動悸が激しい。
身体に当たる冷たい風。
視界が開けた。
人間の域を超えた戦闘で、屋上は爆撃が落ちたみたいに、破壊の痕跡がいくつも刻まれている。鉄条網は完全に外れ、屋上の端は変形し、岬のように切り立っている。なにをどうすればこうなるんだよ。
「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!!」
2人の前に裸体を晒す。覚悟を腹に据えた俺は無敵だった。
「な、な、な、なんですの、あれ……」
股間に視線が注がれている。
金髪の令嬢。唇がわなわなと震え、白い肌を紅潮させていた。
カメラ越しでは窺えなかった表情だ。
一時的に
よし……! ひとまず、すぐに殺されることはないと見た!
拳を握りしめ呼吸を整える。
少女に駆け寄ると、彼女は泣きそうな顔で喘いだ。
「若、その姿は……!」
「全員で助かってここを出るためだ。今は目をつぶってほしい、文字通りね」
「あなたは、また……」
目眩を起こしたように、足元がふらつく。
その肩を支える。輪郭が儚い彼女の、華奢な肩。
肌に走る傷が痛々しい。人形のような彼女も、血は赤いらしい。
悄然と息を切らし、見上げてきた。
「なぜ、ここに」
「いまはただ、俺に助けられてよ」
「あ──」
説明する暇はあんまりない。
狼狽している女性──エマが、冷静にならないうちに、交渉を始めなければならない。
カナデさんが去り際に言い含めてきたのだ。
『場の緊張感を握り、要求を簡潔に告げて必要以上に語らないこと』
要するに、優位を保てと。
俺はいま、全人類が欲してやまない『繁殖』という
垂涎の的だろう。いかに有利な条件を引き出すか、分水嶺だ。
最低でも、身の安全を確保する。脱出については、みんなに任せた。
エマは、政府の役人だという。交渉するに値する人物だ。
彼女が今回掲げた
俺はあくまでも、目的を達成することで自動的にもたらされる景品にすぎない。
彼女達に取って代わるだけの『利』を、吐き出す必要がある。
「だからまず、
エマを睨み、銃を天に掲げた。
響く銃声は、くぐもっていた。
空に向けた銃口。巻き付けた枕が、発砲の熱でぐずぐずに溶けそうだった。
銃身が跳ねた反動で肩が痛い。
耳を
続けて発砲。
薬莢が転がる。硝煙と焦げた化学繊維の臭い。
焼け落ちた枕の布地が、火の粉をはらんで舞う。
「なんの、つもりですの。女同士の逢瀬に横槍を入れて、無粋ではなくて」
注目の視線に、警戒が混じる。
ニヒルに笑い、彼女の目を見返す。裸だから気が大きくなっていた。俺は
「はじめまして、俺はハル。見ての通り、勃起ができる」
「エマです。被検体No.15、ここは
「いいや、生憎だけど幕引きにきた。アンタ達の学説だと、人間の男が勃起する条件は『瀕死状態で刺激される生存本能の作用』だっけ?」
「学説もなにも、それが万民の理──」
「──だが、俺は逆だ」
「なんですって?」
眉を寄せる。
見てろ、世界がひっくり返る、その瞬間だ。
俺は笑みを深めて股間を突き付け──
「あれ?」
へにゃん、と垂れ下がっている。
血の気が引く。
そうだ。全力疾走+緊張で、勃起が維持できなくなったのだ。
勃起は目撃されても、その先はまだだ。
すぐに
「ちょっと、待って、スタンドポジションがズレちゃって……!」
「……やはり、眉唾でしたか」
エマが吐き捨て、赤面したまま槍を持ち直す。
気配が変貌した。
強烈な意思が風を纏い、全身を襲う。
嫌な汗をかく。血が冷え、寒さを感じる。
これが、殺気……!
というか普通に裸のせいで寒いわ。
気圧されるな。まだ危害を加えには来ていない。
値踏みされている間に、話をつける。
「若、ひとまず服を!」
「ぁあっ」
顔を合わせられない、といった具合で少女が目を背けていた。彼女は、自分のシャツを手渡してきた。
汗ばんだ白い首筋が目に映る。
細い肩だ。とても、刀を自在に振り回していたとは思えないほど。
青色のブラだ。谷間だ。上品な胸の大きさで、目が吸い寄せられる。
……少し、元気が取り戻される。
ただ、まだ足りない。もっと、刺激的な煩悩がいる──
「若、お早く!」
「ぉす」
彼女の血汗がにじんだ制服を羽織る。
ちょうどいいサイズ感だ。
袖を通す。なんか、女性の服を着るのって新鮮な気持ちだな。
律儀にも、エマは仏頂面で待機していた。
ただ、ボタンを留めている間もしっかり視線は固定してたな。
「……! 貴方、肝心なところが隠せていないじゃありませんの……!」
「ごめん! とにかく話をしよう!」
「くぅ……! 女性用のシャツを着たから、ボディラインが克明に強調されて……! おまけに、なんですか。覆うべきところを覆わないことで、無限の美的視点をかぐわせる……! 魅せるべきところと見せないところとの複雑なコントラストは……こんなの、センシティブです……オティンティブです! 真に目するところは
「ひょっとしておもしれー女?」
一文字も理解できない罵声を滔々と並び立てられた。
首を傾げる。人前に裸で失礼とは思うけど、なんて激昂っぷりだ。礼節を重んじるひとなんだな。
少女は真横で何度も頷いてた。お前はわかんのかよ。
「交渉しよう。協力関係を結ばないか?」
「大きく出ましたね。貴方の身柄は、政府のものです。今更、決定を覆すことはありません」
「提示するのは『俺の提供する役務』だ』
政府の方針では、俺の自我は剥奪される見込みだ。
生殖器官と、生命維持に必要な最低限の器官だけを残されて、ほかは余剰分として処理される。
その取り除く予定の部分に、本当は価値があるのだと。
「役務のなかには、もちろん精子提供だって可能だ。条件さえ守ってくれるならな」
「条件とは、貴方の安全?」
「俺だけじゃない。彼女と、レティちゃんと、マツリカ……カナデさんを含めてだ」
「なりません。今回の襲撃を水に流すほどの価値が、いまの荒唐無稽な話にはありませんもの」
「行動で、価値を証明するよ」
「会話を交わす低い声……腹の底で、欲望を胎動させるこの感触に……慰安としての利用価値が一定数はあると認めましょう」
「……それはつまり、俺をどう思っているんだ」
「尊厳ごとぶち犯したいに決まってます」
会話のなかで、この世界の違和感……つまり、俺の俺自身に対する認識と、周囲の常識との齟齬に、迫る感覚があった。
もしかして、と。
俺を助けた少女達の童貞っぽい反応と、絶滅危惧種扱いの男。
俺に対する視線。あれらは、そう。
性欲が載っていた、はずだ。
ありうるのかもしれない。
俺の空想が正しければ……
「貞操観念が、逆転しているのか……?」
だったら。
そうだ、エマの反応が、これだったら。
俺がいまから提示する要求は、
「御託を並べたところで──貴方を含め、総取りすればよくってよ」
思考を引き戻す。
もらった。
彼女の目的に『俺』が明確に加わった。
もうエマの中で、俺を排除する思考は生じにくい。
あとは、彼女の優先順位をあべこべに狂わせてしまえばいい。
俺の価値を絶対的なものと据え、ほかのものなんて考えられないくらい、ぐちゃぐちゃに価値観をぶっこわしてやる。
「若っ!」
声が奔る。
瞬きの間で、俺と少女の体は、空中に踊り上がっていた。
月を背負って翻る影。光に寄り添い、ふたりだけの空間で世界を見下ろす。
少女は俺を抱えたまま、一蹴りで数十メートルも跳び上がっていた。
「たっ、か──!?」
恐怖のまま、彼女の首を掻き抱く。
浮遊感。
眩むほどの酩酊だ。
不自然に、時間が引き延ばされる感覚。
至近距離には、寄り添う少女の表情。
俺の体のために、名前も、命さえも捧げた少女。
夜のただ中。
月光を呑み、彼女の瞳が複雑な色彩をなぞる。
「若──離れてしまい、申し訳ありません」
俺の知らない悔恨。
胸の奥を
空っぽで、指の間をすり抜けるだけのはずだったのに。
掌の中に、宝石のような思い出が浮かび上がった。
断片的な
少年と少女。
黄金色の原風景の中で、俺であり、俺じゃない誰かが、彼女の名前を呼んでいた。
自然と、その名前は自分の口をついて出る。
「いいよ、君は来てくれただろ──アリス」
腹に落ちる。
それが彼女の名前だ。
経緯はどうだったか。
アリスは、俺を護るために政府と戦っていた。
ただ、単身で護りきれるはずもなく。
俺が、自分の身柄を政府に引き渡すことを取り決めたんだ。
目を閉じれば、霞みの奥へと消えていってしまう。
「アリス……俺、まだこの世界のこと、何も知らない」
「ええ、あなたは箱入りでしたから」
「だから」
彼女の頬に指を添える。
涙がこぼれていて、アリスの顔はしっとりと湿っていた。
「まずはアリスのことを知りたい」
「────」
顔を寄せ、唇を落とす。
鉄の味がした。不思議な柔らかさがあった。
ほんの一瞬。
夢の瞬きに消えるだけの、2人っきりの逢瀬。
ああ、すっきりした。
ようやく、彼女の名前を呼べた。
「ハル、様……?」
「アリス──君の前に絶望だけしかないなら、間違いだ」
「はい、はい……!」
魔法の時間は終わる。
接近する屋上。
「──待ちくたびれました」
着地の瞬間、エマが大ぶりに槍を振るう。
一瞬の閃光に、アリスの刀が衝撃を差し割るのを目撃する。
「──っ!」
片手では十分に威力を殺しきれず、アリスの刀が吹き飛んだ。
俺を抱えたまま、彼女は転身する。
瓦礫の脇に足をつき、焦燥のまま口走る。アリスが油断なく、俺の体に密着していた。
「アリス、なんとか時間を稼いでくれ! なにか、興奮に火をつけるための妄想がいる!」
集中する時間がほしい。また、話し合いの場を作るだけの衝撃がいる。
──と。
凝視する。
アリスは、苦し気にスカートをめくっていた。
白い太ももにきつく巻き付いたベルトに、ナイフが収納されている。
「しかし、手持ちにはもうこの暗器しか……!」
「え」
ベルトで締められた太ももと、タイトに脚を包むストッキング。
どんだけ欲張ったら属性をそんなに盛れるんだよ。
まあ、その、なんていうか。
「──そういうの、大好きです」
時はきた。
体の芯が熱を通す。
血流が巡り、下腹部が持ち上がる感覚。
銃をかなぐり捨てて、己の銃を包む。
「待たせたな、エマ──」
俺には、特別なものはなかった。
特技、趣味、経験──
だけど、ただひとつ。
何回も、積み重ねてきたことがあった。
「しみったれた世界を、ひっくり返してやる」
淡く微笑した。
そうだ、やることは変わらない。
いつも通り、己を磨く──!
証明しろ、己の性能を──!
屹立する自分の竿を、一定のストロークで上下する。
興奮を助長する素材を、薄目で眺めた。
「ぅ、ぁ……アリス、アリス、アリス……!」
呻きながら、快感を絶頂に導くべく擦り続けた。
アリスを見る。
不安そうな表情のなかで、爛々と輝く瞳で俺の痴態を観察している。前に屈むように、脇を内側に寄せることで、綺麗な胸が少しつぶれていた。その、唇。さっき、触れた感触。
エマを睨む。
猛追の手を止め、俺の行為に足を縫い留められている。
優雅な眼差しには、下卑な好奇の色があわさる。
指を舐め、無意識だろうか、自分の太ももを擦り合わせている。
そうだ。
この世界の貞操観念が逆転しているのなら、彼女達にとっては、うら若い乙女が目の前で突然自慰行為をはじめたのと同義なのだ。
戸惑いが生まれるのは、必然だった。
「ぅ……!」
情けなく切れた声が漏れる。
同時に、身体の熱が抜け出る感覚。
迸る白濁。屋上の床を汚す。
どろりと、粘性の高い液体が何回かに分けて体の奥からのぼっていった。
なんてことはない。
いつもと、同じ事。
自分磨きだ。
頭の裏がチカチカと明滅する。充実と倦怠が同居し、胸を激しく上下させた。
やってやった。
「ぁ……ふぅ」
視界が冴えわたる。微睡みの疲労のなかで、状況が俯瞰できた。
ドン引きしているかと思ったが、放蕩の笑みで、エマがごちる。
「
「……よせやい」
「
「はっ、そんなわけ──」
──あるか。
言葉は紡げなかった。
「まじかよ……」
平常時ならばまだしも、射精の直後に勃起の余力があるなんて……!
笑みを貼り付ける裏で、必死に自分の性欲をかき乱す。
「わたくし、自分の体には自信がありますの」
「……………………ごくり」
「ご覧なさい。貴女の主は、誰にでも興奮してしまう下種ですわ!」
「若、なりません、そんな……!」
白衣の下には、黒いコルセットと、ストッキングの姿。
魔性の白い肉体は、佇まいだけで俺の魂を奪う。
指で
下着を丁寧に脱ぎ、俺の反応を愉しむみたいに彼女は唇を舐める。
羞恥がほんの少しでも残っているのか、ぎこちない仕草が節々で混じる。
妖艶かつ、愛らしい。
絶対に勃起なんてしちゃだめなのに。
男の根底を揺るがすだけの、魅力。
くそ、くそ、なんのご褒美タイムだよ……!!!
くっ、犯せ……!!!!
「ほら、ほら……わたくし、こんな、あられもない姿になってしまいました……」
肢体を伝う透明な液体。
唾を飲む。
美しい隆起だ。いますぐにでも、その体を味わいたい。
エマは自ら割れ目に指を添わせ、張り詰めた太ももに情欲を滾らせた。
「昔は語ります。元来、女は男と交わって子を為した──わたくしと、子を造りましょう。わたくしのはしたなく疼く
「あ、ぁ……」
「あなたは、どこまでも下劣な……!」
「ええ、ええ! わたくしは理想のためならば、どこまでも堕ちましょう──ですが、お分かりになって。彼からその身を
「うぅぁああああ!」
頭を抑える。なんだあのエロ漫画でしか見ねえチン媚びは!!!
呼吸が荒くなる。眩暈でくらくらと視界が揺れた。
獣の目で、俺は前方を睨んだ。
ここで欲望に流されるのは簡単だ。
けれど、初志は貫徹できない。
「男は……貫いて、なんぼだ」
人は、自分では抗えない超常的な事象に信仰を見出す。
どうしようもない存在に、助けてくれと祈るのだ。
俺は今まさに、信徒と化す。
気を鎮めるために、脳の奥底から偶像を引きずり下ろす──
──あれは母ちゃんの裸、ばあちゃんの裸! ……ひいばあちゃんの裸ぁ!
とにかく、あの極上の身体に反応してはならない。妄想で、己の芯を制御する。
はたして。
静けさが、冷たさを伴って屋上の底を撫でていた。
「……どうして」
「格付け完了、だな」
愕然と、女は口を開く。
「どうして、わたくしには興奮なさらないの……?」
その、自信を喪失した顔を見て、唇を歪めた。
俺は、その答えを口にする。
「続きだ、ビッチ。俺は、性的興奮で勃起する──ただし、
「そん、な……!」
愛は世界を救う。それは、きわめて行き詰った世界でも同様に。今回はだいぶ保身に対して効果を発揮してくれた。
エマがうなだれる。
アリスが脇で顔を真っ赤にしながら俺を見てくる。初心な反応でたまらなくかわいかった。ごめん、いま言ってるのぜんぶ出まかせ。
薄い唇をわななかせ、血走った目でエマが俺を見据えた。
お? 穏やかじゃないな。
「認めましょう……」
「よしよし」
「わたくしを下し、端女に貶めた、この屈辱を……!」
「まってまって!」
たまらず静止する。
裸のまま突貫してくる。アリスは間に合いそうもない。
ええい、ままよ!
両手を広げ、豊満な体を抱きとめる。
「────あ」
耳元で、切なく息が漏れた。
暴れないよう、力いっぱいに抱きしめ、刺激しないように言葉を紡ぐ。
「役務ってのは、その、つまり──」
「──俺は、愛を売るよ」
人物紹介
・ハル
愛にエロとルビを振る
・アリス
しばらく唇を自分の指でなぞることになる
・エマ
いろいろ頑張って終末世界を救おうとしてたひとたちのひとり。
男性の生殖能力を治療する方面から、女性だけの単為生殖に方針がシフトしつつあったものの、ハルに抱きしめられたときの腹部に触れた精液の感覚で目覚めた。
・レティ
複雑な感情でカメラを注視してる
・マツリカ
レイプシーンが一話お預けになっちゃったかわいそうな子
・カナデ
やりやがった! ってテーブルをたたいてる