※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【22】闇へと消える。

 

招待客の方々に暇の挨拶を済ませ婚約者と別れて控え室に入れば、待機していた侍女たちに囲まれた。

ここ連日の着せ替えにより慣らされ、請われる前にスッと両腕を広げて彼女らの作業が手早く終わるよう予測して動く。

 

「お嬢様、失礼致します」

 

群がる侍女たちにより上から順に服を脱がされ、あっという間に下着姿になるとそのまま靴を履き替えるためソファに腰を下ろす。

すかさず侍女のテイラーが足元に跪き、刺繡とビーズで飾られた薄青の靴を脱がすと、替わりに煌めく石の散りばめられた真っ白な靴を箱から取り出して履かせてくれた。

 

―・・?。こんな意匠、だったか?―

 

足元で煌めく靴に視線を落とし、衣装合わせの時の記憶を辿ろうとするが侍女のタッカーが「失礼します」と声を掛けてきて、ドレスが化粧で汚れないように布製の袋で首から上をすっぽり覆ってしまう。

視界が遮られた事で記憶を掘り起こすのを諦め、侍女らに誘導されるまま立ち上がって両腕を前に差し出した。

 

さらりとした布地が両腕を通り、そのまま持ち上げれば袋越しにシュルリと頭を通り抜け、ストンと落ちると布は広がることなく身体に添うようにして落ち着く。

何も見えぬまま、侍女らの指示に従って動き着替えていった。

 

終わると、今度はマントのような大きな布で首から下を覆われる。

そうしてやっと頭の袋は外された。が、次は化粧と髪を整え直す手筈だ。

 

―本当に手間がかかって面倒だ・・いや、これは必要な事と解ってはいるのだが・・―

 

侍女らにされるがまま着飾っていくが、どうしたって気疲れしてしまう。

長い事実家に寄り着かなかった弊害だ。

幼い頃は何の疑問も持っていなかったが、一人での行動にすっかり慣れてしまった今となっては彼女らの世話は過剰に感じ肩がこる。

 

強張った体を解そうと肩を回すと、体調を気遣った侍女のウォーカーが「紅茶でもお淹れ致しましょうか?」と勧めてくれた。

 

「あぁ。ありがとう。それならサンドイッチか何か、腹に溜まる物も一緒に頼む」

「畏まりました」

 

ふと、こんな時にはいつも自分の執事が先回りして軽食や飲み物を用意してくれていたのを思い出す。

そういえば、先程からその執事の姿を見ていない。

今日という大事な日にも関わらず、自分の近くに居ない現状に違和感を覚え周囲に訊ねた。

 

「なぁ。スミスはどうした?」

 

問い掛けられた侍女は―・・

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

魔術による光源が照らす薄明りの中、狂ったように嗤う成金男は長く伸ばした爪を振り払う。

地に赤い液体が弧を描いて飛び散り、残酷な現実を使用人らに突き付けた。

 

「ははははははっ!!まずは一人っ!さぁ!後を追うのはどいつだ?!」

 

問われた使用人達は互いに顔を見合わせ・・・ひょいと肩を竦めた。

 

「フォスター。今回活躍の場が少なくて、まだ動き足りないのではないですか?」

「失礼ですねハント。確かに体は動かしていませんが、あなた達の戦闘の邪魔にならないよう親の方をしっかりと牽制していました」

 

つい先程、痛ましげな悲鳴を上げた事を忘れたかのように、料理人はケロリとして言った。

そのまま視線を職人と庭師の方へ向ける。

 

「あ!わたしはこっちの対応で動けないので!!」

「右に同じです」

 

料理人と目が合った職人はそう主張し、庭師もその言葉に続いた。

「どうぞ、どうぞ」「いえいえ、そちらがどうぞ」と順番を譲り合い・・否、押し付け合う使用人達。

 

「はっ!何だお前ら。仲間の仇を打とうとは思わんのか?薄情な事だな!!」

 

使用人らの反応に僅かに違和感を覚えるも、些末な事と無視した男は見下し、顎を反らして言い切る。

その男の言葉に合わせ、臨戦態勢だった影の狼たちが使用人らに襲い掛かった!

 

ぬらりとした唾液に塗れた牙が、職人に狙いを定め迫る。

が、その横面を先回りした猟師の拳が強かに殴りつけた!

悲鳴を上げる間もなく、拳を受けた狼の頭部が弾け飛ぶ。

頭部を失った体はしっかりと着地するものの、そのまま影を散らし空気に溶ける様にして消え失せた。

 

一方、他の二体は料理人が翻した刃物に首を落とされていた。

飛びかかった体勢のまま、地に四肢を着ける前に空中で溶け消える。

 

先程まで拮抗した戦いを見せていた筈の眷属が倒され、男は驚愕に声を上げようとしたが肩に激痛が走り息を呑む。

咄嗟に悲鳴を飲み込んで見れば、いつの間に放たれたのか小指の太さ程の棒が三本、肩に深々と刺さっていた。

 

傷口からしゅうと上がる白煙に、慌てて棒を掴み引き抜く男。

痛みに呻きそうになる声を喉奥で押し殺し、脂汗を掻きながら抜いた棒を投げ捨てる。

 

「ぐ・・貴様ら・・何故急に動きが早く!?」

 

肩の傷を押さえ、歯を食いしばりながら呻くように言う男の背後から「それはもう、手加減していましたから」と答えが返って来た。

 

焦り、振り向こうとした男だったが首筋にヒタリと硬い感触が触れ、じゅうと皮膚が焼けて激痛に悲鳴を上げそうになる。

 

「ぎっ!!」

「あぁ。動かない方が賢明ですよ?うっかり刃が滑ったら致命傷になるかもしれません」

 

「まぁ、少しでも動いたら掻き切りますけどね」と言い、男の首筋に食事用の銀ナイフを当てながら体を横にずらし現れたのは死んだ筈の執事だった。

 

横目でその姿を捉えた男は驚愕に目を剥き、続いて眼球だけを動かし地に倒れたままの執事を確認する。

 

「な、何故生きている?!いや、分かったぞ!貴様、双子だったのだな?!!」

「なんともはや。見当違いも甚だしい。ここまで鈍いといっそ哀れですね?」

「何だと!?」

 

声を荒げる男に「はい。動かない」とナイフの刃を僅かに沈める執事。

ぐっと言葉と痛みを飲み込んで、男は口を噤んだ。

 

「我らは〈家事妖精〉」

 

執事の言葉に続いて、使用人全員が完璧に言葉を重ね甦りの種を明かす。

 

「「「「「元と成りしは英知の樹と共に在る、流れ考える雫なり」」」」」

 

「英知の樹に・・雫、だと?ま、まさか貴様ら〈知りたがりの樹〉に寄生する〈思考粘菌〉か?!!そんなモノが〈妖精〉として転変したと?!!」

 

「この、化け物共め!」と動揺から叫んだ男の首に、更にナイフの刃が進み沈む。

 

「寄生とは失礼な。〈お父様〉とは持ちつ持たれつ、ちゃんとした共生関係ですよ」

 

肉を断ち、じわじわと沈むナイフの刃に、今更ながら危機感を覚えた男が顔を引きつらせた時、頭上から「失礼する」と落ち着いた声が降って来た。

 

男が視線を上目遣いにずらすと、視界に映ったのは黒衣を纏った細身の男と、その背から広がる黒い羽が変化した手に捕らわれた妻の姿。

 

「なっ?!」

「女の魔力が不快だったのでな。勝手に拘束したが、余計だったかね?」

 

場の視線を集めながら、細身の男は音をたてずに地に降り立つ。

その背後で空中に持ち上げられている女は口を塞がれ、腕を後ろ手に拘束されているものの、身を捩って暴れうーうーとくぐもった声を上げ続けていている為、大変騒がしい。

 

「妻をはなっ!―がっ!」

 

執事はナイフを持たぬ方の手で注射器を取り出し、男の首筋に突き立て中身を注入した。

言葉を途中で途切れさせた男は大口を開けたまま白目を剥き、ドサリと地に倒れ伏す。

 

「これはドラクル様。正直な所、大助かりです。お手を煩わせてしまい申し訳ありませんが、直ぐに引き取りますので今暫くそのままでお願い致します」

 

ナイフと注射器をそれぞれ手に持ち、僅かに首を傾げた執事は口元だけを笑みの形に歪め女の方へと視線を向けた。

 

泡を吹き、ビクビクと痙攣を起こしている夫に必死に何か叫んでいた女は執事と目が合い肩を跳ね上げた。

 

ナイフを布で拭き、懐に仕舞った執事は替わりに銀色のケースを取り出す。

使用済みの注射器をその中に収めると、また新しい注射器を取り出し手に構えた。

女は自分に向かって歩を進める執事を見て恐慌に陥り、より一層激しく藻掻く。

 

「大丈夫ですよ。死にはしません・・ただ、そう。死にたくなるくらい辛く苦しいだけです」

 

執事の言葉で真っ青に血の気が引いた女はますます脅え暴れる。

口元に笑みを湛えた執事が女に手の届く距離に迫った所で「少々良いかね?」と古き吸血鬼が口を挟んだ。

 

「この女に訊ねたい事があるのでな。それを打つのは少しばかり待ってくれたまえ」

「それは勿論。どうぞ」

 

執事が快く承諾し、一歩下がると黒衣の男は背後の女へと振り返った。

女は男と目を合わせると暴れるのを止め、ぐっと視線を強くする。

 

「無駄だ。吾輩に【魅了】は効かぬよ。力の差も推し量れぬとは・・誠、【魅了】以外の能力は低いと見える」

 

呆れ混じりの言葉の後に、男は表情を変える事無く拘束した女の腕に力を込めた。

ゴキリと鈍い音がして、一瞬後に女が「ん゛―っ!!」と悲鳴を上げる。

 

「騒ぐな。吾輩の疑問に答えるならばその痛み、取り除いてやらんでもないが・・」

 

「どうかね?」と訊ねる男に、女は綺麗に整えていた化粧を涙と鼻水でドロドロに崩し、頭を上下に激しく振った。

男は鷹揚に頷いて羽を操作し、折れた女の腕を前に持ってくると懐から小瓶を取り出して中身を振りかける。

時間を巻き戻すように、あらぬ方向を向いていた腕が元の位置に収まると痛みがマシになったのか、女はほっと肩の力を抜いた。

 

男は女を元の様に拘束して「問いは一つのみ」と語りかける。

 

「ジルコニアは自身が生んだ子であろう?それを何故、あそこまで忌み嫌う?」

 

「問いにだけ答えよ。それ以外で口を開けば今度は脚を折る」と前置きして、男は女の口元を解放した。

 

「ね、ねぇ。なんでア(・)レ(・)がきらいなのか、話したらかえってもいい?」

「問いにだけ答えよ」

 

脚に圧を感じた女は「ひっ!わかった!わかったから痛くしないで!」と叫び、どもりながらも話し出した。

 

「だ、だってア(・)レ(・)ひどいの!かってにおなかに入ってきてまんまるにして!好きなドレスは着れないし、なに食べてもきもちわるいし・・そ、そう!もっとひどいのが出てきた時っ!!血はいっぱい出るしすっごくすっごく痛かったんだからっ!!」

 

話しながら感情を高ぶらせた女は崩れた髪を振り乱し、醜悪な表情で叫ぶように続ける。

 

「死ぬかとおもったわ!!だから、あたしにあんなことしたア(・)レ(・)はきらい!だいっきらいなのっ!!」

 

しんと静まり返る空間に、女の荒い呼吸音だけが響き、暫くしてぽつりと男が零した。

 

「それだけ、か?」

 

「え?」と声を出した女の表情が凍り付く。

 

「身に宿し、産んだことが苦痛であったと・・だから、その子に報いを?」

 

淡々と言葉を紡ぐ男から陽炎のように濃密な魔力が立ち上り、周囲にズンと重苦しい圧が掛かる。

正面で対峙する女は男の眼を見てガチガチと歯を鳴らし、恐怖に身を強張らせた。

 

「愚かな」

 

平坦な声音を耳にしたが最後、女は精神の限界を迎え意識を飛ばす。

それを見て、男はふぅーっと敢えてゆっくり息を吐き出すと、たちまち魔力と気配を抑え込んで平常時に戻した。

やや乱暴に女を地面に寝かせ「失礼。時間をとらせた」と待機していた執事へ向け告げる。

 

「いいえ、お気になさらず。わたくし共も少々溜飲が下がりました」

 

執事は楽し気に答えて横になった女へ近づくと、気遣いなど微塵も感じられない挙動で注射器の針をその首筋に突き刺す。

気を失ったまま白目を剥いて痙攣し始める女を、当然ながら誰も気に留めない。

 

「さて、残るはこちらか」

 

羽を仕舞い、丈の長いマントを翻した男は職人と庭師が共同で作り上げた三つのドームの前に進み出る。

 

「中の様子は分かるかね?」

「勿論です」

「ぱんぱんに膨らんでるけど、まだどにうか生きてますよ!」

「左様か。聞くが、こやつらは生かしておいた方が都合が良い。であるな?」

「ですね!」

「生きてさえいれば、使い道はいくらでもありますので」

「本人らからすれば、ここで果てるが楽であろうが・・罪はすすがねば魂が汚れたままになる」

 

「それこそ、死ぬ気で努力してもらわねば」そう言って男は職人と庭師に目配せをした。

 

頷いた二人が何重にも重ねた樹と岩のドームを解除していくと、現れたのは破れた布切れを肌に食い込ませ、はち切れんばかりに膨らんだソルシオ家の子どもら。

 

三人とも、ぶくぶくと膨らんだ肉に埋もれた目から涙を流し、僅かに開いた唇の隙間からヒー、ヒューとか細い呼吸音を漏らしている。

 

哀れな姿と成り果てた吸血鬼たちの前に立った黒衣の男は白手袋を外しつつ厳かに告げた。

 

「北の最果てを統べたる吾輩の支配を受け入れ、従属せよ。ハク。コウ。コク。さすれば、汝らの魂は安らぎを得ん」

 

子らの返事を待つことなく、男は自らの爪で手の甲を切り裂くと流れ零れ落ちる血を操り、無理やりそれぞれの口から侵入させる。

 

血を飲まされた子らの変化は劇的だった。

 

みるみるうちに膨らんだ体が萎み、元の姿形へと戻って行く。

ものの数秒で起こった変化による疲労から、三人とも倒れ起き上がることが出来ずに地に伏したまま、黒衣の男にぼんやりした視線を向けた。

 

「うむ。〈名〉による支配の上書きは完了した。後々そちらの管理担当者に支配権を譲渡しよう」

「何から何まで・・お気遣い感謝致します」

 

手の甲の傷が癒えた男は白手袋を嵌め直し、頭を下げた執事に淡々と答えた。

 

「良い。ホーク家での滞在には大変満足しておるのでな。礼だ。気にする事は無い。それに・・我が弟子の実家なのだ。手を貸すのは当然というもの」

 

改めて深々と頭を下げる使用人らに対し、男は気にする素振りを見せる事無く横になったままの吸血鬼たちに命令を下した。

 

「もう動けるであろう。立て」

 

襤褸切れになった服を体に引っ掛けたまま、素直に、だがぎこちなく立ち上がる吸血鬼たちに男は「この場にいる者らの指示に従い行動せよ。尚、一切の抵抗を禁ずる」と追加で指示を出し、与えられた客間で休む旨を告げて霧となり姿を消した。

 

感謝の礼を取っていた使用人たちは男の姿が消えても尚そのまま姿勢を崩さなかったが、暫く経って全員同時に上体を起こす。

 

「まぁまぁ、楽しめましたね」と料理人が言えば、執事が頷きながら続いた。

 

「そうですね。わたくしたち定番の吃驚技を披露できましたし」

「久々でしたから面白かったです!」

「昔、御主人たちに披露して「二度とするな」と泣きながら叱られ、長らく自粛していたしな」

「頼み込んで敵側で遊ぶだけなら許して頂けましたが・・あの時のご当主様は恐ろしかった・・」

 

執事の後に職人、猟師と会話が続き、庭師の過去を振り返る言葉に全員で遠い目をして頷き合う。

今後とも「残念!実は死んでません!」と驚かすのは敵で遊ぶ時だけと再認識、確認して、使用人たちはそれぞれ役割を熟す。

 

上の披露宴会場での仕事がある執事と料理人は先に急ぎ戻り、職人は無抵抗の吸血鬼らを連れて移動を開始。

猟師は痙攣すらしなくなった親二人の足を掴み引きずると、暗い通路の向こうへ消えた。

残された庭師は自らが芽吹かせた樹や草花に「後で植え替えに来ますね」と声をかけ、執事の使用済みとなった体を運びながら上へと戻って行く。

 

誰も居なくなった〈籠〉には放置された死体と戦闘の跡だけが残り、魔術による明りも消えた。

 

また次の〈客〉が現れるまで〈籠〉はその役割をただ静かに待つ。

 

 

 

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