妖怪の山に着弾した射命丸達は、急いで文々。新聞社と書かれた紙の貼られた扉を開ける。
小屋の中では、にとりが驚いて様子でソファから顔を覗かせていた。
「にとり、今すぐ写真の現像と」
「おいどうしたんだ!」
にとりはカメラを差し出す射命丸をスルーし、ミサに駆け寄る。
ハンカチを巻いた指から、尋常じゃない量の血が流れ出ている。
「ひどい怪我……今すぐ応急処置を!」
「いえ……自分でやるので、にとりさんは射命丸さんの方を」
「な、自分の体なんだぞ!」
にとりはミサを引っ張り、ソファに座らせる。ハンカチを取ると、ミサの人差し指は取れかかっている。
「文ッ! 何させたんだ!」
「私は……何も。知らない……いつから?」
「……」
ミサは口を閉ざしたまま、目を伏せる。
射命丸はそんなひどい怪我を黙っていたミサに、怒りさえも憶える。
にとりは救急箱を引っ張り出し、ミサの指に応急処置を施す。
射命丸は黙って処置を受けるミサを呆然と眺めながら、ただ部屋の真ん中に突っ立っていた。
「文、まずあの手紙はなんだ。霊夢に追われてるから留守を頼むとか、むちゃくちゃ言いやがって」
「……ごめんなさい」
「なんでそんな事になってるんだ。こっちは壊れた発電施設を直すのに人手がいるって言うのに……断るのめちゃくちゃ大変だったんだからな!」
「発電施設……」
射命丸は昼間、萃香との一幕を思い出す。
「原因は酔った伊吹萃香が暴れたらしくて、本人が手伝ってくれたから早々に直ったが……私は明日から肩身の狭い思いをするだろうね」
「……」
「まぁこれだけ言っても、結局友達のためだし。私は別にいいと思ってるけどさ」
「にとり……」
「とりあえず突っ立ってられるのは邪魔だから、別の事しててくれない? どうせいっぱい写真撮ってきたんでしょ?」
「はい! 取れ高はバッチリです!」
射命丸はカメラを机の上に置き、メモ帳と真っ白な原稿を机の上に広げる。
「今のうちに原稿を仕上げちゃうので、そっちが終わったら印刷と現像をお願いしますね!」
「まったく……調子のいいやつめ」
にとりは応急処置を終え、ミサの傷だらけの手をさする。
「随分と過酷だったみたいだね」
「えぇ、でもとっても楽しかったわ」
「でも死んだら何も残らない。私も文も悲しむ。怪我したり体調が悪ければ、必ず誰かに助けを求めるんだよ」
「……うん」
にとりはミサの頭をわしゃわしゃと撫で、ミサは呻き声を上げながら恥ずかしそうにする。
射命丸はそのやりとりを耳で楽しみながら、机に広げた原稿用紙に素早く新聞を形を書き込んでいく。
今回録れた取材分の数だけ新聞ができる。ミサの逆食レポの感想を面白おかしく脚色し、取材対象の情報も事細かに書き込んでいく。
まだ現像されていない写真をイメージだけでサイズと場所を指定し、それに沿って記事を書き込んでいく。
そんな生き生きした様子の射命丸を見て、にとりは頬を緩める。
「ありがとうな、盟友」
「え? なんですか?」
「文、ああ見えても少し前までスランプだったんだ。上手くいかなくなって、よく分からない新聞を量産して。結果評判が落ちて、目に見えて落ち込んで……いつかぱったりいなくなっても不思議じゃないくらい落ち込んでいたんだ」
「そんな事ないですよ! 厠美醜調査の記事は結構評判ですよ?」
「誰が他人の家の厠の美しさに興味持つんだよ。それに無許可で記事にしたから上から怒られただろうが」
「その節はすいませんねぇ!」
にとりは射命丸の物言いにくすくす笑いながら、救急箱に使い終わった道具を仕舞う。
「本当に私達でもどうしようもない状態だったんだ。そんな時に盟友が、ミサが来てくれたから。文は目に見えて元気になって、今も楽しそうに新聞を作れている。本当にありがとう」
「わっ、頭なんて下げないでくださいよ! 私だって貴重な体験をさせてもらってるのに」
頭を深々と下げるにとりに、ミサは慌てた様に頭を下げ返す。
ソファに座った二人は向かい合い同じ角度で頭を下げている様子を、射命丸は微笑みながら撮影した。
「文〜! 今撮っただろ!」
「いや〜? 撮ってませんよ〜?」
「消せ〜! 恥ずかしい!」
「嫌ですよ、こんな面白い光景。印刷して事務所の壁に飾りましょうかねぇ」
「絶対印刷しないからな〜!」
まだ日が顔も出さない時間に、妖怪の山の一角にはかけがえのない時間が流れていた。
ミサは二人をじっと見ながら、恥ずかしそうに頬を染めた。
「私、幻想郷に来れてよかったです。こんな素敵な所、私には不釣り合いなくらいに。……射命丸さんに出会えてよかったです」
「……な、なんですか急に〜!」
「私には出会えてよかったって言ってくれないのか〜!」
「わわ、にとりさんにも会えてよかったと思ってますよ! 本当ですよ!」
「盟友〜!」
頬にキスをしようとするにとりを手で制するミサを見ながら、射命丸は湧いてきた涙を指で拭う。
こんなにいい時間を過ごせるなんて、数ヶ月前には考えてもいなかった。こんな何でもない日常が、これほど嬉しいものだと噛み締める。
「ちょ、ちょっとお茶でも淹れてきましょうかね〜!」
「おいおい文、泣いてるじゃないか!」
「うっさいですねぇ、泣いてないですよ! 夜露です夜露!」
「ひゃひゃひゃ! 相変わらず嘘がヘッタクソだなぁ!」
指を刺して笑うにとりを無視し、射命丸はキッチンに向かう。
ここから二人の会話は聞こえないが、楽しそうに騒いでいる。射命丸は涙を拭いながら、にとりから貰ったコンロでお湯を沸かす。
遠くで射命丸がお茶を用意する音を聞きながら、にとりはリュックの中から小さな四角の装置を取り出す。
「今のうちにこれを使って印刷しちゃおう」
「これは……小型の印刷機ですか?」
「そうとも! どうせ文が無茶言うだろうと思って、家から持ってきたんだ。カメラの写真や、スキャンした紙面を大量に印刷できる優れものさ! まぁ流石に外の世界といえど、こんな便利な物は無いよねぇ?」
「いえ、結構あります……シールに出来たり、ラミネート加工できるやつとか」
「くぅ、やはり外の世界は手強い……!」
「でもそのアームは無いですよ? 凄いと思います」
「こんな簡単な奴が?」
にとりはアームを使い、出来上がった新聞の原稿を機械に読み取らせる。
にとりはアームをミサの前に持ってきて、ガチャガチャと動かしてみせる。その動きにミサは一挙手一投足に反応し、驚きの声を漏らす。
いい気になったにとりは、アームの数を増やして機械ミサの体をくすぐる。
「ちょとやめてっくださいっ」
「ウリウリ〜外の世界にもない超技術だぞ〜」
「あははは!」
ひとしきりくすぐった後、にとりは余分なアームを引っ込める。
そして神妙な面持ちになって、黙ってソファに深く腰掛ける。
「さっきの話だけどさ、本当にありがとうな。文が心配だったけど、友達として何も出来なくてさ」
「いえ、そんな。私は何も」
「これからもさ、文の友達でいてやってくれないか?」
「……」
ミサは少し暗い顔をして、数秒黙り込む。
そして何かを決心した様子で、口を開く。
「射命丸さんはきっと迷惑だと思います」
「は……そんなはずないだろ!? だって、だってあんなに楽しそうだし……!」
「私は人間で射命丸さんは妖怪です、だからいつかどこかで分かり合えない時が来る。私はこの幻想郷で色々な人と出会いました妖怪、吸血鬼、人間、鬼、猫人間、キョンシー、仙人。色んな人と出会い、話し、接してわかったのは、人間とは根本が違うと言うことです」
「……」
唖然とするにとりを前に、ミサは服を脱ぐ。
体についた傷を撫でながら、思い出す様に語る。
「種族が違えば価値観も違う。それに、最初から」
「最初からあの人とは友達じゃありません。射命丸さんは私を記事にする、私は捕食体験が出来る。ギブアンドテイクなビジネスパートナー。そうだったはずです」
「……」
湯呑みが割れる音がする。
ミサの背後で、ショックを受けお盆を落とした射命丸が立っていた。
「……!」
「文っ!」
にとりが止める暇もなく、射命丸は外に飛び出す。
にとりは射命丸に向けた腕を引っ込め、ミサを睨みつける。
「何でそんなことを言うんだ!」
「……射命丸さん、私への接し方でずっと迷っていました。どう接すればいいのかわからないのか、ずっと中途半端な距離で」
「だからってあんな事……!」
「空を飛ぶ時、熱に対する耐性、人が感じる恐怖、傷ついても治る限度。射命丸さんはきっと、人間の事がよく分かっていないんです。このまま一緒にいれば、きっと私を気づかず殺してしまう」
「……命が惜しいからあんな風に突き放したのか」
「違います、私は自分の命は既に捧げました。私を殺してしまった時、射命丸さんは取り返しのつかない傷を負う。だから私も、一定以上距離を詰めないようにしていたんです」
「……クソ不器用だな、お前ら二人とも」
「……妖怪になれたら、一緒にいれるんですけどね」
ミサは開きっぱなしの扉から外を見つめる。ゆっくりと日が昇り、空は白みだす。
そんな空を、射命丸はがむしゃらに飛んでいた。
自分の心の中では様々な感情がごった返す。
「寂しい」「裏切られた」「悲しい」「どうして」「怒り」「不甲斐ない」
口から感情に成りきれない中途半端な呼吸音だけが、次々と溢れ出る。
目眩と吐き気に襲われながら、幻想郷の空を狂った様に絶叫を上げ飛び回る。
ピタリと静止し、羽を止める。
(このまま死んだ方がマシだ)
重力に身を任せ、朝日を浴びながら地上に落ちていく。
速度は増し、目を瞑り死ぬ瞬間を待つ。
地上にぶつかる直前で死の恐怖に体が支配され、思わず羽で大きく羽ばたき着地する。
「うぅ……」
蹲ったまま顔を膝で覆い、涙を流す。
「む、鴉天狗」
射命丸の背中に、誰かが声をかける。射命丸が振り向くと、そこには妹紅が立っていた。
顔を上げると、そこは寺子屋の真ん前だった。
「あぁ、妹紅さん……」
「慧音に用だろ、分かってるさ」
「いえ……違うんです」
「いいや違わない。こう言う時は誰かに相談するのが一番だ、慧音はその中でも一番の聞き上手だからな」
射命丸は肩を抱かれ、寺子屋の中に連れ込まれる。
物音に気づいて寝巻き姿のまま廊下を歩いてきた慧音に、思わず射命丸は涙でぐちゃぐちゃの顔を隠す。
「妹紅と……射命丸。こんな早朝にどうしたんだ?」
「まぁ話を聞いてやろうぜ慧音。人生に迷った子供の進路相談みたいなもんだ」
「……まぁいいだろう。拭くものと暖かい飲み物を取ってくる」
慧音は小走りで廊下を戻っていく。
妹紅は射命丸の肩をしっかりと抱きながら、前に通された部屋に射命丸を連れていく。
着替えた慧音はタオルを射命丸に手渡し、囲炉裏でお湯を沸かす。
妹紅が火を出し火力を上げ、一瞬で沸いたお湯でお茶を入れる。
射命丸は湯気立つ湯呑みを両手で持ち、一口飲んだ。
「……」
「それで、何があったんだ?」
優しく諭すような話し方の慧音に、射命丸はぽつりぽつりとさっきの出来事を話す。
慧音は黙って時々頷き、妹紅は空を見ながら度々お茶をすする。
射命丸が話終えると、慧音は腕を組んでため息をついた。
「不器用な二人だな……」
「不器用……?」
「射命丸は人間にとっての危険領域を知っているか?」
「危険領域……」
「私は色々と教える立場だから、地底や夜の墓地がどれほど危険かを知っている。そう言う危険なところで人間が生きていけない、または留まっているだけでも死の危険がある場所。それが危険領域だ。人里では基礎教育として、本屋でも格安で地図と一緒に売られている」
「そんなものがあるんですね……」
「地底は人間が留まるだけでも、体に悪影響が生じる。低酸素、地霊、怨霊、妖力やらの兼ね合いでな」
「私は……そんな所に……」
「その不調をきっとミサさんは感じ取ったのだろう。もしこれからもそんな所に連れて行かれ続ければ、きっと死んでしまう。その時一番傷つくのは誰だ?」
慧音は、真っ直ぐに射命丸を指差す。
「お前だ。射命丸。それを危惧して、ミサさんは突き放したんじゃないか?」
「……それならそうと言ってくれれば良かったのに」
射命丸は俯いたまま、ボソリと呟く。
その様子を見て、妹紅が湯呑みを握りつぶす。
「何にも分かっていないな」
「どうしたんだ妹紅……」
「おい文屋、前回なんて言われて喧嘩になったか覚えてるか?」
「……『望みを叶える為なら、二度と入らないモノを捧げる覚悟が必要』です」
「射命丸は人間をどれくらい知ってる。命をどんな物だと思っている」
「……何ですか、急に」
「普通の人間は妖怪と大して変わらない。自分の命は大事で、大切にする。投げ出したりするわけもなく、後生守り抜く。そう言うものだ。だが、一部の人間は違う」
妹紅は自分の左胸を親指で指差す。
「望みを叶える為なら、命をただのモノとして考える奴がいる。それがあの人間だ、昔は私もそうだったからよく分かる」
「……」
「いいか。そいつは自分の命はどうでもいいが、お前が悲しんだりするのは見たくない。いっその事友人じゃなくて、本当にビジネスパートナーだったら良かったと思って発した言葉だ。あの狂人みたいな記事の女は、一丁前に普通装ってお前に気を使ったんだ!」
「……私はそんなに信じるに値しなかったんですかね」
妹紅は射命丸の頬を叩く。
「お前がそんな調子だったから、お前が一緒の目線に立ってやれなかったからこうなったんだろうが!」
「一緒の、目線……」
「あいつは覚悟を決めて命を投げ出す覚悟をしていた。お前はどうだ? 機材だの労力だの寺子屋の前でウジウジ言い争いやがって! あいつが投げ出したモノと同等のモノ捧げる覚悟で、一緒の目線で一緒に狂ってやれよ! 一度でもちゃんと話し合ったことあんのか!」
「……無いです」
「……一度ちゃんと話し合え。まだやり直せるだろ。友達にも、きっとなれるだろ」
射命丸は二人に頭を下げ、寺子屋を飛び去る。
妹紅は上がった息を抑え、顔を隠して座り込む。
「……昔の自分と重ねちまった」
「そうだな、次にあったら謝ろうな」
「うん……」
慧音は妹紅の頭を撫でながら、朝日が昇る空を見上げる。
冬のまだ寒い明け方の空を、射命丸は飛んでいた。
妖怪の山の上空に差し掛かると速度を緩め、文々。新聞社の前に降り立つ。
「ミサさん……」
扉を開け、中に入る。
しかし、ソファに座り込んだにとりしかいなかった。
「文……」
「……ミサさんは?」
「霊夢と紫が迎えに来たんだ。今は博麗神社だ」
「わかりました」
背を向ける文の腕を、にとりが強く掴む。
「文、ミサは文の事が心配であんな事を言ったんだ。自分が呪いにならないようにって」
「えぇ、そうですね。ちゃんと話し合わないといけませんね」
「文……」
「ちょっと行ってきます」
にとりが手を離すと同時に、文は博麗神社に向かって飛んでいく。
その様子をポツンと見つめ、にとりは写真を印刷する作業に戻った。