★★★(みゆ)
妊娠二人目なので。
今回はギリギリまで働くことにした。
私は子供をたくさん欲しい。
だから、なるべく会社にダメージを与えないようにして子供を産みたい。
私が異動した部署は、会社の書類を作る部署だ。
主に、商品の仕様書だったり。品質調査書だったり。
そこで密接に関わってくるのが、法律。
良く来るのが、あなたの会社の商品が法律違反じゃないですか? という調査依頼で。
営業さんがそういう話を持ってくる。
私も営業時代によくそういう話をお客さんからもらってきていた。
それを、今度は私がやる側になったわけだ。
法律……
いっぱいあるね。
毒劇法、RoHS、輸出貿易管理令……
法律の厄介なところは、不変のものでは無いってことで。
法律で制限のかかってる事象が、過去と今とでは違う可能性があるってことなのだ。
だから、一回覚えて終わりじゃないんだよね。
毎回、キチンと調べる必要があるというか。
常に最新情報を確認する姿勢。それが問われる。
私が何も考えないで書類作成の依頼書を出している陰で、こういう苦労があったのか。
私はちょっと考えてしまった。
結構、面倒だったんだな、って。
そして。
……あれ?
結構楽しいかも。
働き続けているうちに、私はそう思うようになってきた。
少なくとも、私の経験が生きる部署ではあった。
例えば、こういうことがあった。
その日、電話が掛ってきたんだ。
電話は2コール以内に取るのが常識。
私はそのように対応し。
「ハイ。多中化学工業です」
『こんにちは。谷さん? 頑張ってる?』
……営業職時代の同僚だった男性だった。
「あ、お久しぶりです。山葉さん」
『久しぶり~』
山葉さん。
がっしりした体型の、頼りがいのある男の人だ。
仕事ができる人で、難しい契約をいくつも纏めたことがあるやり手。
私も営業時代に仕事を教えてもらったことがある。
『谷さん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけどさ。お客さんからウチの商品を海外に輸出したいんだけど、法律的に許されるのか知りたいって要望もらってね』
……あ。
これは輸出貿易管理令か。
物質の輸出管理に関する法律だ。
これに違反すると……ちょっと洒落にならない事態になる。
その企業が平和の敵になってしまうというか。
私はこの部署に回されたとき、基礎教育として勉強させられ、それを知った。
だから言った。
「分かりました。だったら山葉さん、該非判定書の作成依頼書を出していただけますか?」
『うん。分かってるんだけど、その書類、後で出すからさ、先に輸出OKの調査書を作ってくれないかな?』
……それは。
こういうところ、あるんだよな……山葉さん。
ルールに囚われないというか、自由なの。
だから臨機応変に動けて、難しい契約も結べたりするんだろうけど。
でも……
私は言った。
「すみません山葉さん。それは出来ないんです」
『え?』
……あ。
ちょっと、声のトーンが変わった気がする。
ひょっとして、怒らせたかも……?
肝が冷える。
どうするべきか……
そこで、閃くものがある。
「でも、ちょっと待ってください……」
私はデスクのノートパソコン上に、今までの該非判定書の提出履歴を呼び出した。
パソコン操作をしながら、続ける。
「商品名は?」
『KA-ME-N-RAI-10』
KA-ME-N-RAI-10……えっと……ああ。
あるな……半年以内に。
法律的には1年に1回程度の改正だから、多分大丈夫なんだけど……
ルールは守っておかないとマズいから……。
「一応、半年前に作成実績があるので、先に調査書を作りますね。ですけど、同時進行で該非判定書の作成も進めてください。ルール守らないのは本当にマズいんです」
『……分かった。すぐにやるよ。谷さんが言うならきっとそうなんだろうね。僕らの仕事の状況を知ってるしな……』
「ありがとうございます」
……なんとか上手く纏まった。
安心して、私は電話を切る。
……そこで、気づいた。
私の営業職の3年間。無駄になってなかったじゃん、って。
そこに気づいたとき。
私は笑みを抑えられなくなった。
法律的にはモノを海外に持ち出すことを「輸出」という。