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2049年 旧東京・郊外
1ヶ月前、俺はこの世界に転生した。
遺伝子病で崩壊した現代社会。
まだその全容を把握できていないけれど、俺の過ごしてきた社会と異なる部分がある──男性と女性との貞操観念が逆転しているのだ。
男性は絶滅予定の貴重生物。
保護し、繁殖のために利用しなければならない。
そこに転生した俺は、危うく種馬として改造されるところを
「いや怒濤すぎる」
ここ最近の出来事に想いを馳せているだけで疲労感に襲われた。
マットレスに身を投げ、天井を眺めた。
雑居ビルの一層を改築し、
水道や電気などのインフラは、この地域まで復旧しかけている。
室内は温かい。
キングサイズのベッドを置いてもなお広い寝室。
カーテンから差し込んでくる細い光の筋。
ぼんやりと広がる間接照明の光。
やばい、緊張で気が変になる。
「そわそわする……マツリカめ、寝室作りに本気出しすぎ」
部屋を覆う重厚な雰囲気。配置された家具に目をやれば、丁寧に拵えられた調度品の高級感で落ち着かない。
もうじき時間のはずだ。
時計の秒針を視線で追うと、定刻と同じタイミングで控え目に部屋の扉がノックされた。
「ハル様、アリスがまいりました」
「……入って」
つつましく開かれた扉。
少女──アリスが、一礼と共に踏み入れた。
視線を定めず、羞恥の色で頬を染めている。
いつもの改造制服。
武器を収納したベルトが、ボディラインを強調する。
敵味方の誰にも隙を見せない武人の立ち姿が、俺に意識を注ぐので精一杯になっていた。
所在なさげに揺れる長いポニーテールがうなじをちらつかせ、俺の胸をくすぐってくる。
清楚な彼女の、目の奥に浮かぶ激情。
「………………」
「ハル様、綺麗です」
「いや、うん……なんか、変なタイミングの賞賛だけど、アリスも緊張してる?」
「はい。はい。私は今日、あなたを愛します」
「状況確認照れるんだけど」
「武装を解除します」
「……いや、もうちょっと雰囲気作れる言葉あるでしょ」
駄目だしできる立場ではないけど……
なんて呆れも、スルスルと外されていくベルトに吸われた。
髪の結びをほどく所作が、たまらなく煽情的だった。
まだ制服のままだが、裸体よりも色気があるように感じる。
「恐れながら、触れてもよろしいでしょうか」
「もちろん。アリスのものだよ」
半ば冗談で両腕を広げると、彼女の目が艶めかしく光る。
「私のすべて──」
熱く火照った少女の顔が間近にある。
ベッドに腰掛けた俺の隣に控え、花を愛でるように指で頬に触れてくる。
震えてる指先は、彼女の理性と本能とのせめぎ合いを表してるみたいで、俺自身の抱えた興奮も忘れてしまう。その切ない仕草が、たまらなく愛おしく思えた。
従者と主人。その境界線をどう塗り替えようか、模索しているのだ。
「若──頬、少しだけ柔らかいのですね」
「あ、うん。体脂肪率、そんな高くないし」
「
「へ……」
甘い声が耳を刺激して、一瞬で動悸が激しくなった。
熱っぽい吐息。
くらくらする。
アリスがまとうワインのような退廃の香り。
彼女は隣に座ると、俺の手に指を沿わせた。
「骨格、筋肉……すべて、私達と異なる」
「そりゃ、男と女だし」
「ハル様、あなたをもっと求めたい」
指が絡まる。
見つめてくる彼女。もう、とっくに俺も夢中になっていた。
宝玉の目。複雑な感情を内包した瞳が重く閉じ、迫ってきた。
甘い唇が言葉をふさぐ。
重なった唇。薄く目を開くと、困ったように曲がった眉が見えた。
「ん……」
細い手が首に回る。上体を傾け、体重を預けてくる。
繊細な仕草で押し倒された。
服越しでも伝わる暖かい肉体の感触。
全身を密着させ、そのまま捕食してしまうように、俺の両手を掴む。
「もう、離れません」
宣言のように聞こえる。
濡れた唇がもう一度触れたかと思えば、彼女はゆっくりと上体を起こした。
俺の服のボタンをひとつずつ外す。
「若の体、こんなにもたくましい」
「1ヶ月頑張ったから」
いたずらっぽく笑ってみる。
ぎこちない動きで、彼女が体を倒す。
彼女の胸が柔らかに触れた。
「若、生きてます」
「アリスが助けてくれたから」
「私が、勝手な真似を──」
今度は、俺が彼女の唇に触れた。
そのまま、口のなかを舌でなぞる。
上から下まで、届く限りをねぶった。
「若、こんな、はしたない」
「今更だよ。俺だって期待してるんだから、アリスも我慢しないで」
「あ、あ、あ」
小さく喉が震えていた。
体が深く沈んでくる。
〝
汗ばんだ体。肉の張り詰めた太ももに、水が筋となって垂れていた。
「若、こんな……あなたは、なんてみだらな」
◆
呼びかける声で目が覚めた。
「若、起きて!」
誰だろう。やたらと切羽詰まっている。
瞼が重たい。乱暴に掴まれた肘が痛い。
少女が顔をのぞき込んできていた。
焦点の結ばれないぼんやりとした視界。
少女を眺めた。
ぞっとするほど美しい造形。
白磁の肌と、宝石の瞳。
それに……制服と、刀?
「若、私のケジメはあなたの無事を確保した後に必ず! どうか今だけはこちらに!」
硬質なベッドに横たわっているらしい。
上体を持ち上げられると、自分の体にいくつも
「誰、きみ」
「…………!」
息が詰まる気配が伝わってきた。
「何者でもございません。私は、あなたのために」
「どういう」
「私は名を、身分を捧げました。指先に至るまで、あなたの意思で動きます」
わからない。
疑問が湧いてでても、解決することなく膨れてくる。
本心だけをぶつけてきているのか、涙声の訴えは俺を混乱させるばかりだ。
「ただ、いまだけは不甲斐ない従者に
「助け……」
危機感。半ば本能的に、事態の整理に務めようと思考が切り替わった。
自分の体を検める。
胸と、腕に医療用の管が繋がっている。
点滴、なにかしらの薬液か。
それから、肉体のあちこちにサインペンで『×』とメモ書きされている。
周囲の様相。薄暗い室内は、そう広くない。
棚に並んだシリンダーと機器類が、俺のベッドを取り囲んでいる。
ビニールカーテンが隔てた隣のベッドには、物言わぬ影がずっと横たわっていた。
たまらない不吉。
心電図の波形を目で追う。
徐々に高まる不安を裏付けるように、心拍数が上がっていく。
意識が鈍くなる。
治療、検査──あるいは、
「なにこれ、俺、なにされてるの」
「すべて私が不甲斐ないゆえです」
「いや、ちゃんと意味わからないって」
粛々と頭を下げないで理由を話してくれよ。
「失礼、若──」
「って、のわ!」
いきなりだった。
枕を引き抜かれる。
少女が腰元から鋼鉄を取り出す。
拳銃。モデルガン?
理解が追いつくよりも早く、彼女は準備を整えようとしていた。
「警備が間もなくこちらに来ます。相応に数は減らしましたが、連中も警戒して部隊を編成してくるでしょう」
「それ、本物?」
「ええ、現地調達しました。使い方をおさらいしましょう」
枕の一部を銃口にぐるぐると巻き付け、彼女が手渡そうとしてくる。
なんだこれ、現実感なさすぎだろ。
「こちらがトリガー、リアサイト……射撃の際は、安全装置を解除し、両手でまっすぐと構えます」
「いや、そんなの使えない」
「もちろん、威嚇射撃で使ってください。とにかく射線に自分の体をいれないこと」
「あ、枕は……?」
「急用の
彼女自身の焦りがピークに達しているのか、段取りを省いた短い答えだけしか返ってこない。
「どうか」
「は、わかんないって」
懇願と銃を拒み、ベッドの上で後ずさる。
「ドッキリだって、こんなの。サムいノリしてる」
安直な現実逃避。
自分の身を囲む不吉と、人形のように佇む少女。
「なあ、俺って本当に生きてるの?」
細い息と共に、少女の声が途切れた。
「俺……
思い返す。
起きる直前の記憶に染みついていたのは、自分が事故で死ぬ光景。
だってのに、五体満足で生きている。
目覚めたら、解剖寸前で少女と向き合っている。
ひとつも理解できることがない。
「若、申し訳ありません」
「俺、トラックに
「……記憶に混乱がみられます。ご自身の名前と年齢は把握できますか」
「ハル……歳は16」
「やはり……」
少女の目に動揺が浮かぶ。
だけど、迷いのない眼差しで見つめてくる。
「助けます。この身に代えても」
「人違いじゃないか? 俺、きみを知らない」
「いえ、私はあなたの従者……これだけは、もう二度と、間違えません」
パニックの渦の中心で、彼女はたまらなく真摯に呼びかけてくる。
「あなたは人類絶滅の保全戦略の
「いや、いやいや待て待て……」
「生殖機能だけを維持し、その他の機能を切除して生命維持機関と接続を──」
自分の肉体に付けられた印。
見れば、腕や胴体、あらゆる部位に記されている。
サイドテーブルに置いてあったカルテを乱雑に取り、資料に目を通す。
『被検体No.15』と題されたカルテには、投与された薬液の種類と、俺に関するパラメーターが記されている。
息が浅くて苦しい。
「事故って死んだかと思ったら、また殺されそうになってるのか……?」
「そんなの、私は認めません」
彼女は刃のように素直だった。
「逃走経路を確保してあります。とにかく今は、ご同行を願います」
「あぁ……」
ぼんやりと頷き、床に立つ。
タイルの冷たい感触が素足にじんわりと伝わる。
まだ全身から麻酔薬が抜けていない。足取りが定まらない。
「こちらに」
混乱は続いている。
でも、今は彼女に付いていくしか選択肢がなかった。
廊下の隅には薄らとホコリが溜まっている。
まばらに点いた電灯。
ほかの部屋を覗くと、動物標本のようにホルマリン漬けされた臓器が陳列されている。バイオハザードかよ。あまりの非現実っぷりに、心中で自嘲するしかなかった。
俺と少女は、足音を殺して屋上へと進む。
「なんで外に向かわないの?」
「この施設は要塞化しています。陸路は閉鎖されているので、空路で。まだ仲間が食いとめているうちに、輸送用のヘリの到着を待ちます」
「随分と丁重な扱いだね……」
「時間に余裕がありません。
「無駄口叩くなってことね」
屋上の扉を開く。
視界が開ける。
夜の闇と、仄暗い絶望が広がる。
「ああ──」
コンクリートの壁に囲まれた敷地の奥。
肉眼で水平線を望む。
あちこちで立ち上る黒煙。
銃の放つ光と爆音。
暴動が地上で巻き起こっている。
こんなの、ありえない。
意識の下から、理解が滑り込んでくる。
「俺、転生してる……ありえない、だけど、そうとしか思えない」
愕然と立ち尽くす。
目の端で留まっていた涙が、諦めたようにこぼれてきた。
だって、ここ学校だ。
校舎を改造し、実験施設として利用しているのだ。
劣化したコンクリートの床面は、苔が生えている。
遠方に望むビル群も、ひとつだって電灯がついちゃいない。
テレビ番組のドッキリを疑ったが、現代にこんな大がかりのセットを整えられるほどの力を持っているはずがない。
「若、トラブルです」
インカムで連絡を取っていた彼女が、焦った表情で頭上を仰ぐ。
「ヘリの到着が遅れています。連絡も途絶しています……別のプランに移るしかありません」
「別の?」
「陸路で突破します」
「え、でも閉鎖されてるんじゃ」
「問題ありません。私のこの──」
彼女はおもむろに、屋上の脇に身を滑らせる。
「──〝アンヘル〟ならば」
鋼鉄のモンスターマシン。
大型のバイクが鼻息荒くエンジンを噴かしていた。
「急ぎましょう。活路を拓きます」
「…………制服と刀と美少女とバイクって、欲張りすぎじゃない?」
人物紹介
・ハル
成人。転生直後モルモットにされかけたが、謎の武装メイド集団に救われる。耳フェチ。音フェチ。
・謎の少女(アリス)
成人。なんといおうと成人。あと女子高生。
刀とか重火器とかの扱いが得意。テロリスト。