★★★(みゆ)
だいぶ前にテレビを買った。
前に使っていたテレビが、ぶっちゃけるとハイツで使っていたテレビが、私たちのマンションの部屋に合わないなと思っていたので。
ちょっと奮発して、大きめのテレビに買い替えた。
大きなテレビが家に来た日。
悠子が珍しそうにそれを見て、テレビの画面をバンバン叩こうとした。
ちょっと待った!
私はそれを止めて「テレビは叩いてはいけない」と悠子に教え込んだ。
高かったから、壊されると困る。
★★★(悠子)
私には妹がいる。
美子という名前なの。
最初は良く分からなかったけど、私が妹を大事にするとママが褒めてくれた。
ママに褒めてもらえる!
だから私は妹を抱っこしたし。
誕生日プレゼントだった、イエティのぬいぐるみも貸してあげた。
お菓子だって分けてあげた。
自分は妹に色々と教えないといけないんだ。
色々教えれば、ママに褒めてもらえる。
私は最初、もっと小さいお家に住んでいた。
だけど。
私に妹が出来る前に、別の大きなお家に引っ越した。
前の家はたまにゴキブリが出たんだけど。
新しい家はゴキブリが出ない。
ママは引っ越して一番良かったのはそこ、って言ってた。
私はお家で笑い袋で遊んでいた。
お祭りで夜店に行ったとき、欲しいと言ったら買ってもらえた玩具だ。
触ると「ワハハハハ」って音が鳴る。
これは美子もお気に入りで、触っては一緒になって笑っていた。
ママも喜んでくれている。
そうして、ママは私たちを見ててくれたけど。
「ママ、ちょっと洗濯物を取ってくるから美子が悪いことをしないように見ておいてね」
お仕事をするために、そう言って部屋の奥に姿を消してしまった。
妹と二人きり。
★★★(みゆ)
最初に女の子を産んでおいて良かったと思う。
最初は赤ちゃん返りしてたけど。
悠子はお姉ちゃんの自覚を身に着けてくれた。
おかげで、ごく短時間になってしまうけど。
ホンの少しだけなら、目を離すことが出来る気がする。
あの子、賢いからちゃんと会話できるし。
洗濯物を洗濯機から取り出す時間くらいなら大丈夫……
目を離せる……
洗濯籠を持って、洗濯機の方に向かって。
洗濯槽の中の洗濯物を移す。
後は干すだけだけど。
干す作業は結構掛かるから。
それは美子を引き連れてやらなきゃいけないかな。
そんな風に、今後の仕事の方針を頭の中で立てていたとき。
「ギャーッ!」
……火のついたような泣き声が、聞こえた。
★★★(悠子)
私の足元で、倒れた美子が泣いている。
私は美子を殴った。
思い切り。
殴られた美子は転んでしまって、その後泣き出した。
足音が聞こえた。
ママがやってきた。
私、悪くないもん。
★★★(みゆ)
現場を確認する。
倒れた小さい姿と、それを見下ろしている少し大きい影。
美子と悠子。
私はそこから、悠子が美子を殴ったと判断した。
美子は激しく泣いていた。
美子……!
私はツカツカツカと悠子に詰め寄る。
そして言った。
「美子を殴ったの?」
悠子は頷いた。
……なんでそんなことをしたのか。
私は分からなかったが、許してはいけない、と思った。
美子は小さい。
悠子が殴ったら、確実に負ける。
そんな相手に暴力を振るうなんて。
あまりにも卑怯だよね……
だから私も、心を鬼にして……
パンッ
悠子のほっぺを平手で殴った。
一瞬、悠子は何をされたのか分からなかったのか固まっていたけれど。
数瞬後、泣き出した。
「ウワアアアアアアン!」
……泣いている子供二人。
私は辛かった。
辛かったけど……
私は聞いた。
「……なんでこんなことをしたのか言いなさい」
すると……
悠子は、しゃくり上げながら、こう言ったんだ。
「テレビ……叩いたの……美子……」
ハッ、と気づいた。
そして愕然とする。
……そういえば私、昔言ったよね。
「テレビを叩いてはいけない」
って。
……私のせいじゃん。
この子、姉として母親の言いつけを忠実に守ったんだ……
私は……それなのに……悠子を一方的に……
★★★(悠介)
今日も仕事が終わって。
家に帰ると。
みゆがテーブルで落ち込んでいた。
明らかに。隠す様子もなく。
「……何かあったんだね?」
聞かないわけにはいかない。
僕は向かいの席に座って、彼女を促した。
すると……
彼女は話し出した。
「……今日、悠子を殴ってしまったの。美子を殴ったから」
「……そっか」
みゆが自分の子供を殴る。
そんなことをしたことは今まで無かった。
僕は少し驚いた。
けれど……
「それで?」
話はそれだけではないはず。
僕はそう読んでいた。
「……悠子が美子を殴った理由がね……私の言いつけを守るためだったの……私、殴る前に確認すれば良かった……」
暗い顔で彼女は震えていた。
後悔してるんだろうか。
……僕は考える。
そして……
言った。
「君が美子を庇うのは仕方ないよ。だって、美子は妹だよね」
……彼女は顏を上げた。
眼鏡を押し上げ、続ける。
「自分の立ち位置に近い方が気持ちが分かるから、そちらに意識が向くのはしょうがないと思うよ」
「悠介さん……!」
みゆが椅子から立ち上がり。
僕の傍に駆け寄って、抱き着いてきた。
僕は彼女を受け止めて。
そっと、抱きしめ、その髪を撫でた。
……悠子のことは、ちゃんと褒めてやらないといけないのかな。
いつ、どうやって褒めてやればいいのやら……
頭の片隅でそんなことを考えながら。
自分の立ち位置で気持ちが分かりづらいときがある。