文々。新聞社と手書きで書かれた紙の貼り付けられた扉が、乱暴に開けられる。
「あら、射命丸おかえり」
「やっとカメラが直りましたよ……痛い出費ですよ全く」
ミサは片付けの手を止め、ポットからお茶を注いで射命丸に出す。
射命丸は一息でそれを飲み、大きなため息を吐いた。
「とりあえず購読者名簿と照らし合わせて、上納金の算出は終わったわ。後は経費を計算して控除額を割り出すだけだけど、そのカメラはもちろん経費よね?」
「え? まぁ仕事に使うのでそうですね」
「請求書とか、値段の分かるものは?」
「……」
射命丸は急に真顔になり、ゆっくりと目を逸らす。
その様子を見てミサは自分の顔を両手で覆い、大きなため息を吐いた。
「ちょ、忘れてただけです! 今から取ってきます!」
射命丸は開きっぱなしの扉から飛び出し、羽を広げて飛んでいってしまった。
ミサは扉を閉め、射命丸が動いたせいで落ちた書類を片付ける。
すると、薄い扉の向こうからノックが聞こえてくる。
「お〜い文〜、オプションパーツ持ってきたぞ〜!」
ミサが返事する間もなく、その人物は無遠慮に扉を足で開ける。
四つの腕で巨大な箱を支えながら、部屋の中にズカズカと入ってくる。
「あぁ、河童の便利屋さん」
「河城工房の河城にとりだよ。っと、文は留守かい?」
「えぇ、今カメラの請求書を取りに出ていったばっかりです」
「そりゃタイミングが悪かったね。これはどこに置いたらいい?」
にとりは巨大な箱を持って部屋の中を見渡す。
ミサは急いで射命丸の散らかした書類を拾い上げ、床にスペースを作り出した。
にとりは巨大な箱をそこに定め、二本のロボットアームで丁寧に床に下ろした。
動くたびにガチャガチャと、箱の中から固いものが擦れる音がする。
「随分と大荷物ですね」
「まぁね〜。文が色々注文してきたから大変だったよ」
「お疲れ様です」
ミサは暖かなお茶をにとりに差し出す。にとりは一口飲み、近くにあった事務椅子に座り込む。
青いツナギのボタンを外し、肌着を外気に晒して熱を冷ます。
「もう冬だってのに、こんなに汗をかくとは思わなかったよ」
「外の世界は暖冬が数年続いてますから、きっと幻想郷にも暖冬がやって来たんですよ」
「そういえば外の世界から来たって話だったね。どう? 幻想郷には慣れたかい?」
「えぇ、お陰様で外を出歩いても捕縛されないくらいには」
「はっはっは! 天狗は人見知りだってのに、よく馴染んだものだね! 盟友の胆力と適応力には脱帽だよ!」
にとりは大笑いしながら、残ったお茶を飲み干す。
その時、勢いよく扉が開く。肌寒い風と、息を切らせた射命丸が立っている。
「はぁ、はぁ、にとりさん……来てたんですね……」
「おうとも。ひっさしぶりの大仕事だからね、忘れていったのも兼ねて持ってきたってわけよ」
「そ、そうですか……それじゃあもう帰っていただいて……ふぅ……」
「そりゃないぜ文。私だって盟友から外の世界の話を聞きたいってのに、いつもいつも連れまわしやがって!」
「いや、それはですねぇ……他の天狗に特ダネを取られないために常に移動して……」
「私は天狗じゃないやい! なぁ盟友、外の世界はどんな風だったんだ?」
目を煌めかせながら尋ねるにとりを、文は外に引っ張り出そうとする。
その様子を不審に思い、ミサは眉を顰める。
「射命丸さん、何か隠してます?」
「えぇっ!? いやいやいやいやこの清く正しい射命丸文、隠し事など全くございませんとも! さ、今日は用事があるんで帰るんですよねにとり!」
「何も用事なんてないやい! ……一体何を隠してるんだ文、正直に話せば鬼嫁も許してくれるぜぃ」
「嫁じゃないですから! あ〜……ほら、工房の前にめちゃくちゃ行列が出来てましたよ!」
「ウソつけ。ちゃんと『外出中、出直せ』って札をぶら下げてきたぞ!」
にとりは射命丸の腕を振り払い、ロボットアームで射命丸の足を掴み上げる。
そして逆さまにし、空中に固定する。
「あやややや! 何するんですかパンツ見えちゃうじゃないですか!」
「何隠してるか正直に話したら下ろしてやるよ」
「そうですよ射命丸さん、早めに話さないと誰か来てお尻見られちゃいますよ」
「降ろしてください〜! この大勢でスカート抑えるの結構腕疲れるんですよ!」
「あ、そういえば。この前美味しいお茶菓子をもらったんですよ」
ミサは射命丸の机の最下段から重箱の様な菓子の包みを取り出す。
「あ〜! それ私がいつか食べようと思ってた高級羊羹! 何勝手に手ぇつけようとしてるんですか!」
「うぉ〜! 私も噂には聞いてたけど食べた事なかったんだ! いいのかい?!」
「射命丸がたくさん無理言ったっぽいんで、大丈夫です」
ミサは笑顔で親指を立て、いそいそと優がなティータイムの準備を進める。
その時、文々。新聞の扉が開いた。
「文さんいます? ……ケツ?」
そこには白狼天狗の犬走椛が、不思議そうな顔をしながら尻を眺めていた。
「ちょっとお二人! 椛を代わりにしますから私にも食べさせてください!」
「そういう事なら。ほい」
「え? ちょ、ちょちょっと!? はぁ!?」
ロボットアームは射命丸から手を離し、代わりに椛を空中に吊り下げた。
射命丸は自分の分の飲み物を用意し、開封されたての羊羹をそれぞれ皿に乗せる。
「いやぁ椛が来なければ危うい所でした」
「まったく、天狗社会は恐ろしい縦社会だねぇ」
「私って分類的には天狗なんですか?」
「ふぇ? ふぉんふぉふぉんへんふぉ?」
「食べるの早いし汚いな……まぁ天狗からすればペットみたいなものじゃないのか? ほら、賢いペットがお使いやる感じ」
「私ってペット扱いなんですか……まぁそれも悪くないですね」
「「「はははは!」」」
椛はひっくり返ったスカートを抑えず、スカート越しに三人の談笑を聞いていた。
その顔は誰にも見られなかったが、無表情の菩薩の様だったと椛は後に自分の日記に記した。
「あ、そういえば隠してた物って何だったんですか?」
「……ッ! エフッ! ゴホッ! まっ……ゴホッ!」
「……もしかして」
にとりがリュックの中から何かの紙を取り出し、ミサに手渡す。
むせる射命丸は何とか止めようとするが、なんせむせているため身動きがとれない。
ミサはその内容を検め、まじまじと内容を精査した。
「射命丸さん。これ、どういうつもりで?」
「ごッ! ゲホッ……い、いやぁそれは違くてぇ!」
「どうして上層部から指定された店でカメラを買っていないんですか?! 経費にならないじゃないですか!」
「あ〜…………工房の前に行列が出来てるらしいから私は帰る事にするよ、羊羹ごちそうさま!」
にとりはステルス迷彩を起動し、空間に溶け込む様に消えた。
文は縋り付くものがなくなったのか、許しを求めて天に両手を掲げる。
「オプションパーツだけなら自腹で、と言うから許可した私が馬鹿でした。ただでさえ大赤字で、印刷代を捻出するのもやっとだと言うのに……」
「あぅ……でもほら、今回の新聞の口コミで購読者が増えれば……」
「そんな短時間で口コミは広がりません! 羊羹は没収、今夜は徹夜で新聞を手書きで書いて印刷代を浮かせてください!」
「そ、そんなぁ……」
肩を落とす射命丸。怒った様子で羊羹をしまい、削れる費用はないかともう一度書類に目を通すミサ。
ずっと吊るされたままの椛。さっさと帰ったにとり。
その日の文々。新聞社は、翌日の朝まで蝋燭の明かりがついていたという。