冷たい土の上で、手を後ろに縛られ正座で座らせられている。
周囲は杭と縄で作られた結界で囲まれ、動く事は出来ない。
目の前には、巫女がジロジロと目を光らせ観察されている。
「普通の人間に見えるけど?」
「霊夢もまだ目が浅いな。感覚は鋭いんだけどなぁ」
縁側に座りながら、瓢箪を口に運ぶ鬼がいる。
妖怪の山で出会った鬼、伊吹萃香であることをミサは覚えていた。
「あの……私はどうなるんですか?」
「とりあえず幻想郷にいられると困るから、返すか退治かね」
「……そうですか、ここで暮らしてはいけないんですか」
「幻想郷を魅力的だと思ってくれた事は嬉しいのだけれど、あんまりにも放っておけない存在だから……」
紫色のドレスを身に纏った女性が、異空間から上半身だけを出して困った様に呟く。
その時、神社の入り口に射命丸が降り立った。
「どうも、霊夢さん」
「早かったわね……」
霊夢はお祓い棒を構えるが、射命丸は両手を上げ降参を表現する。
その様子に、霊夢はお祓い棒を下ろす。
「とりあえず全員揃ったかな」
萃香は瓢箪を腰にぶら下げ、縁側から降りる。
草履で土を踏み締め、ミサに近づく。
「単刀直入に言う、こいつは人間じゃない」
「は? そんな……そんなわけないでしょう?」
「そうよ。私だって妖怪やら神やら合ってきたけど、絶対この人は人間よ」
霊夢と文は口を揃えて否定する。
その様子に萃香は、目で合図をする。
「私も最初はそう思った。でも違和感が拭えなかったから、紫に探してもらった」
紫は一つの新聞を取り出し、萃香に手渡す。
その新聞を広げ、状況を分かっていない三人に見せる。
そこには、女子大生がフィールドワーク中に遭難し死亡した記事が書かれていた。
その記事の写真欄には、五島ミサの名前と顔写真が載っていた。
「死体は既に埋葬済みで、三ヶ月前の事件だ」
「……それじゃあ私は誰なの?」
「お前は五島ミサだ。正確には、五島ミサの魂と仮初の体だ」
「仮初の体……?」
「強い思念や未練が残ると、人間は仮の質量を持って幽霊や怨霊になる。きっと五島ミサは、その思念や未練が大きかったんだろう。だから人間サイズの仮初の体を持って、この幻想郷にやって来たんだ」
「……でも、幽霊って感じじゃない」
霊夢がミサを見つめながら呟く。
その様子に萃香は頷き、紫に目配せをする。
「分かりやすく分類を分けると、きっとドッペルゲンガーが一番近いわ。ドッペルゲンガーに本人の魂が乗って、この幻想郷に迷い込んだ。博麗大結界には人間が通った形跡が無かったけど、人型の者は通った跡があったわ」
「どうして私は幻想郷に……?」
「きっと死んだ場所と博麗大結界が近かったから……そして、あなたの望みを叶える事ができる場所がここだから」
「望み……」
「あなたはきっと死ぬ間際、満たしたい欲を強く念じたんじゃないかしら」
「……被捕食願望」
「それを叶えるのに、幻想郷は都合が良かったのよ。人喰いだっていっぱいいるしね」
「そっか……私は死んでいたんですね」
ミサは自分の足を見つめる。いつの間にか地霊殿での傷は消え、綺麗な足になっていた。
腕を動かし自分の指に巻かれた包帯をずらして外す。人差し指は元の、怪我のない綺麗な状態になっていた。
「ドッペルゲンガーは元の状態に戻ろうとする。影みたいなものだから……」
「……」
「更にここに問題が伸し掛かる。こいつの魂だ」
萃香はミサを指差す。
「こいつの魂には過剰な狂気が付き纏っている。生前に満たしたかった被捕食欲が性欲と直結しているから、本来は魂に持ち越す事のできない性欲が狂気に変わって魂にくっ付いている。くっついているだけならマシだが、ドッペルゲンガーの体には入りきらないんだ」
「これは私もわかるわ。よくないものが体の奥底から湧き上がって、そこら中に撒き散らしている。だから私はこの人間をどうにかする為に襲いかかったの」
霊夢は文に向けて説明する。
だが、文には訳がわからなかった。
ずっと一緒にいた。誰よりも長く。だが悪い気など感じなかったし、その狂気とやらの被害にあった覚えもない。
その様子を察し、萃香は気まずそうに目を逸らす。
「射命丸は、最初からおかしかったんだ。スランプで新聞の内容も無茶苦茶で、たまに見かけたけど普通じゃ無かった」
「文の新聞最近全く毛色を変えたし、誰に需要があるのか分からない記事ばっかり載せて。昔の文はもう少し読者に寄り添った内容だったわ」
「それは……売上、が」
「あんた売り上げとか気にするタチだった?」
「……いつからでしょうか」
「まぁこんな調子だから文には影響が無かった。でも、きっと変化はあったはずよ」
「変化……」
「妖怪が人間の性欲に怖がったり、普通ではあり得ない反応をしたり」
「……」
文は黙って自分の記憶を辿る。
みんな普通だった。普通だったが、自分の記憶にある性格と違う者もいる。
射命丸は自分の正しさがわからなくなっていた。文にとって、射命丸にとって、何が正しいか。
「随分と酷いスランプだな」
萃香に声をかけられ、文は気を確かに保つ。
「五島ミサから放たれる狂気を抑える方法がある」
萃香は胸を張り、堂々と宣言する。
「こいつの欲を満たす事。そうすれば一時的に狂気は収まる。だが、時間が経てばすぐに欲は湧いてくる」
「じゃあ誰かが欲を満たし続ければ……お燐さん、あの人ならミサさんと一緒に暮らしてもいいって!」
「人間の欲は底無し。何度も同じ人からされていれば、いずれ飽きが来て満足できなくなる」
「じゃあ色んな妖怪達に頼んで……」
「幻想郷の住人にも限りがあります。それに人を食えば本能を思い出す者もいるでしょう。私はそのせいで幻想郷が混乱に陥るのなら、今ここでこの人間を殺します」
紫は強い口調で文に宣言する。文は言い返せず、その場に膝をつく。
「ミサさんを……どうするんですか」
「選択肢は二つ。退治……と言うか魂を強制的に成仏させて、残った仮初の体を破壊する。もう一つは、このまま外の世界に放り出す方法」
「……どっちにせよ、私は幻想郷にはいられないんですね」
ミサは悲しそうな表情を浮かべ、残念そうに肩を落とす。
そんなミサを慰めるように、萃香は地面に座り込む。
「まぁ……それだけじゃない」
「何? 何か方法が?」
「まぁまぁ怖い顔するなよ、要は欲望を満たし切ってしまえば成仏できるんだ。……射命丸、どう言うことかわかるな?」
萃香は文に真っ直ぐ語りかける。
文は自分が取るべき行動を理解し、口から言葉をこぼす。
「私がミサさんを食べる……そうですね」
「待って、それって狂気を文一人に背負わせるんでしょ? どんな副作用が出るか分からない!」
「……いえ、それなら問題はありません。解決してくれる人が、います」
文は血の池地獄での饕餮尤魔との会話を思い出す。
全てが終わったら、もう一度来い。
きっとこうなる事を予期して、そう声をかけたのだろう。
心当たりのある様子の文に押され、霊夢はため息をつく。
「わかったわよ……狂気が外に漏れない様に抑えてる結界を解くから、早く終わらせてね」
「待ってください」
「何よ」
文は、ミサの目の前に正座で座る。
高下駄を履いているから普段は分からなかったが、こうしてみると背丈は同じくらいだ。
「ミサさん、色々と一人で決めて申し訳ありませんでした」
「……私も一人で勝手に抱え込んでたから」
「もっと話し合うべきだと、気づきました。だからこれからの事を、相談させてください」
真剣な様子の文を見て、霊夢は背を向け話を耳に入れないようにする。
萃香もいつの間にか縁側に戻り、紫と瓢箪の酒を飲んでいる。
「分かりました。ではそのやり方で決定ですね」
「うん。頑張ってね」
文が立ち上がり、霊夢が振り向く。
「霊夢さん」
「……はい」
「私と決闘してください」
「……はい?」
その言葉を聞いて、萃香と紫は大笑いした。
文はまっすぐ霊夢に向き合ったまま、スペルカードを取り出す。
「私が勝てば、ミサさんを食べます。私が負ければ、このままミサさんを成仏させてください」
「……いいの? 自分の言ってる事を理解してるの?」
「えぇ、二人で話し合った事なので」
「そう……じゃあ受けて立つわ」
「勝負の後見人は私、八雲紫」
「同じくこの伊吹萃香が請け負おう。存分にかませよ、射命丸!」
射命丸はミサと目を合わせ、大きく頷く。
ミサも笑顔を浮かべ、射命丸を送り出すように頷いた。
「一応聞いておくけど、どういう魂胆?」
「ミサさんはこの幻想郷で命をかけて私の取材を手伝ってくれました。だから今、私もミサさんの為に命をかけて戦うんです」
「……気の狂ってるやつの考える事は分からないわね。でも本人達が承知しているんじゃ、しょうがないわね」
「死ぬ気で勝ちます」
「こっちも本気で行くわよ」
二人は地面を蹴って空に飛び上がる。
紫は結界を張り、二人だけのフィールドを作る。
萃香はミサの腕の拘束を解き、隣に座って空を見上げる。
「【神技『八方鬼縛陣』】!」
「【風神『風神木の葉隠れ』】!」
お互いが同時にスペルカードを宣言し、大量の弾幕が空を覆う。
弾幕の中を文と霊夢は飛び回る。
弾幕の隙を見計らい、直接攻撃を当てるタイミングを見計らう。
「【竜巻『天孫降臨の道しるべ』】!」
「弾幕を竜巻で退けて道をっ!」
「【疾風『風神少女』】!」
「スペルカードの連続使用。後の事を考えない刹那的な使い方だな」
萃香が酒を煽りながら呟く。
文は割れた弾幕の海で、霊夢に向かって一直線に突進する。音速にも達する文は霊夢にすれ違う瞬間、弾幕を放ち霊夢に浴びせる。
霊夢は身を翻し、印を結ぶ。
「【夢符『二重結界』】!」
「防御に回った、愚策よ霊夢」
霊夢の周囲に結界が張られ、文の弾幕が防がれる。
だが、文は弾幕を絶えず放ち続ける。
紫の言う通り、防御に回ったせいで文に一方的に攻められている。
「【風符『天狗突風雨』】!」
「くっ……!」
雨の様な弾幕が次々と結界に打ち付けられる。弾幕が当たる度に結界が揺らぎ、ついに結界が壊れる。
「【大結界『博麗弾幕結界』】!」
弾幕で形作られた結界が放出され、文の弾幕をかき消しながら広がっていく。
その瞬間、文はカメラを取り出した。
「【速写『ファストショット』】!」
「弾幕が消滅した!?」
「にとりのオプションパーツ、弾幕を消し去る効果のあるレンズです!」
「一枚スペカを無駄にしたな。心情的にも射命丸が有利だ」
「なんの! 【結界『パパラッチ撃退結界』】!」
弾幕が文のカメラを直撃し、カメラが爆散する。
黒煙の中から文が抜け出し、霊夢の真上を取る。
「これで決着です!」
「【霊符『夢想封印』】!」
巨大な弾幕が放たれ、文に向かって飛んでいく。
色とりどりな爆発が起き、文の姿が見えなくなる。
「……ふぅ、文の割にはやるじゃない」
「まだだぁ!」
爆風の中から、文が飛び出す。
服は裂け、所々に傷ができている。
「爆風が直撃する事承知で、ギリギリを避けたっていうの!?」
「最後の一枚! 【無双風神】!」
「夢想天せ……ッ!」
霊夢がスペルカードを放とうとした瞬間、文の弾幕が霊夢に直撃する。
派手な爆発と同時に結界が解かれ、気を失った霊夢が落ちてくる。
「勝者、射命丸文!」
萃香が大きな声で宣言し、落ちる霊夢を紫が受け止める。
文はゆっくりとミサの目の前に降り立ち、ミサに手を差し伸べる。
「はぁ、はぁ、勝ちました……!」
「ボロボロじゃん……やったね!」
「へへ」
萃香は力任せに杭と縄をちぎり、結界の残骸を持って紫と一緒に博麗神社に入っていく。
二人きりになった文とミサは、改めて向き合う。
文はボロボロで、羽も焼けこげている。ミサはそんな文に、思い切り抱きついた。
「ありがとう、文さん」
「いいえ、私こそ早く気づいてあげられなくてすいませんでした。ミサさん」
「……私、幻想郷に来れてよかった。文さんと出会えてよかった」
文はミサを抱きしめながら、何度も強く頷く。
「文さんと、友達になれてよかった!」
「私もミサさんという唯一無二の友人を持てて幸せでした……!」
「……それじゃあ」
「はい」
ミサは地面に寝転がり、文の手に自分の手を重ねる。
「召し上がれ」
「……いただきます」
文はその指を、ゆっくりと口に運んだ。
「ねぇ文さん」
「……はい」
「私がいなくなってからはどうするの?」
「むぐ……そうですね……むぐむぐ」
「飲み込んでからでいいわよ」
「んっ……そうですね。一度初心に戻って、新聞を作り直しますかね」
「いいわね……どんな事を記事にするの?」
「あむ……こいしさんやフランさんみたいに、関わる人がみんな幸せになるようなそんな記事がいいですね」
「ふふ。文さんキョンシーになった時も言ってたわよ」
「むぐっ……! 恥ずかしいですね」
「……いつかみんなが笑顔になれれば、いいわね」
「えぇ、私が新聞で成し遂げて見せます」
「うん……楽しみにしてるわ……」
「なんたって私は文々。新聞の射命丸文ですから! ……気長に待っててくださいね」
「……」
「……ごくん。あむ…………ずび」
「……」
一時間程経つと、神社の中に文が入ってくる。
汚れたハンカチで口元を拭い、真っ赤に腫れた目をそのままに。
〜終〜
その後、人里では一部のマニアの間である時期の文々。新聞がカルト的人気を誇ったと言う。