――
「ロキシーちゃんはどうした」
「置いてきました」
「……なんで」
「今は足腰が立たないでしょうし、連れて行っても邪魔になるだけです」
「ッ、どの口が言ってんだテメェ!」
若干窶れた様子のパウロは余裕のない顔で唾を飛ばすように怒鳴った。
それに対してすました顔をするルーデウス。
余計に腹が立ち、転移迷宮の入り口である洞窟の壁を蹴飛ばした。
再会するや否や挨拶もなく、あいつが初めに口にしたのはロキシーちゃんの居場所だった。一瞬顔をしかめたが、今はロキシーちゃんの安否を優先し、努めて冷静に状況を説明した。
――そしたらあいつは静止の声も聞かずに一人で迷宮に入っていきやがった。
結果としてロキシーちゃんは無事だったが、転移罠がそこら中に仕掛けられている迷宮に一人で挑むなんて馬鹿でもやらない自殺行為だ。
どういうつもりか問い詰めれば、『オレは死なないので問題ありません』だなんてふざけたことをすました顔で言いやがる。
――そんなことはとっくに分かっている。
ルーデウスが、俺の息子が『天才』であることなんて生まれてすぐに分かっていた。
父親としていい顔をしようと剣術をほんの少し教えてみれば、あっという間にものにしてみせた。それならと別の流派、別の剣術を教えてみればそれも簡単にこなしてみせた。
あいつには剣士として天賦の才がある。
だが、神は二物をなんとやらだ。
あいつには魔術の才能もあった。
俺もゼニスも息子の才能を喜び、剣術と魔術、他にも教えられる限りのことを教えた。ロキシーちゃんを迎えたのもその頃だろう。
だが、そんな息子にも欠点があった。
――途轍もない女癖の悪さだ。
あるいは独占欲の塊と言ってもいい。ロールズの娘に始まり、ロキシーちゃんに、リーリャにまで手を出していたことを知ったときは流石の俺も愕然とした。
まさかゼニスも、そう疑い、まさかなと雑念を振り払った。
流石にまずいと思いルーデウスをボレアス家の家庭教師に送ったところで、ゼニスとリーリャの妊娠が発覚した。
俺は悦び、しかし待てと思いとどまった。
果たしてリーリャのお腹の中にいる子供の親は俺なのか、それともまさか……そんな不安が拭えなかった。
しかし思い直せば、あいつの女癖の悪さは俺から遺伝したのだろう。
あいつは昔の俺に瓜二つで、分身のようなものだ。
そう思えば、不思議と生まれてくる子供に嫌悪感は湧かなかった。
変な話ではあるが、俺もアスラ貴族の血を引いているということだろう。
同じ女を共有しても嫌悪感が湧かないなんて。
そうして考え直し、暫く平穏な日々を過ごしていた頃、――転移事件は起こった。
残ったノルンを育て、散らばった家族を探して、探して、探して。
だけど見つからなかった。
そんなときだ、あいつと再会したのは。
あいつは前とは比べ物にならないほど成長していた。
剣士としても、男としても。
子供を拵えたなんてふざけて笑ってやがった。
ぶん殴ってやった。
殴った手が痛かった。あいつは凄まじい闘気で体を覆っていて、俺の拳なんかじゃ屁でもなかった。
だから、手ではなく言葉で怒りをぶつけた。
あいつは反論もせず俺の言葉を聞いて、『はい』とだけ言って出て行った。
そのときはあいつが消えてせいせいした。
だが、あとになって後悔して、結局ヴェラに仲立ちを頼んだ。
我ながら情けない話だ。ひでぇこと言ったのを謝ろうと思った。
だけど、帰ってきたヴェラは完全にあいつの虜になっていた。
結果として協力関係こそ結んだが、家族の仲は元に戻らなかった。
俺は間違っただろうか。
間違ったんだろうな。
親として男として、半端な真似をした。
その後、いろいろあってギースがゼニスを見たという情報を得た迷宮都市にやってきて転移迷宮の攻略を始めた。
そうして俺が迷宮攻略に躍起になっているころ、聞こえてくるのはルーデウスがリーリャやアイシャを見つけたということや、母親のことなど気にも留めずに自分の女を囲って遠い街で平和に暮らしているという話だ。
少しの間憎しみすら抱いて、しかしすぐに収まった。
息子が家族を救い、安全なところで幸せに過ごしている。
そこに何の悪があるだろうか。
リーリャはルーデウスに取られているだろう、アイシャもあいつの方がきっと好きだろう。
だが、そんなことは褒めることであって憎むことではない、ましてや嫉妬することでもない。
ならば俺は俺のやるべきことを、ゼニスを助けるんだと奮起した。
――だが、俺には不可能だった。
転移迷宮の最奥に居座っている奴は俺じゃあ、俺たちだけじゃあ倒せない。
ゼニスを助けられない。
だから、恥を忍んであいつに協力を頼み込んだ。
するとあいつは思ったより遥かにはやく到着して、来て早々にロキシーちゃんを助けてみせた。
――そんなルーデウスの傍若無人っぷりに無力感を覚えなかったと言えば嘘になるが、それ以上に頼りになると、そう思ったんだ。
今は上手く話し合えない。だが、ゼニスを母さんさえ助ければ、俺たちはまた元の仲良し家族になれる。そう信じてゼニスを救うことを最優先に目的を据え付けた。
――
パウロとの仲は悪いままだ。
「父さんも危険だからノルンをウチに寄越したんでしょう? オレだってロキシーは大切です。危険な真似はさせたくありません」
「っ、ああ言えばこう言いやがって、減らず口は治ってないみたいだな」
「そっちこそあまりお変わりないようで」
「なんだと!?」
「やめんか!! こんなところで親子喧嘩などするでない!」
「「チッ」」
「ったく、仲いいんだか悪いんだか分からん奴らじゃな。ほれ、いくぞ、もう道は分かってる」
挑むのはオレ、パウロ、タルハンドの三人だけだ。
「チッ、ギースの野郎、突然やることができただの抜かしてどっか行きやがって」
「地図はあるし最奥への手順も割れている。奴はやることはやっていった、あまり攻めてやるでない」
「くそっ、おい、勝算はあるのか?」
「勝算? 何を言ってるんですか父さん。怖気づいたんですか?」
「あ゛ぁ!?」
「この先に何がいようと、オレが母さんを助けます」
「ッ、……母親を助ける気はあるんだな」
「当然です。母さんは………オレの母さんだ。何があろうと助けます」
「はっ、そうかよ」
「………」
パウロはそう吐き捨ててずかずかと奥へと進んでいった。
「悪く思うなよ、パウロの息子。あやつはあれでゼニスの救出に全霊を尽くしておるんじゃ、これまでも何度も危ない橋を渡ってだな……」
「……だとしても、未だに母さんを助けられていないのなら意味がありません。母さんの救出に手を貸してくれることには感謝しますが、足手纏いになるようなら貴方も置いていきますよ」
「はっはっは、言うじゃねぇか。威勢がいいな小僧。安心せい、ちと老いたがわしはまだ現役じゃ」
「………」
やりにくい。老獪という奴か。まるでこちらが手玉に取られているように感じる。
「頼りにしてるぞ? 〝七曜の魔剣士"殿」
「……その呼び名はやめてください」
本当にやりにくい。
――
「パウロッ!」
「――っ!!?」
最奥にいた
前世で言うところのヒュドラだろうか。
特徴的なエメラルドグリーンの鱗が不気味に光り輝いている。
そしてそんなトカゲの後ろには、巨大な結晶に磔にされるように縛り付けられた――ゼニスがいた。
直後、パウロが一足先に飛びだし、それを迎え撃つようにヒュドラの首のうち一本がパウロへと向かう。
――死ぬ。
そんな未来を予見したオレはパウロと同時に飛び出し、ヒュドラの首を切り落とした。
「くそっ、そこをどけ! トカゲ野郎ッ!」
「落ち着け、あんたじゃ無理だ!」
「うるせぇ!」
「おぬしら、ここまで来て口論を続ける気かっ!」
タルハンドの叱責も入りつつ、しかし油断なく迫り来たヒュドラの首を――パウロはプリンでも切るかのように容易く切り裂いて見せた。
それはパウロの技量、というよりはもっと別の力。
推測するに――魔剣か。
何でもいい、ヒュドラの首を斬れるなら役に立たないことはない。
「オレが五本斬る! 残り二本いけるかッ!」
「誰に口をきいてやがる! 余裕だッ!」
「くっ、がはは! 仲がいいのう、おぬしら!」
「「良くないッ!」」
「そういうとこじゃぞ」
どうでもいい。
首を斬る。
すると、魔力が通りにくいことがわかる。
――魔術がダメなら剣で、剣で斬れぬなら魔法で。
どちらでもダメなら両方で――。
それでこの世のありとあらゆるものは打倒できる。
殺せ、殺せ、ただの木偶の棒であるトカゲ擬きを死に至らしめろ。
「これで――!」
「終わりだぁああ!」
オレが有言通り五本を切り落とし、パウロの一太刀が最後の首を切り落とした。
瞬間、トカゲの動きが停止し、訪れた空気の静けさが戦いの終わりを暗示した。
「ゼニスッ!」
「……ッ――パウロッ!」
刹那、首を失ったヒュドラが動き出し、その巨体で横を通り過ぎようとしたパウロを叩き潰さんとした。
だから、――斬った。
その巨体を丸ごと、世界さえも切り裂くように粉微塵に切り裂いた。
「はぁぁっ………」
どっと身体から大量の魔力が失われ、その場に膝をつく。
オレが行ったのは――時間の停止だ。
厳密には一定の範囲内の時空間の停止。
馬鹿みたいに魔力を食うから使いたくなかったが仕方がない。
「なんと………すさまじいのう、こりゃ」
「すまん、助かった………ルーデウス」
名前を呼ばれた。
そういえば、こっちに来てから呼ばれてなかったな。
「………ぁ」
あ、なんだ、声が出ない。
「っ、………ぶじで、よかった…な」
「…………ああ」
なんだこれ、違う、こんなのは、オレらしくない。
「………っ」
――何泣いてやがる。
感動か? 安堵か? いいや違う。
「…――すまん、ルーデウス、俺が悪かった」
「っ」
パウロが頭を下げた。あの、パウロが。
そのまま、訳も分からず涙を流すオレをパウロが抱きしめた。
男に抱きしめられて嬉しい人間なんていない。
突き放してやろうと思った、けど、できない。
てことは………嬉しいのか、オレは。
――
「ありがとな、ルーデウス」
何度も名前を呼ぶな、鬱陶しい。
そんなわかったような顔をするな、うざったらしい。
なんでお前まで泣いてやがる。
ああ、しかし………そういえばあの時のこと、謝ってなかったな。
「オレも、すみませんでした」
自然と、謝罪の言葉は出た。
それと同時にどこか胸がすっきりした。
「……おう。――っし、さぁて、母さんを助けに行こうぜ、
「…――はい」
オレらしくない。
まったくオレらしくない。
なら、オレとはなんだ。
母さんやロキシーには子供のふりをして近づいて、シルフィやエリスには大人として接してきた。
――誰一人として対等な存在はいなかった。
当然だ、オレは見た目より大人で、年齢より幼かったのだから。
そんな中で、パウロという存在は、ある種〝特別"だった。父親でもあり悪友でもあり――初めて尊敬した人物でもある。
その背中を越えたいと思って剣の腕も女を落とす手管も磨いた。パウロは、オレの一つの目標地点だったのだ。
だから、ミリシオンで再会した時のその情けない姿に失望した。
やはり、オレと対等な存在なんていないのだと思った。
――しかし今、名前を呼ばれてわかった。
オレは対等だのなんだのといった目に見えないわけのわからないものを求めていたんじゃない。
オレはただ、自分の父親が凄い存在であると思いたかっただけなのだ。
ガキみてぇな、いいや、本当にただのガキの刷り込みだ。
だが、パウロは別に特別な存在ではない。
この世界では才能のある方ではあると言えるが、剣の腕も女を囲う甲斐性も今はオレの方が上と言える。
しかし不思議と見下すような思いは湧いてこない。
パウロは父親であるが、他人であり、家族である。
その当たり前の事実を今ようやく認められた気がした。
それがなぜかはまだ分からないが――今はいい。
とにかく母さんを助けようと、そう思い結晶へ近づいた。
結晶は砕け、ようやくオレと父の手に母さんは戻ってきた。
「ゼニス……っ」
「……母さん」
――だが、帰ってきた母さんは、元の母さんとは言えなかった。
「………………――ぁ」
虚ろな目で、言葉にならないうめき声をあげる
――
パウロはゼニスを寝かせている部屋に引き籠った。
ゼニスの症状に絶望しているのだろう。しかし、離れることもできない。
長い救出劇の先がこの有様ではさもありなん。
オレだって動揺はしている。
しかし、パウロほどではない。
パウロがオレ以上に生気を失っているからだろう。
オレの心に浮かぶのは悲しみではなく、――怒りだった。
世界の理不尽と、オレ自身への無力さに。
神級治癒魔術があれば治るかもしれない。
なら、――ミリシオンを滅ぼしてでも手に入れよう。
それがダメなら伝説のペルギウスでも拷問して治療法を聞き出そうか。
ナナホシならあるいは何か知っているか。
クリフ・グリモルとかいう自称天才なら?
今はそんな藁にもすがる思いだった。
考えろ。考えろ。
考えろ。考えろ。
考えろ。考えろ。
考えて、考えて、いつの間にか、オレは眠りに就いていた。
――
『やぁ』
………………。
『こんにちは』
………………。
『おーい』
……誰だ。
『やっと返事してくれた。やぁ、初めましてだね、ルーデウス君』
誰だって聞いてる。
『まあまあ、そう焦ることはないよ、ここでは時間が経過しないからね、って待て待て、斬ろうとしない』
……次に無駄口を叩いたら斬る。
『せっかちだなぁ……あーはいはい、ボクは〝ヒトガミ"だ、よろしくね』
そうか。ここから出せ。
『だぁから少しは待ちなよ、こう見えてボクは神様なんだぜ』
神はいないし、いるとすれば疫病神だ。
『ふーん、いい線いってるね、それも間違いじゃないかな。でも、ボクはちゃんとした善い神だし、この世界の唯一神だ、信じてくれてもいいだろ?』
本当に唯一神ならオレが信じるまでもなく、洗脳でもなんでもできるだろ。
『……。そりゃ君が異世界人だからさ。って、今のボクに洗脳する力なんてないけどね。わるーい龍神に封印されてこの様さ』
龍神、七大列強の二位か。
『そうそう、バカみたいに強いの。ほんと野蛮だよね。ボクとは大違いだ』
ああそう。で、どうやったら出れるんだ。言わないならお前を斬ってから考える。
『君も物騒だな。いいよ、なら本題に入ろう』
ヒトガミと名乗った自称神はニヤリと笑って告げた。
『――君のお母さんを治せる方法が一つだけあると言ったら、どうする?』
そう言った直後、のっぺらぼうのようだった目の前の男の胡散臭い笑みが不気味なほど弧を描いた。
――