英雄戦姫GOLD ボクが考えたブリタニア漂着ルート 修正版 作:シベリア!
ベッドの中で寒気を感じ、チハヤは目を醒ました。
チハヤ達GOLD商会は現在、パリにあるフランス軍兵舎の一部で寝泊りをしている。
二段ベッドの下の方で眠るクックを起さないよう注意しつつ、ベッドに付けられている梯子を一段ずつ降りていく。
降りていく途中ですやすやと眠るクックの顔が見えた。
起きている時は不機嫌そうに眉間に皺を寄せることが多い彼女だが、寝顔はとても可愛いらしく思える。
程よく力の抜けた表情は、まるで天使のようだと本気で思ってしまった。
ベッドから出て窓の外を見る。
いつもは輝く朝日を覗かせるそこからは、静かに降り注ぐ雪が見えた。
「雪……か、もうそんな季節なんだな」
初めて見るフランスの雪景色を堪能しながら朝の献立を考える。
ランスロットが言うには、朝食がなければ一日のパワーがなくなるらしい。
だから……という訳ではないが、商会の主要メンバーの食事は、可能な限りチハヤが用意する事にしている。
ジャンヌ・ダルク御乱心事件から、約1ヶ月が過ぎた。
ボールスの治癒魔法の効果は素晴らしく、ナポレオンの負傷は数日もせずに完治し、今ではフランスの各所で起きる暴動の鎮圧のため、毎日忙しく飛び回っている。
GOLD商会のメンバーや正気に戻ったジャンヌ・ダルクもまた、彼女と共に忙しい毎日を過ごしている。
フランス国内での暴動は、少しずつではあるが確実に頻度が減っていた。
鎮圧の度に黒い箱を使い、かなりの数の闇の玉を回収していたからなのか、あるいは……
「「「まさかの時のスペイン宗教裁判っ!!」」」
……ドタンというか、ドカンッ!! といった効果音を響かせながら、3人の少女がドアを蹴破ってきた。
突然の来訪者の出現によって、チハヤの思索が中断された。
「どうも~美女で~す」
「わらくずで~す」
「み、三波春夫でございます」
「オラァッ!」
「ドラァッ!」
「ふぎゃぁっ!?」
ランスロットとナポレオンが、ブーリエンヌの後頭部を思い切りぶん殴る。
ブーリエンヌが少女は発してはいけない声を出しながら部屋の隅に転がっていった。
「し、司令! 今グーでやりましたよね!? パーでやるって言ってましたよね!?」
「「お笑いコンビ『美女とわらくず』再・結・成! いえ~~いっ!!」」
ナポレオンとランスロットがとても爽やかな笑顔でポージングを決める。
「いやトリオですよねぇ!? 打ち合わせではトリオでやるって言ってましたよねっ!?」
「うるせーですぅ! こんな朝っぱらから騒ぐなですぅっ!!」
さっきまで天使のような寝顔で眠っていたクックが、とてもとても不機嫌そうな顔をして、下段ベッドから枕を投げる。
昨晩も遅くまで暴動騒ぎの鎮圧に借り出されていて、疲れきっていたのだ。
クックとて早朝の目覚めの時くらい、静かに爽やかに迎えさせほしいと思うだろう。
「良ぉ~しクック! いい所に来たわね。 ツッコミ役は貴女がやりなさい。
貴女にはツッコミ眼鏡の才能があると初対面の時から思っていたのよ!」
……にも関わらず、ナポレオンは無駄に爽やかな笑顔でクックを巻き込もうとしていた。
「はぁ!? いきなり出てきて何を言ってるですぅ!?」
「お笑いトリオ『美女とわらくずと……え~っと……」
「……じゃあ美女にしろですぅ」
クックがげんなりとした顔で答える。
「「お笑いトリオ『美女とわらくずと美女』爆・誕! いえ~~いっ!!」」
「し、司令ぃ~……なんの脈絡も無く私を見捨てないでくださいよ~……
あと美女ってツラですかあの人」
「ツラは関係ねーですぅっ!!」
「……な、なんだこれ? どうすれば良いんだ?」
チハヤは忙しさのあまり、ナポレオンが発狂したかと思った。
ナポレオンはフランス軍の総司令官……つまり、暴動騒ぎが雪崩のように頻発する現状、フランスで最も忙しいのが彼女なのだ。
それに昨晩も暴動の事後処理が長引いて、日付が変わっても仕事をしていた。
あまりの多忙さに頭がどうにかなってしまったのでは……チハヤはそう思った。
「ちぃ~はぁ~やぁ~……」
クックが半分涙目になってとチハヤを見てくる。
なんとかしろ、とでも言いたいのだろう。
「ああ、うん、クックは美女だよ……」
しかしなんとかできる自信は全く無いので、とりあえず誤魔化した。
要求とは全く別方向の返答のハズなのに、何故かクックは嬉しそうだ。
「し、ししょ~、わたしは? わたしはど~でしょーか~?」
そう言いながら、ランスロットが可愛らしくポーズを決める。
「うん、ランスロットも美女だよ。
いや、可愛いらしいって言った方が雰囲気に合ってるかな?」
「ほんとですか~? うれし~です~」
「なら、私はどうかしら?」
ナポレオンが何か良く分からないポーズをする。
カッコ良いポーズとも、可愛らしいポーズとも違う。
あえて近似値を探すとするならセ〇シーコマンドーかもしれない。
「うん、ナポレオンさんは……あれ? これって何て答えればいいんだ!?
わらくずだよって言えばいいのか? わらくずでいいのか?」
「私はどうでしょうか?」
「三波春夫だよ……って三波春夫って誰だよっ!?」
思わずツッコミをしてしまった俺を見ながら、
ナポレオンさんとランスロットはニマ~っと笑う。
「「お笑いカルテット『美女とわらくずと美女と……え~っと……」」
俺も巻き込む気か……と、チハヤは即座に察した。
この察しの良さはチハヤの長所であるが、彼の苦労人気質を強化する困った長所である。
「……じゃあもういっそ美女で」
チハヤは面倒臭くなり、ついに自身の性別すらも放り投げた。
「「お笑いカルテット『美女とわらくずと美女と美女』爆・誕! いえ~~いっ!!」」
「うわぁ~ん、とことんまで私を省かないでくださいよ司令ぃ~……
あとこの人だけは美女って呼びたくないです」
「……うん、正直すまなかった」
……
…………
………………
「……んで、なんの用ですか? こんな朝っぱらから。
私らの安眠をぶち壊すのが目的だったら射殺してやるですぅ」
乱入してきた3人からクッションで叩かれたり安楽椅子に乗せられたりしたクックは、これ以上なく不機嫌そうな顔をして3人の乱入者に尋ねる。
「雪合戦しましょう」
「一人でやってろですぅっ!!」
クックは先ほどコントで使っていたクッションを掴み、ナポレオン目掛けてブン投げる。
「ブリタニアとフランスのしんこ~を深めるためのレクリエーションですよ~」
「親交もお新香もどーでも良いですぅ!
昨日も遅かったんだからちゃんと寝かせろですぅ!!」
「出発進行、ナスのお新香ってね」
「射殺されてーならそう言えですぅ! 一発で脳天ブチ抜いてやるですぅ!!」
「……ええっと、それはコントも必要だったのか?」
チハヤもまた胴体に括り付けられた食器の乾燥台を外しながら視線で抗議する。
「すっごく楽しかったわっ!!」
ナポレオンが凄くさわやかな笑顔で胸を張る。
ジャンヌ・ダルクもトンチキな性格だったが、ナポレオン・ボナパルトもそれに劣らぬ変人だという事を思い知った。
しかし良く見たら目の下にクマができている上に、足元が少しふらついている。
表面上は元気そうに見えるが、やはり疲れているのだろう。
「私らを巻き込むなですぅ!! せっかく久々にぐっすりと眠れそうだったですよ!」
クックが先ほど投げたクッションを拾い、ボカボカと殴り始める。
「アタック」
その言葉と共に、ナポレオンがパチン! と指を鳴らす。
ランスロットとブーリエンヌさんが即座にクックの両脇を掴んで部屋の外へと連行する。
「あっ!? こら、放すですぅ! せめて朝食と着替えぐらいさせろですぅーーっ!!」
「クックの着替えは私が用意しておくから、
朝食の準備……今日は私とブーリエンヌの分もお願いするわ。
ああそれと、悪魔のように黒く、地獄のように熱いコーヒーも」
「……眠いのなら、無理しない方がいいぞ」
「眠いだけよ。 全然、全く問題ないわ」
全然、全く大丈夫そうに見えなかったが、チハヤは言われた通り朝食とコーヒーは用意する事にした。
……
…………
………………
「集合ぉっ! フ・ラ・ン・ス・チィィーームゥッ!!」
ナポレオンはユOケル黄帝液を一息に飲み干し、高らかに宣言する。
まるで徹夜明けのようなテンションだ。
「いや、たぶん徹夜明けなんだろうな……」
疲れてるのなら休めば良いのにと、チハヤは1人ため息をついた。
チハヤ達GOLD商会と、フランス軍の有志達が集まり、雪合戦をしようという話になった。
曰く、軍学校時代の思い出話をしている内に、童心に帰って雪合戦をやりたくなったのだとか。
『フランスチーム』
ナポレオン・ボナパルト(リーダー)
チハヤ(サブリーダー)
ジャンヌ・ダルク
ランスロット
ボールス
その他フランス軍モブ兵士多数
そしてメンバー表によれば、何故かチハヤもフランスチームに入れられていた。
「あの、ナポレオンさん。 俺はフランス人じゃないと思うんだが……」
「フランス生まれの可能性も微粒子レベルであるので~、良しとしましょ~」
「いやまあ、確かに出身地不明だけど……」
「顔が美形だからフランス生まれよきっと。
少なくともクソとクズを煮詰めたようなブリタニア生まれの顔じゃないわね」
「顔で決められてもなぁ……」
「ししょ~は見ているだけで落ち着いたり、ほんわかしたりする良い人ですよ~」
「雰囲気で決められるのもなぁ……」
ナポレオンとランスロットの口車によって、なんやかんやでチハヤのフランスチーム入りは押し切られた。
「ナポレオン絶対ブチのめすですぅっ!!」
「えい、えい、おー……」
一方、敵対チームはひたすら殺る気のあるクックと、あまりやる気のなさそうなパラメデスが旗振り役をやっている様子だ。
「なあ、ランスロット。
ブリタニアとフランスの親交を深めるどころか、憎しみを深める事になってないか?」
「何年かしたらいい思い出になりますよ、ししょー」
「気の長い事だなぁ……」
そう呟きながら、チハヤは敵チームのメンバー表も確認する。
外人部隊チーム
クック(船長)
パラメデス(毒殺担当)
トリスタン(瀕死)
長老(その辺で拾ってきた)
ブーリエンヌ(助っ人外国人)
その他GOLD商会モブ水兵多数
「トリスタンって誰っ!?」
チハヤが思わずツッコミを入れた。
ツッコミ眼鏡ことジェームズ・クックが敵チームにいる以上、チハヤがツッコミ役をやらざるを得ない。
「円卓の騎士の一人にして、ブリタニアが誇る異能生存体だよ、総帥」
「いつも血だらけで虫の息、死にそうで死なない嫌味な騎士ね」
「潰れても膝の皿が砕けて手がもげても頭蓋骨が砕け落ちて脳ミソが噴き出て
心臓が抉り取られ肛門が裂けても死なない娘だね」
「人々の笑いものさあっははーのはーっ! と言いたい所だけど、
敵に回すと厄介極まりないのもあいつの特徴。
こりゃ相当気合を入れないといけないわね」
チハヤが目を皿のようにして、向こうのメンバーから見知った顔を除外していく。
「あれがクックとパラメデス、何故か向こうにいるブーリエンヌさんに、
あれは……長老? あれ長老だよな? 何で参加してるんだ?
もしかしてこの前武器扱いされたのを怒ってるのか!?」
……そんな事を呟きながら相手チームのメンバーを2回数えたが、4人しかいなかった。
「あれ……いないぞ? トリスタンさんは遅刻したのか? それともどこかに隠れて……」
「いやいや、来てるって。 ほら、あそこに……」
ボールスの指差す先を見る……いない?
いや、良く見れば真っ赤な鎧の上に、マントを羽織った女性が横になって……
「なあ、血まみれになって倒れている人がいるよな?
雪合戦開始前に瀕死になってるんだけど、俺の見間違いじゃないよな?
吐血もしてるよな? 顔が土気色になってるよな?」
「ししょ~、そのくらいで驚いていては、円卓の騎士はつとまりませんよ~」
「あの人は殺されたぐらいじゃ死なないし、大丈夫、大丈夫」
視線の先で、瀕死の女性がさらに吐血をした。
まるで叩き潰されたゴOブリのように、ピクピクと痙攣もしていて、とても大丈夫そうには見えなかった。
「フランスの将兵は『ブリタニアの被害担当艦』と呼んでいるわ。
100年戦争では、彼女一人のために何度こちらの計算が狂わされたか……
いやホント、あいつがいる戦場では弾代が嵩んで仕方が無いのよ。
何発ブチ込んでも数日後にはピンピンしてるし」
しかし、ナポレオンは心底悔しそうな顔で、心底深刻そうな顔で倒れ伏した女性を睨んでいる。
「……凄いのか凄くないのか良くわからないんだが」
「非常にひっじょ~にやっかいなヤツよ。
作戦立案者の立場から見れば、彼女ほど対応に苦慮する騎士はいないわ」
「どうしてそのやっかいな人がフランスに来ているんだ?」
「そりゃ~、パラっちが新作の毒薬を完成させたからっしょ」
「いや全然理由になってない!?」
「ほら、あれ……」
ボールスが指差した先を見ると、パラメデスが瀕死の女性の脈を診ながらメモに何かを書き込んでいる。
「むぅ……まだ息がある……しさくひん27号……しっぱい、と……」
「ぼ……ボクは……ボクはこんな事のために呼び出されたのか……
貴重な有休まで使って……がはっ!」
「うわぁ……」
チハヤは絶句した。
そしてもうこれ以上この話題を続けるのはやめようと決意した。
「ええっと……別の話題、別の話題……当たり障りのなさそうな……
そういえば、ブーリエンヌさんってフランス人だよな?
どうして向こうのチームにいってるんだ?」
「貴方とトレードしたからに決まっているじゃない」
「勝って嬉しい花いちもんめ~、負けて悔しい花いちもんめ~」
「良いのか、それで?」
「所詮は親睦を深めるための余興でしょ、厳密にしたって仕方がないわ」
「そうそう~、遺恨とか禍根とか考えずに~、雪まみれにしちゃいましょ~」
「えっと……それじゃあパラメデスの横に書いてある毒殺担当ってなんだ?
雪合戦で毒殺なんてルール違反じゃないのか?」
「なに言ってるのさ、毒殺ならもうやってるじゃん、ほらあれ……」
ボールスが指差す先を見ると、赤黒い液体を目や鼻、耳や口から垂れ流す女性に、山ほどの雪をかけてバリケードらしきものを構築するパラメデスの姿があった……
「ああ……体温が……体温が喪われていく……
あの、流石に死にそうだからそろそろ止めて……待って、せめて鼻か口は勘弁……
ああ! 不幸だ! 不幸だああぁぁーーっ!!」
「ふぅ、今日も良い仕事をした、満足……英語でいえばサティスファクション……」
躊躇無く元同僚を雪で生き埋めにするパラメデスの姿を、チハヤは全力で見て見ぬふりをする事にした。
「さてギャグはこの位にして、ランスロット、ジャンヌ、こっちの本陣はどう?」
ナポレオンが目の前で行われる殺人事件……もとい殺トリスタン事件を露骨に無視しつつ、どこかから拾ってきたスコップで、雪を塔のような形に固める2人に声をかける。
「壁はもうちょっとで完成しますよ~」
「わっせ、わっせ、うんとこどっこいしょ。
カミサ……ごほんっ! 試合開始までに堅牢なものを準備します」
「ルールは簡単、バリケード上にある旗を先に倒した陣営が勝ち。
敵や旗に対する攻撃は雪をぶつける方法のみ。
分かってると思うけれど、相手に怪我させたり、殺したりしたら駄目だからね」
「……毒殺は良いのか?」
「ナルちゃんは良いの、殺したって死なないんだから」
「ロシアの怪僧の亜種みたいなモンよ、気にするだけ時間の無駄よ」
そうこうしているうちにジャンヌが真紅の旗を自陣のバリケード上に立てた。
敵陣のバリケードには、手旗信号に使う白い旗がその頂上に備え付けられていた。
「では次に作戦を説明するわ……」
作戦を覗かれるのを嫌ってか、ナポレオンはチームの全員を本陣の裏側に呼び集める。
「チハヤ、貴方にサブリーダーの肩書きを付けたのは伊達や酔狂のためではないのよ」
そう言われて、さっき見たチーム表にある自分の名前の横に『サブリーダー』の表示があった事を思い出す。
「俺は何をすればいいんだ?」
「ええ、今回はキカク・メソッドを使おうと思っているの」
「キカク……メソッド……?」
ナポレオンを除くフランスチームの全員が首をかしげる。
「そう、これはかつて大華帝国の猛将・呂奉先が使おうとして失敗した事で有名な作戦よ」
……それは大丈夫なのか? と、チハヤは言いたくなったが、一応最後まで黙って聞くことにした。
「漢字で書くと、こう……」
そう言いながら、ナポレオンは持ち運びが可能な小さい黒板とチョークを出し、
見たこともない奇妙な形状をした文字『掎角』を描く。
「この『掎』という字は足を取る、『角』という字は角を取るという意味よ。
鹿を捕獲するときのように、前後から目標を攻撃する事がキカク・メソッドなの。
具体的には……」
すると次に大きな黒い丸と、それを前後から挟む2つの白い丸を描く。
「まずはこうやってこちらの手勢を2つに分ける。
敵の注意が前方に向いている時は、後ろにいる味方が敵を攻撃する。
後方に注意が向いている時は、前にいる味方が敵を攻撃する。
それを交互に繰り返す事で、味方の体力を温存しながら、敵の継戦能力を奪う作戦なの。
そしてこの作戦には、本隊と別働隊で、2人の指揮官が必要になる」
「なるほど、別働隊の指揮はサブリーダーが担当する訳だな」
「そういうことよ。 次にチーム分けだけど……」
ナポレオンが立ち上がろうとした時、彼女はふらり……と傾き、俺に身体を預けてくる。
意図してやった動きには見えない、眩暈でもしたのだろうか?
「大丈夫か?」
「あ、ありがと……でも大丈夫よ。
今の私にとっては宝石よりも希少な自由時間だもの、倒れている暇はないわ」
ナポレオンのやや高めの体温を感じ、少し気恥ずかしくなる。
心なしか、少女の顔が少し赤いように見えた。
ナポレオンはなんとか自力で立ち直り、不気味な笑みを浮かべた。
「ふふふ……『コルシカのわらくず』と恐れられた私の実力、たっぷりと教えてあげるわ」
「その渾名、絶対恐れられてないぞ、むしろ馬鹿にされてるぞ」
「そんな事は貴方に言われなくてもわかっているわよ。
ただね……フランス軍総司令官なんて肩書きが付くと、
何の権限も責任も無い学生時代の頃が無性に懐かしく思えるのよ、
変な蔑称をつけられて、孤立していた思い出だったとしてもね……」
「そうか、それは……」
……チハヤは口にこそ出せなかったが、羨ましいなと思った。
チハヤにはブリタニアでランスロット達と出会った以前の記憶が存在しない。
どんな学生時代だったか、学生時代がそもそも存在したのか、どんな友達がいて、どんな人と喧嘩をしたのか……自分にもいつか、今のナポレオンのように、学生時代のテンションではしゃぐ時がくるのだろうか?
今の自分には、学生時代のテンションというものを想像することすらできなかった。
「だから……わらしは……睡眠時……かんを……生贄にして……
とらっぴゅ……かぁどが……」
ナポレオンの身体が、再びぐらりと揺れる。そのまま片膝をつき、雪の絨毯にその身を沈めた。
「……ナポレオンさん?」
全身が雪まみれになっているというのに、彼女はピクリとも動かない。
まさか毒殺されたのかと思い、慌てて脈や顔色を確認する。
「ぐおおおおぉぉぉ……」
「……これは……寝てますね~」
「あ~あ、やっぱり徹夜明けだったか」
どうやら徹夜明けのハイテンションと、濃くて熱いコーヒーやユンケル黄O液の力で眠気を抑えていたものの、作戦の説明で最後の力を使い果たしたらしい。
フランスチーム(改訂版)
ナポレオン・ボナパルト(爆睡中・リタイア)
チハヤ(リーダー代理)
ジャンヌ・ダルク
ランスロット
ボールス(リーダー代理補佐心得)
「デュエル開始の宣言をしろ!」
「デュエル開始ィィィ!!」
開始前だというのに双方1名ずつ戦闘不能者を出しながらも雪合戦は滞りなく開始された。
別働隊……外人部隊チームの背後を衝く役割に組み入れられたチハヤとジャンヌ・ダルクは姿勢を低く保ちながら、できる限り目立たないように迂回していた。
時間をかけすぎれば自陣を守るランスロット、ボールス組の負担が大きくなる。
かといって急ぎすぎれば、背後からの奇襲を行う前にこちらの行動が察知される。
チハヤは自身の吐く白い息にすらも神経を尖らせながら、事前に決めたルートを進んでいた。
「ジャンヌさん、道はこっちであってるかな?」
できるだけ敵陣から視認できない道を通るために、宮殿近くの広場の地形を把握しているジャンヌさんに道を尋ねる。
こうやって道を尋ねるのはこれで2回目なのだが……
「あ~……そのぅ……あうぅ……」
……ジャンヌの反応は凄く遅かった、そして頼りなかった。
「カミサマは……ではなくて、私は……ええと、右の道が良いと思います……」
必要の無い言葉を極端に恐れているというか、いつも視線が泳いでいるというか。
なんにせよ彼女は本調子ではなさそうだ。
そんな問題を抱えながらも、チハヤ達別動隊は見通しのよい平地を避け、多くの木々が生い茂る場所を通って敵陣の真後ろへと回りこんでいた。
「はっはっはっはっはっ、はぁーはっはっはぁ……」
その時、何処からともなく大きく得意げな笑い声が響いた。
急いであたりを見回すも、人影は無い。
「う、上です、木の上を……カミ、ではなく上に……あうぅ……」
ジャンヌの視線の先には、大きな木の上で仁王立ちになり、大笑いをしながらこちらを見下ろすクックの姿があった。
「てめーらが背後からの奇襲狙いである事なんて、まるっとお見通しですぅ!」
そう言いながらクックは、木の枝に積もる雪を集めて球体にする。
「そしてこれだけの高低差、地の利は我にありですぅ。
貴重な睡眠時間、爽やかな目覚めの一時、そしてチハ……
とにかく私の色々を潰して、こんなくだらねー事に巻き込んだ恨みを思い知るですぅ!」
「どう見ても楽しんでいるようにしか思えないぞ、クック!」
「うっせーですぅ、黙って巻き込まれたチハヤも同罪ですぅ!
まずは諸悪の根源、ナポレオンからブッ潰……
ん? あれ? ナポレオンがいねーですぅ!?
本陣防衛に参加してねーから、こっちから来ると思ってたのに」
「ナポレオンさんは……えーと、戦闘不能になったから退場している……ぞ」
一応、嘘は言っていない。
この状況下で言いだしっぺがのんきに寝てるとバカ正直に伝えれば、クックの怒りがさらに燃え上がることだろう。
「カミサマは言いました、カミサマは……えうぅ……
やっぱり、なんでもないです……」
ジャンヌは何かを言おうとするも、先ほどのように発言をためらい、何もできなくなってしまっている。
「……ふん、それならてめーらでもいいですぅ!!
雪まみれになって風邪でも引きやがれですぅっ!!」
クックはジャンヌが本調子でない事を見抜いてか、雪玉を上からポンポンと投げ落としてくる。
落下の勢いがあるせいか、球速があり、しかも狙いも精確……チハヤ達も急いで周辺の雪を集めて反撃を試みるが、クック達は高所を確保しているため、重力の影響で狙いがそれ、また雪玉の威力も落ちてしまう。
なかなか有効打を与えられないまま、こちらの被弾だけが着々と増えていく。
「ジャンヌさん、大丈夫か?」
「は、はい、貴方に庇って貰えて……そのぅ……」
「ええい! 戦場でイチャつくなですぅっ!!」
「イチャついてなんて! カミサ……あうぅ、とにかくそのぅ……」
「このままでは不利だな。 一旦距離をとろう、ジャンヌさん!」
オロオロと右往左往するジャンヌの手を握り、木々の間を駆けて、クックから離れる。
高所の利を得ているという事は、逆に言えば機動性は失われているという事だ。
ひたすら距離を広げれば、追撃には時間がかかる。
チハヤはこれ以上戦闘を続けても不利になるばかりだと判断し、一旦距離を取る事にした。
「あ、こらぁ! 逃げんなですぅ!!」
後ろを見ると、クックが枝から縄梯子を下しているのが見えた。
「流石に高くて降りられない……なんて事になるほど間抜けではないか」
考えてみればクックは日常的に船のマスト(帆を張るための柱)に昇り、見張りや帆を固定する縄の手入れをしていた。
木登り程度は楽にこなせるのも当然の事だ。
今の苦境は、それに気づかずに漫然と背後を衝こうとしたチハヤ達の落ち度なのかもしれない。
「あまりのんびりしてはいられないな。 急ぐから、しっかりついてきてくれ」
とにかく体勢を立て直す時間を得るためにも、チハヤは木と木の間をジグザグに走り続けた。
……
…………
………………
「な、なんとか……撒いたかな?」
「そのよう……です……ね……」
ジャンヌは苦しげに白い息を吐き出しながら、そう答えた。
途中、長老の追撃を受けてかなり危うい場面もあったが、どうにか逃げ切る事に成功していた。
「まさか長老があんなに強いとは思わなかったな」
「ええ……本当……に……」
ジャンヌさんが息を整えている間、俺は油断なく周囲を見張る。
長老はまるでチハヤ達の考えが読めるかのような動きで肉薄し、掌底のような技で雪玉を直接こちらに叩き込んできた。
たぶん、何らかの格闘技の心得があったのだろう、
ランスロットかボールスならばともかく、武術の心得のない自分達では歯が立たなかった。
「結構もらったな……うぅ、立ち止まったら急に寒くなってきた」
雪や風は朝よりも強くなってきており、自分の体温が急激に奪われているのを感じた。
両手を見ると、霜焼けで真っ赤になっていた。
こんな事なら手袋か何かを用意しておくべきだったかもしれない。
両手をこすり合わせ、少しでも寒さを和らげようと苦心していると、
横から白く細い手が伸びて、チハヤの両手を包み込んだ。
「ジャンヌさん? いや、俺は大丈夫だから……」
「カミ……ああ、いえ……助けてもらったお礼です。 気にしないでください」
ジャンヌは息を吹きかけながら、両手を合わせてチハヤの手を温めようとする。
チハヤは自身の脈拍が急激に速く、熱くなっていくのがわかった。
「こ、こんな事なら、武術でも習っておけばよかったかな。
ブリタニアにいた頃は、料理以外何もしてこなかったから」
無性に気恥ずかしくなってしまい、無理にでも話題を変えようとしていた。
「チハヤの料理は、とても美味しかったです。
ブリタニアの人とは思えないほど、とても……」
「……あれ? ジャンヌさんに食べてもらった事、あったか?」
「ランスロットに分けてもらいました」
「そうだったか、喜んでもらえて嬉しいよ」
「カミサ……ではなく、ランスロットは食べると元気が出ると言っていました。
心が温かくなる、素敵な味がしました」
余計に気恥ずかしくなり、俯いて無言になってしまう。
寒さで痺れていた両手も大分回復してきた。
キカク・メソッドは別働隊が無茶をして全滅しても、消極的すぎて無視されても成立しない。
そろそろ動かなければ本陣を守る2人の負担が重くなるかもしれない。
……が、その前に一つ、聞いておきたいことがあった。
決してもう少しこの体勢のままでいたい訳ではない、断じて。
「そういえばさ、神様が言いました……って、言うの避けてないか?」
ジャンヌさんは、あうっ……と言ったきり、そっぽを向いて黙ってしまった。
「あの……それはですね……貴方が……」
「……俺が?」
「カミサマは……ええと……物騒だと……」
……言われて見れば、何回か言ったような気がする。
「私は……闇の玉の声を、カミサマの声だと思って、皆に酷い事をしました。
ナポレオンに3本も矢を突き刺して、他の皆も酷い怪我を……」
ジャンヌは、今にも泣きそうな声でそう告白する。
「私は、カミサマが酷い事を言っているとわかっていました。
でも、カミサマの声だから大丈夫だと、正しいと思って、皆に矢を撃たせました。
私……私は……本当は……」
そこまで言うと、少女は押し黙ってしまう。
「神様の声は、今でも聞こえるのか?」
「はい……聞こえます……でも、聞くのが怖いんです……」
闇の玉が悪いのだから、君は悪くない……チハヤはそう言おうとして、やめた。
たぶんそういう言葉が欲しいのではない……チハヤはそう思った。
「誰だって間違うよ。 俺も、ナポレオンさんも」
「そう……でしょうか……」
「俺はクックや長老の待ち伏せに気づけなかった。 だからこうして雪まみれになってる。
そしてこんな作戦や、チーム分けを考えたのがナポレオンさん……
ほら、間違えてるだろう。
雪合戦だから寒い思いをするだけですんでいるけど、実戦だったら死人が出ているよ」
チハヤは思う……もしかしたらナポレオンは、がジャンヌを元気付ける事を期待して、わざと失敗する作戦を立てて、チーム分けをしたのかもしれないと。
誰だって時には間違うのだと伝えるために……
「ジャンヌさんだって間違えた。 でも、間違えた事をちゃんと後悔している。
だから俺はジャンヌさんを許すよ」
「許して……くださいますか……?」
「うん、許す。 大事なのは間違えない事じゃなくて、
ちゃんと反省して、次に活かすことだと俺は思う。 だから許す。
そしてさ、どうして間違えたのかを、一緒に考えていこう」
「一緒に……考えてくれますか?」
「ああ、いいよ」
「食事を、また作ってくださいますか?」
「いいよ。 一緒にいられる間は、ジャンヌさんの分も作るよ」
「ジャンヌさんではなく、ジャンヌ……そう呼んでくれますか?」
「さん付けは嫌だったか?
うん、ジャンヌさんがそう呼んで欲しいなら、そうするよ」
「あの、それと……今のは……愛の告白というものなのでしょうか?」
「いや、そういう意図で言った訳じゃないから、安心してくれ」
するとジャンヌは自分の両頬をパシリと叩いた。
そして大きく2回深呼吸をしたら、今にも泣きそうな声をしていた少女はどこにもいなくなっていた。
「カミサマは言いました、クックと長老は深追いをしすぎて道に迷っていると。
今すぐ敵の本陣を攻撃すれば、必ず勝てます」
そう言うと、ジャンヌは真紅の旗……は無いので、その辺で拾ってきた木の枝を天高く掲げる。
「カミサマは言いました、これでは締まらないと」
「雪合戦だからな、木の枝よりも雪玉を掲げた方がらしいんじゃないか?」
「なら……また、間違ってしまいましたね」
その言葉とは裏腹に、ジャンヌは何故か嬉しそうだった。
今度は2人で雪をかき集め、玉にしていく。
「カミサマは言いました、勝機は我らにあると」
再びジャンヌは立ち上がり、ビシリとポーズを決める。
「そしてカミサマは言いました、祝勝パーティはシチューが良いと」
「シチューか。 うん、寒い日にはシチューだよな。
それなら、腹が減ってくる前に勝利を手に入れようか」
ニッコリと笑うジャンヌと共に、チハヤ達は走り出した。
今日の祝勝パーティは、きっと楽しくなるだろうと考えながら。
……
…………
………………
「……しまった、爆睡してしまった」
その日の夕暮れ時、ナポレオン・ボナパルトは起床して早々、忌々しげにそう呟いた。
「雪合戦……終わってるわよねぇ、どう考えても。
ユ〇ケルやコーヒーで眠気を誤魔化すのも限界だったか。
あ、あいつらかまくら作って中で何か焼いてるわね、
食べ物が焼ける匂いがこっちまで来てる」
そして深々とため息をついた。
「ランスロット……あの娘、明らかに本調子じゃなかったわ。
雪合戦の名目で様子を見ようと思ったのだけど……」
枕元に置かれた、『ちゃんと休んでください』と書かれたメッセージカード……それがランスロットの筆跡だと気づくと、ナポレオンはもう一度ため息をついたのだった。
GOLD商会構成員
チハヤ(総帥)
ランロット
ボールス
パラメデス
クック
ジャンヌ(New!!)
外部協力者
ナポレオン(New!!)