FGO.心身疲労がエグいぐだ男の為の特異点発生を確認しました 作:蛇兎ガガガ
(うっひゃぁぁ……これは中々に……慣れた目とはいえ、今は流石に……っ)
視線を感じる。それ事態は別に悪いことではないし、昔を思えば慣れたものだ。それが畏れや奇異の目ならばという前置きが付くが。
今、私に向けられている目には情欲が籠められているのが分かる。
男達の視線も、女達の視線も。等しく、振り返っては私に向けられていく。それが強さならば良いのに。今日外に出てからずっとずっと、その視線に晒されているのだ。むず痒いというか、こそばゆいというか。とにかく耐え難い。
「美人だなぁ……モデルさん、か? それとも女優……?」
「スタイルすっげぇ……」
「うっわ、括れ羨ましい……日本人、よね?」
「綺麗だなぁ……」
「ぬぅぅ……」
別に女性服を人前で着ることに抵抗は無い、筈だった。これまでも現代の装いに身を包んだことがあるのだから、嫌じゃない。
だが、それはあくまで”自分のノリ”に沿ったもので、”誰かの願い”によって着ているものじゃなかった。それが”好いた男”であるなら尚更。
(えぇ……これで彼に会うの私? 彼の選んだ服で、彼が選んだデート先で。彼のことを待ってるの? 私が? 恋人みたいに? いや、恋人のやることなのかよく知らないけど…………知らないけど!!)
今更、心に壁を作ってどうにか自我を保とうとするが、全然間に合っていない。顔は真っ赤だし、火照ってるし、耳から湯気出そうだし。
「……ふぅ、気にしない気にしない。私は大丈夫、宮本武蔵は良い女。うんっ」
場所はカフェへ向かう途中の道。植えられた木々の木漏れ日を浴びながら歩くのは気持ちが良い。舗装された道の上。靴の音も子気味良く跳ねる。戦闘向きでないこの感触も癖になってしまいそうだ。
私の実家からは離れて、ここは京の都。やはり違いはあるが、今も現存する寺やお堂を見られるというので、彼はこの地を私とのデート場所に選んだ。選んで、くれた。
あぁ……デートが始まるのだ。人生で初めて。死んでから初めて。
自分がこの人ならばと思った、そんな男と初めての…………くぅっ!
(駄目だ私!! この胸を滅茶苦茶に掻きむしりたくなるほどの、狂おしいほどの熱い衝動に言葉が見つからないわ!!! えぇい! かくなる上は、また聖杯で彼をショタにして愛で壊してしまおうか!! …………って、馬鹿)
私のターンは既に終わった後。ちゃぶ台返しはいけない。
自身の羞恥心? 気恥ずかしさ?
さっきからずっとだ。ずっと抑えきれない。自分を律せない。
「……にへら…………はっ!」
頬が緩むのを手で抑える。グイグイ揉んで直す。もう少しで彼が待っているであろう喫茶店なのに、まだ覚悟ができない。だって……だって……
『明日一日。デートが終わるまでは、絶対に武蔵ちゃんを抱かないから』
『えっ!?』
(こ、恋人って、違うの? 身体を重ねて、好き好き言い合えばそれで良いのでは?)
恋愛初心者などと、口が裂けても言えない自分の恥部。恋に踏み込めない臆病で弱い部分をダイレクトに狙われてしまい、ああ、佐々木にやった戦法を思い出す。あれもかなり焦れただろうから。こっちのは通じなさそうだけれど。
考えている間にも歩幅は広がる。彼に会いたい。彼とのデートはどんなものだろう? 彼は、私とどんな恋人になりたいのだろう? 私は……私は、彼の恋人足りえるだろうか?
「ぁ……っ」
目的のカフェに差し掛かった時、窓の外から。彼と視線が合った。
……ニコッ
「――――ッ」
こちらを見て、驚いた顔の後に……微笑む。柔らかい、人懐っこいいつもの微笑みだ。仏の笑みよりよほど熱っぽい。
……彼の頬も少し赤らんでいるようだ。当たり前だ、彼が選んだ服なのだから。着ている私を見て照れなかったら叩き斬ってやる。
ドクン……ドクンッドクンッドクンッ!
「うぅ……おさまれぇ……おさまれぇ……新免武蔵は怖気ない、逃げない、退かない」
彼の嬉しそうな顔を見るだけで鼓動が高まる。私から視線を反らしてしまう。窓の外で奇怪な動きをする私に、彼が手招きしてくる。くそ、くそ、誰の所為だと思って……
カランッと子気味の良いベルの音を鳴らしながら店内へと入り、案内されるまでもなく、彼の前に立つ。
この場面で言う言葉。それだけは分かってる。だから……笑顔になれない、素直になれない私を許して欲しい。
「……お待たせ、待った……?」
――――――――
立香side
――――――――
店内から彼女の姿を見た瞬間、周囲の喧騒が止んだ。
(……あぁ)
綺麗だ、などという言葉では足りないのに。そんなありきたりな感想しか出てこない、自分の語彙力の無さを呪うばかりで。だから強がって、そんな彼女の男なのだと、頑張って微笑んでみる。
そうしたら、プイッと素っ気なく顔を背けてしまった後、何やら百面相になったと思ったら、そのまま大股で店のドアを開いて……白い牡丹がまた咲いた。
ツカ……ツカ……ツカ……
黒いソールの長いロングブーツが覗く、幅の広いベルトを巻いたラップロングスカートとプリーツミニ。上はいつもの薄いオフショルダーセーターを更に胸元まで広げて、手首は少し広がりを見せる。
その中は一体になっていて、首から胸まで張り付いた仕様になっていた。彼女のスタイルには抜群に似合っていると思う。
そして髪型は、完全に下ろした自然体。に、片耳だけ露出させてシンプルな髪留めピンで抑えていた。
端から見れば、武芸百般。あらゆる戦場を駆け抜けた大剣豪などと誰も思いもしないだろう。どころか、俺にとってはどんなモデルよりもアイドルよりも、女優よりも魅力的で可愛らしい女の子だった。誇らしくて、照れくさくて、一人占めしたい。そんな欲望すら出てくる。
あれだけ変な顔をしていた彼女は、やっぱり最後は、いつもの頼りがいのある笑みを浮かべて俺の前に立った。
「お待たせ、待った?」
「……いや、大丈夫だよ」
「ふーん。何か頼んでも良い?」
「抹茶ラテで良ければ」
「利休殿が驚愕してたアレか……まぁいいわ」
軽口混じりにドカッと目の前に座ってくる武蔵ちゃんが、ジト目でメニュー表を睨む。一々表情がコロコロ分かるのも愛らしい。
なので軽口を叩きつつ、ボタンを押して店員さんを呼び、さっさと頼む。
「何か不機嫌だね?」
「不機嫌っていうか……むぅ……」
口を尖らせているが、視線は所在なさげで、俺の方を見ない。もう一度疑問形で聞いてみる。
「どうしたの?」
「……わ、私だけ」
「私だけ?」
「…………私だけドギマギして、貴方だけ余裕そうなのが、何か……癪に障るのよ。私がこんなにドキドキしてるのに」
「――――っ」
不意打ちに俺も顔を背ける。駄目だ、口角が上がる。何だこの可愛い生き物は、ふざけるなと、悪態を突きたくなってしまう。
自分だけだと思っていたのか。俺がどれだけ楽しみにしていたと思っているんだ? 好きな女の子に、好みの恰好してもらって、デートができるだなんて。この世の男の誰もが望む(過言)ことだろうに。
しかも相手は武蔵ちゃんなのだ。俺にとっては、いや、英霊なら誰もが俺にとって高嶺ではあるが、その中でも”【特別に見えている】”武蔵ちゃんにそんな事を言われてしまったら。もう、それはもう、というやつだ。
「ん、あーこっちです、こっち。ふーん、見た目はお茶ね? では一口……んぅぅ~~? 風味はそうだけど……甘いわ、これ」
「まぁ、そういうのだからね。美味しい?」
「お茶とは違うけど、ん、美味しいわ」
「なら良かった」
また直ぐに持ち直す雰囲気。これが武蔵ちゃんだ。一々引っ張らない。そして直ぐに適応する。放浪者としてのスキルなのか、数えきれないほど世界を渡ってきたからか、大概のことには慣れてしまっているのだろうが。
「それで? 今日はどうするの? で……で、で」
だが、こういうのには未だ慣れない様子だ。あれだけのことしておいてさ……
「デート?」
「……それ。何度も言うけれど。私、よく分からないのよね……そういうの」
素直に吐露してくる気持ちに、俺も素直に応える。
「実は俺もなんだ」
「は?」
呆気に取られる彼女の顔を見て数秒、頭を掻きながらおどけてみる。
「生まれてから彼女ができたの、初めてだからさ。友達と遊ぶことはあったけど、恋人とどこかに行くのは初めてなんだ。あっはっは」
「……な、に……それぇぇ……」
プルプルと震えながら叩きつけられない拳が空中を彷徨う。怒ってる……のか?
「ごめんごめん。けど、武蔵ちゃんと行きたい場所はあるんだ」
「あ、あ、っそう……?」
「うん。だから……まぁ、よろしく?」
「……ええ、よろしく」
何とも微妙な雰囲気に着地してしまう。もっとテンション高くなっているかと思っていたけれど。
喫茶店を出て、俺は手を差し出す。武蔵ちゃんは首を傾げた。
「……なに?」
「……手、繋ぎたいんだけど」
「は? ……はい!?」
「恋人なんだから。やってみたくて」
恥ずかしいに決まっているけど、精一杯の勇気を持って手を突き出す。勝手なお願いだが、衝動には抗えない。というか、今回俺は我慢するつもりは無い。
目の前でまた百面相し始めた武蔵ちゃんは、手を掴むかどうか迷っているようだった。相当恥ずかしいのか、多分俺と同じぐらい顔が真っ赤だ。目もグルグルしている。
「ダメ……?」
「あ、ぅ……うぅぅ……い、い、けど……」
おずおずと伸びる手。指が俺の手に触れた瞬間、その手を取った。
「あっ……うぁ……」
取った手に指を絡ませていく。痛くないように、大事に、けど離したくない気持ちを混じらせて。
口元を押さえてそれを見ていた武蔵ちゃんは、どう反応して良いか分からないのか、ひたすら弱々しい反応を見せるだけだ。
「うぅぅ~~~こ、こういうものなの? 恋人っていうのは……嫌、見たことないわけじゃないんだけど。えぇ……手繋いでるだけなのに……? 何で、こんなに」
「ドキドキする?」
「~~~それ! 何か納得いかないんだけど……ど……くぅぅ……」
「今日一日、歩いてる時は離しちゃ駄目だからね?」
「えっ!? 嘘、私耐えられないわよ!?」
(もっと凄いド変態なことしてる人の言葉とは思えない……)
あれはどういう心境やっているのか。絶対に相手の男を人間だと思ってやってないだろう。ただ互いに性をぶつける相手だからやれているとしか思えない。
だがこれは恋人同士。恋心を晒し合っている間柄なのだ。表面的には。
武蔵ちゃんは自分の心を剥き出しにはしない。特に戦いに於いては。通常時でも照れることはあるが、それは自分が許している部分だけだ。
だからきっと知らない。自分の中にある恋心がどういうものなのかも。だからこんなピュアな反応をしてしまうのだということも。俺もそれを感じていることもだ。
だから、それを確かめ合いたいと思った。
「恋人繋ぎっていうんだ、これ」
「合掌繋ぎじゃなくて? なんて恥ずかしい名称なのかしら……」
「だから良いんじゃないの? 武蔵ちゃんは……俺の恋人なんだって、周りに分からせられるし」
「……」
「そこで黙られると困るよ」
「何も応えられないの! 言葉が出ないの! 皆まで言わせない!! そう、でりかしーというのが大事なのよ! こういうのはきっと!!」
「は、はい!」
「ふふん♪」
(可愛いなぁ……)
「……じゃ、行こう?」
「んぐっ……ええい、どんと来いよ! 逃げも隠れもしないわ!」
「逃げても隠れても見つけるからそのつもりで」
「……ふぐぅ」
さぁ、出かけよう。どうなるかは毘沙門天様だけが知っている、だ。
――――――
武蔵side
――――――
ニギニギ……
ニギニギ……
……ニギ
(あぁぁ……なんてことでしょう……この私が、新免武蔵が、くあぁぁ……っ)
右手に感じる確かな感触。私を慕い、私が慕っている彼の手。その指全てに自分の指を絡ませて、互いの体温を交換し合いながら町中を歩くなど。これが破廉恥と呼ばずして何とするか。
……普段の自分の行いには目を瞑るとしてもだ。実際、彼の心が純粋過ぎて私には受け止め切れない、というのが本当のところだと思う。いや、純粋とは違う。真っ直ぐな恋心を直球で投げられて、私はそれを受け取れてないのだ。大体零してしまっている気がする。
「それで、どこに向かってるの? 映画館? 水族館? 山? 海? それとも出合茶屋?」
「最後のラブホテルじゃん……どれも違うよ。今日最初に行くのは……ここだよ」
手渡されたのは、何かの広告、私の時代で言うなら絵看板のようなものだ。そこには……
【歌舞伎座:宮本武蔵 第一幕・白鷺城異聞】
「……ふぇ?」
私の初々しい心の発露、全部吹っ飛びました。
1時間後……
「くっほあぁぁあ~~~なぁぁ~~にあれっ!!! うっひゃあぁぁっ!!」
「楽しんでくれたみたいだね?」
「楽しいも楽しいわよ!! 何あれ!! あんな私知らないんだけど!!?」
舞台が始まって、まるで雷が走ったかのような衝撃を打たれた私は時間も忘れて熱中してしまった。
私が主役のお話し。汎人類史の私ではあったけれど、私があんな凄まじい大立ち回りをするだなんて。しかも相手は優美なる妖怪、白鷺白の刑部姫だなんて。本人が見たら眼玉が飛び出るのでは? というか私とあんな殺陣が可能なのかしら? すっごい気になってしまう。
とにかく興奮がマジでヤバいのだ。全然冷めない。彼を引っ張ってって適当な場所に入って感想を爆発させていた。
「まずお殿様! 本田平八郎忠刻ね! 千姫様の為に宴を催して気遣ってくれるところ! あんな偉丈夫に抱かれたらそりゃあもう! そりゃあもうよ!?」
「初っ端から凄い情緒」
「そして現れたるは天下一の用心棒! 二天一流は私こと宮本武蔵!! ていうか本当に私って船島(巌流島)での佐々木との決闘が人気なのね!? 私が出た瞬間の観客の盛り上がりで私もうわぁぁ~~~ってなっちゃった!」
「宮本武蔵はザ・伝説の剣豪だからね。それで?」
「そう、私の話のお礼に舞をして下さったお姫様が苦しみ出して、ああ~あんな顔されたら助けます! そりゃあ助けますとも! 妖怪だろうが鬼だろうが神だろうが一刀両断ってな感じです、ええ!!」
「おっきーとの戦いも面白かったね。演舞も極まるとあんな感じになるんだなぁ……」
「私もほぼ我流だからね。あんな洗練された型を流れるようにするのは大変よ? しかも今の人がそれをできるんだもの。溜息しか出ない! ……けど」
「けど?」
「おっきーの後……天守閣に登って戦うのは良いんだけど、秀頼幽霊が自分のこと霊だって自己紹介するのはなんなのかしら? その間に首切っちゃうのに……」
「それは……まぁ、舞台だから? お約束ってやつ。阿国ちゃんがそんな感じでやってなかったっけ?」
「あーなるほど。私はそっち見たことなかったからなー」
「あの時代だとまだ武蔵ちゃんの演目は無かっただろうしね」
「はぁ~~……私って、有名なんだなぁ」
「名実ともに、日本を代表する、ね」
「……あー」
「落ち着いた?」
「……はい」
テンションが落ち着いて、ようやく自分が凄い夢中になってしまっていたことを自覚する。彼の存在すら忘れて、自分の話に熱中して。私の”もしも”を後世で産まれていたことに心底ビックリしていた姿を見せていたことを。
そう思うと、途端に頬が痒くなる。背中がむず痒くなる。そんな私の”もしも”を、それを見る私を見られていた事実に。
「絶対楽しく見てくれるだろうなーって思ってたけど。予想以上だった」
「ぬぐっ……私、そんなに分かり易い? いや、うん、分かり易いわね。自分でも今びっくりするぐらいには」
まるで私のツボを全部抑えられている気分だ。私の好きなものを分かってらっしゃる。ぬぅぅ~~嬉しいけど悔しいわね、これ。
くきゅぅぅ~~……
「あっ……」
「そういえばお昼だったね。お勧めがあるんだけど……」
「行くわよ。行く。行ってやろうじゃないの。今度は驚かないんだから! あーもう私の俗物!!」
「わひゃぁぁ~~……」
私の目の前に置かれた、豪華な器に物を見て変な声が出てしまった。今日何度目かの奇声だろうか……
うどんである。
めっちゃくちゃに美味しそうな、うどんである。
百年以上の歴史があるという老舗? の、うどん屋があると聞かされ1吃驚。
「あっ……んっ! んんっ!! な、中々美味しそうね、ええっ。やるじゃない?」
「クスクス……食べよっか?」
「うぬぐっ……い、頂きます……」
とにかく食べよう。目の前にある美味しそうなうどん。香りは……うん、鰹節と出汁のバランスが満天の星空の如く私の鼻孔に広がっていく。
はむ……ズルズル……んっ!! こ、これは、コシを残しながらもモチモチ柔らかく、しかしプツンと切れる絶妙な食感! これは粉の配分を吟味していなければできない芸当!
ズズズ……おぉ~~うっまっ♡ 出汁も幾種もの味わいが重なり、しかしうどんのアクセントになるよう邪魔にならない程度に収まるように計算された作り!!
コマ切れになったねぎのシャキシャキ感も加わり、しかも、え? ライチ? すっぱ……っ!? は? 美味いんですけど? 箸が、箸が止まらない!!? ここまでで3吃驚!
「えっと、すいません。さっき頼んだの追加で。はい、3杯お願いします」
「んもっ!?」
「食べるでしょ?」
「……」
忘れてた……彼が目の前に居るのに、馬鹿みたいに食べていた。しかし彼も美味しそうに食べているのだから見返してやるわ。
「「……」」
「何で睨みながら食べるのさ……?」
「……べひゅに」
モクモクと食べる彼の顔。いつも思うが、この時代の人達は皆、私の知る限りでは食べ方が綺麗だ。それこそ格式の高い武士の様に。
箸の持ち方は綺麗だし、机の上もなるべく汚さない。音は啜る音以外立てないし、茶碗を叩いてドンチャンもしない。とにかく品に溢れている。きっとそっちを中心に教育された環境が、今の時代に続いているのだろうけれど。
そう思うと、私も食べ方は綺麗を心がけるようにしておいて本当に良かったと思う。いえ、佇まいはいつも正しているけれどもね?
「はぁぁ~~~……幸せなお時間でした……」
「う~ん、お腹いっぱいだよ。武蔵ちゃんは?」
「色んな意味でいっぱいかしら?」
「半年ぐらいは閉じ込められっぱなしなんだし、これからも色んなうどん屋行く?」
「食べ歩きってこと? んー、それは良い提案ね♪ けど、それ以外の物も食べに行きたいわ。現代風の食べ物を是非食してみたいし? ラーメンとかは食べたんだけれど」
「え? 誰と?」
「えーと、ああ、タケル君よ。どこの記憶だったか忘れたけれど、江戸に召喚された子達と東京を少しだけ回ったことが―――――」
なんて話しもして……
午後の腹ごなしの散歩に公園を歩いてみたり。
寺や私が且つて奉拝した神社を回って、昔の光景と比べてみたり。
美術館に行って、汎人類史の私が書いたっていう絵を見てみたり。
……ギュッ
「……♪ っ♪」
そんな中で、この手にある感触を忘れるぐらい楽しんでいたり……
そんなこんなで、あっと言う間に時間は過ぎてしまって。
夕暮れになった頃。彼は最後に行きたい場所があると言い出し、しきりに時間を気にし始めた。
「いきなり、どうしたっていうのよ?」
「ごめん、ちょっと楽し過ぎて時間配分謝ったかもしれない。急がないと間に合わないんだ」
「急ぎ? 何か予約を入れているとか?」
「そんなところ。ちょっと走るかも」
「ふむ、私は全然大丈夫よ」
今日は一日絶好調なのだ。このままどこまでだって行けてしまうぐらいに。というか、彼の隣でならどんな時も。今更よ。
「ごめん……じゃあ行こう!!」
手はやっぱり握ったまま。彼の隣で、彼の歩幅に合わせて走り出す。もう今日一日で汗べったりなのに。二人の汗でふやけそうなのに。けど全然離れない。離れたくない。
どんどん多くなっていく人通り。見れば華やかな着物を着ている人達が多い。その中を掻き分けていく彼の後を着いて行き……
着いたのは、木津川の河川敷。
そこに小舟が用意されていた。
「これに乗るよ。俺が漕ぐから」
「え、ええ……よいしょっ」
「さぁて……うん、ギリギリ間に合った」
小舟を漕ぎ、川の中心辺りで止まる。そこは丁度橋の下だった。
河川敷には多くの人達が敷物の上に座ったり、土手の上に並んでいたり。見たことないぐらいの人の数に圧倒される。
けれど、何となくだけど、これから起きる何かを私は知っているのだ。だからドキドキはしていても、心構えはしっかりある。
(ふふん、立夏もまだまだ初々しいなぁ~~♪ ん~~? 女の子と一緒に見たいのが花火だなんて。私だって、それぐらいの知識はあるんだから♪)
「ふふ~ん♪」
「な、なにさその顔は……」
「べっつに~~♪」
「それより、そろそろだよ?」
「ええ、分かってますとも♪」
「武蔵ちゃん」
「ん? あぅっ」
漕ぎ手を休めた彼は、そのまま私の手を握ってくる。慣れてきたとはいえ、ま、真正面からされるとまだ照れてしまう。
彼は真剣なようにも、微笑んでいるようにも見える。暗闇だから表情があまり読めない。夜目は効く方ではあるが、感覚の方が鋭敏だからか。
もう始まるのに、何で私を見る?
「武蔵ちゃんに言いたいことがあるんだ」
「……はぁ、それは……また。今更ね?」
「うん……聞いてくれる?」
「……ええ」
……何だろうか? 今この場で? 改まってする話しがあるの? どうしてそんなに真剣なの? まるで一世一代の告白でもするかのような……そう、こくは―――――
「――――――ぇ、ぁの……え?」
「武蔵ちゃん」
「ひゃいっ!?」
初心な私でも察するぐらいのベタな雰囲気。けど、え、本当に? やだ、なんで。もう知ってるから今言う必要どこにもない。そんなの、”デートが終わった後で”言えば良いのに。なんで、何で今……
「今日一日、楽しかった?」
「ぁ……え、ええ」
「俺も楽しかった。ずっと、この時間が続けば良いと……そう思えるぐらい幸せな時間だった。もう終わっちゃうのが本当に惜しいよ」
「……わ……っ、私も」
彼の言葉に引き出されるように、私も言葉を紡いでいく。もう何も考えられないぐらい、頭の中は大混乱なのに。彼の暗闇の中で微かに光る瞳から、逃げられない。
ああ、ズルい。こんな場所では物理的にも逃げられない。彼の選んでくれた服を汚すなど有り得ないのだから。
「そっか……それが一番嬉しいよ……武蔵ちゃん」
「……は、ぃ」
改めて名前を呼ばれて、その特別な呼び名を呼ばれて、ああ、どうしてこんなにも鼓動が高鳴ってしまうのか。
ヒュゥゥ~~~…………
(あ……)
横目に、一発目の大玉が打ち上がっていくのが見える。
彼の口が動き始めるのに合わせて、天高く尻尾を描いて……
(くる……くる……っ、きちゃう……っ!!)
グイッ!!
「えっあ……」
腕を引っ張られて、耳元に彼の口が近付き。
――――ドォォォーーーーーーーーンッッ!!!!!!
「好きだよ」
「――――――――――――――――――」
私の目に極彩色の大輪の花が開いたと同時に、私の心にも花が咲いた。
「ぁ……ぅぁ……」
彼に抱き締められたまま、背筋から脳まで、お腹の奥まで。一筋の電流が流れたようになる。脳の奥が、胸の奥が。全部全部、その言葉の余韻で痺れていく。
「ワタ……シモ……ゥ……ッ」
「ゆっくりで、いいよ」
そうだ、言わなきゃ。言いたい。言いたい。もう花火が目に入らない。全ての心が、彼に向いてしまった。向かされてしまった。もう動けない。逃げられない。逃げ出せない。
震える口先が紡ごうとする言の葉が。これまでのどんな言葉よりも重たい。
今日一日の感動を思い出す。感情を思い出す。彼の笑顔を思い出す。手の、熱さを思い出す。
……もう茶化せない。彼の想いも、自分の気持ちも。
「わた、しも……」
言ったら終わるのだと思っていた。これは”契約”なのだと自分に言い聞かしていた。本気であっても、”そうはならないのだと”勝手に言い聞かしていた。
「……私も」
けど違う。違うのだ。私は求めている。心から求めている。
藤丸立夏に見ていて欲しい。触れて欲しい。感じて欲しい。
彼を私だけのモノにしたい。私を、彼だけのモノにして欲しい。
本気で魂を捧げても良いぐらい……この熱量が……この衝動がっ!!
「……好き」
ああ、言った。言ってしまった。
「好き……立香が……好きっ」
「うん……」
「ぁぁ……だめ、だ。私……もう……こんな気持ち、知っちゃったら……」
私の全てを感じてくれる彼を、私も抱き締める。
笑っちゃうぐらいなのに、涙が出るぐらい嬉しい。
「武蔵ちゃん……」
「……んっ」
鼻を擦り合わせるほど近いのに、接吻もしていないのに。通い合っているようで熱くなる。互いの瞳に映る華に見惚れてしまう。
「こんなにも違うもの、だったのね。今更だけど……」
「恋愛、わかった?」
「覚えたわ。この熱に浮かされる感覚……癖になってしまったもの……」
「っ……その言い方はクるなぁ……」
「ふふ……デートは終わり?」
残念そうに振舞いながら、繋ぐ手をより密着させる。彼も困ったように笑った。茶化している訳ではない。緊張しているから、こんな感じになってしまったのだ。
「うん、これで終わり……」
「この気持ちのまま抱かれちゃうの? 私」
そう、我慢していたのは私じゃない。
「うん、この気持ちのまま、武蔵ちゃんを抱きたい」
「絶対壊れちゃうわね♪」
「壊さないように……大切にするよ」
「……バカね」
馬鹿はお互い様だ。うん、間違いないわね。
――――
立香side
――――
それに、まだ教えたいこともあるから……