•姫榊 花奏
本作品のオリ主ちゃん。
色々あって結束バンドのキーボーディストとして活動中。
作中に登場する楽曲は実際には収録されておりませんのであしからず。
•喜多 郁代
本√のヒロイン。
陽キャの化身。
またしても何も知らない喜多郁代さん(17)。
姫榊 花奏side
「ここは……?」
周囲を見渡す。
辺り一面に広がるのは、白、白、白。
ただただ、真っ白な空間が広がっていた。
上も下も右も左も、どこを見回しても全部同じ景色。
ここは一体、どこだろう?
……もしかして死後の世界?
「こんにちは!」
声が聞こえた。
後ろからだ。
振り返るとそこに居たのは……
「はじめまして、花奏ちゃん!」
「……何してるんですか伊地知さん?」
伊地知さんだ。
「私は伊地知 虹夏じゃないよ!」
いや、どう見ても伊地知さん……金髪サイドテールに特徴的なアホ毛は伊地知さん以外に居ない。
「私はニジカエル! 天使だよ〜!」
ニジカエル。
天使。
……よく見れば、背中に羽が生えてるし頭上に光の輪っかが浮かんでる。
「コスプレってヤツですか?」
「コスプレじゃないよ!? 本物だよ!」
みんなの介護に疲れてとうとう、おかしくなったか伊地知さん。
南無南無……。
「も〜! 信じてないでしょ?」
「信じるも何も……あ、あれ?」
おかしい。
違和感に気付いた。
「私……喋っても、喉が疲れない」
「ここは精神世界的なサムシングだからね〜」
精神世界。
……この人は、本当に天使とやらなのか?
だとしたら……
「私は死んだの?」
心当たりは全くないけれど。
「大丈夫だよ、人間でいう夢みたいなものだから!」
「はぁ……」
とりあえず、安心……なのかな?
「……で、ニジカエルさんが私をここに呼んだんですか?」
「そうだよ! ……花奏ちゃんは並行世界、って知ってる?」
平行世界。
英語で言うとパラレルワールド。
「SF物でよく出てくる、交わる事のない異なる世界……ってヤツですか?」
「そんな感じだね〜。天使の仕事は、平行世界を見守る事なの!」
「……世界を、見守る?」
「無数に枝分かれする世界、それらは紙一重のバランスで成り立ってるの。ほんの少しの綻びで異なる世界同士がぶつかり合ってしまう場合もある。それを防ぐのが私たちの仕事ってわけ!」
いまいち、何を言っているのか理解できない。
「……私には関係ない話ですよね?」
「関係大アリだよ! 花奏ちゃんはこの世界の《シンギュラー・ポイント》だからね!」
シンギュラー・ポイント……特異点?
ますます意味が分からない。
「平行世界を移動するには、シンギュラー・ポイントとの接触が必要不可欠! だからこうして花奏ちゃんに会いに来たんだよ〜」
「別の世界に行くために、私が必要……?」
「そーいうこと! あっ、危害を加えたり何か取ったりするわけじゃないからそこは安心してね! 会うだけでオッケーだから」
なんとも便利なシステムだこと。
「シンギュラー・ポイントとの接触には時間が掛かるから、その間にこの世界を監視してたけど……この世界の私たちも元気そうで何より!」
……この世界の私たち、って言った?
「やっぱり伊地知さんですよね?」
「あっ、ヤバっ……! に、ニジカエルだって!」
「いや、今ヤバっ、って……」
「とにかく! 喜多ちゃんとお幸せにっ!」
「えっ、ちょ……」
天使伊地知さんが眩い光を放ち、視界がフラッシュした。
そして私の意識と記憶は……ここで途切れた。
*
『栃木に行きましょう』
姫榊ちゃんからそうロインが送られて来たのは3日前……1月1日のあけおめメッセージの後の事だった。
栃木……なんだかよく分からないうちに伊地知先輩や大山さんと一緒に行って、餃子食べたな〜、なんて思い出が蘇った。
そして今日、1月4日。
下北沢駅で待ち合わせという事で、集合時間の5分前に到着した。
姫榊ちゃんは……まだいない。
いや、どこかで身を潜めてイタズラを仕掛けてくるかもしれない!
「あの〜、すみません」
そう身構えていると……1人の女性に話しかけられた。
少し小柄で、黒髪ツインテールの眼鏡女子。
「STARRYってライブハウスに行きたいんですけど……どこにあるか分かりますか?」
「STARRYですか? それならこの先を──ー」
STARRYへの道のりを教えると、女性はパーッと笑顔になった。
「ありがとうございます!」
「いえいえ」
「何かお礼をしたいんですけど……」
「いやいや、大丈夫ですよアレぐらいでお礼だなんて!」
「それじゃあ私の気が済まないんです! ……あっ、そうだ。そこの喫茶店でお茶でもご馳走しますよ!」
「えっ!?」
もうすぐ姫榊ちゃんが来る時間だ。
喫茶店に入っている時間なんてない。
でも、この人の厚意を無碍にするのも……。
……いや、ちょっと待って。
「……………………」
「え、えっと……?」
眼鏡女子の顔をジーっと見つめる。
この髪色、そして闇色の瞳。
……うん、間違いない!
「姫榊ちゃん! またイタズラして!」
「っ!? ……ば、バレましたか」
眼鏡女子が眼鏡を外し、ツインテールを解いて振分髪に直し、キャスケットを被ると……いつもの姫榊ちゃんだ。
「喋れるようになってから最初にする事が変装してイタズラだなんて、姫榊ちゃんはまったく……」
「だって私の声を知ってたら出来ないドッキリですし」
「ドッキリは仕掛けなくていいの!」
油断も隙もない子だ。
……でも、良かった。
本当に完治したんだ。
「快復おめでとう、姫榊ちゃん」
「ん……ありがとうございます、喜多さん」
「それと……1日遅れだけど、お誕生日おめでとう」
「ロインで祝ってくれたじゃないですか」
「それでも直接言いたいの」
「意外と律儀ですねぇ」
「意外とって何よ意外って!?」
「ふふっ……ありがとうございます、本当に嬉しい」
姫榊ちゃんがクスッと微笑む。
前よりも……柔らかい表情を向けてくれる。
喋れるようになった影響か、それとも私に心を開いてくれている証拠なのかは……分からない。
後者だったらいいな。
「今日は栃木に行くんでしょ? しかも泊まりで」
「ええ、宿はこっちで予約してあるので」
互いに何も言わず、手をつなぎ合わせる。
やっぱり姫榊ちゃんの手は冷たい。
けれど、心地良い。
「あんまり電車の中、混んでなくて良かったですね」
「ピークは昨日だからね」
「なるほど。意図してはなかったけど今日にして正解でした」
2人で並んで座席に座り、電車の中で揺れる。
もちろん、手は重ね合わせたまま。
ふと、闇色の瞳が向けられる。
「喜多さんのバンド活動、認めてもらえて本当に良かった」
そう、母親に反対されていたバンド活動は説得の末、認めてもらえた。
もっとも、大学進学という条件付きで……だが。
「姫榊ちゃんは進路どうするか決めてあるの?」
「う〜ん……下高から秀華に変えた時点で進学は諦めたようなものだし……」
そういえば、秀華に決めた理由は白雪さんが居るからだったっけ。
「かと言って、就職も……な〜、って。ぶっちゃけ、就職しなくても困りませんし」
「リョウ先輩みたいな事言ってるわね〜?」
「むっ……アレみたいになるのはゴメンですし、やっぱりちゃんと就職しないと、かな……」
姫榊ちゃんって結構、棘のある事を言うのよね。
でも遠慮しない性格なクセに、自分の事はあまり話したがらない。
「そもそも、最近まで耳が聞こえなくて声も出せなかったですし。だから進路なんて考える必要ないかな、って感じでいました」
「あー……確かに」
まともに考えれば、普通に就職するのも困難な状態。
そこから、完全に復活しちゃうんだから凄いもんだ。
「あっ、でも喜多さんが無事に進学できたら同じ大学に通うのもアリかもしれません」
「余裕そうに言うわね〜?」
「だって喜多さんレベルの大学ですし」
「なにを〜!?」
この子は本当に遠慮がない。
脇腹をこしょこしょと擽ってやる。
「ひゃっ!? あっ、は、あははっ……!」
「生意気な後輩め〜!」
「おっ、同い年……あはっ、はは……!」
手を離してやる。
姫榊ちゃんはぐったりとした様子で背もたれに寄り掛かかる。
息を切らして……潤んだ瞳で見つめてくる。
「……………………」
「ん……」
視線がぶつかり合い、自然と頬に手を当てていた。
そっと……軽く撫でてあげると、潤んだ瞳を閉じる。
上下に揺れる肩、溢れる吐息、上気した頬。
私たちの関係は、何も変わっていない。
別に付き合ってる訳でもない。
姫榊ちゃんの家に泊めてもらっている間、お風呂や寝床は共にしていたけれど……お互いにアクションを起こすような事はしなかった。
最後にキスしたのだって、ひとりちゃんと一緒に自分の家に帰る直前でした時。
「……ここじゃあ、ダメよ?」
「う……」
姫榊ちゃんが潤んだ瞳を開けて、小さく頷く。
キャスケットを手に取り、そっと頭を撫でる。
同い年だけど、やっぱり妹みたいで……あれ、でも妹にキスなんて普通はしない、か?
……彼女は私の事をどう思っているのだろうか。
2時間近く、電車に揺られ……宇都宮に到着した。
そこから徒歩で5分もしないで、姫榊ちゃんが予約を取った旅館に着いた。
姫榊ちゃん曰く「出来る限り安い所にした」らしいのだが……それでも綺麗に整った旅館だと思う。
「あんまり広くないですけど、ちゃんと掃除されてますね」
「これぐらいが普通なの!」
やっぱりこの子はどこかズレている。
まあ、それも仕方ないのかもしれないけれど。
そこが魅力の1つでもあるのだから。
部屋に入り、荷物を置くと……姫榊ちゃんが後ろから抱きついてきた。
振り向いて視線を合わせ、そっと抱きしめ返す。
潤んだ闇色の瞳に吸い込まれるように唇を重ね合わせる。
互いに躊躇いは無く、すんなりと受け入れた。
そのまま互いの感覚と存在を確かめ合うように口付けを交わし続けていると……
「ん……んっ!」
肩をパシパシと叩かれた。
唇を離すと、姫榊ちゃんがジト目で見つめてくる。
「長いですって……窒息するかと思った……」
「だって姫榊ちゃん、すっごくして欲しそうだったから」
私がそう言うと、ムスッとした表情で目を逸らす。
私だけが知ってる、彼女の表情。
私だけの、特権。
「そりゃあ……喜多さんとなら、いつだってしたいぐらいですけど」
「場所は弁えないとダメよ?」
さっきの……電車の中だなんて以ての外。
彼女はズレている、と言うよりはタガが外れていると言った方が正しいのかもしれない。
……そのタガを外してしまったのは私なのかもしれないけれど。
「って事は、ここでならいくらでもいいんですね?」
「……コンサート、間に合わなくなっちゃうわよ」
「そっ、それは困ります」
今日の目的は、コンサートを観ること。
その為に栃木までやって来たのだから。
……それを失念してしまうなんて、よっぽどだ。
「14時開演でしょ? もうちょっと時間あるし……お昼食べに行きましょう?」
「……はい」
抑揚の無い声を漏らし、あからさまに浮かない表情を浮かべる。
賛同してくれてはいるが、納得はしてくれてはいない。
なら、こうしよう。
「ひゃわっ!?」
耳にふーっ……と息を吹きかけてみる。
そうすると姫榊ちゃんは小さな悲鳴を上げて、後退りした。
耳を手で押さえながら肩を小刻みに震わせ、こちらを窺う様は肉食動物に睨まれている小動物そのもの。
「戻ってきたら、もっといっぱいしてあげるから」
姫榊ちゃんはジト目になり小さく頷く。
ちょっと、刺激が強過ぎたかな……?
旅館を出てバスに乗り、会場の近くへ移動する。
色々な店が立ち並んでいていて、選ぶのには困らなそうだ。
「姫榊ちゃんは何食べたい?」
「餃子」
餃子。
「餃子は……うん、もういいかな〜」
「……?」
「また今度ね?」
小洒落た喫茶店に入る事にした。
パンケーキを小さな口でチビチビと食べる様が、とっても可愛い。
本当に小動物みたいな子だなぁ、って思う。
昼食を済ませて、会場へ向かう。
場所は総合文化センターというところらしい。
「メインじゃなくてサブホールの方が会場なので、こっちですね」
「姫榊ちゃん、来たことあるの?」
「1度だけ」
受付を済ませてホールに入る。
私たちの席は2階の真ん中、その右端だった。
「あんまりいい席は取れませんでした」
「そうなの?」
「まあ、座席の位置なんてカレーの福神漬けみたいな物です。演奏が変わるわけじゃないですし」
それもそうか。
そもそも私に些細な良し悪しなんて分かる程の知識なんて無いし。
並んで席に座り、特に示し合わせる事もなく手を重ねる。
左手の甲をそっと指先で撫でると、肩がピクッと小さく跳ねた。
闇色の瞳が向けられる。
その瞳には少しばかり、熱が篭っているように見えて……
「まだダメ」
額を指で軽く小突く。
「むぅ……」
頬を膨らませて額を手で摩る。
「そういえば、今回のコンサートってどんなの?」
特に内容を聞かずに着いて来たからか、何も知らない。
前回のサントリーホールよりもだいぶ小規模な場所っぽいし。
「ピアノの森という漫画がありまして、その作品に登場する楽曲のピアノコンサートです」
「へ〜、そんな漫画があるんだ」
「アニメや映画もあるみたいですけど、私はそっちは見てないので……よければ、今度全巻貸しますよ」
「全部で何巻あるの?」
「26巻」
「けっ、結構長いわね……」
「ストーリーは単調なのでスラスラ読めますよ」
「そっか、じゃあ読んでみようかな」
「なら下北に帰ったら……あっ」
姫榊ちゃんがハッと目を見開く。
何かあったのだろうか?
「あの……貸すのはいいんですけど……」
顔を伏せて俯く。
「何か問題が?」
「問題というか……その、読みづらいかもしれないので、気を付けてくださいね?」
「……? ええ、分かったわ……?」
読みづらい?
難しい話や専門的な言葉がたくさん出てくる……って事かな?
まあ、その時は姫榊ちゃんに聞けばいいか。
「さっきピアノコンサートって言ったけど、リサイタルじゃないって事は奏者は1人じゃないんだ?」
「ええ、ピアニスト2人で演奏するそうです」
ステージ上にはピアノの2台、置かれている。
前回のとはかなり趣が違うみたいだ。
前回のは大人数でのクラシックコンサート、今回はピアノ2台のコンサート。
……きっと、こういうコンサートを小さい頃からたくさん観てきたんだろうなぁ。
会場内にベルの音が鳴り響く。
次第に館内が暗くなり、2回目のベルが鳴り響くと……ステージに光のシャワーが降り注ぐ。
2人の奏者が眩い舞台に上がり、ピアノの前に腰掛ける。
横目で姫榊ちゃんの表情を窺うと……暗澹な表情を浮かべていた。
どうしてそんな表情をするんだろう?
……その問いに答えを出せないまま、演奏が始まった。
クラシックコンサートとは違う、けれども確かに心を揺さぶられる演奏。
やっぱりプロの生演奏は……凄い、の一言だ。
私の実力じゃあ、どう凄いのかは説明できない。
けれど……この音も私の大切な思い出の1つだ、ってハッキリと言える。
もう2時間が経ったのか、心の内に宿る熱は冷める事なく演奏が終わり……姫榊ちゃんに視線を向けた。
「……姫榊ちゃん?」
泣いていた。
大きく目を開けたまま……誰もいない、ピアノだけが佇んでいるステージを見ながらポロポロと大粒の涙を流していた。
感動で心が打ち震えた、とか……そういう表情じゃない。
後悔。
今の彼女の気持ちは、そう感じ取れた。
……どうしてそんな表情するの?
「……………………」
何も言わずに……いや、何も言えなかっただけだ。
どんな言葉を掛けてあげればいいのか、分からなかった。
ただ……少しでも、気分が晴れてくれれば……そう思って、あやすように頭を撫でる。
「ごめんなさい、お見苦しい所をお見せして」
少し経って、涙が止まり……ホールを出て並んで歩く。
気分が落ち着いたのか、声色も元通り。
「よっぽど感動したのね〜」
違う。
そうじゃない事は分かってる。
でも言えなかった。
勇気が……出なかった。
「まあ、楽しみにしてたコンサートだったので」
「わざわざ栃木まで来た甲斐があったわね!」
これでいいんだ。
自分にそう言い聞かせて、無理やりにでも納得させる。
そうするしかなかった。
「このまま旅館に戻る?」
今は4時過ぎ。
旅館に戻って4時半頃……出掛けるにはなんとも微妙な時間だ。
「ちょっと、喜多さんと遊びたいです」
「そう?」
意外だ。
姫榊ちゃんはすぐに戻るたがるかと思ったけれど……まあ、そう言うなら。
「どこか行きたい所でもある?」
「……カラオケ、喜多さんと行きたいです」
「カラオケ? ……姫榊ちゃん、歌えるの?」
ふるふると首を横に振る。
流石に歌える程の声帯周りの筋力はまだ無いらしい。
「喜多さんの歌声が聞きたい」
「じゃあ、1時間だけね?」
駅の近くにあるカラオケボックスに入り、受付を済ませる。
「姫榊ちゃんってカラオケ来るの始めて?」
「昔、小さい頃に小林さんに花澄と一緒に連れて行ってもらった事がある」
「そうなんだ、ちょっと意外」
部屋に入り、デンモクを手に取る。
姫榊ちゃんが不思議そうな表情で私の様子を眺めてくる。
「選曲本は……?」
「いつの時代の話をしてるのよ」
こういうの、カルチャーショックって言うんだっけ?
……本当に同い年なのよね?
液晶画面を操作して、適当に流行りの曲を入力する。
「この曲知ってる?」
小さく首を横に振る姫榊ちゃん。
まあ、流行とか興味あんまりなさそうだもんね。
それに最近まで耳が聞こえなかったのもあるだろうけれど。
「やっぱり上手ですね、喜多さん」
「ふふっ、どういたしまして」
何曲か歌い終わり、ジュースで喉を潤す。
「聞いてばっかりでつまらなくない?」
「楽しいですよ、喜多さんの歌声は好きですしいくらでも聞いていられます」
「んんっ!」
「……?」
多分、無自覚なんだろうなぁこの子……。
……あと1、2曲で時間が来そうだし、このままだとなんだか癪だ。
「……姫榊ちゃんの歌を聞いてみたいな〜!」
「え」
「いいでしょ?」
「……まあ、1曲だけなら」
「やったー!」
ダメ元で言ってみるものだ。
デンモクを受け取り、たどたどしい手付きで操作していく。
そして入力が終わり、モニターに表示された曲の題名は……
「白鳥の湖?」
姫榊ちゃんがマイクを持って立ち上がる。
確か……バレエとかスケートでよく使われるクラシック音楽、だったような。
……あの曲に歌詞なんてあったっけ?
そう巡らせていた思考は、スピーカーから放たれた軽快な音楽によって彼方へ吹き飛ばされた。
明らかにクラシック音楽じゃない、これ。
すっごくヒップホップな曲だ、これ。
「しーっ!! 内緒でママの口紅レンタル 鏡に映った私はセクシービューティフルガール」
「……………………」
えっ?
……電波ソング???
「今すぐ会いたいな 君にだけ見せたいな でもね ママが帰るまで 落とさなきゃ ありゃ……拭いても~落ちない!?!!
たすけてお願い~~!!!」
真顔で、かつノリノリで熱唱する姫榊ちゃん。
すっごいシュール。
「さあ、今レッツゴー&ゴー どこまでも行こう 失敗は成功の素って先生言ってたよ
そ~れ!! ホップ・ステップ・ジャンプ&ジャンプ 君と手繋いで
でもね5時のチャイムにはちゃんと帰るから」
間奏に入ったのか、コップに口付けて1口だけ飲み込む。
……満足気な表情を浮かべて。
「アッチッチ 一緒がいいね いつも にっと笑って それだけで嬉しくて
運命に 神様サンキュー 永遠に 四の五の言わず 私だけの君でいて
おっとっと ムっとしちゃうぞ かならず なかよしだよ ケンカとかしちゃうけど
キラリ ホットなハート おなか キュっと鳴いた 花よりも団子がいい」
普段の姫榊ちゃんからは想像もつかない、キャピキャピした可愛らしい歌詞の大洪水。
なんだか脳内がぶっ壊れそう。
「パパが見つけたママ ママが見つけたパパ
いつまでも お幸せに
私見つけた君 君が見つけた私 探したい お幸せを」
私に視線を向けてウィンクを飛ばす。
この子、めっちゃノリノリだよ。
「あ~この口紅どうしよ……ワオ!!」
「……………………」
「どうでした?」
「あ〜、うん……あはは……」
リアクションに困る!
カラオケボックスを後にして旅館へ向かう。
もちろん、手を繋いで歩いて。
「気分は晴れた?」
「えっ? ……あっ、はい」
「そっか〜」
「……聞かないんですか?」
「ん〜? 何を?」
姫榊ちゃんが何を言いたいのかは分かってる。
でも、いいんだ。
姫榊ちゃんが自分から話してくれる、その時まで……彼女を支え続けよう。
そして、話してくれた時は……それでも支え続けよう。
「ありがとう、喜多さん」
「どういたしまして!」
旅館に着いて、夕ご飯とお風呂を済ませた。
今は旅館で用意してある浴衣に身を包み、部屋で寛いでいるところだ。
「明日は色々な所を見て回るのよね?」
「はい、栃木巡りです」
姫榊ちゃんがどうしても行きたい場所が1つあるらしく、そこ以外はほぼノープラン。
……こういう旅行もアリかもね。
姫榊ちゃんと一緒ならきっと、どこでも楽しい。
「ん……」
そっと頬を撫でてあげると、目を瞑って顔を上げる。
お昼にした約束通り……唇を重ね合わせる。
互いの生温かい吐息を感じ合い、背中を優しく撫でる。
そしてまた肩を叩かれる前に顔を離す。
「そういえば、誕生日プレゼントあげてなかったわね」
そっと頭を撫でると、心地好さそうに体を揺らしてもたれ掛かってくる。
「いらないんですけど」
「そうね、何度言っても『いらない』って言って聞かないものね」
「……………………」
「だから、誕生日プレゼントに姫榊ちゃんを貰うわ」
「はい?」
キョトンとした表情で首を傾げる。
「姫榊ちゃんってキス、好きよね?」
「喜多さんとの、です」
「ふふっ、そうね。……何で好きなの?」
「なんでって、それが最上の愛情表現だから」
なるほど、やっぱりそういう考えなんだ。
……きっとこの子は、何も知らない。
無垢……いや、無知なんだ。
「姫榊ちゃんは私の事、どう思ってる?」
「私は……」
姫榊ちゃんの頬に手を置く。
彼女は俯いて目を伏せる。
珍しく言葉に詰まり言い淀む。
「大切な、友達だと思ってます」
「本当に?」
「っ……」
ジッと見つめると目を逸らされた。
こればっかりは、ちゃんと聞かないと。
「本当に、友達ってだけ?」
「いや、だって……」
「だって?」
「私、女ですし」
「知ってる。それが?」
「えっ……だって、私のクラスメイトに告白された時……」
「見知らぬ人だったから、ああ言ったの。姫榊ちゃんは別よ?」
両手で頬を撫でてあげる。
目を細めて吐息を溢す。
「……喜多さんは、リョウさんや後藤さんが好きなんじゃ」
「なんでそうなるの!?」
「え……だって……」
「いや、まあ、好きだけど……そういう好きとは別物というか! ……あの2人は憧れみたいなものだから!」
「憧れ……」
「だから、姫榊ちゃんの本当の気持ちを教えて?」
頬に手を置いたまま、ジッと闇色の瞳を捉える。
今にも光が溢れそうなぐらい潤んだ瞳を……しっかりと捉え続ける。
「好きです、喜多さんの事が……好きなんです」
「うん、私も姫榊ちゃんの事が好き」
再び口付けを交わす。
今まで恋愛なんてした事なかったけど……この気持ちは恋心だって、ハッキリと言い切れる。
いつからだなんて分からないけれど……私は彼女に恋した。
そして彼女も私に恋してくれている。
それで充分だ。
「お布団にいきましょう?」
「ん」
同意を得て一緒の布団に寝転び、抱き寄せる。
上気した頬を撫でると、目を瞑って吐息を溢す。
ゆったりと撫で回してるうちに、首筋を指先でスーッとなぞってみる。
「ん……!」
ビクッと体が跳ねる。
「くすぐった……っ!」
「ん〜?」
構わずに首筋をなぞり続ける。
徐々に浴衣の中へ手を潜り込ませ、次は肩を指先でなぞる。
「んん……!」
目を瞑ってもぞもぞと体を揺らすけれど、嫌がる素振りは見せない。
「愛情表現ってね、キスだけじゃないの」
「へ……?」
「教えてあげるね」
肩をなぞっていた指をゆっくりと胸へ移動させる。
乳房の形を確かめるように指を這わせ、もう片方の手で浴衣を肌蹴させる。
露出された色白い柔肌の肩、普段は服で隠れていて見えない胸元。
何度か見た事があるハズなのに、今は取り憑かれたように滾りを感じる。
「ブラジャー、してないの?」
「外出る時は上着羽織ればいいかな、って」
「ふ〜ん? ……てっきり、最初からそういう気だったのかと思っちゃった」
「えっ……ふぁ、っ……!」
膨らみは殆ど無いけれど、柔らかさはある。
そんな彼女の乳房を手の平で包み込み、全体で撫で回す。
姫榊ちゃんが甘い吐息を溢し、腰を揺らす。
帯を緩ませて、彼女が体を揺らす度に柔肌の露出が広がっていく。
「そのっ、部屋の電気……消して欲しいんですが……」
気恥ずかしさからか、頬を赤らめながら腕を掴んでくる。
「ダメ。暗いと姫榊ちゃんの表情がよく見えないじゃない」
「それが恥ずかし……っ!?」
姫榊ちゃんの体が大きく跳ね上がる。
乳首にキスをしたからだ。
「こうしたら顔は見られないし、キス……好きでしょ?」
「それとこれは違う……っ!」
姫榊ちゃんが咄嗟に自分の口を両手で覆う。
舌を突き出し、チロチロと先に触れる。
舌先で胸先を転がすようにして刺激を与える度に、彼女の体が大きく跳ね上がる。
上目を向けると、目をギュッと瞑って口元を必死で抑えている姫榊ちゃんの顔が映った。
もう片方の胸を優しく、包み込むように揉みながら……もう片方の胸は乳首をひたすらに舌先で転がし続ける。
「んんっ、ん……!」
くぐもった声と衣擦れの音、そして乳首を舐め上げる水音。
それらが混ざり合い、体の内から湧き上がる熱を加速させていった。
ビクビクと全身を震わせ、太腿を擦り合わせている。
「は……、足、開いて?」
「っ……」
胸先から顔を離し、太腿を軽く撫でる。
彼女は小さく頷き、肩で息をしながら言われた通りに足を開いていく。
浴衣は完全に肌蹴ていて、彼女の下半身を覆い隠しているのはシンプルな白色のショーツ1枚だけだった。
「ペチコート、履いてないんだ」
「……何で私がペチコート履いてるの知ってるんですか。言った覚え無いのに」
「あっ」
しまった、あの時の記憶は無いんだった……!
「ほ、ほら! 何回も一緒にお風呂入ってるし……着替えてる時に見えたから……!」
「人の着替えをジロジロ見るとか、趣味悪いですね」
軽い軽蔑の篭ったジト目。
本気で怒ってはいないだろうけど……失言には違いない。
「ご、ごめんなさいっ」
「……許します」
「姫榊ちゃん優しい!」
「ん……」
少し呆れ顔をしてる彼女の頬を軽く撫でる。
彼女の目が細まり、吐息を溢したところで……もう片方の手を下半身へ持っていき、クロッチを指先で撫でる。
「ひゃっ!」
クロッチはすっかりと熱を帯びて、少しばかり濡れていた。
指先でドロッとした液体を掬い上げ、それを彼女の目の前まで持っていく。
「姫榊ちゃん、濡れちゃってるね」
「ぬれ……えっ……?」
キョトンとした表情で首を傾げる。
……なんとなく予想はしてたけど、やっぱりか。
「私が触った所、自分で触った事ある?」
姫榊ちゃんがブンブンと首を横に振る。
彼女の事だ、保険の授業で知識としては持っていても、実態がどんなものか分かっていないのだろう。
「痛かったら、ちゃんと言ってね?」
「ん……?」
流石に他人の……こんな場所を触るのは私だって初めてだ。
ましてや、そういった経験の無い姫榊ちゃんのなら……尚更、気を付けなければ。
ショーツに手をかけ、ずり下げていく。
クロッチから薄っすらと糸が引いて……途切れる。
蜜壺の入り口を指の腹で軽く擦ってみる。
「んふぅ、っ……」
「姫榊ちゃん、力抜いて」
腰を揺らし、体を強張らせる。
意識をこちらに向けさせようと、お腹を撫でると……深く息を吐いて脱力した。
クチュクチュと水音を立てて指先で入り口を解していく。
「わあ〜……どんどん溢れてきた」
蜜壺からドロッと粘ついた愛液が滴る。
愛液を指に絡ませ、ヒクついた入り口に塗りたくる。
姫榊ちゃんの顔に目を向けると、顔を真っ赤にして潤んだ瞳で見つめてきていた。
「……んっ」
「っ……」
唇を押し当てるように重ね、ゆっくりと蜜壺の中へ指を差し込む。
指に肉襞が絡みつき、押し返されそうな程にヒクヒクと畝る。
肉襞を押し分けながら指を進め、そして肉壁に指を擦り付けながら引き返す。
「いたっ、っ……!」
「あっ……ご、ごめん」
肉壁を擦り上げた瞬間、小さな悲鳴が上がった。
力加減が難しい……。
「大丈夫? 無理ならやめるけ……」
「やめないで、ください」
確固たる意識を感じさせる言葉によって、私の言葉は遮られた。
「喜多さんの愛情表現を……私に、教えて欲しい」
「……分かったわ」
さっきよりも優しく……蜜壺の中を探るように指を掻き回す。
肉襞をなぞるように指で擦り、蜜壺の中が小刻みに収縮を繰り返す。
指と蜜壺の結合部からは愛液がトロトロと溢れてきていた。
「ふぅっ、っ……は……!」
何度も、何度も……飲み込まれそうな指で肉襞を擦り、華奢な腰をくねらせる。
時折、指を軽く折り曲げたりして、肉壁を指先でノックすると……その度に腰が大きく浮き上がる。
「や、ぁ……! なんか、くる……っ……!」
甘い吐息を溢し、脚を震わせ、腰を捩らせ……指が溶けそうな程に蜜壺の中は熱を帯びていた。
再び指を折り曲げ、肉壁をトントンと叩くと腰を浮き上がらせてガクガクと震える。
「ここが良いんだ?」
「はぁっあ、あぁ、あ……!」
何度も、執拗に同じ箇所を刺激する。
その度に体が大きく跳ねて……蕩けきった表情で身悶える。
まともに受け答えも出来ない程に快楽に溺れている姿は、普段のあどけなさの面影が感じられない。
「あ、ぁ、あ……へんな、きちゃ……あ……!」
「いいよ、イって。姫榊ちゃんのイってる姿、見せて」
指をぐいっと強く折り曲げると、蜜壺の中がキュッと引き締まり小さな身体が痙攣するように震え上がる。
「っ〜〜〜!!」
声を漏らすまいと必死に歯を食い縛り、身体を弓形に仰け反らせ……絶頂を迎えた。
肉襞がピクピクと畝り、指に絡み付いて離さない。
「はっ、ふ、は……っ……」
指を蜜壺から引き抜くと、指に纏わり付いた愛液と結合部から引いている糸が光っていた。
「どうだった?」
「ん……よく分かんなかったけど、ふわふわします……」
「そっか」
最初は痛がっていたけれど、気持ち良くなってくれたようだ。
「これが……喜多さんの、愛情……なんですね」
「まだ半分だけ、ね」
「えっ?」
浴衣と下着を脱ぎ、姫榊ちゃんと同じ格好になって横たわり……ギュッと抱き寄せる。
一緒にお風呂に入っていた時は肩をくっ付けていたけれど、こうして裸で抱き合うのは初めて。
「姫榊ちゃんの体、真っ赤になって熱くなってる」
「自分でも、分かります……こんな感覚、初めて……」
腕の中でもぞもぞと揺れる華奢な体。
腰を抱きしめ、脚を絡ませ合う。
体のいたる所が触れ合い、互いの熱が混ざり合い、体の内へ溶け込んでいく。
「姫榊ちゃん、今度は一緒に気持ちよくなろ?」
「一緒に……」
腕の中で恍惚とした表情を浮かべている姫榊ちゃんが小さく頷く。
お腹と腰を寄せてくっつけ合う。
湿り気を帯びた自分の秘裂と、ぐしょぐしょに蕩けた秘裂が触れ合う。
「姫榊ちゃんの、あっつい……それに、ずーっとピクピクしてる……そんなにさっきの、気持ち良かった?」
「きっ、気持ちいいかは分からないけど……ずっとお腹の奥がキュッとして、変な感じが止まらない……」
いっぱい感じてくれている、そしてこれからする事も、楽しみにしてくれている。
それが分かると……嬉しくて、姫榊ちゃんの全てが欲しくなってきてしまう。
「姫榊ちゃん、好き。大好き」
腰をゆっくりと揺らし、互いの秘裂を擦り合わせる。
クチュクチュと水音が部屋の中に響き渡り、頭の中で木霊する。
擦れる度に姫榊ちゃんのいとけない花弁が、パクパクと求めるように揺れる。
「わた、しも……っ、だいすき、っ……!」
息を切らしながら縋り付くように強く抱きしめてくる。
その様が堪らなく愛おしくて……高ぶる熱を加速させるには充分だった。
充血した互いの陰核が擦り当たる。
全身を電流が駆け巡るかのような感覚に襲われる。
姫榊ちゃんも同じようで……いや、1回絶頂を迎えているからか、私よりも感じている。
今にもハートマークが浮き出そうな程にうっとりとした瞳と、唾液を垂らしてダラシなく開いている口がその証拠だ。
「ちゅっ……ちゅむ、ちゅ……」
「んっ、んむっ……ちゅ……!」
口を塞ぐように口付け、唇を舐め回す。
一頻り唇を堪能した後、口内へ舌を捻じ込む。
舌先をチロチロと舐め、深く舌を絡ませ……互いの陰核をひたすらに擦り合わせ続ける。
「んくっ、じゅるっ……好き、好き、好き……はむっ、じゅるっ……!」
「んんっ、ん……あむっ……しゅき、きたしゃん……しゅき……!」
舌を絡め取り、勢いよく吸い上げる。
唾液も、舌も、吐息も……全部、私だけの物。
上も下も、深く口付けを交わし合い……脳が蕩けるような感覚がしてくる。
「はんっ、ちゅ……はっ、あ……! きちゃ、う……ちゅむっ、ちゅ……は……!」
「ちゅっ、じゅるっ……イって……イって……♪」
スパートをかけて小刻みに腰を揺らし、陰核を激しくぶつけ合う。
抵抗する素振りを見せずに、されるがままに舌を吸い上げ蹂躙され続け……口元から唾液が溢れる。
何もかもが愛おしい。
姫榊ちゃんの腰がガクガクと震え上がり、腕を回してガッチリと押さえ込む。
「く、ぅ……あ……あああぁっ〜〜〜〜!!」
「イくっ……っ〜〜!」
同時に絶頂を迎え、水道管が破裂したのかと思うぐらいに勢いよく潮が噴き出る。
汗やら愛液やら何やらでベチョベチョになった脚を解き、焦点の合っていない瞳を見つめる。
ピクピクと痙攣した体を抱き寄せ、背中を撫でる。
「花奏ちゃん、大好き」
軽く頬に口付ける。
彼女はにへら笑いを浮かべ……微睡みに飲まれて沈んでいった。
「おっはよ〜、花奏ちゃん!」
耳元でパチパチと大きく手を叩く。
「うっさぃ……」
眠気の抜けない目を擦って体を起こす。
「もう7時よ? 今日は栃木巡りでしょ!?」
「ふわ〜……んっ、ん……あー……」
花奏ちゃんが喉に手を当てて咳払いをするように声を出した。
「花奏ちゃん、声が枯れかけ寸前ね〜」
「誰の所為だと」
ジト目を向けられる。
昨晩はあんなに可愛い目してたのにな〜……なんて言ったら小突かれそうだ。
「シャワー浴びたい……」
「疲れてるでしょ? 私が体洗ってあげる!」
「いらない」
こんな時でも自分のペースを全く崩さない花奏ちゃん。
こんな時ぐらいは甘えて欲しいのにな〜。
「……喜多さんは疲れてないんですか?」
「ん? ぜーんぜん?」
「体力オバケめ」
花奏ちゃんが立ち上がり、部屋に備え付けてあるバスルームへ入る。
今のうちに布団を片付けておこう。
「念のため、タオルケットを敷いといてよかったわ……」
敷いてなかったらあわや大惨事だっただろう。
あんなに乱れるとは思いもしなかったし……。
……なんか、急に気恥ずかしくなってきた。
「は〜、スッキリした……」
シャワーからあがり、私服に着替えた花奏ちゃんが戻ってきた。
「あっ、お帰りなさ〜い」
「片付けといてくれたんですね、ありがとうございます」
「いえいえ! ……はい、お水どうぞ!」
「ん……」
差し出したペットボトルを受け取り、飲み口に口付けてゴクゴクと水を飲み込んでいく。
「ぷはっ……」
「やっぱり喉、乾いてたのね。半分も飲んじゃうなんて」
いつもは1割ぐらいしか飲まないのに。
……起きたらすぐ、いや……行為の終わった後に起こしてでも飲ませてあげるべきだったなと反省。
「喜多さんはやっぱり優しいですね」
「んっ?」
「……ちゅっ」
花奏ちゃんの唇が私の唇と重なった。
……初めて、花奏ちゃんからキスされた。
「もう、花奏ちゃんったら」
「ふふっ、昨日いっぱい喜多さんにしてやられた仕返しです」
仕返し。
これで仕返しのつもりだなんて、やっぱり可愛いな。
……それにしても。
「……………………」
「……喜多さん?」
「呼び方」
「へっ?」
私は名前で呼ぶようにしたのに、彼女からは何も変わらないのはちょっと癪に触る。
「いや、喜多さん……名前で呼ばれるの嫌ってるじゃないですか」
「気付いてたんだ?」
彼女に自分の名前がコンプレックだと直接言った事はない。
「リョウさんに呼ばれてる度にイヤそうな感じ出してましたから」
「あー……そうだった?」
自分じゃ気付かなかった。
まあ、リョウ先輩に名前で呼ばれるのはもう慣れたからいいのだけれど。
……自分でも気付かない所に気付いてくれるなんて、花奏ちゃんって案外、人をよく見てるんだなぁ。
「なので、呼び方はこのままで……」
「名前で呼んで」
「えっ……」
顔を真ん前まで近づけ、両頬を手で挟み込む。
「呼んでくれるまで、キスしてあげないから」
「そっ、それは……」
花奏ちゃんが目を逸らして俯く。
数秒経って、大きく息を吸い……
「郁代さん」
こそばゆい声を吐き出した。
「……………………」
「いや、なんか反応くださいよ」
両手を離す。
「やっぱり私、自分の名前好きじゃない」
「でしょうね」
でしょうね、って。
「でもね、好きな人にならそう呼ばれても嫌じゃない」
「そういうもんですか……?」
「そういうもんなの!だから……2人っきりの時は、名前で呼んで欲しいな」
「喜多さん……っと、郁代さんが言うなら」
「よしっ! ……ご褒美に……ちゅ……」
「ん……」
頬に手を置いて軽く唇を重ね合わせる。
これから、どんな困難が待ち受けていようとも……どんな壁が立ち塞がろうとも、2人一緒なら乗り越えられる。
「花奏ちゃん、大好き」
「私も大好きです、郁代さん」
2人一緒なら、苦なんてない。
これからも、もっといっぱい「楽しい」を見つけよう。
「さあ、行きましょう!」
私たち2人でなら、どこまでも行けるって信じてるから。