•姫榊 花奏
本作品のオリ主ちゃん。
色々あって結束バンドのキーボーディストとして活動中。
19歳になりました。
•白雪 花澄
本作品のオリキャラちゃんその2。
詳しい設定は『沈黙のピアニスト』本編を読もう!
重度のシスコンかと思いきや意外と花奏ちゃんに辛辣だったりする。
•喜多 郁代
本√のヒロイン。
陽キャの化身。
大学2年生。
•後藤 ひとり
下北沢のツチノコ。
いつまで経ってもコミュ障隠キャ。
•伊地知 虹夏
下北沢の大天使。
いつまで経っても天使。
•山田 リョウ
世界のYAMADA。
いつまで経ってもクズべ。
•大槻 ヨヨコ
SIDEROSのリーダーでボーカル兼ギター担当。
花奏ちゃんにコミュ障は通用しない。
•長谷川 あくび
SIDEROSのドラム担当。
ストッパーが機能しないとこうなる、という良い例。
•本城 楓子
SIDEROSのギター担当。
花奏ちゃんとはSIDEROSのメンバーで一番仲が良い。
•内田 幽々
SIDEROSのベース担当。
花奏ちゃんからはちょっと距離を取られがち。(嫌ってはいない)
•清水 イライザ
SICK HACKのギター担当。
花奏ちゃんが一番懐いている人。
「今日もおつかれ〜」
スタ練が終わり解散となった。
みんなが高校を卒業してからも練習の頻度は変わらず、私たちのバンド活動は着実に前に進んでいっている……と思う。
最初に比べたら知名度やファンが増えた事も実感してきたし、演奏の腕前や歌唱力も……まだまだみんなに追いつける程じゃないけれど、上達してきてる。
これからも、もっと頑張らないと!
「それじゃあ、また〜!」
「お疲れ様でした」
「あっ、さっ、さようなら」
「さいなら」
ギグバッグを背負い、ひとりちゃんと花奏ちゃんと並んでスタジオを後にする。
リョウ先輩と伊地知先輩はスタジオに残るみたい。
「今日も暑いわね〜」
「8月ですから」
「さっ、30度超えてる日が続いてますもんね……」
かんかん照りの中、ギグバッグを背負って歩くのはやっぱり疲れる。
キーボードを持ち歩いている花奏ちゃんは更に大変だろうけれど……涼しい表情を崩さないまま。
ひとりちゃんは相変わらずジャージ姿だし……。
「こうも暑い日が続いてると、参っちゃうわ」
「……そこのお店でかき氷買っていきません?」
「あっ、いいですね」
花奏ちゃんの提案でかき氷を買って食べる事になった。
3人でかき氷を持って公園のベンチに座る。
私はいちご味、花奏ちゃんはメロン味、ひとりちゃんはブルーハワイ味だ。
「っ〜〜〜!」
「あははっ、花奏ちゃん変な顔!」
「きっ、気持ちは分かります……」
花奏ちゃんが目を瞑って眉間とコメカミを押さえる。
かき氷を頬張ると頭がキーンって来るわよね、わかるわかる。
「そういえば……ブルーハワイ味って、何味なんでしょう……?」
ひとりちゃんが水色に染まったかき氷をシャクシャクと食べながらそう言った。
「……ブルーなハワイの味?」
花奏ちゃんが首を傾げてそう返す。
「答えになってない……」
「なら、トロピカルラブな味?」
「そんな概念的な……?」
「海水の味?」
「そんなの食べられない……」
「トレイントレインな味?」
「古くないです……? 姫榊さん、私と同い年ですよね?」
ひとりちゃんと花奏ちゃんの2人で、男子高校生みたいな押し問答を繰り広げる。
2人とも、精神年齢が全く成長してない。
「ブルーハワイ味ってカクテルが由来なんだって」
「へぇー」
「流石、喜多ちゃん……陽キャの申し子……」
陽キャ関係ある?
「前にテレビで見たの。ついでに、かき氷のシロップってどの種類も原料は同じで味も殆ど変わらないみたいよ」
「そうなんですか……?」
「いくら味音痴の私でも、味の区別ぐらいはつきます」
花奏ちゃん、味音痴の自覚あるんだ。
「本当なんだって! 香料の違いで味が違うように感じるらしいの」
「あっ、香りって味覚にかなり影響するらしいですからね……」
「ふぅん。……そう聞くと、かき氷の有り難みが薄れるね」
世の中には知らない方がいい事もある、のかも。
「本当かどうか、確かめてみたい」
「ん……じゃあ、私の一口あげる」
「んぅ」
花奏ちゃんがコクンと頷く。
赤色に染まったかき氷をスプーンで掬い、それを花奏ちゃんの口元へ持っていく。
「はい、あーん」
「あむっ」
パクッといちご味のかき氷を小さな口に含む。
シャリシャリと音を立てて、しっかりと味わっている。
そして花奏ちゃんが自分で持っていたかき氷も1口掬って食べる。
「……イチゴの味。私のは……メロンの味」
「ちゃんと別の味に感じるでしょー?」
「うんっ」
「あっ、あっ、あ……」
ひとりちゃんの、今にも息絶えそうな程にか弱い声が聞こえた。
花奏ちゃんと一緒に視線を向けると、ひとりちゃんがドロドロに溶けかかっていた。
「お2人の青春全開ラブラブオーラが私の体を溶かす……」
「物理的に溶ける人は後藤さんしか居ない」
「カムバックひとりちゃーん!」
ひとりちゃんは相変わらず、拗らせ青春コンプレック全開だ。
「これでよし!」
「な、なんとか自我を保てました……」
「別にイチャついてる訳じゃないけど」
「あっ、やっぱりカップル同士はああいうのがデフォなんですね……ふふ、私には縁遠い事……店長さんみたいに行き遅れるのがサダメ……ロンリーロンリー……」
さらっとひどい事言ってない?
まあ、30過ぎて男っ気が全くないのは……イヤイヤ、失礼な事を考えちゃダメ!
「余計なこと言わないの、花奏ちゃん!」
「むぅっ」
頬をぷくっと膨らませる花奏ちゃん。
可愛い……けれど、それを言ったり表情に出したらもっとややこしい事態になる!
食べ終わったカップをゴミ箱に投げ捨てて、立ち上がる。
「さっ、帰るわよ!」
花奏ちゃんと付き合ってから3年が経った。
私は無事に大学に進学し、バンド活動を続けられるようになった。
花奏ちゃんも進学し、私と同じ大学に通うようになった。
花奏ちゃんならもっと上の大学を狙えただろうに……「郁代さんと一緒がいいです」なんて言うんだから。
ひとりちゃんは……うん、まあ。
「あっ、あの……」
「んっ?」
「なぁに? ひとりちゃん?」
ひとりちゃんが控え目な声量でそう言った。
私と花奏ちゃんの視線がひとりちゃんに向けられる。
「わっ、私……2人の邪魔、ですよね……えへへ、お邪魔虫はさっさと退散して……」
「ばーか」
「ふぇ?」
「そうよひとりちゃん、あなたはおバカ」
「えっ、えぇ?」
「私と花奏ちゃんが友達を蔑ろにするような人間だって思ってる?」
「あっ、その……あぅぅ……」
「あのね、変な遠慮なんてして欲しくないの。ひとりちゃんは私たちの大切な友達なんだから!」
花奏ちゃんがコクコクと頷く。
花奏ちゃんも私と同じ気持ちで居てくれている。
「後藤さんの事、大好きだから」
「私もひとりちゃんの事、大好きよ!」
「えへへ、えへっ……うぇへへ……あっ、2人とも私の恋人にしてあげてもいいですよ……?」
「また調子に乗ってる」
「いつまで経っても変わらないわね〜」
そう、私たちの関係は変わってない。
そしてこれからも変わる事はない。
ずっとずっと……一緒に。
「あっ、さっ、さようなら」
「また次のスタ練で」
「ばいばーい!」
下北沢駅でひとりちゃんと別れ、花奏ちゃんと2人で帰路に就く。
……ハズが。
「……………………」
ひとりちゃんの姿が見えなくなると、花奏ちゃんが目を瞑ってこちらに顔を向ける。
2人きりになると、いつもこうだ。
「……ダメだって言ってるでしょ?」
今すぐに口付けを交わしたい衝動を抑え込み、額を軽く小突く。
「んぅ……」
「落ち着ける場所で、ね?」
「……………………」
渋々、といった表情で頷く花奏ちゃん。
花奏ちゃんは本当にキスをするのが好きだ。
隙あらばキスをせがんでくる。
けれども、その一線だけは
越えちゃいけない。
幸い、花奏ちゃんはすぐに引き下がってくれる。
彼女なりに、私の言っている事や考えている事を理解してくれている……って事でいいんだよね?
「明日、一緒にお出かけしましょ?」
指を絡ませ合い、手を繋いで並んで歩く。
花奏ちゃんの手はとても小さくて、とても柔らかい。
ちょっと力を強く入れ込んだら、ペシャンコに潰れてしまいそうな程。
「あ……ごめんなさい、明日は予定が入っていまして」
花奏ちゃんが申し訳なさそうに顔を伏せる。
手の平と指先から花奏ちゃんの熱が伝わってくる。
「用事があるなら仕方ないわ。……明後日は?」
「明後日も……予定があって。明々後日も……本当にごめんなさい」
「ん……そっか」
仕方ない。
仕方ない事……だけれど。
「……………………」
ここ2、3ヶ月程前からだろうか。
花奏ちゃんと予定の合わない日が多くなってきている。
プライベートの隅々まで詮索したり、あれやこれやと束縛するつもりは毛頭無い。
同じ大学の同じ学科に通っているからと言って、いつも一緒にいる訳じゃない。
花奏ちゃんにだって個人的な用事はある。
「あの……」
「花奏ちゃん」
「は、はいっ」
花奏ちゃんの目をジッと見つめる。
彼女は感情が表情によく出る。
だから分かる。
……やましい事はしていない、って。
「い、郁代さん?」
「ちょっとこっち来て」
「えっ……ちょ、え……」
花奏ちゃんの腕を引いて路地へ入る。
薄暗く人気のない場所。
「何を……んぅ!?」
「ちゅっ、んっ……んむ……」
へし折れてしまいそうな細い腰をギュッと抱きしめ、押し付けるように唇を重ね合わせる。
「んっ、は……んは……!」
熱の篭った互いの吐息が混ざり合う。
貪るように何度も口付けを交わす。
最初は戸惑いと驚きの目をしていたのに、花奏ちゃんの顔はいつに間にか蕩けた目と表情になっていた。
花奏ちゃんは……こんなに無理矢理で強引なキスでさえも、幸せを感じてくれている。
「ちゅ、じゅるっ……ちゅっ……!」
「んぅっ、ちゅっ……は……! いくよ、さ……んはっ……!」
舌を口内へ捻じ込ませ、舌先を絡ませ合う。
唾液を送ったり、絡めた舌先を吸い上げたり……ひたすらに花奏ちゃんの口内を堪能していった。
口内へ刺激を与えられる度に花奏ちゃんの小さな体がビクッと跳ね上がる。
もっと、もっと……欲しくなる。
不安になりそうな気持ちを、快楽で塗り潰したくなる。
「ぷは……っ……」
「は……っ、は……」
けれども、これ以上は花奏ちゃんが壊れてしまいそうで……。
「いくよ、さん……」
今はただ、こうして腕の中で体を預ける愛しい存在に、自分なりの愛情を注いで……貴女の事を信じたい、って自分に言い聞かせる事しかできなかった。
「浮気ぃ!?」
「声が大きいですって伊地知先輩っ!」
翌日、私は伊地知先輩とリョウ先輩とひとりちゃんを呼び付けた。
「絶対にありえん」
「で、ですよね……姫榊さんに限って……」
私もそう思う。
花奏ちゃんに器用さが無いのは分かっている。
だけど……
「何か私に隠し事してるのは確かです!」
「花奏ちゃんが隠し事してるのなんていつもの事じゃん」
ぐうの音も出ない正論だ。
花奏ちゃんはとにかく隠し事が多い。
自分の事をとにかく話したがらない。
耳が聞こえない事だって、自殺未遂事件の事だって、実は同い年だって、花奏ちゃんの妹の事だって、花奏ちゃんの家庭事情の事だって……私への気持ちだって、何かきっかけがなければ話してくれなかった。
「で、花奏を尾行しようって?」
「はい!」
私たち4人の視線の先にいるのは……そう、花奏ちゃん。
私たちは遠くの物陰から、彼女にバレないように様子を伺っているところだ。
「めんど……」
「今回ばっかりはリョウと同感。尾行なんてするだけ無駄だって」
「そんな! ……ひとりちゃんは?」
「あっ、私も反対です……」
「ひとりちゃんまで!」
「郁代は心配し過ぎ。もっと花奏を信じてあげるべき」
「それは……分かってますけど……あっ!」
花奏ちゃんが下北沢駅に入っていった。
電車で移動するみたいだ。
「行きましょう!」
「ちょっ、喜多ちゃん!?」
「仕方ない……こうなった郁代は止められん」
「喜多ちゃん……」
4人で電車に揺られながら花奏ちゃんを遠目で眺める。
特に変わった様子も無く……いつも通りの花奏ちゃん。
不審な所は何も無いハズなのに……不安だけが募ってくる。
「あっ、降りるみたいです……」
「ここって……新宿?」
新宿……何の用があるのだろうか。
早足で電車から降りる花奏ちゃん。
私たちも歩を早めて電車から降り、改札口へ向かう。
だけれど……
「物の見事に見失った」
「そりゃあ、こんな大混みで乗車券の清算もしなきゃいけないんだからねー」
「あっ、あっ、人がいっぱい……」
改札を抜けた時には花奏ちゃんの姿はもう視界から完全に外れていた。
出口がいっぱいあって、どこへ向かったのかが分からない。
「もう追いつけないし、これで解散……」
「C4出口から出たみたいです! 行きましょう!」
「……なんで分かったの、郁代?」
3人から不審げな視線を向けられた。
「花奏ちゃんのスマホにGPS入れてあるんで!」
「は? ……はぁ!?」
「うわっ……マジか……」
「きっ、喜多ちゃん……?」
3人のドン引きした表情。
……ちょっと待って!
「誤解ですって! 互いに合意の上で入れてますし、私のスマホにも同じのが入ってますから!」
「いや、それはそれで……」
「互いに重すぎるよ、郁代と花奏」
「あの……喜多ちゃんのスマホにもGPS入ってるなら、尾行してるのバレちゃうんじゃ……」
「スマホ見てなかったし、大丈夫じゃない? それにバレたとしても、その時はその時!」
「ダメだこの暴走特急」
人混みを掻き分けて4人で駅を出る。
駅の前で佇んでいる花奏ちゃんが……居た!
「だ、誰かを待ってるんですかね……?」
「待ち合わせしてるっぽいね」
壁にもたれ掛かってボーッと喧騒を眺めている花奏ちゃん。
やっぱり花奏ちゃんは、ああいうのが絵になる。
「……あれ、結束バンドのみなさん?」
「えっ?」
聞き覚えのある声がした。
4人がその方向に目を向けると……
「どうもっす」
「こんにちは〜」
「何してるの?」
SIDEROSの方々がそこに居た。
……いや、大槻さんが居ない?
「あっ、こっ、こんにちは……」
「奇遇だね〜」
「……姫榊さんはいないの〜?」
本城さんが首を傾げる。
「あそこ」
リョウ先輩が遠目に映る花奏ちゃんを指先す。
「もしかして、尾行してる?」
内田さんがそう言い放った。
「まあね〜、そんなところ」
「ならきっと、ウチらと目的は一緒っすね」
「えっ?」
目的が一緒……?
SIDEROSも花奏ちゃんの尾行を?
「あっ、来た」
内田さんが花奏ちゃんを指差す。
いや、花奏ちゃんに近付いてくる人物を指差して……
「大槻さん!?」
「ビンゴっすね」
大槻さんに軽く会釈をする花奏ちゃん。
会話の内容は聞き取れないけれど、どうやら花奏ちゃんの待ち合わせていた相手はSIDEROSの大槻さんで間違いないらしい。
「じゃあSIDEROSのみんなは、大槻さんの尾行を?」
「そ〜いうこと」
「まさか待ち合わせ相手が姫榊さんだとは思いもしなかったっすけどね」
「ここ2、3ヶ月前からなんか様子が変だったから」
2、3ヶ月前……花奏ちゃんとの予定が合わなくなった時期と一致している。
もしかして、本当に……
「花奏ちゃん……」
「き、喜多ちゃん! まだそうだと決まったわけじゃないから!」
「……あっ」
手を繋いだ。
花奏ちゃんが、大槻さんの手を取って、手を繋いだ。
「っ……!」
「あっ、でもヨヨコ先輩、手を振り払ったっすね」
「明らかに動揺というか、びっくりしてる」
大槻さんが大きく目を見開いて、差し出された花奏ちゃんの手を弾く。
「──────ー、──────────?」
「──? ……──────」
「────────────」
「──? ……──────、────ー?」
2人がどんな会話をしているのかはここからは聞こえない。
でも、一通りの会話が終わった後……再び花奏ちゃんは大槻さんに手を差し出し、そして……大槻さんは差し出された手を握った。
「え……」
「うわ……えっ、うそ……?」
「ヨヨコ先輩……」
ここにいる全員が茫然と立ち尽くす。
本当に、花奏ちゃんは……
「とにかく、追いかけよう!」
「ヨヨコ先輩、見損なったっすよ……」
「……………………」
花奏ちゃんと大槻さんの向かった先は……大きな楽器屋だった。
手を繋いだまま……お店の中に入っていった。
「仲良さそうですねぇ」
「……………………」
相変わらず会話の内容は聞き取れないけれど、2人は色々な楽器を見て回っている。
大槻さんが説明して、花奏ちゃんがそれを頷きながら聞いてる……そんな感じだ。
「マジモンのデートっすね、これ」
「そ、そう……なんですか、やっぱり……?」
花奏ちゃんがSIDEROSの練習に時折、参加している事は知っている。
最近はSIDEROSのライブにサポートキーボードとして入ってる事も。
花奏ちゃんの経験を積ませる機会を増やすのはいい事だ、って事で伊地知先輩や私たちは快く認めていたけれども……
「こんな……」
「練習やライブでは、そんな感じ全くしなかったのにね〜?」
「あっ、2人とも出て行きます……」
「……………………」
「喜多ちゃん?」
「あっ……お、追いかけましょう!」
私は……
「次はファミレス……まあ、お昼時だもんね」
7人という大所帯でテーブル席に座る。
幸いにも、ギリギリ2人を目視できる位置だ。
……楽器屋の中でも、移動中でも、2人はずっと手を繋いで歩いていた。
「本当に花奏ちゃん、大槻さんと……」
「状況的に黒寄りのグレーっすね」
花奏ちゃんは席から立ち上がり、何処かへ歩き出した。
多分、トイレに向かったのだろう。
「……あ、あの!」
ひとりちゃんが大声を上げた。
「ひ、ひとりちゃん?」
「きっと、何かの間違いで……姫榊さんは喜多ちゃんを裏切る事なんて……!」
「……ありがとう、ひとりちゃん。でも……」
「でも、なんですって?」
「!?」
花奏ちゃんの声。
「どうも、みなさん。こんにちは」
「花奏ちゃん!?」
花奏ちゃんが、私たちの目の前に現れた。
「姫榊さん、ヨヨコ先輩と何を……」
「こっちのセリフなんですけど。みんなして私と大槻さんを尾行して」
え……?
気付いてたの……?
「下北沢駅からずっと後をつけてきてたのは気付いてました。むしろ、バレないとでも思ってたんです?」
「え……じゃあ、大槻さんとは……」
「尾行されてる、って伝えて一芝居打ってもらいました」
「じゃ、じゃあ……浮気とか……」
「するわけないでしょ。……喜多さん」
「花奏ちゃ……んっ!?」
花奏ちゃんにキスされた。
突然に……だけれど、彼女の気持ちは確かに伝わってきて……
「……不安にさせてごめんなさい、喜多さん」
「え、あ……う、うん……って、こんな人前でキスしちゃダメだって何度も言ってるでしょ!」
「人前じゃなかったらいいんすね」
「こいつらセッション(意味深)したんだ!」
「意味深とか言わないでくださいっ!」
「今のトレンドはロマンティック」
なんでこんな辱めを……!
「結局、何をしてたの?」
「それは……」
「アレー? みんなどうしたんデスカ?」
「イライザさん!?」
SICK HACKの……清水イライザさん!?
どうしてここに……?
「……まあ、大槻さんも交えて説明します」
そうこうして、10人という超大所帯でテーブルを囲む事になったわけだけど。
「あくび、楓子、幽々。あんた達、私が姫榊花奏と浮気でもしてると思ってたの?」
「面目無いっす……」
「ごめんね〜……?」
「反省してまぁす……」
「はぁ〜……まあ、姫榊花奏の提案に乗った私も私だけど……そもそも! あなたがちゃんと彼女に言ってれば!」
「それについては本当に申し訳ないです」
これで、これからはちゃんと連絡してくれ……ないだろうなー。
もう花奏ちゃんのそういう所は治らない。
……まあ、だからって嫌ったり見限ったりするつもりは更々無いけれど。
こういうの、惚れた弱み……って言うのかな? ……いや、違うか?
「大槻さん、花奏ちゃんと何してたの?」
「……明日と明後日の準備をしてたのよ」
明日と明後日の準備?
「私と大槻さん、コミマに一緒に行くので」
「コミマ? って……あのコミマ?」
「ヨヨコ先輩、そーいうの興味あったんすね」
「私と姫榊花奏が行くのは企業ブースの方だからね? イライザさんが行くような方じゃないから」
「あっ、そっち」
「ああ、そういえば今回のコミマって……」
「伊地知先輩、何か知ってるんですか?」
「確か、メジャーレーベルや大手の楽器メーカーが数多く出展するんだっけ?」
「はい、それを見て回ろうかなと。でも、私も大槻さんもコミマって初めてで……」
「2人に頼まれて、ワタシが色々とレクチャーしてあげてたワケ!」
「そのお礼に、姫榊花奏と一緒にイライザさんの同人誌作るの手伝ってたの。それと、明日の売り子も頼まれてて」
「な、なるほど……」
「明日は売り子、明後日でブースを見て回る予定」
つまり、予定が合わなかったのは……イライザさんの手伝いをしたり、大槻さんと予定を立ててたりしたから……?
「……よかった」
「っていうか! 山田さん!」
「ん?」
大槻さんがリョウ先輩にビシッ! と指を指した。
何事だろう?
「あなた、知ってたでしょう!? 姫榊花奏が私とコミマに行くって事!」
「えっ、そうなのリョウ?」
「……………………」
ダラダラと冷や汗をかいてるリョウ先輩。
「姫榊花奏が、あなたにコミマで色々と買ってくるように頼まれたって言ってたけど」
「……リョウ〜?」
「おっ、お金はちゃんと渡してある……」
「そういう問題じゃない!!」
じゃあリョウ先輩は最初から全部知ってた……?
「……リョウ先輩、しばいていいですか?」
「ちょ、郁代?」
「みんな仲良しネー」
「仲良しと言うより、バイオレンスですねぇ」
「ある意味、仲良しっす」
「……あっ、そうそうコレ!」
イライザさんが花奏ちゃんと大槻さんに、それぞれ紙袋を手渡す。
「な、なんですかそれ……?」
「明日の衣装ダヨ!」
「ヨヨコ先輩と姫榊さん、コスプレして売り子するんだ〜」
花奏ちゃんのコスプレ……。
「花奏ちゃん、どんなの!?」
「え、いや……秘密です……」
「え〜!?」
ひとまず誤解は解消され、みんなでお昼ご飯を食べて解散となった。
……本当に良かった。
花奏ちゃんがやましい事をしていなくて。
そうして3日後、私は花奏ちゃんのお家にお呼ばれされた。
いわゆる、お家デートってやつだ。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいませ、喜多先ぱ……喜多様」
メイド服に身を包んだ子……白雪花澄さんが、玄関で出迎えてくれた。
「もう! 前みたいに先輩呼びでいいのに!」
「いえ、ここで使えてる身として線引きはしなければいけないので」
「真面目なんだから〜」
白雪さんは高校を卒業した後、花奏ちゃんの家で使用人として働くようになった。
女子大学に通う傍ら、使用人としても働く……中々にオーバーワークな気がする。
「おね……お嬢様は部屋でお待ちです。案内いたします」
「ん……はーい」
白雪さんに促され、部屋の前まで案内される。
何度かこの家には訪れてるけれど……未だにこの雰囲気には慣れない。
コンコン。
「おね……お嬢様、喜多様をお連れしました」
「通して」
「畏まりました。……どうぞ、喜多様」
カチャリ、と部屋の扉を開く白雪さん。
すっかりと使用人としての礼儀作法が身に付いているように感じた。
「失礼しまー……す……」
「……いらっしゃいませ」
思考がフリーズした。
いや、だって、そうでしょう?
「……………………」
「あ、あの。郁代さん」
「……可愛い! すっごく可愛いっ!」
「えっ、あ」
部屋の中に居たのは、ゴスロリメイド服に身を包んだ花奏ちゃん。
普段は絶対に着ないような服装。
「どうしたのそれ!? 白雪さんや小林さんが着てるのとは違うタイプよね?」
「コミマの売り子で着たヤツで……イライザさんにちょっとの間、借りたんです」
コレを着て客寄せしてたんだ。
「……もしかして、私に見せたくて借りてきた?」
「っ……」
頬をほんのりと上気させ、コクンと小さく花奏ちゃん。
……まったく、この子は!
「ほんっとうに可愛いんだからっ!」
「わ、ぁ……」
頭をわしゃわしゃと撫でてやる。
花奏ちゃんはこうされるのが案外、好きだ。
現に今の花奏ちゃんの表情は……目を細めて顔を伏せている。
ヘアセットを直す時は訝しんだ表情するけど。
「あー、こほんっ!」
「あっ」
「……お飲み物を持ってきますので」
白雪さんはそう言って、部屋を後にした。
……白雪さんが居るの、すっかり忘れてた。
「写真撮っていい!?」
「ええ、まあ」
「イソスタにあげていい!?」
「メガネ掛けさせて……」
花奏ちゃんの貴重な姿、たっぷりと納めないとね!
……そういえば。
「私がメイド服着るのは怒るのに、自分が着るのはいいんだ?」
「着るのと着させるのじゃあ、違うんで」
「……妹に着させるのはいいんだ?」
「妹と恋人は別物。それに、雇用関係だから」
なんだか釈然としないなぁー……。
「じゃあ、私もここで働く……」
「絶対にダメ!」
「お、おぉー……」
花奏ちゃんがこんなに大声を出すなんて珍しい。
「……郁代さんとは、上下とかナシの対等な立場がいい」
「ん……そっか」
頭をぽんぽんと軽く叩く。
花奏ちゃんは心地良さそうに目を瞑って……しがみつくように身を寄せてくる。
その小さな体を抱きしめて……
「……………………」
唇が触れ合う、その瞬間だった。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。
咄嗟に花奏ちゃんから離れる。
「失礼します。お飲み物をお持ちしました」
白雪さんが、ジュースの入ったコップを2つ持って部屋に入ってきた。
机の上にコースターを置き、その上に静かにコップを置いて並べる。
「……またイチャついてましたね?」
白雪さんがジト目でこちらを見つめてくる。
そんなに分かりやすい、かな……?
「もうじき、帰ってくるんですから……ほどほどにお願いしますね」
「帰って、くる?」
「分かってるよ、花澄」
「…………???」
「それでは失礼します。喜多様、どうぞごゆっくり」
白雪さんが両手でスカートの裾を掴んで持ち上げ、左足を斜め後ろの内側に引き、右足の膝を軽く曲げて背筋を伸ばしたまま頭を下げた。
堂に入った、礼儀正しい可憐で上品なお辞儀だ。
前に白雪さんに聞いた事があるけど、カーテシーというヨーロッパ発祥の伝統的な挨拶らしい。
そして白雪さんは花奏ちゃんの部屋から退室していった。
「……花奏ちゃん、さっきのなんの話?」
「お父様とお母様が今日、帰ってくるので。郁代さんを紹介しようかな、と」
「なるほど〜、花奏ちゃんのご両親……んんっ!?」
急な話過ぎる!
何も用意とかしてないのに……!
「もう! 前もって言ってくれてもいいのに!」
「そうしたら変に気合入れるじゃないですか。ありのままの私たちを見せたいんです」
そう言われてしまっては、言い返しようがない。
……それにしても花奏ちゃんのご両親、か。
「お母様たちが帰ってくるまでゆっくり待っていましょう」
「それもそうね」
花奏ちゃんの親なら、きっといい人たちだろう。
悪戯っ子だけど、根は真面目で優しい子だから。
「……さっきの、続き」
甘えるように抱きついて、体をくっつけてくる花奏ちゃん。
最初は、可愛げのある妹みたいな存在だったのに……気が付けば、愛しい恋人になっていた。
そんな愛しい恋人にキスをするのに躊躇いなんてあるはずが無くて……。
「……んっ、ちゅ……っ」
「ん……っ……」
瀬戸物を扱うように、そっと抱きしめて……唇を重ね合わせる。
唇を介して互いの熱を伝え合いながら、背中や腰をゆったりと撫で回す。
痩躯だけれど、所々に柔らかさを感じる。
「は……」
「っ……」
唇を離し、互いの視線をぶつけ合う。
とろんと蕩けた目に上気した頬。
完全に……出来上がってる表情だ。
「……ご両親が帰ってくるんでしょ?」
「う……」
これ以上、してしまったら……絶対に歯止めが効かなくなる。
名残惜しさを感じつつ体を離して、そっと頭を撫でる。
「んん……」
「そういえば、花奏ちゃんの両親って何してる人たちなの?」
普段は海外にいて、年に1、2回ぐらいしか帰って来ない……と聞いた事はある。
だけどそれ以上の事は知らない。
そもそもの話、花奏ちゃんが親の話を自分からしないのだけれど。
「お母様は色々な国を飛び回ってピアノの講師をしてます。お父様はその付き添いですね」
「へぇ〜……花奏ちゃんのお母さんもピアニストなんだ。ピアノはお母さんに教わったの?」
「お母様からピアノの指導を受けた事は1度ありません。私がピアノを始める事に賛成も反対もしませんでしたし」
そういえば、バンド活動に関しても賛成も反対もされてない、って言っていたような。
……本当に、何をやっても自由って教育方針なんだなぁー。
うちとは真逆だ。
「……私の夢は、お母様の夢を叶える事。けれども、その夢も、もう……」
「花奏ちゃん……?」
花奏ちゃんが視線を伏せて俯く。
花奏ちゃんの夢、そして花奏ちゃんのお母さんの夢。
……私は、何も知らない。
いつだったか……白雪さんの言った言葉がリフレインする。
《あなた方はあの人の事を何も分かっていません》
私は本当に、彼女の側に居ていいのだろうか?
私に、彼女と並んで歩く資格があるのだろうか?
……彼女は本当に、結束バンドに居ていいのだろうか。
「花奏ちゃん、あなたは……」
コンコン。
部屋の扉をノックする音だ。
「おね……お嬢様、奥様と旦那様がお戻りになられました。ダイニングルームにお越しください」
「うん、わかった。……行きましょう、郁代さん」
「ん……ええっ」
差し出された手を取り、しっかりと握る。
この手を離したくない。
でもそれは……私のエゴなのかもしれない。
そう、思いたくなくても……そう、思ってしまった。
「……お帰りなさい、お母様」
「ただいま、花奏」
ダイニングルームに入り、大きな長テーブルの前に座って私たちを待っていたのは……エメラルドグリーンの髪をした1人の女性。
この人が……花奏ちゃんの、お母さん。
すごく、おっとりとした雰囲気で……柔らかい笑顔でこちらを見ている。
でも、その雰囲気や笑顔よりも目に引くのは……
「お父様は?」
「あの人は仕事が残ってるから、部屋に缶詰」
「……そうですか」
花奏ちゃんがしょんぼりと視線を落とす。
……花奏ちゃんのお母さんに視線を戻す。
花奏ちゃんのお母さんが座っているのは……車椅子だ。
花奏ちゃんのお母さんは、身体が不自由な人だったの……?
「そちらの方が……」
「あ……、喜多 郁代です! 花奏ちゃんにはいつもお世話になってます!」
深々と頭を下げる。
「ふふ、素直でいい子そうね。……さっ、立ちっぱなしじゃあなんでしょ、座って」
「は、はいっ!」
花奏ちゃんのお母さんに促され、向き合うように椅子に座る。
「お飲み物です」
「あら、ありがとう花澄ちゃん」
白雪さんが丁寧に紅茶の入ったカップを私たちの前に置いていく。
「何かご用があれば、何なりとお申し付けください」
「それじゃあ早速、花澄ちゃんに1つ頼もうかしら」
「何でしょうか、奥様?」
「あなたも、一緒にお話しましょう?」
「え……? いや、でも……!」
白雪さんが大きく目を見開き狼狽える。
花奏ちゃんの方を見ると……彼女も、同じ表情をしていた。
やっぱりこの2人、姉妹なんだなぁ。
「今の時間に割り振られてる仕事は、私たちの給仕だけでしょう?」
「それは、そうですが……」
「花奏と喜多さんも、いい?」
「私は構いません、お母様」
「私も……大丈夫です!」
「決まりね、ほら花澄ちゃん」
花奏ちゃんのお母さんが、白雪さんに手招きする。
白雪さんは促されるまま、花奏ちゃんのお母さんの隣に座る。
……この人、結構、強かで押しが強いのかも。
「さて……ところで、花奏はなんでメイド服なんて着てるの? 喜多さんの趣味?」
「私が勝手に着てるだけ、単なるコスプレです」
花奏ちゃんがキッパリと言い切った。
……それはそれでなんだかちょっと複雑。
「花奏がコスプレ……よっぽど喜多さんの事が好きなのね」
口元を手で押さえてクスッと微笑む。
すごく上品で……気品のある振る舞いや仕草だ。
本物のお姫様……って感じがする。
「安心したわ、喜多さんが手紙で書いてたような人じゃなくて」
「……なんて書いてたんですか?」
「全方位に中指立てながら『シバくぞ!』って言う人だ、って」
「そんな事しませんし言った事ありませんから!?」
花奏ちゃんは何て事を手紙に書いてるのか……!
風評被害もいいところだ!
「いつものジョークってわけね」
花奏ちゃんのお母さんは柔らかい笑顔を浮かべつつ、右手でカップを手に取り口元まで運んだ。
……流石は親御さん、花奏ちゃんの理解度が高い。
「最初、好きな人が出来たって手紙に書いてあった時はびっくりしたわ」
「おっ、お母様!?」
花奏ちゃんが身を乗り出して制止しようとする。
珍しい……っていうより、初めてかも。
こんなに狼狽える花奏ちゃんって。
「あの……花奏ちゃんのお母さんは、そーいうの気にしないんですか?」
「んっ? そーいうのって?」
花奏ちゃんのお母さんがキョトンとした表情で首を傾げる。
「その、私は女で、花奏ちゃんも女の子ですし。それに、不釣り合いじゃないかな……って」
「ああー、そーいうの。……性別とか立場とか、そんなお固いことで気持ちを縛り付けたって苦しいだけでしょ?」
花奏ちゃんのお母さんはカップに入っていた紅茶を飲み干して、静かにカップを置く。
なんていうか、この人……すごい。
「奥様、おかわりをお持ちします」
「ありがとう、花澄ちゃん。気が利くわね」
「あ、その……うぅ……つ、務めですからっ」
花奏ちゃんのお母さんが、白雪さんの頭を優しく撫でる。
恥ずかしいのか、白雪さんが頬を赤らめている。
その光景が……高校時代の花奏ちゃんと白雪さんのスキンシップと重なって映った。
「本当にありがとうね、喜多さん」
「へっ?」
白雪さんがカップを持ってダイニングルームから離れた。
そして……突然、感謝の言葉を貰った。
「花奏と花澄ちゃんが、こうして仲直り出来て一緒に居られる。感謝してもしきれないわ。……私は何もしてあげられなかったから」
「そんな、私1人の力じゃ……バンド仲間の協力や、花奏ちゃんや白雪さんの真っ直ぐな気持ちがあったから……」
「ふふ、いい友達が出来たみたいね、花奏」
「はい、みんな……大切な友達です。そして喜多さんは……大切な、恋人」
「か、花奏ちゃん?」
「あら」
花奏ちゃんが私の目をジッと見つめる。
熱の篭った目。
その目だ。
その目が……私の頭の中の思考をぐちゃぐちゃにする。
「まーたイチャついて」
カップを持った白雪さんがダイニングルームに入ってきた。
呆れた表情を浮かべ、手に持っていたカップを花奏ちゃんのお母さんの前に置く。
「いつもあんな感じなの?」
「そうですね、隙あらばって感じで」
「あの、人前ではあんまり……って心掛けてるんですけどっ」
「人目のつかないところでなら遠慮してない、って言い方ね?」
「えっ!? いや〜……あははっ、そのぉ〜……」
「それはもう、ラビュラビュです」
「花奏ちゃん!?」
花澄ちゃんはドン引き、花奏ちゃんのお母さんはニコニコと笑ってる。
……本当に人前では調子がいいんだから、この子は。
「ち、誓って花奏ちゃんを傷付けるような事はしてませんので!」
「いつも声が枯れるまで……」
「花奏ちゃん、黙って???」
「は、はい」
「姉と先輩のそんな話、聞きたくないですっ」
「私は構わないけれどね?」
大物だ、この人。
流石は花奏ちゃんのお母さん……。
「花澄ちゃんはそういう浮ついた話、無いの?」
「無いです。そもそも私に好意を寄せてくれる人なんて居ませんよ」
まあ、高校時代は花奏ちゃんが常にブロックしてたし……今は女子大生だ。
恋愛とは縁遠いのも頷ける。
それに……
「白雪さんに恋人なんて出来たら、花奏ちゃんが発狂しそうね」
「そんな輩がいたら右ストレートを顔面に叩き込んでやる」
「物騒過ぎません?」
「私の知り合いだったら許す」
「おね……お嬢様と私の共通の知り合い、女性しかいないんですけど」
「同い年なら、尚良し」
「2人しか候補がいない!?」
「あの2人なら、花澄の事をちゃんと受け入れてくれるよ」
「いや、それは……」
白雪さんがスカートの裾をキュッと掴んで俯く。
……何か、あるのだろうか?
「……いいんです、私に誰かに恋する資格なんて無い」
消え入りそうな小さな声を震わせる。
白雪さんに……何があったの?
「水月ちゃんなら、許してくれそうだけれどね〜」
花奏ちゃんのお母さんがクスクスとそう言った。
……ミズキちゃん?
「水月ちゃん、って……誰?」
花奏ちゃんに視線を向けて聞いてみた。
花奏ちゃんも私に視線を向けて……
「花澄のお母さん」
白雪さんのお母さん……って事は、花奏ちゃんの実の母親?
「ですから、私にそんな気は……!」
「そういえば、花奏。水月ちゃんとはきちんと連絡取ってるの?」
「……………………」
花奏ちゃんの表情に影が差し、俯く。
花奏ちゃんの実母には会ったことが無いからどんな人なのか知らないけれど……。
「おね……お嬢様、あの日から1度も会ってませんよ」
「やっぱりね」
あの日、ってなんだろうか。
……いや、大体の察しはつく。
花奏ちゃんは養子に出されてから、実親とは連絡を一切取ってないんだ。
きっと、花奏ちゃんは……
「……会うのが、怖い?」
「!?」
花奏ちゃんの肩がピクッと震える。
無理もない。
幼い頃に、家庭の事情で養子に出され……花奏ちゃんにとっては、親に捨てられたようなもんだ。
実際には違ったとしても……花奏ちゃんから会いにいくのは勇気がいるだろうし、花奏ちゃんの実親からしたら……どのツラ引っさげて会えばいいんだ、って感じなのだろう。
本当に……この子は複雑な事情を抱え過ぎている。
「大丈夫よ。私が居るから……今度、一緒に会いに行きましょう?」
花奏ちゃんの頭を優しく撫でる。
彼女と一緒に歩いて生きていくのなら……ちゃんと、花奏ちゃんの実親ともお話ししないと。
「は……はい!」
「さて……私はそろそろ休もうかな」
「お部屋までお連れします、奥様」
「あら、助かるわ」
白雪さんが立ち上がり、車椅子のハンドルを握る。
「喜多さん。手間の掛かる子だけど……花奏を宜しくね」
「はいっ!」
「花奏、喜多さんに迷惑ばっかりかけちゃダメだからね」
「……はい」
「それでは失礼します、おね……お嬢様、喜多様。夕食の時間にまたお呼びしますね」
白雪さんが車椅子を押してダイニングルームを後にする。
だだっ広いダイニングルームに私と花奏ちゃん2人っきり。
互いの視線がぶつかり合って……
「……私たちも、お部屋に戻りましょう?」
花奏ちゃんは小さく頷き、私の手を取って握りしめる。
花奏ちゃんのお母さんに託されたんだ、この手は絶対に……離してやるもんか。
「花奏ちゃんのお母さん、優しくていい人だったわね」
「……私の1番尊敬している人ですから」
自分の親をハッキリと尊敬している、なんて言えるのは相当だ。
少なくとも私には……無理。
「そっかそっか、だから花奏ちゃんはお茶目で優しい子なのね」
「ん……」
部屋に戻り、花奏ちゃんがもたれ掛かって肩に体を預けてくる。
私はそっと肩を抱き寄せ……優しく頭を撫でてあげる。
「お父さんはどんな人なの?」
「無愛想で気難しい人ですけど、優しい人です。夕食が済む頃には仕事も切り上げるでしょうから……その時に紹介しますね」
「ふ〜ん、忙しいんだ。お母さんの付き添い以外にどんな仕事してるの?」
「ラザニアとかスパゲッティを作ってるそうです。私にはよく分からないですけど」
……料理人? コックさん?
「花奏ちゃん、料理ド下手だもんね〜」
「むっ……自炊は出来ますから」
「せめて他人に食べさせられるレベルにはなりましょう?」
「……善処します」
花奏ちゃんの頭をぽんぽんと軽く叩く。
なんでも卒なく熟せるクセに、こと料理に限っては壊滅的な腕前なのが不思議だ。
……まあ、花奏ちゃんの味覚がバグってるのが原因なのは明らかなんだけど。
もしも将来、2人で暮らす事になったら料理担当は私にしよう。
じゃないと死ぬ、冗談抜きで。
「期待しないでおくわね〜」
「むうぅ……」
不満気な表情でぷくーっと頬を膨らませる花奏ちゃん。
無意識にあざとかわいい事をするんだからこの子は。
「えいっ」
「ぷひゅう……」
頬を指で軽く押すと、気の抜けた音が響き渡る。
「…………」
「ん……」
そのまま頬を優しく撫で回すと、花奏ちゃんは目を瞑って顎を上げる。
花奏ちゃんは撫でられるのが大好きだ。
その様相はさながら小動物。
背丈や体格もちんまいし。
……っていうか。
「花奏ちゃん、全く変わってないわよね」
「……?」
キョトンとした表情で首を傾げる花奏ちゃん。
出会った時から背丈も体格も顔付きも、全く変化が無い。
変わった所は、ただでさえ長かった髪が更に伸びたぐらい。
とても大学生には見えない……っていうか、中学生にしょっちゅう間違えられてるのよねこの子。
「郁代さんも変わってませんよ?」
「そう?」
高校生の時に比べたら大人になった自覚はあるけど……背丈とか顔付きとかね?
「相変わらず平坦な胸……」
「か〜な〜で〜ちゃーん!?」
頬を軽く引っ張ってやる。
「いひゃい! いひゃいです!」
「花奏ちゃんも人の事言えないでしょ!?」
「わ、私は郁代さんとは違って気にしてないので……!」
「生意気言いおって〜!」
「あう〜!?」
頬を両手で挟んでムニムニする。
本当にこの子は減らず口をよく叩く……!
「ごっ、ごめんなひゃい!」
「……許す!」
パッと手を離し、優しく頭を撫でる。
こうした戯れ合いさえも……愛しい時間。
ずっと、このままでいられたら……。
「…………」
「んっ……」
頬に左手を当てて、そっと唇を重ね合わせる。
右手をスカートの中に潜り込ませ……ペチコートの中にまで手を入れ、指の腹でクロッチをゆっくりと擦る。
「んっ、は……借りた服、シワになっちゃ……っ!」
「ちゃんと洗えば大丈夫よ」
顔を離して腰を抱き寄せ、指を激しく擦り付け続ける。
刺激を与える度に上擦った声をあげ、腰をくねらせる花奏ちゃんの姿は……いつ見ても、背徳的だ。
私の中の理性をぐちゃぐちゃに掻き乱す。
こんなに小さくてあどけない見た目の子が……妹のように慕ってくれる子が、快楽に溺れて身悶える姿が愛おしくて堪らない。
「今日もいっぱい……気持ちよくなって?」
息を絶え絶えに、小刻みに頷く花奏ちゃん。
今ここの時も、これから先も……この幸せが続きますように。