ふかふかな世界の甘々ヒーラー 作:カタナちゃん
遅れてすみませーーん
暗黒大陸へと足を踏み入れたその場所は、相変わらず冷たく、そしてどこか殺伐とした荒涼とした岩場が広がっていた。
だが、先ほどまで絶望の淵に立たされていた彼女たちにとっては、そここそが、懐かしい我が家へと続く帰還の地である。
「おー、ここが……皆の故郷の、暗黒大陸か!」
収納魔法から次々と解放されたゴブリンやレッドキャップたちの少女たちが、恐る恐る、そして懐かしそうに周囲を見渡す。
冷たい風が頬を撫でるが、先ほどまでの怯えた様子はどこにもない。あるのは、生きて故郷の土を踏めたという圧倒的な安堵と、目の前に立つ「恩人」への計り知れない感謝だけだ。
「旦那様! ここです! ここ、ですっ!!」
「ほんとに、本当にありがとうございます……!」
少女たちが、代わる代わる旦那様の衣服の裾をギュッと掴み、離そうとしない。
便宜上は亜人と呼ばれる彼女たちだが、原作特有の愛らしい造形をしたその顔には、大粒の涙と、それ以上に隠しきれない熱い好意が浮かんでいた。ゴブリン、オークたちも
「旦那! すげえよ! 本当に帰ってこれた!!」
と、地面を叩いて歓喜の声を上げている。
疑ってた訳じゃないが、本当に故郷である暗黒大陸へ戻ってこれるとは思ってなかったのだ。人間たちが支配する大陸へ来た時点で、もう終わりだと思ってたから。
――さて、ここで現実的な確認をしておかなければならない。
「よーし、皆。故郷に帰れたのは良かったとして……。この辺りの位置はわかるか? どのあたりまで送っていけば安全に合流できそうか、教えてもらえるか?」
旦那様が冷静にそう問いかけると、代表して前に出た少女が首を縦に振る。
「はいっ! ここからなら、山を一つ越えた影に、私たちの隠れ里があります。ここまで送っていただければ、もう仲間のところへ戻れます……! ですがっ!」
彼女はそう言うと、ギュッと旦那様の腕にしがみついた。
離れたくない、とばかりに、その豊かな胸の柔らかさを惜しげもなく押し付けながら、潤んだ瞳で見上げてくる。
「置いていかないでくださいっ……! このまま旦那様がどこかに行っちゃうなんて嫌です! ずっと、ずっと一緒に……!」
「そうだよぉ! もっと、もっと旦那様の子種を……! 私たちの故郷で、一緒に暮らしましょう!?」
周りの女の子たちも「いやだぁ!」「行かないで!」と、まるで雁字搦めにするかのように一斉にしがみついてきた。男のゴブリンたちまで
「旦那、ここに住みなって! 旦那に俺たちは従う! なんでもするから!」
「勿論、人間と戦ってくれ、なんて言わないよ! 人間側につく旦那が怖い! とかでもない! ただ、ただ旦那に惚れた! それだなんだ!」
と乗っかる始末だ。
温かい感謝と、底なしの熱量が文字通り物理的な壁となって包み込む。
――流石に、四六時中は勘弁してもらいたいんだよな。
何せ、人間側の文明圏にも行くという目的がある。
それに、いくら体力とチートな能力があって、収納できる余裕はあっても、四六時中このハイテンションな大所帯に囲まれて過ごすのは、流石の異世界渡り歩きベテランでも荷が重い。
「おいおい、ちょっと待てって。気持ちは嬉しいけど……オレも、この世界の別の場所、人間が暮らすところにも行ってみたいんだって。アイギス、だっけ? とにかくずっとここに居座るわけにはいかないだろ?」
「そんな……っ!」
「でも、安心しろ。ここで完全に今生のお別れってわけじゃない。また、会いに戻ってくるよ――いや、落ち着いたら、また顔を出してやるよ。な? だからそんな泣かない泣かない!」
優しく、しかし決して揺るがぬ意志を込めて、旦那様は彼女たちの頭をポンポンと撫でた。
その落ち着いた声音と、決して自分たちを見捨てないという確かな眼差しに、しがみついていた少女たちの焦りが少しずつ解ほぐされていく。
性欲を繁殖を、第一に考えて、飛びついていた彼女たちだったが、今は違った。
「……本当、ですね? また、会いに来てくれるんですね?」
「ああ。約束する。だから、今はちゃんと皆で集落に帰るんだ。危険なところがあれば、ここまで送るから案内してくれ」
名残惜しさは消えないものの、これ以上わがままを言って嫌われてしまうのは一番の恐怖だったのだろう。
代表の少女は、名残惜しそうに唇を尖らせながらも、ゆっくりと頷いた。
こうして、どうにかこうにか彼女たちを説き伏せ、それぞれの集落へと送り届けた。
別れ際、泣きながら何度も抱きつき、名残のキスをねだる女の子たちをなだめすかしつつ、彼は一人、新たな目的地――人間たちの暮らす領域、そしてまだ見ぬ「ふかふかダンジョン」へと歩みを進める。
「すごいよな。確かに助けて感謝されるある程度は想像してたけど、ガチで戦争している人間なのに、英雄みたいに扱ってくるとは想定外」
特にレッドキャップの集落は殺戮妖精と人間側から言われるくらいには、相性☓な関係だ。
ただ、レッドキャップの娘たちが帰り、説明した途端に、人間であっても、この世界の人間ではない、つまり全く違う存在で、嫁・娘、つまり家族を人間の国から助け出してくれた英雄である、と大歓迎されたのだ。
「人間だったら、いろんな画策とかしてきそうだけど、亜人の皆はそーゆーの無いんだよなぁ〜、人間と違って」
数多の世界でも見てきたが、基本的に人間は打算的、と言うより汚い部分が目立つ。そういう意味では、未踏の地みたいなこのふかふかダンジョンの方が綺麗なまであるかもしれない。
「それはそれとして、まず何からやるかな!」
人間の暮らす領域へ向かうか、それとも広大な「ふかふかダンジョン」を踏破することにするか。
誰もいない荒涼とした道を一人歩き出す。
ふと、そんな気楽な一人旅を噛みしめようとした時だった。
「……旦那様!!」
「――ぶっ!?」
背後から掛けられた突然の声に、流石の異世界ベテランも少しだけ肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
暗黒大陸でも一際熱烈に懐いてきていた、レッドキャップの少女――先ほどの集落の者だ。名前は確か――。
「お前、ルル!? なんでここにいる!?」
「ごめんなさい!! 私、どうしても旦那様と離れるなんて嫌です! 私、もっと旦那様のお役に立ちたいんです! ずっとお供します! させてください! なんでも、なんでもしますから!!」
しがみついて離さない! と言わんばかりの彼女の様子に、圧倒されつつも、盛大なタメ息を吐いた。
故郷に戻れたと言うのに、ようやく自分たちの家族、仲間がいる集落に戻れたと言うのに、それよりもこちらが良い、と言う気持ちを無下にしたくはない、と感じる。
何だかんだ言っていても、全員がそれぞれの集落に帰り、家族と、仲間たちと、感動の再会をしていたのだから。
それでも、ついてきたい気持ちは相当なものだろう。
「……はぁー、しょうがない。でも、ルル? 危険な目に遭ったら即座に送り返すからな。てか、親いるのに、折角生きて帰れて、あんなに泣いてたのに、親不孝じゃないか……」
「やったぁ! ありがとうございます、旦那様! 勿論! 家族には分かってもらいましたよ!! 旦那様を射止めてらっしゃい! と快く送り出してもらいました!」
パッと顔を輝かせて喜ぶ姿は、どう見ても殺戮妖精なんて呼ばれる種族のそれではなく、ただの人懐っこい少女のようだった。
そして、帰ってきた娘を即座に向かわせる親もまたすごいな、と思ったが……、まあ、いろいろあるんだろう。
それぞれ、送り届けた集落にいた者たちは、皆実力は知っているから。
ルルと行動を共にして、聞きそびれたことがあったのを思い出し、聞いてみることにした。
「そう言えば、この世界でもスタンピード、ってあるって言ってたよな?」
「はい、旦那様。この世界で一番恐れられている大暴走のことですよね」
ルルが少し神妙な面持ちになり、周囲を警戒しながら言葉を続ける。
「この世界では、人間だろうが、私たち亜人だろうが、種族に関係なく――『禁忌』……火薬や蒸気技術、雷の要素みたいな、やっちゃいけない研究や技術に触れたり、それに類する現象を起こしたりすると、世界そのものが怒り出すんです」
「ほほーう……?」
「禁忌に触れたものたちを、スタンピードで根底から叩き潰して屠る。生態系も食物連鎖も一切無視して、世界中のモンスターや獣、果てはあのドラゴンたちまでが、触れたものに対して一斉に狂ったように突撃してくるんです。確か昔、研究して、禁忌に触れた人間の要塞が完全に破壊されたと聞きましたが」
ルルの説明を聞くなかで、脳内では前世を含めた数々の記憶がスルスルと蘇っていた。
――この世界のスタンピードはそういう仕様なわけか。
数々の世界を渡り歩き、システムや理不尽なルールを遊びの延長で攻略してきた彼にとって、禁忌を犯すと容赦なくモンスターの大群が群れをなして襲ってくる、というのは、あまりにも馴染み深い光景だった。前世の世界でも、特定の危険な要素をあえて引き起こしたり条件を満たしたりすれば、意図的にモンスターを呼び寄せて経験値や素材を稼ぎまくる「美味しいイベント」として散々利用してきたものだ。
「禁忌の中の……道具はともかく、雷に火薬、ふむふむ。できるな」
「旦那様? ……できる、とは?」
「ん? 意図的にスタンピードを起こすこと」
「………………」
飄々と何でもないような感じに言う彼を見て思わず固まるルル。
「よし、この辺なら亜人たちの集落もないし、丁度いい。確認がてら、やってみるか」
「え、えええーーーー!!!!」
固まっていたルルだが、回復したと同時に思わず絶叫してしまうのだった。