※この作品はR-18です。

行き遅れ女軍曹は年下部下を無下に出来ない。   作:もすもす。

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【7】大事な話。

 

「エトラさんのご実家へ、ですか?・・この後すぐ?」

 

デートの翌日。

そわそわと落ち着かない中、やっとの思いで仕事を片づけ、事務室で何時ものように待っていてくれていた恋人に予定を伝えた。

 

「あぁ・・昨日の今日ですまないが、父から呼び出された・・それで・・ジルも一緒に来て欲しいんだが・・」

 

昨日、父に「どうして急にそんな話になったのですか?!」と説明を求めたが「ジルコニア君と一緒に聞くのがいいと思うよ?」とやんわり断られ、兄にも「その方が良いだろう」と言われてしまったので、詳細は不明なまま実家の屋敷へ誘うこととなった。

 

二人とも仕事着である軍の制服のままで、馬車の停留所へ足早に急ぐ。

すると、遠目にも既に屋敷からの迎えの馬車が停まっているのが見えた。

乗り込むための踏み台の横に執事のスミスが直立して待機しており、こちらに気づくとスッと頭を下げる。

 

駆け寄り「すまん、待たせたか?」と声を掛ければ「いいえ、予定より早いくらいでございます」と返された。

ドアが開かれたのでそのまま乗り込むとジルも後に続き、座ると直ぐに馬車は動き出す。

 

「エトラさん・・あの、今日は一体どういう・・」

「すまないジル・・私も、詳細は聞かされていないんだ・・ただ、父に君と一緒に話を聞くように言われている・・」

「そう・・なんですね・・」

 

俯き、沈んだ声で言う恋人に寄り添おうと向かいの席から隣へと移動し、握られた拳を上から包むようにして手を重ねる。

 

「大丈夫だ。悪い話ではないらしい・・」

「そうですか・・良かった。俺、何かしたのかと・・」

「そんな、まさか!君は家族に気に入られているから、そんな心配はいらない。急な呼び出しで不安になるのも仕方ないと思うが・・・私が傍に居るから」

「エトラさん・・」

 

顔を上げ、こちらに向いた視線を笑顔で受け止める。

 

「な?だから頼ってくれ。そうしてくれると・・私は嬉しい」

「・・はい。わかりました」

 

「ありがとうございます」と言葉が続き硬く握られていた拳が開かれると、手首が返されて指を絡められた。

 

「着くまで、こうしていても良いですか?」

「あぁ。もちろん」

 

返事をして、一つに組まれた手にきゅっと力を込めた。

 

ガラガラと車輪を鳴らして馬車は進み、暫くして屋敷の前に到着すると御者席に居たスミスがそのまま案内を始める。

応接間に通されると、そこには既に家族が勢ぞろいしていた。

父と兄は勿論、母と屋敷に帰省中である姉もいる。

 

「只今戻りました」

「お、お呼びにより参上いたしました」

「やぁ、二人共よく来たね。まずは掛けなさい」

 

部屋には大きなテーブルが運び込まれており、父に促されるまま空いているスペースへジルと並んで座った。

すぐさま使用人が紅茶の入ったカップを配り、壁際まで下がる。

 

「それでは父上。どういう事か、詳細をお話し頂けますか?」

 

詳しく話を聞こうにも、待ったをかけられていた状態だった為やや言葉に険が混じる。

それでも父は平常運転。普段通り穏やかな空気を纏い、紅茶を口に運んでから言った。

 

「まぁ、もう少し待ってくれるかい?もう一人、参加するから」

「もう一人?」

「うん。彼が来たら話そうかなと・・あ。来たね」

「え?」

 

父の目線を辿り振り向くと、扉の前にいつの間にか一人の男性が立っており、その足元の床からは輝く魔術陣が消えたところだった。

 

「よぉ!皆!元気そうでなにより!」

「リアムおじ上?!」

 

眼鏡を掛けた中年男性は片手を上げて挨拶すると「エトラも久しぶりだな!」と言いながら一つだけ空いていた席へ着いた。

 

ばさりと捌いた長いローブは白。

長い髪を三つ編みにして一本で纏め背中に流しており、腰のベルトには魔術杖のホルダー。そしてなにより目を引くのは人とは違う長く尖った耳。

 

エルフであり王族護衛官の筆頭を長らく務めているその人・・

自分が物心つく前から親しくしている父の友人。

 

「ちょっと遅刻だよリアム」

「硬い事言うなローガン。ほら、ちゃんと書類準備してきたんだぞ?」

 

何もない空間へ手を伸ばすと、空中に魔術陣が浮かび上がりその中心へ手を入れる。

魔術陣を通り、手首から先が消えたかと思ったら何枚かの紙をつかんだ状態で再び現れた。

そのまま父の方へつかんだ紙を差し出す。

 

「仕方ないな~。・・うん、ちゃんと揃っているね。ありがとうリアム」

「おう。それで・・こいつか?」

 

眼鏡の奥で細められた視線に射抜かれたジルは、ビクリと肩を震わせ硬直してしまう。

すかさず手を伸ばし、安心させるように膝に置かれた拳をさすった。

それを見たおじ上の目が驚き瞬く。

 

「そうだよ。彼がエトラの恋人、ジルコニア君さ・・・。では、全員揃ったところで今回の要件を話そうか」

 

新たな客人にも紅茶が配られ、父は事の経緯を話し始めた。

 

「ジルコニア君」

「はっ、はいっ!」

 

ガチガチに緊張したジルの様子に、父はちょっと困ったように首を傾げると優しく言った。

 

「うん。緊張するなというのは、今は無理かもしれないけれど・・少しずつで良いんだ。慣れたら普段通りに振る舞ってくれるかな?」

「はい・・お気遣い、ありがとうございます」

 

少し肩の力を抜いたジルは一呼吸して頭を下げた。

その様子に満足げに頷き、説明を続ける。

 

「うん。それでね?今日君も呼んだのは君のご実家が関係しているのだけれど・・」

 

[実家]と聞いた途端、またジルは硬直。顔色を失い静かに俯く。

 

「実はね。昨日エトラに「恋人が出来た」と聞いて直ぐあちらに手紙を出したんだ・・・ところがねぇ・・」

 

曰く。手紙とは婚約の申し込みであったと。

直ぐに返答が来たものの、その内容は「我が家にそのような者は居ない」との事だった。

手紙を出す前に身元の調査は済んでおり、確かにソルシオ家に籍は存在する。では一体どういうことなのか?と急遽父と兄二人でジルの実家を訪問したそうだ。

 

「そしたらねぇ・・君の親だから悪く言いたくは無いけれど・・」

「いえ・・予想は付きますので・・」

 

どうやらジルの父親は「あんな半端者のクズ、我が一族からは既に追放した。籍があるのは理由無き排除は不可能だからだ。何かあれば直ぐに排して国からも追い出してやるものを」と暴言を吐いたそうだ。

 

「エトラの思い人だよ?我が家にとっても大事な人なのにあんまりな言い方するものだから、ちょっとイラっとしてねぇ・・」

 

それならば、我が家に迎えるので手続きを、と持ち掛けたら「何故クズの為に動かねばならん」と拒否され・・ではこれで。と宝石を幾つか見せたところ、渋々承諾したとのことだった。

 

「気が変わらない内にと思ってさ。当人である君に事後報告になったのは申し訳ないけれど、直ぐに籍を抜く書類を書いてもらったんだよ」

 

「ごめんね?」と謝る父に言葉が出てこない。

『勝手に婚約の申し込み?!』『本人に無断で籍を抜く?!』『いいぞ良くやった!』といった様々な感情が胸中で渦巻く。

しかし何より、ジルの心情を想うと・・どう言ったら良いのか分からなかった。

 

「いえ・・ソルシオ家には何の未練もありませんので・・では、今の俺はただの[ジルコニア]・・ですか?」

「まだ書類は手元にあるから、国に提出したらそうなるね。でもね。これだけで出すつもりはないんだ。」

 

勿体ぶる父に「と、言いますと・・」とジルが続きを促す。

 

「養子縁組をしてもらいたいんだ。エトラと結婚してうちの婿になるとしても、別れるとしても。どちらに転んでも君の不利益にはならないと思うよ?」

 

そう言って目線をおじ上へ投げる。

皆の視線が集まる中、行儀悪くテーブルに肘をつき手の甲に顎を乗せたおじ上はニヤっと笑みを浮かべ言った。

 

「感謝することだなエトラの彼氏君」

「・・まさか・・」

「そのまさかさ。この俺、王国随一の魔術師であり王族筆頭護衛官。リアム・ル・モス・アール・ブレイダスが義父(ちちおや)になってやろう」

 

驚きの事態に、恋人は情報の処理が追い付かなくなったらしい。戦慄(わなな)く口を引き結んだまま冷や汗を流し震えている。

落ち着かせようと、背中をさすりながら「幾つか確認させてください」と切り出した。

 

「まだ籍は抜いていないのですよね?」

「そうだね。書類を準備しただけだよ」

「昨日聞いた正式な婚約者というのは・・」

「うん。籍を抜く理由にね。先に届けを出すと面倒が少なく済むんだ」

「・・・・私たちの意思確認は?」

「えー?・・だって、うちの一族は伴侶を見つけたら絶対離さないでしょ?それなのにエトラの事だから、結婚はゆっくりで~とか考えてそうじゃない?私としては早く花嫁姿を見せて欲しかったんだもの」

「そ、そうだとしてもっ!自分たちの心構え・・準備というものがありますっ!」

 

どこまでものほほんと悪びれる様子の無い父に声を荒げる。しかし「花嫁姿を」などと言われては強く出ることも出来ない。

それでも、恋人を縛るようなことはしたくなかったのだ。

こんな、金銭で無理やり婚姻を迫るようなことは望んでいなかったのに・・

 

30近い軍人とて、女だ。それなりに、結婚の申し込みの場景に憧れもあった。

なにより、恋人とはもっと順序立てて関係を深めていければと思っていたのだが・・

 

—いや、最初のアレからして危うい関係ではあったけれどもっ!!—

 

付き合った切っ掛けである夜会での事を思い出し、今更順序も何も無い事に気づいて脳内で頭を振る。

 

「まぁ、婚姻を結ぶかどうかは兎も角。俺の義息(むすこ)になるのは了承しておいた方が自身の為になるだろ?」

 

「そこんとこどうよ?」とジルに指を向けるおじ上につられ、そっと隣の恋人を窺うと・・俯き、膝に乗せた自身の拳を見つめて未だ僅かに震えている。

 

「ジル・・突然の話で混乱するのは良くわかる・・落ち着いて考えたければ、一度席を外すのも・・」

恋人の背にそっと手を添えながら離席を提案しようと声を掛けるも「いえ・・大丈夫です」と断られた。

 

そして顔を上げ、静かに深く息を吐いた恋人。

纏う空気がキリリと引き締まる。

 

「そのお話。謹んでお受けいたします」

「ジル・・」

「エトラさんとの婚姻に、必要な事なんですよね?」

 

しっかりと前を見据えて、父に問う。

 

「まぁね。絶対にという訳ではないけれど、そうしてもらえると後々面倒事が少なくて済むかなぁ?」

 

「周りが色々うるさいんだよね」と溜息を吐く父に、こくりと一つ頷いて続けた。

 

「でしたら、喜んでお受けします。ブレイダス卿とホーク家の皆様にはご面倒をお掛けするかと思いますが・・」

「なぁに、そこは気にしなくて良いよ。未来の義息の為だからね」

「俺の方も気にするな!これでローガンに恩を着せられる上、婚姻すればホーク家と親戚になる・・得しかないな!今後、俺の事は〈リアムさん〉でも〈義父(とう)さん〉でも、好きなように呼んでくれや。畏まるのもナシな」

 

歌い出しそうなくらい上機嫌なおじ上に、ジルも「はい、では〈義父さん〉と呼びますね」と微笑み答えた。

そんな、どこか吹っ切れた様子の恋人に、そっと小声で訊ねる。

 

「ジル・・その。本当に良いのか?」

 

血の繋がった家族と縁を切る心情は自分には到底量りえない。

それに、半ば無理やりの婚約だ。恋人が心から望んでくれているのか・・少し不安になってしまった。

 

視線を向ける事が出来ずにテーブルのカップを見つめながら掛けた言葉は、期待や不安が滲んでいたようで・・恋人は自分の気持ちを察してくれたようだ。

「エトラさん・・」と名を呼びながら、そっと手を取られる。

 

「ソルシオ家と縁を切ることについては・・本当に未練は無いんです。もうあの人達と何の関係もなくなる。そう考えただけでスッキリしました。枷が外れたと言いますか・・とても身が軽くなった感じです。だから、実家との事は本当に気にしないでください。それと、婚約についてですが・・」

 

途切れた言葉に促され、握られた手を伝ってゆっくりと視線を上げた。

優しく微笑む恋人の、さらりと流れた前髪の隙間から目を合わせる。

 

「俺は、どんな形であれ・・あなたと婚約出来て、とても嬉しく思っています。年下で、何の取柄も無い俺ですけれど・・あなたと釣り合えるように、努力していきます・・」

「・・ジル・・」

「エトラさんは・・俺との婚約、どう・・思ってますか?」

 

感情が乱高下して、言葉が出てこない。

年下とか関係ない。取柄なんて、自身が気づいていないだけで沢山ある。努力が必要なのは、こちらの方だ。ああでも、金銭で実家と縁切りなんて・・婚約に喜んでくれている事への嬉しさと感謝。おじ上との養子縁組への不安。恋人が内心傷ついているのではという心配。

 

「・・教えてください・・ね?」

 

困ったように首を傾げた恋人に、声がするりと滑り出た。

 

「嬉しいに・・決まっているではないか・・」

 

握られた手の上から、空いていた手を重ねてきゅっと力を込める。

「・・よかった・・」そう言った後に、恋人の頬を透明な雫が伝った。

 

「ジルっ?!ど、どうしたんだ?!」

「え?・・あ、あれ?」

 

驚き問うと、自身も驚いた様子で頬を拭う。

 

「す、すみません・・なんか、安心したら・・あれ?・・」

 

どうにかして零れる涙を止めようと両手の甲で代わる代わる拭うも、止まる気配が無い。

困った様子の恋人に、オロオロと狼狽えてしまっていたが執事が静かに寄って来て「お嬢様、こちらをどうぞ」とハンカチを手渡してきた。

受け取り、ジルの頬にそっと当て涙を吸わせる。

 

「仲睦まじいわ・・良い事ね。その様子だと婚約発表をしても、問題無いのではなくて?」

「そうですわねお母さま。お似合いの二人ですし、磨き上げたらどんなに素敵かしら・・すぐにドレスを仕立てましょう!」

「うっうっうっ・・あのエトラが・・エトラが花嫁に・・・ずびーっ!!」

「ははは!気が早いよノア。まだ婚約だよ?」

「いやいや・・分らんぞローガン?お前らの一族、こうと決めたら即行動だから・・俺らが思っているより早く結婚するかもしれんぞ?」

 

恋人を甲斐甲斐しく構う自分の姿に、今まで静かに状況を見守っていた家族が一斉に話し出した。

母と姉はキャッキャッと婚約発表について語り、兄は号泣。父は上機嫌に笑っている。

おじ上はホーク家の特異性について語っていた。

 

実際、その事について否定は出来ない。

何せ、数年前姉の行動を目の当りにしたので・・

 

姉は義兄と出会って二ヶ月と立たずに婚姻を結んだ。

あの時は、あまりの早さに驚いたものだが父曰く「一族的には普通の展開」で流れ的には遅くも早くもないとのこと・・

過去には出会ったその日に婚姻した者も居たと聞いて『なるほど、それなら姉は普通だ』と思ってしまったのも懐かしい話だ・・

 

暫くして、涙も止まり落ち着いた恋人は父から何枚かの紙を差し出された。

 

「じゃあ、この養子縁組の書類にサインと魔力印をお願いするね?」

「分かりました」

 

恋人は執事が用意したペンにインクを浸し、書類にサインを入れる。

続いてその横に予め刻まれていた紋に魔力を通すと一瞬だが書類全体に魔術陣が浮かび消えた。それを枚数分繰り返す。

 

「うん確かに。後はこちらで提出しておくよ」

「よろしくお願いします」

「任せなさい・・さて、要件は以上だが今日はもう遅い。夕食を一緒にどうだい?」

「はい。ありがとうございます、頂きます」

 

笑顔で答えた恋人に嬉しそうに頷き、父はおじ上にも「食べて行くかい?」と声を掛けた。

 

「いや、悪いけど今日は戻るわ。また今度ゆっくり時間のある時にな」

 

椅子を引き、立ち上がりながら答えたおじ上はこちらに移動すると、ジルの肩をポンと叩いて「義息(むすこ)よ、これからよろしくな!」とウインクして見せた。

ジルも立ち上がり笑顔で「はい!こちらこそ、よろしくお願います」と答えて礼をする。

 

軽く「おうよ!」と返したおじ上は扉の前に立つと「じゃあまた、近いうちにな」と言い残し、足元から魔術陣を展開して【転移】で帰って行った。

 

その後、さほど時間を置かずに夕食の支度が整い、皆で食事室へ移動する。

和やかな雰囲気の中で静かに食事が終わると、お茶を飲みながら雑談を交した。

ジルも最初は緊張気味だったが、家族と会話を重ねるうちに打ち解けたようで、時折笑顔を浮かべながら楽し気にしていた。

 

思いの外会話が弾んだ結果、既に外が暗くなっていたので父が「二人とも泊って行きなさい。軍の方には伝えておくから」と言ってくれた。

正直、もう少しジルと話せればと思っていたので甘える事にする。

ジルは恐縮していたが、最後には頷いてくれた。

 

皆に「おやすみ」と挨拶をして自室に向かう。家族も解散して、各部屋に戻った。

ジルとはもちろん別行動で、彼が案内されたのは客間だ。

 

風呂に入り、室内着のワンピースに着替える。

寝巻ではなく、ジルの前でも恥ずかしくない程度のやつだ。

家族はもう寝ている時間だが、彼は起きているだろう。睡眠時間は人より少ないと言っていたしな。

 

彼が滞在する客間の前で、なんとなくスカートの裾を翻し身だしなみを確認してから〈コッ、コッ、コッ、コッ〉とノックをする。

数秒して扉が開くと「やっぱりエトラさん!どうしたんですか?」と笑顔のジルが現れた。

 

「やぁ、婚約者殿。ちょっと寝酒に付き合ってはくれないか?」

 

執事に用意してもらった酒瓶とグラスを掲げ、そうお願いしてみた。

 

 

△    ▽    △    ▽

 

 

まるで現実感が無かった。

まさか、まさかである。

家族とは名ばかりの、ただ血の繋がりがあるだけのあの家からこんな形で解放されるなんて、思っても居なかった・・

 

変身。飛行。高速回復。どの能力も使えず、使い魔も持てず【影魔法】も使えない。

有るのは魅了と、弱い精神感応(テレパシー)能力・・腕力、五感は人よりは強いが、獣人より劣る程度。

なにより、吸血鬼らしくない日光への耐性。その所為か、活動時間は長いけど・・

 

そんな、一族の中で半端な能力しか持たない出来損ないとして蔑まれ、疎まれ、居ないものとして扱われてきた・・

なのに・・いきなり王族筆頭護衛官の義息だ。

実のところ、まだ半信半疑だけれど・・

 

—現実(ほんとう)なら・・いいな・・—

 

成人と同時に「二度と戻ってくるな」と家から追い出され、軍学校に放り込まれた。

一人で生きていけるように努力した結果、精神感応能力を必要とする通信兵としてなんとか軍に勤めることになって・・

糧を得る為だけに勤めていた仕事だけれど、心を捧げても良いと思える人に出会った。

 

—放り出した先が軍学校だった、その点だけは家に感謝かな・・—

 

急遽泊まることになり案内された客間。

明かりを落とした薄暗い室内で、バルコニーへ出られる扉に手を当てて外を眺める。

木枠に嵌められたガラス越しに見上げた夜空には、まぁるい月が一つだけ・・残りの二つは反対側の昼の空にいるのだろう。

お父さん月は夜の空に働きに出ている・・なんて。子どもが良く読む絵本の内容を思い出していると、精神感応範囲にエトラさんの魔力が触れた。

 

同じ精神感応能力者でなければ、増幅媒体でもある通信魔道具を持っていないとこちらの〈声〉は届かない。ただ、精神感応範囲に入れば察知は出来る。

 

ここのところ。その精神感応の精度がおかしい。

元々、自分の精神感応範囲は狭くて、精々両手を広げた倍の大きさ程度しかない。

仕事では通信魔道具を使うから、増幅されてなんとか仕事になっているのに・・

 

—今は能力も切ってた筈なのに、なんでエトラさんの魔力だけこんな遠くから感知できるんだろう・・—

 

それも、ここ最近になってからだ。

思い起こせば夜会以降、彼女を察知するのが早くなったとは感じていた。殆ど誤差のようなものだったけど・・

今では直線距離で最大25メートルくらいだろうか・・確実に感知できている。

 

—何で急に・・感知範囲が広くなった?エトラさん限定ってのが謎だなぁ・・便利だからいいけれど・・—

 

つらつらと考えている内に、彼女の魔力は部屋の前までやって来た。

ガラス扉の前から動かずに様子を見ていると、数秒経ってから〈コッ、コッ、コッ、コッ〉とノックが響く。

 

ドア前に移動してノブに手を掛け開くと、廊下に立っていたのはやはりエトラさんだった。

緩く一纏めにされた黒髪と、苔色のワンピースが目に嬉しい・・思わず頬が緩む。

 

「やぁ、婚約者殿。ちょっと寝酒に付き合ってはくれないか?」

 

そう言って、ボトルを掲げたエトラさんを「もちろんです!どうぞ入ってください」と室内に招き入れる。

 

自分が暮らすとなると確実に持て余す程に広い客間には豪華なソファーセットが置かれていて、そちらに向かおうとしたところ「廊下から見た月が綺麗だったんだ。こっちでもいいか?」とガラス扉前の丸テーブルの方へ誘われた。

 

素直にテーブルの方へ足を向けたものの、今更ながら室内が暗いのに気が付いてしまう。

慌てて壁の方へ明かりを点けようと向かうと「暗いままで構わない。月明かりで十分さ」と止められてしまった。

 

—い、いいのかな?―

 

確かに、濃く影が落ちる程に今日の月は明るいけれど・・婚約者とはいえ暗い室内に二人きりなんて・・

戸惑い、躊躇っていたら「来ないのか?」と僅かに首を傾けたエトラさんが寂しそうに見えて、思わず「行きます」と答えていた。

 

腕で抱えらる程度の小さめの丸テーブルに、エトラさんが持ってきたグラスを並べてボトルを傾けてくれる。

 

「これは酒精の弱い果実酒だから、ジルでも楽しめると思うんだが・・」

「え?それだとエトラさんには物足りないんじゃ・・」

「甘い酒というのがどんな物か、興味はあったんだ。良い機会だから気にするな」

「・・はい」

 

お互いグラスを手に取り「婚約に」「婚約に」と軽く掲げて口を付けた。

 

舌で優しい果実の甘みを感じると、冷たい酒は喉をスルリと落ちていく。

ほぅと息をつけば、ふわりと果実の香りが広がり同時に酒精を感じた。

確かに飲みやすい。こんな酒もあるのだと嬉しくなり、もう一口嚥下する。

 

「美味しい・・これ、梨のお酒ですか?」

「あぁ。酒が苦手な者でも飲みやすいとスミスに勧められた」

「なるほど・・確かに飲みやすいです」

 

美味しくて、また一口とグラスを傾ける。

向いに座るエトラさんは椅子に深く腰掛け、脚を組んでグラスの酒をくるりくるりと回しながら「ふふっ」と笑みを零した。

 

「ところで、めったにない外泊だ・・また何かしら言われるかもなジル?」

「あー・・ですねぇ・・・あの。エトラさん、まだ職場には・・」

「・・そうだな、すまない。どうにも気恥ずかしくて・・セブンス曹長には話してあるんだが、もう少しだけ待っててもらっても良いだろうか?どの道、婚約発表で周知されるが・・」

「そうですねぇ・・お母さまとお姉さん。大張り切りでしたもんね」

 

二人の楽しそうな姿を思い出し、思わず腕を組んでうんうんと頷くと呆れた様子でグラスを使い、こちらを指し示した。

 

「なに他人事みたいに言ってるんだ?ジル。あの二人の衣装合わせに付き合うのは大変だぞ?一緒に耐え抜こうな?」

「大変・・ですか?俺、服選んだりするの好きなので、そんなに苦じゃないと思いますけど・・」

「・・お前もそっち側のやつだったか・・」

 

どうやら期待していた反応ではなかったらしく、ガクリと肩を落としてしまったエトラさん。

でも、すぐに気を取り直して居住まいを正した。

グラスを傾けてふぅと息を吐き「甘いな・・」とぽつりと零すと、こちらに視線を固定する。

 

「なぁ・・ジル。本当に良かったのか?私と婚約して・・」

「エトラさん?」

「すまない。でもやはり不安で・・女の私の方が年上で・・ずっと職場だけの関係だったし・・・恋人になって日も浅いし・・その、いつも私の方から求めている気がして・・」

「エトラさん・・」

「背だって、殆ど差は無いし。仕事だったとはいえ、がさつで乱暴な所ばかり知られているから・・・・つい「こんな私となんて」って考えてしまうんだ」

 

不安に揺れる瞳はテーブルの上で組まれた両手を見つめ、意識して視線をこちらから外している。

 

感情が荒波に揉まれ荒れ狂う。

愛しさと切なさはエトラさんへ、苛立ちと怒りは自身へ。

不安を知らせ、弱いところを見せてくれた嬉しさと、それを上回る申し訳なさで心臓が痛い。

 

不安がる事なんて、何一つ無いのに。だって知っているから・・

この人の優しさも、素直さも、強さも、弱さも、恥ずかしがり屋なところも。

それら全て、自分にとっては魅力でしかない。

背格好だって決して欠点なんかではない。

身長差なんて気にしたことはないし、女性としては筋肉質な身体だって惚れ惚れする程には好ましく思っている。

長い黒髪も、切れ長な目も、全部好きだし愛おしく思っているのに・・

 

なのに、伝えていなかったのだ自分は。

想うばかりで、たまに漏れ出る言葉以外は殆どと言っていいほど何をどう思っていたか話していない。

吸血鬼という負い目から、実直に求めるのは憚られた・・それで好きな人の不安を煽っては意味がないというのに。

 

いつの間にか俯いていた視線を上げれば、目を閉じ凍えたように自身を抱くエトラさんが視界に映った。

 

 

今、この瞬間に行動しなければ絶対に後悔する。

 

 

確信めいた思いに急き立てられ、立ち上がって身を乗り出した。

両手で愛しい人の頬を包み、驚き開いた瞳と視線を絡めて、ゆっくりと口付ける・・

 

ちゅ、とリップ音がして唇が離れると、唖然とした顔で「ジル?」と呼ばれた。

 

「好きです。エトラさん・・不安にさせてしまって、すみません・・あなたを、傷付けたくなくて・・」

 

—違う、本当は・・—

 

「怖かったんです・・ずっと・・求めても、応えてもらった事が・・無かったから・・・恋人になってくれただけでも、十分すぎる程幸せだったのに・・これ以上欲しがっていいのかなって・・」

「ジル・・」

 

伸ばしていた手を放し、ストンと椅子に戻ると膝の上で拳を握る。

 

「諦めて、受け流すだけの日々で・・やっと。初めて手に入れた大事なモノなんです・・絶対に、絶対に放したくなくて・・離れて欲しくなくて俺・・」

「ジル・・分かった。分かったから・・・」

 

伸ばされた手が顔に触れ、いつの間にか伝い流れていた雫を「もう、そんなに泣くな」と親指の腹で拭われる。

後から後から溢れる雫に引きずられるようにして、弱音も零れた。

 

「エトラさんこそ・・俺が婚約者で良いんですか?・・こんな、弱音ばかり吐く年下の下っ端で・・あげく家族からは疎まれる出来損ないの吸血鬼です」

 

視界が、涙で滲み歪む。お蔭で彼女の顔が見えない。

でもこれでいい。

今はその表情を見るのが怖いから・・・

涙と前髪を盾に、臆病な心を庇う。

 

雫を拭い触れていた手が頬から離れると、彼女は立ち上がって回り込み、背後から抱き付いてきた。

さらりと流れた黒髪が瞬きで鮮明になった視界に映り、同時に湯上りの甘い香りが鼻孔をくすぐる。

回された腕が胸先で交差して閉じると、首筋に彼女の体温が触れた。

 

「え、エトラさん?」

「もう、大丈夫だジル・・」

 

すりりと寄せられる肌の温もりに、身構え固まっていた身体がじんわりと解れていく。

 

「君は素敵だ・・・君の存在自体が、私を捉えて離してくれない・・もっと、自分を認めてしまっていいんだよ・・」

 

ぎゅっと抱きしめられ、耳元で一度も言われた事のない言葉が次々と紡がれる。

 

「君が自身を認められなくても、私が認めよう・・肯定しよう・・大切にしよう。だって、君は私の〈モノ〉なのだろう?」

「エトラ・・さん・・」

「好きだよ・・ジル。大好きだ。君の内面、自分で欠点だと思っている所も・・全部、全部愛しく想っているよ・・」

 

甘い。甘い言葉が幾重にも重ねた盾を透過して、深い心の底に火を灯す。

凍え、縮こまって震えていた幼い自分が『もういいんだよ』と許され、救い出された気がした。

止まっていた涙が再び溢れ、先程よりも勢いを増して頬を濡らす。

 

「すぐには難しいだろうと思う。けど、少しずつ変わってみないか?私が認めるんだ。誰にも、何も言わせないさ。だから・・」

「はい・・はい。エトラさん・・」

 

信じてみよう。今度こそ・・

大好きな人が認めてくれるというのだ。

だからきっと、大丈夫。

もう他人も、自分自身も・・何も、怖くなんかない。

 

苔色の袖に雫を落としながら、回された腕に手を重ねて抱きしめる。

涙が止まったその時から、自分は生まれ変わるのだ。

 

月明かりの中。不思議と、そんな確信が根付いた。

 

 

 

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