ジルの告白を聞いて、心が引き裂かれる思いがした。
二十数年の時の中でどれだけ辛い思いをしてきたのか・・
私は家族に恵まれている。
家族仲も良い方だと思う。
だから、彼の痛みや辛さを真に理解することは出来ないだろう。
でも、できるだけその痛みに寄り添いたい・・少しでも楽にしてやりたい・・
自己満足だ、偽善だと心のどこかで囁きが聞こえる。だけど、好いた者が暗い顔で苦しんでいるのを放置できるものか!
偽善で結構!彼にはいつだって笑っていて欲しいのだ。幸せに、なって欲しいのだ。
そして、願わくばその隣に寄り添う事を許して欲しい。
最初触れた時にひやりとした首筋が、頬からの熱が移り肌の境界が判らなくなって暫く経つ。
泣き、乱れていた呼吸も今では規則的になり、流れる涙も止まったようだ。
「・・落ち着いたか?」
「・・・はい。大分・・」
「そうか、よかった・・」
肩に乗せていた顎を持ち上げ背筋を伸ばすと、抱き付いたからだろう。白髪が少し乱れていた。
触れたいという気持ちに逆らうことなく指を梳き入れる。
そのまま、なんとなく前髪を掻き上げてやり、前から後ろへと指で
「エトラさん・・」
「なんだ?」
「ありがとう、ございます」
顎を上げて逆さに見上げるジルの目元は泣き腫らして赤くなっていたが、瞳には強い煌めきがあった。
その表情が、淡く微笑む口元も相まっていつも以上に魅力的で・・
誘われるように額に口付けを落とした。
ちゅっ。と音を立てて唇を離してから微笑む。
「どういたしましてだ、婚約者殿」
一瞬、驚いた顔をしたものの、嬉しそうに「はい」と笑った。
晴れやかな笑顔に、こちらも嬉しくなる。
静かに微笑み合い、視線を絡めたままにしていると、すいと手が伸びてきた。
纏めていた髪紐から零れていた一房を捕まえると、口元に運んで口付けられる。
「ところで・・直接、唇にはしてくれないんですか?婚約者様・・」
笑みを浮かべ冗談交じりに見上げるジル。
その視線に込められた期待に羞恥が募り顔が火照った。
「なっ!・・いや、だって・・体勢が・・」
しどろもどろに言葉を並べていると、すぐに椅子から立ち上がり「これで良いですか?」と目の前に立たれてしまった。
ガラス扉が自分の背にあるので、対するジルを月明かりが煌々と照らす。
使用人が用意したのであろう室内着は上下とも白。おかげで、肌も髪も白いジルの全身が煌めいて見えた。
掻き上げた前髪をそのままに、見つめる視線が胸をざわつかせる。
—えぇい、誰だジルの前髪を上げたのは!彼の目は好きだが、こんな、直接見つめられたら羞恥で身動きが取れんっ!—
自身でやった事に胸中で文句を言いながら「あー、うー」と意味をなさない言葉を発していると、首を傾け苦笑したジルがふわりと優しく抱きしめて来た。
「すみません。ちょっと意地悪でしたね」
背中に手が置かれ、もう片手で後頭部をよしよしと撫でられる。
「・・・・全くだ。もうちょっと手加減してくれ」
「恥ずかしい・・」と続けた言葉に殆ど間を置かず「無理です」と言われてしまった。
「俺、もう遠慮するのは止めにしたので。エトラさんが二度と不安にならないように好意は言葉と態度で示しますし、要求も素直にぶつける事にしたんです」
「いや、ちょっと待ってくれ。その・・嬉しいぞ?嬉しいんだが、それは二人きりの時だけだよな?」
突然の決意表明に慌て、思わず確認してしまった。
「まさか。人目がある所だから良いんじゃないですか!」
「は?」
「エトラさんに好意を向ける人を牽制できますし、何より恥ずかしがるエトラさんを愛でられるという素晴らしい状況が!」
「いや、何を言っているんだ?!好意?君以外に居るわけないだろ?!」
抱きしめた腕に力を込めて額をぐりぐり押し付けて来た婚約者。
その荒唐無稽な発言に、腕の中で身を捩りながら否を叩きつけると動きをピタリと止め、間近で視線を合わせて来た。
「エトラさんこそ、何を言っているんです?あなたに憧れや、恋慕を懐いている者は山ほどいますよ?腹立たしい事に」
「・・・いやいやいやいや。ないだろ?ないよな?」
信じられず、顔を左右に振って否定するもジルはジトっと目を細めて反対に問うてきた。
「なんで居ないと思うんです?俺が知ってるだけで10は居ますよ?誰とは言いませんが」
「そんな、だって・・・・こんな私だぞ?ないだろ?」
人族の女性にしては高い身長。鋭い目つき。鍛えているので女性らしい柔らかさとは無縁の身体。職務とはいえ、男をど突いて駆けずり回る、もうすぐ30になる年増。
—うん。冷静に考えても、無いな・・・それに・・―
我が一族の不名誉な二つ名〈異種族喰らい〉が
至る、自信の虚しい思考に自嘲的に笑う。
ふと、婚約者の肩越しに虚空を眺めていた視界を戻すと、辛そうに歪める視線とぶつかった。
何故そんな表情をしているのか。心配になり声をかける。
「ジル?・・どうした?」
言葉の代わりに、強く視線からの圧が増していく。
「ジル?本当に、どうしたんだ?」
「・・・・わからない、ですか?」
わからない。なので、少し考えてみるが・・やはり思い至ることが出来ずに小首を傾げる。
「エトラさんが、辛そうなのが・・俺も辛いんです」
「私が・・いつ?」
「気づいて・・ないんですか?遠くを見る目が、泣き出すんじゃないかと思うくらい、辛そうでしたよ。何を・・考えていたんですか?何があなたをそんな顔にさせるんです?」
「俺に、教えてくれますか?」と目を閉じ、額に額をコツンと当てて請われる。
自覚していなかったが、どうやら酷い顔をしていたらしい。
—他人に負の感情を気づかれるなんて今まで無かったのに、な・・—
婚約者の傍に居て、無自覚に甘えが出たのか・・表情が取り繕えていなかったようだ。
真摯にお願いされては、断ることも難しい・・愛しい人からだと、尚更。
今まで意識して触れて来なかった自分の一族の事について、遂に打ち明けるべき時が来たようだ。
「そうだな・・聞いて、くれるか?」
「もちろんです」
優しい声色が、気持ちを落ち着かせてくれた。
肩の力を抜いて頭を鎖骨辺りに預け、語り始める。
ホーク家は建国時から連なる家で、有難いことに当時の王家から今に至るまで目を掛けて頂いている。
理由は明確で、他種族国家として建国した当時。推し進められていた融和対策を率先して行ってきたからだ。
つまり、他種族との婚姻を。
様々な種族間での争いが長く続き、皆疲弊していた。力を持った家々はこれ以上家の力を失わない為に、一族で固まり血を繋ごうとした。
しかし、それでは今までと何の変りもない。
争いを治め、折角他種族国家として建国したのに、これでは数世代の内に破綻してしまうだろうと当時の王家は危惧したのだ。
異種族間での婚姻は当時はとても恐れられていた。
血が薄まり、種族特有の能力は失われ、身体的特徴も混ざるのか片方の血に呑まれて消えるのか・・
いくら王家から異種族間の婚姻を勧められても、簡単には受け入れられなかったのだ。
そんな中、ホーク家の祖先は手を上げた。
王家の下に連なる家々が尻込みして様子を窺う中、率先して他種族との婚姻を行ってきたのだ。
お蔭で、徐々にではあるが異種族間の婚姻も浸透し、今では珍しくもない。
国内では当たり前の事となった。
ただ、やはり血が混ざると種族固有の力が弱まったり、身体的特徴が混ざったりする例も見受けられたので、己の種族を守り繋げる為に同族婚をする者も一定数存在した。
そして現在のような同族婚、異種族婚、どちらもほぼ釣り合う婚姻状況となったのだ。
「という訳で、私の家は一部の者達から恨まれているのだよ。混血を自ら進んで生み出したとな・・しかも、他種族と婚姻してきたにも係わらず、見た目は人族のまま姿形が変わる事は無かった・・なのに、種族特有の能力だけは受け継いだりした。どうしてそうなったのかは分からんがな」
「つまり、それで・・」
「そうだ。だから陰で〈異種族喰らい〉などと不名誉な二つ名で呼ばれて来たのさ」
何も知らなかった幼い頃。子どもだけの集まりで揶揄われた事は数知れず・・双子の兄と姉が傍に居た時は庇ってくれたが、二人が居ないところでは酷い言葉をぶつけられたものだった。
十代になっても陰口は付いて回り・・学生の頃など頻繁に呼び出されては口撃された。
女子からの呼び出しが殆どだったが、男子からも聞こえるように色々言われたものだ。
こちらから手を出せないのを分かっている上での口撃。
直接暴力を振るわない、臆病で子狡い者共。相手をするのも馬鹿らしかった。
面倒で、威嚇の為に身体を鍛え始めると呼び出しや陰口があっさり止み、拍子抜けしたのは今でも笑い話の一つだ。
「それで鍛錬が楽しくなってな。いつの間にか軍人を目指すようになって、今に至るわけだ」
「そうですか・・だから・・」
「受け入れ、平気になったつもりだったが・・まだどこかで納得出来ずにいたんだろうな・・でも、話したらスッキリした。聞いてくれてありがとうジル」
気分も晴れやかに伝えると「はい」と短く返事があって、回された腕に力が込められた。
きつい程に抱きしめられ、肺から空気が押し出される。
少し息が苦しい。
「はっ・・あ。ジル?」
「嫌な事を、思い出させてごめんなさい。でも、はっきりと理解できました」
「ジル?・・何の、話を?」
意味が解らず、問えば抱きしめられたまま耳元で囁かれる。
「エトラさんが・・自身を軽く扱っている原因です」
辛そうに告げられた言葉に、内心首を傾げる。
そんな心理状態を感じ取ったのか、ジルは腕の力を緩めると視線を合わせてきた。
「今から、我が儘を言います」
「ん?んん?・・いきなりだな」
脈絡のない発言に戸惑うも、ジルの真剣な表情に「いいぞ?言ってみてくれ」と許可を出した。
「エトラさんが選択、行動し、その結果苦難を乗り越えてこられたというのは良くわかりました・・その上でお願いがあります」
「な、なんだ?」
「もっと、自覚してください。あなたは魅力溢れる女性です」
「ふぇっ!?へ?!」
突然の称賛に変な声が出た。ジルの発言の意味が理解出来ない。
「解らないって顔ですね・・いいですか?事実、あなたは素敵です。優しく、思いやりがあって、強く、揺るぎない芯を持った人・・もちろん、内面だけでなく外見も素敵ですよ?心の強さを表すような目。艶やかで、滑るような黒髪。鍛えられ、引き締まったバランスの良い身体・・」
「まっ・・ま、待て、待ってくれ!」
—それは一体誰の話をしているんだっ!—
途切れる事なく浮ついた誉め言葉が雨霰と降ってくる。
まるで自分の事とは思えず、とても聞いてはいられない。
なのに、婚約者はしっかりと腰を抱き寄せて視線を絡めながら称賛を続けた。
「良く通る、心地よい声・・甘い、良い香りのする肌・・」
ちゅ、と耳元に口付けられ、一瞬声に熱が灯る。
「何より・・芳醇で香しい血・・これは俺限定ですけど」
「あ、当たり前だ・・」
他の誰にも許す気は無い。
顔が赤いのを自覚しながら、はっきりと伝えるとジルは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいです。俺だけの特権ですね・・・さて、エトラさん。まだまだ伝え足りなくはありますが・・自身の魅力は理解出来ましたか?」
「・・正直、難しいところだ・・その。今言ったのはジル個人の意見・・」
「ではなく、あなたの周囲にいる男性の共通認識で間違いありません」
「うっ・・ぐ」
「ですから、お願いです。自身が魅力ある女性だという自覚を、持ってください」
自分にとって、こんな難しい事を言われたのは初めてだ。
ずっと、どうやら無意識とはいえ蔑ろにしてきた女性的な面を、肯定的に捉え行動するのは本当に難しく・・容易に出来るとは思えなかった。
厳しい表情をしていたのだろう。
寄った私の眉根を親指の腹で解しながら、苦笑した婚約者は言った。
「そんなに、悩まないでください・・難しく考えなくて良いんです。エトラさんに変わって欲しい訳では無くて・・ただ、自分が魅力ある女性であるという認識を・・もう少し強めて・・いえ、受け入れて欲しいんです」
優しく、頬に添えられた手。労わるように親指が緩く目元を撫でる。
「俺は、あなたが大好きです。その大好きなあなたが自身を「なんか」と卑下するのを見聞きするのが・・寂しくて、辛い」
「そんな・・つもりは・・」
「分かっています。だから、これは俺の我が儘です。エトラさんの今迄を否定するつもりはなくて・・ただ、これからはもう少し自分を大事にして欲しいというか・・俺からの好意を素直に喜んで欲しい、というか・・・すみません。言葉が上手く出てこなくて・・その、伝わってますかね?・・」
もどかしさから困惑の表情を浮かべ、見つめて来る婚約者。
その瞳が必死に『伝わって!』と訴えて来るのが、可愛くも可笑しくて・・つい「ふふっ」と笑ってしまった。
「エトラさん~~」
背中に回された腕に力が込められ、抱き竦められると左右に軽く振られた。
その抗議行動も可愛らしく感じてしまい、ますます笑みが零れる。
「ははっ!すまん、すまん。揶揄ったつもりはなかったんだ。ジルが可愛くてつい・・な」
「むぅ・・俺、エトラさんには〈可愛い〉より〈カッコいい〉って思われたいんですけど・・」
唇を尖らせて、不満を表す婚約者。
内心『その顔も可愛いぞ?』と思いながら、囲われた腕の中から両手を伸ばして首に回す。
「思っているさ。何時もな・・先程の話をしていた時だって、恰好良かったぞ?」
「・・本当、ですか?」
「あぁ。耳に痛い話だったが・・言いたい事は伝わったし、一生懸命なジルは恰好良かったよ」
ぐいと頭を引き寄せて、こちらから初めて唇を合わせた。
「ありがとう、ジル。その・・直ぐには難しいかもしれんが、努力してみるよ・・」
「称賛も、素直に受け取れるように・・」と続けると、嬉しそうに目を細めてぎゅうと抱きしめられた。
「なら、早く慣れるように協力しないとですね・・」
—ん?—と思うと同時に髪を掬われ口付けられた。
「髪、下ろしてるの初めて見ました・・この髪型も素敵です・・」
「なっ!?—あ、ありがとう」
努力すると言ったばかりだ。恥ずかしさを押し殺して礼を言う。
顔に熱が集まるのは大目に見て欲しい。
「赤くなった顔も、可愛いですね」
ちゅ。と頬にキスが落ち「耳も、真っ赤・・」と流れる様に
反応を抑える事が出来ず、ビクリと肩が跳ねて小さく声が漏れる。
「かわい・・かわいいです。エトラさん・・」
抱き竦められたまま、ちゅ。ちゅ。とキスの雨が降る。
恥ずかしさから無言を貫き、顔を隠すようにしてジルの胸元にすり寄る・・
さらりと髪を指で梳かれ、
「ひゃっ!」
驚き、顔を上げれば熱を孕んだ視線とぶつかる。
「駄目ですよ・・隠しちゃ・・あなたの可愛い表情をずっと見ていたいんですから・・」
顎の下に指が触れ、軽く持ち上げられると唇が重なり合う。
思わずぎゅっと目を閉じる。すると、幾分恥ずかしさが和らいで、肩の力を抜くことが出来た。
しかし、それも一瞬だけの事。
閉じた唇にそろりと舌が触れてきて驚き、肩が跳ね上がる。
ちろりちろり、と舌が唇を撫でていく。
少々困惑して薄目を開けて見れば、じわりと紅く染まり出した瞳が切なそうに潤んでいた。
何故だかいけない物を見てしまった気がして、再び目を閉じる。
唇は触れ合ったまま、舌がずっと触れてくる。
目にしたジルの切なそうな瞳が、脳裏から離れてくれない。
そろりと優しく触れてくる舌に、どう反応すれば良いのか・・
同じようにすれば良いのだろうか?
彼の切なさを少しでも和らげたくて、どうにかして応えようと唇を僅かに開く。
すると、スルリと舌が割って入り、歯列をなぞった。
「—っ!!」
あまりの衝撃に硬直する。
すると舌は引き戻り、また唇をなぞり始めた。
顎を上に向けるようにして頭を後ろで支えられ、もう片方の手で頬や背中を優しく、優しく撫で
少しずつ、強張っていた肩から力が抜け緊張が和らいでくると、再度舌が唇を割り入ってくる。
けれど、今度は驚かずに受け入れられた。
熱い舌がおそるおそる口内に侵入してきて・・ちょんと舌と舌が触れ合う。
「んっ、んぅ・・」
ビリビリとした感覚が舌から背筋へと伝わり、声が漏れる。
初めて感じる、粘膜と粘膜が触れ合う感触が驚くほど気持ちよくて、脳髄が痺れるようだ。
ざらりとした舌が口内のそこかしこをなぞると、その度に身体が勝手に反応してしまう。
唇の内側に差し込まれ、暴かれるように歯列をなぞられれば腰から首筋までゾクゾクとした快感が駆け上がり・・
口内の天井である上顎を撫で擦られると、肩甲骨辺りから肘を伝い小指へビリビリと痺れが走った。
最初
舌に舌を絡め、溢れる唾液と共に啜り上げ・・
歯列をなぞり、唇の内側に差し込み、口内の天井を撫でるを不規則に繰り返される。
長い舌を駆使して緩急織り交ぜ、延々と続く口付けに思考がとろとろに崩れていく・・
足腰から力が抜け、崩れ落ちそうになった身体はジルの腕で容易く支えられた。
終わりの見えない繋がりに息が続かず、顔を逸らして空気を取り込めば・・混ざり合った呼気からは仄かに果実の香りがした。
ふぅふぅと息をつき、肺に空気を取り込む。
しぱしぱと瞬きをすると、目尻から涙が溢れた。
気付かぬうちに移動していたのを、脚がソファに当たって気づいた。
そのまま、ゆっくり座面に押し倒される。
またクイと顎を掬われると、蕩けたような紅い瞳が覗き込んできた。
「・・息継ぎは、ゆっくり鼻でするといいですよ」
頬の涙は手の甲で、口の端から零れた唾液は親指の腹で拭われながら指摘される。
長い舌がぺろりと唇を撫で、離れると今度は首筋に触れてきた。
襟首まできっちり止められていた筈のボタン。
いつの間に外されたのか・・胸の谷間付近まで解放されていたのを、ぐいと襟ぐりを広げられ鎖骨が外気に晒されて初めて気が付いた。
ちゅ、ちゅ、と胸元や鎖骨に唇が触れ、時折舌が撫でていく。
夜着の肩紐が服と一緒にずらされ、肩が剥き出しになるとそこにもキスが降って来た。
かぷと肩の頂が甘噛みされると、自分のものではないような上ずった声が漏れ零れる。
「エトラさん・・少しだけ、いいですか?」
首筋に口づける合間に、我慢を重ねた後の切羽詰まった声で請われた。
考える迄もなくコクコクと頷けば、直ぐに鋭い痛みが首筋に走る。
「ん、ぐっ。つぁ・・」
肌を突き破る痛みに呻き、手に触れた服を強く握った。
傷口を丹念に這う舌を感じながら、首筋に顔を
ズクズクとした痛みに耐えながら、さらさらの細い髪の中に指を梳き入れ・・
上から下へと何度か梳いている内に、痛みは熱を伴う快感へと転じた。
じぅじぅと吸い上げられる度、腹の底から汲み上げられるように快感が引き出される。
婚約者の脇腹辺りの服を握りしめ、髪に梳き入れていた手はそのまま頭部を
耳元にフーッ。フーッ。と荒い呼吸音が届き、婚約者の興奮が伝わって来る。
縋り、求められる充足感にきゅうぅと下腹部が引き絞り、脚の付け根からゾクゾクとした快感が駆け上がった。
「ん・・ぅあ。あ・・んぅ・・」
吸い上げる圧と、その合間に肌を這う舌。与えられる刺激一つ一つに声が零れてしまう。
甲高く、上ずった声はとても自分の物とは思えない。
羞恥に身を捩り、行き場を無くした疼きを受け流そうと服の中で両腿をすり合わせる。
と、服を押し退け脚の間に婚約者の膝が押し入って来た。
外気に晒された脚を隠そうと焦り、スカートに手を伸ばしかけたその時、片腰ががっしりと押さえられると、割り入った膝が身体の真ん中にグイと押し当てられた。
「や、あっ?!あっ!」
途端。身体を強い快感が貫く。
ぐりぐりと下着越しに膝が押し当てられる度、強すぎる快感が生まれて弾ける。
身体が勝手に跳ね、尻を支点に腰が浮くと・・角度が変わってより良いトコロに膝が当たり、大きな嬌声を上げた。
強い刺激に味を占めた身体は、勝手に快感を追い求めて揺れ動き・・腰に手が添えられなくなっても、自ら敏感な箇所を膝に押し当てにいく。
ぐっ、ぐっ、と当て擦る膝が気持ちいい・・
首筋を伝い、耳朶まで這い辿る舌が気持ちいい・・
服の上から、やわやわと胸を揉む手が気持ちいい・・
尻から太腿、膝から足へと掠めるように伝い動く指が気持ちいい・・
ぜんぶ、ぜんぶ、きもちいい・・
「ひんっ!・・ひぁっ!あっ!んむっ!」
甲高い悲鳴にも似た嬌声は、何度目かの口づけに吸い込まれた。
くちくちと僅かな水音を立てて長い舌が口内で踊る合間に、ほんのり鉄の味がする唾液を送り込まれ、躊躇なく嚥下した。
透明な糸を引きながら、ちゅぽりと舌が離れる。
涙で滲む視界に映った瞳は紅く、爛々と欲に浮かされていた。
ぜぇぜぇと荒く息を吐き、視線を絡めていると不意にズクリと肌が粟立つ。
「もう少しみたいなので・・お手伝い、しますね?」
楽しそうに目を細め、ぺろりと口の端を舐めた婚約者を見た瞬間。
ゾクゾクとした感覚が快楽を伴い、足先から駆け上がった。
ニコリと微笑む彼の膝がぐっと押し当てられると、先程までより強烈な快感が脳天を突き抜ける。
「っ—!!」
声が出せない程に
「まだ、ですよ・・・さぁ。意識を飛ばさないでくださいね・・」
反らし、晒された喉をべろりと舐め上げ・・
浮いた背中に腕を回されぎゅうっと抱きしめられると、鋭い犬歯が再び首筋に突き立てられた。
「―――っあぁあああ!!」
今日一番の快感に、両脚はピンと伸び身体はガクガクと震え・・
強烈な波が過ぎ去った後にはぴくっ、ぴくっと断続的に脚を震わす身体だけが残った。
△ ▽ △ ▽
月明かりで、ぼんやりと見渡せる程度に明るい室内。
目の前には胸元をはだけさせ、太腿を晒した婚約者があられもない状態で四肢を投げ出し気を失っていた。
この場景を自身が作り出したのだと思うと・・
それはもう背徳的な満足感に満たされて、興奮から熱の込もった溜息が零れた。
時折ぴくっと動く脚が快楽の余韻を味わっているように感じられて、その様子をうっとりと眺める。
—あぁ・・なんてきれい・・ずっとこうして眺めていたい・・—
自分の拙い手管であんなにも乱れ、善がってくれた婚約者が愛おしくて、愛おしくて仕方ない。
今、目に映る彼女の淫靡な姿をずっと覚えていたくて・・意識が無いのを良い事に子細に観察してしまう。
髪を纏めていた紐はソファの足元にあり、長い黒髪は散らばって座面を流れ垂れている。
伏せられた睫毛で瞳が見えないのが少しばかり残念だ。
上気した頬に、僅かに開いた唇は長い口づけの所為で普段より血色が良くなり、熟れた果実の如くで引き寄せられる艶やかさだ。
口づけの合間にボタンを外し、胸の頂が見えそうなくらいにはだけた胸元には所有の証の鬱血痕が散っており、
ならば、噛み痕から伝う赤い雫はその菓子を飾るシロップか・・
用を成していないスカート部分は、屈めば下着が見えてしまいそうなくらいに捲れ上がり、すらりとした生足を目前に晒している。
この曲線美といったら堪らない。
足首までのレースの靴下姿は、靴が脱げ落ちた事によりその美を完成させたと言わざるを得ない。異論反論は却下で。
きゅっとくびれた足首に、透け感のあるレースだなんて最高すぎて昇天しそう。
この姿は十分すぎる程に素敵だ。けれど、何時か太腿まである総レースの長靴下を穿いてもらおうと心に誓った。色は白がいいな・・
ふいに、膝がひやりと冷たく感じたので見てみると、彼女の愛液で染みになっていた。
こんなになるほど感じてくれたのだと思うと、自然と口元が緩む。
そこでふと気づいた。濡れた膝が冷たいという事は婚約者も冷えてしまっているのではないだろうか?
見れば、呼吸も大分落ち着ついており顔の赤みも引いたようだ。
—凄く名残惜しいけれど・・—
婚約者の体が冷えてしまったらいけない。
泣く泣く捲れたスカートを直し、首筋から滲み出た血液は舐め取ってから胸元のボタンを留めていく。
髪紐を拾い上げてソファの背もたれに。
靴は揃えて足元に置き、寝室からクッションと上掛けを取って来る。
楽な体勢になるようクッションで整え、それが終わると首元まで上掛けで覆った。
ソファの肘掛けに腰を下ろし、上の方から眠る婚約者の顔を眺める。
背もたれ部分に上半身を預け傾けると、起こさないように気を配りながら出来る範囲で乱れた髪を整えた。
本当は起きるまで抱きしめていてあげたい・・
けど、まだ興奮が残るこの身で抱えようものなら・・今度は最後までいたしてしまう可能性があった・・
自分の理性に対する信用など微塵もない。
それでも、離れ難くて、少しでも触れていたくて・・
傍に侍り、祈りにも似た愛しさを込め・・指で髪を梳いた。
—起きたら、何て謝ろうか・・—
酒と血による興奮で、やり過ぎてしまった自覚はある。もちろん反省もしている。
後悔はないけれど。
—目が覚めたら・・どんな顔をするのかな・・—
すやすやと寝息を立てる婚約者を眺め、意識が戻った時の反応を少し楽しみに・・
吸血鬼は眠らず穏やかな夜を過ごした。