英雄戦姫GOLD ボクが考えたブリタニア漂着ルート 修正版 作:シベリア!
チハヤがブリタニアに漂着してから5ヶ月が過ぎた。
名前はチハヤ……彼が覚えているのは、それだけだった。
漂着する前はどこに住んでおり、何を仕事にしていたのか、家族はいるのか、
そういった事を思い出すことは、これまでのところ無い。
ブリストルに住む何人かの医者による診察を受けたが、記憶を取り戻すきっかけにはならなかった。
チハヤは今、ランスロット達の紹介によって、小さな大衆向け酒場兼宿屋で働いていた。
時々、宿にしている二階からギシギシ、あんあんと激しく前後する音が聞こえてくるのが難点だが、労働条件も周辺の治安も悪くない。
ボールス曰く、チハヤの料理力(りょうりちから)はブリタニア人の中では抜きんでている。
チハヤは普通の事を普通にこなしているだけだと思っているのだが、ブリタニアではそれができるのは1000人に1人の逸材だけなのだ。
……その言葉が単なる社交辞令でない事は、ブリタニアでの生活で何度も何度も痛感した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も痛感した。
ランスロット達と出会った日に、用意してくれた食べ物のあまりの酷さに対して、もしや嫌がらせかと考えたのは、今では恥ずべき記憶になっている。
あれは嫌がらせではなかった、あれで比較的マシな部類だったのだ。
ブリタニアの人々は……なんと言うか、基本的に味に対する執着が薄いのだ。
チハヤが調理場に立つ日は、店は繁盛している。
そして時折、ランスロット達3人と、ブリタニア海軍士官のジェームズ・クックがチハヤの料理を食べに来店してきた。
「き~てるですかぁ~、ちひゃ~……も~やってらんね~ですぅ~~……」
その日、クックがウィスキー入りのジョッキをダンダンと机に叩きつけながら、次の酒を催促していた。
今宵もいつも通り、悪い酔い方をしているのが見てとれた。
役職上はかなり偉い人で、ただの一般人であるチハヤからすれば雲の上にいるべき人。
だけどここにいる間は、ただの残念な酔っ払いである場合が圧倒的に多い。
「ちひゃーじゃなくて、俺はチハヤね、クックさん」
「うりゅひぇ~でしゅ~……こみゃけぇ~ことは気にしゅんなですぅ~」
クックは既に、呂律が回らない程に酔っていた。
そろそろ飲酒のペースを落とさせないと年頃の女性として非常に致命的なことになったり、場合によっては文字通り意味で致命的なことになりそうだ。
とはいえ、おかわりを拒絶すると非常に機嫌が悪くなるので、あらかじめ用意しておいた白ワインを炭酸水と混ぜて、アルコール度数が低いカクテルを手早く完成させる。
客商売をする上で忌避したいトラブルを起こす酔いどれに対し、こうやって適当なタイミングでアルコール度数の低い酒に切り替えるのも、チハヤ流の営業テクだ。
状況によってがノンアルコールに切り替えるために、フルーツ果汁も何種類か用意してある。
「ほら、これでいいかな? ウィスキーはそろそろ危ないからさ」
「そ~いう気づかいができゃるとこも気にいりゃねぇ~ですぅ~。
こっちは酔いてぇ~んですぅ~、酔いに来たんれすぅ~」
そう言いながらも、出されたカクテルを一気に飲み干す。
言葉とは裏腹に、かなり機嫌が良さそうに見える。
「ししょ~、わたしにも作ってもらえますか~」
「ああ、いいよ。 ちょっと待っていてくれ……」
ランスロットは、あまり度数の高い酒は好まない方だが、今作ったような飲みやすいカクテルを出すと、自分もとせがんでくる。
チハヤが酒場で働くようになるまでは、全く飲まなかったらしい。
「はい、できたよ。 どうぞ」
「わーい! お酒も飲みすぎなければいいものですね~」
「うりゅせ~ですぅ~」
机に突っ伏しながらも、ランスロットの発言に抗議する。
クックも自分があまり良くない酒の飲み方をしている事を理解している様子だ。
……なんとなく嫌な予感がするので、ゲO袋がいつでも手に取れる位置にあるかをもう一度確認した。
「ちぃ~はぁ~やぁ~……りゃんしゅりょっとにばっかかまってないで、
こっちゃのはにゃしもきくですぅ~」
右手を大きく伸ばし、チハヤの手をぺしぺしと叩いて注意を引こうとしてくる。
もう夜遅くの時間で、他のお客は寝るか帰るかしていた。
食器や調理器具の片づけ、翌日の営業のための仕込みもあるのだが……チハヤは少しも嫌な顔をせずにクックの隣の席に座る。
「クックさん、今日も酔ってるなぁ……」
「クックさんは~、潰れかけになるとこ~やって甘えんぼになりますからね~」
酒のツマミとして用意した煎り豆をもぐもぐと頬張りながら、ランスロットは言う。
クックの醜態に特に意に介することも無くマイペースに酒と料理を楽しんでいる。
「……それで、今日は何があったんだ? クックさん」
「あいもかりゃわずなんにもねぇ~のが問題ですぅ~~」
フォークの底で机をベシベシと叩きながら、いつものように自分の置かれた境遇に文句を言い始めた。
「毎日毎日、みゃいみち、みゃ~いみち~、
訓練訓練訓練訓練きゅんれんくんりぇんきゅんねんきゅうりぇん……」
「ああうん、訓練ばっかりで退屈なんだな」
なおこの台詞は今日だけで3回目である。
「もっと冒険がしてぇ~ですぅ~……空白のきゃいずをうみぇて~ですぅ~、
あとみゃぐみぇるもしゃがしてぇですぅ~~」
「はいはい、マグ・メルを探しに行きたいんだな」
この台詞に関しては今日初めてのものである。
ただし昨日も一昨日も3日前にも聞いている。
「ほーらクラッカーあげるから明日も頑張れ~」
スライスチーズを挟んだクラッカーを口元に持っていくと、クックはサクサクと咀嚼し始める。
ヤギの口元に野菜の切れ端を差し出した時に似ていて、ちょっと可愛い……と、チハヤは思った。
ランスロットに同じことをやると、某ピンクの悪魔の如く一瞬で食べ尽くされるため楽しむのには向かないのも付言しておこう。
「わりゃしがこんなとこでのたのたしちぇる間に、マジェランてーとくはぁ……
いみゃもどっかで冒険してるにちげぇ~ねぇ~ですぅ~」
長い時間をかけてクラッカーを食べ終わると、クックは手元に置いておいたノンアルコールカクテルをぐびっと飲み干し、再び愚痴りだした。
「うんうん、マゼラン提督だな」
「マゼリャン提督はぁ~、あのスペイン海軍のて~とくでぇ~、
すっ……げぇひとですぅ~~。 世界で始めて世界一周をたっしぇいしちぇ~、
世界が球形だってじっしょーした、すげー人ですぅ~」
スペインのフェルディナンド・マゼランを讃えるその台詞は今日だけで4回目だ。
さらに昨日も一昨日も3日前も4日前も聞いた。
「実際のところ、スペイン海軍って凄いのか?」
クックに聞こえないよう小声で、ランスロットに聞いてみる。
「え~っと、ブリタニアと欧州各国の仲が険悪だった頃に、
何度か戦った相手らしいですよ~」
「世界一せいきょ~な海軍ですぅ~、
今でもぶりたにあは色んなきゅにに嫌われてるかりゃぁ~、
いつまたしょーとつしゅるかわからんですぅ~」
「……そうなのか? 嫌われてるのか?」
「ええまあ、割と、がっつり……」
「いちいちらんしゅろっとに聞くなですぅ~」
クックがフォークの底で机をがしがしと叩いて、抗議の意思を示してくる。
「なら、もしスペイン海軍が攻め込んできたら負けるかもしれないってことか?」
「陸戦になったらどーにでもなるんですけどね……」
二人の視線がクックさんに向く。
クックさんは机に突っ伏しながら、長く長く沈黙し……
「海戦だと正直……キツイと思うですぅ……」
口調が元に戻る程、危うい状態にある事が理解できた。
「そうか、それは……大変だな」
空になったコップにミルクを注ぎ、二人に渡す。
正直なところ、チハヤには戦争の事は良くわからない。
しかし二人ともブリタニアを防衛するプロの軍人として、見た目よりも真面目に考えているようだ。
「それもこれも全部アーサー王が悪いですぅ……
いきなり私掠船を全部追放したら、
海軍の戦力が半減するのなんてわかりきってたですぅ……」
アーサー王というのは、ブリタニアを統治する王様の名前である。
ランスロット達円卓の騎士の主君でもある。
「だけど、前の王様が私掠船を使って各地で略奪をしていたから、
欧州各国と険悪になったって聞いてるぞ」
「そーですけど……そうですけどぉ……」
クックさんは頭を抱えながら頭を左右に振る。
まるで駄々っ子のような言動だが、頭のどこかでは、私掠船追放の必要を感じているのかもしれない。
「私掠船追放の方針に反対したドレイク提督まで一緒に追い出したのは、
流石にやりすぎだと思うですぅ……」
「……ドレイク提督?」
聞きなれない名前が出てきたので、ランスロットに視線を送る。
「会ったことないですよ~、名前くらいは知ってますけど~」
「だからいちいちランスロットに聞くなですぅ!!
ドレイク提督ってのは、ブリタニア海軍の重鎮で、すげー人ですぅ!
あのアルマダ海戦を含め、数え切れねー程の海戦をくぐり抜けた百戦錬磨っ!
まるでドラゴンのような苛烈な戦い方をすることから、
『エル・ドラコ』と呼ばれて恐れられているですぅ!!」
そこまで一気にまくし立てると、傍にあったベーコンとほうれん草入りのスクランブルエッグを一気食いし、再び机に突っ伏した。
「ブリタニアは国土の狭い島国ですよぅ……海外交易ができねーとジリ貧ですぅ……
税収は減って、国土は疲弊して、海軍は貧弱になるですぅ……
それなのに欧州各国との仲は険悪、私掠船もドレイク提督も抜きで海軍力再建なんて、
どんな訓練したって不可能ですぅ……」
そしてクックは無言のままゴンゴンッ! とジョッキで机を叩き、酒を催促する。
ちょっと酔いすぎが心配になって、チハヤはアルコール度数の低いカクテルを注いだ。
「クックさんは、どうすれば良いと思うんだ?」
そう聞いてみると、クックさんはガバッと顔を上げて、こちらをジトーっと見つめてきた。
「聞きてーですか? あんま現実的じゃねーですよ」
「ああ、是非聞いてみたいな」
「私掠船を使わないことを前提にするなら、交易するしかねーですぅ。
せっかく希望岬や香港といった海上交通の要所を押さえてるんですから。
これを利用しねー手は無いですぅ。
後は商品と買い手さえ確保すればブリタニアは一大海国として、
莫大な財貨を獲得できるですぅ」
「いいじゃないか、どうして現実的じゃないんだ?」
「交易の相手がいねーですぅ……
欧州各国と、特にお隣のフランスとは100年近くも戦争し続けてきたせいで、
海外交易は誤差のレベルにまで減ってるですぅ。
あとブリタニア国内にはロクな産業がねーですから、
各国に売りつける商品もないですぅ……」
「それは前途多難だな……」
「だからこそ、未知なる海域を探索するべきなんですぅ!!
未知なる場所の、未知なる特産品が手に入れば、
それを材料にして欧州各国との交渉も容易になるですし、
交易によって国庫を潤すこともできるですぅ」
「でもおかねがないんですよねー」
ランスロットの一言が、クックさんの臓腑を一気に抉った。
気分良く演説をしていたクックさんは、またもや机に突っ伏した。
「ああ~冒険航海がして~ですぅ~、空白の海図を埋めて~ですぅ~、
マグ・メルを探しにいきて~ですぅ~」
この台詞は本日2回目である。
そして昨日も一昨日も3日前にも聞いた。
「海外交易できねーとカネがねぇですぅ、カネがねーと冒険航海ができねぇですぅ、
冒険航海できねーと海外交易ができねーですぅ。
そして今こうしている瞬間にもスペインやオランダが、
未知の領域を探索してるですぅ……時間が経つほど不利ですぅ……
マグ・メルもどっかの誰かが先に発見するですぅ……」
「なんと言うか……どうしようもないな」
「アーサー様もけっして遊んでいるわけではないのでけど……ないのですけど~……」
「どうしようもない……か……」
ランスロットがこくりと頷いた。
……
…………
………………
それからしばらく時間が経ち、クックさんは泣き疲れたのか、酔いつぶれたのか、あるいは昼間の訓練の疲れが出たのか、泥のように眠ってしまった。
チハヤは皿の片付けをしながら、二人を眺めていた。
寝落ちしたクックを担いでブリタニア海軍寮に運ぶのも、事実上チハヤの仕事になっている。
最初の頃は艶めかしい吐息や、心臓の鼓動音、見た目より豊満なさわり心地にかなり緊張をしたものだ。
ランスロットはとっくの昔に用意しておいた食事を全て食べ終わっており、今は机に両肘をついて、窓の外を見つめていた。
空には分厚い雲がかかり、まるでこの国の未来……ではなく、クック達の暗澹たる気持ちを反映しているかのように、黒々としていた。
「日付……変わりましたね……」
「……ん? ああ、そうだな」
チハヤはクックから就職祝いとして貰った懐中時計を開く。
誤差の少ない高級品で、ブリタニア海軍内でも愛用者が多い逸品だ。
「今日はずいぶん遅くまで居るんだな。 明日の仕事に支障は出ないのか?」
クックが酔いつぶれて熟睡する時間までランスロットが居座る日は滅多にない。
円卓の騎士はブリタニアの重臣ともいうべき存在で、有事の時はもちろん、平時でもかなりの量の仕事があるはずだ。
「ししょ~……」
何故だろうか、ランスロットが哀しそうな目をしていた。
「何かあったのか? 円卓の騎士も予算が減らされたとか?」
さっきまでの話を聞く限り、ブリタニアの財政はかなり危うい様子だ。
陸戦の要である、ブリタニア騎士団の予算も、海軍と同様に減っているのかもしれない。
「ししょーの故郷って、どんな所なんでしょうね」
そういわれたチハヤは、故郷について思い出そうとする……しかし何度思い出そうとしても、結果は変わらない。
自身の故郷がどんな場所だったのか、そもそも故郷と呼ぶべき場所があるのかすら、まったく想像できなかった。
「ごめん、わからない」
ランスロットは深くため息をつく。
ランスロットは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「あたま……撫でてください……」
それは今にも消え入りそうな程小さな声だった。
チハヤは鍋の洗浄を中断して布巾で手を拭いた。
そしてランスロットの後ろにまわって、頭の上にゆっくりと手を置いた。
すると隣の席の方から、何かが俺の空いている手をくいくいと引っ張ってきた。
この部屋にはチハヤとランスロットの他には一人しか居ない。
酒の催促……ではなくて、自分の頭も撫でろと催促しているのだろう。
幸い、二人の頭はそれぞれチハヤの手の届く場所にあった。
頭を揺さぶって悪酔いをさせないよう気をつかいながら、ゆっくりと二人の頭を撫でた。
「クックさん、まだ起きていたのか?」
クックは机に突っ伏したまま、首を左右に振った。
たぶん起きていないと言いたいのだと思うが、普通の人は眠りながら首を振ったりはしない。
「あの……クックさん、自力で歩けるなら、自分の足で宿舎まで帰ってほしいんだけど」
机に突っ伏したまま首を左右に振った。
今度は自力で歩けないと言おうとしているのだと思う。
「さんをつけるなですぅ……」
「……酸? 酢酸のことか?」
再度、クックは机に突っ伏したまま、首を左右に振った。
「私だけ、クック『さん』なのはなんかヤですぅ……」
「ええと、つまり……呼び捨ての方が良かった……のか?」
クックは、何も言わず、ただただ頭を撫でられる。
今度は間違っていないようだ。
「……ん? なんだか話が逸らされてるような……」
またもクックは机に突っ伏したまま、首を左右に振った。
直後、今度は反対方向からわき腹の辺りをつままれる。
「ししょ~、中途半端に撫でたり止めたりは、やめていただけませんか~」
今度はランスロットからの催促を受けた。
「ああ、すまん……」
少し強めに、わしわしと頭を撫でる。
ランスロットは子犬のように、気持ち良さそうに目を細める。
そうしてしばらくの間、チハヤはクックとランスロットを撫でる。
犬を飼ったらこんな感じだろうかと、チハヤはちょっと失礼な事を考えていた。
時間は真夜中で、他に客も無く、店内は静かで、ただただ静かで……
優しく2人に触れるチハヤの手が、指が、クックとランスロットの重苦しい心を癒しているかのようだった。
そう、2人の心を癒しているかのようだった。
クックだけでなく、ランスロットの心をも癒しているかのようだった。
「フランスで……」
そしてそんな静かな空間の中で、ランスロットが重苦しい心の内を吐露し始めた。
「フランスで、大きな暴動が起きているのは知っていますか?」
「ああ、知っている」
ニュースペーパーに書いてある。
お隣の国フランスでは、市民による暴動や略奪、酷いときには虐殺が多発していると……
噂に過ぎない話も複数混じっていて、どこまで信憑性がある話なのかはわからない。
しかし少なくとも、フランス国内の治安が急激に悪化しているのは確かなようだ。
「フランスはわたしの生まれ故郷でして~、
お父さんやお母さんの顔は覚えていませんが~、裸足で駆け回った野原や
すっごく苦い山菜が生える峠とか~、わたしの育ての親が住んでいる湖があります~」
故郷の事を語るランスロットの小さな身体が、僅かに震えていた。
「アーサー様を支えようって思ったのは嘘じゃありませんし、
ブリタニア騎士団に仕官した事を後悔もしていませんが……
してないのですが……」
「助けに行きたいのか?」
「……はい、行きたいです」
……沈黙があたりを包む。
窓の外はさっきよりも黒々としており、小雨まで降り始めていた。
その時、小さくドアをノックする音が聞こえた。
既に日付が変わるような時間で、調理場の日は落としてしまっている。
今から料理をふるまう事は出来ない。
少々奇妙に思いながら、チハヤはランスロット達から離れ、。
「こんばんは~」
「ボールスに、パラメデス? どうしてこんなこんな時間に?
悪いけど、もう閉店の時間で、食事は……」
そこまで言ったところで、パラメデスが首を横に振る。
酒を飲みに来たという感じでも友人の家に遊びに来たという感じでもなく、もっと重要かつ深刻な何かがあるように思えた。
「入っても良いかな? 雨も降ってるし」
「ああ、もちろんどうぞ」
チハヤが二人を奥に通す。
「あり? クーちゃんまだいたの?
この時間なら流石に帰ってると思ってたけど……」
クックは机に突っ伏したまま手を振って、まだ寝てはいないアピールをした。
「それでランちゃん、アレはもう話したの?」
ランスロットは黙って首を横に振る。
「じゃあ、私から話そうか?」
ランスロットは黙って首を横に振る。
「ししょー……」
ランスロットは今にも消え入りそうな声で俺を呼ぶ。
「お別れです~……」
ランスロットは暗い、暗い、あまりにも暗い表情でそう伝えてきた。
……
…………
………………
「これは……想像以上に酷いことになってるな」
パラメデスが持ってきた資料には、欧州全域にわたって何十個もの赤い丸印が記されている。
この丸印の数だけ民衆や警察、酷い時には軍人までもが暴動を発生させたことを示しているのだ。
ブリタニア王国の国家機密文書を部外者に見せるのは騎士としてアウトだが、少女達は気にする様子が無い。
フランスやビザンティン、ワラキア公国では特に数が多く、素人目で見ても政府の対応能力を超えていることは明らかであった。
「どうしてこんなに暴動が起こるんだ? 圧制をしてるとか、誰かが煽っているとか……」
「それがさぁ~っぱりわかんないから厄介なんだよね。
原因がわからないから、何時、何処で、誰が暴れだすか全く予測できないんだって」
資料には、原因がまるで分からないせいで鎮圧が後手後手に回ってしまい、欧州全体が日を追うごとに疲弊しているとの分析も書かれていた。。
また、鎮圧のために派遣した部隊が暴動に参加し始めるという奇妙な現象まで、頻繁に発生しているとも書いてあった。
「でね、故郷が荒廃していくのを指を咥えて見てるだけってのは流石に気分が悪いんで、
私とランちゃんの2人でフランスまで行こうと思ってるわけ。
今の所、ブリタニアは暴動とか起こってないけど、
いつこっちに飛び火するかも分からないし、
その前に原因究明なり何なりできれば対策だって立てられるっしょ」
「いやでも……たった2人でどうこうできるような数じゃないと思うぞ。
暴動が起こる原因が分からないって事は、
何をどうすれば暴動が止まるかも分からないじゃないか……」
「ストップ、命がけは当然の前提だよ、私もランちゃんもね」
「むしろ、何もできずに死ぬ可能性の方が大きいかと……」
「なら……なら、行かなくても……」
この2人は、命を投げ出すようなものだと知っての上で行こうとしている。
それを理解してしまったチハヤは、それ以上何も言う事ができなかった。
せめて、せめて何か役に立てないかと思い、視線を暴動に関する資料に落とす。
『機密』『取扱注意』『部外者の閲覧厳禁』といった文言が書かれた物も平然と混ざっているが、気にしてはいられない。
その中の一つに、黒い水晶玉のような物をスケッチした物があった。
「これ……闇の玉……?」
空気が固まった。
「え、何? 闇? 知ってるの!?」
「ししょー、記憶が戻ったのですかー!?」
「いや……戻ってない、自分でも何故知っているのかは説明できない……
けど、これはたぶん闇の玉だ」
「やみのたま……とは……?」
「詳しい事は俺も良くわからないんだが……
人間に取り憑いて、凶暴にさせるというか……正気を失わせるというか。
そういう使い方ができる物だったと思う……た、たぶん……」
「ししょー、治す方法なんかはわかりますかー?」
「たしか、憑かれた人を気絶させれば……引き剥がせたと思う。
けど、出てきた玉を素手で触ると、また取り憑かれるから、
それだけは注意しないといけない」
「そっか……だから鎮圧に向かった部隊まで暴動に参加することもあるのか……」
「なあ、俺も連れて行ってくれないか。
実物を見れば、また何かを思い出せるかもしれない」
そう頼むと、ランスロットとボールスの2人はそれぞれ顔を見合わせる。
「ランちゃん、どーする?」
「わたしは、一緒に行きたいって思いますー」
「いやでも……いくらなんでも危ないって。 第一渡航手段だって確保できてないし」
「頼む、ボールス。
俺だって、大事な恩人が命を捨てようとしているのを黙って見ていたくないんだ。
たとえ命を落とすことになっても、恨んだりはしない」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、
でも、目の前で死なれたら後味が悪いって言うかさ……その……」
「ふっふっふっふっふー……」
チハヤとボールスが行く、行かないで押し問答をしていると、どこからともなく笑い声が聞こえてくる。
いや、この声は聞き覚えがある。
ここ数ヶ月、殆ど毎日聞き続けてきた声だから、間違えようがない。
「それですぅーーっ!!」
突如、静かに眠っていたはずの……もとい、狸寝入りをしていたクックが飛び起きる。
部屋にいた全員の視線を独占しながら、これまでの陰鬱な表情を振り払い、ニヤリと笑った。
「未知の特産品が無くても、交渉材料さえあれば交易は再開させれるですぅ!
私達でフランスもスペインも、ローマもカルタゴも、
ビザンティンもワラキア公国もみんなまとめて救って、
思いっ切り恩を売ってブリタニアとの交易再開を認めさせるですぅ!
そうすれば金のかかる冒険航海もできるようになって、
マゼラン提督のサインも貰えて、マグ・メルを探す資金も集まるですぅ!
ランスロットとボールスはフランスを助けにいける。
チハヤは記憶の手がかりを追える。
全員揃って幸せになるすげーアイディアですぅ!!」
……ここまでを一息で喋ると、何度か深呼吸を行い、今度は落ち着いてゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。
「真面目な話、今の英仏関係からすると、
円卓の騎士が正規兵を率いて海峡を横断したら侵略行為とみなされるですぅ。
かといってちょっと腕っ節が強いだけの住所不定無職が数人だけフランスに行っても、
どうせたいして役に立たねーですぅ。
そこで私が貿易商時代に使ってた船を提供してやるですぅ。
昔の人脈をたどれば、ある程度は喧嘩慣れした水夫も集めれるですぅ」
「そして首尾良く欧州の混乱を鎮められれば、
ブリタニアの財政を劇的に改善できるかも……クーちゃん結構大胆なこと考えるねぇ」
「ふっふっふっ……あんまり褒めるなですぅ」
「海外交易の許可証……まだ有効……?」
「いや、正式に海軍に入った時に失効してるですぅ。
たぶん途中で構成員の追加や脱退があるですから、個人貿易商としてではなく、
商会を結成した上で許可を取ったほうがいいと思うですぅ」
「わかった……関係部署に手をまわして……至急発行させる……」
「鼻薬は必要ですぅ?」
「必要無い、それよりも装備を充実させて……まず間違いなく戦闘になる……」
「ではでは~、城の倉庫から弾薬や銃火器をくすねちゃいましょうか~」
「はっはっはっ、ランちゃんお主も中々のワルよなぁ」
「どーせ倉庫の肥やしになるだけですし~、
帳簿を書き換えれば数年は気づかれませんよ~」
「商会の参加メンバーは、私とランスロット、ボールスの3人でいいですね?
で、チハヤは参加するですか?」
俺がさっきまでフランス救援の旅に連れて行ってもらえるよう、
懇願していたのを知りながら、あえてクックは確認をしてくる。
「俺も参加したい。 頼りないかもしれないけど、なんとか役に立って見せるよ」
「まった……やっぱりわたしも参加する……」
「ふぇ? パラっちも来るの?
いやだって、フランスに愛着あるって訳じゃないでしょ?」
「考えてみれば……ブリタニアで調達できる毒は……みんな試した……
かくなるうえは……欧州を巡って新たな毒を見つけ出す……」
「ああ、アレまだ諦めてなかったんだ
あの人はきっと異能生存体かなにかっしょ」
「そんなことはない……命あるものはかならず死ぬ……
形あるものはかならず滅びる……憎いあんにゃろーは……いつか……ころす……」
「普通に顔面に鉄砲ぶち込んだら死ぬんじゃないですぅ?」
「あはは、あの人がその程度でいちいち死んでたら毎日がお葬式だよ」
パラメデス、ランスロットも無言で頷いて、それを肯定する。
チハヤとクックは目を合わせて、訳がわからないと視線で訴えあった。
「じゃあパラメデスも参加ですね。
それとどうしてもチハヤが付いて来たいってんなら、私は反対しねーですぅ。
ただし、一緒に来るからにはちゃんと働いてもらうですぅ」
「ああ、俺にできることならなんでもするよ」
「ん? 今なんでもするって言ったですね?」
「ちょっとクーちゃん、流石に逆レはまずいっしょ」
「しねーですよっ! 人聞きの悪いこと言うなですぅっ!!
それじゃあ急いで今ここにいる面子で商会を結成するですぅ」
「商会名義で海外交易の許可を取るには~、責任者が必要ですね~」
「商会か……それで、俺は何をすればいいんだ?」
「んじゃ総帥をやれですぅ」
「……はい?」
クックが何を言っているのか理解するのに10秒以上かかった。
「いやちょっと待ってくれ、円卓の騎士が3人と海軍士官がいるのに、
なんでただの一般人が総帥をやるって話になるんだ?」
「いいや、出発前に辞表を提出するつもりだから、
円卓の騎士3人じゃなくて無職3人になるね。 だったら楽勝だって」
「一応言っとくと、私も出発前に辞表を書くから、無職4名になるですぅ」
「いや、そういう事を言っているんじゃなくて」
「……英仏のうらみは……かなり大きい……おーけい?」
「つまり、元海軍士官や元円卓の騎士が総帥をやるよりも、
記憶喪失の漂流者が総帥をやった方が、反発を受ける危険が少ないってこと。
なんせ100年も戦争してたからね」
「私らはフランスを助けに行くのであって、
フランスに喧嘩を売りに行く訳じゃねーですぅ。
敗因『英仏』なんてことになったら死んでも死にきれねーですよ」
「ほ、本気なのか……」
ランスロット達4人がうんうんと頷き合う。
どうやら本気で総帥をやれと言っているようだと、チハヤは小さくため息をついた。
こんな大役をいきなり任せられて大丈夫なのかと心配になる。
だがしかし、自分が闇の玉を知っていた理由を探るためにも、記憶喪失の漂流者であった俺を何かと気にかけてくれた彼女達を助けるためにも……
「やる……いや、やらせてくれ。 総帥として、俺は皆を支えたい」
もう……後戻りはできない。
だが、その言葉を発すると、チハヤは妙に清々しい気分になった。
商会名『GOLD商会』
現在の構成員
チハヤ(総帥)
ランスロット
ボールス
パラメデス
クック