※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【21】使用人達の演舞。【R18G】

 

さざめく招待客たちの声と楽団の曲を背景音楽に、職場の上司や友人と談笑する中・・

使い魔に割いていた思考領域を閉じ、周りに悟られぬようそっと息を吐いた。

 

人生の半分以上を過ごした生家・・血縁上の家族という悍(おぞ)ましい奴ら。

本来なら家族とも呼びたくはない、自身最大の汚点共。

奴らから与えられたモノといえば痛みと苦しみ、寂しさや孤独・・

物心つく頃には忌避され、虐げられ、暴力も受けた。

我ながらよくぞ命を落とさなかったものだと、今だから思う。

吸血鬼という種族故、回復力の高さに助けられたが、逆に苦しめられる事もあった。

記憶を掘り返しても何の益にもならないので、それらはあの時の感情(気持ち)と共に捨て置く事にする。

 

今の自分の家族は隣の愛しい人と・・その身内だけだ。

 

アレらは既に他人。

力の差も確認したし、本当にもう興味の外だ。

大事な人とその周囲に危害が及ばぬ限り、アレらが生きようが死のうが、どうでもいい。

どうでもいい存在と、成り果てた。

 

「どうしたジル?」

 

こんな無情、婚約者に知られたくはない・・・けど、もう少し時が経って、心の整地が終わったら話そう。

気持ちを切り替え、淡く微笑んで「ちょっと飲み過ぎました」とグラスを軽く掲げて誤魔化す。

 

今日は大切な日だ。

一生の思い出になるように、彼女には一片の曇り無く素敵な物だけを見ていて欲しい。

 

冷たさを示す結露に指を濡らしながら、酔い覚ましにと手渡された果実水を一口飲んで、この後に控えた結婚式へと意識を切り替える。

と、丁度その時。侍女の一人が「お色直しのお時間です」と呼びに来てくれた。

頷き、客たちに断りを入れて婚約者と共に会場を後にする。

 

いよいよ結婚式(サプライズ)だ。

義家族は勿論、使用人たちにエルフの義父、友人たち・・時間が限られた中、皆で協力して準備してきた。

 

―驚くかな?・・喜んでくれると、良いな・・―

 

「では、また後でな」

 

暫しの別れに「はい。また」と手を振って応える。

少しの心配と共に期待に胸を高鳴らせながら、それぞれの控え室へと入った。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

屋敷の地下深い〈籠〉にて、庭師が対するはフードの男。

 

新たに割れたガラス容器は二つ。

真っ黒な泡がぶくぶくと音を立ててその範囲を広げると、這い出したのは異形の死体。

 

一体は女性の顔を持つ大型犬。

死してなお美しい顔(かんばせ)は本来の位置に獣人の物と取り換えられたと思しき犬耳を生やし、体毛の短い細身の犬の首へと無理やり取り付けられている。

伏せた瞼の縁を彩る長い睫毛の影で、意思を宿さぬ冷たい瞳は虚ろに景色を映していた。

犬の胴体、胸部分から腹にかけ女性の胸が三対、太くがっしりとした四肢の間に収まっており、動く度に肉感たっぷりに揺れている。

 

一体は二対の翼を持つ有翼人。

但し、その四肢はもがれて達磨にされ、傷口を引き伸ばした皮膚で覆い縫われていた。

取り去った足の代わりか、臀部の上辺りに鳥獣人の物だろう骨だけの脚が二本取り付けられ、それで胴体を支えている。

首も挿げ替えられているのだろう。両目を覆い隠す黒いアイマスクに並ぶ耳は蝙蝠獣人のものだ。

 

二体どちらとも女性特有の美しさを残しつつ、他の生物等と継ぎ接ぎに混ぜられ異形の姿へと造り替えられている。

人の形が部分的に残っている分、その姿は目を覆いたくなる凄惨さだ。

女性という存在の品位を貶め、尊厳を壊しにかかっているとしか思えない。

 

これらを一目見れば、誰もが制作者の異常な精神を否が応でも理解させられるだろう。

 

「くひひっ!どうよ僕の作品達は・・素敵だろぉ?じっくり手間をかけて造った傑作だぜ?」

「はぁ。随分とまぁ悪趣味な事で」

「・・僕の美的感覚を理解できないとは、凡人が」

「理解するくらいなら凡人のままで結構です・・これ以上あなたと会話するのは無意味ですね・・」

 

「不快ですし、さっさとかかって来てください」と続いた庭師の言葉に顔を顰める男。

フード付きコートのポケットに両手を突っ込み、偉そうに顎を逸らして異形共に命じた。

 

「始末しろ」

 

命令に従い、一体の死人と二体の異形が動き出す!

最初に攻撃してきたのは犬の異形。

その場で四肢を踏ん張ると顔の前に魔術陣を展開、女の口から発動の鍵となる呪文が淡々と発せられた。

 

〘【雹弾】〙

 

魔術陣の周縁が歯車を嚙合わせるようにガチリ、ガチリと回転。

ドドドッ!と尖った氷の塊が、幾つも打ち出される!

 

が、庭師は余裕を持ってそれを躱した。

移動した所へ飛び掛かって来た胸の無い女の肩に手を置き、そこを支点に逆さまになる形で縦回転。抱き付くような挙動を避ける。

着地のタイミングに合わせ、今度は空中に待機していた有翼の屍人が風の刃を放つ!

だが、不可視の刃が切り裂いたのは弾力のあるドームの様に膨らんだ葉。

庭師は両腕を広げてもなお余るほど大きいその葉を足場に高く跳ね上がっており、空中で身を捻ると離れた位置に降り立った。

 

「ふむ・・なかなかの連携・・しかし死体の使役には膨大な魔力と、緻密な魔力操作が必要な筈。これは何か仕掛けがありますね」

「くひっ!話はしないんじゃなかったか?」

「独り言です。お気になさらず」

「その余裕・・いつまで持つかなぁ?」

 

短いやり取りの間に女が迫り、飛びかかって来た。

犬は駆け、移動しながら雹弾を次々と放ちこちらを牽制。

誘導された退路の先に、また風の刃が降り注ぐ。

 

「ほらほらぁ!逃げてばかりだとすーぐ死んじまうぞぉ!」

 

庭師は他の戦闘の邪魔にならないよう、広い空間を駆け回って攻撃を避け続けていたが一転。

急制動をかけ、反転して屍人の女へ向かった!

女も足を止め、向かい来る庭師に腰を落として身構える。

庭師と女の距離があっという間に詰まり交差する瞬間、後を追っていた犬は女諸共庭師を貫くべく、魔術を発動した。

 

甲高い音を立て、迫る雹弾!

フードの男は蜂の巣になる庭師を予想して、にやりと口元を歪める。

 

だが、その希望的観測は実現しなかった。

 

庭師を庇うように死人の女が立ちはだかり、放たれた氷の弾を自らの腕で払い、受け止めたのだ!

 

「何っ?!」と驚愕に声を上げる男。

その間にも、死人の女は男の意図に反して動き続ける。

距離を取ろうとした人面犬に詰め寄り、ボロボロになった腕を伸ばした。

と、その腕がぐんっと延(・)び(・)る(・)。

 

手首と肘の関節が外れて空いた隙間を緑の蔦が補っており、可動域を伸ばした腕が数メートル先にいた犬の髪を掴んだ。

そのまま腕を縮めることで自身の体を犬に引き寄せ、四肢を使って絡みつき拘束する。

 

想定外の事態に男が気を取られた隙に、庭師の方も動いていた。

手の平で種を芽吹かせて長い蔦を生やし、伸びたそれを空中の有翼人めがけて振り回す。

狙い違わず蔦は有翼人の翼に絡みつき、庭師は力を込めて思い切り引いた。

 

藻掻いたのも一瞬、鳥は地に引かれ勢いよく落ちる。

墜落の衝撃で土埃が舞う中、バタバタと暴れていた鳥は忽(たちま)ち静かになった。

 

視界は直ぐに晴れ・・現れたのはただの死体に戻った死人たち。

 

女は肩口から蔓を生やして垂れ零し、頭蓋を突き破って生い茂る葉の細い植物は奪われた髪の代わりにさらりと靡く。

その女に巻き付かれた犬も、体内に潜り込み成長した樹木に頭部を破壊されており、後頭部から枝葉を四方に伸ばして脚を痙攣させている。

落ちた鳥も蔦に巻かれて身動き取れぬまま、今まさに肌から芽吹いた植物が花を咲かすところだ。

 

男はフードの中で裂けんばかりに両目を見開き、叫ぶ。

 

「っんナニしてくれてんだおいっ!僕がこいつらを仕上げるのにどれだけ時間と魔力を注いだと思ってんだ!!」

「―・・週5」

「は?」

「ですから、平均。一体につき一週間に5回でしょう?半年ほどかけて」

 

意味が理解出来ない様子の男に、庭師は「魔力を注入する回数ですよ」と先の発言を説明した。

 

「義母の【魅了】で思考の鈍った父親を誘導して女性の遺体を買い漁り、好き勝手に造り替えた上で死姦して魔力を植え付け馴染ませる・・・いやぁ・・・」

 

軍手で口元を覆い、庭師は蔑んだ目で「クズ中のクズですね」と続けた。

男はフードの中でギリリと歯を食いしばり、顔色を悪くしながら訊ねる。

 

「お前、どこでその情報を・・」

「言う訳がないでしょう」

「・・・あぁ。そうかよ・・じゃあ体に聞くわ!」

 

男はポケットから片手を引き抜くと、掴んでいた丸底のフラスコを思い切り地面に叩きつけた。

そしてやはり広がる黒い泡と腐乱臭・・しかし、今回はその範囲が先程よりかなり広い。

 

想像以上に広がった、ボコボコと泡立つ黒い沼からぬっと現れたのは二人分の体を横に並べて繋ぎ合わされた女性。

そして、その真ん中で左右から伸ばし手の平を合わせて組まれた腕の中、ハンティングトロフィーのように収まっている女性がもう一人。

 

庭師は現れつつある新たな異形に眉を顰め、足元にぱらりと種を撒く。

地面に落ちた種は急速に芽吹くとこぶし大の花を咲かせた・・と、花弁の中央に切れ込みが走り、ガチガチと歯を鳴らす口が現れる。

途端、首を伸ばすように茎部分が伸び、次々に異形へと襲い掛かった!!

 

だが、沼より現れた何本もの手が花を叩き落とすと、その全てを握りつぶす。

庭師の妨害を難なく切り抜け、現れた異形の全容は先の死人らより格段に醜悪で狂気じみていた。

 

女性三人からなる頭部。

口に当たる所には女性の腰から下を生やしており、横に曲げ開いた脚が顎を摸している。

異国の装飾品をあしらった薄布を纏っているのが唯一の救いか。

輪切りにした、腕を含む胸部分を繋ぎ合わせた長い胴体。

その中ほどから後ろは、仰向けにした女性の腰部分を繋ぎ合わせたもの。

尾の先に当たるのは両腕を捥がれた女性で、腰から上を生やすように繋ぎ合わされている。

 

たくさんの対になった腕を広げ、威嚇するように上体を起こした異形、それは・・

 

女性の体を繋ぎ合わせて造られた大百足だった。

 

「ひゃははっ!こいつは僕の最高傑作!!攻撃力も耐久力も前座の比じゃないぞぉ!!」

 

唇を捲り上がらせた男は狂気的に笑う。

一体、何人の女性の遺体がこの吸血鬼に弄ばれたのだろうか?

 

魂を神の元へ送る[昇魂]の儀式はこの国では義務化されている為、魂が囚われた可能性は限りなく低い。

通常なら遺体は火葬したのち、墓地に納められる。

 

とはいえ、本人が生前に希望したり、遺族が金に困った場合はその定かではないのだ。

目の前の状況は、その証明と言えるだろう。

 

貧しい者が存在しない国など無いという事実に、庭師は少しばかり眉を顰める。

それは、仕えるこの家に・・主に、余計な仕事が増える可能性を含んでいるから。

 

「まぁこうして実害が出た以上、販売元の規制を強化する事になるのでしょうね」

 

忙しくなるであろう主を思い、少しでも癒しになるよう庭に新しく植える草花を思案し始めた庭師。

だが、男の無粋な笑い声がそれを邪魔する。

 

「ひははっ!!恐怖で動けないか使用人!さっきまでの威勢はどうしたぁ?!」

「―・・煩いですよ。いい加減に黙って頂けますかね?」

 

不機嫌そうに目を細める庭師にびくりと肩を揺らした男は、臆した事実を誤魔化すように声を張り上げた。

 

「や、やれっ!死体も残さず磨り潰せ!!」

「肥料は足りていますので遠慮させて頂きます。」

 

沢山の腕と脚を動かし、ザザザッ!とその巨体からは想像し難い速度で移動する異形の大百足から、一定の距離を保ちつつ逃げまわる庭師。

捕らえるのが難しいと見るや、大百足は追いかけながら魔術を放ってきた。

 

〘【火炎】〙〘【風刃】〙

 

炎を纏った風の刃が服を掠める。

だが庭師は止まらない。

右に左に駆けて攻撃を回避し続ける!

 

〘【泥沼】〙〘【酸弾】〙

 

足を止めた大百足はぐいと尾を向け、新たな属性の攻撃魔術を放った。

突然地面に生じたぬかるみに足を取られ、転倒した庭師に向けて細く伸びた強酸の帯が襲い掛かる!

地面を転がり、砂塗れになりながらも既(すんで)の所で避けきって見せた庭師。

だが、体勢を立て直す前に距離を詰めていた大百足の腕が襲い来る!

 

肉と肉がぶつかる激しい音が辺りに響き、庭師は遠く殴り飛ばされた。

一回、二回と地面をバウンドした後、土埃を上げながら滑り動きを止める。

 

「はっ!やっとかよ!さっさと止めだ!!」

 

男の命令に従い、大百足はその場で魔術を発動するべく魔術陣を展開。

女性の頭部の数と同じ、四つの魔術陣が充填される魔力量に比例して輝きを増す中・・

倒れ、顔を伏せたままの庭師は地面に手の平を押し付け一つの魔法を発動させた。

 

【急速成長】

 

途端、大百足の足元から夥(おびただ)しい数の蔓草が芽吹き、急成長して大百足の体に巻き付いて行く!

堪らず大百足は展開していた魔術陣を消去し、纏わりつく蔓草を引き千切ろうと無数の腕で掴みかかる。

しかし、逆に搦め捕られて完全に墓穴を掘ってしまった。

魔術を発動しようにも、それぞれの口の中にまで蔓が侵入して言葉を封じられ、正に手も足も出せなくなってしまう。

 

為す術もなく、複数ある脳を破壊されつつある大百足。

それを背景にして土埃をはたき落としながら歩み寄る庭師に、男はフードの中で冷や汗を掻いていた。

目の前の光景に焦って爪を噛み、髪を掻き毟る。

 

「在り得ない・・僕の、最高傑作だぞ?!」

 

取り乱す男と相対する庭師。

周囲には緑で覆われた屍人形が全部で四体。

その有様は宛(さなが)ら、趣味の悪い庭園アートのようだ。

 

「もうお終いですか?」

「う、ぐ・・」

 

問われ、言葉を返すことも出来ずに後ずさる男。

庭師はつまらなそうに息を吐くと、素早く男に近づいてポケットに入っていた腕を捻り上げた。

 

「ぎゃっ!何をする!放せ!」

「これが同時に複数の死体を操作し、連携を可能にした品物ですね?」

「やめろっ!!返せ!!」

 

片手で男を後ろ手に拘束したまま、取り上げたこぶし大の結晶を掲げ見る庭師。

 

「成程・・複合魔獣の魔石ですか・・」

 

四色の色が混ざり合った歪な塊に眉を顰め、嫌そうな顔のまま「これはお預かりします」とそのままツナギのポケットに仕舞った。

 

「くそっ!放せよ!返せ!僕の、僕の魔石だぞ!!」

 

暴れる男を生やした蔓草で縛り上げ、その言葉を無視して地面に転がした庭師は周囲に視線を配る。

 

「おや、他の方も終わりそうですね」

「なっ?!」

 

庭師の言葉に焦って身を捻り、周りを見回した男は驚愕により言葉が続かなかった。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

「ははっ!猟師の癖になかなかやるじゃねぇか!!」

「それはどうも」

 

言葉と共に繰り出される拳と蹴りの応酬は途切れる事無く、両者の打撃音が連続して辺りに鳴り響く。

 

目深に被ったハンチング帽を落とす事なく、猟師は口元に笑みを浮かべたまま攻撃をいなし、時に受け、また自らも蹴りを交えて筋肉の塊のような吸血鬼と互角に渡り合う。

猟師が回避した拳が地面を割り砕き盛大な土埃を上げる中、男は楽し気に声を上げた。

 

「そろそろ次の段階へと行こうじゃねぇか!簡単に潰れてくれるなよ!!」

 

宣言を受け、猟師は無言で腰を僅かに落とし拳を構える。

 

次の瞬間、男の姿が掻き消え、突然猟師の斜め後方に現れた。

反射的に顔の横で構えた腕に、重い蹴りが突き刺さる。

男の回し蹴りが猟師を捉えたのだ。

 

まともに攻撃を受けた猟師は踏ん張らずに少しでも衝撃を逃がすため宙を飛んだ。

空中で姿勢を制御して接地。足裏から砂埃を立て、少し滑って停止する。

蹴りを受けた腕はシャツが破れ、素肌が見えていた。

 

「おいおい、まだ全力の半分くらいだぜ?もっと楽しませてくれよ」

「・・シャツが破れてしまいました。シュナイダーに新しいのをお願いしなくては」

「・・・・いい度胸だ。死にたいらしい、なっ!!」

 

言葉尻と同時に地を蹴った男は猟師へと肉薄する!

凄まじいスピードで拳を振るが、あっさりと見切られ避けられた。

内心驚きながらも、更に攻撃を続ける。

 

だが以降、男の攻撃は全く当たらない。

速さも、威力も既に常人が対応できる次元ではない。

男の予定ではとうに決着が着いている筈だった。

だが実際は決着どころか、逆に押され始めている。

男の攻撃は避けられているのに対し、猟師からの攻撃を男は捌く事が出来ていない。

しかも一つ一つの威力が増しているのか、男の体に傷が出来始めた。

 

僅かに焦りを感じた瞬間、足元を払われ体勢を崩す男。

すかさず、猟師のブーツの先端が男の脇腹を捉える。

 

「がっ!!」

 

衝撃に声を漏らし、男は脇腹を押さえて庭師から飛び退り距離を取った。

 

「て、てめぇ・・実力を隠してやがったな!」

「いえ。情報が揃ったので対応しただけです」

「情報だぁ?」

「体格、魔力量、攻撃力、速さ等といった情報です」

 

口元に笑みを浮かべたまま、淡々と話す猟師に男は吠える。

 

「んだてめぇ!様子見してたとぬかすか!!」

「言い換えれば。そうなります」

 

舐められている。

そう捉えた男は怒りを爆発させた。

 

「上っ等じゃねぇかこの野郎!!殴って殴ってゴミクズになるまで殴り倒してやるっ!!」

 

犬歯を剥き出し、獰猛に言い放った男の服・・その背中が弾けると、本来の物より一回り太い腕が一対生え現れる。

胸先で二対、拳と手の平を打ち鳴らし猟師を眼光鋭く睨んだ。

 

「本気で行く。覚悟しな」

「どうぞ、ご自由に」

 

目にもとまらぬ速さで戦闘は再開された。

両者の姿を眼で追うのは最早困難となり、絶えず鳴り響く打撃音だけがその位置を示している。

凄まじい速さで攻撃の応酬を行いながら広い空間を縦横無尽に移動していた両者だったが、中央付近で突然姿を現した。

 

自然体で立つ猟師とは対照的に、男の体はぐらりと傾ぐ。

なんとか膝を突かずに堪えた男は荒い息を吐きながら問うた。

 

「な、何で俺の早さに付いて来れるんだ!何で俺の力に耐えられる!手数は倍になったんだぞ?!どうやって対応しやがった!!手応えも変だった・・てめぇ、何かしやがったな?!」

「いえ、特には」

「ふざけんな!んな筈ねぇ!」

「事実です。単純に、あなたが私より弱いだけでしょう?」

「あ゛ぁ゛?!んだと―」

 

「一つ」

 

流れる汗を拭いもせず、吠えようとした男を猟師は遮る。

 

「確かに速さはあります。しかし単調」

 

指を一つ立てる猟師。

 

「一つ。腕力はあります。しかし力任せで技術不足。吸血鬼の身体能力の域を出ていない」

 

二つ目の指を立て、淡々と話す猟師の圧に呑まれる男。

猟師を睨み、歯を食いしばりながらも口は開かない。

 

「一つ。魔力操作の拙さ。攻撃にばかり集中させては、防御が疎かになります・・そしてこれが最大の原因だと思いますが・・弱者のみを相手にする」

 

確信めいた猟師の言葉に、僅かに目を見開く男。

 

「娼館の女性たち。立場の弱い子ども。同性でも体格の小さな者・・更には恵まれた身体能力に胡坐をかき、まともな戦闘訓練をした訳でもない。ギリギリの戦いを経験したことも無い・・そんな状態で何故「自分は強い」と思えたので?」

「あ・・な、何故、俺の事を・・」

「詳しく知っているか?そんなの、集まった情報を精査しただけです」

 

自身の事を何もかも知られている現状と、初めての敗北という事実に男はとうとう膝を着いた。

下に向いていた視線をのろのろと上げ、猟師を見上げて訊ねる。

 

「一つ、教えろ。何で俺の攻撃を受けて平然としてた?・・妙な手応えの理由はなんだ?」

 

猟師は首を僅かに傾げ、何でもない事の様に答える。

 

「そんなの、攻撃に込められた魔力量を上回る魔力量を纏って防御しただけですが?」

「嘘つくなてめぇ・・俺より魔力量は少ないだろうが」

「ええ。全体ではそうですが、全魔力を防御に回せば済む話なので」

「・・・・は?」

 

猟師の言葉が理解出来ずに、間の抜けた声を出す男。

じわじわとその意味が解って来ると、勢いよく怒鳴った。

 

「ふざっけんな!!攻撃一つ一つに対して全魔力で防御したってか?!んな事出来る訳がねぇ!!あの速度に対応するのなんざ不可能だろうがっ!!」

「実際、出来ていますので」

「嘘だ・・そんな緻密な魔力操作・・・無理だろ。脳が焼き切れるぞ」

「そうですね。ですが〈俺〉には可能なので」

「・・・・ちくしょう、化物め・・」

 

男は完全に戦意を喪失。二対の腕を力なくダラリと下げ、地面に視線を落とした。

 

《ハントよりパーカーへ。魔力操作代行、感謝》

《・・了》

 

猟師は情報処理担当の分け芽へ〈家事妖精〉固有の回線を通じて謝意を伝えた。

蹲る男に意識を割いたまま、周囲へと視線を巡らせる。

すると丁度、他の二組の戦闘も終了するところだった。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

女はイラつきながら鞭を振るう。

地面に筋が走る度、そこから黒蛇が溢れ出て職人の女へと殺到するが、その端から巨大な石板で叩き潰され未だ一匹たりとて辿り着いていない。

 

「よいしょお!もいっちょう!!」

 

元気の良い掛け声とともに、指の出た手袋越しに地面に手を着く職人。

その度に直立した石板が根本を曲げ、迫る黒蛇を叩き潰す。

回り込まれそうになると、今度は作業靴の踵を地面に打ち付ける。

するとごく小規模な爆発が足裏で起こり、職人は跳んだ。

離れた場所に少々不格好に降り立つと、また殺到する黒蛇を石板を生やして叩き潰す。

先程からこれの繰り返しだった。

 

「~~っ!!さっきからちょこまかと!これじゃ埒が明かないわ!」

 

ずるっと伸びあがった影に鞭を突っ込むと、女は替わりに装飾過多な長杖を取り出した。

両手で持ち、目の前の地面を石突でドンと突く。

すると長杖に巻き付くようにしていた装飾部分がバカリと勢いよく開いた。

と、女の前に突然半透明の小竜が現れ、職人に向かって魔法を放つ!

 

手の平ほどの光の玉が幾つも空中に浮かび、それが尾を引きながら職人目掛けて打ち出された!

キュキュキュ!と甲高い音を立てて迫る光球を、職人は石板を半円のドーム状に変化させて防御に回る。

しかし、光球はいとも簡単にドームを貫通した!

 

焦った職人は慌てて踵を地面に打ち付ける。

高く跳ね、蜂の巣になりつつあるドームから脱出。

安全域に降り立ってよろめき、半袖の肩口で顎に伝う汗を拭う。

 

「あっぶな!光竜の固有魔法【消光】じゃないですか!それを扱う魔道具が存在していると、は・・」

「・・ちっ!」

 

穴だらけになったドームが崩れ落ち、砂埃を立てる向こう側で職人が健在な事に舌打ちする女。

長杖を持ち上げると小竜の姿は消え、開いていた装飾も閉じて元の形へと戻る。

装飾が閉じ切る前、職人は遠目にその中に収められている物を見た。

卵、だった。

 

「・・魔道具〈慟哭狂乱〉。これを見られたからには、確実に死んでもらうわ」

「・・・在り方どころか名称まで醜悪な魔道具ですね!全く美しくないです!!」

 

職人は声を張り上げ「決めました!」と高らかに宣言する。

 

「あなたが幾つ道具を持っているのか知りませんが、どれも趣味が悪そうなのでそれ、全部壊しますね!」

「はっ!やれるもんならやって見なさいよ!貧乏人がっ!!」

 

女は答え、長杖を職人に向けて地に突き刺す。

そして現れる小竜。

先程と同じように迫る光球を、職人は地面に潜って避けた。

 

「なっ!隠れんじゃないわよ!!」

 

突然地に沈み消えた職人に、女は叫ぶ。

姿を見失い、前方の地面へ向けて手当たり次第に魔法を放った。

 

が、髪を振り乱し、焦る女の斜め後方から突如として石の槍が飛来する。

吸血鬼特有の身体能力の高さで、女はその場で跳躍し攻撃を避けた。

無事に地に降り立つも、そこを狙ってまた石の槍が飛んでくる!

 

「同じ手を食うものですか!!」

 

声を荒げながら女が地を踏みつけると、眼前に影が立ち上がった!

槍は女に届く直前で影に阻まれ、そのまま飲み込まれ消える。

 

そんな状況が数度繰り返されるも、職人は依然地の下に身を潜めたままだ。

女は苛立ちが限界を超え、怒りに歪んでいた表情を急に消すと淡々と職人へ告げた。

 

 

「いい加減、さっさと出てきなさい。でないと・・」

 

前方に鋭い視線を向けたまま、左手に向けて長杖をドンと突き立てる。

その先には料理人と執事の姿が・・

 

透けた小竜が現れ、光球の数が増え生じた影が濃くなっていく中。

その数が50を超えた辺りで突然、女の足元の地面が消失した。

 

「は?」と間の抜けた声を上げ、両手を上げた状態で胸下まですっぽりと竪穴に嵌る女。

逃げ出す間もなく、空いていた隙間を土が迫り出し埋める。

こうなっては身動きが取れない。

 

咄嗟に長杖を横たえ、地中から抜け出そうと両腕に力を込める女だったが、背後からひょいと人影が覆いかぶさると、手の平で押さえていた長杖をするりと抜き取った。

 

「はい、ぼっしゅー!」

「なっ!!」

 

長杖を抱え、女の手の届かぬ位置まで離れた職人はゴーグルを額の上までずり上げて言った。

 

「全く。こーんな趣味の悪い道具はさっさと壊すに限ります!」

「させないわよ!それ幾らしたと思ってんの!」

 

職人の行動を阻むべく、女は影に手を突っ込みまた新たな道具を取り出した。

が―・・

 

「な、何よ、これ・・」

 

女が手にした装飾の多かったであろう短剣は虫(・)食(・)い(・)でボロボロになっており、完全に魔道具としての機能を失っていた。

 

慌て、急ぎ影から次々と魔呪具、魔道具を取り出す女。

だが、それらはただ一つの例外なく欠損し、崩れ、壊れている。

 

「何なのこれ、何なのよぉーっ?!!」

 

恐慌に陥り叫ぶ女の前に、職人は長杖を抱えたまま膝を曲げてしゃがんだ。

 

「言ったじゃないですかー。壊すって!」

 

顔を傾けた職人は顔色を無くした女ににこりと笑みを浮かべ、楽しそうに種明かしをする。

 

「先程の攻撃。アレですよ!あの槍にこ(・)の(・)子(・)たちを潜ませていたんです!!」

 

職人は地と平行にした腕を、女が見やすいように持ち上げた。

その手の甲に這い上り、現れたのは金銀に輝く蟻―。

 

「この子たちは貴金属が好物でして!鋭い顎と特殊な体液でどんな硬い金属でもばりばりっと食べてしまうんですー!!」

 

「かわいいでしょー?」と得意げに語る職人に、女は叫ぶ。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ!これだけの道具を手に入れるのに、一体幾らかかってると思うわけ?!弁償しなさいよっ!!」

「え~?でもそれ、盗品とかが殆どじゃないですかー」

「は?な、何を言って・・」

 

職人の言葉にますます顔色を無くす女。

胸から下を地面に埋めた状態で、唖然と職人を見上げる。

 

「魔法を悪用したら駄目なんですよ~?そんなの、子どもでも知ってます!」

 

「こわーい罰がありますからね!」と続いた言葉に女は焦り、なんとかしてこの場を切り抜けようと声高に話す。

 

「わ、私の夫は王宮に務めているのよ!あの人に言えば大した罪には―」

「離縁されたのに?」

 

職人に遮られ、女は続ける筈だった言葉を失い、ぐらぐらと視線を彷徨わせた。

 

「あちこちの夜会で盗みを働き~。それを旦那さんに気付かれて離婚されちゃって、実家に出戻って来たんですよね?」

「な、なん、で。それを・・」

「家族には内緒にしてたみたいですけど、そのくらい調べたら直ぐわかりますよ?」

 

「う(・)ち(・)は情報集めるの、得意なので!」と立ち上がり胸を反らす職人に、女は力なくがっくりと項垂れた。

 

女の力量では影魔法を用いても脱出するのは難しいだろうと判断して、職人は安心して周囲を見回す。

心配はしていなかったが案の定、他の二組の戦闘も恙無く終わったようだった。

 

 

◇・○・◇・○・◇・○・◇・○

 

 

使用人に敗れた息子らを目にし、成金男は怒りで我を忘れ怒号を飛ばす。

 

「き、貴様ら!何という様(ざま)だ!それでもソルシオ家たる吸血鬼か!みっともない・・こんな事なら下級吸血鬼が生んだお前らなんぞ、血族にするのではなかったわっ!!」

 

唾を飛ばしながら憤怒の表情で叫ぶ男に、妻である女は唇に人差し指を当てつつ訊ねる。

 

「ん~?旦那さま~。じゃあ子どもたちはもういらないの~?」

「使用人ごときに敗北する者など、我がソルシオ家に必要ない!どうなろうと知った事かっ!!」

「わかった~!いらないなら、ぱーんってしちゃうね!」

 

女は楽し気に笑うと、ぱんっ!と両手を打ち鳴らした。

 

「ハク・ソルシオ!―コウ・ソルシオ!―コク・ソルシオ!」

 

子どもらの名(・)を(・)呼(・)び(・)、にこぉと唇の両端を極端に引き上げ、また両手を鳴らす女。

狂気じみたその顔を、遠くとも視界に収めた三名の吸血鬼は各々悲鳴を上げる。

 

「嫌っ!止めてお母さま!!」

「やめろっ!やめてくれ!!」

「嫌だぁー!!死にたくな゛ぃぃーっ!!」

 

恐慌に陥り、なりふり構わず叫ぶ子らを前にしても、成金男は興味なさげに冷たい視線を向けるのみ。

 

「お父様ぁ!助けてくださいっ!何でも、何でもしますからぁー!!」

 

長女の言葉を耳にするも、男の表情は全く変わらなかった。

どころか、ふいと視線すら外す始末。

 

その様子に絶望したのか、子どもらの瞳から感情がストンと抜け落ちる。

 

そんな親子のやりとりの合間にも、無邪気な女の手拍子は止まらない。

 

「しーぼれ、しぼれっ♪魔っ力をしーぼれぇ♪きゃははははは!!」

 

楽し気に、とても楽し気に女は両手を鳴らす。

状況を把握する為、警戒しながらも距離を取っていた使用人たちはその異様な雰囲気に言葉を無くしていた。

 

だが状況が一変。

子らが胸を掻き毟り、次々に苦しみ出して異様な魔力が溢れ始めると、非常事態を察知した使用人らは迅速に行動を開始した!

 

庭師と職人が協力して石と樹によるドーム状の囲いを作り上げ、三名の吸血鬼をそれぞれ覆い封じる一方、猟師と料理人、そして執事は親の方へと向かう!

女の手拍子はどんどん間隔が縮まり、今やスタンディングオベーションの拍手が如きだ。

 

「まずい事になりそうなア(・)レ(・)を止めますよ!!」

 

執事の言葉を受け、料理人は裾の長いエプロンの内側から小型のナイフをすらりと抜いた。

両手の指に挟み持ち、女目掛けて次々と投擲する!

 

「無駄な事を!」

 

飛来するナイフを伸ばした爪で叩き落す成金男。

守られた女は笑い声を上げながらフワリと浮かび上がり、空中高く避難する。

料理人は高度を上げていく女目掛け、再度ナイフを投げるが今度は蝙蝠が射線に飛び込み阻まれた。

 

「使用人ごときに妻の邪魔はさせんぞ!!」

 

体の一部を蝙蝠に変えた男が叫び、影の狼らと共に使用人達に襲い掛かる!

土埃を上げ、混戦となった所へ庭師と職人も駆けつけた。

 

「メイソン!足場をお願いします!ハントは女を!」

「ほいきたぁ!」

「任された」

 

狼の攻撃を躱しながら執事が短い指示を出す。

即座に答え、職人が地に手をつき次々と石柱を生やすと、猟師はそれを足場に女目指して駆け上がった!

その間、他の使用人らは男と狼を押さえにかかる。

 

二頭の狼相手に、刃渡りのある包丁で立ち回る料理人。

執事は狼と男の双方を相手取り、銀食器を翻す。

庭師も植物を使い、同僚の攻撃を補助した。

猟師は女まで、あと一歩のところまで迫る。

 

使用人らの流れるような連携により、事態は直ぐに治まると思われた。

その時。

 

「っ!邪魔を、するなっ!!」

 

叫ぶ男を中心に魔力波が放たれ、ほんの刹那。

全員の動きが止まる。

 

その隙を狙い、男の伸びた爪が料理人へと伸び迫る!

防御姿勢を取ろうと動き出す料理人、だが、遅い!

 

状況を視界に収めた全員が咄嗟に身を竦める中・・料理人の悲鳴が上がる。

 

「―ス(・)ミ(・)ス(・)っ!!」

 

料理人を突き飛ばし、背中から胸の中心を貫かれた執事は血と共に、コポリと一言零した。

 

「あ、服が。汚れてしまい、ました・・」

 

ずるりと爪を引き抜いた男は、漸く自身の攻撃が届いた事に満足げに鼻を鳴らし、高らかに嗤う。

 

「はっはははははっ!!それがお前の遺言か使用人!!無様にも程があるぞ?!」

 

可笑しくてたまらないと腹を抱えた男の嘲笑に、癇に障る女の笑い声が降り混じる。

 

 

じわり広がる血溜まりに倒れ伏した執事は、ピクリとも動かない。

その瞳から、光が消えた。

 

 

 




合成死体のイラスト(白黒アナログ)


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