★★★(みゆ)
悠子が保育園に通うようになってしばらく経った。
最初は送り込む度に泣いていたけど。
そのうち、泣かなくなった。
……諦めてしまってるんだ。
それに気づいたとき。
胸がズキンと痛んだ。
人事異動で、部署が変わった私。
新しい仕事に馴染むためには、頑張るしかない。
悠介さんは相変わらず忙しい。
頻繁に土曜日が潰れるし、帰ってくるのは遅いし。
でも、情報共有はキッチリやっている。
保育園に通い始めた悠子が最初泣いたという話をしたら。
「……それは可哀想だけど、仕方ないよね。みゆが仕事行くためにはさ」
悠子が寝ている私の部屋に視線を向けつつ、そう言ってくれた。
私も、悠介さんも、専業主婦の母親の家庭で育ったから。
悠子の環境には思うところがある。
でも……
お金が無くて子供に選べる道を選ばせてやれない。
そんなことだけは無いようにしたいから。
……これは悠介さんとの共通意見。
二人で相談して、決めた。
そう。決めたことなんだ。
だから……
可能な限り、子供たちには愛情を注いであげたい。
お休みの土曜日。
悠介さんは会議で休日出勤。
悠子と二人きりのお昼。
悠子は成長して、食器が使えるようになっていた。
スプーンでご飯が食べられるようになっていたのだ。
こうして出来ることが増えていくのは嬉しい。
まぁ、まだ上手に食べられなくて、食べこぼしもあるんだけど。
そして。
食事が終わった。
後片付けをしていると。
「まま」
まとわりついてくる。
いつもの母親ストーキング。
言葉もちょっとだけ話すようになった。
……可愛い。
けど、ちょっと邪魔。
ちょっと、思うところがあった。
悠子に新しい靴を買ってあげたので、歩かせてあげたい。
そう思った私は、公園デビューを決意した。
公園デビュー。
それは母親の宿題だよね。
私はワクワクしていた。
今まで悠子を公園に連れて行ったことがなかったから。
だからこその公園デビューなんだけど。
きっと、喜ぶに違いない。
悠子に帽子を被らせて。
新品の靴を履かせて。
私は家を出た。
目指すのは近所の公園。
確かブランコと滑り台、砂場がある公園。
……結構日差しがきついなぁ。
日焼け止め、大丈夫かな?
汗を気にしながら、手を繋いで悠子と一緒に公園に行った。
公園に着いた。
公園には……
他のお母さんが何人かいて、他の家の子供が遊んでいた。
ちょっと大きな子は滑り台で遊んでいる。
……あれば多分、悠子には無理だな。
ブランコ。
やってる子いるけど、あれも無理そう。
……砂場かな?
でも、道具類が無いんだよね。
今度買ってあげないと。
ああでも、素手でも遊べるかなー?
まあ、とりあえず。
ホラ、走っておいで!
私は悠子を開放する。
悠子は走り出した。
もった もった もった
どぅるわー
……血だな。この遅さ。
私は悠子が自分の娘であることを自覚した。
悠子は走った。
走って向かった先は……
砂場。
先客がいて。
男の子がバケツとスコップで穴を掘って、山を作って遊んでる。
その場に立ち止まり。
悠子はその様子をじーっと見ていた。
……どうやって遊ぶのか、学習してるのかな?
見守る。
すると男の子が、スコップを放り出した。
……掘り出した土で山を盛ろうとするために、邪魔になったのかな?
そんなことを考えて、男の子の行動を見ていた私。
次の瞬間だった。
悠子が、私の予想を超えた行動をとったのは。
……男の子の行動を見守っていた悠子は。
足元に放り出されているスコップを拾って。
自分も砂場の土を掘りはじめたのだ。
ちょっと待った!
私は慌てて駆け寄る。
それダメ! 悠子のものじゃない!
私はスコップを取り上げた。
「ウワアアアアア!」
悠子は泣き出す。
取り上げられたからだ。
私は少し心が痛んだんだけど。
これはダメ! 泥棒に繋がる! きっと!
「返さなきゃダメ!」
ここは叱るポイントだ。
私はそう思ったんだけど……
「まぁまぁ」
男の子のお母さん……上品な感じの中年女性……がやってきて。
「まだそのくらいの子に、他人の所有物ってことは難しいですよ」
穏やかに、許してあげてはどうか? って言ってくれたんだ。
……う~ん……
私は考える。
そうなのかぁ?
でも……
悠子が勝手に他人のものを自分のものみたいに手を出すのは嫌。
それが私の一番の気持ち。
それ、間違ってないと思うんだけど……
そういう考え方自体が、母親としてはあまり褒められたものじゃないのかなぁ?
子供の成長度に合わせて、ダメなところは見逃してあげるべき?
どうなんだろ……?
ガキに個人の財産の概念を理解させるのは難しい。
でも、放置は許されないしね