――
「――ふざけるなっ!!」
モザイク男が頭を抱えて喚いていた。
「どうして未来が変わる!?」
憤慨していた。
「なんで実の息子に妻を犯されて許せる!?」
理解を拒んでいた。
「そんなのありえないだろ! くだらない良心発揮してないで殺せよ! せっかくこいつから殺されたがってたのにさぁ! こいつを殺す唯一の機会だったのに! なんで許した!? どうかしてる! ――本当に使えないクズどもめ!」
――滑稽だな。
「――滑稽? 滑稽だと!? ――今自分の女がどうなってるか知りもせずにいい気なもんだね!」
あ?
「はっ、何一丁前に怒ってんだよ。この破綻者が。ずいぶんと滑稽じゃないか」
――斬る。
しかし結界のようなものに弾かれた。
「――っ……は! それみろ、お前じゃボクを斬れない。やれるもんならやってみろよ、封印が破壊されたら最後、お前もお前の女も両親も、一族郎党皆殺しにしてやる」
――殺意。
こいつを殺す、それだけに意識が裂かれ。
こいつを殺す、その為だけに頭を働かせる。
「……っ、なんなんだ、お前は! くそ! なんで、お前みたいな奴がこの世界に生まれたんだ。異世界人だからか? それでこうも世界の運命が狂うっていうのか。――馬鹿げてる!」
どうすれば殺せる。
そもそもこいつは殺せるのか。
いいや殺すのだ。
間違いない、こいつは生きていちゃいけない存在だ。
「生きていちゃいけない存在? ――強姦魔のクズがよく言うよ。クズな父親とクズ同士、傷の舐め合いして意気投合できてよかったじゃないか。――反吐が出る」
顔の見えない白い男は、表情が見えずともはっきりとわかるほどに嫌悪感をむき出しにしてオレを睨みつけた。
「お前のせいでボクの計画はめちゃくちゃだ!」
はっ、ざまぁみろ。
「……いつまでそうやって笑っていられるかな。――今頃シャリーアには『龍神』が向かっている、それを聞いてもお前は笑っていられるか?」
……龍神?
「そう! 龍神だ! わるーい龍神が君の家族が暮らす街に向かってる! 何の為だと思う?」
……。
「ふふっ、――お前の家族を皆殺しにする為さ! ふふ、ふはは、あはははははは!」
――。
「――ほら、笑えよ」
――。
「お前はボクと龍神、二人から狙われる世界初の人間だ! おめでとう! 代償は君の命と家族だけだ!」
――死ね。
「ははっ、残念だったね。ここまでせっせと頑張ってきたのに。いくら君でも龍神には勝てない。龍神の施した封印も解けない。ボクを殺すこともできない。君が帰る頃には龍神が君の家族を皆殺しにしているだろう。――ざまぁみろ」
鏡合わせだった。
あるいはこの感情は同族嫌悪なのかもしれない。
――殺す。
関係あるか。こいつは殺す。
「……っ」
精神世界にて可視化された凄まじい殺気にヒトガミは後退り……逃げるように世界が崩壊した。
――
目が覚めた。
ばっと起き上がり、すぐさまシャリーアに向かう準備を纏める。
準備が終わり次第、シャリーアに向かう。
転移魔方陣を使えば一瞬だ。
問題ない。……問題ない。
「――い! おい、ルーデウス! いきなりどうしたんだ!」
「……父さん」
危ない、思考が途切れていた。
はやく戻らなければ。
「おい、なぁ、ルディ。何があった」
「今は説明する時間も惜しいんです。すみません、行かせてください」
「…………俺も連れていけ」
「――」
パウロを連れて行く。
その必要はあるか?
逡巡する。答えはすぐに出た。
――必要ない。
「危険すぎます、父さんはここで母さんを守っていてください」
「守るって、お前……」
「――オレの家族が狙われているんですッ! だから今すぐに帰らなきゃいけないんだ! 邪魔をしないでくれ!」
「……」
ああ、焦るな。
いいや、焦れ。
今、今にも誰かが襲われているかもしれない。
――もし、誰か一人でも傷つけられていたら。
「だがよ、お前の話が本当なら狙われてるのは家族なんだろ? ――なら、俺たちが狙われる可能性もある」
「――! それは……」
可能性は、ある。
ヒトガミが何の為にオレを殺そうとしてるのかはわからないが、嫌がらせに両親を殺そうとする可能性は十分にあるだろう。
両親が殺される。
それは、許せない。
だが、戻らない選択肢はない。
悩んだ。考える。ヒトガミの思惑、狙い、逆にパウロが操られる可能性。諸々を考えて……。
「いえ、やはり危険すぎます。シャリーアにはオレ一人で――」
――ぺしっ。
「……え」
「……あ」
その時、意識外からオレの頬を叩いたのは――ゼニスだった。
止めようと、しているのだろうか。
自主的に動いたことには驚いたが、未だその顔は無表情だ。
意識があるのか?
……呪いが薄まってきている?
雑念が混じった。
いくら母さんだろうと、行かなければいけないんだ。
「母さん……でも、オレは……」
「……」
ぽこぽことオレの頭を叩いてくる。
痛みはない。
しかし、――触れられてもいない胸が痛かった。
「げっ、俺もかよ……」
次にパウロに向かって同じことをして。
ふいに、母さんはオレとパウロの手をとって、重ねさせた。
「……」
「……」
言葉はなくとも、母さんの言いたいことは、想いはわかった。
危険? 何を怖気づいていたんだ、オレは。
――守るんだ。オレの手で、オレのモノすべてを。
そう、覚悟が決まった。
だから、
「……父さん、付いてきてくれますか? オレに、家族を守らせてください」
「ったく、一丁前になりやがって。お前はお前の家族を守れ、そんでお前の背中は――俺が守ってやる」
「っ、ありがとうございます」
「……」
母さんは相変わらず無表情だったが、今は少し、笑っている気がした。
――
魔法都市シャリーアへと辿り着いた。
街は不気味なほどいつも通りで、オレの不安を無性に煽った。
オレはまっすぐに家へと向かう。
人波に家族の姿がいないか探しつつ、見つからない。
急ぎ足になって通りを進む。
そこにはオレが建てた家があった。
家族何十人、みんなが暮らせる大豪邸だ。
エリス。
シルフィ。
リーリャ。
ギレーヌ。
エリナリーゼ。
アイシャ。
ノルン。
アルス。
クリス。
オレは躊躇わずに扉を潜った。
「――あ、お兄ちゃん! おかえりなさい!」
「…………アイシャ」
「うん? どうかしたの? オバケでも見たような顔してるけど」
「他のみんなは?」
「エリス姉とギレーヌさんはアルスくんに剣の稽古をつけに行ってて、シルフィ姉はアリエル様の護衛に、お母さんは晩御飯の買い出しに、エリナリーゼさんとノルン姉は二階でクリスちゃんの面倒見てる。――みんな無事だよ? だから安心して、お兄ちゃん!」
「――はぁ………ありがとう、アイシャ」
「むふふ、それほどでもあるかな~」
アイシャはオレの焦り様を見て何かを察してくれたのだろう。
詳細に家族の居場所を教えてくれた。
どうやら、龍神はここに来ていないらしい。
安堵とともに緊張がゆるみ、大きく息を吐いた。
……ヒトガミの戯言だった?
だが、あの怒りようが虚偽だったとは思えない。
なら、どうして……。
「それより、お兄ちゃんの方はどうだったの? ……お父さんとゼニスお母さんは、いないの?」
「――そんな不安そうな顔をするな。二人ともちゃんと助けてきたさ、ただ……」
不安そうな顔で両親の安否を問うアイシャの頭を一撫でして、母さんの容態を説明しようとしたところで。
後ろの扉が開いた。
「――ぜぇ、はぁ……おいっ、ルディ、お前、はやすぎるだろ……」
「お父さん!」
「おっ、ああ、アイシャか! ――大きくなったな!」
アイシャがパウロに愛嬌よく抱き着いて、それを一回転してパウロは受け止めた。
そうして、もう一人扉の陰にいることにアイシャは気づく。
「ゼニス母さん……?」
「………」
「お兄ちゃん?」
「……ああ、それも今から説明する。全員集めてくれるか、アイシャ」
「うん、わかった」
アイシャは真面な顔をして頷いた。
夜、集まった皆に結果を報告した。
ゼニスのことも。
急いで帰ってきた理由も。
ロキシーを嫁にすることも。すべて。
反応は様々だった。
龍神に対して敵対心をむき出しにするエリスとギレーヌに。
ロキシーを気にかけるシルフィ。
ゼニスを気にかけるエリナリーゼとリーリャ。
父に甘えるノルンとアイシャ。
祖父となったパウロに委縮した様子のアルスに、逆にまだ赤子のクリスを可愛がるパウロ。
まだ何があるかわからない状況ではあったが、部屋には平穏な空気が流れていた。
不穏な平穏だった。
しかしあるいはこのまま何事もない可能性もある。
ヒトガミのはったりの可能性は大いにある。
だが、オレは確信していた。
――このままでは終わらない。
オレは緩んだ緊張を結び直し、この日から『龍神』への対策をはじめた。
――
夜。目が覚めた。
「――来る」
予見した埒外の存在の来訪を。
シャリーア郊外にある荒野にてその小さな身に遥かに強大なオーラを纏う人ならざる者を捉えた。
「お前は、ルーデウス・グレイラットだな。――この異常の特異点」
「……そっちは『龍神』で間違いないな。……念のため聞くが、何をしに来た」
「確認の為だ。――
「ああ――、ッッッ!!!」
「死ね」
無手の『龍神』の手刀が襲い掛かった。
――疾い。だが、対処できない程じゃない。
それを反射的に剣で弾き、距離を取る。
「頑丈な剣だ。魔剣か?」
「……長年連れ添った相棒だ。そう易々と壊されてたまるか」
オレの持つ剣は十歳の誕生日にエリスにプレゼントされた特注の刀の成れの果てだ。
元の銘はたしか『
だが、永い間オレの魔力を吸い続けたこいつはもはやただの刀ではない。
魔剣『色喰い』。それがオレがこいつに新たに与えた名だ。
闘気だろうが魔術だろうが、魔力でできているものなら食い破るように切り裂くことが出来る。
「凄まじい闘気だな。龍聖闘気にも引けを取らん。それはヒトガミに与えられた力か?」
「知らないな、あんな奴に与えられた力なんて死んでも使うものか」
「……む」
オレがそういうと、一瞬、龍神は顔を顰めた。
話し合いの余地はあるか。
殺せるならそれが一番だが、これは……。
――勝てない。
背後にヒュドラとは比べ物にならない龍が見える。
幻影か幻覚か、やつの殺気や力がオーラとなって見えてくる。
――化け物め。
今は互いに様子をみているが、こいつが本気を出したら――死ぬ。
「何か勘違いしているみたいだが、オレはヒトガミの手下じゃない」
「……」
「むしろオレはあいつを殺したい。だから、もしお前にその気があるならまずは話を――、またかッ!」
「必要ない」
問答無用。
龍神の身体が迫り、その手刀と鍔迫り合う。
――だが、やつには手が二本ある。
「終わりだ………ほう、無詠唱か」
「――ッ」
迫りくるもう一方の手刀を、無詠唱の風魔法で弾いた。
全力も全力。
チャージなしで打てる限界まで魔力を込めてはなった。
だが――。
――傷一つない。
チャージなしの魔法では話にならないか。
龍神の腹を蹴飛ばし、その反発力で距離を取ろうとする。
「逃がさん」
「このッ」
だが、距離は取らせてもらえず、追随する龍神の手刀が襲い来る。
弾く、弾く、弾く、斬る。
弾き、弾き、弾き、弾く。
「クソッ」
防戦一方――。
「防戦一方か、お前の力はその程度か?」
「ッ――『流』」
「――水神流か。ふむ、これは……レイダ以上だな、だが……」
分かっていたことだが、こいつにはそれも通用しなかった。
これでは『朧』や『剝奪剣界』を使ったところで結果は変わらないだろう。
完全に、技が見切られている。
「ぐはッ」
「――死ね」
オレの鳩尾を龍神の抜き手が穿ち、オレは血を吐き散らしながら後方に吹き飛んだ。
「ぐふッ……はぁぁ……」
「無詠唱の治癒魔術……芸達者だな」
「ぐあぁぁぁぁあッ!」
だが、回復する隙など与えられず、近寄ってきた龍神に肺を踏み潰される。
足をどけようにもびくともしない。
「吐け、ヒトガミに何を言われた」
「……ッ、なにも――がぁあああああ!」
「言え」
「かッ、あッ……ッ、家族を、殺すと……」
「ふん、それで俺を殺せとでも言われたか」
「……ッ」
「もういい、死んでヒトガミに伝えろ。――龍神オルステッドは、決してお前を生かしてはおかん、とな」
「――ッ!」
――死ぬ。
本当に。
嘘偽りなく、死が目の前にあった。
そのとき、思考が消え、リスクを捨てた。
――それは防衛本能だった。
「むっ」
パァン、とオレの身体が弾けた。
魔力暴走、いや、意図的な魔力の暴発だ。
身体中の魔力回路が千切れ、五体こそ満足だが、満身創痍。
だがそれでも、龍神の足元から抜け出した。
「なぜ抗う」
「……死にたくないんだよ」
「何の為だ」
「……家族が、いるんだ」
「そうか」
「お前……オレの家族を殺す気なのか?」
「……ヒトガミにそう唆されたか? 俺はお前の家族など知らん」
「…………そうか、なら……」
「――だが、お前は危険だ」
家族を殺す気はない。
それを聞いて、なら命乞いでもしようかと考えた矢先、龍神オルステッドは言った。
「お前を起点として、ありとあらゆる歴史が変わった」
歴史が変わった。
ヒトガミも確かそんなことを言っていたな。
そんなのは、オレの知ったことじゃない。
「お前は異常だ。転移事件からすぐに頭角を現し、ルイジェルド・スペルディアを従え、アリエル・アネモイ・アスラを誑かし、好き勝手に種をばらまいた。――ナナホシにも手を出した。そうだな」
「………」
ナナホシ。ナナホシか。
あいつがオルステッドを呼んだ?
だが、そんなそぶりは一度もなかった。
たしかに契約の上であいつをオレのモノにしたが、あいつもそれを本心では嫌がっていなかったはずだ。
あいつは、日本での思い出や記憶を求めていたし、温もりにも飢えていた。
そうそうにオレを陥れることは考えられない。
そう説明してみるか?
お父さん、娘さんを僕にくださいってか。
信じないだろうな。
オレでも信じない。
でも、ま、言うだけ言っとくか。
「………ナナホシとは、ちゃんと結婚するつもりだ。ちゃんと、責任を取るって、決めたんだ、少し前に……」
「………」
責任。そう、オレには責任がある。
オレのモノを守る責任が。
オレのモノを幸せにする責任が。
オレのモノをこれからも愛でつづける責任が。
死ぬわけには、いかねぇんだよ。
「……お前が死ねば、お前の女は俺を恨み殺しに来るだろう。そうなれば、俺もそいつらを殺さざるを得ないだろうな」
「――――あ?」
今、なんつった。
おい。
――殺すと言ったのだろうか。
オレの女を、女たちを。
あの子らを。彼女らを。オレの家族を。
――ドス黒い感情が溢れた。
「むっ、――神刀」
――殺される。
エリスが死ぬ。
シルフィが死ぬ。
ロキシーが死ぬ。
リーリャが死ぬ。
ギレーヌが死ぬ。
エリナリーゼが死ぬ。
アイシャが死ぬ。
ノルンが死ぬ。
アルスが死ぬ。
クリスが死ぬ。
ザノバが死ぬ。
ナナホシが死ぬ。
オレのモノが、オレの手から失われる。
消えてなくなって、二度と手に入らなくなる。
それは、耐えられない。
たとえ死んでも、耐えられない。
オレ以外の誰かに奪われて、殺されて、嬲られて。
そうなるくらいなら、いっそ――この手で。
胸の奥、心よりもさらに奥、魂の位置する場所にドス黒い魔力が溢れていた。
それを成形し、形作り、体を成す。
目の前でオルステッドが手から刀を抜いていたな。
――そうか、こうすればいいのか。
天賦の才が、天才の直感が、禍つ存在の顕現を成す。
「――黒槍」
それは一本の槍だった。
無骨で、なんの特徴もない槍。
だが、それに秘められる力は、――龍神のもつ神刀に匹敵していた。
魔法とは万能だ。
願えばなんでもできる。
魔術の神に愛されし少年は、今、この瞬間に、オルステッドを殺し得る魔術を編み出した。
己の魂を触媒として、武器を生み出す魔術。
多くの欠陥のある魔術だった。
だが、このときばかりは関係がなかった。
手から引き抜かれた一本の槍、それはこの世のありとあらゆる醜穢で塗り固められたようなドス黒い色をしていた。
「――殺す」
「――!」
ヒトガミは殺せない。龍神も倒せない。
なら、もういい。
こんな世界は要らない。
オレのモノがオレ以外の奴に脅かされ、犯され、穢されるというのなら、その前に、オレの手で――。
オレが黒槍を振るい。
オルステッドが神刀を振るった。
刹那、世界の器を越えた二つの力が
光と闇、相容れぬ力の奔流に挟まれた時空間が消滅し、生まれた時の狭間が世界を飲み込まんとして――。
「…………ルディ……?」
「――ッ」
聞こえたその声に、衝突したエネルギーを上へと逸らし、打ち上げてから、その身をひるがえした。――その声の方へ。
そうして、声の主を背に庇った。
次の瞬間、遥か上空にて大爆発が起こった。
その余波は天を穿ち、大気層に穴をあけ、ぽっかりと空いた穴から宙が覗き込んでいた。
――
「…………」
身体中が痛かった。
節々が悲鳴を上げ、まるで自分の身体じゃないみたいだった。
黒槍はすでに失われていて、辺りを見渡してもどこにもなかった。
衝撃が収まったころ、オレは腕の中の存在に声を掛けた。
「なんで来たんだ……――母さん」
「…………夢を、見たの」
喋っている。
オレの目を見て、オレの腕の中で、母さんが話している。
どうして。
何が起こったのかわからなかった。
ここに来たことでさえ驚きだったのに。
治った、のか?
……ヒトガミが言ったことは間違ってなかった?
だとしたら、母さんは……。
それに、夢ってなんだ。
「……あなたが、怖い顔をして、周りが真っ暗になって……そしたら、ぱっと目が覚めたの。それで、とにかく行かなきゃって……」
神子の力、だろうか。
オレが怖い顔をして、真っ暗になる。
直感的に意味が分かった。
――きっと、オレは死んでいたのだろう。
さっきのあの瞬間、オレの存在すべてをやつにぶつけて消滅していた。
つまり母さんが見たのは、未来。未來視の力だ。
それが、母さんが来たことによって変わった。
「――無事か、ルディ!?」
「……父さん」
パウロまで来た。
終わりだ。
もう、どうしようもない。
オレには抗う力が残ってない。
「ボロボロじゃねぇか! ッ、あいつにやられたんだな」
「……父さん、逃げてください……」
「馬鹿野郎! この状況で逃げられるわけないだろうが! 下がってろ、ルディ――ッ!」
「………」
――殺気。
巨大なクレーターのできた爆発地点から、人影が昇ってきていた。
その服は焼き焦げ、上半身を露わにし、全身に火傷や裂傷を負うオルステッドがそこにいた。
身体から熱を逃がすように上気がほとばしってた。
――その眼光は鋭く。
あまりに凄まじい殺気にパウロはその場で立ちすくんで動けなくなった。
そのまま平然と近づき、やつはオレの前で刀を振り上げた。
「ルーデウス・グレイラット。お前は危険だ」
「……」
「数多の運命を捻じ曲げ、俺を殺し得る力まで手に入れた。生かしてはおけん。そこをどけ――ゼニス・グレイラット」
「――いいえ、どきません」
誰もが動けぬ中、母はただ一人、やつの前に立ち塞がっていた。
無謀だ。
はやく逃げろと言いたい。
だが、声が出ない。
「子をおいて逃げる母親はいません」
「………」
にらみ合いが続いた。
一分か、十分か、あるいはそれ以上か。
時間間隔がおかしくなり、ずいぶんと長い時間に感じる。
だがそれでも、オルステッドが刀を振り落とすことはなかった。
……殺さない。
いや……殺せない、のか。
何故。
母さんを殺すことを躊躇っている。
……あの容赦のないオルステッドが、迷っている。
オレはその事実に震え……オルステッドに言葉を投げかけた。
「オルステッド……お前に、母親はいるのか?」
「――殺された。ヒトガミに」
「そう、か」
その言葉に、籠る想いに。
オレはどこか、納得した。
オルステッドを少し理解した。
こいつは、話の通じない男じゃない。
それがわかった。
だから、
「……オレの負けだ。……オレはお前の軍門に下る、だから、たのむ――オレの命を、家族の命を見逃してほしい」
その場で、媚びもへったくれもなく土下座した。
地面に頭をつけて、命乞いをした。
「……信用できん」
「ッ……俺からも頼むッ! この通りだ!」
次に、パウロが頭を下げた。
「私からも、お願いします」
……父さん、母さん。
「むぅ………」
オルステッドは唸っていた。
効いている。しかしよい答えは得られない。
何か、それができない理由があるんだろうか。
「……オレにできることならなんでもする。何か必要なものがあればオレが手に入れてみせる。何か、求めているものはないのか」
「…………――魔力」
オレが問うと、オルステッドは答えた。
「俺には魔力を回復する手段がない」
あえて弱点を晒すようにオルステッドは言った。
「お前との闘いで蓄えていた魔力の大部分を失った。………お前にそれをどうにかする術はあるか?」
そう問われて、答えはすぐに見つかった。
「――ウチには、魔力を生みだし貯蔵できる神子がいる。時間さえあればいくらでもお前に魔力を融通できる。……その魔力生成は、オレがいなければできない」
「………………そうか」
そう言うとオルステッドは暫く考え込んで。
「少し、考える」
そう言った。
――考えると、そう言った。
そしてゆっくり、こちらに背を向けて歩き出し………その背中が、見えなくなった。
――ぐっと、体から力が抜けた。
「だ、だいじょうぶ!? ルディ!」
「母さんの方こそ………呪いは……」
ゼニスに壊れた体を治癒魔術で治療されながら問う。
膝枕され、視界にはでかいおっぱいしか見えない。
「……わからないの。ずっと、夢を見ていて……あなたとパウロが助けに来てくれたことも、喧嘩してたことも、私を仲間外れにしてお酒を飲んでいたことも、ずっと見ていたわ」
「……ごめんなさい」
「もう、何を謝ってるの? っていうのは、白々しいわよね……ええ、あなたのしたことも覚えてるわ」
「………」
もしや今度こそ死ぬだろうか。
今なら母さんでも簡単にオレを殺せるだろう。
……でも、母さんはそんなことをしないだろうなという直感、いいや、信頼があった。
「ちょっと思うところはあるけど――許します!」
「……いいんですか」
「まぁ、私も少し気持ちがよかったし……」
そうごにょごにょと何事かを呟いた。
「おい!?」
「やーね、貴方。冗談よ、冗談。――ほら、こっちに来て」
「お? おう」
ゼニスがパウロを手招きして。
近づいてきたパウロを片腕で寄せて抱きしめて、もう片方の手でオレの頭を撫でた。
「――二人が無事でよかったわ。そして、ありがとう、私を助けてくれて。――大好きよ」
そう、言った。
「……オレも大好きですよ」
「もちろん俺もな」
「ふふ」
「くくっ」
「はは」
親子で大好きだなんて言い合って、なんて恥ずかしい家族なのだろう。
思わず笑ってしまった。
それは両親も同じで。
みんなで笑って、みんなで泣いた。
今まで笑えなかった分、泣けなかった分を、取り戻すように。
もう離さないとばかりに抱きしめあって、泣き続けた。
そうして涙が枯れたころ、地平線から日が昇り、辺りを照らした。