ミサが背の低い木の扉を開けると、そこは旅館風の建物だった。
潜り戸を抜け、廊下に出る。
「あっつ、あっつ」
小声で愚痴をこぼす射命丸を横目に、曲げっぱなしだった腰を伸ばす。
立ち上る蒸気と幽霊の中を真っ逆さまに落ち、狭く汚いボイラー室を抜けたミサの疲労は計り知れない。
しかし射命丸はケロッとした様子でカメラに不調が無いかを確かめている。
「問題なさそうですね。貴方はこう、不調とかありませんか?」
「えぇ、問題ないわ」
ミサは気を遣われている事にむず痒さを覚えながら、近くの窓に寄る。窓の外は簡易的な日本庭園が広がっており、ずっと向こうには岩壁が見渡す限り並んでいる。ミサは頭上を塞ぐ岩を見てここが地下空間なのだと実感した。
「射命丸さん、ここは何の施設なの?」
「ここは旅館ですね。山の妖怪と地底の妖怪が手を組んで計画されていたんですが、途中で計画が頓挫し地底妖怪の集会場となった場所です」
「どうして計画が頓挫したの?」
「単純にウマが合わなかったんです。昔からの確執とか、種族間の不仲とかで」
「幻想郷も大変ね」
射命丸が先導し、ミサはその後ろをピッタリ着いて旅館の中を歩く。
廃旅館というわけではなく、きちんと隅まで掃除が行き届いている。ここが営業中だと言われても、事情を知らなければ信じてしまいそうだ。
射命丸は旅館の表玄関を発見すると、壁に身を潜めた。
「マズイですね……」
射命丸が隠れ見る先には、玄関口に集まった異形の怪物達だった。
ここからでは話の内容は聞こえないが、何か慌ただしく動き回っている。
数人が履き物を脱ぎ、小走りで旅館の中に入ってくる。射命丸達が隠れている場所に向かってまっすぐ。
「……?」
「どうした?」
「いや……気のせいだ」
怪物達は角を曲がり、旅館の中を走っていく。
射命丸は背中に背負ったミサを先に地面に下ろし、自分も天井近くの梁から飛び降りた。
未だ入口には数人の怪物が居座り、誰かが来ないかを見張っている様子だった。
「別のルートにしましょう。確か中庭にいくつか裏口があったはずです」
「何があったの?」
「さっぱり皆目見当も付きません」
射命丸は肩をすくめながら、窓から中庭に出る。
ミサも射命丸にならって後に続き、中庭に出る。その時、自分の足の違和感に気づいた。
「射命丸さん、私達ずっと土足です!」
「え? 今マナーの話します?」
「違う! 土の跡が付いてる!」
その言葉を聞いた瞬間、射命丸はミサを引っ張り裏口に向かって一直線に飛ぶ。一瞬の間を置いて、二人が出た窓の近くにさっきの怪物達が集まって来る。
射命丸は速度を緩めず、自分の肩で裏口をぶち破る。転がり勢いを殺し、ミサの手を引きその場から走って去る。
「盲点でした、土の汚れで足跡が着いていたとは……きっと物音を聞いて集まってきます」
「捕まるとマズイの?」
「言ったでしょう、山の妖怪と地底の妖怪はウマが合わない。何やらトラブってる様ですし、面倒ごとに捕まってる暇はないんです」
射命丸は大通りと家屋を挟んで並走して伸びる小道を走りぬけ、どんどんと旧地獄の奥地へと向かっていく。
ミサは自分の額に滲む汗を拭い、射命丸に置いていかれないように必死に着いていく。
やがて自分の体から出る汗が疲れから出るものではなく、周囲の温度が上がっている事によるものだと気付く。
「ここまで来ればそうそう追いつけないでしょう」
「ねぇ射命丸さん、何だか気温が上がっていない?」
「これから向かう地霊殿は灼熱地獄の跡地に建っています。でも地霊殿の中は快適な温度なので、それまで我慢してください」
射命丸が指差した先には、確かに地底に似つかわしくないお屋敷が立っていた。
射命丸は懐からいくつかの紙を取り出し、その中の一枚を手に持って正面入り口をノックする。
紅魔館ほどではないが、立派な装飾が彫られた両開きの扉がゆっくりと開く。
「……おや、鴉天狗の!」
「どうもどうも、文々。新聞の射命丸文です」
扉の隙間から顔を出したのは、人語を喋る黒い猫だった。
猫は飛び上がり空中で一回転すると、猫耳の生えた全裸の女性の姿になった。
「その子が手紙の人間かい?」
「五島ミサです、よろしくお願いします」
「うんうん、アタイ好みの匂いだねぇ。あたいはお燐、こんな所で話すのも何だし入っておくれ」
お燐は扉を開け、二人を中に招く。
地霊殿の中は紅魔館とは違った薄暗さがあり、ミサは周囲を見渡した。
ステンドグラスが至る所に飾られており、薄暗さの中に神秘さを感じる内装だった。
「とりあえずこの部屋で待ってておくれ、あたいもすぐに準備して来るからさ」
お燐は二人を部屋の前に案内し、ウインクを一つ残しスキップをしながら去っていく。
射命丸とミサは顔を見合わせ、部屋の扉を開けた。
「うぉ、これは……」
射命丸は部屋の中を見て、衝撃を受けたように一歩下がり写真を撮る。
ミサも部屋の中を見ると、そこには一面骸骨まみれの家具が並べられていた。
部屋の奥には髑髏で飾り立てられた巨大なベッドが、ソファや机にもどこかしらの骨が装飾として使われている。
棚には小さな区切りが施されており、全てのスペースには色々な形の骸骨が収められている。
「何というか……ここまで突き抜けられると感想に困るわね」
「えぇ、ご丁寧にラグマットも骸骨の形ですよ」
ミサは部屋の中を観察していると、ソファの裏から小さな手が伸びてきた。
その手は棚の骸骨を取ろうとしたが、掴むのを失敗して骸骨が地面に音を立てて落ちる。
射命丸は驚いた様にカメラを向け、写真を撮る。
「な、何ですか……?」
「今、人の手が……」
「人の手? ……誰もいませんよ」
射命丸はソファの裏を確認し、声を震わせる。
「カメラにも何も映ってませんし……お、怨霊?」
「ちょっと、怖い事言わないで欲しい……」
ミサはソファの裏からはみ出る帽子を見つける。小刻みに揺れて、まるで人間がうずくまっているような体制だ。
ソファの裏に回ると、ミサはそこに隠れた少女を見つけた。
少女は笑い堪えながら、しかし堪えきれておらず体をプルプルと震わせている。
「えっと……こんにちわ?」
少女はゆっくりと顔をあげ、ミサとばっちり目が合う。
少女は目を何度かパチクリとさせ、スッと立ち上がる。
そしてミサを注意深く見つめながら、ミサの周りをゆっくりと回る。
「ど、どうしたの? 何をしているの?」
「……」
「ねぇ射命丸さん……この子は?」
少女は無言でミサの正面で立ち止まる。そしてミサの目の前で手を振ったり、シャドーボクシングをしたりと慌ただしく動く。
射命丸はミサの様子を見て、恐怖に顔面を染める。
「な、何です?! 何もいないですよ!」
「え、じゃあこの子は何?」
「ずっと一人でリアクションとっていると思ったら、私を怖がらせるためならやめてください!」
「いや……あなた、名前は?」
少女は少し考えた様子を見せると、イタズラな笑みを浮かべた。
「私の言葉を復唱して? 『我こそはこの地に眠る怨念である!』」
「……? 『我こそはこの地に眠る怨念である!』」
「うわぁ! 乗っ取られた!」
射命丸は怯える様に部屋の隅で縮こまる。
その様子を見て、少女はケラケラと笑う。
「あぁいいもの見れた。妖怪のくせに幽霊が怖いなんて、どうかしてるわ」
「それで、あなたは?」
「なんで人間にそんな事教えなきゃならないの?」
少女は至極当然の様に言い放ち、首を傾げた。
その時、部屋の扉が勢いよく開き服を着たお燐が入ってくる。
「いや〜待たせたね! って鴉天狗はどうしたんだい?」
「お、怨念が……体を乗っ取って……!」
「怨念? 見た所そんなのはいないけどねぇ」
「ここに私しか見えない、帽子を被った女の子がいるんですよ」
「……あぁ、こいし様ですかね」
その言葉を聞くと射命丸は震えをぴたりと止め、鞄からカメラのレンズを取り出す。
それをカメラに取り付け、部屋の写真を撮る。
「これはにとりに頼んで作ってもらった、魔力を写し取るレンズです。……こんな風にね!」
射命丸はドヤ顔をしながらカメラの画面を見せてくる。そこには、ミサの隣に立つこいしの姿がはっきりと映っていた。
それを見て、こいしとお燐は感嘆の声を上げた。
「すごいすごい! 後でさとり様に教えなきゃ!」
「すご〜い! お姉ちゃんと写真が撮れる!」
「メカニズムは知りませんが、魔力を持っているものなら大抵写ります!」
「今度さとり様とこいし様のツーショットを撮っておくれよ! きっと喜ぶからさぁ!」
はしゃぐ二人を見て、何故か文が照れながら深く頷く。
「文々。新聞を背負って立つ者として、必ずお約束しましょう! 皆さんの笑顔の為ならばこの射命丸文、幻想郷のどこへでも写真を取りに行きますとも! は〜っはっはっは!」
「そうと決まれば早めに終わらせよう! こいし様、少々外してもらえますか?」
お燐は部屋を見渡しながら、こいしに呼びかける。
こいしは頬をむくれさせ、つまらなさそうな顔をする。そしてミサに目配せし、口の前で人刺し指を立てた。
こいしは足で扉を閉め、自分が部屋から出て行ったように偽装した。
「こいし様には少々刺激が強いからねぇ」
お燐はそう呟きながら、ミサと隣り合ってソファに座る。
射命丸は対面に座り、カメラを構える。
お燐は鼻をミサに押し付けるように匂いを嗅ぎ、恍惚とした表情を浮かべる。
「あんたいい匂いだねぇ……頭が湯立っちまいそうだよ」
「えっと、どうも?」
「本当に味見してもいいのかい?」
「えぇどうぞどうぞ」
「え? 味見って?」
ミサが射命丸に聞いた瞬間、お燐がミサの肩に噛み付く。
ミサは電流の様な痛みと快感が体を駆け巡り、ソファから電撃を受けたようにずり落ちる。
お燐が頭を打たないように抱え上げ、ベッドにミサを寝かせる。
「お燐さんは死体愛好家で、今回はミサさんの味見を許可するという事で取材をしてるんですよ」
「へっ……へっ……あ、あじみぃ?」
「うわぁ舌出しちゃってだらしない顔……生きてる人間には興味ないかと思ってましたけど、がっつり行くんですね」
「この人だけ特別だよ、あたい好みのいい女さ!」
お燐はベッドに寝かせたミサの服を乱暴に脱がし、身体中に噛み付く。
甘噛みとはいえ、鋭い牙はミサの体に食べられる感覚を色濃く残す。
ミサは快感から逃れるためにベッドシーツを掴み、喉を絞り嬌声を抑えようとする。
その様子に肉食としての本能を刺激され、お燐は舌舐めずりをして服を脱ぐ。
「何でお燐さんまで脱ぐんですか!?」
「昂ってきたからさ! こいつめちゃくちゃ良いね、嫁に欲しいくらいさ!」
「ダメですよ、今日は味見だけ。やって良いのは齧るまでって話ですからね」
「ちぇ〜……こんなに美味しいのに……」
お燐は渋った顔しながら、ミサの指を口に入れる。指の先から噛んでいき、手首まで跡をつける。
耳を丸めて口に含み、力加減に気をつけながら何度も咀嚼する。
ミサは今まで感じた事のない積極性とムードに流され、興奮の絶頂期を迎えていた。
「ひゃ……らぇ……」
「そんな事言って、本当はもっとして欲しいんだろう?」
ミサは涙目でお燐を見つめ、何度も頷く。
お燐はミサの耳元に顔を寄せ、首筋を噛みながら小声で囁く。
「あんたが良ければ、本当にあたいと一緒に暮らさないかい?」
「えぇ……?」
「ペット扱いだけど三食付くしある程度の自由も保障する、あたいが求めるタイミングで齧らせてくれたら良いんだ。どうだい?」
「……」
ミサは火照った脳で考える。
目の前の快楽に流されるのは簡単だが、それで良いのだろうか。
ミサの悩む姿勢を見て、お燐は首を噛む力を強めた。
快楽で体を何度も痙攣させながら、ミサは首を振った。
「た、食べられるのが……夢ですか、らぁっ……」
「あんたが望むなら、あたいはその夢を叶えてあげられるよ?」
「……うぅ」
「ちょちょちょっと! 何の話してるんですか!」
射命丸がお燐とミサの間に割って入る。
お燐は舌打ちをし、興醒めした様な表情でベッドの淵に腰掛ける。
「今食べるのが夢とか、それを叶えるとか聞こえましたけど!?」
「べっつに〜。大体あんたは何なのさ、鴉天狗」
「な、何がですか?」
「あんたはこの人間の何なのさ」
「……パートナーです」
「へぇ。てっきり商売道具かなんかだと思ってたよ」
お燐は嘲り笑うように射命丸に言い放つ。
射命丸は言い返そうと身を乗り出しかけ、拳を握ってその場に止まる。
「まぁいいや、あたいもスッキリしたし。人間、さっきの話に興味があればあたいを呼びな。いつでも迎えに行ってあげるよ」
お燐はそう言い残し、部屋から出て行った。
全身に噛み跡や爪痕が付いたミサは、ベッドの上で震えながら快感の余韻に溺れていた。
裸のミサに服を掛け、射命丸はソファに座る。
大きく息を吸い込む。二人が快楽を貪り合った残り香が鼻につく。
息を吐き出しながら、天井を見上げ顔を手で覆う。
「私は、何なんでしょうか……」
快楽で意識が真っ白なミサの耳にも、その言葉は届いていた。
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『逆食レポ 第四回』
『対象、火車。火焔猫燐』
『感想。積極的に全身を齧り、貪るように食べられる感覚は新鮮でとても気持ちのいいものだった。歯はもちろんのこと、鋭い爪や猫舌で体にマークを付けられるようで思っていたのとは違った。しかし、お燐が私の希望や刺激して欲しい部分を汲み取って刺激してくれるので、捕食というより性行為に近かったと感じる。また死ぬのなら気にはならないが、全身に傷ができるので服が擦れて痛い。十点中八点』
『今回の写真のほとんどは使わないように』
『アイデア:有料会員向けのアダルト新聞。いや、普通に没ですね』