※この作品はR-18です。

男の子が欲しい夫婦の話。   作:XX(旧山川海のすけ)

24 / 43
正しい怒り


心が通じ合う夫婦の話。

★★★(悠介)

 

 

 悠子が生まれてから。

 僕の社会人生活にハリが出て来た。

 徹夜の作業も、残業も、休日出勤も、前ほどの苦ではなくなった。

 嫌に感じる人間とのやり取りも、耐えねばならないという理由、それが出来たせいで大分変わった。

 

 この子が成人して独り立ちするまでは、僕は死ねない……

 

 みゆに悠子を産んでもらって。

 僕は自分を大切にするようになったと思う。

 

 今日も僕は実験を続ける。

 家族を養うために。

 これが男の人生の喜びだ、と思いながら。

 

 

 

 ……今日も仕事が終わった。

 身体は疲れていないが、精神が疲れている。

 

 今はハイツに住んでるけど。

 子供が増えたら家を建てないといけないな。

 

 みゆは子供を一人で終わらせる気はないらしい。

 みゆ自身、兄妹だったから、子供は一人で終わらないもの、という基本認識があるようだ。

 

 僕は一人っ子だったから、そこらへんが分からない。

 でも、今の一番可愛い時期が過ぎても、また次の子を作れば、また同じ可愛さを堪能できるという喜びはあるかな。

 ……子供を外見的可愛さで評価するのは、あまり褒められた事じゃないのかもしれないけれど。

 

 ただ、今の悠子が一番可愛い時期なのは確かだ。

 

 手足が短く、小さい。

 丸々してて、柔らかい。

 頭髪もほとんど生えて無くて、産毛。

 

 そのくせ、顔がみゆと似ている。

 

 そんな可愛い時期を、みゆは見届けることが出来る。

 こんなことを言ったらみゆが怒るかもしれないが……

 

 羨ましい、と思ったことがある。

 

 さて、もうすぐ家だ。

 娘に会える。みゆにも会える。

 

 このために仕事をしてるんだよね。

 

 家の前に立ち、鍵を取り出して。

 

 玄関のドアを開けた。

 

「ただいま」

 

 言いながら、家に入る。

 出迎えが無い。

 

 いつもなら、みゆが悠子と一緒に出迎えてくれるのに。

 

 戸惑っていると、みゆが出て来た。

 ありがたいな。

 ちょっと遅いのは気になるけど。

 

「おかえりなさい。お父さん」

 

 笑顔で出迎えてくれる。

 腕の中には悠子。

 僕らの宝物。

 

 今日も小さくて可愛い。

 

 みゆによく似た目で、僕をまっすぐに見つめている。

 

「悠子にもただいまだな」

 

 僕は少し微笑んだつもりになって、悠子の頭を撫でてやった。

 

「……」

 

 それを。

 何故か、みゆが見つめていた。

 

 ……

 

 なんだか、みゆの様子がおかしい気がする。

 沈黙に、苦しさが感じられるのだ。

 

 言うべきことがないから黙っている。

 そんな感じではない。

 

 何か抱えて、その上で黙っている。

 ……これは、聞かなければいけないのではないだろうか?

 

 何が起きたのか?

 

「お母さん」

 

 僕は視線を上げて、みゆを見る。

 彼女の瞳を。

 

 そして、こう問うた。

 

「……何かあったの?」

 

 

★★★(みゆ)

 

 

「……何かあったの?」

 

 ……聞かれてしまった。

 隠そうと思っていたのに。

 

 ずっと私は、今日のお昼にあったことが頭に引っ掛かっていた。

 

 あの訪問販売員の言葉が。

 

 お前な! ここのアパートから動くなよ!? お前のガキがどんなもんになるか見てやるからな!? どうせクソみたいなもんにしかならんだろうけどな! じゃあな! クソが!

 

 ……よくも……悠子がロクなものにならない、ですって?

 許せない……許せないよ!

 

 ふざけるな! この子は賢いんだ! だって悠介さんの子供なんだから!

 

 それを……それを……!

 

 私の中に吹き上がる怒りの気持ち。

 憎悪に近い、許せなかった。

 

 だけど……

 

 そんなことを、疲れて帰って来た悠介さんに話して許されるのだろうか?

 唇が、震える。

 

「……どうしたの?」

 

 私の様子を見て。

 悠介さんが気遣いをしてくれる。

 

 じぃん、と心が温かくなる。

 だけど……

 

 言いたい。

 言って、楽になりたい。

 

 自分の怒りを知ってもらいたい。悠介さんに。

 

 でも、それは悠介さんの安らぎを邪魔してしまう。

 

 ……この家は、悠介さんの安らぎであって欲しい。

 それが私の偽らない本当の気持ちなの。

 

 そんなのダメ……ダメなんだよ……

 

「……僕の居ない間の情報共有をしたいんだけど」

 

 悠介さんッ!

 

 

★★★(悠介)

 

 

 みゆが、口を開いて。

 ぽつり、ぽつりとこんなことを言った。

 

 昼間、幼児用の玩具の訪問販売員が来たこと。

 その玩具があまりに高かったこと。

 高いから断ろうとしたら、しつこくて。強く断らざるを得なくなり、そうしたら、相手が逆上して……

 

 悠子の将来を侮辱したと。

 

 ……ちょっと待て。

 ふざけるな……

 

 ……僕は激しい怒りに震えた。

 

 人間、知能がまだ追いつかなくても、話された言葉を音として覚えていて。

 後で知能が追いついてきて、聞いた言葉の音の意味が後から分かる。

 こういうことが起きることがある。

 

 現に、僕もそうだった。

 

 あれは昔、母親と一緒におそらく夕食の材料の買い出しに出向いたときのことだ。

 スーパーに一緒に行った僕は、手の届くところに大好きな袋菓子があることに気づき……

 毟って、食べてしまった。

 

 そのときの僕は、まだ貨幣の概念、買い物の概念を理解していなかったのだ。

 

 すると、僕の母親が慌てた。

 店の人に謝りだした。

 

 ……理解できなかった。

 

 そして母親が僕に言う。

 

「お金を払わないで食べるのは駄目なのよ」

 

 ……オカネ? ハラウ?

 意味が分からなかったのだけど。

 

 後でそういう概念が理解できるようになって、あのとき何が起きていたのか僕は理解したのだ。

 音として話された内容を覚えていたから。

 

 ……それと同じことが、悠子に起きたらどうする?

 小さいからと、意味が分からないからと、どんな酷いことを言ってもいいとか。

 そんなことは通用しないんだ。

 

 悠子はみゆが産んだ子だから、音として言葉を覚える度合いが僕よりすごいかもしれない。

 僕はその幼児用玩具の訪問販売員が許せなくなっていた。

 

 だけど……

 

 ここで僕が怒り狂っても、みゆの気持ちが晴れるわけじゃないだろう。

 自分を抑えないと……

 

 僕は、深呼吸をした。

 

 

★★★(みゆ)

 

 

 空気が、変わった。

 

 悠介さんの。

 

 表情が硬くなり、強張っていった。

 ……そこで、私は気づいた。

 

 ……あ。悠介さんが怒ってる……

 

 こんなこと、今まで無かった。

 

 悠介さんが不機嫌になったことは、これまでに何回かあった。

 ……だけど

 

 悠介さんが不機嫌になるのは、決まって自分の感情制御が甘いとか。

 自分に対しての理由ばっかりで

 

 他人に対して不機嫌になったところを見たことは、ただの一回も無かったんだけど。

 

 ……今日は、違う。

 今日の悠介さんは、私に対して怒ってる。

 正確には……私の話に対して。

 

 ……やっぱり話すべきじゃなかった……!

 そう思ったけど、もう遅い。

 

「みゆ」

 

 そんななか。

 いきなり名前を呼ばれてしまう。

 

 悠子の前なのに、名前呼び……

 

「は、はい!」

 

 私も敬語で答えてしまう。

 飛び上がるほどの恐れと共に。

 

 悠介さんは言った。

 

「……世の中良い人ばかりじゃない。忘れていくことにしよう」

 

 淡々とした感じだった。

 だけど……

 

 そこにものすごい怒りがあることに気づいてしまう。

 

 悠介さん……疲れて帰って来たのに、不愉快な話を聞かせてゴメンね……!

 

 私は靴を脱いで、家に上がる悠介さんを見守る。

 見守りながら……

 

 こんなことを思ってることが悠介さんにバレたら、私は悠介さんの愛を失うかもしれない……

 

 けど

 

 私は……とても嬉しかった。悠介さんがすごく怒ってくれたことが。

 私と同じ気持ちを共有してくれた……

 

 悠介さん……好き。




まあ、流石に怒るよね
怒らん方がおかしいし

怒ってくれた方がやっぱ嬉しいでしょうよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。