鳥籠に囚われた罪人 作:トリカゴ
那須玲という少女に対する第一印象は、病弱で大人しい少女だった。
家が隣だから、なんて安易な理由で引き合わされた俺と玲。
要するは幼馴染というやつだ。
だが幼馴染と言えど俺と玲は異性であり、普通なら思春期と共に疎遠となるのが既定路線のはずだった。
しかし、残念ながらというべきかは定かではないが、少なくとも那須玲という少女は普通ではなかった。
何を考えているのかわからない茫洋とした瞳、そして触れれば折れてしまいそうな華奢さと、病弱な身体。
とてもではないが、異性だからという理由程度で目の離せるようなことはできなかったのだ。
玲の見た目は幼いころから飛びぬけていた。
見た目に釣られたのではないかと言われると完全に否定はできない。
それでも、俺が玲のそばに居続けた理由は純粋に彼女から目を離すのが不安だったからだというのが本心だ。
当然、年を重ねるにつれ周囲からは俺達の関係をからかわれるようになる。
思春期真っ盛りな俺はその時、本気で玲から離れようかと思っていた。
それくらいには、周囲からからかわれるというのは幼い俺にとって辛いことだったのだ。
だが結局そうはならなかった。
目を離せばいつの間にか消えてなくなってしまいそう、そんなことを考えさせるのが那須玲という少女なのだ。
だから俺は歯をグッと食いしばり、何でもないような顔で玲のそばに居続けることを選んだ。
故に周りからすれば恋人のような関係だと見紛うほど、俺は甲斐甲斐しく玲を助けていたのは事実だ。
その選択がどれだけ玲を苦しめているのかなど、知りもせずに。
那須玲という少女が大切だったかどうか、それはもちろん大切だった。
物心が付いてから今まで、ほとんどを共に過ごしてきた相手を大切に思わないなんてどうかしている。
けれど彼女を支え続けた理由は玲が大切だから、ではない。
本当の理由は大切な人から目を離すのが不安だったから、つまりは
だから気づけなかった。
支えたい相手のことすらまともに見ようとせずに奉仕し続けることが、どれだけ玲を傷つけていたのかということに。
「――――ねぇ、仁はなんでいつも私を助けてくれるの?」
何度反芻したかもわからない、きっかけとなった会話。
「なんでって……幼馴染だからだよ、玲のこと放っておけるわけないだろ」
特に深く考えずに、俺はそう返した。
無論放っておけないというのは真実、俺の気持ちでもあった。
「でも私、仁に何も返せてない」
「はぁ? 今更そんなこと気にすんなよ、見返り欲しくてやってるわけじゃないんだし」
この辺りから、どこか玲の雰囲気がおかしいことには薄々気づいていた。
気づいてはいたが……どうすればいいのかもわからず、とりあえず会話を続ける。
「じゃあ、いつまで?」
「いつまでって……まぁ、とりあえず高校生の間は? 大学とか就職とか言われても俺にはわかんねーし」
「ッ!」
今は中学生だからとりあえず高校まで、そこから先の将来予想図を描くなんて当時の俺には無理だった。
それが玲の求める言葉ではないと気づかないまま、言葉を続ける。
「でもまぁ、幼馴染なんだしさ。大学とか就職とか関係ないだろ? 大人になったって玲が困ってるなら、俺はいつでも助けに行くよ」
「ぁ…………」
気恥ずかしさに、玲から目を逸す。
だから俺は、玲が絶望した表情をしていることに気づけなかった。
「いつまで仁は私なんかに縛られないといけないの……?」
今だからわかる。
玲は、何の見返りもない俺からの無償の奉仕を受けることが耐え難い苦痛だったのだ。
つまりこれは、必然の結末。
「ッ! おい、玲!」
気づいた時には、もう手遅れだった。
「もう、嫌だよ。生き続ける限り、私は仁を縛り続けてしまう」
その言葉と共に顔を上げた玲の瞳は、ドス黒く濁っていた。
今の今まで隠していたのか、それとも気づけない程俺が間抜けだったのか。
そして玲は、決定的な一言を口にした。
「――――私、もう死にたい」
その言葉に俺は頭が真っ白になった。
少しでも目を離した瞬間本当に死んでしまうんじゃないかという不安、何としても玲を助けなければという強迫的な使命感。
それらがごちゃ混ぜになって、どうすればわからなくなった俺は、玲をベッドの上に押し倒し覆いかぶさった。
――――玲の安心したような微笑み以外、あの夜の記憶は俺には残っていない。
前園仁:
オリ主。物心ついてからほとんどの時間を玲に捧げているがそれを特に苦に思ったことはない。
容姿は玲とお似合いと噂されるのも不思議ではないくらいの美男子。
あまりまとまった自分の時間が取れないので特定の趣味はない。
玲を助けるためというよりは、玲から目を離すと不安になって落ち着かないという理由の方が強い。
那須玲:
本作ヒロイン。
幼少期から仁によって丁寧に自己肯定感をゴリゴリに削られながら生きてきた。
本作の彼女は自分が生きている理由を肯定する要素を一つも持てていない。
そしてようやくこの夜、自分が生きていても良いと確信できる理由を見つけた。