※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【20】〈籠〉へとご案内。

 

夜の空に月が三つ揃い、明るく地上を照らす中・・

婚約披露が行われている王都、ホーク家の屋敷へ蝙蝠の群れと扇情的な赤いドレスを纏った女が飛来した。

 

この無粋な乱入者によって、波乱の幕は上がる。

 

《侵入者感知―・―魔力波長照合―・―要注意人物(ブラック)リストに合致―・・―全分け芽(使用人)へ敵襲通達》

 

屋敷内の全ての使用人へ〈家事妖精(シルキー)〉の情報処理担当のパーカーより、緊急の信号が伝えられる。

侵入者は速やかに処理するのが通常の対応だが、今回の侵入者は一応この家の者と無関係でないことが直ぐに判明。

どのような対処をすべきか、当主へと判断が仰がれる事となった。

 

酒も入り、少々賑やかになった会場で使用人の一人が当主家族へと近づく。

 

「ご歓談中、失礼いたします」

「ん?ああ、わかった。すまないね、ちょっと話を聞いてくるよ」

「よろしくてよ。お客様方はわたくしが対応いたしますわ」

「よろしくね。すぐ戻るよ」

 

ホーク家当主であるローガンは、いつも傍に控えて居る執事のバトラーではなく、警護担当のヘイワードが話し掛けて来た事で異常事態を察知した。

妻へ席を外す事を伝えると腰を抱き寄せてこめかみに口付け、ヘイワードを連れてホールを出る。

別行動をしていたエルフも自身の魔力感知で異常を察知したようだ。

情報を共有するため後に続く。

 

ホール近くにある個室の一つに全員で入ると、ソファに座ることなく会話が始まる。

 

「それで、どんな状況かな?」

「はい。感知領域にて侵入者を確認。照合の結果、ジルコニア様の元両親と合致しました。どういった対応をいたしましょう?」

「ん~。始末するのはやり過ぎかなぁ・・実害を受けたわけではないし・・あちらさんの出方次第だけど・・でも甘い対応はしたくないんだよねぇ・・」

 

そこでローガンからの視線を受けたリアムは肩を竦めて言った。

 

「そっちでも把握はしてんだろ?あの家はやり過ぎた・・今までの悪行は先代の功績で目をつぶってきたが、もう潰すギリギリのとこまで来てんの。他人の敷地に侵入しただけで割と詰み。危害を加えてきたら処分対象だな」

「なんだ。そうなのかい?ならしっかりおもてなししようかな」

「構わんぜ?ただ、経緯だけは報告してくれや。後は好きにしてくれて問題ない」

「じゃあそうするよ」

 

ローガンはにこりと人好きするような笑みを浮かべた。

が、その目は笑っておらず放つ気配はひやりと冷たい。

 

「ヘイワード」

「はい」

「久しぶりに手応えが望めそうなお(・)客(・)様(・)だよ。使用人から希望者を募って、丁重に対応してくれるかな?」

「かしこまりました。通常業務に支障のない範囲で希望者を募ります」

「うん。頼むね?」

 

退出しようと扉の前に進み出たローガンの為、ドアを開けて「お任せを」と礼をとるヘイワード。

二人はそのままホールへと戻る動線を辿る。

 

「あ、そうだそうだ。リアム、裏口を開けて置いてくれるかな?」

「ん?別に構わねぇが、何かあったか?」

「いやぁ。どうせなら、ゴミは纏めて処分したほうがスッキリするでしょ?」

「あぁ。そういうことな。分かった、やっとく」

「ありがとう」

 

会話の後ローガンはホールへと戻り、リアムはその場から姿を消した。

が、暫く経って、何食わぬ顔で会場へ戻るのだった。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

ホーク家、敷地内の何処(いずこ)か。

薄暗い洞窟のような場所、広い空間に巨大な木が一部葉脈を光らせながら僅かに枝を揺らす。

さわさわと葉が擦れ鳴る中、長い髪を木に絡めた人影から無機質な声が零れ・・

〈家事妖精〉独自の信号で分け芽らに情報が伝えられた。

 

《排除対象、ソルシオ一族―・―参加希望の分け芽(使用人)―・―スミス。フォスター。ガードナー。ハント。メイソン―・―迎撃申請―・―主より承認済み―・―対象敷地内に侵入―・―対応せよ》

《ヘイワード、了。転移陣へ誘導開始》

《ガードナー、現着》

《メイソン、現着!》

《ハント、現着》

《フォスター、現着》

《スミス、現着。参加者、全員着》

 

空気を振動させて行う情報交換より何倍も速く〈家事妖精〉らは情報を伝え合う。

瞬きの間に幾つものやり取りを行い、状況を整えて行った。

 

《パーカーより「籠」にて待機中の分け芽へ「ソルシオ一族」の詳細情報送信―・―完了》

《・・スミスよりパーカーへ。[予備]の確認要請》

《了。―・―確認完了》

《スミスよりパーカーへ。[予備]の待機申請》

《―・―諾。10分以内に準備完了》

《スミスよりパーカーへ。感謝》

《・・了》

 

広い、円形の闘技場のような空間。

天井は高く岩が剥き出しのドーム状で、足元は踏み固められた土。

魔術による淡い光を放つ光源が幾つも天井近くに浮かび、空間全体を照らしている。

 

そのほぼ中央で閉じていた目を開き、同じ分け芽であるパーカーとのやり取りを終えたスミスは目の前に揃った面子を眺めて言った。

 

「一番手はわたくしが頂いても?」

 

全員が頷いて、厨房服を着たフォスターが補足した。

 

「それは勿論構いません。私達は様子を見て、順次参加する形にすれば良いでしょう」

 

その言葉に、庭師姿のガードナー。猟師姿のハント。作業服姿のメイソンも異議なしとして頷いた。

 

「そうですね。ではタイミングはお任せするので、いい感じに調理をお願いします」

「腕が鳴りますね」

「待ってください、俺の分も残してくれますよね?久々に加減なく動ける機会なんです」

「ハント。あなたは肉体言語で語り過ぎです。私の植物魔法の出番も残してください」

「はいはい!わたしにも出番を!!新しい技使いたいです!」

 

スミスの言葉に袖をまくって見せたフォスター。

その後に、ハント、ガードナー、メイソンと発言が続く。

 

「ま、臨機応変。いつも通りで良いでしょう。さぁ、待ちかねたお(・)客(・)様(・)がお見えです・・最高の〈おもてなし〉をいたしましょう」

 

スミスは少し離れた場所に現れた光る魔術陣に気付き、ぽんぽんっ!と白手袋で覆われた手を打ち鳴らして同僚たちの視線を集めて言った。

 

一瞬、魔術陣が強く光る。

眩しい光が収まると、陣の中央に黒い衣装にゴテゴテと宝石や金細工をつけた中肉中背の無神経そうな成金男と、背中や胸元が大きく開いた真っ赤なドレスに、これまた宝石と金細工をごちゃごちゃと身にまとった細身の女が現れた。

 

「ようこそ、ジルコニア様の元両親方。歓迎いたします」

 

両隣りに並ぶ同僚たちを紹介するように両手を広げ、出迎えの言葉を発するスミス。

しかしその言葉とは裏腹に、礼の姿勢を取ろうともしない。

相手を尊重するつもりが微塵もないと雄弁に語る態度に、現れた成金男は口元を引くつかせ、女は不服そうに唇を尖らせた。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

蝙蝠から人の姿へと戻り、ホーク家の敷地に降り立った男は一切の障害なく侵入が果せたことを訝しく思った。

だが『所詮は異種族混じりの家』と警備の緩さを見下し、自身に都合の良い方向で自己完結する。

隣に降り立った妻の腰を抱いて屋敷の入り口へ足を向けると、木の陰から使用人の制服を着た男が現れた。

 

「ソルシオ家の方々ですね?ようこそお越しくださいました。会場へご案内しますので、こちらへどうぞ」

「ふんっ!親を出迎えんとはアイツめ、何様のつもりだ!」

「申し訳ありません。何分、急だったものですから準備が間に合わず・・」

「言い訳するな!愚図に仕える者もやはり愚図だな!こんな程度の低い—」

「ねぇ旦那さま~?ここ虫が出そうでイヤだわぁ~。早く行きましょうよ~」

 

頭を下げる使用人に向け罵倒を浴びせる男は妻に腕を引かれ、言葉を途切れさせた。

不満気な態度を隠しもせず「妻に感謝するんだな!さっさと案内しろ!」と使用人に顎をしゃくる。

上体を起こした使用人は「こちらです」と二人を先導して歩き出した。

 

二人が降り立ったのは屋敷前のロータリーで、建物とは目と鼻の先。

男の予想通り、正面玄関へと使用人は進む。

扉の前へ着くと、観音開きの片方だけを外側へ引き開け、その扉の傍でこちらへ頭を下げて室内へ進むよう促してきた。

 

「どうぞ中へお進みください。歓待の準備は整っております」

「ふんっ!どうせ大した内容ではない—・・」

 

使用人の横を通り過ぎ、明るい室内に数歩進んだ所で足元の床に光の線が走る。

瞬きの間に発動した魔術陣により、男女の姿は忽然と消えた。

 

「では、心行くまでお楽しみください」

 

無人の空間に、僅かばかり喜悦を含んだ言葉を響かせ、使用人は通常業務へと戻るのだった。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

哀れな侵入者を持て成す為の広々とした〈籠〉に、品性を疑うギラギラとした格好の男女が現れる。

 

迎えるは5名の使用人。

 

相対する彼らの様子を、壁に設置されたバルコニーから眺める者が一人。

隠蔽の魔術陣の中、柱の陰から見下ろす形で視線を向けている。

 

黒衣の男は視線を固定したまま、丈の長いマントからすいと横へ腕を伸ばす。

その白手袋をした手に、どこからともなく単眼の梟が舞い降り、誘導されて男の肩へ移った。

 

《失礼します、師匠》

「構わぬ」

《・・・師匠から見て、ア(・)レ(・)ら(・)はどうですか?》

「わざわざ尋ねる必要があるのかね?今の君から見れば一目瞭然であろ」

《第三者としての意見をお聞きしたく・・》

「・・男は中の下。女は能力だけなら上の下といったところであろうな」

《そう、ですか。やはり・・その程度、なのですね》

 

黒衣の男と梟の視線の先、何やら叫んだ男の足元から漆黒の狼が三匹飛び出し使用人の一人へと飛びかかった。

 

「なんともお粗末な発動だ」

《俺は・・こんな程度の低いやつらに・・》

「それが理解出来るのは〈覚醒〉後、君が努力したからだ。自身の過去を責める必要はない」

《・・はい》

 

使い魔越しに会話をしながら、師弟は眼下の戦闘を静かに観察し続ける。

次第に争いは激しくなり、両者の【魔法】や能力による攻撃が派手に飛び交い始めるのだった。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

一瞬の浮遊感に、自分達がどこかへ転移させられたのを理解した男は目の前に現れた者達へ苛立ち、鋭い視線を投げる。

だが、こちらの態度になんの痛痒も感じていないとばかりに執事服を着た男が言葉を発した。

 

「ようこそ、ジルコニア様の元両親方。歓迎いたします」

 

歓迎と言いながら、厨房服の女、農作業用のツナギを着た男、大きなエプロンをした職人風の女・・誰一人として礼をとらない。

全員真っ直ぐにこちらを見つめ、猟師の格好をした男などは腕を組んで不遜な態度を隠そうとすらしていなかった。

使用人風情に嘲りを受けたと判断した気の短い男は、ビキリとこめかみに血管を浮かせ、口元を引くつかせた。

 

「旦那さま~何こいつら~!嫌いだわぁ~!」

「あぁ妻よ。同感、だっ!!」

 

男が片足をダンっ!と地面へ打ち付けると、そこを起点に真っ黒な影が勢いよく飛び出した。

影は三つに分かれ狼の形を得て、執事服の男へと向かう!

 

大きく開いた顎(あぎと)がガチン!と音を立てて閉じるが、そこに執事の姿は無い。

高く跳躍してひらりと狼を躱し、静かに元の位置に降り立っていた。

他の使用人は最初の位置から大きく下がっている。

手を出さず、この状況を見守るつもりのようだ。

 

「なんとも可愛らしいワンちゃんでのご挨拶、痛み入ります。わたくしはホーク家に勤めております、執事のスミスと申します。以後お見知りおきを。・・ところで、当家のジルコニア様にご用事あっての来訪と推察致しますが・・あなた方は当家の〈訪問者拒否リスト〉に載っております。ので、さっさとご帰宅願えますか?」

 

続いた「今なら手を出さないでいて差し上げます」という上から目線の言葉に、男の口元が戦慄き捲れ上がって鋭い犬歯を覗かせた。

 

「はっ!使用人風情がっ!・・いいだろう。先ずはその舐めた態度、後悔させてやる!」

「おやおや仕方ないですね。面倒ですが、お相手致しましょう」

 

動かない表情の中、口元だけを笑みの形に歪ませ・・執事は襟をぴしりと整えて言った。

 

「ほざけ!」

 

装飾品をジャラりと鳴らし、男は外套を翻す。

するとその内側から次々と鼠が零れ落ち、あっという間に2メートル程の鼠男(ラットマン)へと変貌した。

 

「行けっ!殺せっ!」

 

ヂちジィ!!と奇声を上げた鼠男が集団で執事に掴みかかる!

が、執事は伸ばされる腕をひらひらと躱しながら流れるような身のこなしで集団の隙間を縫うようにすり抜けた。

 

「何をしているっ!さっさと殺れっ!おい?!―・・なっ!」

 

言葉の途中で動きを止めた鼠男共の姿勢がぐらりと傾ぐと、次々に倒れ伏してザラリと塵になって崩れる。

 

「汚い手で触らないでください」

 

「服が汚れるじゃないですか」と続けた執事の手元にはいつの間にか一本の食事用のナイフが。

それを手首のスナップだけで指揮棒のように振ると、ぴぴっと地面に赤黒い液体が飛び散った。

 

「銀食器?!一体どこから!」

「はて?普通に内ポケットから、ですが?まさか見えてらっしゃらなかった?」

「―っ!!舐めるな!!」

 

男が執事に向けて腕を振る。

すると今度は袖口から無数の蝙蝠が飛び出し、執事へと殺到した。

男も妻の元に狼を配し蝙蝠を追いかける形で距離を詰め、長く鋭く伸ばした自らの爪を振るう。

 

「たかが使用人が!さっさと死ね!!」

「お断りいたします」

 

目くらましの蝙蝠と共に襲い来る爪をナイフで捌きながら、淡々と答える執事は余裕綽々といった感じだ。

一方の男は僅かに焦りが見られる。

全く攻撃が届かない男が業を煮やし「くそがっ!」と口汚く罵ると、大きく跳躍して下がり影の狼が守る妻の隣に降り立った。

蝙蝠も、男の影に吸い込まれるように飛び込み消え去る。

 

「いちいち真面目に相手をするのは面倒だ!一気に片を付けてくれるわ!」

「おや?手に余る、の間違いでは?」

「五月蠅いっ!シャドウウルフ!息子らを呼べ!」

 

男の命令に従い、一頭の狼が影に沈んで消える。

 

「救援要請ですか?予想より大分早くて正直ガッカリです」

「黙れ執事!手数が揃えばお前などっ!」

「う~ん【魅了】の所為ですかね?能力を十全に出し切れてない感じがします」

「―?何の話だ・・」

「随分と深く【魅了】されていらっしゃるようで。まぁお蔭で傷付けられる女性が減ったのは良い事かと思いますけど。こちらは消化不良もよいところ・・」

 

執事の呟きに気を取られた男に、隣の妻が身体をすり寄せて言った。

 

「ねぇ旦那さまぁ~。まだエルフに会わないのぉ~?」

「あ、あぁ。妻よ。もう少し待ってくれ。直ぐに会わせてやるからな」

「んふ。楽しみぃ~」

 

場違いにきゃらきゃらと笑う女に、男を除く全員が眉を潜めた。

 

「・・・随分と強力な【魅了】ですね?」

「?あたしに言ってるのぉ?」

「えぇそうです。よろしければ少し、お話ししませんか?」

「え~?なぁ~に?」

「妻よ。使用人などと」

 

男が話し掛けた途端、女が男の腕を引いて自らの唇で男の口を塞いだ。

他人の目を気にする事なく、ねっとりと舌を絡めてから口吸いを終える。

 

「少しだけだよ~?だから気にしないで?」

「・・そうだな。少しだものな・・」

「んふー!旦那さまいい子!!」

 

ぼぅっとする男の頭を撫でて、女は執事に顔を向けた。

 

「はい!いいよ~?お話しする?」

「・・・どうも。先程も言いましたが、あなたのその【魅了】。随分と強力なのは理由が?」

「?わかんなーい!あたしはずっとこうだも~ん」

「こう、とは?」

「生まれたときから~!・・えっとねぇ。おじいさまが言ってたのは~「むすことむすめのこどもだから、血がこい」って」

「・・・・そのおじいさまは今どちらに?」

「え?消えちゃったよ?み~んなと一緒にさらさら~って!」

 

何が楽しいのか、女は口元に吸血鬼特有の鋭い犬歯を覗かせ、幼子の様にきゃっきゃっと笑いながら手首の装飾品をしゃらりと鳴らした。

 

「あたしがぁ~「出てって!」てお願いしたからみ~んなお日さまに当たって消えちゃった!」

 

執事は女の素性を大まかに理解した。

つまり、近親婚を繰り返したであろう吸血鬼の一族の出なのだ、と。

話しぶりからして、女以外の一族は残っていない可能性があると判断。

幼子のような言動は元々か、家族が消えた事による精神的ショックからなのか・・現時点では推察する意味もない。

 

執事が思考を切り上げたタイミングで、女は甘えるように言った。

 

「次!あたしのば~ん!!あのねぇ。あたしエルフに会いたいの~!旦那さまが言ってた!お金をたぁ~くさん持ってるから、いっぱい〈えんじょ〉してくれるって!だからあなた呼んできてよ!」

 

女はぼんやりと佇む夫の腕を自らの胸に押し付けるように抱きしめ「ねぇ~?」と甘え、同意を求めた。

 

「・・何故そのような話になるのか、理解に苦しみます」

「あはっ!おばかなの~?だってエルフはア(・)レ(・)のおやになったんでしょ~?だったら本当のおやのあたしたちに「ありがとう」ってお金をくれるのが〈じょうしき〉なんだよ!!」

「・・・本気で意味が解りません」

「む~っ!!なんで!なんでわかんないの?ばか!ばかばかば~かっ!!」

 

女が癇癪を起しダンダン!と何度も地面を踏みつけていると、その足元の陰から影の狼がせり上がり、続いて人の形の影が生えるように現れた。

その表面を覆っていた影が解け、帯状になって元の影に吸い込まれると、現れたのは一人の女と二人の男・・残るソルシオ一族の面々だ。

 

「あら。まだブレイダス様とはお会いになっていないのですか?」

「見りゃわかんだろ。その前座。歓迎会の真っ最中って感じだぜ?」

「・・・好みの顔は無いなぁ・・興醒め~」

 

銀髪で細身の女。

背が高く、筋骨隆々とした男。

顔色が悪く、フードを被った猫背の男。

三名が三名共、傲岸不遜。その有様は成程、成金男と確かな血の繋がりを感じるものだった。

 

「まぁ!来たのね子どもたち~!!ほら旦那さま!子どもたちよ!!」

「ん・・おお!よく来たお前たち!」

「はい。知らせにより参りましたわお父様。私たちの力が必要だとか・・」

 

娘の言葉に「その通りだ!」と男は息巻く。

 

「恥や礼儀を知らぬ家らしく使用人も作法がなっておらん!あまつさえ挑発的な態度で煽りよる・・なれば、ソルシオ家の力で目にもの見せてくれようとお前たちを呼んだのだ!」

「・・・分かりましたわ。では弟たちと一緒に力を示して見せましょう」

 

女は何か言いたげだったが、言葉を無理やり飲み込んで戦闘に意欲を見せた。

その言葉に若い男二人も「よっしゃ!」「怠いなぁ・・」とそれぞれ答えて互いが動きやすいように距離を取る。

 

「ふむ。今度はあなた方ですか・・ではこちらも選手交代と参りましょう」

 

執事はそう言って片足を引くと、同僚たちを招くように片腕を広げた。

指示に従い、庭師姿の男。猟師姿の男。作業着姿の女が進み出て来る。

その3名とは別に、全く動こうとしない執事と厨房服の女に厳つい男が吠えた。

 

「全員でかかってこいや!舐めてんのか?!あぁん?!」

「・・兄さん五月蠅いよ・・」

「・・・はぁ。あなた達、さっさと終わらせましょ。私、買い物の予定があるのよ」

 

「チッ!」と舌打ちした厳つい男は地面を蹴った。

八つ当たり気味に作業着姿の女へと突っ込み拳を振るう。

が、その手は猟師の茶色い革手袋にピタリと受け止められ、攻撃は阻まれた。

男は驚きに目を見開く。

 

「あなたの相手はこの俺、猟師のハントが務めさせて頂きます。どうぞよろしく」

 

涼し気に微笑み、細目の猟師は手の平で受けた拳に指を食い込ませた。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

「それで、私の相手はあんたってわけね」

「はい!その通りです。わたしは石工師のメイソンと申します!よろしくお願いします!」

 

額のゴーグルをくいっと動かし、にっこり笑う石工職人に銀髪の女は眉を顰めた。

 

「・・チビの癖に吠えるじゃない。癇に障るわ・・ズタズタになりなさい!」

 

「【影】よ!」と女が叫ぶと同時にその足元から影が大きく広がり、鋭い槍となって職人へと伸び迫る!

だが「ほい!」と軽い調子で地面に手を付いた職人の前に立ち上がった石壁に阻まれ、女の初撃は届かなかった。

 

「【影魔法】ですね!影を触媒に異空間から様々なモ(・)ノ(・)を出し入れする魔法!わたしの【土魔法】と勝負です!」

 

職人はゴーグルを装着すると腰に手を当てて胸を反らし、人差し指を真っ直ぐ女に向けた。

足を覆い隠すほどの大きな作業用エプロンがばさりと翻る。

 

「職人風情が・・粋がるんじゃないわよ!!」

 

女は伸びあがった影に手を突っ込むと、ずるりと鞭を引き出した。

それは漆黒の一本鞭で、よく見れば先端は蛇の頭を摸している。

女が鞭を振るうとビュシっ!と鋭い音がして、地面に浅く鞭の跡がついた・・

と、その跡が盛り上がり、黒々とした蛇が何匹も次々と這い出て来るではないか。

 

「魔呪具〈蛇鞭這喰(じゃべんはいばみ)〉体の中から喰われるがいいわ!」

 

女が鞭を振るう度に蛇が増える。

現れた蛇は黒い波となって職人へと殺到した!

 

「おお!これは楽しそうです!」

 

職人はキラリとゴーグル越しに瞳を輝かせ、靴の踵を地面に打ち付けた。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

作業着に軍手と長靴。

使用人を雇う家ならどこにでも居そうな典型的な庭師姿の男を前にして、猫背の男は深々と溜息を吐いた。

 

「うっざ・・せめて女が相手ならなぁ・・少しはやる気が出るのに」

「そんな事おっしゃらずに。私は庭師のガードナーと申します。どうぞよろしく」

「・・何で男の相手なんざ・・マジでダルいわ。さっさと死んでくれ」

 

猫背の男が懐から何かを取り出し、地面にポイと投げ捨てた。

落ちて、割れたのは細長いガラスの入れ物・・

中からドロリとした黒い液体が零れ出ると、肉が腐った饐えた匂いが辺りに広がり、黒い液体は泡立って染みの範囲を急激に拡げる。

するとその染みから真っ白な手が、生える様に伸び出て来た。

ずるずると這い出し、地を踏んで立ち上がったのは明らかに死んでいる風体の女。

 

頭皮を剥がされ、体中に雑な縫い目が走っており、腰にぼろ布を巻いている以外は何も身に着けていない。

隠すべき両胸はそこに無く、ただ惨たらしい傷跡を晒していた。

濁った両目は虚空を見つめて微動だにしない。

 

「【死霊魔術】ですか。私が目にしたのは初めて—」

「腑分けした余り物だから使い捨てるのに丁度いいわ」

 

庭師の言葉を遮り、男はパキリと首を傾けて鳴らした。

 

「殺せ」の一言で死体は動き出す。

上体を置いていくような勢いで駆け出し、庭師に足から飛び掛かろうと地を踏み切った瞬間、不格好にズベッ!と派手に転倒した。

 

「は?」

 

驚き、意図せず声が漏れた男。

注意深く見れば、死体の足裏に付着した藻に気が付いただろう。

雨の日の芝生などで見かける、ぶよぶよしたアレである。

 

「私が得意なのは【植物魔法】です。お互い楽しく戦りましょう?」

 

手の平から次々と花弁を溢れさせ、漂う腐乱臭を花の香りで飲み込み、打ち消す庭師は笑みを浮かべて言った。

男はフードの中ですうっと目を細め、不快感に鼻を鳴らす。

懐から新たにガラス容器を幾つか取り出し、次々に割って「上等だ・・」と呟いた。

 

「その気障な態度、後悔させてやる・・」

「全力でどうぞ?」

 

庭師も笑みを湛えたまま、残った花弁を辺りに振り撒いた。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

広い空間の端に成金夫婦。

その真正面の端に執事と料理人が佇み、中央部で繰り広げられる戦闘を互いに牽制しながら見守っていた。

バルコニーで使い魔の梟が大きな単眼を一度、ゆっくり瞼を上げて瞬きすると主の思念を師匠の吸血鬼へと伝える。

 

『・・状況把握の為に使い魔を行かせましたが・・何だか拍子抜けです』

 

『軍学校に入るまで関わっていた元家族の印象が強すぎて警戒し過ぎていたようだ』と零す弟子に「さもありなん」と師匠も口ひげを撫でつけながら答えた。

 

『リアムさんにも「披露宴を楽しめ」と言われていますし・・こちらは師匠にお任せしてよろしいですか?』

「構わぬ。結果は知らせよう」

『ありがとうございます。では、失礼します』

 

礼を伝えた梟はひょいと肩から降りると、そのまま頭から地面に飛び込みトプリと沈み消えた。

バルコニーには一方的になりつつある眼下の戦いに、つまらなそうな視線を投げる黒衣の吸血鬼だけが残される。

 

「・・念の為と赴いたが、全くの杞憂であったな」

 

ホーク家の使用人である少々特殊な〈家事妖精〉らは優秀だった。

解っていた事ではあるが・・

 

「我が弟子に一対多とはいえ、数(・)刻(・)耐えてみせた者たちが弱い筈も無し・・」

 

既に消化試合の様相を呈してきた戦闘に結果が出るまで、いかようにして無為に過ごさぬようにするかと思案し始めていた吸血鬼の下へ、執事が一人椅子を持って現れた。

下の様子が見える位置に置き「どうぞお使いください」と着席を勧める。

 

「この後お茶もお持ちしますので、もう少々お待ちください」

「良いのかね?君は今、多忙だろう?」

「いえ、待機している身なので手は空いておりますれば・・」

「そうか。では頼む」

「畏まりました」

 

片手を胸に当て、礼をとった執事は静かな動作で下がった。

それを見送り、黒衣の吸血鬼は下にいる方の執事へ視線を向ける。

と、こちらに向けて執事は胸に手を当て、先程の執事と同じように礼をとった。

 

その様子を目にして『器用なものだ』と感想を抱く。

ホーク家の〈家事妖精〉の特殊性を知れば執事の行動は納得のいくものであろう。

 

だがしかし、その在り方というのは理解した気になっても、真に理解する事は出来ない。

『まぁ、それは〈家事妖精〉に限らぬか』と思考を締め括り、黒衣の吸血鬼は仄かに漂ってきた自分好みの茶葉の香りに、少しばかり頬を緩めた。

 

 

 

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