※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【3】自覚。

 

廊下を歩きながら溜息をつく。

ここ最近、溜息が増えているように思う。

それも仕方ないかと、またふぅと溜息をついてしまい苦笑した。

 

あの事務室での魔力循環以降、二日間は特に夢見が悪いことも無く安眠できた。

部下とも以前と変わりなく接し、互いにあの時の事には触れることなく過ごしていたのだ。

 

なのに、三日目の晩にまたよろしくない夢を見た・・

 

それから魔力が不安定になり、時折ゾゾゾっと背筋に震えが走るようになった。

明らかな体の不調に一日は『気のせいだ』と自己暗示でやり過ごしたのだが、四日目も夢を見たのだ・・

目を覚まし、時計を見て起床まで時間があるのを確認し、目を閉じる・・夢を見る、また起きるということをしていたら夜が明けていた。

 

ほぼ常に安定せず揺らぐ魔力、体調不良、睡眠不足の三重奏に流石に白旗を上げた。

魔力循環ですっきり眠ることができたのだ。対処療法だが、一先ず安眠できるようになりたい・・

断っておきながら、また頼むのは本当に申し訳なかったが、背に腹は代えられぬ。

タイミング良く、事務室で二人だけになったので意を決して部下に声を掛けた。

 

こちらの都合で振り回しているのにも関わらず、部下は笑顔で引き受けてくれた。

有難いことだ。今度何か詫びをしよう。

そのまま、五分ほど手を取りゆっくりした流れで魔力循環。

体が温まったところで切り上げた。

予想通り、魔力は安定し体の不調も幾分マシになり、その晩はぐっすり眠れた。

 

再度の魔力循環の翌日はなんとも無かったのだが、二日目には魔力が揺らぎ始めまた夢の所為で睡眠不足に陥った。

 

これはもう、根本から解決しなければという結論に至る。

 

解決方法として選んだのは、衛生班に所属する友人に相談することだった。

 

ここに至る回想を終え現在、廊下の途中にある目的のドアの前に立つ。

掲げられたプレートは[医務室]

業務終了まで残り一時間ほど。この時間帯なら、居ると思うのだが・・

 

コン、コン、コン、コン。

 

ドアをノックすると、中から「どうぞー」と了承が返って来た。

 

「失礼する」

 

ドアを押し開け入室して声をかける。

すると、背もたれの無い回転椅子に座った友人がにこやかに答えた。

 

「あらま、誰かと思えばエトラじゃないの。お久しぶりね!」

「あぁ。久しぶりだなアクロア曹長」

「やぁねぇエトラ!私が階級呼びしてないときはあなたも名前だけで呼びなさいよ~。ほら、他に誰もいないんだから!」

 

背中の白い羽をヒョイと動かし、視線で「みて見ろ」と促された。

室内を見回せば確かに、五つほど並んだベッドのカーテンは全て開けられて「空き」を示している。

 

「そのようだな」

「相変わらず硬いわね~。今お茶入れるから、座って座って!」

「ありがとう。頂くよセラス」

 

衛生班に所属し、軍医である友人は足取り軽くトトっと小さな食器棚へ向かった。

有翼人の彼女は実際、飛翔する為に大変軽い。足音が軽いのも当たり前だった。

診察用の椅子に座ると、すぐに湯気の立つマグカップを差し出される。

 

「それで~。急にどうしたの?顔色悪いし、体調でも崩した?」

 

友人もカップを片手に席に戻ると、小首を傾げながら訊ねてきた。

 

「う・・む・・。体調は、実はあまり良くない。魔力が安定しなくてな・・時々寒気があったり・・あと睡眠不足なんだ」

「ふ~ん?色々重なってるのね?というか、睡眠不足?寝つきもよくてどこででも熟睡できるあなたが?」

「あぁ。最近夢見が悪いんだ」

「へぇ。どんな夢?」

「少々言いづらいのだが・・性的なやつだな」

「卑猥ってこと?淫夢ってやつ?」

「そう・・だと思う」

 

手元のカップに視線を落とし、紅茶から立ち上る湯気を目で追う。

友人は「う~ん・・ちょっと触るわよ~」とカップを机に置いて額に触れて来た。

友人の魔力が額から流れ込み、一瞬で全身に行き渡り直ぐに引き戻される。

流石本職。魔力精査が早い。

 

「そうねぇ・・確かに魔力が安定してないし・・お疲れみたいね。でもそれだけだわ。他に異常はみられないわね。魔力の感じからして夢魔(インキュバス)が原因でも無さそうだし・・」

 

「何か心当たりはないの?」と問う友人に直ぐに返事が出来ず、じっとこちらを観察してくる視線から思わず目を逸らしてしまった。

いつもの自分らしくない挙動に、訝しむ友人。徐々に目が細められ視線が鋭さを増していく。

 

「心当たり・・あるのね?」

「いや、あるにはあるのだが・・」

「何よ。はっきり言いなさいよ」

「・・部下のプライバシーに係わるんだ。これ以上は・・」

 

じとーっと目を座らせていた友人だが、おもむろに「これ持ってて」と机の上のカップを渡してきた。

素直に受け取ってしまい、二つのカップで両手が塞がる。

疑問符を浮かべていると、友人は立ち上がり背後に回り込むと脇腹に手を伸ばした。

 

「なっ何っ!止めろセラス!」

「部下って誰の事よ~っ!何があったのよ!キリキリ吐きなさいっ!!」

「あちっ!熱いっ!こぼれる零れるっ!」

「言うまで止めないわよ!ほ~れこちょこちょこちょ~」

「やめっ?!くすぐったい!!止めろと言うにっ!!」

「ほ~ら、ほらほら~!!」

 

友人の容赦ない尋問(こうげき)に「わかった!わかったからっ!」と降参したのは暫く経ってからだった。

 

「相変わらず、脇腹弱いのね。新兵達も、あなたにこんな弱点があるとは思いもしないでしょうね~」

「全く・・ずるいぞセラス。机が汚れるところだったじゃないか」

「あら。あなたが気にしてくれるのが分かってた私の作戦勝ちと言って頂戴」

 

おほほほ!とわざとらしく高笑いをする友人に非難の目を向けるが、全く気にする様子がないので諦めて溜息を吐く。

 

「それで?話してくれるのよね?」

「・・話すが、決して口外しないと誓ってくれるか?」

「えぇ。もちろん!約束するわ!」

 

軍医でもある友人の言葉を信用することにして、渋々切っ掛けである夜会での出来事から最近の魔力循環までの経緯を話した。

 

「私の知らないところでそんな面白・・楽し・・大変なことがあったのね・・」

「セラス・・お前隠す気がないな?」

「まぁ、冗談は置いといて。なるほどねぇ~稀に魔力の相性が良い人が居るとは聞いたことがあるけど・・それでも定期的に魔力循環しないと体に悪影響が出るって・・その人の影響で体質が変わったのかしら?」

「前例があるのか?」

「いいえ?大量の輸血や移植で稀に起こるけど・・魔力循環では聞いたことないわね」

「そうか・・」

 

原因不明との見解に気落ちする。そんな自分を心配そうに見る友人の目が、何かを思い出して瞬いた。

 

「そうだわ!あと考えられるとしたら心因性の可能性があるわね!」

「心因性?」

「そうよ!エトラは部下くんの事どう思ってるの?」

「どう・・とは?二等は職場の仲間であり大事な同僚だが・・」

 

友人の質問の真意が理解できず、思っていることをそのまま口にする。

 

「大事な・・ね・・。部下くんの事。一日の中でどれくらい頭に思い浮かべる?」

「言った通り、夢に見るからな。思い浮かべる事は多いぞ?職場では職務に集中しているからあまりないと思う・・事務室に居るときは大抵本人が居るからな。思うまでもない」

「ふ~ん。なるほど、なるほど・・容姿とか、性格については?どう感じるの?」

「どう?・・良い、のではないか?見た目も中身も・・私見だが」

 

どの質問にも首を傾げながら思ったことを素直に答える。

 

「その部下くんの事、好き?」

「あぁ。人として好ましく思うぞ?」

「おっけー。よくわかったわ」

「・・質問の意図が見えんが・・解決の糸口になったのか?」

「ばっちりよ~。そうねぇ・・でも、あなたに負担を掛けたくないし、暫くは現状維持が良いかな?部下くんに協力してもらって、定期的に魔力循環して様子見ね!」

 

「じゃあ、早速呼び出すわね~」と卓上の連絡機に手を伸ばす友人。

止める間もない素早い行動に、伸ばしかけていた手を溜息と共に下ろした。

 

 

 

 

 

お互い仕事が忙しくて最近会えていなかった友人、それがなんと向こうからやって来た。

飲みに行くのも、いつもこちらから誘うことで会えていたので、何事かあったかと少々驚く。

結果、見事にその何事かがあった訳だが・・

無理やり聞き出したところ、予想以上に面白可笑しいことになっていた。

本人からしたら何が起きているか理解できず、体調不良と睡眠不足もあって大分辛そうなので笑いごとではないのだろうが・・

 

いや、それもう〈恋〉じゃん・・・

 

前々から思っていたけれどこの子。鈍いにも程がある。その上、思考が恋愛方向に舵を切らない状態で凝り固まっているのだ。

人族の女性にしては高い身長。切れ長の目、ダークブラウンの瞳に長い黒髪、胸は大きくも小さくもなくてバランスの取れた肢体・・サバサバした性格もあって本人は知らないかもしれないが昔から憧れる男子は多かったのだ。

あの頃は「恋人?興味ないな」と公言していたからなぁ・・

告白しようという猛者は居なかったのだ・・変なのは友人たちと追い払っていたし。

そして軍に入ればそれこそ恋愛どころではなく、仕事にまい進した結果・・

いざ気になる人が出来たら自分の感情に理解が及ばず、混乱した・・と。

いや、自分の気持ちに気づいていないから戸惑っている、が正しいかな?

感情を置き去りに、体は本能に従いその人を求めて悲鳴を上げ・・それが魔力の揺らぎや夢見に現れている。

私が知る限り告白された事もなかったから「自分はモテない」という思い込みがあるのも問題か・・

第三者の目から見ていたらこんなにも分かりやすいのに・・

 

困った友人だこと。

 

勿論、大切な友人の恋だ。応援するに決まっている。

ただ、「それは恋だ」と指摘するのは簡単だけれども、出来れば自分で気づいて欲しい・・

若しくは彼の方からなら・・良いかな?

 

聞いた感じ、その部下の彼も友人の事を憎からず思っているようだし・・先ずは確認してみましょう!

 

あぁ・・何だかワクワクするわ!傍から見る恋愛っていいわね!

 

 

 

 

 

「えぇそうです。すぐにこちらに来てくださいね?では、お待ちしてます」

 

そう言って、連絡機をカチャリと切る友人・・相変わらず行動が素早い。

その素早さに今回は助けられた・・が、いきなり呼びつけて部下の迷惑になっていなければいいが・・それが少し心配だ。

 

「部下くん、すぐに来られるそうだから少し待ちましょうか・・あ、飲み物のおかわりいる?」

「いや、結構だ」

「そ、じゃあ部下くんのだけでいいわね。あ、カップ片づけるわよ?」

 

何やら浮かれた様子でカップを片付けつつ新しく紅茶を準備する友人・・

自分との会話で何か面白い事があったのだろうか?・・ないと思うが・・

うむ。わからん。

 

それから暫くして、部屋のドアが遠慮がちにノックされた。

友人が「どうぞー」と答えると部下が恐る恐る顔を覗かせる。

 

「し、失礼します・・」

「はい、いらっしゃい。呼び立ててごめんなさいね?どうぞこちらに座って?」

 

自分の隣に用意された椅子に、落ち着かない様子で着席する部下を安心させるべく声を掛ける。

 

「急にすまんな二等。こいつはセラス・アクロア曹長。私の古い友人なんだ・・軍医でもある彼女に最近の不調の事を相談した。それで、二等にも協力を頼みたいのだが・・」

「エトラの友人のセラスよ~。今は私たちだけだし、堅苦しいのは無しにして<セラスさん>と呼んでくれたらうれしいわ~」

「あ、軍曹の・・そうなんですね。わかりました。俺はジルコニア・ソルシオ。二等兵です。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる部下に、友人も「はいよろしく~」と気楽に返事をしてカップを差し出す。

 

「紅茶よ~。飲みながらでいいから聞いてくれるかしら?」

「はい、ありがとうございます。頂きます」

 

部下が一口飲むのを待って、友人は話し出す。

 

「エトラから大体の話は聞いたわ~。それでね?魔力の安定化と体調改善を図る為にまずは二人の魔力循環の前と後の状態を確認したいのだけど、良いかしら?」

「えっと・・俺が呼ばれたということはここで確認したいと?」

「えぇ、その通りよ~理解が早くて助かるわ!」

「そ、それは・・えぇと・・」

 

体を精査されるというのが恥ずかしいのだろう。少し顔を赤くした部下は困った様子でこちらに視線を投げて来た。

だが、自分も今の厄介な状態を早く改善したい・・この先もずっと部下に迷惑をかけることになるのは避けたいのだ。

だから、今は恥を忍んで頼むしかない。

 

「本当に申し訳ないが、二等・・すまない、頼めるか?」

「・・軍曹の頼みですから。勿論、協力します・・」

「ありがとう二等。感謝する」

「いえ、元はと言えば俺の所為ですから・・気にしないでください」

「それは断じて違うぞ二等!自身の体調管理もできん私が悪いのだ!」

「切っ掛けは俺の暴走ですから・・責任は重いかと・・」

「だが、それはっ!」

「はいは~い!その話はまた今度二人でゆっくりしなさ~い!」

 

手の平をパンパンと打ち合わせて注目を促す友人に会話を断ち切られた。

確かに、友人の前でする話ではなかったな・・

 

「す、すまん」

「すみませんでした」

 

二人で小さくなりながら反省の態度を示すと、友人は少し呆れた様子だったが「素直でよろしい」とにっこり笑った。その笑顔がちょっと怖い。

 

「それじゃあ・・エトラはさっき見たから、部下くんの方を魔力精査するわね~。ちょっと額に触れるわよ?」

「あ、はい。わかりました。どうぞ」

 

椅子に座る部下の前に立ち「力まず、力を抜いて楽にしてね~」と声を掛けて額に触れる友人。

その様子を何とはなしに眺めていたが、何故か<もやっ>とした感情が胸中に渦巻く。

何だこれ?

首を傾げている間に魔力精査は終わり、友人の手が部下から離れると渦巻いていた感情もふっと消える。

何だったんだ一体・・・うん。さっぱりわからん。

 

「はい。確認終わり!後は魔力循環してからまた精査させてね~。私は書き物してるから、終わったら声掛けてくれる?」

「わかった」

「あ、気になるなら外に出ていようか?」

「いや、別に構わんが・・二等?」

「あ、はいっ!そうですね!・・で、でしたらこちらのスペースをお借りしても?」

 

一番手前のベッドを示しながら言う二等に、友人はニッコリして答えた。

 

「大丈夫よ~!使って使って!」

「ありがとうございます。あ、カップお返しします。ごちそうさまでした」

 

「美味しかったです」と友人にお礼を言い、淡く微笑む部下。

その表情を目にしたら、先ほどの<もやっ>としたものと<ふわり>としたもの、相反する複雑な感情が沸き起こり戸惑う。

 

やはり今の自分は少しおかしいのかもしれない・・

 

ぼんやり思考していると「軍曹?」と声を掛けられた。

はっとして顔を上げると、心配そうにこちらを見る部下と友人。

 

「本当に調子悪そうね・・部下くん、早いとこ魔力循環してあげて」

「そうですね。わかりました・・軍曹、こちらへ」

「あ、あぁ。」

 

部下に手を取られ、椅子とベッドが置かれたスペースへ移る。

カーテンを閉めて自分はベッドへ、部下は椅子の方へ腰かけ互いに向き合う。

二人とも無言で、流れるように手を取り合い魔力循環を始める。

 

ゆるゆると淀むように揺らいでいた魔力が安定しだすと、急激な眠気に襲われた。

その後、魔力循環を終えてなんとか友人と会話をし、仮眠を勧められたのでそのままベッドへ横になると、意識がストンと落ちた。

 

 

 

 

 

「あ、あの・・軍曹は大丈夫でしょうか?」

 

オロオロと心配そうに訊ねる部下くんを安心させるように笑顔を向けた。

手伝いながら脱がせた上着と靴は、枕元と足元にそれぞれ形を整えて置く。

 

「うん。魔力は安定しているし・・問題ないわね。睡眠不足と、ちょっと体力落ちてるみたいだから疲れが出たみたい。少し休憩していけば大丈夫よ」

 

ほっとした様子で「よ、よかった・・」と溜息を吐くソルシオ二等こと部下くんを横目で観察する。

この子が友人の思い人か・・少し気が弱そうだけど・・友人を大切にするところは良いわね。

今のところ、合格!

 

う~ん。暫く現状維持で様子を見るつもりだったけれど・・友人のこの状態だと様子見は止めて直ぐに自覚してもらった方が良さそうだ。

悠長に構えていると、その後の回復に時間がかかるかも知れない。

そうと決まれば・・部下くんに話をしよう。

 

幾分、顔色が良くなったものの、唐突に眠りに落ちた友人をまだ少し心配そうに見つめる部下くんに声を掛ける。

 

「部下くん・・いえ、ジルコニア・ソルシオ。ちょっといいかしら?」

「—っ、はいっ。なんでしょうか?」

「とりあえず、座って話しましょう」

「・・はい」

 

ベッドのスペースから部下くんが出ると、カーテンを引いて自分の椅子へ戻る。

部下くんも、目の前の椅子に腰かけた。

 

「単刀直入に聞くわね。あなた、エトラのことをどう思っているのかしら?」

 

 

 

 

 

そろそろ業務終了に向けて片づけを始めようとしたところで施設内専用の連絡機が鳴る。

取ると、自分宛だったようで「ソルシオ二等は居るか」と訊ねられた。

「自分がソルシオ二等です」と答えると「医務室に軍曹が来ているので、すぐに君も来るように」とのことだった。

 

医務室に上司が?

今日もまた顔色が悪かったし・・体調が悪化したのだろうか?それに、何故自分が呼ばれたのだろう?

 

幾つもの心配を胸に急ぎ医務室に駆けつけると、上司は予想よりは幾分マシな様子でいてくれた。

自分が呼ばれた理由(わけ)も上司の友人だという軍医さんに説明されて納得する。

でも・・他の人に見られながら魔力循環するのは・・ちょっと気まずい・・

どう返事を返したら良いものか・・と言い淀んでいると、上司に協力をお願いされた。

勿論、すぐに快諾する。だって、上司の体調不良は自分が原因なのだから・・

それを伝えたら否定されたけど、こればかりは上司にも譲れない。

責任は、自分にある。納得してもらうのは難しそうだと感じたけれど・・

 

魔力精査で現状を確認され、いざ魔力循環になると軍医さんに気を使われた。

上司は全く気にしていなくて焦ったけれど、ベッドのスペースを借りて視界を遮ることが出来たので一安心。

・・ベッドということで、ちょっと邪な想像が過ぎりそうになったけど『軍曹の回復の為、軍曹の回復の為・・』と自分に言い聞かせながら魔力循環を行った。

 

相変わらずの心地よさだったけれど、その所為で上司は眠気に襲われたらしい。

魔力循環の途中からこくっ、こくっと体が揺れ始めた。

いつもより時間は短かったけれど、限界そうだなと思い切り上げる。

 

「軍曹、少し横になった方が良いですよ?」

「・・あぁ・・その、前に・・セラスを・・」

「呼ぶんですね?わかりました」

 

カーテンを開けながら軍医さんに声を掛けると、すぐにやって来て上司の状態を確認する。

 

「うん。魔力は安定しているわね。今は休息が必要みたいだし、エトラ?このまま仮眠していったら?」

「うん・・すまんが、いいか?」

「全く問題ないわよ~気にしないで!はい、上着と靴は脱ぐ~」

 

手際よく上司が上着を脱ぐのを手伝い、流れる様に靴も脱がせると軍医さんは上司を横にさせて上掛けを掛けた。

友人である軍医さんに頼り、いつもより素に近いであろう上司の様子にほんの少し嫉妬しつつ、今の状態が気になり訊ねる。

笑顔での「問題ない、休めば大丈夫」という返答にほっと胸を撫で下した。

 

よかった・・本当に・・・

 

顔色もよく、リラックスして寝入る上司の様子をつい眺めていると軍医さんに声を掛けられた。

 

フルネームで呼ばれ、反射的に背筋が伸びる。

「座って話そう」と促すその言葉の端々から、滴るような重みを感じて緊張が募った。

 

対面する形で椅子に腰かけると、人生最大の爆弾を落とされる。

 

「単刀直入に聞くわね。あなた、エトラのことをどう思っているのかしら?」

 

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

けど理解した瞬間、脳髄が冷える。

唯でさえ、今の上司との関係は曖昧な所を彷徨っていて、ギリギリ体面を保っていたのに・・そこに自分の特別な感情が伴っていたと知られたら・・

 

-軍曹に嫌われるっ!-

 

思考が悪い方へと傾き、血の気が引いた。

『嫌われたくない』ただそれだけで、なんとか取り繕おうと口を開きかけた時、じっとこちらを観察する真剣な瞳とぶつかる。

 

友の為、誤魔化しは許さないと訴える視線に、考えを改めた。

保身に走るのはよそう・・上司への気持ちを素直に答えるべきだ。

バクバクと早鐘を打っていた心臓が少しずつ落ち着きを取り戻して、言葉がするりと流れ出る。

 

「—俺は・・軍曹が好きです」

「・・そう・・わかったわ。なら、その気持ち。エトラに伝えてくれる?」

「・・・・は・・い・・?」

 

立て続けに落とされた爆弾に、動揺を顕わにしてしまう。

感情の整理が追い付かず思考も渋滞しかけていると「落ち着きなさいよ」とあきれた様子で脳天を軽く叩かれた。

 

「エトラの不調の原因。魔力の揺らぎと睡眠不足だけどね・・あなたとの曖昧な関係が原因の可能性が高いわ」

「・・・・どう・・いうこと、ですか?・・」

 

「推測と勘だけどね・・」と軍医さんは続ける。

 

「今のあなた達、仕事だけの関係とは言い難いでしょう?エトラは線引きがはっきりしているの。業務以外でも関わらざるを得ない現状はエトラにとって、かなりのストレスだと思うのよ・・」

 

自分と係わることがストレスと言われ、ショックに体が揺れる。

しかし、すぐに「最後まで聞きなさいよ」と気遣われ、なんとか持ち直した。

 

「だからね、上司と部下だけの関係に戻るか、恋人という関係に進むか・・どちらかはっきりしたら、彼女の不調も改善するんじゃないかと思うの」

 

付き合いが長い分、自分より上司の事を把握している軍医さん。

当たり前でどうしようもない事なのに、少しばかり嫉妬する。

けれど、知り合って僅かな時間しか経っていないが、上司の事に関しては信頼できると感じた。

実際、軍医さんが言う通りなのだろう・・

だから・・告白か。

玉砕して仕事だけの関係に戻るか・・念願叶って恋人という関係になるか。

 

二つに一つ・・。

 

「魔力循環も対処療法でしかないし、こんな大事なこと、本当は他人が口出しすることじゃないのは分かっているのだけれど・・早く改善してあげたくて・・」

「いえ・・俺も、軍曹が辛い思いをするのは本意ではありませんから・・」

 

深呼吸をして、決意した事を改めて言葉にする。

 

「告白、します」

 

緊張と、少しばかりの照れで体が強張り視線は下がる。

そんな様子の自分を笑うことなく、軍医さんは頷いた。

 

「えぇ・・お願いするわ。ま、もし振られたらやけ酒くらい付き合ってあげるから、ドーンと行きなさい!」

「・・そんな状況は、出来れば遠慮したいですね・・」

 

はは、と苦笑いすると、軍医さんは異議とも同意とも取れる不思議な笑みを浮かべていた。

内心首を傾げていると「じゃあ、私は先に帰るわね。出羽亀するのは野暮ってものでしょ?」とさっさと帰り支度を始めてしまう。

 

「こ、この後すぐにしろと?!」

 

いきなりすぎるっ!と余りの時間の無さに慌てると、実際他人事だからだろう。軍医さんはのほほんと言った。

 

「大丈夫よ~。エトラが起きるまで時間はあるはずだから・・あ、部下くん仕事は?終わってる?もう終業時間よね?」

「仕事は大丈夫ですけど・・まだ事務室に荷物が・・」

「そっかそっか。じゃあ、取ってらっしゃいよ。戻るまでは私が居るから」

「・・わかりました。出来るだけ急ぎます」

「はいはい。気にしないで~」

「すみません。失礼します」

 

帰り支度を終えた軍医さんを待たせるのも申し訳ないので、急ぎ事務室に駆けた。

頭の中は『どう気持ちを伝えようか』とそればかりが渦巻いて、気づけば少ない荷物を詰め込んだ手提げ鞄を小脇に、医務室の前に戻って来ていた。

 

 

 

 

 

飛ぶような勢いで去った友人の思い人に、少しの呆れと他人を気遣えるその気質に好感をもって苦笑する。

色々と屁理屈をこねたが、どうやら告白させることが出来そうだ。

「友人も君を好いている」と安心させる事も出来たが・・本来なら恋愛感情に他人が立ち入るべきではない。と、私は思う。

お互い、相手の気持ちを知らない状態で、怖々手探りで進むのが恋。そして、純愛に余計なモノは要らないのだ!と、うんうんと一人で頷く。

二人の様子を見るに、十中八九付き合うことになるだろうと思う。

そうなったら、ささやかなお祝いを友人に送ろう。

 

「楽しみだわ」

 

呟いたところで、部下くんが戻ってきたようだ。

小さくノックがあってドアが開き「も、戻りました」と顔を覗かせる。

「はーい。おかえり!」と迎え入れ、施錠については内側から鍵を掛けてから退出したら問題ない事を伝え、上手くいくことを願いながら帰途についた。

 

 

 

 

 

すっと意識が浮上して、目が覚めると見慣れぬ天井が視界に映った。

―あぁ、そうだった。医務室で仮眠を取ったのだった―

思い至り、額に手をやりながら視点を倒すと、そこには月明かりに照らされた部下が居た。

 

驚いて体を起こすが、部下は反応しなかった。

どうやら、寝ているようだ。

明かりの落ちた室内は、カーテンの隙間から零れる月明かりに照らされて、十分視界が確保できるほどに明るい。

どうやら今日は3つのうち、2つの月が顔を出しているようだ。

足を組み、両手も腹部に添わせるようにして組んだ部下は、俯き加減で意識を落としている。

その姿は、白髪が月光に煌めき、顔の輪郭も月明かりではっきりとした陰影を落としていていつもと全く印象が違う・・あまりに綺麗だ。

 

目の前に居る人が、本当に部下なのか少し不安になり、躊躇いがちに声を掛ける。

 

「・・二等?・・ソルシオ二等?」

 

肩がピクリと動いて、俯いていた顔がこちらに向いた。

 

「あ・・軍曹。目が覚めました?・・体調は如何です?」

 

声を聴いて、ようやく『ああいつもの二等だ』と安心する。ほっとしながら返事をした。

 

「あぁ。今起きた。体調は・・良いな。とてもスッキリしている」

「それは何よりです」

「うん。二等が協力してくれたおかげだ。ありがとう」

「どういたしまして。・・あの、軍曹・・」

「ん?なんだ?」

 

返事を返しながら室内の気配を探る・・と、自分と部下以外の気配を感じない。

友人は帰ったようだ。

部下は居住まいを正してこちらを見つめている。

何かと問うたのに暫く無言で固まっているので、不思議に思い首を傾げた時だった。

 

「—・・軍曹・・あなたが、好きです・・お、俺と!・・恋人に、なって頂けませんか?」

 

 

身体も思考も、時が止まったように停止した。

僅かに目を見開いて、前髪の奥にある筈の瞳を見つめる。

—今・・なんと?・・—

芽生えた疑問を切っ掛けに、思考が加速度的に動き出した。

 

好き?私をか!?――一体何故?・・恋人に・・恋人?恋人とは?・・いや、分かっている。分かっているつもりだ!アレだろう?二人で出かける所謂デートをしたり、プレゼントを交換したり食事をしたり、キス・・したり、触ったり・・い、致したり!の、アレだろう?二等が?・・私を?その恋人に?

 

無言のまま、洪水のような思考に溺れていた。

が、好意を向けられているのを自覚したのに、全く不快に思っていない事に気づく。

すると、閉じているのに気づいていなかった扉が開いたかのように、思考が開けた。

 

—あぁ・・私は、二等が好きなのだな・・—

 

胸に言葉がストンと落ちた。

 

自分の気持ちに納得すれば、今まで気づけていなかった事柄に理解が及び、納得して・・悶絶したくなった。

—私は、自分の事を何も理解していなかったのだな—

恥ずかしさに無言でいると、部下が暗い声で告げた。

 

「す・・すみませんでした軍曹。変な事を言ってしまって・・忘れてください」

 

「失礼します・・」と立ち上がってカーテンに手を掛けた部下を慌てて呼び止める。

 

「ま、待て二等!どこへ行く?!」

「・・帰ります」

「だから、何故?!」

「・・何故って・・俺は―・・ふ、振られた直後にその人の傍に居れる程強くないから・・」

 

こちらに背を向け、俯いたまま再び「帰ります」とカーテンを引こうとした部下を、今度は手を引いて呼び止めた。

 

「行くな二等!行かないでくれっ!!」

 

驚き、体ごと振り向いた部下を、引き寄せた勢いのまま抱きしめる。

 

「ぐ、ぐんそう?」

「—・・私も、君が好きだ」

 

想いよ伝われとばかりにギュウと腕に力を込める。

すると、恐る恐るといった感じで、部下も背中に腕を回してくれた。

 

「ほ、本当ですか軍曹?」

「あぁ、本当だ」

「本当に?」

「本当だ」

「本当に?」

「・・本当だ」

「本当に?」

「二等・・」

「はい」

「しつこいぞ」

「・・・・・すみません。う、うれ、しくて」

「・・・泣いているのか?」

「・・ずみばぜん・・」

「いや、構わんさ」

 

寄り添う二人と同じように、仲良く並ぶ月に照らされる上司と部下・・

今は恋人同士になった二人。

回された腕の中で、ハラハラと零れる涙を指で拭ってやりながら微笑み伝える。

 

「これからも、よろしく二等」

「こ、恋人どじて?」

「ふふ・・あぁ、恋人として」

「よ、よ゛ろじくお願いじまず・・」

 

お互いにはにかみ、きゅうと抱きしめ合った。

緩やかに脈打つ相手の鼓動と体温を感じながら、幸福を噛みしめる。

 

寄り添う二つ月は[想い合う二人]とも呼ばれる。

そんな、月明かりのきれいな夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

他の誰にも邪魔されないように室内の明かりを消して、月明かりの中愛しい人の寝顔を眺める。

正直、告白の事など考えずにずっとこうして眺めて居たい・・

背中を押される形での告白。

実のところ、そんな事でもないと自分は動かなかっただろう。

軍医さんには、とても良い切っ掛けを与えて貰ったのだと心底思う。

例えそれが友人の体調を慮っての事だとしてもだ。

 

—さて・・—

 

緩やかに上下する胸に視線を向けつつ、なんと告白したものか考える。

『愛しています』いや、それはもっとこう・・関係が熟してから囁きたい言葉だ。

『ずっと一緒にいてください』いやいや、それではプロポーズだ。まだ早い。

ここはやはり率直に、完結に、解りやすく『好きです』が良いだろう。

うん。と一つ頷いて脳内で『好きです。軍曹』と何度か言ってみる。

 

・・・待てよ?ただ『好き』と伝えただけでは恋愛感情ではなく、単なる友愛の言葉として受け取られてしまうのでは?

あり得る・・十二分にあり得る・・

そんな事になったら、自分はきちんと『恋愛感情です!』と伝え直せるだろうか?

・・・・自信が無い・・

では、告白の言葉として受け取り間違いをしないように伝えたら良いのでは?

 

『好きです。恋人になってください』

 

これだ。これで行こう!

 

頭の中で何度も『好きです。恋人になってください』と繰り返していたが、いつの間にか意識が落ちていたようだ。

 

呼ばれて、すぐに目が覚める。

軍曹の体調を訪ねると、もうすっかり良いようだ。

良かった・・とほっとするも『さぁ、いよいよだ』と身構えると途端に緊張して体が強張る。

話しかけるも、肝心な言葉が出てこない。

 

—さぁ!言うぞ!『好きです。恋人になってください』だ!あと二回深呼吸したら・・あぁ、タイミングがズレた・・もう一回深呼吸・・あと一回だけ・・よし、今っ!—

 

「—・・軍曹・・あなたが、好きです・・お、俺と!・・恋人に、なって頂けませんか?」

 

思わずぎゅっと目を閉じながら告げた一世一代の告白は、シンと静かな室内に響いた。

返事を期待して、恐る恐る目を開けると、上司は見開いた目をこちらに向けて固まっている。

予想外の反応に—え?・・—と自分も硬直する。

 

まさか、まさか、まさか・・駄目・・なの?

 

嫌な予想が過ぎると、上司は視線を下げ無言で一点を見つめ始めた。

『これは・・・駄目だな』と思った瞬間、涙腺が緩む。

 

—だよね。部下で、年下で、周りより劣っている半人前の吸血鬼で、良いとこなんて全く無い。そんなの・・軍曹の恋人になんて・・高望みだよね・・そうだよね・・そうだよなぁ・・・――軍曹優しいから・・どうやって断ったらいいか考えてくれているんだろうな・・なら、引き際くらい、こちらから言わなきゃ・・・・きつ、い。きつい、なぁ・・—

 

『目元が隠れる髪型で良かった』なんて、零れそうな涙を気にしながら「忘れてください」と告げ、この場から逃げるためにカーテンに手を掛ける。

すると「どこへ?」と問われた。

意外な言葉に思わず立ち止まって「帰ります」と答えると今度は「何故?」と聞かれた。

 

え・・言うの?そんな・・判り切った事なのに・・

目尻から零れそうになる涙を何とか堪えながら「傍に居たくない。強くないから」と伝え、身体も心もキツいと悲鳴を上げるこの場から立ち去るべくカーテンを引こうとした時、今度は手を引かれた。

 

驚き、反射的に振り返ると、上司は胸に飛び込んできて「行くな!」と言う。

一体何がどうなって・・

混乱していると「私も、君が好きだ」と信じられないような言葉が届く。

 

—え・・?ど、どういうこと?—

 

正に茫然自失。訳が分からない。混乱ここに極まる。

そんな硬直した自分を、上司はぎゅっと抱きしめてくれた。

途端、轟轟と荒れていた感情が凪ぎ「好きだ」という言葉がスルリと心に馴染んで溶ける。

 

—え?・・いいの?—

 

怖々と上司の背中に手を回すと・・温かい。その温もりに怖れた心が氷解し、一気に解放された。

ぶわりと歓喜に感情が高ぶる。

 

—嬉しい!嬉しい!嬉しい!嬉しいっ!—

 

喜ぶ一方で、本当に本当の事か確認せずに居られない。

何度も問うて確認するうちに溢れ出た感情が涙になって零れてしまう。

けれど、これは仕方ないよね?

嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて・・仕方ないのだ。

泣いている事を指摘され、拭われても拭われても、止まる気配の無い涙。

 

かっこ悪くも鼻声で「よろしく」と伝え、なんとか笑って見せる。

上司の髪に鼻を寄せながら抱きしめて、幸せを噛みしめた。

 

—俺、今日の事。一生忘れない—

 

他の誰にでもない。己に誓う――最高の夜だった。

 

 

 

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