★★★(みゆ)
次の日曜日。
私たち一家は、ハイツでお世話になった不動産屋さんに出向いた。
「マンションを購入したいんですが。中古で」
悠介さんが不動産屋さんにハッキリと要件を伝え、話がスタートする。
予算を聞かれ、ローンを組む意思があるのかということも聞かれる。
ローン。
住宅ローンだ。
私の親も、家を建てるときに多分組んだはずのもの。
それを組むときがやってきたのか。
どうするのかな?
実際にしたことは私は無かった。
前情報が無い。
どんなものなのか。
でも、悠介さんは調べていたようで。
「基本は僕ひとりでローンを組みます。どうしても予算が足りない場合は妻にもローンを組んでもらいます」
……やっぱこういうとき、頼りになる人だよね。
一緒に暮らしてきて、彼のこういうところに魅了され、どんどん、どんどん好きになっていく。
で、色々と物件候補を紹介してもらった。
中古の物件、色々あるようで。
部屋数、間取り、お風呂、トイレ……
特に、お風呂とトイレは、今のハイツを決めたときと同様、かなり念入りにチェックした。
……これなら、良いかな?
何個か見せてもらって、良い感じの物件を見つけるに至った。
広さ、部屋数、お風呂とトイレ。
とりあえず、文句を言うべきところが見当たらない。
「ここ、良いんじゃないの?」
悠介さんに耳打ちした。
悠介さんは頷いて
「ここを契約したいんですけど」
言ってくれた。
★★★(悠介)
そこからはトントン拍子で進んだ。
契約書を書き、ローンを組み……
その中で、契約内容の重要事項説明が不動産屋さんからあった。
それだけが、ただの書類の読み上げに付き合うのだけが、やや苦痛だった。
そこからの流れで、マンションの規約について確認をしたんだけど……
『犬猫の飼育は禁止。ハムスター、鳥類等の小型動物は許可します』
『布団をベランダに干す行為は禁止です』
……猫が飼えないな。
まぁ、そこは覚悟してたけど。
しかし、布団も干せないのか。
いいベランダだから布団を干せると思っていたのに。
布団乾燥機を買わないといけないな。
……さて。
お金の支払いまでは進めたけど。
後はもしもの備えだけかな。
こっちはまだ調べてないし考えてないんだけど、基本事項だけは決めておくかな。
なので、転居先のマンションを僕らのものにした後だ。
みゆと二人きりになったとき、また僕は相談をした。
「ねぇ、みゆ」
「何? 悠介さん?」
マンション購入相談を持ち掛けたときと逆で、みゆが僕ら二人分のコーヒーを淹れてくれている。
今から僕に何を言われるのだろう? 予想が出来てない表情だ。
みゆの中ではもうマンション購入は終わってしまっているのかな?
そこに思い至り、ちょっと考えた。
今から言うことは、できれば考えたくないことかもしれないから。
でも、避けては通れない。
だから、僕は言った。
「……もうひとつ、生命保険に入っておこうと思うんだ。僕が死んだときにお金の問題が残るとまずいから」
★★★(みゆ)
生命保険。悠介さんの。
それは……考えないようにしていた。
今まで。
だってどうしても嫌だもの。
真面目にこのことを考えるのが嫌だった。
悠介さんが死ぬ。
それは絶対に来ることだけど。
それは今じゃない。
なのに、今、その話をする。
「……悠介さん。その話、今じゃないとダメかな?」
テーブルについて、コーヒーを飲んだ。
内心の動揺を抑えるために。
「うん」
悠介さんは短くそう応えた。
「……悠介さんはどうしたいの?」
「とりあえず、僕が死んでもローンの支払いに関しては団体団信用生命保険でクリアできるけど、子供の教育費の問題とか、生活費の問題とか、要るよね?」
……住宅ローンを組んだときに、そのことについて思い当たったのかな?
今までそんな話を切り出そうとしたこと、無かったし。
「どのくらいの生命保険に入っておけばいいかな?」
「……」
私は答えず、コーヒーを飲んだ。
そして彼に目を向けて
「……私が責任もって成人させるから大丈夫」
言葉を絞り出した。
「……いやいやいや」
無表情で、私の言葉は否定された。
「片親でそれは厳しいでしょ。悠子だけじゃないわけだし」
「だったら! 死ななければいいんじゃないかな!?」
ちょっと、声が荒くなった。
申し訳ないけど、自分が抑えられなかったんだよね。
「無茶言わないでよ。人間、いつかは死ぬんだし」
「私もそうだよ!」
……ホントは分かってる。
別に悠介さんは変なことを言ってないってことは。
でも、真面目に考えるのがどうしても嫌だったのだ。
訪れる沈黙。
そして……
悠介さんが、コーヒーを一口飲んで、口を開いた。
「……分かった。この話はまた今度にしようか」
……悠介さんが折れた。
ごめんなさい……
……物わかりの悪い、バカな奥さんでホント、ごめんなさい……
私は心で、悠介さんに謝った。
住宅ローンを組むときに、生命保険に関しては強制的に入らされるそうです。