※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【23】婚姻の儀式。

 

自分の控え室にて侍女らに集られ、手早く着替えながら執事が何処にいるか問う。

と、タイミングよく入り口の扉がノックされ話題にした執事の声が耳に届いた。

 

「飲み物と軽食をお持ちしました」

「あぁ。入ってくれ」

 

入室を促すと、手の空いた侍女のタッカーがドアを開けて執事の動線上から身をずらす。

「失礼します」と断って、執事はワゴンを押しながら入室してきた。

ワゴンの上には一口サイズの焼き菓子と、ハムやタマゴを挟んだ小さめのサンドイッチが茶器と一緒に乗せられている。

 

「下の会場ではお酒しか召し上がっていませんでしたから小腹が空いたのではと思いまして、こちらをご用意致しました」

「あぁ。ありがとう。今、丁度頼む所だったんだ。助かる」

 

「ところで」と区切り、布の切れ目から執事が差し出す皿へと手を伸ばしながら訊ねた。

 

「近くに居なかったようだが、何か問題でも起こったか?」

「いいえ、特には。ただ—」

 

「ちょっとした悪戯を」と、執事は唇の両端をキュイと持ち上げ楽し気に言う。

 

「そうか・・まぁ。程々にな」

 

呆れと諦めを半々に、意味をなさない注意を促す。

差し出されたカップをソーサーごと受け取り、セット中の頭を動かさないようにしてゆっくりと傾けた。

 

中身はミルクティーで、ミルクと一緒に煮だしたのか濃い茶葉とまろやかな乳の味が口に広がり、舌を楽しませる。

こくりと飲み込んだ後には鼻孔いっぱいに芳醇な茶葉の香りが広がり抜けて行った。

ほぅと、心地良さに息を吐く。

 

肩の力が抜けた所で、侍女のウォーカーが「終わりました」と声を掛けてくれた。

 

―やれやれ、これでやっと半分か・・明日からはゆっくり休めるのだ。あと少し、頑張らねばな―

 

自身で気合を入れ直し、カップを執事に返すと白の長手袋を着けてもらい、侍女の手を借り立ち上がる。

 

布を羽織ったままドアの前に進むと、テイラーがその布をサッと取り外してくれた。

と、今度は後頭部に触れ、何かを差し込まれる。

 

『何だろう?』と疑問に思うと同時に、目の前に白く透けた布が降りて来た。

 

「え?これは一体・・」

 

思わず零れ出た声と同時にドアが開かれる。

すると目の前には白手袋を持ち、黒を基調とした丈の長いコートを着こなす片割れの姿が。

 

「ジル?その格好は・・」

「―綺麗です。エトラさん・・とても素敵です・・」

 

唖然としながら問うも、淡い色合いで作られた花束・・ブーケを渡され陶然とした表情で褒められる。

見下ろせば、自身も着る予定だったドレスとは全くの別物を身に纏っているのに気付いた。

 

「こ、これはまさか・・」

「えぇ。これから、俺たちの結婚式です」

「は?!おい、ジルっ?!」

 

焦る中、受け取ったブーケを握る手がジルの掌に包まれた。

真っ直ぐに向けられる優しいヘーゼルの瞳とベール越しに目が合うと、驚き、混乱していた気持ちが少し落ち着く。

 

状況を見計らい、ジルの斜め後ろにいたリアムおじ上が杖を振った。

 

「よしっ!準備はいいな?いっくぞー?!」

 

おじ上が発動した転移魔術により瞬く間に景色が変わる。

 

そこは吹き抜けの舞台のような場所で、どこかの浜辺に建てられているのか、左右に立ち並ぶ石柱の間から、ずっと向こうまで波打ち際の砂浜が続き、煌々とした月明かりに照らされている。

 

背後を振り返れば舞台は半円だったらしく、後ろ側は海に向かって扇状の緩やかな階段が続いていた。

そして、たくさんの招待客たちがにこにこと笑みを浮かべ、石段の上で佇んでいる。

 

「皆・・」

 

ここに来て、驚きより感動が勝った。

皆が揃っているということは、自分にだけ秘密にして、全て準備して来たということだ。

この純白のドレスも、舞台設置や植物の装飾も・・楽団も何もかも。

隣に立つ片割れに、皆が協力して力を貸してくれたのだろう。

嬉しさにじんと胸が熱くなって、首元まで質量の伴わない熱い何かがせり上がる。

 

「さぁ。エトラさん、行きましょう」

「あ、あぁ・・」

 

感激に言葉を詰まらせつつなんとか答えると、差し出された片割れの腕に掴まり、舞台の奥へと向かう。

ゆっくりとした歩調に合わせ、右手の石柱の前に控えていた楽団が厳かな曲を静かに奏で出した。

 

毛足が短い、濃い赤の絨毯を踏みしめて進めば、そこには神前儀式用の祭壇が設けられており、王都の神殿に所属する神官様が錫杖を手に立ち、こちらを待っている。

 

視界に映る場景と楽団が奏でる曲、場の雰囲気の全てが合わさって、厳粛さに背筋が伸びた。

本当に、これから婚姻を果たすのだと唐突に実感して、緊張すると同時に嬉しさで口元が綻びそうになる。

 

祭壇の横には家族が扇状に並び、そこへおじ上も加わった。

同じタイミングで、こちらも壇上の神官様の元へと辿り着く。

 

全員が揃ったのを見計らい、楽団の演奏が余韻を残して止まると、神官様が錫杖を鳴らした。

静かに息を紡ぎ、厳かに声を発する。

 

「今宵。三つ月が照らす良き日に・・我らが主神の見守るこの地にて、風と、海と、大地の祝福を願い賜る・・これより、エトラ・ホークと、ジルコニア・ル・アール・ブレイダスの婚姻の儀式を執り行う」

 

神官様が祝詞を唱え、不思議なリズムで錫杖を鳴らす。

厳かな気持ちで、自分を含めた全員が視線を伏せ、軽く頭を下げた。

水晶で作られたような錫杖の飾り部分がシャリン、シャリリンと高く鳴り響く度、場が浄化されていく・・

錫杖の音が止まると同時に聖域が完成、展開すると、足元からふわふわと光の粒が湧いてきた。

 

頭を下げた姿勢のまま、神官様の言葉を待つ。

 

「妻となる者。エトラ・ホークよ。汝、夫を労り、支え、守り、生涯を共にする事を神と、この場に集いし者たちに誓うか?」

「・・・はい。誓います」

「夫となる者。ジルコニア・ル・アール・ブレイダスよ。汝、妻を労り、支え、守り、生涯を共にする事を神と、この場に集いし者たちに誓うか?」

「はいっ誓い、ます!」

 

シャリリンっ!と錫杖が鳴ったのを合図に、全員が深く頭を下げた後顔を上げる。

 

「よろしい。では婚姻の証をこちらへ」と神官様が言うと、家族の列からおじ上が進み出て来た。

その手に木箱を持ち、神官様の前へ着くと蓋を開け、顔を伏せて恭しく差し出す。

 

「【浄化】【祝福】・・では、証の交換を」

 

神官様の指示に体の向きを変え、おじ上がこちらに向けて箱を差し出してきた。

見れば中には艶のある深紅の布が敷かれており、細く、シンプルなデザインの鎖が二巻き収められている。

その中心には小ぶりな菱型の飾りがあるが、何を素材にしているのか・・中央の石は見る角度によって色が違うように思う。

 

一般的に、婚姻の儀式で使う証はピアスや指輪といった装飾品が多いのだが・・何故に鎖?と疑問を抱いた。

と、おじ上の顔が視界に入り、目が合うとパチリとウインクを投げられる。

 

―成程。おじ上の作か―

 

またとんでもない素材で作り出した高性能な魔道具なのだろうなと場違いな感想を思い浮かべていると、先に片割れが箱へと手を伸ばす。

 

おじ上に白手袋を手渡し、空いた両手で鎖の束を持ち上げて体ごとこちらに向き直ると、額に当てて祈るように目を閉じる。

 

「この証が、わたしの心。生涯寄り添い、貴女と、家族を守る。永久の誓いです」

 

心からの思いを乗せた宣誓を行った片割れは、私の左手を取り、鎖の飾りを甲に乗せた。

すると、細い鎖が勝手に動き、白い長手袋の上から中指と手首とに巻き付いて、飾りを中心に複雑に編まれた装飾品へと姿を変える。

 

驚きを通り越し、呆然と自らの手の甲で光る証を、腕を伸ばすようにして眺めた。

重さは殆ど感じず、また巻き付いているのに関節などの動きを邪魔する感覚は皆無だ。

月明かりで濡れたように艶を放つ中心の石は、淡い緑とも、薄青とも見て取れる。

 

非現実的な美しい証の姿に、思わずぽつり「きれい・・」と言葉が零れると、おじ上の小さな咳払いが耳に届いてハッとした。

苦笑しながら差し出された箱にコクリと喉を鳴らして、焦る気持ちを抑えながら鎖の束を手に取る。

 

飾りを右手に、鎖の束を左手に持ち、先程片割れがしてくれたように自分も証を額に当てて目を閉じた。

心から湧き上がる想いを、自然と口にする。

 

「この証が、わたしの心。生涯寄り添い、貴方と・・・貴方を形作る全ての存在(もの)を守る。永遠の誓いです」

 

宣誓を口にして静謐な決意を胸に、緩慢に差し出された片割れの左手を取る。

鎖を持ったままの手で支え、その甲に飾りを乗せた。

するとやはり鎖が勝手に動き出し、今度は手首だけに巻き付いて、なんと飾り部分の形が崩れた。

石の台座部分の金属が液体のようになって広がり、手の甲の半分から指先までを覆ってしまう。

 

変形を終えた証。

その形は、バングルと鎖で繋がった薄手の黒いグローブ。

骨格に添うように配された鎖が、透かし模様のようで大変美しい。

また、半分だけ見える手の甲の肌色と、グローブの黒との対比がなんとも色気を誘う造形だ。

 

自らの手の中で起きた変化に驚いた後、今度はその美しさに目を奪われて手を放すのを失念していたが、神官様はさして気にする事なく儀式を続けた。

 

シャンと短く錫杖を鳴らし「では次に、魔力の交換を」との指示に、片割れが私の顔に掛かったベールに手を伸ばす。

胸の高さにあった端を持ち、ゆっくりと捲り上げて頭上を越えると、後頭部へふわりと流した。

 

直に、視線が合う。

熱に浮かされたように蕩ける瞳で、こちらに全力の愛を傾けてくれるのが解って、嬉しさと幸福で胸が高鳴り痛む。

握り合った手を軽く引かれ、近づいてくる顔に少し緊張しながら、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

そして、軽く触れ合う肌と肌。

ふに、とした柔らかな唇を通して、ほんの少し魔力が送られてくる。

こちらも同じように、少しだけ魔力を送り返した。

 

一瞬の中に永遠を感じて、感動を胸に触れ合った唇が離れると、神官様が錫杖を掲げ宣言する。

 

「今、この時をもって、エトラとジルコニア。二人が夫婦となった事を神の僕(しもべ)たる我、王都神殿の神官クレースが認める!黒と白の両翼に幸あれ!!」

 

神官様の言葉にわっと歓声が上がり、足元から湧き上がっていた光の粒が空へと昇って行く。

祝福の曲が楽団により奏でられ、儀式を見守っていた家族と招待客たちから「おめでとう」と祝いの言葉が幾つも贈られる。

舞台の石柱に巻き付いていた植物が花をほころばせ、次々と花弁を零して華やかな雨を降らせた。

海の上には魔法により形作られ、操られた透明な魚や海獣たちが月明かりに踊り、幻想的な光景を作り出している。

 

正に世界からの祝福。

 

皆から祝われ感極まり、溢れそうになる涙をなんとか堪えた。

と、急に隣に立つ片割れが腰を低くして、ひょいと横抱きに私を抱え上げる。

驚きながらも首に腕を回して体重を支え、顔を見上げれば意外にもその目に涙は無く、ただ幸福に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「エトラさん。一緒に、幸せになりましょうね」

「・・あぁ。そうだな・・共に、努力していこう」

 

ぽろりと頬を伝う雫の感触に気付かないふりをして、額に触れる柔らかな唇を照れつつも受け入れる。

 

 

こうして、片割れは「ジルコニア・ホーク」と名を改め、正式にホーク家の一員となった。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

内側から開かれたドアの先、現れた婚約者は、それはもう輝いていた。

 

 

 

黒いモーニングコートに身を包み、婚約者の控え室の前に立つ。

 

『いよいよだ』と待ちに待った思いと『とうとう来てしまった』という尻込みする相反した感情が、胸中で渦巻く。

ここまで、様々な人たちの手を借り、協力して準備を進めて来た。

失敗は許されない・・そのプレッシャーに、体が強張る。

 

「そう緊張しなさんな。家族だけでなく、スミスや他の使用人、エトラの友人たちにもリサーチして本人の好みそうな内容を考えたんだろ?」

 

「自信持てって!!」と、義父に背中をバンと叩かれ、衝撃に背筋が伸びる。

 

「この俺様が全面バックアップしてんだぞ?何かあったとしても完璧にフォローしてやるから、気を楽にしろや」

 

義父独特の励ましの言葉に「はい」と答えたものの、緊張は抜けない。

依然強張ったまま、白手袋を握りしめ彼女に手渡すブーケに視線を落とす。

 

屋敷の使用人たちと全力で準備をしてきた婚姻式の舞台。

演出を共に考え、衣装にも手を加えてくれた。

 

皆で頑張って来たのは、婚約者を驚かせ、喜んで欲しかったから・・

楽し気に準備する家族と使用人たちの顔が、脳裏を過ぎる。

 

―エトラさん、喜んでくれるかな?・・そうだと、良いな―

 

期待と、少しの不安を胸に俯いていた視線を上げれば、タイミングよくドアの横に立っていた侍従のポーターさんが頷いて、婚約者の準備が整った事を知らせてくれた。

 

そして、ついに扉が開かれる。

 

現れたのは正に美の化身。

 

驚き、僅かに開いた唇は薄い紅で色付き、見開いた目も周囲が化粧で彩られ、いつもよりぱっちりしていて可愛さが増していた。

透けるベール越しでも、その美しさははっきりと見て取れる・・さっきも素敵だったけど、今もまた素敵です。

 

オフショルダーのウエディングドレスは所謂マーメイドラインで、首から胸元、大きく開いた背中は精緻なレースで彩られ、そのレース越しに素肌が透けるデザインだ透け感最高。

ベールは長く、背中を隠すように垂れ流れているので少しだけ安心。

 

鎖骨と、丸く、色気のある肩から腕半ばまで、素肌が衆目の目に晒されるのは業腹だが、少しだけ見せる肌と、ドレスの布地とのバランスが素晴らしいと義母姉に説得され泣く泣くデザインに承諾した経緯があったりする。

その二の腕から先は白い長手袋で隠されていて、腕回りは幅広のレース、残りは指先まで光沢のある布地に刺繡がされている細部にも拘った品だ良く似合っています。

 

ぴったりと肌に添う胸と胴体部分は全面に花と蔓草の刺繡が施され、所々に小さな宝石が散りばめられている。

ドレスを纏う体のラインはすっきりと、しかしメリハリがあって美しく、太腿あたりから後ろに大きく流れるように広がる布地は薄く軽い物に切り替わっている。

その幾重にも重なるドレープには端に向かって大きな刺繡が曲線を描き、とても豪華だ。

ベールと重なると、透ける布地と刺繡の相乗効果で華やかさが増し、素晴らしく美しい最高の花嫁姿です!

 

正面から見ればすっきりとしたシルエットで、背後からだと印象が一変する素晴らしいデザインだ。

自分の意見も取り入れてもらった義母姉が用意したドレスに、使用人たちも刺繡で参加した。

皆の気持ちが籠ったこのウエディングドレスは、披露宴に続き婚約者の美しさをこれでもかと際立たせている。

 

―もう、感動で意識が飛びそうです!―

 

あまりに美しい片割れの姿にクラクラしていると、唖然とした様子で「ジル?その格好は・・」と声を掛けられた。

瞬きを一つして意識を繋ぎ直し、返事をする。

 

「―綺麗です。エトラさん・・とても素敵です・・」

 

うっとりとしながら用意していたブーケを渡すと、片割れは視線を落とし、ついに自身の状況に気が付いたようだ。

 

「こ、これはまさか・・」

「えぇ。これから、俺たちの結婚式です」

 

にっこりと微笑んで伝えれば「は?!おい、ジルっ?!」と慌てた声を上げる愛しい人。

ブーケごとその手を掌で包み、安心させるように見つめれば幾らか落ち着いてくれたようだ。

 

状況を見守っていた義父が「いっくぞー?!」と転移陣を展開して、一瞬にして景色が変わる。

 

義父の全面協力の元、遠く離れた離島の浜辺に使用人たちと作り上げた舞台。

 

デザインは義母たちと考え、施工は石工師で職人のメイソンさんが。

配置された植物は庭師のガードナーさんが手がけた。

振る舞われる料理は調達を猟師のハントさん。調理は料理人のフォスターさんを筆頭に、補佐のミルズさんが担当した。

製菓を担当したのはミラーさんで、食事との相性を考え、飲み物を手配してくれたのはケラーさん・・

 

披露宴と結婚式の衣装を手配してくれたのは義母と義姉。

その衣装に手を入れてくれたのは侍女のみなさん。

 

時間が無い中、相談に乗って色々手助けしてくれた義父と義兄。

快く協力してくれた職場の関係者や友人たち・・

 

そして、誰よりも忙しく動き回り、様々な準備とフォローをしてくれた執事のスミスさん。

 

―どれもこれも、全部・・エトラさんに喜んでもらう為に―

 

周囲を確認して背後を振り返り、月明かりが照らす海を背景に佇む招待客たちを見て、婚約者は「皆・・」と言葉を詰まらせた。

 

傍らに立ち、触れる彼女の魔力が溢れんばかりの感動と喜びを伝えて来る。

それに漸く安心して胸を撫で下ろすと、自分にも喜ぶ余裕が生まれた。

 

「さぁ。エトラさん、行きましょう」

「あ、あぁ・・」

 

差し出した左肘に摑まってもらい、神官様が立つ祭壇へと歩みを進める。

楽団が奏で始めた婚姻の儀式曲で場の雰囲気が厳かなものへ変化すると、その空気に呑まれてまた体が強張りそうになる。

 

必死に足を動かし、壇上の神官様の元へと辿り着くと、少しして錫杖が鳴らされた。

神官様が厳かに祝詞を唱えて不思議なリズムでまた錫杖を鳴らし、全員が顔を伏せる。

 

神官様により展開された聖域が場を浄化し、神聖を帯びた魔力が光の粒となってふわふわと沸き上がってきた。

厳粛な空気にますます身を固くして俯いていると、神官様が婚姻の儀式定番の問いを投げ掛ける。

 

「妻となる者。エトラ・ホークよ。汝、夫を労り、支え、守り、生涯を共にする事を神と、この場に集いし者たちに誓うか?」

「・・・はい。誓います」

 

隣の婚約者が、僅かな間を置いて答える。

 

答えて、くれた。

もう、その言葉だけで歓喜の熱が全身を駆け回り、感動で視界が歪みそうになる。

 

「夫となる者。ジルコニア・ル・アール・ブレイダスよ。汝、妻を労り、支え、守り、生涯を共にする事を神と、この場に集いし者たちに誓うか?」

「はいっ誓い、ます!」

 

少々不格好ながらも、何とか自分も返答した。

シャリリンっ!と錫杖が鳴り、全員が深く頭を下げた後顔を上げる。

 

「よろしい。では婚姻の証をこちらへ」と神官様が言うと、義家族の列からエルフの義父が木箱を持って進み出て来た。

 

「【浄化】【祝福】・・では、証の交換を」

 

神官様は恭しく差し出された証へと魔法を掛ける。

これにより、装飾品は普通の飾り物から既婚を周知する印になった。

義父が差し出してきた木箱には、事前に知らされていた物が収められている。

 

一見、チャームが付いた細い鎖でしかないコレは陛下からの下賜品であり、この国一番の魔術師が全力で趣味に走っ・・いろいろ試しながら作り上げた自慢の逸品・・だそうだ。

 

「説明はまた今度な!」と、儀式での交換手順だけ教わり、詳細などは知らされていないが一定以上の力のある者が見れば、これがとんでもない代物だと理解するだろう。

内包する魔力は感知出来ない様に抑え込まれ隠蔽されているが、よくよく見ればチャームの魔石の色が変化するのに気付く。内部の魔力圧が高い証拠だ。

見る角度によって色が変化する宝石は存在するので、認識をそちらへとずらし、誘導する魔術式が組み込まれているのだろうと予想する。

 

自分が読み取り、理解出来た分だけでも凄まじいの一言だが、どういった能力を備えた代物なのか・・

細かく聞くのがちょっと・・いや、大分怖い。

 

怖れ戦きつつ白手袋を義父に渡し、替わりに差し出された木箱から鎖の束を手に取る。

両手で支え持ち、片割れの方へと向き直ってチャームを額に当て、目を閉じた。

 

「この証が、わたしの心。生涯寄り添い、貴女と、家族を守る。永久の誓いです」

 

正真正銘。

心の底からの誓いを唱え、喜びに魔力を揺らめかせた片割れの左手を取って、その甲へとチャームを乗せる。

そして、起こった変化に目を見張った。

 

手の中にあった鎖の束が意思を持ったかのように動き出し、片割れの中指と手首へと巻き付くと、甲に乗せたチャームを中心に鎖はレースを編むように絡み合い、蜘蛛の巣のような模様を描く。

 

―これは、本当に凄い・・―

 

義父がこの証にどれだけの心血を注いだ事か・・

その一端を垣間見て、背筋が震える。

ちらりと読み取れただけでも〈隠形〉を始め〈適応変形〉〈害意物理無効〉といったトンデモ能力が付与されている・・これって個人が所有しても許される品なのだろうか?

 

まぁ、だからこその〈隠形〉なのだろうけど。

ただでさえ高性能な品なのに、国王陛下からの下賜品だとバレたらそれだけでも色々なやっかみを受けそうだ・・

 

自分の想像にげんなりしたが、証を身に着けた片割れはそれをうっとりと眺めぽつり一言「きれい・・」と呟いた。

その様子がとても美しく幻想的で、思わず見惚れてしまう。

 

片割れは義父の咳払いにハッとして、鎖の束に手を伸ばした。

そうして額にチャームを当て、宣誓を行う。

 

「この証が、わたしの心。生涯寄り添い、貴方と・・・貴方を形作る全ての存在(もの)を守る。永遠の誓いです」

 

あぁ。その言葉が、触れる魔力が・・魂からの願いを、誓いを伝えてきて・・想われる幸せに至福の頂へと至る。

死ぬ時は、こんな幸福の内が良いと・・願わずにはいられない。

 

ぼうっとしている間に左手を手に取られ、甲に証を置かれていた。

そして形を変え始める証。

鎖が手首に幾重にも巻き付いてシンプルなバングルへと変形する中、チャームは台座の金属部分を液体の様にして甲の半分から指先までを覆う。

 

変形を終えたその姿は手を半分だけ隠すグローブで・・バングルはつるりとしたプレート状になり、何本もの鎖が石の台座へと繋がって、また指先へと伸び続いていた。

光を吸い込むような闇色のグローブに、金と銀の中間のような不思議な色の鎖が骨格に添って模様を描いている。

 

着ている衣装に合わせ、とても豪華ではあるけれど・・これは少々装飾過多なのでは・・

無粋な思考は、神官様がシャンと鳴らした錫杖の音に引き戻された。

 

「では次に、魔力の交換を」

 

神官様の指示にハッとして、焦る気持ちを隠しながら彼女の手を放す。

真っ直ぐに対面して、顔を隠すベールの端に手を伸ばした。

刺繡による厚みを指で感じつつ、ゆっくりとベールを捲り上げる。

 

最初に形の良い顎が、続いて色香漂う唇・・すっと通った鼻梁とが順番に現れた。

そしてベールを後頭部へと流せば、伏せられ、長い睫毛に縁取られた瞼が開く。

 

直に、視線が合う。

煌めくダークブラウンの瞳が真摯なまでに愛情を伝えて来て、その熱量に胸を射抜かれた。

そっと手を取り、軽く引いて唇を寄せる。

触れるだけの口付けを通して、ほんの少しだけ魔力を送ると、彼女からも同じだけ魔力が送られてきた。

 

一瞬の中に永遠を感じて、感動を胸に触れ合った唇が離れると、神官様が錫杖を掲げ宣言する。

 

「今、この時をもって、エトラとジルコニア。二人が夫婦となった事を神の僕(しもべ)たる我、王都神殿の神官クレースが認める!黒と白の両翼に幸あれ!!」

 

神官様の言葉にわっと歓声が上がって、足元を揺蕩っていた光の粒が空へと昇って行く。

楽団による祝福の音楽。

家族と招待客たちからの祝いの言葉。

花弁のシャワーの向こうには、透明な魚や海獣たちの優雅な舞が煌めく。

 

幸せとは、正にこういう事だと実感する。

祝福に目を潤ませた片割れ・・妻となったこの人が一緒ならきっと、ずっとこの幸福は続くだろう。

 

今この瞬間の片割れの熱をもっと近くで感じたくて、身をかがめて横抱きに抱え上げた。

驚く顔を間近に、幸福な気持ちのまま言葉を紡ぐ。

 

「エトラさん。一緒に、幸せになりましょうね」

「・・あぁ。そうだな・・共に、努力していこう」

 

これからの長い時を共に歩める喜びに打ち震えて、抱いた肩をぐっと引き寄せ額の生え際に口付けを落とした。

 

こうして、俺は「ジルコニア・ホーク」と名を改めホーク家の一員となり、片割れは名実共に妻となった。

 

 

 

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