみた言い合いは院生がシャワーから戻ってくるまで続いた。
「ひとまず」 と、晩酌をやった部屋で上座に位置した当主。 「あなたは今晩、泊まってください」
「いやでも」
「先輩にレイプされてたなら、わたしは身を引……お礼を言って、ちょっとお喋りしてお背中流したりして、お酒を用意してるからいつでも遊びに来ていいですよって合鍵を渡して、疲れたら泊まってもいいですよって……それだけだったのに!」
それだけ、の割にはいたせりつくせりだったが、そう言われると反論はできない。要するにわたしがたった一つのささやかなプライドを保持するために、作為的に言葉をはぐらかしたのは事実だった。
その結果として当主は純潔を失った。間接的にだが、レイパーがレイプ以外の手段で処女を奪ってしまったのだ。これは褒められたものではない。唯唯諾諾に頷いた。
「結構素直なんですね」 と院生。わたしと同じ浴衣姿だった。
「純潔を失わせてしまったのは申し訳ないと思ってる」
「えー、満更でもないんじゃないの?」 と院生は当主を見やる。目が笑っている。 「どうだった? 初めてのエッチ」
「せ、先輩。その話はお布団の中で」 慌てて当主。 「そんなわけで、わたしは先輩と寝るので、今日は一緒に寝てあげません」
「いいけど」
わたしの態度が気に入らないのか、当主はムスッとして院生を連れて室を出た。残されたのはわたしと。客間を案内させるために待機していた執事だけだった。
廊下からきゃらきゃらとした声が遠ざかっていく。
――だめになっちゃた畳があるんだけど、わたしの部屋に移していいかな? ――
――へ? いいですけど、なんでだめになっちゃたんですか――
――それはお布団の中でね。あした見せてあげる――
おれは強く目頭を揉んだ。
「当主さま達は一緒の布団の中で今日のレイプの感想を言い合うのだろうな」 それまで黙っていた執事がおもむろに言った。
おれは怪訝な視線を向ける。 「おれに何か言いた事でもあるのか」
「いや、それを考えると当事者のおまえはさぞ惨めだろうな、と」
「なあひょっとして負けたこととか、解説役とか言ったこと気にしてるの? ねえ、なんで無視して退室してんの? おれどこで寝るの、後をついて行けばいいの? お手洗いはどこ? え歩くの速っ……おい曲がり角過ぎて急に走り出すのやめろや! 迷子になるだろ!」
おそろしく広い屋敷を執事と全力追いかけっこしたせいで、また汗をかいてしまった。
息を切らせた執事が廊下の壁に背を預けるように崩れ落ちて言った。
「ここが、おまえの、部屋。だ」
「この部屋十回は通り過ぎただろ。あとなんで悔しそうなんだよ。それとおれの着てたシャツとかバッグってさ」
「へ、部屋に。用意、してある」
「……うんありがとう、大丈夫? 手、貸そうか」
執事はおれの手を振り払って、よろよろと立ち上がり、とぼとぼと背を向けて歩き出した。
その疲れた後姿には既視感があった。よく会社同僚がそんな感じだった。たぶんおれもそうだろう。
今になってみれば、執事はわたしと同じ社会人だった。仕事に思い悩んでいるのかもしれない。先輩として、何か言った方がいいかもしれない。
「あの、おれさ」 しょんぼりとした執事に声を投げかける。 「えーと、鬼ごっこなんてたぶん子供ぶりにやったけど、大人になっても楽しいもんだな」
執事は振り返ることなく、肩をわな付かせて去ってしまった。おれにどうしろというのか。その姿が角に消えるまで見届けて、わたしにあてがわれた客間に入る。
品のいい六畳間だった。それと品のいい掛け軸と品のいい調度品と品のいい布団が敷いてある。
要するにさっさと眠ってしまいたかった。もぞもぞと布団潜るとあっという間に睡魔に襲われる。なにしろわたしの万年床とは違って品がいいから。
しかし、舟をこぎだした意識は瞼を貫くような閃光で飛び上がった。
「うおっまぶしっ!」
布団から跳ね起きて腕で眼球を保護する。鼻孔からは煤けた煙のような臭い、そして――
「成功した、ということは、わたしの目の前にいるきこうが例の……」 と、凛とした声が突き刺さるように響く。
――そして、感覚には莫大な量のマナの残骸。誰がどう見ても次元操作の現象だった。
片目をおそるおそる開いて状況を確認すると、いつぞやの姫騎士。
把握さえしてしまえば何ということはない、口を開く。
「驚いたよ、【次元の瑕疵】の偶発性を掌握するすべを身に着けたのか」
「さすがに理解が早いな。きこうほど融通を利かせることができんのが癪だが」
わたしはじっとりとした嫌な汗をかく。そこにはアナルの弱そうな姫騎士の面影はどこにもない、以前と同じ鎧とドレスを複合させた妙ちくりんな恰好なのは同じだが、見せつけるような腰のガーターベルトといい腋といい露出は以前より増している。
にもかかわらず、絶対にオークなんかに絶対に負けそうにない雰囲気がある。この矛盾を一掃してしまう所以はおそらく。
「……王位を継いだか」
「うむ、無事に継承の儀は終わった。ところが今度は別の問題が出てきてな、解消すべくきこうに会いに来た。無くてもいずれは来るつもりだったが」
妙だった、なぜわたしはこれほどにまで焦燥感に駆られているのだろうか。が、その答えは先ほど解明された。
ぶっちゃけ王さまオーラに当てられて跪きたい欲求に駆られている。流されてしまえーといった感じ。
でもここで首を垂れたら王と認めてしまうわけで、そうなったら過去に失礼なことを口にした責任を取れとか言われて斬首も困る。わたしはあくまでも対等の立場を維持したかった。
わたしが固唾をのんでいると、女王騎士は言った。 「単刀直入に言うと、同衾しに来た」
「いやもういいから、そういうの」
「というのも国を継いだはいいが、そうなると次の王の事を考えねばならん。一応、隣国の王子との縁談の話もあるのだが、その王子が小太りで呼吸音が豚のようでマザコンで汗臭くて女を服従させることが唯一の楽しみにしているような、一言でいえばなんか媚薬盛られて調教されて国を乗っ取られそうなので断りたいのだ」
「ねえわたしの話聞いてる?」
「だからもうさっさと拒否したいのだが、その王子の国とは微妙な関係で、適当に断ると戦争の火種になりかねん。もちろんそんな事態に陥っても対抗できるが、やみくも民を死なせるわけにもいかん。もっともらしい理由が必要なのだ」
「ほーん」 とわたし。RPGの勇者が、一方的に王様に魔王を退治するように言われると、たぶんこんな感じだろう。
「結婚しよう」
わたしは強く目をつむった。覚悟を決めると、いそいそと鎧を脱ぎ、子宮のある位置がハートマークに開いている凝ったレースのネグリジェに着替える女王騎士に言った。
「王女になんて、絶対に負けない!」
「王になってみて、一つ理解したことがある」 言って、太陽のように美しい髪をかき上げる。肩ひもタイプの、丈の短いぴったりとした薄い桜色のベビードールは、黒い下着と悩ましげな肢体を薄明かりに浮かび上がらせていた。
「わたしに刃向う者を屈服させる喜びだ。下衆の考えでわたしや、わたしの国と民を傷つける悪逆人の画策した緻密な計画を正面から破砕した時。淫欲の悪魔と契約して力を得た外道魔術師が好き勝手する前に、その悪魔と話をつけて召喚契約を反故にさせた時。淫獣を内包した錬金術師を【過去討ち】で切り裂いて存在を追放した時。やつらの顔が忘れられん。こんなはずではなかった、おまえこそがおれに跪いて、股を開いて凌辱され、淫欲の悪魔の力で欲情し、淫獣の体液で人外の感度を強制されるはずであったのに。そう絶望に染まった表情が」
「御託はいい、かかってこい」
「話の最中でも構わず仕掛けてくると思っていたが、きこうらしくないな。恐いか」
密やかに笑う女王騎士にわたしは一時的な無力化を試みる。編み上げた呪文の難易度は実戦にあっては比較的軽く、消費するマナも同程度だった。とても有効打になりそうにないが、わたしはその呪文を場から新たにマナを吸い上げることなく、次元操作の際に撒き散らされた残骸のみで構成した。
完全なる不意打ち。優れた術者とは扱える呪文の強大さで決定されるのではなく、さまざまな手段から変則的に呪文を唱える事が重要なのだ。
一瞬でいい。隙を作ればあとは近接戦闘で片を付ける。だから呪文は軽く、作用はシンプルで原始的なものでいい。
構成に意思を込める。部屋中に散乱したマナの残骸が構成をなぞって空間に無色の線を描いた。浴衣の帯を解き、一気に距離を詰める。呪文の作用と同時に締め落とすべく。
だがどういうわけか呪文は霧散した。空間に点在するマナを中継して走る不可視の力線が、泡がはじけるように崩壊する。そればかりか、奇妙な脱力感におそわれた。眩暈がする、思考が平衡感覚の喪失を訴えた。立っているのがやっとの状態。いったい何が……。
「驚いた、食い散らかされたマナから呪文を構築するなんて」 どこからともなく声が響く。女王騎士の隣で空間が歪むと、恥部を隠すにとどまるような、きわどいボンテージ姿の年端もいかない少女。悪魔のような小さな角が額に一本生えている。黒く濡れているような細い尻尾をぷりぷりと振って続けた。 「ずるいよそんなの」
ずるいのはおまえの方だ。反射的に重い口を開く。 「打ち消したのか、あの速度で編み上げ、構成して、すでに構築が完了し作用しかけている呪文を」
「ほへえ、喋れるんだ」 と感心したように小悪魔。しかしすぐに興味を失ったように女王騎士を見上げる。 「ね、ね、ご褒美は?」
「ううむ、淫欲の悪魔をして感嘆させるとは、相変わらず理外に位置するような男だ」
と女王騎士。いかなるアーティファクトか、鈍い軌跡が細く走ったかと思うと鎖の手綱を手にしていた。先は小悪魔の首輪にある。物を扱うように引き上げると小悪魔は苦しそうに喘いだ。
二人の身長差故に地面から数十センチ浮いた小悪魔に向かって女王騎士は瞳を閉じて口を開き、舌を突き出す。おなじようにうっとりして瞑ると小さな唇で舌先を吸い付き、薄い舌で絡ませて徐徐に口内へと招き入れた。
口をすぼめ、吊られた状態で懸命に頭を振って出し入れする様は、女王騎士の舌をフェラチオしているかのようだった。
不意に女王騎士が片目を開けて、わたしを見やって不敵に笑った。おまえもいずれこうなるとでも言いたげに。
首輪から伸びる鎖の干渉音と小悪魔の荒い息が一定間隔で室を流れた。ややあって女王騎士が顔を離す、小悪魔は糸を引き垂れ落ちる唾液を懸命に舌で絡め取ろうと必死だった。
「予想はついていると思うが、先ほどわたしが話した、外道の魔術師が召喚した者だ。こどもの様ななりだが、その力はきこうも実感しているだろう」
「あのあの、ご主人様、してもいいですか」 吊られたまま、小悪魔が口を挟む。おそるおそる自分の秘部へ手を伸ばしていた。
「うん? なにをだ?」
「お、オナニーです」 と淫欲の悪魔を名乗る割に恥ずかしそう。
「わたしはおまえの主人であり、従っておまえはわたしの下僕だ。報告は詳細に語れ」
感極まったのか、目を潤ませて顔を紅潮させる。 「おまんこ、したいです。触りたいです。ぐちゅぐちゅって穴に指を入れて、クリちゃんをいい子いい子したいです」
「ダメだ、勝手に主の会話の腰を折った罰だ。話を戻すが、まだ続けるか?」
「おまえは、やってはいけない事をした」 わたしは臓腑まで蝕む疲労感に意識を奪われそうになりながらも言った。言わねば、ならなかった。 「卑劣にも複数人で襲い、あまつさえには初潮も来ていないようなガキを性的に奴属させるとは、地に落ちたな。昔のきさまのほうが、まだレイプのし甲斐があったものだ」
言葉そのものが力を付与するように、わたしを包んでいた倦怠が和らいだ。敵は、偽りのレイパー。不明瞭な非現実性が小悪魔の拘束を打ち消した。瞬間的に目まぐるしい魔術的攻防が繰り広げられ、実戦闘時間で一秒が経過したところで小悪魔が膝をつく。嘘、と小さく零す。
わたしには色濃く感じられた。遠い次元の先で、真のレイパーとして、今この瞬間にもこれと決めたメスをレイプしているであろう、例のオークが親指を立てて笑っているのを。
「残念だ、王位継承を終えて少しはレイプする価値も出てきたと思ったが……きさまは処理する」
「なにか勘違いしているようだが」 と女王騎士。余裕綽綽に腕を組み、首をかしげる。
「見苦しいな」
「まず、こいつは」 と言って鎖を引っ張り上げて小悪魔を立たせる。 「魔界では年に一回の誕生日などはない。暦もわれわれが利用しているそれとは違う。なんらかの理由で消滅した状態から復活すればそれを年齢とする。そういう意味ではこいつは幼い、十歳だったか。だが生まれた時間を絶対的な量として計算し、われわれの暦に変換すると六百年はゆうに超える」
「なん……だと」
これでは児ポ法に引っかかるという理由は使えない。女王騎士は愕然するわたしから目を離さず、見せつけるように小悪魔の餅のようなほっぺを舐め上げた。 「いけない子だ、やつを封ずるとおまえが言ったから信頼していたのに。おしおきが必要だな。そうだな?」
身体を小さく震わせ、小悪魔。 「は、はぃ。そうです、わたしはいけない子です」 切なそうに内腿を擦りあわせている。
「だがっ、複数人で強姦するなど」
「こいつはわたしのものだ。わたしの右腕で、わたしに忠誠を誓い、わたしに全てを捧げた。同時にわたしの臣下であり、統治する国民であり、従って国を構成する一員でもある。統治者が死ねば国は死ぬ。物理的な意味でなく、わたしの統治していた、という性質を持っていた国は死ぬ。すなわち国とわたしは一心同体であり、したがって国を構成するこいつはわたしの一部だ。輪姦ではい」
「そんな道理があってたまるか。じゃあおまえは、国民全員をけしかけても輪姦ではないとでも言い張るつもりか!」
「無論、そうだ。だからわたしは、わたしの一部である国を愛し、それを構成する国民も愛している」
「あのあの、それってわたしの事も……」 と恥ずかしそうに小悪魔。よせばいいのに、また女王騎士の会話を遮る。
冷ややかな視線で小悪魔を見下ろし、女王騎士。小悪魔を引っくり返すと首裏を地につけて背を丸めさせ、小さな尻の上に座った。
「は、恥ずかしいです」 と小悪魔、天地を逆さにした視線でわたしのほうをちらちらと見やる。
「おい。大丈夫なのか、そんな小さな子に」
「ばか言うな、悪魔だぞ。こないだ復活した魔王を倒しに行った時なんて、この部屋より大きなグラフロイ鉱の塊を軽軽と持ち上げたよ」
「ひ、秘密にしておいてって言ったのに~」
「ま、そういうわけで輪姦ではない」 女王騎士は懸命に股を閉じようとしていた小悪魔の内股に両足を割り込ませて、ゆっくりと開いていく。 「奉仕してくれ」
その言葉に、わたしは逆らえなかった。強力な支援が失われ、王の貫録が言葉でもって身体を支配されるような感覚。わたしは夜空が広がっているはずである障子窓を見やった。星空を背景にオークが肩をすくめているような気がした。見捨てやがった。
女王が言った。 「これからわたしの中に入るのだか、たっぷりと濡らしておかなければ。なあ?」 小悪魔を見下ろす。
ふぁい、と小悪魔。口を大きく開けて両手の中指で口角を引っ張る。 血のように真っ赤な口内がぽっかりと空いた。
わたしは小悪魔の顔の上で跪き、女王騎士をねめつけた。
「きこうは、なぜ気にする? こいつは人間ではないし、こうされることを望んでいる。きっと気もちいいだろう、小さな舌ではきこうのモノを存分に愛撫することはできないかもしれないが、喉奥まで使って先端から根元までむしゃぶりついてくれるぞ」 女王騎士はわたしの頬に手をやり、物覚えの悪い子を優しく諭すように言った。
「わたしが、きみの風格に負けたのは認める。王だよ、おもわず跪いてしまった。だが関係のない者まで巻き込む事はないだろう」
「違う、わたしの言葉だけできこうを従わせてなどできていない。こいつの発する淫欲の悪魔の力によるものが大きいのだ。残念ながらな」
一泊置いて続けた。
「わたしは幸せになりたいと思う。きこうは知らんだろうが、こいつと出会ってからずいぶんと経つ。いろいろあった、魔界に行ったり、夢よりの侵入者や古代文明による調停者とも戦った。確かにこいつは人間ではないが、苦楽を共にした仲だ。わたしだけがきこうと結ばれて幸せになるのは薄情に過ぎると思わんか?」
それを聞いてか、小悪魔の吐息が発情した犬のように荒くなった。舌をつきだして尿道口で球をつくるカウパーを舐めとろうと必死だった。
「可愛そうに」 と女王騎士は小悪魔の愛液にまみれた内腿を撫でてやる。 「楽にしてやりたいが、生憎とわたしはか弱いおんな故に慰めることはできても満たすことはできん。入れてやってくれないか」
聖母のように微笑むと、片足でわたしの腰を引き寄せた。亀頭が小悪魔の舌先に触れる、カウパーを動物のように舐めとり、亀頭に吸い付いて熱い口内へ一刻も早くと懸命に吸引していた。しかし小さな口では半分ほどでいっぱいいっぱいになる。
小悪魔はそれでも、剛直な男性器に比べれば非力な舌で奥へ奥へと誘おうとしていた。
「優しさは時として残酷に振る舞うな、この子が何を望んでいるかわかっているくせに。だが快楽に流されるだけでなく、そこで思考を働かせてこそだ。あらためて欲しくなったよ」
女王騎士は、一段と強く足を引き寄せた。くぐもった声とともに亀頭が喉に飲み込まれる。食道に入っているのではないかと不安になり腰が引けるが、軟口蓋は反しのようにカリ首を逃そうとはしなかった。小悪魔の細い両腕が腰に回される。陰嚢がぺったりと小さな鼻にくっつくまで差し込むと、先端付近はでつるつるの粘液に覆われたふにふにの中咽頭の感触を楽しんでいた。
「本当に、全部入るとは」
「だから、人間じゃないと言ったろう。それより、わたしも」
黒のレースに隠されていた目の前の女性器が、淫靡な音で露わになった。愛撫する必要もないほどに濡れてはいたが、こぼれた愛液を周囲から徐徐に舐めとり、クリトリスをなぶる。頭を撫でられた。不覚にも王の寵愛を賜ったと思ってしまった自分が情けない。土下座のように身体を縮めている態勢にも。
「んくっ、こいつにやらせるより気持ちいい、かも」 上気して言った。
それを聞いてか、小悪魔はわたしの腰を押し上げたかと思うと再び引き寄せる。ピストンのたびにカリ首が軟口蓋をめくりあがらせないかと不安でもあったが、いわゆる喉チンコ撫で回される快楽はささやかながらも未知であり、探求心が勝った。
「幼い喉奥に凌辱される気分はどうだ」 王女は嬌声を交えて言った。 「そんなに美味そうに吸うなばか」 わたしの頭を押さえつける。
ピンクの小さな果実に吸い付き、舐めまわす。もう小悪魔のイマラチオに限界だった、女王騎士より先に達したくはないというちんけなプライドがあった。小悪魔は口を封じられて拷問されているかのように喘ぎ続けた。腰を動かすたびに陰嚢が小さな鼻を打つのが快感だった。叱咤するように肉を叩く音が響く。
女王騎士が短い悲鳴のような声を上げる。それと同時にわたしは小悪魔の幼稚な喉奥で暴虐の限りを尽くした。歓喜からくる唸り声が、股下で鈍く発せられた。陰茎が脈打つたびに内頬で吸い上げていた。食道に直接流し込む射精は、固唾をのむような喉の生理的な動きを感じられた。
腰が抜けたのか、どっと女王騎士が尻もちをついた。主人がどいたので、小悪魔は仰向けになる。
「ま。まあ、前戯はこれくらいでいいだろう……おい、いつまで飲み込んでるんだ」
言われた小悪魔は、いやいやと咥えこんだまま頭を振った。
「うん? 射精してもらってないのか?」
一泊置き、首を縦に振った。女王騎士がわたしを見やる。 「本当?」
わたしから小悪魔の表情は伺えない。ただ、舌がねだるように尿道をねっとりと撫でた。思えばなんだか可哀想なやつだな、という気にならないでもない。 「まあ、もうちょっとだった、かな」
今度は喜びにはしゃぐように激しくのたうたせた。
「ひょっとしてなのだが、なんだか可哀想だなーという気になったか」 懐疑的に女王騎士。
「なった」
その言葉で小悪魔はぎくりと身体を硬直させ、両手を腰から離す。わたしは引き抜こうとしたが、できるだけ時間をかけてという具合に吸い付いてくる。
「それ淫欲の悪魔の力」
「ううむ、恐ろしい」
「っぷぁっ、ふぅ」 と上体を起こして小悪魔。もじもじしてわたしを見上げる。 「あのう、精液を飲んだら、その」
「逝ってたな」 と女王騎士。 「潮まで吹いて、いやらしやつだ」
気が付けば小悪魔の下半身はずぶ濡れだった。わたしが女王騎士に口淫した際の淫液もあるだろうが。
「そうじゃなくて、なんだかえっちな気分というか、力が湧いてくるというか」
「それは後でいいだろう」 女王騎士はわたしに寄り添い、覆いかぶさるように布団の上に押し倒した。跨り、性器を広げて亀頭をあてがう 「隣国の王子が嫉妬するくらいには頼むぞ」 勝ち誇ったように笑って腰を落とした。
亀頭がキツい肉壁を搔き分け、カリ首までみっちりと絞られる。が、三分の一ほど挿入すると身体をわな付かせたまま止まった。 「ちょっと待って、これ痛い」 目じりに涙を貯めていた。
わたしと小悪魔は無意識に視線を合わせ、再びプルプルしている女王騎士を見やる。
「このままの状態で射精できない?」
「いや、うーんどうだろ」 とわたし。
「ちゃんと奥でぴゅっぴゅっしないと赤ちゃんできないんじゃないですか?」 と小悪魔。
「聞いてないんだけど、こんなに痛いって」
はあ、そうなんですか。わたしと小悪魔は曖昧な相槌を打つしかなかった。
「くっ、いま思い返せば昔の宰相はこんな苦痛をわたしに受けさせようとした訳か。もっと痛めつけておけばよかった……段段と腹が立ってきた。こんど魔界に行くことがあったらもう一度死ぬほどの責苦を味あわせてやらねば」
「もう死んでるのにですか?」
宰相は二度死ぬ。007かよ、と心中で突っ込まざるを得なかった。
「あのあの、ぼうっとしてないでご主人さまを助けて欲しいのですけど」
小悪魔がわたしにそっと耳打ちした。ばかを言うな、レイプを逃れるチャンスをむざむざ見逃してたまるか。上体を起こし、女王騎士を押しのけようとしたがしかし、逆に押し倒す格好になってしまった。そればかりか、ベビードール越しに乳房を揉みしだいている。
「ふおっ!? い、いきなりどうした」 と女王騎士。それはわたしの方が聞きたかった。顔をゆっくり近づけると、女王騎士はあわあわした後に祈るように両手を胸で組んだ。顔を真っ赤にして固く目を閉じ、唇を突き出す。
王女と言っても生娘なのだ。わたしは彼女がすこし庶民的に思えた。品の良い……室の調度品よりも品の良い唇にそっと口づけた。
口を離すと、ぷはぁと大きく呼吸する王女騎士。
「きゅ、急にするな。わたしにも心の準備というものがある」
「きみは人の立場になってそれを考えたことがあるのか」
「当然だ、わたしは王女だ。常にわが国の幸せを考えてきた」
「わたしなりの幸せだってある」
「物事には順番がある。まず国、次いでわたし。そういうわけだ」 先ほどまでの怯えた表情とは打って変わって確信に満ちていた。 「次はきこう故、心配はするな」
「だといいが」
もう一度口を重ねる。唇を舌先でなぞると、困惑したように口を開く。なぶるようにすると真似をしてきた。恐る恐ると言った感じで舌先を舐め合う。
「ちょ、ちょっと息が持たん」 息を荒げる女王騎士に、再び深く接吻する。あたる鼻息に理解を示したのか、息を止めるのを止めて悩ましげにツンとした鼻で呼吸し始める。
小悪魔が陰茎を握り、女王騎士の女性器にあてがった。舌は怯えを示すように引っ込んだが、頭に腕をまわして撫でまわすと顔を出した。潤んだ瞳で見上げてくる。わたしは安心させるように目をつむった。おそらく彼女もそれに習うだろう。一気に挿入すると四肢で強く抱きしめられた。苦痛を紛らわせるように舌を絡ませる。震える身体を抱きしめる。すすり泣きが耳に届いた。慰めるように口淫する。涙を拭うように唾液を絡め取る、心なしか甘い。ファンタシィな果実でも齧って来たのかもしれない。
瞳を閉じた暗闇の中で、互いの肉体と、汗と、淫らな呼吸音を加えたそれが全てだった。
どれほどそうしていたかはわからない。ただ、瞼を開けた時、彼女もまたそうしていた。わたしが声を掛けようと口を離そうとすると頭に手をまわされて押し付けられた。それがきっかけでゆったりと腰を動かかす。再び目は閉じた。カリ首が膣壁を削り取りはしないかと心配なほど狭い肉壺を行き来する。
やがて、ぅん。と喘いだ。彼女を見やると、やはり丁度こちらを伺っていた。どうするのかと目で問いかけている。答えなど決まりきっていた、愛撫するような口づけは互いに絶頂するまで続いた。結合部よりも口で性行しているような錯覚に陥った。
「あのあの、ちょっとラブラブしすぎなんじゃないですか。わたし、蚊帳の外すぎやしませんでした?」
「物事には、順番がある。まず国、そしてわたしだ」 と女王騎士。ベビードールの、子宮のある位置がハート型に開いた部分を愛おしそうに撫でて言った。 「おまえはだからええと、上から七番目くらいだな。うむ、たぶん」
「ちょっと羅列してくれませんか」
「空欄だ、なにか火急の人物か団体が入るかもしれないから」
そんなー、としょぼくれる小悪魔は、ちらとわたしを見上げ、腕を掴んで言った。 「出会ったばかりでこんな事言うのも変ですけど、その」
「うん?」
「おまんこに入れてほしいんですけど。おちんちんを」 指をくわえて困ったように眉を垂らす。
わたしはかつてこれほどまでにお淑やかな女性は見たことがないとまで思考してしまった。きょう出会った女性と言えばどいつもこいつも問答無用で反論を許さぬ実行力でレイプしてくるものだから。
しかしわたしはレイパーだ。和姦プレイは断固拒否する。つもりが包帯のようなボンテージを押し上げて、ぷっくりとした小さな胸の蕾を舌で転がしていた。
頭と腰を抱えてそっと布団に寝かせると、陰核と割れ目を隠す程度の紐のような下着をずらす。むにむにとした恥丘を両親指で広げる。線のような局部から蕩けたピンクの肉ヒダが露わになる。亀頭を添えるとぴったりと吸い付いた。耐えきれずに根元まで一気に押し込む。
ひうぅ、と小悪魔はのけ反った。
「え、逝ったのか」 と女王騎士。唖然として言った。 「というかきこうは、いきなりどうした?」
わたしにもわからなかった。ただ、小悪魔に入れてくれと言われると身体が言うことを聞かなかった。動物のように腰を振る。体型的に子宮口などとっくに貫通しているだろうことは明らかだ。じゃあこの亀頭を押し返す感触はという思考はそこで途切れた。
小さな腰を持ち上げるように両手で抱え、親指でふっくらとしたお腹をさする。壊れてしまってもいい消耗品のように小悪魔の膣を、ただただ射精するという目的に使用する。
「な、なあ。こいつのお腹がその、心なしか、きこうの一物の形に隆起しているような気がするのだが」
小悪魔の身体は、わたしの腰を足で固定している以外はまったく力が入っていなかった。両腕はだらりと投げ出され、ちょうど口で一口できる可愛らしい腋が見える。顔は涙と鼻水と涎で酷いことになっている。生まれたての赤子のように喘いでいた。『いい』だとか『もっと』といった知的なものはなく、ただただ原始的な母音などを壊れたスピーカーのように発していた。
そんな身体にも変化はあった。わたしの射精が近づくと、不意に両手を向けてきた。抱っこしてやると背中に短い腕が回された。
ぅあぁ、あぁ、あうー、わぐぅ。色のない瞳で喘ぐ小悪魔に知性的な笑みが妖艶に宿る。同時に子宮内で種子を吐き出す。精液を刷り込むように念入りに亀頭で擦りつけた。
「おい、大丈夫か!?」 女王騎士がつながったまま頭をだらりと落とす小悪魔を支えた。
「らいじょうぶれす、赤ひゃんのお部屋に子種ひるを、強へい着ひょうはれただけれす」 うわぁ、と小悪魔。のけ反ったまま余韻にびくりと痙攣した。 「逝きゅの、が。あぐっ……うあ」
動いていないというのに、膣がしごいているかのようにうねった。錯覚かもしれない。未熟なはずのヒダが陰茎を弄ぶ。命令されたかのような二度目の射精で小悪魔は気を失った。
「そういえば唐突に思い出したのだが」 と、恍惚の表所を浮かべる小悪魔を見下ろし、生気のない暗い瞳で女王騎士。 「きこうは以前、わたしにアナルが弱いだとかなんとか言っていなかったか」
「いやどうなんでしょうね、記憶にございません」
「試してみるか、本当に弱いかどうか。大丈夫、魔術で清潔に保っているから。だから逃げなくていい」
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押し入れから布団を取り出し、二組を重ねるように並べて、覚醒した小悪魔を真ん中に川の字で横になった。これでは満足に寝返りも打てないが、いまさら執事を起こしてもう一組用意させるのは気が引ける。
「しかし妙だな。きこうの意思にかかわらず小悪魔の言いなりなるとは」 と王女騎士。
えへへと小悪魔が笑う。
わたしは言った。 「こんなことは初めてだ、われながら自信を無くすよ」
「ふむん、ひょっとしたら強姦に関して異常なこだわりを見せるきこうが、淫欲の悪魔と何かしらの因果関係にあるのかもしれん。信仰対象と信者の関係のような」
あのあの、とわたしに顔を向けて小悪魔。 「ひょっとして全裸にネクタイで夜の街をホキヨキ踊りで行進するとか。あるいは毎晩生贄や捧げものとか作ってくれてません?」
「ホキヨキ踊りって」
「はあ、後退できない造りの荷台のようなものに乗って、腰の前後運動だけで前進するんですけど。どこの人間が考え付いたのかわかりませんが、魔界から眺めてるこっちが恥ずかしいのでもうしないでくださいね」
「なんでおれがやってる前提なんだよ」
「では生贄は?」 と女王騎士。 「実のところ、わたしたちが次元操作を行えたのは、こいつとおまえの結びつきがあったからなのだ」
「あ、生贄は助かってますのでどんどんお願いします。魔界の労働力になっているので」
「生贄なんて血生臭いことしてないよ」
「そうなんですか、それじゃあいったい誰が定期的におちんぽの魂を捧げてくれてるんですかね」
「うん? 男性器の魂」
「はあ、ムスコとも表現しますし、人間の主観では男の魂の大部分はそこにあるみたいで、それを触媒にすると簡単に持ち主を召喚できるんですよ。ここ最近、というのは悪魔の時間感覚ですけど、溢れんばかりの憎悪とともに魔界に送られてくるようになって、一応罪があるかどうかを調べる訳ですが今のところ全員が強姦未遂に類する罪人なので、そのまま労働させてます」
「もう寝ない? おやすみ」
ええー、怖いお話とかしたかったです。という小悪魔の言葉から逃げるように布団をかぶった。情事の匂いが鼻を突いた。
考えたくない。意図的でないにもかかわらず、小悪魔とわたしが信仰対象と信者の関係になっているなど。しかし、でなければ小悪魔の言いなりになっていた理由は見つからない。
「ご主人さま」 と布団のせいでくぐもった小悪魔の声。えへへと笑って続けた。 「次は八番目の人を幸せにしなきゃですね」
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わたしは日も登らぬうちに、布団で静かな寝息を立てる姫騎士を一瞥した。間にいたはずの小悪魔がいない、日の当たる朝だし、悪魔らしく姿を隠したのかもしれない。用意してあったシャツに着替えて出社した。
ぼうっとしながら満員電車に揺れ、なんとか会社にたどり着いて山ほどの書類に手を付けた。やたら肩がこる。というかずっしりと背が重い。時折耳たぶを甘噛みされたり、むにむにと頬ずりされる幻感覚まである。悪霊に憑りつかれているのかもしらん、次の休みに ――あれば―― お払いにでもいくべきか。
しばらくすると小さな鎖の音と共に奇妙な疲れは落ちたので良しとする。困ったことに仕事の疲れが表面化してしまったが。
やがて始業の時間が近づいてくる。――今日はNo残業デーなので、残業しない分、早く出社して仕事をしなければならなかった。意味ネー、これ考えたやつ最高にアホ。ブラック一休さんかよ――
分煙を盾に頻繁にタバコ休憩に行く上司を呪いながらキーを叩く。なあなあ、昇進とは仕事をしなくてもいいという意味を持つ訳じゃないと思うんだけど。
体内時計が昼食時を伝えた。何も用意してないので、近くのコンビニにでも行ってくるかと席を立とうとすると、後輩の一人がわたしに弁当を差し出してきた。上等な風呂敷に包まっている。
「なに?」 とわたし、まさか後輩が作ってきたのだろうか。気持ちは嬉しいけど、正直ちょっと。
「いや、なんか先輩が弁当忘れて行ったから、渡してくれと言われたんですよ。ちょうど外回りから帰ってきたところで。彼女さんですか? ボーイッシュな美人ですね」
執事か、わざわざご苦労なことだ。
わたしは無言で包みをほどいてふたを開けた。そこには色とりどりのおかずと、隅には昨日の残りの唐揚げがあった。それに何やらファンタシィな見た目で、味はともかく長靴いっぱい食べたくなるような木の実。
後輩に言われて気が付いたが、クールビズの時期にネクタイをしていた。買った覚えのない柄のものだった。
おれ結婚するかも。
後輩が言うには、そう口にしていたらしい。わたしは言った覚えがない。もちろん上司に、不味そうな飯食ってる場合じゃねえだろ、公園で取ってきたドングリかよ、ネクタイなんて巻いてる暇あったのか。と言われたので、ひとまず上司の退社前に自分の仕事を終わらせて、上司のカツラを地面に叩きつけ、日日の恨みと非効率的な生産性を罵倒した覚えもない。
という訳で、仕事を押し付けられる前に会社をでた。公園でブランコに乗ってると、いつの間にか隣で漕ぐ人影があった。
「お仕事を辞められるそうですね」 と執事。
「辞めるつもりはなかったんだけどね、たぶんそうなる」
「急にどうして、上司のカツラを投げ捨てたりしたんですか」
「なんで知ってんだよ。別に、特に理由はないな。ガキの頃からそうするのが夢だったんだ。小学校の卒業文集みたいなのにも、将来の夢の欄にそう書いてたよ」
「おめでとうございます、成就したわけですね。無職と引き換えに」
「やめろ、現実を突きつけるのはやめろ。おれは忙しい、鳩の餌やりに……この時間に鳩はいないんだな」
おれはちびちびと近くのパン屋で買った食パンを摘む。飲み物も買っておくべきだった。
「当主さまが執事を募集していますよ」
「よせよ。何が悲しくていい歳の大人が、こどもから慈悲を受けなきゃならん。生きてはいけるさ。食パンいる?」
「じゃあ全部ください。ま、断るとは思ってましたよ」
執事に袋を丸丸放ってやる。 「なら、何しに来たんだ。おれとお喋りしたいわけでもないだろう」
「本当に全部くれるとは、やっぱり一枚でいいです。あなたとお喋りしに来た、と言ったらどうします。プライベートで」
「おまえが? おれと? 冗談も休み休み言え。最初から一枚だけ欲しいと言えばいいだろ」 袋を受け取る。
「全部と言えばあなたが悔しがると思って。ま、今日はプライベートなので冗談を言ったわけですが」
「おまえ本当に何しに来たんだよ」
「わたしに雇われませんか? 当主さまの執事として」
「うん?」
「あの広い屋敷を手入れするのには、現状では人手不足なのは事実です。三食住み込みで、わたしの給与からあなたの給与を支払います。もちろん、今の会社よりも手取りは少ないです」 そのほうがあなたのプライドを傷つけないで済むでしょうけど、と付け加える。
わたしが黙って食パンをむしゃむしゃしていると、執事は心底いやそうに言った。
「何が不満なのですか。おんなに雇われるのが嫌だというのならそれは、わたしはいいとして当主さまを軽んじている。それは許せない」
「そういう訳じゃない。そういう訳じゃないさ」 わたしは立ち上がり、尻をはたいて汚れを落とした。 「本当に無理になったら世話になる。かも」
「どこへいくのですか」
「会社。おれが抜けた分、他の同僚や後輩が尻拭いしているだろうからさ。あと、ついでに上司がいたら謝ってやってもいいかな。カツラに関してだけだけど」
「本気で戻れるとでも?」
「微塵も思ってないけど、最善を尽くさないのは不義理だ」
おれは紳士だからな、と笑って言った。
結局ダメで、その後彼は執事になった。
(The)レイパーマン 完