【完結済】眠れる師匠のわて様を好きに使っていい日 作:あいいろ ののめ
今回は前回の人物紹介で敢えて解説を入れなかったリンドについて、ロノミアとの因果のお話になります。
蛇足編 その①『リンド』
―――幼い頃から、魔法が好きだった。
あらゆる可能性に満ち、様々な形に発展を遂げた、理想を現実とせんばかりの技術体系。
かつてこの帝国の地を創り上げたという古の吸血鬼は星々を結んで陣を組み、神の如き御業によって明けない夜の帝都を文字通り『創世』したという。
それがどれだけの脚色を与えられた与太話なのか、それとも帝都に存在する月の欠けることの無いあの場所こそが古き偉大なる存在によって創られた神話の地なのか、結局わて様にはそんな歴史の興味が無かった。
けれどもわて様のロノミアという名前は『天文学』から貰った言葉なのだとおじい様が話していた事を思い出す度、そんなどうでもいいはずの記憶が呼び起こされる。
何故ならそれはわて様が幼い頃から両親によって…いえ、正確にはそれよりもずっと古来より、わて様の一族はそういった吸血鬼の昔話を言い伝えて来たから。
どこまでが真実なのかも分からない、どれだけの時間を伝えゆけば良いのかも分からない。そんな…どこまでも無意味に感じてしまうような、漠然とした家のしきたり。
別に嫌いと言うほどでは無いのだけれども、幼いわて様にはどこか窮屈な感覚があったのかしら。幼い頃から両親の魔術の手引きもあり周囲から英才と称えられる学生生活の最中で、年相応に不良っぼく振舞ってみたりもしたの。
例えば学園をサボって夜の街を出歩いてみたり。もちろんお父様やお母様に心配を掛けない、勉学にも支障のでない範囲で。
今にしてみればわて様らしくない、不良と呼ぶにはちょっと可愛らし過ぎるわて様だったと思うけれども……そんな頃に出会ったのが、リンドだった。
彼については…まず無警戒さが目につくかしら。
初めて会った時も、わて様が帝都の騎士の補導を掻い潜るために窓を割って部屋に飛び込んだと言うのに、彼は怖がるどころかわて様の背に生えた吸血鬼の翼を興味深そうに見ていたのだもの。
無邪気で、本を読むのが好きで、わて様を見ても怖がらないようなどうしようもないお人好しのバカで…彼の足が悪いという点を差し引いても、目を離すことの出来ない人だった。
まるでわて様が『恋をしているみたい』って?
…まぁ、そうね…初恋だったのかもしれない。でも、恋に恋をしていた可能性だってあるわよね?
偶然出会った相手がちょうど真反対の性質を持っていて、だからこそお互いにはいつも知らない世界が見えている。
それって…相手が好きなんじゃなくて、ただ単に知らない事を知ることが出来る、知識欲を満たせるモノだから面白いだけじゃないかしら。
だからもし相手の全部を知ったらそれっきり、一切の興味を失ってしまったら大変よね。
…えっと、リンドとの話で言えば、その結論には至らなかったわ。
そうなるには時間が足りなかったのかしら、それとも本当に恋をしていたから?
そのどちらなのかなんてもう今のわて様には解りようが無いけれど、少なくとも当時のわて様は彼に首ったけだったのは間違いないわ。
だって、薄々だけどバルカリカはわて様の変化に気付いていたんだもの。
「これ、本当に君が造ったものなのかい?」
「当然でしょ、天才なんだから。わて様にかかれば貴方の脚を補助する『魔導義肢』のひとつくらい、設計できるのは当然なのだけれど?」
「本当に…驚いたよ、立って歩くのがこんな楽になるなんて…」
「言っておくけど、あくまでもソレは妥協案なんだから。わて様が本当に目指すのは、リンドがそんな物に頼らなくたって歩けるようになる医術の方なのよ?」
「僕にはコレでも充分嬉しいけれど…」
「『コレ
「ああ、いやそれは言葉のあやって言うか……ゴメン!」
「……まぁリンドが嬉しそうな事ぐらいわて様には分かりきってるから、今回だけは許してあげなくもないわ」
「そっか、ありがとうロノミア。…ところでこの義肢?…本当によく出来ているよ、こんな小さなサイズで複雑な動きに対応するなんて…」
リンドが興味深そうに義肢を眺めているからついわて様は、その義肢に使った技術について話してしまったの。
「いい所に目をつけたわねリンド、それは星々を結んで魔法を描く昔話を参考にしたのよ」
「星を…?」
「ええ、夜空にある星同士を必要な魔法陣に応じて繋ぎ合わせることが出来れば、理論としては瞬時に複数パターンの魔法陣を描ける筈でしょう。まるで昔の人が星を見て星座を結んだように。
その義肢は中身に存在するコア同士を必要に応じて組み替えるアルゴリズムを組み込んだことで、たったひとつのコアを最大八百万パターンの動きに対応できるようにしたからこそ、そのサイズでも多機能かつ高度な補助を可能にしたのよ?」
例えば、歩くときには両脚を交互に前へと進めていく訳だけれども。その時に脚というのは思ったよりも複雑な動きをしている。
右足を踏み出す場合に人は膝を曲げ、反対の足で地面を蹴り上げることで前方に進む力を生み出し、その反動で前へと進んだと同時に右足を伸ばすことで前方に着地する…そんな風に。
けれどもその動きの順序を並べ替える事で、直立の状態から片膝を持ち上げるように曲げ、浮いた足を前方に力を込めて繰り出す。すると不思議なことにその動きは歩きではなくて、前にいる何かを蹴り飛ばすようなものに変わるでしょう。
要するに歩き方ひとつをとっても、順序によっては動きを蹴りに変えたり、強弱を調整することでジャンプしたりと使いようによって柔軟な行動ができるということ。
…もしわて様が上手く説明できてなかったとしても、今はお勉強をする時間でも無いのだから細かい事についてこれ以上話をするつもりは無いけれども…まぁ、とにかく。
「リンド、いつか貴方が自分の足で歩けるようになる大医者様にわて様がなるまではソレで我慢して頂戴。」
「我慢だなんて、そんな…本当に嬉しいよロノミア、ありがとう。でも医者になる夢を僕が諦めた訳じゃないんだ、それだけは忘れないでいてくれよ」
「ええ、勿論」
リンドはわて様の造った補助用の義足のお陰で、その日を境に様々なところへと一緒に出掛けるようになった。
お題目としては義足の動作チェックをするため、それはもう色んなところでデートをしたのよ。これまではお家デートばっかりだったから、それはそれで悪い気分になんてなる理由がなかったのだけれど、それでもリンドと一緒に出掛けること自体が今までとは違った魅力を伴っていたのは間違い無かったわ。
義肢を身に付けたリンドは周囲から物珍しい目で見られるから、それに慣れない彼は少しだけ嫌そうにしてたけれども……そんなの、わて様とリンドのイチャつく様を見せつけてあげれば良いのよと言うと、不慣れな彼は頬を赤らめて押し黙ってしまったのが愉快でならなかった。
そんな風に…リンドに出会ってからの日々は実に充実した時間の連続だった、その日が訪れるまでは。
「軍の強制徴収って奴よ、リンドも言葉くらいは知ってるでしょ?」
「うん…でも……」
「何よ 、リンド。そんなに分かり易く心配な顔をするほど、大吸血鬼のわて様ってひ弱に見えるのかしら?」
「そういう訳じゃない、だけど君が向かう場所は戦場なんだろ?」
「もう、そんな心配しなくたってわて様は帰って来るわ。言っておくけれどあなたが思っているよりもわて様って、ずっと強いのよ?」
心配性なリンドにどれだけの言葉を積み重ねてもそこまで意味は無かったでしょうけれど。脚が悪いお陰で運良く徴収を間逃れたリンドはバツが悪そうにしてたから、少しでもそのモヤモヤを払ってあげられればと思ったのよね。
―――だから、初めてソレを見た時。
―――わて様はどんな顔をしていたのかしら。
「…どうしたの、ロノのん?」
「……何でも無いわ。それよりルカリカ、もうこの辺りの戦線は殲滅戦に移行してるのでしょう?」
「うんっ、ロノのんのアレのお陰でね? アレって言うのは、えー………っと…」
「『魔術阻害型磁気嵐』ね」
「そうっ、それ!!…にしてもロノのんはもうちょっと名前に凝っても良いんじゃない? 覚えづらいよぅっ!」
「乱戦で咄嗟に扱うような魔術でも無いのだから貴女に覚えて貰う必要は無いわ。
それにわて様にはこっちの方が用途もひと目で解って楽なのよ、だからアンタの『落日』みたいな変に飾った名前なんて要らないの。解った?」
「わかんなぁいっ!」
「ハァ…戦場でも貴女だけは本っ当に変わらないわね。慢心してるとろくな事にならないのよと言ってあげたい所だけど、ここまで来るとむしろ安心してくるわ」
「その割にはなんだかロノのん緊張してない?」
「そう見えてるならルカリカ、貴女の眼は相当な節穴」
「やだなぁロノのん〜。ロノのんみたいに可愛い子相手にはよく言うじゃない?
…『目に入れても痛くない』って。わたしの目に穴が空いてるならロノのんを入れたって痛くないんだよ、そうでしょっ?」
「……」
「どう、少しは気も紛れた?」
「…紛れたから。」
「なにそのロノのんのバカな友人に仕方なーく付き合ってあげてます〜、みたいな反応。」
「よく解ってるじゃない」
「ね、ねっロノのん」
「何よ、今度は」
「さっきロノのんが見てた敵兵の『ソレ』さ、最近よく見かけるよね? やっぱりロノのんも気になる?」
「…そうね。数自体は多くないし、空を飛ぶ吸血鬼にとってはそこまで驚異になるものでも無いのだけれど。同じ人間同士の白兵戦が拡がる他の戦場だと苦戦を強いられてるのでしょう?」
「うーん、まぁ…あんまり良いとは言えないかな、実際けっこーな被害も出てるわけだし?
でもさ、ロノのんのお陰でこうして鹵獲も出来たから研究が進むだろうし、本当にコレが戦争の道具として脅威なのかが判明するのはまだこれからかなーってルカリカお姉さんは思うよ?」
「そう…」
「あ、ちょっとロノのんいきなり何処行くの!? このルカリカお姉さん相手に放置プレイはどうかなーって思うんだけどなぁっ!?」
「少し…調べ物よ」
その場を後にしようとしても勝手に背ろを付いてくるバルカリカを片手で追い払いながら、わて様はひとつの大それた考えを巡らせていた…―――
―――…ここが、占領している砦の…最上階。」
わて様はその事実を確かめるように言葉を吐き、その扉を開く。
大それた考え、それはわて様やルカリカの居る帝国の正規軍と敵対したどこの馬の骨とも知らない吸血鬼の貴族が私設軍を集めていた砦に忍び込むという物だった。
本来ならこういった行為は斥候に任せるべきなのでしょうけれども、わて様にはどうしても確かめたいことがあったから…少しだけ無理を言って、風を読むことに長けた特技を活かして斥候に名乗りを上げてまで敵の総本山に立ち入ったの。
「………っ」
「君は…まさか…」
「リンド…」
そして、その扉を開けたわて様はお目当ての人物を見つける事に成功した……成功してしまったと言った方が、良いのかしら。
敵の根城であるはずの場所に居たのは、あのリンドだった。
後編は明日投稿。
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