※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【6】音の帳。【R18】

 

窓に掛かる日よけを閉じ、外からの光を遮断した薄暗い馬車の中で「ちゅっ」と小さく音が鳴る。

 

ジルの腿の上に跨るような形で膝立ちになり、首を傾けて晒した。

吸いやすさを考慮した結果とはいえ、とても他人様には見せられない格好だ。

 

片手はジルの胸元に添え、もう片方の手で口を覆う。声が零れないように。

ちゅっ、ちゅっ、と音が鳴る度にビクリと体が震えてしまう。

耳元ですぅと呼吸音がして「いい匂い・・」と囁かれた。

喜びと羞恥に震えながら、実家の使用人たちに感謝した瞬間「甘い・・匂い」と予想と違う事を言われた。

 

「んっ・・香油は、柑橘系だったと・・思ったが」

 

指の隙間から小さく呟く合間にも、首筋や胸元に優しくキスが降ってくる。

 

「うん・・軍曹の甘い匂い・・好き」

 

瞬間、ドッと心臓が跳ねた。

暴れ出したい衝動を抑えて、胸元に添えた手を強く握り込めばそっと上から撫でられた。

優しく開かされ手の平を合わせると、指を絡めて握り合う。

背中を支えていたもう片方の手が、腰に降りてきてグッと抱き寄せられた。

 

じゅっ、と肌を吸われ、漏れそうになる声を必死で抑える。

ガラガラと鳴る車輪の音に紛れるとはいえ、抑えるに越したことはない。

じゅっ、ちゅっ、と花びらを散らすように幾つも肌に跡を付けられていく。

恋人からの所有の証に、下腹部が疼いた。

 

証を繋ぐように、つつと舌が肌を這う。

時折、犬歯が肌を掠める。柔らかさを堪能するかのように。

未だ食い込まぬ鋭さに焦れて身を捩ると、絡まった指は離れて後頭部に回し添えられ・・

 

―あぁ・・やっと・・—

 

期待と羞恥。僅かな恐れもあって一度、ふるりと震えた。

 

気化熱で冷やされた首筋に、温かな呼気が触れる。

まずヌルりと熱い舌が触れ、続いてブツリと肌が破れた。

 

「―――っあ゛っ!」

 

痛みに漏れ出た声に、慌てて口元に手の平を強く押し当て直した。

 

じゅう、じゅうと吸われながら舌が傷口を優しく舐める度、嬉しさと痛みとで涙が溢れる。

暫く痛みに震えていたが、ある時を境に痛覚が快感に転じた。

 

「んっ!ふっ、ん?!」

 

驚き、目を白黒させていると口を離したジルが耳元で囁く。

 

「びっくり、しました?あの時は余裕なくて、魔力を流しちゃいましたけど・・本来は唾液で足りるんです・・痛いの、気持ち良くなりましたか?」

 

ふぅ、ふぅと荒く息を吐きながら、こくりと頷く。

 

「意識して傷口から送りましたから・・魔力に俺の感覚を乗せたら、更に強烈ですけどね・・今はこれで十分」

 

胸元まで垂れてきた血を、長い舌でぺろりと舐め上げる。

その感触もゾクゾクと気持ちが良くて、吐いた息が震えた。

痛みは消え、代わりにジンジンとした熱が快感となって首筋から全身を巡っていく。

 

どうやらジルの唾液には鎮痛と、快感を増す効果があるらしいと理解して、痛みに身構えていた体の力を抜いた。

 

「そう・・快感を受け入れてください・・。上手ですね軍曹・・」

 

首筋に「ちゅっ」とキスを振らせながら囁いてくる声にも反応してしまい、その度に腰が跳ねて羞恥が重なり積もる。

とうとう溢れた涙が雫となって零れると、そこにも唇が寄り、涙を吸い取られた。

 

「やっぱり、恐い・・ですか?」

 

悲し気に問う声に、緩慢に首を振る。

 

「違うんだ・・恐いのも、少しあるけど・・気持ちよくて・・嬉しくて・・堪らなくなったら・・」

「軍曹・・」

「ふふっ・・嬉しくても、涙は出ると知ってはいたが・・こんなにも満たされた気持ちになるのだな」

 

「幸せだ・・」と背中に両手を回して、きゅうと抱きしめた。

一瞬後に、ジルも強く抱きしめ返してくれる。

 

「大好きです、軍曹・・あなたを、俺の物にして良いですか?」

「・・・あぁ、二等。私は君の物だ。君も、私の物になってくれるか?」

「もちろん。俺はあなたの、あなただけの物です」

「私も、君だけの物になると誓おう」

 

互いの肩に顎を乗せるように抱きしめ合ったまま[互いに唯一無二]と誓い合う。

愛しさから頬をすり寄せると、再び首筋に唇が寄せられた。

折り重ねられた快感で高まっている身体は、少しの刺激で落ち着きかけた思考を快楽の渦に容易く引きずり込む。

 

「んっ・・あ・・二等・・」

「軍曹・・あなたを、もう少し堪能させてください・・」

 

許可を出す前に、新たにブツリと犬歯が食い込んだ。

 

「――――っ!んきゅぅ、あっ!」

 

ビリビリとした快感が指先まで痺れとなって駆けると、引き結んだ自分の口から他人のような悲鳴が小さく漏れ、脚の力が抜けてストンと恋人の膝の上へ座り込んだ。

恥ずかしさに背中に回した腕に力が入る。

 

 

じゅう、じゅっ、じゅうと吸いながら傷口を丹念に舌が這い、その度に高く、小さな喘ぎが唇から漏れると、互いの快感が高まってゆく。

背中に回した腕は恋人の腕の下を通っているので、口を押さえようにも叶わず荒い呼吸と共に悦楽の鳴き声が馬車の中に響いた。

 

それから暫く、一方的に与えられ続ける快楽に恋人の背中に爪を立てて耐えていたが、夜会でも似たような状況だったのを思い出し、そろりと腕を下ろして熱が集まっているであろう中心へ手を伸ばした。

 

指先が、硬く反り上がった分身へ服越しに触れると、恋人は慌てたように吸い付いていた唇を離して「今触ったら―――!」と声を上げた。

 

言葉の途中で手を引こうとしたが、爪先が分身の先端をカリリと引っ掻く。

途端、強く抱きしめられ、恋人はビクッビクッと痙攣すると詰めていた息を吐き出しながら「・・駄目って・・言おうとしたのにぃ・・」と情けなく零した。

興奮しすぎていたのか、果ててしまったらしい。

 

「・・・すまん」

「・・いえ、いいです。俺も、調子に乗りました・・触られただけで、出すとか・・恥ずかしぬ・・」

「まぁ、なんだ・・私が言っていいものなのか分らんが・・気にしなくていいと思うぞ」

 

内心「可愛かったし」と続けたかったが、そこは胸の内に秘めておく。

セラスの言った「可愛い子犬系」という表現もなるほど、今なら納得できる。

 

「うぅ・・男としての矜持が粉々です・・」

「私は気にならないし、こんな事で君に幻滅したりもしないから・・な?元気出せ」

 

自分の気持ちを伝え、恋人の頬にちゅっと一つキスを落とすと、気を持ち直したらしい「・・はい。わかりました・・」とようやく顔を上げた。

 

「うぅ・・気持ち悪い・・」

 

自分の体液が染みていく服を嫌そうに見下ろしていたが、ふと何かに気づき「あ。今どの辺ですかね?」と続いた言葉に、慌てて恋人の上から降りた。

 

窓の傍へ寄って日よけの隙間から外を窺うと、軍の敷地近くまで来ているのが分かった。

もう後僅かな時間でジルの住まう宿舎に近い門に到着するだろう。

 

「いかん、もう到着まで時間が無い」

「えぇ!こ、この惨状をどう取り繕ったら?!」

「・・出来る範囲で整えるしかあるまい」

 

ハンドバッグからハンカチを取り出し、首筋の傷を拭うとブラウスのボタンを閉じていく。

服に血痕があるのに気づいて、新しい友人であるアオイから貰った品を取り出した。

 

「そうですけど・・無理がありませんか?」

「まぁな。でも今更だ。丁度スミスが一緒だからな・・どうせバレるなら巻き込んで手を貸してもらおう」

「・・・前回は意識無かったですけど、もしかしなくてもコレの後始末、二度目では?」

「そうなるな。だから今更だと言ったろう?」

「そういう意味もあったんですね・・」

 

がくーっと肩を落とし、座席に置いてあった色眼鏡を掛けて紅い目を隠す。と、こちらの様子に気が付いた。

 

「あれ?軍曹。それ・・」

「あぁ。友人に贈り物として貰ったんだが・・どうだろうか?」

 

ブラウスの上から着けた、つけ襟の感想を聞いてみる。

 

「素敵な臙脂色(えんじいろ)のつけ襟ですね。いい感じです」

「服に染みが出来てしまったからな。丁度よかっ・・た・・」

 

―まさか、アオイはこの事を予想して・・—

 

自分の行動が見透かされていたのかと思うと、急に恥ずかしさが込み上げて来た。

次に会う時、一体どんな顔をして会えというのだっ!

 

挙動がおかしかったのだろう。恋人に「大丈夫ですか?具合が悪くなりましたか?俺、気を付けてたつもりですけど吸い過ぎましたかね?!」と心配されてしまった・・

オロオロと取り乱す様子に、勘違いさせたままでは忍びないので友人の事を話すことにする。

 

「大丈夫だ。体調はなんとも無い。・・ただ、これを受け取った時に友人が「必要になるかもしれないから持って行くように」と助言をくれたんだ・・」

「・・・成程。それは居たたまれませんね」

 

無言で頷く。

二人してなんとなく天井を見上げた時、馬車がガタリと揺れた。

直ぐに御者席側の壁から〈トン、トントントン〉と合図がある。

のぞき窓をスライドさせて開くと、執事の声が届けられた。

 

「失礼します。お嬢様、大事ありませんでしたか?」

「あぁ、大丈夫だ。少し揺れたが、何かあったか?」

「申し訳ありません。前方の荷車から落ちた石を避け損ねまして・・」

「そうか。私たちは大丈夫だ・・・ああそうだ。スミス」

「はい。何か?」

 

一瞬言い淀むも、執事の手を借りるしかない状況だ。思い切って頼み込む。

 

「すまんが、着いたら手を貸してくれ」

「おや。何かございましたか?」

「・・・・馬車が止まったらこっちに来てくれ。それで分かる」

「・・・お嬢様・・」

「と、とにかく!頼んだ!」

 

ピシャリとのぞき窓を閉じても、壁の向こうから執事がジトっとした目で見ているであろうことが容易に想像できてしまい、居たたまれなさに身を捩った。

 

斯(か)くして、いつもより幾分目の座った執事に【洗浄】と【復元】を掛けてもらった恋人は、しっかりと頭を下げて礼を言うと名残惜しそうな様子を見せつつ「ではまた明日、事務室で」と自室のある宿舎へ帰って行った。

 

馬車の中から駆けていく後ろ姿を見送ると、心が寂しさに包まれそうになったが「お嬢様・・」と地の底から這うような執事の声でその心情が消し飛んだ。

肩を跳ねさせ、恋人と入れ替わり座席に座った執事に視線を向ける。

 

—背後に鬼神が見える・・—

 

言葉を発さずとも、立ち上る魔力でものの見事に言いたい事を伝えて来る執事。

やった事に後悔は無いが、褒められた事でも無い。執事も、時と場所を選べと言いたいのだろう。

 

何を言っても言い訳になる。

そんな未成年のような幼稚な行いをすべきではない。ならば、黙して粛々と苦言に耳を傾けようと居住まいを正す。

背筋を伸ばすと、執事の目がギラリと光った。

 

—さぁ来い!—

 

しっかりと目線を合わせつつ身構える。

しかし、執事は無言のまま暫く睨んだかと思えば、大きく息を吐き出すと雰囲気を幾分和らげて言った。

 

「・・・本来でしたら真夜中過ぎるまでお説教するところでございますが、ご家族皆様がお嬢様を待っておいでですので、さっさと身形を整えて差し上げます」

「お、おぉ。そうなの・・か?」

「ですので、何が必要か早く仰ってください」

 

急かされ【癒し】と【洗浄】を頼んだ。それが済むと執事の目から見て気になったのだろう、服や髪の乱れを手早く整えられる。

後始末を全て押し付けている自覚はある。流石に申し訳なくなり、詫びの言葉を口にした。

 

「先の夜会といい今日といい、手間を掛けさせて申し訳ない・・いつもお前には助けられているな・・すまない。それと、ありがとう。スミス」

「・・お屋敷に住まう者たちのお世話をするのがわたくし共〈家事妖精(シルキー)〉の存在理由です。それに、最近のお嬢様は見ていて飽きませんから、お屋敷の存続に関わる事以外でしたらお好きになさったらよろしいかと」

「・・お前。相変わらずだな・・」

「〈楽しく家事〉が信条ですので・・あぁ、わたくしからもお礼を」

 

急に礼と言われ首を傾げると、珍しく微笑みと分かるほどに口角を上げた執事が続けた。

 

「近々、お嬢様のお蔭で大きな仕事が舞い込みそうなのです。とても楽しみでなりません。ですので、「ありがとうございます」とお伝えしておきます」

「・・わからん。何かあったか?」

「お屋敷に到着しましたらお判りになるかと・・」

 

一体何なのだろう?一向に心当たりが無い。

訳が分からぬまま実家の屋敷に戻ると、留守にしていた父と兄も加わり家族総出で出迎えられた。

 

そして、想像もしなかった事を聞かされたのである。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

心惹かれてやまない、甘く香しい血の匂いがした。

 

 

 

デートが終わり、自室に一度戻ってから宿舎にある共同のシャワー個室へ向かう。

何時でも使えて便利な反面、混雑する時間帯もあるこのシャワー個室。

出待ちを気にせず入れるように、入り口のボードには30分毎に区切られた枠が描かれており、使用する者は入る時間帯の枠に部屋番号を記入する決まりになっていた。

書き換えはご法度である。

 

集団で使える大きなシャワー室も在るには在ったが、今日は個室でないと困るので洗面セットと着替えを持って確認に来てみた。

ボードを見ると空いていたので記入を済ませ、そそくさとドアを開けて入ると内側から鍵を掛ける。

 

—最後の最後でやってしまったな・・—

 

脱衣スペースで服を脱ぎ、籠に入れる。

洗面台に備え付けられている大きな鏡で背中を確認すると、ポツポツと赤く変色している箇所があるのが見て取れた。

 

—やっぱり、赤くなってるなぁ・・個室にして正解だった—

 

恋人に付けられた爪の痕に頬が緩む。

夜会の時も、爪痕が消えるまではコソコソとシャワーを浴びていた。

あの人に与えられたモノを出来る限り消したくなくて、魔法で治すことも出来たのに自然に治癒するまでそのままにしておいた。

付けられた傷を後生大事にしていたなどと知られたら、気持ち悪がられてしまう。

 

実際、自分でもどうかとは思う。

でも、あの人と関わったモノは、それがどんなモノであろうと大事にしたいと思ってしまうのだ。

 

今回も、執事のスミスさんにお願いすれば治して貰えるのは分かっていたけれど、敢えてそのままにして帰宅した。

でも、今日の爪痕は赤くなっただけで傷にもなっていない。すぐに消えてしまうだろう。

それが少し寂しい。

 

—また、付けてもらえるかな?—

 

シャワー室に入りお湯を浴びて目を閉じた。ゆっくりと馬車でのひと時を反芻する。

 

 

あの時、血の匂いに気づいて直ぐ「怪我をしたのか?」と訊いて、指を切ったのだと理解した途端——

 

全くの無意識だった。

 

血の味を感じるまで、一瞬とはいえ時間が飛んでいる。

気づいた時には唾液溢れる口内で恋人の指に舌を這わせていた。

 

久方ぶりの血の味に、夢中で傷を舐め啜る。

ようやっと得られたのだ・・・砂漠で飲む水のように。

身体に染み渡るような恍惚の味にうっとりと脳を蕩けさせていたが、ふと視線を上げれば・・

顔を赤く染め、口元を片手で覆い見下ろす恋人と目が合った。

 

瞬間。指を解放して飛び退き座席に戻る。

やらかした!やってしまった!と脳内で喚きながら何とか謝罪の言葉を口にした。

視線を床に固定して背筋を伸ばし、爪が食い込む程に握り込んだ両手を膝に置いて身を固くする。

 

容易く血に誘われてしまった。夜会の時のように、無理やり事を運ぶようなことがあってはならないのに・・もっと自重しろ俺!

 

脳内で自分を罵倒していたが「気にするな、大丈夫だから」と恋人から許しを与えられた。

その後、幾分硬い声で「他者の傷も今のようにするのか?」と問われる。

心外なのですぐさま否定。「直接口にするのはあなただけだ」と伝えた。

けど、どこか不満そうに「直接でなければ?」と返されたので、答える。

 

自分にとって、血は嗜好品だと。

本当は、僅かに能力を向上させてくれるけど・・血を求める理由だと思って欲しくなくて・・

あくまでも嗜好品だと言ってしまった。

もう、俺はあの人の血(モノ)以外口にすることは出来ないから。

 

自分は無理に血を飲む必要は無いのだと。エトラさんの血を、無暗に欲しがったりしないと、怖がらせたくなかったから、そう説明したつもりだったけれど・・あの人は自分が血を求められるかもしれないという不安や恐怖などより、俺の飢えを心配してくれた。

 

—嬉しかった—

 

他種族が思う〈吸血鬼〉の印象はあまり良くない。

表立って差別されることは無いが、深い付き合いは嫌厭されがちだ。

夜会での事があったから、絶対に嫌っていると思っていた吸血行為は、嫌いではなく・・寧ろ次を期待するほど気持ちいいものだったと・・

 

夢に見る程に・・

 

そう打ち明けたあの人の横顔は、目元が隠されていても恥ずかしがっているのが良く伝わって来て・・・その余りの可愛さに叫び出しそうだった。

 

―普段!割と冷静に振る舞う軍曹が!照れながら!夢に見る程に!俺に「血を吸われるのを期待していた」と口にするなんて!!―

 

水飛沫を上げながら目の前の壁を両手の平でバン!バン!と叩いて回想によって沸き上がった衝動をぶつけた。

ふうふうと肩でするほど荒い息を、深い呼吸で静めて回想に戻る。

 

 

そう・・だからまさか、あの人の方から差し出してくるなんて・・思いもしなかったのだ。

 

震える指でブラウスのボタンが一つ一つ外される様子といったら・・扇情的すぎて魂が抜け出るかと思った。

胸の谷間がギリギリ見える所まで開き、顔を赤く染めてぎこちなくも誘ってくる愛しい人にクラクラする。

 

でも「嫌いになったか?」という言葉にはっとした。

 

付き合えた事に舞い上がっていた。

自分の感情処理で一杯一杯になり、肝心の恋人の事を蔑ろにしていたのでは?と気づかされた。

誘わせてしまった事が申し訳なく、でも心の底から震える程に嬉しくて・・そっと抱きしめた。

 

あぁ。いじらしい、素敵だ、なんて可愛く愛おしい人なんだ・・もぅ・・欲しくて堪らない。

 

興奮で、瞳の色が変わっていくのを自覚しながら「今更嫌とは言わないで?」と退路を断つ。

頷いたのを確認して「一番、吸いやすいので」と腰掛ける自分を跨ぐように膝立ちになって貰った。

 

もうこの体勢だけでも鼻血ものですありがとうございます。

心の中で拝みつつ、目前に迫る胸元から立ち上る香りを吸い込んだ。

 

香油であろう柑橘系と、本人の甘い匂いが混ざり合い、何とも言えない官能的な香りとなって鼻腔を満たす。

 

なんて香(かぐわ)しい。

 

香りに誘われるまま、肌に唇を寄せた。

上体を屈ませ、目の前に晒された首筋の上から順に「ちゅっ」と音を立てながらキスをする。

 

耳元、首筋、鎖骨、胸元・・

 

唇が音を立てて離れる度、ビクビクと震える様子に愛しさが募る。

膝まで捲り上げられたスカートの中に手を伸ばしたい衝動を何とか抑え、代わりに手を取って指を絡めた。

腰を抱き寄せ、香り立つ肌に幾つもの証(しるし)を刻む。

欲望が積み重なる中、ぎりぎりまで我慢して赤く色付いていく肌を堪能した。

 

声を押し殺し、肌を火照らせて喘ぐように荒い息を吐く恋人が、焦れったそうに身を捩る。

その様子にいよいよ辛抱できなくなって、恋人の後頭部に手を添わせ腰を強く抱き寄せた。

 

口を大きく開き、肌に犬歯を押し当ててゆっくりと沈めていくと――――ブツリとした感触の後に恍惚の味が舌で踊った。

 

一段と大きな声が上がるも、気にする余裕が無い。夢中で傷から溢れる血を啜る。

もっと、もっとと傷口に舌を這わせていると、辛そうな声が漏れ聞こえた。

 

『いけない、夢中になりすぎた・・楽にしてあげないと』

 

それからは意識して唾液を送り込むように優しく、やさしく傷に舌を這わせた。

暫くして、効いてきたらしい。明らかに声の調子が変わった。

耳元で「気持ちよくなりましたか?」と問えば、こくりと頷く。

今の状態を説明しながら、つつと流れる赤い線を舐め取った。

 

硬く強張っていた身体から力が抜け、体重を預けてくれたのが嬉しくて「上手ですね」と囁き幾つもキスを降らせていると、恋人の頬を透明な雫が伝うのを目にした。

 

一気に熱が冷める。

 

僅かに震えながら、流れる涙に唇を寄せた。やはり恐いのだと思い、寂しくなりながら訊いた言葉はすぐに否定された。

逆に「気持ちいい、嬉しい、幸せだ」と幸福に満ちた言葉と共にきゅうと抱き付かれる。

 

なんて、なんて俺は幸せ者なんだ・・

 

幸福の頂に身を震わせ、恋人をきつく抱きしめた。

 

神聖な気持ちで「大好きだ」と伝え、所有を願う。

願いは受け入れられ、同じように請われたので同意した。

互いに所有の誓いを立てる。なんと素晴らしい瞬間(ひととき)なのか。

 

—一生離したくない—

 

二人の隙間(きょり)を埋めるように、ぎゅうと抱き合い幸せを噛みしめていた時。

すりりと首筋に頬が寄せられた。

 

途端、欲望が舞い戻ってくる。

肌と肌が触れ合う感覚にゾクゾクと背筋が震え、衝動のまま首筋にキスをする。

「二等」と呼ぶ声に、クラリと意識が情欲へ堕ちた。

 

「もう少し・・」と請いながら返事を待ちきれずに犬歯を突き立てた。

途端、上がる嬌声に腰の奥がズクリと疼き、中心に熱が集まってくる。

痛覚が鈍り、鋭い刺激も快感に変わったのなら、もう遠慮はいらない。

膝に座り込んだ恋人の身体を強く抱きしめ、傷の深さと吸い過ぎにだけ意識を残し・・

ただ只管(ひたすら)血を啜った。

 

吸い上げ、嚥下する度に熱が重なり欲望が燃え盛る。

恍惚の味に惚れ惚れしながら、耳元で零れ紡がれる喘ぎも堪能した。

吸い出す圧や、触れる舌に反応してその都度上がる嬌声が、どこか心の底で乾き飢えていた願望を満たしていく・・

 

 

「あっ・・軍曹・・好きです・・すき・・」

 

頭上から落ちて来る湯に打たれながら、拳を握り壁に腕を置いて額を押し当てた体勢。

右手で分身を包みながら擦り、愛しい人の匂いと血の味を反芻して、昂りを強める。

 

上ずった嬌声を脳内で再生した瞬間、限界が訪れて下腹部が引き攣るように震えると、分身の先端から白濁が迸った。

びくり、びくりと跳ねる先を強く握り込むと、ぶるりと全身が震える。

 

止めていた息を一旦吐き出して、酸素を求めて呼吸を荒く繰り返した。

はぁはぁと息を吐きながら、右手の残滓を湯で洗い流す。

 

—やっと、すっきりした—

 

馬車で出してしまった時は、抑えようとしていたからか快感が弱く、充足感が足りなかったのだ。

今度は、枷なく欲望に身を委ねられたので、得られた快感にとても満足した。

 

—しかし、まさかあの執事さんに二度もお世話になるとは・・—

 

全く持って情けない。本当に恥ずかしかった・・・三度目は絶対に無いと思いたい!

 

降り注ぐ湯を止め、髪を掻き上げると両頬を打ち鳴らして気持ちを切り替えた。

髪を洗うべく持ってきた小物入れから石鹸を取り出す。

手の中で泡立てながら、思い出すのは恋人からの初めてのキス・・頬だったけど。

それでも嬉しくて、思い出すだけで口元が緩む。

 

—あれ?そういえば、ちゃんとしたキスって・・まだしてない・・よね?—

 

ふと気づいてしまった事実にガクリと力が抜け、膝に手を当てて上体を支えた。

今日、絶好のタイミングだったのに!!

後悔しても、もう遅い。逃した機会は戻らない。悲しい事に・・

 

—次、チャンスがあったら行ってみよう!!—

 

顔を上げ、ブルリと頭を振って水滴を飛ばし、泡に包まれた拳を強く握る。

 

—エトラさんも、キスしたいと思ってるかな・・—

 

手の平で山となった泡を見つめ、実家に戻ったであろう恋人に思いを馳せた。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

「父上?・・今、なんと?」

 

直前に聞かされた言葉が信じられず、再度父に問う。

 

「うん。だからね?恋人の彼、ジルコニア・ソルシオ君。正式にエトラの婚約者になったから」

 

どうやら聞き間違いでは無かったらしい・・

告げられた言葉の衝撃が強すぎて、ぐらりと体幹が崩れそうになり踏ん張って耐えた。

 

—どうしてそんなことに!—

 

父に疑問をぶつける為、静かに息を吸い込んだ。

 

 

 

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