•姫榊 花奏
本作品のオリ主ちゃん。
色々あって結束バンドのキーボーディストとして活動中。
失声症のリハビリ中につき筆談で会話している。
何がとは言わないけれど喜多ちゃんと双璧を為す大きさ。
•白雪 花澄
本作品のオリキャラちゃんその2。
詳しい設定は『沈黙のピアニスト』本編を読もう!
今回は喜多ちゃんの独白内でのみの登場。
•喜多 郁代
本√のヒロイン。
基本的に喜多ちゃん視点で物語が進む。
陽キャの化身。
世界一可愛いまな板のタイトルホルダー。
•後藤 ひとり
下北沢のツチノコ。
でかい。
•伊地知 虹夏
下北沢の大天使。
ちっちゃい。
•山田 リョウ
世界のYAMADA。
今回は出番無し。
•伊地知 星歌
STARRYの店長さん。
マッサージ上手そう。
•PAさん
STARRYの音響スタッフ。
肩凝り酷そう。
•廣井 きくり
酒クズベーシスト。
肋骨浮き出ててそう。
•大槻 ヨヨコ
SIDEROSのリーダーでボーカル兼ギター担当。
すげー服装だよね。
#1 それでも私は。if
【第39話《それでも私は。(前編)》でもしも花奏ちゃんが結束バンドとの別れを決意していなかったら……】
「おっはよ〜、ひとりちゃん!」
「あっ、おっ、おはようございます」
新しい1週間が始まった。
いつもと変わらない日常風景。
ひとりちゃんと合流し、その後に姫榊ちゃんが加わって……白雪さんが姫榊ちゃんに飛び付く。(その後、高確率でひとりちゃんが溶ける)
それが私たちの、もはやルーティーンとも呼べる光景。
……そのはずだった。
「あれっ?」
いつも姫榊ちゃんが合流する場所を通り過ぎる。
けれども彼女の姿は無くて……
「いっ、居ませんね……先に行っちゃったんでしょうか……?」
なんだろう、寝坊でもしたのかな?
今まで一度もそんな事は無かったのに……。
結局、姫榊ちゃんとは合流出来ず、白雪さんも見当たらないまま学校に到着した。
「しっ、白雪さんまで……」
「多分、白雪さんは風邪でお休みだと思うわ」
「そ、そうなんですか……?」
「昨日、風邪ひいちゃったらしいって姫榊ちゃんから聞いたから」
「なるほど……」
しかし、昨日の姫榊ちゃんはすこぶる元気だった。
そもそもあの子、風邪とか無縁そうだし。
きっと、お昼休みになったら会える。
そう思う事にした。
昇降口で下駄箱を開けると、1通の手紙が視界に飛び込んだ。
私の下駄箱の中に手紙が投函されていた。
差出人はない。
誰からの手紙だろう……?
「ど、どうしたんですか喜多ちゃん……?」
「んっ……なんでもない!」
咄嗟に鞄の中に手紙を仕舞う。
ひとりちゃんに気付かれた様子はない……そのまま2人で教室に入る。
そして朝のHRが始まり、授業も始まって……私は授業中にこっそりと、下駄箱に入っていた手紙を読んでみた。
『放課後、体育倉庫裏に来てください。お話したいことがあります』
そう、綺麗な文字で書いてあった。
今日の放課後はSTARRYでバイトだ。
だけど、多少なら時間は取れる。
それに今日はひとりちゃんは補習があるから……都合は付く。
差出人が不明で、お話しの内容も不明瞭なのが気掛かりだけど……私に用事があるのなら無視するわけにもいかない。
そうこうして、お昼休みになった。
ひとりちゃんの姿はない。
いつものように音楽室に行くと……いつものように、ひとりちゃんと姫榊ちゃんが音楽室の中で座って待っていた。
「こんにちは、姫榊ちゃん」
『こんにちは喜多さん』
いつもと変わらない表情と、いつもと変わらないやりとり。
だからこそ、なんで今朝はいつもの時間に現れなかったのかが気になった。
「今朝、どうしていつもの場所にいなかったの?」
別に義務があるわけじゃない。
ただ、何か理由とか……悩みがあるんじゃないか、なんて思ったから。
『遅刻ギリギリまで寝坊した』
あっけらかんといった様子でメモ用紙を見せてきた。
この様子だと……多分、本当に寝坊しただけっぽい。
「ちゃんと早寝しないとダメよ? 夜更かしはお肌に悪いんだから!」
『気を付けます』
寝坊した理由は……別に聞かなくていいか。
姫榊ちゃんなら、1度言えば改善されるだろう。
やんちゃはするけど、しっかりした子だから。
白雪さんが風邪で寝込んで欠席している、という点を除いて普段通りのお昼休みが終わり……午後の授業も終えて、放課後になった。
「それじゃあひとりちゃん、補習頑張ってね?」
「あっ、はい……」
教室でひとりちゃんと別れて、下駄箱に向かう。
そしてそこから……体育倉庫の裏手に回る。
人気の無い、鬱蒼とした場所だ。
こんな場所に呼び出して、何をお話しするのだろうか?
そもそも、あの手紙の差出人は何者なのか?
そうこうして考えて、5分ぐらい経った頃だろうか。
ピトッ。
「きゃあっ!?」
首に突然、冷たい感覚が触れてきた。
後ろから首に缶ジュースのような物を当てられたらしい。
こんな事をするのは、1人しかいない……!
「姫榊ちゃん!!」
「……………………」
振り向くとそこには、澄まし顔で佇む姫榊ちゃんが居た。
やっぱり彼女の、いつものイタズラだ。
しかし、今回はいくらなんでも度が過ぎている。
まだ本格的な冬場では無いけれど、肌寒くなってきた時期。
それなのに、冷たい缶ジュースをいきなりくっ付けてくるのはやり過ぎだ!
「今回ばっかりは本気で怒るからね!? 缶ジュースなんかくっ付けてきて……」
「…………?」
姫榊ちゃんがキョトンとした表情で首を傾げる。
「何を言ってるの?」とでも言わんばかりの表情だ。
「トボけた表情して……も……」
いや、違う。
言葉の途中で違和感に気がついた。
姫榊ちゃんは手に何も持っていない。
肩に鞄を掛けている。
荷物はそれだけだ。
あの短時間で、手荷物を鞄に仕舞えるハズがない。
それに、姫榊ちゃんなら意気揚々と缶ジュースを見せつけてくる。
「……姫榊ちゃん、ちょっと手に触るね?」
もしや、と思い姫榊ちゃんの両手を包み込みように触れると……
「冷たっ!? なにこれ氷みたいに冷たいじゃない!?」
めちゃくちゃ冷え切っていた。
氷風呂にでも浸かっていたのか? と言わんばかりの冷たさだった。
『私の手そんなに冷たいですか?』
「こんなに冷えた手、初めて触ったわよ……」
「……………………」
姫榊ちゃんは自分の手を見つめ、そして深々と頭を下げた。
『やり過ぎました、ごめんなさい』
姫榊ちゃんはイタズラ好きだけど、ちゃんと自省して謝れる……本当に優しくて良い子だ。
やっぱり根っこがしっかり者なんだ、って感じ取れる。
だからこそ、みんな……彼女のやんちゃな一面を受け入れている。
「いいのよ、次からは気をつけてね?」
ぽんぽん、と軽く頭を叩く。
姫榊ちゃんはコクンと小さく頷く。
妹がいたらこんなのなのかな〜、なんて思ってしまった。
「……そういえば、どうしてここに?」
普段は誰も立ち入らないような場所に、何故か姫榊ちゃんが現れた。
もしかして、手紙の差出人は姫榊ちゃん?
……いや、それは無い。
だってあの手紙は明らかに姫榊ちゃんの筆跡とは違うから。
私は普段から姫榊ちゃんの書く字を見ている、彼女の筆跡ならすぐに気が付ける自信がある。
『こっちの方に歩いてく喜多さんが見えたので、何してるのかなって』
なるほど、気になって跡をつけて……それでビックリさせてやろうとした、ってところか。
『喜多さんこそこんな所で何してるんです? カツアゲ?』
「するわけないでしょ!? ……今朝、こんな手紙が下駄箱に入ってたのよ」
鞄から手紙を取り出して、姫榊ちゃんに渡す。
姫榊ちゃんは手紙に視線を落とし……こっちの目を視線で捉えてきた。
「……………………」
「な、なに? どうしたの?」
『ラブレターですよ、これ』
えっ?
「ら、ラブレター!?」
『どう見ても』
「いやいやいや! ラブレターだったらもっとこう……ストレートな内容だったり、可愛らしい感じの手紙にしない!?」
『なら果たし状とでも?』
そっちの方が有り得ない……えっ、それじゃあこれ、ラブレターなの……?
私に、ラブレター?
「……………………」
心なしか、姫榊ちゃんがムスッとした表情をしている……ような気がする。
珍しい表情だ。
けれど……こんな表情は見せて欲しくないな。
ザッ、ザッ、ザッ……とゆっくりと地面を踏み込む音が聞こえてきた。
誰かがやってきた。
手紙の差出人か?
そう思って振り向くと、1人の女子がそこに居た。
知らない子だ……多分、1年生。
顔を伏せてもじもじと手を擦り合わせてる。
「……………………」
「ひ……姫榊さんが、どうしてここに……?」
姫榊ちゃんの知り合いなのだろうか?
彼女がそう、辛うじて聞き取れるような音量のボソッとした声でそう言った。
「この子、姫榊ちゃんの知り合い?」
『クラスメイト』
なるほど。
……しかし、ならどうして私を呼び出したのだろうか?
緊張しているからか、彼女は声が震えている。
それに手の動きに落ち着きがない。
「あ、あの! お2人はどんな関係なのでしょうか……?」
どんな関係?
……そう言われても、うーん……
「同じバンドの先輩後輩で、友達だけど?」
そうとしか言いようがない。
実際にそうなのだから。
姫榊ちゃんが頬を膨らませている気がするのは、きっと気のせい。
「よ、良かった……付き合ってるとかではないんですね」
どこをどう見たらそう判断するのだろうか?
……いや、そもそもなんで、この子がそんな事を気にする?
……もしかして本当に……
「きっ、喜多先輩! 好きです私と付き合ってください!」
「へ?」
本当に、あの手紙はラブレターだったんだ。
……しかも、差出人は同性の子。
「……………………」
「ちょっ、ちょっと待って!? 私、女なんだけど……?」
「しっ、知ってます」
「あなたも……女の子、よね?」
「はい、もちろん……です」
理解が追いつかない。
……どういう事?
「私、喜多さんにずっと憧れてたんです! 入学した時からずっと……!」
「えっ、え……?」
「どうしたら、喜多先輩みたいな素敵な人になれるかな……って、ずっと考えてて……それで、勇気を出して告白してみよう、って思って……!」
「……………………」
「喜多先輩のスラッとしたスタイル、すっごく好きです!」
「んっ?」
「スレンダーで、小さくて、慎ましくて……とっても可愛らしいお胸が大好きなんですっ!」
「は?」
「プククッ……!」
「という訳で、結束バンド緊急ミーティングを始めます!」
「何がという訳でなの!?」
私は今、STARRYで伊地知先輩と姫榊ちゃんの3人でテーブルを囲んでいる。
「っ……、っ……!」
「っていうかさ、花奏ちゃんがメッチャ怯えてるんだけど……?」
「『ちょっと』お説教しただけです。……ね〜、姫榊ちゃん?」
「っ……!!」
コクコクと何度も頷く姫榊ちゃん。
まるで子犬みたい。
「いや、明らかにちょっとじゃ済んでない……まあ、それはいいや。で、緊急ミーティングって何について話すのさ?」
「どうすれば脱貧乳を成し遂げられるか!!」
「え〜……」
伊地知先輩が呆れた表情を浮かべる。
姫榊ちゃんはブルブルと震えたままだ。
「私たち3人は同志なんです! 同じ妬み……じゃなくて、悩みを持つ者、そして持たざる者なんですよ!」
「何言ってんの?」
「私は知ってるんですよ伊地知先輩、時折ひとりちゃんに嫉妬の目を向けてる事を……」
「うぐっ……否定できない……」
『私は別に嫉妬なんて』
「姫榊ちゃん?」
『ごめんなさい嫉妬してますめっちゃ嫉妬してますだから許してください』
「そう……そしてこんな諺もあります。《3人寄れば文殊の知恵》と」
『0に0を足しても0だよ』
「姫榊ちゃん??? 手ぇ、出すよ???」
『手を出してから言わないでくださいほっぺた痛いですごめんなさい引っ張らないで』
「つまるところ、バストサイズのアップを目指そうって事?」
「そうです! あんな悔しい思いはもうしたくないんです……!」
「何があったんだマジで……でもさ、すぐに解決できる事じゃなくない?」
「それはそうですけど……何もしないよりは!」
「喜多ちゃんの事だし、普段から色々と試してるんでしょ?」
「うっ……」
「そして、今日に至るまで結果は実を結ばず……と」
「うぅぅっ……!」
「残念だけどさ、こればっかりは……」
『3人寄れば文殊の知恵、ならば4人寄ればどうです?』
姫榊ちゃんが私の目の前にメモ用紙を突き出す。
『5人、6人……もっと集まれば最強なのではないでしょうか?』
「なっ、なるほど!」
「どーいうこと?」
『おっきい人たちに色々と意見とか聞いてみれば何かいい知識をもらえるかな、と』
「あ〜、なるほどね?」
「それじゃあ早速!」
まずは身近な人で、大きい人……。
……PAさん!
「あのっ、PAさん!」
遠くのテーブルでスマホをいじっているPAさんに3人で近づき、声を掛ける。
「あら、どうかしましたか?」
顔を上げてニコッと柔らかい笑顔を向けてくる。
「PAさんって、スタイル良いですよね!」
「あらあら、ありがとうございます。でも、喜多さんも凄く魅力的ですよ? もちろん虹夏さんと姫榊さんも」
「いやいや、そんな事……何か秘訣とかあるんですか? 特に胸の!」
「喜多ちゃん、マジで必死だなぁ……」
「秘訣……と言えるのかは分かりませんが、ちゃんと手入れはしてますね。クリーム塗ったりとか」
『胸に塗るんですか?』
「ええ、ちゃんと胸用のクリームもあるんですよ? 保湿しないとハリやツヤがなくてなっちゃいますし」
「へ〜、知らなかった〜」
「あ、アドバイスありがとうございます……」
「喜多ちゃん?」
3人で元にいたテーブルに戻る。
「PAさんの言ってたクリーム試してみようよ」
「既に試してます……バストアップ効果のあるやつで……」
「あっ……」
『他の人にも聞いてみましょう』
「そ、そうよね! まだ1人目だし……!」
「お前ら、何の話してんだ?」
店長さんがやって来た。
……店長さんもよく見ると、出てるところはちゃんと出てる。
やっぱり大人の人なんだなぁ……。
「あっ、お姉ちゃん」
「店では店長って呼べって……で、3人で深妙な顔してどうした?」
「店長さんって案外、スタイル良いですよね!」
「えっ? そ……そうか?」
「はい! なので秘訣とか知りたいなーって! 主に胸の!」
「はぁ……そう言われてもな、特に変わった事はしてないし」
「お姉ちゃんだし、そうだと思ったよ」
「むぅ〜……あっ、いつも飲んでるジュースが実は、とか!?」
「普通のりんごジュースだよ。スーパーとかで買える」
「ぐぬぬ……!」
「……なんだお前ら、胸の事で悩んでんのか?」
『喜多さんと伊地知さんが』
「私もそこまで悩んでないからね!?」
「ふーん……とりあえず、喜多と姫榊はちゃんと飯食って肉付けろ。お前らは明らかに痩せすぎだ」
「そうですか?」
『普通だと思いますけど』
「……体重、いくつだ?」
「えーっと確か、44kgです」
『41』
「かっっっっっっっる!!」
「シンデレラ体重じゃねぇか……」
「でも食べたら食べた分だけ太っちゃいますし」
「……………………」
コクコクと姫榊ちゃんが頷く。
「いやいや、そーいう問題じゃないから!」
「拒食症とかじゃねーよな……?」
「ちゃんとご飯は食べてますよ?」
『右に同じく』
「……とにかく、いっぱい食え。お前ら2人は育ち盛りなんだから」
「お姉ちゃん、私は?」
「……………………」
店長さんがそっぽを向く。
「おねーちゃん???」
なんだか胸を大きくする話から、健康管理の話になってしまった……。
しかし困った、もう身近に頼れる人は……
バターンッ!
「やっほ〜、遊びに来たよ〜」
「……………………」
廣井さんが勢いよく、酔っ払った様子で入ってきた。
そしてその後ろに居るのは……SIDEROSの大槻ヨヨコさんだ。
「何しに来たんだお前」
「遊びに来たって言ってるじゃないですか先輩〜」
店長さんがウンザリした様子で肩を落とす。
それにしても……廣井さんがやって来るのはよくある事だけれど、大槻さんまで一緒とは珍しい。
『こんにちは大槻さん、こっちに来るなんて珍しいですね』
「ああ……うん、そうね……」
なんだか浮かない表情をしている大槻さん。
「……後藤ひとりは?」
「補習でバイトお休みなんですよ〜」
「ぼっちちゃんに会いに来たの?」
「いや、私は姐さんに無理矢理……」
「大槻ちゃんが一緒に居れば、先輩も邪険には扱えないだろうからね〜!」
「よし、廣井お前だけ帰れ」
「そんな〜!?」
そうだ、どうせなら2人にもアドバイスを貰おう。
廣井さん……は、役立ちそうにないな。
大槻さんは……背は小さめだけど、よくよく見たらスタイル凄くいいし、胸もおっきい……!
「大槻さん!」
「ひゃっ!? な、何よいきなり……!?」
大槻さんの両手を握ってジッと目を視線で捉える。
私たちを救えるのは、この人しかいない!
「どうやったらそんなに胸が大きくなるの!?」
「……は?」
「喜多ちゃん……」
「……………………」
伊地知先輩と姫榊ちゃんが冷ややかな視線を向けて来るけど、知ったことか。
「私、どうしても大きくなりたくて……!」
「いや、そう言われても……」
「大槻ちゃんは寄せて上げてるだけだもんね〜」
「ちょっ、姐さん!?」
寄せて……上げてる?
『つまり、本当は見た目よりも小さい?』
「あ〜、もう……そうよ! ブラで寄せて谷間を深くして大きく見せてるの! 悪い!?」
『見栄っ張り』
「ぐううううううう〜〜〜!!」
「寄せて、上げる……」
自分の胸に手を当てる。
「……………………」
「花奏ちゃん、喜多ちゃんは寄せて上げる程無いでしょ、って思ってるでしょ〜?」
「っ!?」
「姫榊ちゃん???」
「っ……!!」
姫榊ちゃんが必死な表情で首を何度も横に振る。
……うん、また後でお説教ね。
「なになに、喜多ちゃん胸の大きさで悩んでんの〜?」
「廣井さん……」
「だったらさ、アレ試してみればいいじゃ〜ん」
「アレ?」
みんなの視線が廣井さんに集まる。
「揉んだら大きくなる、ってヤツ。どーれ、いっちょお姉さんが揉んでやろ〜う!」
「えっ」
「ちょっ!廣井さん!?」
「……………………」
「姐さん!?」
「おいふざけんなテメェ!」
「あぅっ! いった〜!!」
店長さんのゲンコツが廣井さんの脳天に炸裂した。
大きなタンコブが出来てる……見るからに痛そう……。
その後、店長さんに廣井さんが叩き出され、大槻さんが連れ帰り……バイトが終わった。
「……………………」
今は帰り道の途中まで方向が一緒だから、姫榊ちゃんと並んで帰っている最中だ。
結局のところ……何も成果は得られなかった。
「はぁ〜……」
「……………………」
姫榊ちゃんの足が止まった。
「姫榊ちゃん?」
後ろに振り返り、姫榊ちゃんの方を見る。
街灯に照らされた表情は……いつも通りの無表情フェイス。
けれど、その視線は私に何かを伝えたがっているように見えて……
「どうしたの? 早く帰りましょう?」
それでも、彼女は動かない。
そして、少しの間、互いの視線がぶつかり合った後……姫榊ちゃんメモ用紙を取り出した。
『試してみたいです』
「えっ?」
何を……?
『今日、聞いてみたこと』
今日、聞いてみたこと?
今日の出来事を振り返る。
そこで、1つの言葉がリフレインする。
《揉んだら大きくなる、ってヤツ》
姫榊ちゃんは、試してみたい……と言った。
もしかして……
「ひ、姫榊ちゃん……私でいいの?」
「…………?」
姫榊ちゃんがキョトンとした表情で首を傾げる。
「いや、普通はイヤがるというか……あんな言葉、真に受けちゃダメよ?」
「……………………」
姫榊ちゃんが黙ったままこちらを見つめてくる。
そして……
『イヤじゃない。喜多さんにしか頼めないから』
「えっ!?」
この子は……何を言っているの?
自分が何を言っているのか分かってるの?
「い、いいの? 本当に私でいいの?」
「……………………」
コクンと静かに頷く姫榊ちゃん。
その目はイタズラを考えてる時とは違って……真剣な目だった。
濁って淀んでいる闇色の瞳に……私は吸い込まれそうな錯覚に陥った。
「ほ、ほら! ここじゃあ、その……アレだし!」
『ここでも構わないけれど』
ここでも構わない!?
大胆を通り越して……危ないじゃないの!?
……えっ、まさかそーいう趣味が?
「あ、あの……そーいうのは、やっぱり……ダメ」
そうだ。
私たちは同じバンドのメンバーで、大切な友達だ。
大切な友達を……傷つけるわけにはいかない。
それに先輩として、後輩が道を踏み外そうとしたら正さなければ。
『分かった』
「ん……理解してくれてありがとう」
姫榊ちゃんの頭をそっと撫でる。
そうすると、彼女は目を細めて顔を伏せた。
まるで小動物みたいで……愛らしさを感じた。
うん、これでいいんだ。
『自分で調べて買う事にします』
「んっ?」
調べて、買う?
……何を?
何の話?
「な、何を買うの?」
『胸用のクリーム。最近、胸元が乾燥してきて痒いので』
胸用のクリーム。
ショートしそうな思考をフル稼働させる。
試してみたい←使った事ないから
イヤじゃない←私の使い古しでも気にしない
私にしか頼めない←伊地知先輩は持ってないから
ここでも構わない←ここで受け渡しして誰かに見られても気にしない
「そういう事かぁ〜〜〜っ!!」
「っ!?」
結局、私が勘違いして勝手に舞い上がってただけだったのか……!
……危うく、とんでもない事を仕出かすところだった。
「は〜……今度の休みに、一緒に買いに行きましょう」
私はそう言って、元の向きに直って歩きだした。
姫榊ちゃんが小走りで私の横に並び立つ。
見上げるように姫榊ちゃんの視線が向けられる。
私はその視線に応える事が出来なかった。
熱を帯びた頬を見られないように、彼女の視線から逃げるように……顔を背ける事しか出来なかった。