★★★(みゆ)
私は谷みゆ。
性別は女。
友達は私の事を元鈴木と呼んでいる。
理由は私の旧姓が鈴木だから。
……なんか、某芸能人を彷彿とするので、ちょっと嫌な呼び方だったりする。
私は高校2年生のときから付き合っていた恋人と結婚した。
恋人の名は谷悠介。
眼鏡を掛けた、中肉中背の男性。
ほとんど無趣味で、趣味と呼べるものは読書くらいしかない人。
彼の素敵なところ。
彼は自分をしっかり持ってる人。
自分の意見をハッキリ言う人なんだ。
だけど、それは他人の意思を無視する人ってことではなくて。
自分の意思を表明しなければならないときに、決断できる人ってこと。
私はそこが好きになった。
そんな彼からのプロポーズ。
それはいきなりだった。
悠介さんが、大手化学企業の研究職での内定を取ったから、そのお祝いのデートをしていたとき。
いきなりだった。
私は悠介さんより先に営業職で就職していた。
何故って、私は大学を4年で卒業したけど、悠介さんはその後2年間大学院に行ったからだ。
研究職で企業に雇われるためには普通、大学院に行かないと無理だから。
そのため、当時は私の方がお金を持っていた。だから
ここの支払いは私持ちだな。
そんなことを考えながら、一緒に居酒屋に入ったときだった。
テーブル席の向かいの席に座った悠介さんが、私を見つめながら
「みゆ。僕の入る会社は、内定取り消しがほぼありえないって話なんだ」
そう、いつもの動かない表情で言ってきて。私は
「そうなんだ。じゃあこれで安泰じゃん」
そう、返した。
おめでとう悠介さん。
私も就職が決まったときは悠介さんにお祝いしてもらったから。
私もお祝いしなきゃね。
じゃあ、ちょっと高いお酒を一緒に頼もうかな。
そんなことを考えて、メニューを取ろうとしたとき。
悠介さんは、私の耳元に口を寄せて
「みゆ。結婚してくれ」
そう、ハッキリと言った。
……全く予想してなかったから、思わず動きが止まってしまった。
……え? 私、何を言われたの?
一瞬の空白の後、言葉の意味が浸透してきて、私は心臓の鼓動が高くなっていくのを感じていた。
どきどき、どきどき
「……こんなムードも何も無い言い方になってゴメン。でも、一刻も早く言いたかったんだ」
これで君と一緒に人生を歩む道筋が出来たと思うから。
すぐにでも君と一緒になりたいから。
彼も少し照れていたのか、掛けている眼鏡を押し上げながらそう続けて言ってきた。
言われた私は、どう答えていいのか少し分からなくなったんだけど
数秒、考えた。
彼からのプロポーズ。
あるとしても、もう少し先だと思っていたのに。
それが今日、あるなんて。
思えば、この恋は私が告白することではじまったんだ。
そして恋としてのゴールであるプロポーズを、彼がたった今、くれたんだ。
その意味が私の頭の中に浮かび上がってきた。
彼に求婚された。
……私はどうなんだろう?
私は……結婚は……
もちろん、したい。
……じゃあ、どうするの?
受けるの?
そこで、色々と面倒なことが頭に浮かんでくる。
悠介さんの家は一人っ子だから、結婚するとなれば私が苗字を変えるのは必須だ。
でないと悠介さんの家の谷家が絶えてしまう。
ウチには兄ちゃんがいるし、私が鈴木を辞めても全く問題が無い。
だけど……
苗字を変えるとなると、色々面倒なことが沢山。
印鑑を変えなきゃいけないし。
銀行の名義も変えなきゃいけない。
およそ、私が契約しているもの全てを書き換える必要が出てくる。
そのメンドクサさ。
正直、うわ、と思った。
あと。
引っ越さなきゃいけない。
当時、私は社宅から会社に通っていた。
あの社宅は、夫婦で住むには少し狭すぎる。
だから新居を見つけなきゃいけない。
……これも面倒くさそう。
ああ、それと……
私、仕事を続けていいんだろうか?
それも考えた。
私は、働くことが好きだった。
営業職というものが天職なんじゃないかとすら思っていた。
他人の役に立って、お金を貰うことがどんなに素晴らしいことか。
それをここまでの2年間で知ってしまっていたんだ。
悠介さんは院卒で、大企業に研究者として雇われる。
順調に行ったら、多分大卒の私よりお給料が高くなる。
……夫婦で、私が働き続けることは本当に正しいの?
そう、ふと思った。
悠介さんは、どう考えているんだろう……?
……他にも、色々面倒なことが頭の中に沸き起こってきたけれど。
でもやっぱり、私は悠介さんのお嫁さんになりたい。
その思いで、全部吹っ飛んだ。
だから私は……
「分かりました……これからよろしくお願しますね……悠介さん」
少し目を伏せながら、そう、彼のプロポーズを受けたんだ。
……と、言いつつ。
私は彼のプロポーズを受けた瞬間、私は頭の中で
そういえば、ウチの会社は結婚祝い金が出るんだよね。
悠介さんの会社も出るかもしれない。
とすると……
もしそうなら、悠介さんが入社後にまで入籍は引き延ばした方がいいのでは?
もしかしたら結婚祝い金の二重取りが出来るかもしれない。
なんて、セコイことを考えてしまった……!
こういうときの二重取りって可能なのかな?