•姫榊 花奏
本作品のオリ主ちゃん。
色々あって結束バンドのキーボーディストとして活動中。
失声症のリハビリ中につき筆談で会話している。
座右の銘は、口は災いの元。
•白雪 花澄
本作品のオリキャラちゃんその2。
詳しい設定は『沈黙のピアニスト』本編を読もう!
ファーストコンタクト最悪だったのによく喜多ちゃんと仲良くなれたね。
•喜多 郁代
本√のヒロイン。
陽キャの化身。
ちゃっかりデートの約束を取り付けてる。(無自覚)
今日は姫榊ちゃんとお出かけする約束をした日。
待ち合わせ場所の下北沢駅前に着くと……柱にもたれ掛かって佇んでいる1人の少女が目に映った。
白いロングワンピースにベージュのキャスケットを被った、小柄な女の子。
姫榊 花奏ちゃん、私の大切な友達だ。
しかし彼女は待ち惚けを食らっている……訳ではなかった。
誰かと……見知らぬ男の人と会話をしていた。
いや、一方的に話しかけられている、と言った方が正しそうだ。
姫榊ちゃんの表情には明らかに困惑の色が現れていたから。
姫榊ちゃんのあの表情は……見た事がある。
新宿FOLTにみんなと一緒に行った時、店長の吉田さんと顔を合わせた瞬間に浮かべた表情。
あの時、姫榊ちゃんは私の後ろに隠れたんだっけ。
……けれど、今の彼女に逃げ場はない。
あの子を助けなきゃ。
私は意を決して、歩を進める。
「おはよう、姫榊ちゃん!」
「ぁ……」
私の声がちゃんと届いたようで、姫榊ちゃんはこちらを向いた。
浮かべているのは、安堵の表情。
「さっ、行きましょう!」
「ぅ、ん……」
彼女の手を握り、周囲を一瞥する事もなく早足でその場から立ち去る。
何か知らない声が聞こえた気がするけれど、気にも留めず……適当なお店の前で歩みを止めた。
「ふぅ〜……大丈夫だった?」
「は、ぃ……」
手を離してキャスケットを取り、そっと頭を撫でてあげる。
姫榊ちゃんは安心しきったのか、目を瞑って軽く吐息を溢した。
「よしよし……」
幼子をあやすように、壊れ物を扱うように……優しく、撫で続ける。
目を瞑って顔を伏せたまま、ゆらゆらと肩を揺らす。
その姿を……とても愛らしく、ずっと見ていたいな、なんてふと思ってしまった。
話を聞いてみれば、あの男の人はスカウトマンでモデルをやってみないかと言われたらしい。
まあ、姫榊ちゃんは実際に小柄で可愛いし……《需要》はあるのだろう。
しかし、彼女にそんな気は全くない上に……多分、男の人が苦手なんだと思う。
言葉を話せないという事情も、他人には知りようが無い。
「ん……っ……、っ……」
「……さて、そろそろ行きましょ?」
不安げな表情が消え、心地好さそうに目を瞑って吐息を溢す姿をずっと見ていると……頭の中がグチャグチャになりそうで、そうならないように……手を頭から離した。
手に持っていたキャスケットを被せてあげて姫榊ちゃんに背を向け、目的地へ向かおうと足を動かそうとした時。
「……………………」
「んっ、どうしたの?」
服の袖をキュッと摘まれた。
振り返ると彼女は俯き視界を地面に落としていた。
いつもは飄々としている姿を見せているのに……今は、汲々とした姿を見せている。
「て……」
か細い声が聞こえた。
姫榊ちゃんが、必死に絞り出した声。
街の喧騒に搔き消えそうな声だったけれど……しっかりと、私の耳に響いた。
さっつーに鈍感だのなんだの言われるけど、私だってこれぐらいは察せる。
今の姫榊ちゃんの心の内は……不安でいっぱいなんだ。
なら、私がするべき事は1つ。
「はい!」
姫榊ちゃんの手をギュッと握る。
ひんやりとした感覚が手の平から伝わってくる。
彼女は顔を上げ、頬を綻ばせた。
今日は珍しい表情ばかり見せてくれる。
そう思うと、堪らなく嬉しくなった。
行き交う喧騒の中、2人で並んで歩き……辿り着いたのはアパレルショップ。
今年オープンしたばかりのお店だ。
行きたいなぁ、と前から思っていたのだけれど色々と予定が噛み合わず、それにこーいう場所はやっぱり1人より多人数の方が良い。
手を繋いで並んだまま店内に入ると、姫榊ちゃんの様子が一変した。
急に私の手を振り解いて、店内に駆け出した。
「ちょっ、姫榊ちゃん!?」
チラリと見えた横顔には、キラキラとした表情と瞳があった。
こーいう場所が好きなのだろうか?
確かに他のお店よりも一回り大きくて、品揃えの良さそうだけど……。
「いきなりどうしちゃったの?」
冬服コーナーの通路でキョロキョロと周囲を見渡す姫榊ちゃんに、後ろから話しかける。
何か欲しい服がある……にしては、視線が服に向いていない。
別の……もっと別の何かを探している、そう見えた。
『ここに居る』
「えっ? ……誰が?」
こちらに振り向き、メモ用紙を掲げる。
この子は何を言っているんだろう。
『花澄が居る。あの子の気配がする』
白雪 花澄さん。
姫榊ちゃんの幼馴染で、ちょっと前までは仲違いしていたけれど、今は仲良く私たちと過ごしている子だ。
姫榊ちゃんは踵を返し、隣の通路に向かう。
私はその後を追うと……本当に居た。
「うげっ!? なんでお姉様がここに……!?」
ここのブランド服に身を包み、品出しをしている最中の白雪さんが居た。
『ここで働いてたんだ』
「お帰りください、お客様!」
『お客にそんな事言っちゃう?』
苦笑いを浮かべてその様子を眺める。
やっぱり仲良いなぁ、この2人。
《仲良い通り越して……もはや恋人だろ》
いつだったか、さっつーの言っていた言葉がリフレインする。
本当に、2人は付き合っているのかな……?
姫榊ちゃんは……白雪さんの事が好きなのかな?
チクリ、と胸の奥が痛んだ。
2人の関係性を……姫榊ちゃんの想いを想像すると、なんだかモヤモヤして……
「喜多先輩?」
「えっ?」
白雪さんの声で意識が現実に引き戻された。
彼女が私の顔を、心配そうな表情で覗き込んでいる。
姫榊ちゃんも、私の事をジッと見つめている。
「大丈夫ですか? なんだか今日は元気ないですね?」
「えっ……そっ、そんな事ないわよ! うんうん、元気元気!」
「……………………」
私の言葉を聞いて、姫榊ちゃんが白雪さんに向き直った。
『花澄も一緒に遊ぶ?』
「いや、夕方までシフト入ってますから」
『そっか、残念』
「それに……」
白雪さんが私に視線を向ける。
しばらく視線がぶつかり合い……
「……うん、馬に蹴られて死にたくはないですから」
「ん?」
「……?」
何の事だろう?
姫榊ちゃんも首を傾げている。
その後、白雪さんはバイトに戻り、私は姫榊ちゃんと予定通り買い物をする事にした。
「姫榊ちゃんはゴシックな服も似合ってるわね〜」
「……………………」
姫榊ちゃんに似合いそうな服を選び、それを彼女に渡す。
服を受け取った彼女が試着室に入り、着替える。
それを何度繰り返しただろうか……彼女は表情1つ変えず、色々な服に着替える。
本当にモデルさんみたい。
「そうだ姫榊ちゃん、何か可愛いポーズ取ってみて?」
「っ!?」
私がそう言うと、姫榊ちゃんが大きく目を見開いて茫然と立ち尽くした。
……私、変な事言ったかな?
「……………………」
「姫榊ちゃん?」
返事……もとい、リアクションがない。
「姫榊ちゃ〜ん? お〜い?」
私の声が聞こえていないのか、目を大きく見開いたまま微動だにしない。
「なーにやってるんですか喜多先輩」
「あっ、白雪さん?」
背後から白雪さんの声が聞こえて振り向く。
彼女の顔には呆れの表情が浮かんでいた。
「お姉様にアドリブ振っちゃダメですよ。この人、そーいうのしようとすると硬直しちゃうんで」
「へっ……?」
姫榊ちゃんの肩に触れてみる。
……石になってる!?
「なんで!? 石化してる!?」
「は? 人間が石になる訳……うわっ、マジですか!?」
姫榊ちゃんが全身カチカチに石化していた。
姫榊ちゃん……ついに、ひとりちゃんの様な人外に……
「これ、アレじゃないですか? あの時の影響受けてません?」
「あの時?」
あの時……? もしかして……
「ひとりちゃんのカケラを取り込もうとした時!?」
「ですです」
あの時は何事もなく事態は収集したけれど……ひとりちゃんの人外パワーの影響を受けて、姫榊ちゃんの体質が変化してしまった。
……その可能性は大いにあり得る!
「どーします、これ?」
「とりあえず……元の服に着替えさせないと」
お店から出るとしても、私が選んだ服を着替えさせないと話にならない。
「私も手伝いたいのは山々ですけど、まだバイト中なので……」
「うんん、大丈夫。私の方でなんとかするから」
「お願いします、喜多先輩」
白雪さんが頭を下げて立ち去る。
そして姫榊ちゃんが居る試着室に私も入る。
それでも全くリアクションがない……気絶でもしてるんじゃないかって思えてくる。
「とりあえず……ごめんね、姫榊ちゃん!」
背面のファスナーを下ろす。
そして腕を持ち上げ……石化してて動かせない。
なら、袖を動かして腕に通して……よし、抜けた。
逆の腕も同じように脱がして……。
……ちょっと伸びちゃった気がするけど、気にしない!
「あとは……」
ずり下げて脱がす。
そして元の服を着せる。
……それだけ。
「それだけ……」
……いいのか?
いや、女の子同士だし……これは事故みたいなもの。
……手早く済ませよう!
意を決して、ゴシックワンピースをずり下げる。
「……んんっ?」
予想外の事に、思わず言葉が漏れてしまった。
目の前に飛び込んできた光景に、一瞬だけ意識を彼方へ飛ばされた。
「ペチパンツ……」
白色の、パンツタイプのペチコート。
下着や脚のラインが透けて見えるのを防止する為のインナー。
……それはそうか、しっかり者の姫榊ちゃんはそういった自衛をする。
「よかった……」
安心して気が緩んだのか……視線を上げてしまった。
「あっ……」
脇腹に痛々しく残っている……傷跡が目に入った。
姫榊ちゃんの家に泊まって皆で一緒にお風呂に入った時、話題には出さなかったけど……気掛かりにはなっていた。
けれど、その存在をすっかりと失念していた。
この傷跡の正体を、私は知っている。
5年前……白雪さんの自殺を止めた時に出来た傷。
最初にこの傷跡を見た時は何とも思わなかったけれど、事情を知ってから見ると……姫榊ちゃんにとって白雪さんは、特別な存在なのだと思い知らされた。
「……………………」
モヤモヤする気持ちを抑え込み、姫榊ちゃんに元の服を着せてあげる。
すると、姫榊ちゃんの肩がピクリと動いた。
「は……」
「あっ、姫榊ちゃん目覚めたのね?」
「……?」
キョトンとした表情で首を傾げる姫榊ちゃん。
どうやら石化している間の記憶や自覚はないらしい。
「気分はどう? 体、重くない?」
『なんだか怠いです』
普通は石化なんてしないもんね。
「とりあえず、お店から出て……どこかで休みましょうか」
「……………………」
姫榊ちゃんがコクンと頷き、右手を差し出してきた。
「……え?」
「……………………」
思考が真っさらになる。
彼女の意図が汲み取れなかった。
だが……数秒経って、理解出来た。
「……はいっ!」
差し出された手を握る。
さっきまで心の中にあったモヤモヤは、完全に消え去っていた。
お店を出て、近くにあった公園のベンチに座る。
「はい、どうぞ!」
自販機で買ったペットボトルの水を差し出す。
姫榊ちゃんは蓋を開けて、口付ける。
ゆっくりと喉を鳴らして水を飲み込む。
「ん……」
7割程残った容器に蓋をして、ベンチの上に置く。
そしてこっちに視線を向ける。
『なんでさっき、更衣室に居たんですか?』
「本当に覚えてないのね〜……まあ、気絶してたのよ」
「……?」
本当の事を言っても信じてもらえないだろうし、適当にそれっぽい事を言った。
『とりあえず、ありがとうございます』
「んっ……どういたしまして!」
姫榊ちゃんは再びペットボトルに口付けた。
「……姫榊ちゃんって、さ」
「……?」
ペットボトルを持ったまま、こちらを窺う。
闇色の瞳が、私の目をしっかりと捉えている。
「白雪さんと付き合ってるの?」
「は?」
「えっ?」
姫榊ちゃんから、普段からは考えられない大きな声が聞こえた。
……そんなに驚く事?
『付き合えません』
「んっ?」
付き合ってる、付き合ってない……ではなく、付き合えない?
「どういう事?」
『伊地知さんってお姉さんがいますよね?』
「そうね、でもそれがどうかしたの?」
『あの2人は付き合ったりしてませんよね?』
「そりゃあ、そうでしょうね」
『そういう事です』
そういう事。
姉と妹は付き合えない。
姫榊ちゃんと白雪さんは付き合えない。
……えっ?
「姫榊ちゃんと白雪さんって、姉妹だったの!?」
コクンと頷く姫榊ちゃん。
「えっ……待って、でも……あ、あれ〜?」
頭の中がこんがらがる。
理解の範囲を超えている。
だってそうだ、2人が姉妹だなんて……。
その後、姫榊ちゃんが全て話してくれた。
2人は血の繋がった姉妹である事、白雪家は昔は生活していけない程の危機的状況だった事、それをどうにかする為に姫榊ちゃんは5歳の時に養子に出された事……とんでもない人生を歩んでるな、この子。
「はぁ〜……つまりはアレね、2人の距離感が近かったのは姉妹だったから。そんでもって、戸籍上は他人だからお互いに幼馴染って事に……」
『それで合ってます』
「……………………」
「……?」
私は姫榊ちゃんの瞳をジッと見つめる。
彼女は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。
「……さあ、まだ時間はあるしもっと色々な『楽しい』を見つけましょう!」
「ぇ……あ、ぃ……」
姫榊ちゃんの手を握って立ち上がる。
心の中は晴れ晴れと、澄みきっていた。
こんな時間がずっと続くように、彼女の手を離さずにいよう。
楽しい未来を作るのなら……今も楽しまないとね!