人里を往く人々が、見慣れぬ姿に振り返る。
その衆目の中心で、ミサは居心地悪そうに身を縮める。
「なんでみんな見てくるんですか……」
「まぁ幻想郷は狭いですからね。知らない人がいたら気になっちゃうんですよ」
「ちゃんと田舎の嫌な部分もあるんだ……幻想郷にも……」
「外の世界も大して変わらないでしょう」
射命丸は新しいカメラで色んなものを撮り、その度にカメラに付けられたモニターで出来栄えを確認していた。
「いやぁこれ便利ですね……今まで現像しなきゃどうなってるかわからなかったのに、撮った傍から確認できるなんて」
「現物を渡すだけで改良してくる河童の技術力の方が便利でしょう」
「まぁ河童ですからねぇ」
ミサは歴史の教科書などでしか見る機会の無かった家屋や、そこに暮らす生の人間達の生活を流し見る。
しかし目の合った人々は隠れる様に視線を逸らす。その事を不思議に思っていると、射命丸が肘で脇腹を突く。
「人間の里は一応中立地帯ですが、人ならざる者が苦手じゃない人はいません」
「私は人間よ?」
「妖怪の山に住んでて、天狗と一緒に人里に降りて来る奴がどういう目で見られるかはわかりますよね?」
「あぁ、なるほど」
ミサは納得し、あまり人々に顔を向けない様に景色を楽しむ。
大多数が和服で生活するここは、時代劇の様に非現実的だった。
しかしミサにとっては非現実的な事が起こりすぎているため、達観の域に達していた。
その様子を察したのか、射命丸は遠い目をするミサの写真を一枚撮った。
そのシャッター音で、ミサは違和感に気づいた。
「あれ? 人を食べるのに人里にいるんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の人間がざわめく。
不安そうな顔でコソコソと話し、あるものはどこかへと走り去っていく。
射命丸はため息を吐き、わざと大きな声で話し始める。
「嫌だなぁ! 今日は新しいカメラの慣らしに、風景とかを撮りに来ただけですよ!」
あからさまにホッとした様子の人々を見て、ミサは自分の過ちに気づいた。
射命丸に体を寄せ、耳打ちする。
「ごめんなさい、配慮が足りなかったわね」
「えぇ。もうあなたは普通の人から見れば妖怪も同然、発言や行動には気をつけてくださいね。……とはいえ」
射命丸は急に駆け出し、団子屋に駆け込む。
しばらくすると、団子を包んで持って出てくる。
「ちゃんとコミュニケーションさえ取れれば誤解は解けます、買い出しとか頼みたいので早めに幻想郷に馴染んでくださいね」
「精進するわ」
ミサは差し出された団子を食べながら、射命丸の少し後ろを歩く。
しかし人里を歩いていると、時々射命丸に手を振る老人や子供達が目につく。
なんだかんだ言いつつも、射命丸も立派な幻想郷の一員である事をミサは突きつけられる。
「さ、着きましたよ!」
立ち止まった射命丸に気づかず、ぶつかる一歩手前まで接近する。
一歩下がって目の前を見ると、そこには【寺子屋】と戸の横に看板が立てかけられていた。
「……寺子屋?」
「あややややぁ? 都会っ子は寺子屋をご存知ない感じですかぁ?」
「知ってるわよ。外の世界の教育舐めてちゃ痛い目見るわよ」
「まぁ学校みたいなもんですね。今日はここに用があるんですよ」
射命丸は軽くノックし、音を立てて戸を開ける。
中は古民家の玄関の様になっており、正面には開きっぱなしの襖から中の様子が見える。
部屋の中には何枚かの座布団と低い長机が規則的に並べられおり、その最奥で子供に何かを教えていた人物と目が合う。
「おや、もうそんな時間か」
青髪の女性は子供の頭を一撫ですると、立ち上がってこちらにやってきた。
「どうもどうも上白沢慧音さん、文々。新聞の射命丸文です。本日は取材の許可をありがとうございます」
「いやいや。寺子屋の情報を発信して、教育に興味のない子供にも興味を持ってもらう。その試みは私にとっても、将来を担う子供達にとっても魅力的な提案だ。ところでその隣の人は……ん?」
慧音はミサの顔を覗き込み、しげしげと眺める。
そして思い出したかの様にハッとし、その表情は一瞬で曇った。
「文屋、こいつは最近の新聞に載ってた変態だろう。どうしてそんな奴を連れてきた」
「いやぁ実はこの人は助手でもありまして〜……今回の取材も手伝ってもらおうかと思い」
「人里では一瞬で噂が広まる。こんな教育に悪い存在がいれば、寺子屋に悪い噂が立ってしまう。申し訳ないが、一人で出直してくれ」
慧音は冷たく言い放つと、射命丸とミサを外に締め出した。
射命丸はバツが悪そうな顔をしながら、扉を睨みつける。
「射命丸さん、さっきの、上白沢さん……? の言う通りですよ。教育現場に私が立ち入るのは相応しくありません」
「はぁ? いいんですか?! 自分の欲望が満たされず、周囲から軽蔑の目で見られ続けるんですよ?」
必死に笑みを浮かべ、ミサを説得するかの様な表情の射命丸。そんな射命丸の頭に、ミサの鋭いチョップが入る。
当たりどころが悪かったのか、射命丸は頭を抑えて蹲る。
「いいですか。私の世間からの評価をそうさせたのは、射命丸さんの記事です」
「なっ! 私のせいみたいに!」
「私はそれでも構いません。それで自分の欲望が満たせるのなら、必要な代償です。ですがあなたはどうですか? 自分の欲望を満たしたいと言うくせに、代償を払おうとしていない」
「だ、代償……? 機材や印刷代がどれほどかかっているか!」
「違います。そんなチャチな物じゃダメです。自分の望みを叶えたいのなら、二度と手に入らないモノを捧げる覚悟を持たなければいけません」
「二度と手に入らない、モノ……?」
「それが分からないうちは、あなたに栄光の時は来ませんよ。私は先に帰らせてもらいます、では」
ミサはしゃがみ込んだままの射命丸を置いて、一人で妖怪の山方面に歩いて行った。
射命丸はその場に一人取り残され、じっとミサの背中を眺めていた。
「む、鴉天狗」
射命丸の背中に、誰かが声をかける。射命丸が振り向くと、そこには白い髪の女が立っていた。
「あぁ、確か不死鳥の……」
「藤原妹紅だ、退いてくれるか?」
「えぇ、邪魔してすいませんね」
妹紅は寺子屋の戸を開け、振り返る。
「お前も何か慧音に用があるんじゃないのか?」
「えぇ……まぁ」
「ふ〜ん。……そう」
「おい妹紅、寒いから戸を閉めてくれ」
戸を閉めるために玄関口まで降りてきた慧音が、蹲った射命丸と目が合う。
慧音は周囲を見渡しため息をついた。
「文屋も寒いだろう、中で話は聞いてやる」
「慧音、お茶くれお茶。もう凍りつきそうだ」
「自分でやれ。文屋もさっさと入れ」
促されるまま、射命丸は寺子屋の中に入る。玄関正面の部屋ではなく、少し廊下を進んだ先の小さな部屋に射命丸は通される。
小さな囲炉裏を挟み、慧音が薄い座布団に座る。
妹紅は二人を交互に見合いながら、床に座り足の裏を囲炉裏に当てる。
慧音はお茶の入った湯呑みを用意し、二人それぞれの前に出す。
「それで、寺子屋の前でどうして蹲っていたんだ?」
「いや……その……」
「振られたんだとよ」
妹紅がチャチャを入れる様に、ケラケラと笑いながら訳知り顔で話す。
投げ出された妹紅の足に慧音は手刀を落とし、妹紅を睨みつける。
「実は、あの人間と仲違い……? しまして」
「あの変た…………名前はなんだったか」
「五島ミサだろ、新聞の」
「はい……彼女の言ってる事はよく分からなかったんですが、何故か言い返せなくって……」
「よく分からないけど、お前が悪いんじゃないのか?」
「妹紅!」
嗜めるように声を張る慧音に驚き、妹紅は動きを止める。
そして諦めた様にお茶を飲み、片手をひらひらさせながら窓から外に出て行った。
そんな妹紅を見て慧音は大きなため息を吐いた。
「すまない、普段はあんな様子じゃないんだが……」
「いえ……」
「……どんな言い合いになったんだ、良ければ相談に乗るぞ?」
「……自分の望みを叶えたいのならば、二度と手に入らないモノを捧げる覚悟が必要。って」
慧音はその言葉を聞き、腕を組んで目を閉じた。
微かに唸り声をあげ、ゆっくりと目を開く。
「哲学的だな。そう言うのは妹紅の方が得意なんだが……私的に解釈すると、もっと自分個人に目を向けてもらいたいんじゃないのか?」
「……どういう事です?」
「えっとだな。さっきの会話でも、射命丸は名前じゃなくて【人間】って言ってたじゃないか。一緒に仕事をしている助手の様な存在なのに、扱いが大雑把すぎないか?」
「……でも、彼女は人間で」
「今。射命丸は鴉天狗で、私は半人半獣だ。でも対等な関係だろう? 私と妹紅も、半人半獣と人間だが対等な友人だ。でも彼女と射命丸はどうだ? 友人ではなく、仲間ではなく、鴉天狗と人間として接していないか?」
「……そう、ですね。そのフシはあったかもしれません」
射命丸は自分の言動を振り返り、深く項垂れた。
そんな射命丸の肩に、慧音は優しく手を置く。
「大丈夫だ。これからの接し方変えれば、きっと彼女も分かってくれる。死なない限りはやり直せるんだ」
「……ありがとうございます。もっと話し合う必要がありますね」
「よし、いいぞ!」
慧音の激励を受け入れ、射命丸は立ち上がる。
「お世話になりました。今から追いかけます」
「よし、行ってこい」
「今度は、本当に取材しに来ます。ありがとうございました!」
射命丸は開きっぱなしの窓から飛び立つ。
慧音はその背中を見ながら首を傾げた。
「……今度はって、今日は寺子屋の取材じゃなかったのか?」
射命丸は風を切って妖怪の山へと飛ぶ。
地面を注視し、ミサが歩いていないかを確かめる。
人里を抜けて少しした頃、ミサの姿を地上に見つけた。
「やっと見つけました、今日は取材を切り上げて帰り……」
地上に降りると、そこにはミサ以外にもう一人いた。
「あら、文。タイミングいいわね」
「……な、何の用ですか?」
「勝手に外の世界の人間連れ回して、食べられ比べ? この私の断りなく、よくも勝手できたわね」
「射命丸さん、この人は?」
紅白の巫女衣装に身を包み、イラついた様子で自分の肩にお祓い棒を担ぐ。
どんな脅迫をも超える迫力の籠った瞳で射命丸を睨みつける。
その人物が纏うただならぬ雰囲気は、人間であるミサでさえ感じ取れた。
「この幻想郷最強、博麗の巫女。博麗霊夢さんです」
「紹介どうも。さぁ、さっさとこの人間を引き渡しなさい」
博麗の巫女は立ち塞がる様に、二人を睨みつける。
射命丸は息を呑み、拳を握り込んだ。