前フリ的な要素が強いのでエッチなのは殆ど無いです
自分の強みがわかっている小悪魔サムは(それはそれで)いいぞ
「ふっ……ぐっ……うぅぅ……!」
その日の朝、私は姿見の前で思いっきりお腹を凹ませていた。
普段は黒いスーツを着る所、今日は海軍指定の詰襟に袖を通している。これを着るのはかなり久しい。支給されて以来だろうか?少なくとも丸一年は確実に着ていない服だ。
そんなに間が開けば、当然体型も変わっていておかしくないわけで。離島でデスクワークばかりな生活をしていれば当然運動不足になるわけで。
「すうううう……ふうううううぅぅぅぅ……ふっ!」
肺に残った空気を全て吐き出してベルトを閉め、急いで上着のボタンを閉めていく。上も下もギチギチで余裕は全くない。
「………ふぅ。」
私の体がようやく白い第二種軍装に包まれた。サイズはかなり限界に着ていて今にもボタンが弾け飛びそうだ。少し動くだけでスラックスも破けてしまうかも…。
姿見でもう一度自分を見直してみる。うん……………キツイなこの服。ボディラインが出る服なのは仕方ないにしても、これはもう騙し騙しで着れるものじゃない。
すべてを投げ出して椅子に飛び込みたい欲を抑えて、両手で肘掛けに体重をかけながら慎重に座る。手足を折り曲げる毎に制服が肌を締め付けてきた。
なんとか椅子に座り一息付くと、執務室の扉が開かれる。
「Good Morning!おはよう!提督!」
元気よく飛び出してきたのはサミュエル・B・ロバーツ。可愛い可愛い私の部下。
彼女は私の姿を見ると、興味深そうに近づいてじろじろ眺めてきた。心なしか鼻をふんすと鳴らしている。
「提督、これUniform?かっこいい!」
黒いスーツ姿しか見たことのないサムには新鮮に映ったらしい。
「ええ、海軍の制服よ。久しぶりに着たんだけど…どう?おかしくない?」
「すごくかっこいいよ!なんで普段これ着ないの?」
「えっと…色々面倒なのよ。これ、白いからかなり気を使うし。タバコのヤニなんかも移っちゃうのよねぇ。黒いスーツなら気にならないし、シャツだって定期的に買い替えられるしね。」
体型が出るから嫌だとはあまり大っぴらに言いたくない。
「うーん…そっかぁ。確かにタバコ吸うなら黒いスーツの方が似合ってるかも。……あれ?なんで今日は着てるの?」
「近々佐世保鎮守府に用があるから、袖を通してみたの。公の場だからスーツじゃダメなのよ。」
「お出かけ!?わたしも一緒に行って良い!?」
ぐいっと突っ込んできた水色の頭を撫でながら押しのける。
「だめ。別に連れてってもいいけど、私は仕事だから遊びになんていけないの。サムだって多分行って帰って来るだけになるのよ?貴重な休暇なんだから無駄遣いはしないこと。いい?」
「はぁ~い。」
残念そうに項垂れるサム。その目は私の胸を捉えたようで、目線を下げたままじっとこちらを見つめていた。
「………むちむち。」
「うっ……」
サムの目は輝いていた。まるでふかふかのベッドシーツを見た時のような、可愛らしいぬいぐるみを買い与えられた子供のようなキラキラとした輝き。嫌な予感がする。
「待ちなさいサム、その目は…ちょっと!こらっ!」
「えいっ!」
幼い少女の顔がぽふんと駄肉へ押し付けられる。思わず引き下がってサムの頭を引き剥がしたが、揺れる駄肉が震えた瞬間、何かが弾け飛ぶ音がした。
「痛ッ!」
上着についた銀色のボタンが宙を舞い、サムの鼻先を挫いて床に転がる。
「あぁ………もう……。」
「て、提督のおっぱい、すごい……ぴゃっ!にゃに?ひぇーひょく?」
私はため息を吐きながら、両手でつまんだサムのほっぺをつねって引っ張る。
「ひょーりー、ほへん!ほへんははい!」
「これ、明日着てくやつなのよ?もう…!」
「あ、ふれっひゃーひゃらひゃほへふはほ!」
「フレッチャーが?まあ…そうするしかないわね。」
私は片手でサムのほっぺを摘んだまま、片手で内線電話を取った。
「申し訳有りません。サムがまたご迷惑を…。」
内線で呼び出したのはサムの同僚、フレッチャーだった。青いセーターに身を包んだ彼女は針と手を器用に動かし、銀色のボタンを縫い付けていく。
「構わないわ。本人もこうやって反省してるわけだし。」
「ほへんははい。」
サムは黙って私の膝の上に乗り、されるがまま玩具になっていた。直し終わるまでこのままでいてもらおう。
「はい、出来ました。」
「え、もう?」
「わたくし、裁縫は得意なんです。このセーターも自作なんですよ?」
確かに、彼女が着ているセーターはシンプルなもので、メーカーのロゴなども入っていない。だが傍目で見ただけでは手編みだとはわからないくらいにクオリティが高かった。
取れてしまったボタンを手で弄ってみると、取れる前よりも強固に縫い付けられているようでびくともしない。
「ところでその…サイズが合わないのであれば、仕立て直した方がよろしいのではないでしょうか。お時間を頂ければわたくしの方でも出来ますが…。」
「いいの。これ、すぐに着なくなるから。」
黙っていたサムが急に私の両手を跳ね除け、慌ててこちらを向いた。
「提督!海軍辞めちゃうの!?」
「えっ!ほ、本当ですか!?サムやわたくしに何か至らない所が…!」
「ちょ、ちょっと!辞めないわよ!落ち着きなさい!」
サムをソファに座らせ、再び上着に袖を通しながら説明を始める。
「今度昇進するのよ。だから制服も作り直し。今のサイズで作ってもらうからこれは向こうで廃棄してもらうわ。」
「昇進ということは…大尉ですか?おめでとうございます!」
「そうなの?Congratulations!おめでとう、提督!」
「まあ、そう大した事でもないわ。前線勤務だともっと早く昇進する人も居るみたいだし。」
「それでも、そうして昇進されるのは提督ご自身の働きによるものです。もっと自信を持って下さい。」
「大尉…Lieutenantかぁ。提督はもっと上の階級目指したりするの?」
「上の階級?そうねぇ…。」
階級。あまり考えたことはなかった。現状の制度だと職務をこなしさえしていれば少尉から大尉までは特に問題なく昇進できる。それ以上となるとまた別途教育課程や試験が必要になってくるけれど…その話をサムがしてくるのは意外だった。
ふと、彼女を見るとさっきまで嬉しそうにしていた笑顔がどこか消えてしまっていた。気落ちしているようにも見えなかったが、どこか…寂しがっているような、そんな表情。
「今は考えてない。ここで十分住心地はいいしね。みんなもいい子だし。」
微笑んでサムに告げると、再び笑顔を見せてくれた。
「……うん!」
満面の愛らしい笑み。やっぱり、私はここでいい。
そう、思っていた。
「…………っはあ~~~~~~~~~~!」
更衣室から出た私は大きく背伸びをして両腕を伸ばした。さっきまで着ていた中尉の階級章が縫い付けられた古いパツパツの制服ではなく、新品の詰襟。肩には真新しい階級章が鮮やかな色を放っている。
つい先程、佐世保鎮守府での諸々の手続きやら礼式やらを終えて開放され、新しい制服を貰って着替えた所だ。服も雰囲気も、何もかも重苦しかった今日がようやく終わる。
自分の肉を縛り付けることもなく、ゆったりとフィットする生地に満足しながら肩を回していると、後ろから声をかけられた。
「おお、北山くん!久しぶりじゃないか。大尉昇進おめでとう。」
その嗄れた声には聞き覚えがあった。
「教官?あっ…いえ、白川大佐!お久しぶりです。」
私は急いで振り返ると、第二種軍装に身を包んだ初老の男性に敬礼をした。このやり取りも今や懐かしい。
「いやいや、いいよいいよ。楽にしなさい。あんな辺鄙な所から来て疲れただろう。」
そう言って威厳もなく優しく微笑みかけてくる。軍服を着ていなければただの近所のおじさんにしか見えないこの人は、私が訓練生時代にお世話になった教官だった。
無論、彼もまた軍人。大尉の私とは階級が一回りも違う。訓練生の時はひたすらに厳格な教官だったけれど、かつての教え子を可愛がる好々爺でもある。
「いえ、普段戦っている艦娘達に比べれば、この程度何ともありませんよ。…大佐は今でも教官職を?」
「半分って所かな。今は人事にも口を出す立場さ。まあ色々とやってる。」
「人事、ですか。」
「それでな、北山くんにもちょっと話がある。時間いいかな?」
「はい、ご一緒させて頂きます。」
「失礼します。」
白川大佐の執務室は以前と変わりなかった。軍人の部屋というよりは教師の部屋で、国旗や軍旗の類は無く、変わりに世界地図が壁にかけられている。気の利いた調度品などは無く、代わりに観葉植物が置いてある程度。
そしてその中に、一つだけ見覚えのないものがあった。部屋のど真ん中でちょこんと立つ、頭が黒くて白い何か。それが急にこちらへ振り返る。
「大佐、紅茶の準備できま……」
執務室にいた先客は少年(だと思う)だった。白い詰襟を着てはいるが階級章があるべき場所には何も無い。おそらくは候補生だ。
私の姿を見た少年は何故かフリーズし、大事に抱えた紅茶のポッドをまま動かない。
「ああ、彼女の分も淹れておくように。北山くんは始めましてかな?」
「はい、おそらく…」
佐世保鎮守府で沢山の人とすれ違ってはいるが、こうしてフリーズする子は見たことがない。
「候補生の後藤くんだ。…後藤くん、こちらは北山大尉だ。ご挨拶なさい。」
名前を呼ばれた少年はびくりと反応し、我に帰ったように肩を跳ねさせる。
「はっ、はい!後藤と言います!よろしくお願いします!」
ガチャン、と大きな音を立ててポッドを置くと、震える手で敬礼を見せた。私はわけもわからず同じように返す。
「…北山大尉です。……よろしく……?」
「さっそくで悪いが後藤くん、外してくれ。何かあったら呼ぶ。」
「り、了解しました。」
右手を降ろした少年は、油の足りない機械のようなぎこちない動作で執務室から出ていった。
「あの、彼は一体…?」
「順を追って話そうかね。さ、座った座った。」
「はぁ。失礼します。」
全く話が見えてこない。大佐が何やら書類の山から引っ張り出している間、紅茶を啜ってみる。美味しい。後藤くんとやらは少なくとも給仕は出来るようだ。
「あー、あったあった。これこれ。」
大佐は椅子に座るとテーブルにいくつかの資料を置いた。その資料は英語表記だったけれど、候補生時代に英語もみっちり叩き込まれたので表題はすぐに読める。
「ジョン・C・バトラー級の…改装計画?」
「そうそう、君の所にも一人いるだろ?確か…一年とちょっとだったかな?」
「半年ですね。」
「うんうん。この改装計画だけど、全てのジョン・C・バトラー級に適用されるわけじゃないんだ。試験的なもので希望者を募ってやる予定でね。技術的な事は内容を読んでみて貰えればわかるが、一番デカい要素は速力かな。」
渡された資料をめくっていく。難解な表現は多いけれど、そこに記載された数値を見るだけでもかなりの強化であることはわかる。大佐の言った通り、速力や運動性に関してはフレッチャー級に十分追いついている。このカタログスペック通りになるのなら、海上護衛以外にも任務の幅が出てくるはず。
「希望者、ということは…ウチのにも聞いてこいと言う事ですか?」
「うん、返事は急がないよ。まだ計画段階だし、向こう…アメリカさんの都合もあるからね。」
「都合ですか…都合で言うなら、米国本土の艦を優先したりしないんですか?」
「むこうは南方方面にかなりお熱だからね。日本にもある程度の戦力を揃えておきたいらしい。それに海上護衛は人手も足りてるし、空いてる艦は出来るだけ戦力化させたいんだと思うよ。」
管理職は全然足りてないけどね、と心の中で毒づく。
「ま、足りてるのは艦娘だけで私らの手は全然足りないんだけどね。」
一瞬、自分の考えを見透かされたような気がしてカップを持つ手が止まった。幸い、大佐は気がついていないらしい。
「君の所はフレッチャー級も二人居ただろう?彼女らも日本にかなり慣れただろうし、この改装で足並みを揃えれば前線でも活躍出来るだろう。」
「それは…改装すると異動になる、ということですか?」
「うん?まあそうなるね。海上護衛するだけなら改装いらないんだし。」
異動、ついにその時が来てしまった。サムと私が離れ離れになる時が。私も、そしてサムも立場としては命令を聞く軍人であり、そこに自由意志は持ち込めない。上がサムを異動させると言っても、私には何も抵抗する術は持ち合わせていない。
改装しない、という選択肢は勿論ある。でもサムの性格からして改装を拒むだろうか?あの強くて優しくて逞しくて、正義感に溢れたあの子が。何かを守れるのなら、自分の身すら危険に晒すあの子が、私のために改装しないという選択肢を取るだろうか?
取ってほしい。欲しいけれど、欲しくない。私がサムの枷になるようなことはあってはならない。断じて。あれだけサムに助けられていたのに、これ以上ー
「北山くん?どうしたの?そんな難しい顔して。」
「えっ!?あ、いえ…なんでもありません。」
「なんでもなくはないでしょう。心配事があるなら言ってみなさい。」
少し考えた後、口を開く。肉体関係があるから別れたくない、など口が裂けても言えない。
「その…彼女達が心配で。ウチは今まで海上護衛しかやっていない所ですし、南方の航路に比べればかなり弛いです。今まで…教え子のように接していた子を、前線に送り出すというのは…」
紅茶に映る天井を見ながら、ぽつりぽつりと話してみる。うん、嘘は言ってない。
ちらりと大佐を見ると、彼は微笑んで…というか満面の笑みになっていた。
「そうかそうか~!北山くんもそういう立場になれたかぁ~!いやぁ教え子が成長するってのはいいもんだねぇ…!これでこの爺も引退出来るというもの…!」
あまりにわざとらしい芝居に思わず口が緩まる。
「大佐ほどの方であればまだ引退は早いですよ。それにさっきの…後藤くんも大佐のご指導ご鞭撻が必要なはずです。」
「うんうん。そうだったねぇ…ああそうそう、後藤くんの話に移ろうか。その前に…北山くん、佐官になるつもりはある?」
「佐官、ですか…」
私の一つ上の階級、少佐。少佐ともなれば権限は増え、待遇は良くなる。少なくとも辺鄙な離島でブラック労働からは開放されるかもしれない。でも、それに伴う気概と能力も求められる。
「今は…考えてません。あの鎮守府を切り盛りするのが精一杯で。」
「そう?佐官になれば勤務地もある程度選べるよ?例えば…前線はみんな嫌がるから、南方でも北方でも、好きな場所にいけるだろうね。」
「好きな場所…」
フレッチャーとジョンストン、そしてサムの事が思い浮かんだ。
サムの改装はまだ決まっていない。でもサムなら高確率で改装を取るだろうし、そもそも大佐が言っていたように海上護衛は手が足りている。今ではなくとも、いずれ彼女達が私の鎮守府から去るのは避けられない。
大佐は言外に、佐官になれば彼女達と変わらず一緒に居られると言っていた。私と彼女達に関して、どこまで見据えているのかはわからない。それでも、長年教官として教え子達を送り出した観察眼の前ではある程度の事は見えているのかも。
私が考えている間、大佐は黙って答えをずっと待っていた。
「………あの子達の助けになれるのなら、頑張ってみます。」
「うんうん。成長したねえ…」
わざとらしくもない、普通の笑みが、皺の深い頬に刻まれた。
「じゃ、これで後藤くんの話に移れるね。」
「…?私と彼に何の関連が?」
「君が佐官になるのなら、あんな場所で腐らせる理由はないからね。君の後任候補だよ。」
「彼が、ですか?まだ候補生なんでしょう?」
「それがかなり有望株でね、ここは一つ勉強がてらにと思って。それに、佐官になるには教育過程が必要だろう?君が佐世保にいる間、誰が指揮するんだ?」
「交代要員ぐらいはいるものと思ってましたが…それに有望株なら、もっと勉強になる所があるのでは?それこそここ、佐世保で学ぶべきです。」
候補生が指揮を取るなんて聞いたことがない。それこそウチのような弛い鎮守府でもだ。第一、私が佐官にならないと言ったらこの人はどうするつもりだったのだろう。
大佐は困ったような顔をしてため息を吐いた。
「彼、後藤くん…どう見える?」
「どう、とは…?」
「ほら、さっき君が入ってきた時。どうだった?」
「何か…固まってましたが。」
「それだよ、それ!彼ね、どうも女性が苦手みたいなんだよ。」
「…………は?」
思わず口に出た。艦娘の指揮を取る立場の人間が女性恐怖症?いやいやいやいや。そんなの駄目でしょう。
「勉強は出来る子なんだよ?実際成績はトップクラスだ。私の教え子の中でも一番の逸材!でもねぇ…女性相手だとああなっちゃって。」
「なんでそんな子に提督やらせようとしてるんです?」
「人手が足りないからだよ…!」
「ああ…」
二人して同時にため息をついた。
「ま、そういうわけ。特に君みたいな美人、成人女性には弱いみたいでねぇ。戦艦や空母の集まるような第一級の艦隊に配属されたらどうなるか…。」
美人、美人か…いやいやいや。今はそんな話じゃない。
「それで…海上護衛をやっている所に…駆逐艦や海防艦の多い場所で慣らさせると…?」
「うん。駆逐艦とかならマシなようだからね。」
「マシって事は駆逐艦でも駄目なんですね?」
「うーん、うん…うん…」
フレッチャーとジョンストン、そしてサムを再び思い浮かべる。
少女にしては似つかわしくない巨乳と、それを曝け出す制服。母性強めな姉に言葉は強めだが面倒見のいい妹、そしてノーパン癖のある無邪気な少女。
「…いや駄目でしょうそんな場所に放り込んだら。」
「そうは言ってもねえ。本人だって直したがっているようだし。君が教育課程で離れる間だけでも…」
「ウチのアメリカ艦三人が前線に行って、私も佐官になってついていって、後釜には彼が座る。それで盤石、ということですか。」
「そうそう!理解が早くて助かるよ~!」
「ああもう…わかりましたよ。やってみます。」
結局、大佐と後藤くんとやらのためにまんまと踊らされたような気がする。ちょっと…ほんの少しだけ…モヤモヤする。
深い溜息をつきながら、帰路についた。
「おかえり提督!あっ、新しい制服すっごく似合ってるよ!」
「長旅お疲れ様でした。何か飲まれますか?お食事の用意もありますが…。」
玄関で出迎えた二人を見下ろす。フレッチャーの豊満なバストは制服の中で綺麗なI字を描いていた。隣にいるサムはそんな事もないが、もし彼女がノーパンだったのなら下から別のI字が見えていたことだろう。
ただいまの一言も返さない私を怪訝な目で見つめてくる二人。私はまずフレッチャーの襟首を掴んだ。
「て、提督!?こ、こんな所で…ひゃっ♡……え?」
襟首を掴み強引に上げると、するりと伸びた制服が首元にまで到達し肌色のI字を包み隠した。サイズは到底包み隠せるようなものではないけれど、ひとまずは大丈夫だろう。次だ。
「どうしたの、ていと…きゃっ!」
おもむろにサムのスカートをめくる。そこにあったのは純白の、健全でいやらしさなど微塵もないごくごく普通のパンツ。それを確認すると安堵とともにスカートを下ろした。
「提督のえっち!急にどうしたの!?」
「んー…ちょっとね。二人とも、今後も肌はあまり見せないようにお願いね。私だけならともかく、他の人にそんなすぐ見せたらダメよ?ジョンストンにも後で言っておくように。」
「ええと…提督が何を仰りたいのかよくわからないのですが…」
「ま、ここで話す内容でも無いわね。執務室で話すわ。」
まだ?を頭に浮かべる二人をよそに、堅苦しい第二種軍装のボタンを開きながら歩き始めた。
「わたしが第二改装!?するする!」
佐世保鎮守府での話をすると、サムは即座に改装について了承した。
「任務は今よりキツくなるけど、それでもいい?」
「うん!どんな任務でも提督やみんなを守るから!サムに任せて!」
そう言って満面の笑みを浮かべるサム。予想通りの反応だ。
「ですが提督、教育課程というのはどのくらいの長さなのでしょうか?優秀とはいえ、候補生の方が提督の代わりに実務をされるというのは…」
「そこはあまり心配はしてないの。大佐がああ言うなら能力はあるんだろうし、そもそも普段からフレッチャーとジョンに手伝ってもらってるからね。ただ…」
「ただ?」
「その候補生くん、女性恐怖症?らしいわ。だからあなた達、あんまり刺激の強いような事しちゃダメよ。」
「恐怖症…?その人、わたし達が怖いの?」
「よくわかんないけど、苦手なのは確かみたいね。特に…フレッチャー!」
「はい!?」
急に話を振られたフレッチャーが驚いて跳ねる。肩が小さく揺れる程度だったが、豊満な乳房は肩よりも大きく揺れ、せっかく上げた襟がずり落ちた。
「わ、わたくしに何か落ち度が…?」
「そういう所よ。サムはサムでボディタッチとかあんまりしないようにね。当然ノーパンもダメよ?」
「OK!提督が留守の間も、サムに任せて!」
「うーん……心配……。」
そんな心配事を抱えながら数週間後、手続きを終えた私は佐世保に戻り、一ヶ月の教育課程を受ける事になった。
本来であれば三ヶ月かかる課程だったが、海上護衛部隊を指揮する人間をそれだけ長期間拘束するわけにもいかず、無理に一ヶ月にまとめた強行軍。当然ながら初日から詰め込みが始まった。知識、技術、言語、指揮、演習、戦術、戦略、倍速のビデオのような濃密な一日。この時点で結構頭と身体が重い。
佐世保の夜景を窓から眺めながら、重い足取りで廊下を歩いていると顔見知りに見つかった。
「あら、北山大尉ではありませんか?」
何冊もの参考書と書類を、教鞭とともに携える眼鏡の女性。練習巡洋艦、香取。以前、サムとジョンに講習をしにうちの鎮守府まで来たことがある。
「ああ、香取…さん。お久しぶりです。」
敬礼をすると、香取もあの時と同じく完璧な敬礼で返してきた。無表情でキリっとした顔のまま一瞬止まり、再びにこやかに微笑む。
「こちらにいらっしゃるということは、教育課程を受けられるのですか?」
「ええ、今日が初日です。でも流石に…鈍った頭と体にはキツいですね。」
「うふふ、そうでしょうね。みなさん後方勤務が基本ですから。私の場合は教導演習などで海に出ることもありますが…」
「教育課程では香取さんも何か担当されるんですか?」
「いえ、私は艦娘の教育が担当ですから。……そう言えば、秘書艦はご一緒では?」
「秘書艦?」
どういうことだろう、うちの鎮守府から一人連れてきてよかったという事だろうか?でもそんな話は全く聞いていないのだけれど…
そんな考えを見通してか、香取が説明を始めた。
「大尉も実感されたかと思いますが…教育課程はかなりのハードスケジュールですから、身の回りの世話をする艦娘が付くんです。」
「ああ、そう言えばそんな話をされたような、されなかったような…」
「秘書艦は宿舎の同室という事になっていますから、割り当てられた部屋に行けば居ると思います。彼女を待たせても申し訳ないですし、私はこれで失礼しますね。」
「ええ、ありがとうございます。おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
香取と分かれ、割り当てられた部屋へと向かう。午前中に荷物を置きに一度入ったけど、一人暮らしには少し広めの1Kで、確かにベッドが二つあった覚えがある。それが秘書艦用ということだろう。
秘書艦、一体誰だろう。艦娘は私が知る限り皆いい子だけれども、やはり性格の合う合わないはある。苦手な子ではありませんように。
そう考えながら自室のドアを開けた。明かりはもう点けられており、その下には水色の髪が見える。
「あっ、やっと来た!Nice to meet you!私、秘書艦のサミュエル・B・ロバーツ!一ヶ月間よろしくね、提督!」
「えっ。」
思わずフリーズしてしまった。眼の前の少女は私がいつも見ているのと同じ顔、同じ声、同じ姿で可愛らしく動いている。
「……どうしたの?疲れた?あ、私の事はサムって呼んでいいよ!」
「ああ。ごめんなさい。そうよね、別人よね。」
一瞬ウチのサムと見分けがつかなかった。同じ艦なので当然なのだけれど。
「?」
反応のおかしい私を見て、眼の前の少女は首を傾げる。
「うちにも居るのよ、あなたと同じサミュエル・B・ロバーツ。びっくりしちゃった。」
「あ、そうなんだ!じゃあ私のこと、そのサムだと思ってくれていいよ!さっそくだけど、ご飯要る?」
給湯室に立つサムの後ろ姿を思い出す。簡単な料理ならあの子は出来たけど、この子はどうなんだろう。
「そうね。お願いしようかな。えーっと…」
サム、と言いかけて止めた。なんだか…そう呼んだらダメな気がする。何がダメかとかはうまく説明出来ない。私がモヤモヤしているだけなので確証はない。
「……サミー、でもいいかしら?」
「サミー…?うん、いいよ!」
屈託のない笑顔でそう答える少女、サミー。こうして一ヶ月の間、私は彼女と同棲することになった。
「提督、コーヒーのおかわり要る?」
「うん。ありがとう。」
早朝に起床すると、サミーは既に朝食を準備して待っていてくれていた。教育課程のハードスケジュールは食堂すら空いていない時間に始まるので、こうして自室で済ませるしかない。
今日のメニューはトーストにスクランブルエッグと焼いたベーコン、少しぬるめのクラムチャウダー。王道のアメリカンブレックファースト。当然コーヒーもついてくる。
「はいこれ。砂糖とミルクはどうするの?」
「砂糖だけ貰うわ。」
これまたぬるめのコーヒー。朝食にかける時間もあまりない故の配慮だろう。真っ黒な海へと角砂糖を沈めてスプーンを鳴らしているとあることに気がついた。
「サミー…あなた、コーヒー飲むの?」
「うん、飲むよ?提督の所の私は飲まないの?」
小さな両手で可愛く掴まれたカップの中はどす黒いコーヒーで満たされている。ミルクは入っておらず、砂糖の瓶は私の手の中。彼女はブラック派のようだった。
「うちのはホットミルクを飲んでるわね。たまにココアを飲むくらいで、コーヒーなんて全然。」
「へぇ~。やっぱり同じ艦でも好みって違うんだね。私は好きなんだけどなあ、コーヒー。」
そう言うとサミーはカップを傾けてごくごくと飲み始めた。見栄を張っているわけでもないらしい。
彼女を眺めていると目が合った。ニコリと笑うと顔をぐいっと近づけて訪ねてくる。
「ねえねえ、その私って他に何か好きなものある?私と違ったりするのかなあ?」
「好きなもの、ね。」
サムの事を思い浮かべてみるが、ぱっとは思い浮かばない。あの子は大抵なんでも好きと言っているような気がする。好きなもの、好きなもの…そう考えてカップに目を落とすと、黒い液体が目に入った。
黒…黒髪。サムは私のこの髪を褒めてくれていたっけ。まあでも、そんな惚気話をしたところで―
「あ、提督のその黒い髪、好きかも!そっちの私はどうなのかな?」
「んぐっ!?」
コーヒーが気管に入った。
「ぐっ!げほっ!けほっ!」
「あ、あれ?提督、大丈夫?」
大丈夫、となんとか答えながら息を整える。まるで心を読まれたかのようなタイミングで言われて驚いてしまった。
「ええ…だ、大丈夫。ごほっ。」
「そう?それで、実際どうなの?そっちの私も黒い髪がスキ?」
……まあ、そのぐらいは答えてもいいだろう。
「そういえば、そんな事を言っていたわね。」
「へぇ~~~そうなんだ~~~。やっぱり私同士、気が合うんだなぁ~~~。」
先程にも増してニコニコと笑みを浮かべている。サムもあまり読めない子ではあったけれど、この子は更に読めない。
「あ、そろそろ時間だよ提督!」
時計を見る。そろそろ講義の始まる時間だ。
「そうね。悪いけど後片付け、お願いね。」
「うん、任せ…わっ!」
空いた食器を重ねて持ったサミー。その内の一枚が滑り落ちて床へと落ちた。幸いにも陶器製ではなくステンレス製の皿だったので割れはしない。
「ごめん、片付けておくね!」
彼女は落とした皿を拾おうとして腰を曲げた。私はその背中を見ていたが、次の瞬間には別のものに目が釘付けになる。
水色のミニスカートがふわりと揺れ、その中身をさらけ出した瞬間。スカートの中は肌色で満ちていた。人形のように起伏が無く、滑らかな下半身の最下部には可愛らしい窄みと割れ目が刻まれている。
「んん!?」
「え、どうかしたの?」
こちらにお尻を向けたままサミーが振り向く。下半身を丸出しにしているのに、その顔に羞恥というものは全く見えない。
「あなた、下着は?」
「履いてないけど?」
そんな事は見ればわかる。
「いや…いつも履いてないの?」
「うん、そうだよ?提督の所の私だって履いてないでしょ?」
「まあ…履いて…なかったけど。」
「???」
彼女は何が悪いのかという表情で首を傾げた。ああ、懐かしいなこの顔。
「まあ…帰ってきたらまた話すわ。朝ご飯、ありがとうね。」
「うん!晩ごはんも用意して待ってるから!頑張ってね、提督!」
その日の講義と訓練は全く身が入らなかった。サミーにどうやってパンツを履かせようかずっと考えていた。
でもどう足掻いてもパンツを履くように説得出来る気がしない。そもそも彼女は私の世話係であって、直属の部下ではないので命令というわけにもいかない。
昼は食堂が空いていたのでそこで昼食を済ませた。利用者は艦娘が殆どで、色んなデザインの制服に身を包んでいる。ちょっと際どいミニスカートの子も居るが、流石に彼女達はノーパンというわけではないだろう。
サミーの話を聞く限りでは、サミュエル・B・ロバーツという艦はノーパンがデフォルトの状態らしい。どうなってるんだ。
「あ、提督!隣いい?」
聞き慣れた声に振り向くと、一人分の昼食をトレイに抱えるサミーが居た。二人掛けのテーブルの反対側に座る。
「いっただきまーす!」
そのまま器用に箸を使い、鯖味噌定食を食べ始める。
私は食器の横に置いた自分のスマートフォンを取って…わざと落とした。
「あら。」
自然を装って床に落としたスマホを拾う。テーブルに隠れてサミーの方をちらりと見ると、スカートの中身は朝に見たものと同じ光景が広がっていた。
「はぁ……」
「どうしたの?元気ないけど。」
「うーん………いや………元気がないわけではないわ。」
気になる。物凄く気になる。なんというか、もどかしいというか。
なんだか生殺しを食らっている気分にもなる。眼の前の少女はサムとは別の子だとわかっているのに、なんだか…モヤモヤしてくる。いや、ムラムラの方かも。
そんな感じの日常が、佐世保鎮守府で数週間続いた。
サミーはとてもいい子だった。朝早くに起きては朝食を作り、夜遅くまで私を待っていて温かい夕食を振る舞ってくれる。私の世話係をしていない時は出撃もするらしい。本当にいい子だ。
………ノーパンなのを除けば。
どうしてあれだけは治らないんだろう。サムもそうだったけど、サミュエル・B・ロバーツという艦には何かあるのか?
連日続く講義と教練、休みは日曜だけだしその休暇にしたって疲れで一日寝転んでるだけ。将来のためとはいえフラストレーションが溜まりに溜まる。そんな時に彼女のスカートがふわりと宙を舞うと、いけない事をつい考えてしまう。
私が頭に思い浮かべる、サミュエル・B・ロバーツのいけない顔。その顔はサムのものなのか、サミーのものなのか。理性と欲の狭間で可愛らしい顔が揺れている。
とはいえ、そういった妄執を自分で解消出来るような環境ではない。そんな時間も、そんな場所もない。部屋にはいつもサミーがいるし。
そうして色々なものを溜めていき、教育課程はついに最終週を迎えた。
「あ、おかえり提督!お昼もうすぐ出来るよ!」
最終週の日曜日、消耗品を買い出しに出かけた私を出迎えたのはサミーの元気な声と、キッチンの鍋から漂ってくるスパイシーな香り。カレーだ。
「ありがとう。買ってきたものは冷蔵庫入れておくわね。」
牛乳やら野菜やら、次の一週間を迎えるための食材を冷蔵庫に詰めていく。心なしか最近は教練のスケジュールが緩く、こうして買い出しに行くぐらいの体力は残っていた。
サミーはすぐに昼食の準備をしてくれて、食べ終わったのは13時を回ったあたり。満腹からくる眠気で頭がぼうっとする。昼寝でもと思ってベッドへ腰掛けると、隣にサミーがやってきた。
「ね、お話しよ!提督!」
ニコニコと笑う彼女のほっぺにはカレーが少しついていた。
「いいけど…話って?」
ティッシュでサミーのほっぺを拭う。彼女は大人しく、疑問も抱かずにほっぺを拭かれた後に答える。
「だってさ、提督、今週で居なくなっちゃうんでしょ?私もっと提督のこと知りたい!」
「別に構わないけど…どうして?」
「うーん……」
サミーは体を揺らしながら目を伏せる。表情は見えないが耳は赤くなっているように見えた。
彼女がもう一度顔をこちらに向けると、その頬も先ほどより少しだけ赤みがかっている。
「わ、私、提督の事好きになっちゃったみたい!」
黄金色に光る真剣な両眼が私を捉えた。
「えっ。」
思わずドキリとした。サムと同じ顔の少女が、同じ声で愛の告白をしてきている。それが別人だと分かっていても心は反応してしまう。
サミーはじっと私の顔を食い入るように見つめている。それこそ穴が開くほどに。これがサムなら同じように熱い瞳で答えたけれど、目が合わせられず逸らしてしまった。
「あまり…冗談は言わないほうがいいわよ。勘違いする人もいるから。」
「冗談じゃないもん!」
隣に座る少女は両手を私の腕に絡めた。小さな胸に腕が触れる。そこから伝わってくる鼓動はどこか速く、そして熱い。
「提督、ここにいるって事は、昇進するんだよね?多分、こことは違う所に行っちゃうんだよね?」
「それは…そうだけど。」
ダメだ。上手いあしらい方が思いつかない。相手を冷静にさせて何とか収めようとしても、サムとの記憶が邪魔をする。まず私が冷静になれていない。
「私、提督みたいな大人の女性ってあんまり会った事無かったの。最初はいいなあ、っていう…憧れ?みたいなものだと思ってたんだけど、違うみたい。」
腕で感じる鼓動。小さな胸板を伝ってくるそれはより一層激しさを増している。
「私、提督の事を考えると、なんか体がおかしくなっちゃって。熱くて、熱くて、痒くて。」
腕にしがみつくサミーの腕が、もどかしく私の肌を擦る。
「……提督のお風呂上がりの姿。思い出しちゃう。あの体に、抱きついてみたい、って。」
拙い口で語られる少女の原始的欲求。腕に伝わる鼓動はもう彼女だけのものではなく、私の鼓動も混じっている。
「ねえ、提督。」
名残惜しそうにサミーは腕を解くと、私の前に立った。ベッドに腰掛ける私と彼女の目線は同じ位置。そんな幼い彼女が、制服を捲りあげていく。
「私の体、どうなっちゃってるの…?私…提督に…教えて…欲しい…♡」
片手でスカートを、もう片方で上着をめくる。そこにあったのは未発達の少女の性器とまっさらな胸。起伏の少ない白い丘には汗が滲んでいる。
サムとの情交の記憶が頭を巡る。あの時と同じ体が、あの時と同じ欲求が、あの時と同じ光景が脳内へ映し出されていく。
そうして何かが、私の中で弾けた。
私の両手が勝手に伸び、サミーの両腕を掴む。
そして…両腕を降ろさせた。そこに抵抗はなく、淫らな姿をした少女は、ただの少女の姿へと戻っていく。
「………提督?」
きょとんとした目で、サミーは私を呼ぶ。
「ふぅー………」
そのまま深呼吸。溜まりに溜まったものを部屋へと吐き出して、彼女に答える。
「無理しなくていいわ、サミー。」
「えっ?」
腕をぐいっと引き込み、倒れ込む彼女を抱きかかえた。軽い。とても、軽い。
「あなた、怖くなかったの?」
「な、なんのこと?」
「目、泳いでたわよ。さっきまで私の事をずーっと見てたくせに。それに、私が手を伸ばした瞬間ちょっと驚いてたでしょ?」
「わ、私だってそういうことする時ぐらい緊張するもん!」
「そういうこと、ね。どういう事かは知ってるんだ?」
「………!」
可能性は考えていた。サミーが常時ノーパンでわざわざ見せつけてくる事、最終週で急にスケジュールが緩くなったこと。そもそも、世話係がよりにもよってサミュエル・B・ロバーツだということ。
「ハニートラップの訓練かしら?多分だけど…発案は香取さん?」
「……………!」
彼女は私に抱きしめられるがままだった。表情は見えずとも、段々と冷えていく熱量と鼓動が彼女の本意を指し示す。
「…………あーあ!バレちゃったかぁ……」
サミーは私を振りほどくと元気よくベッドの上に寝転んだ。ベッドが僅かに軋む。
そのままふくれっ面でこちらを見上げている。
「半分本気にしそうだったけどね。でもやっぱり話がうますぎるというか、なんかおかしいって感じたの。」
「ふぅーん…。」
サミーは少し悪戯っぽい、意地悪な目つきでこちらを見ている。サミュエル・B・ロバーツの顔は色々見てきたが、初めて見る顔。
「それってつまりさ、提督は『私』のそういう姿を色々見てきたって事でいいんだよね?」
微笑んで、というか、ニヤニヤに近い笑み。こういう顔も出来るんだ。
「さあ、どうかしら。香取さんは何か言ってた?」
「100%してる、って言ってたよ。」
ああ、やっぱりバレていたわけか。というかこれ大佐にもバレてるんじゃないか?大佐も人が悪いなぁ。
「でも、あなたがそういう役をするっていうことは、経験はあるのかしら?意外ね。」
そう聞くと、サミーはむっとした顔をしてしまった。
「…………ヒミツ。」
「うちの『あなた』はむしろ私に聞いてきたのよ?同じ艦だから性格も同じだと思ったんだけど、案外正反対なのかもね?あなた達って。」
「…………。」
答えは無かった。むっとした顔のまま天井を見つめている。長い沈黙の後、ぽつりと返答があった。
「私も、そういう時期はあったよ。昔の話。」
黄金色の瞳に先ほどまでの熱量はなく、天井に浮く照明の光をただ返すのみ。どこか物悲しい顔を見せる彼女の姿は、今まで見たサミュエル・B・ロバーツの姿とは全く異なる。
「失恋でもしたの?」
「……うん。」
「そう。」
私は力なく倒れる彼女を起こすと、再び抱きしめた。冷えた体に熱が戻っていく。
「えっ…ど、どうしたの提督!?これハニートラップだよ!?」
「抱きしめてるだけならいいでしょ。」
「そうじゃなくて、なんで私を抱いてるの!?」
「あら、嫌だった?」
「嫌じゃ…ないけど…。」
サミーの息は荒く熱くもなく、静かに優しく私の体に吹き付けられる。
「さっきね、私に裸を見せた時、抵抗があるように見えたの。でも私の腕に抱きついてきた時とか、嫌がる素振りが全然見えなかったから。こうしてるの好きなのかなって。」
「………」
小さい両手が、ゆっくりと背中へ回される。
「……にしても、こんな子にハニートラップの真似事させるなんてね。大佐にはキツく言っておくわ。」
「あ、それなら大丈夫。私から志願したの!」
「えっ?」
私の両腕をくぐり抜け、ぴょこりと水色の頭が顔を出す。その顔は自然な笑みで答えた。
「むしろ私の方からハニートラップ提案したんだよ!」
「………どうしてあなたが?」
「ん~提督に興味があったから、かな?」
「私に?どうして?」
「えへへ…ヒ・ミ・ツ!」
言っていることがよくわからない。私はそんなに有名人でもないはずだけれど。この子とも接点はない…はず。多分。
「………さっき言われた通り、私、提督とえっちな事するのに…ちょっと抵抗があったの。」
「見知らぬ人と一夜を過ごすなんて、そのくらい抵抗があって当然じゃない?」
「うん。でもね、今ので提督の事もちょっとだけだけど、わかった気がする。今なら…提督とえっちするのにあんまり抵抗無いかも!」
また、黄金色の視線が私を貫く。たった十数センチ前にその瞳がある。私が少し前に出れば唇が触れ合う距離。それでもその視線は揺らぐことなく、まっすぐ私を見つめている。
それどころか、その距離は縮まりつつある。サミーの顔がゆっくりと近づいてきたのだ。
「ちょ、ちょっと!ストップ!本当にするの!?」
「あははっ!提督の顔、赤くなった!」
「なっ…!」
サミーはするりと私の包囲を抜け、ベッドから降り立った。ふわりと広がるスカートを後ろ手で抑えながらこちらを振り向く。
「私、ますます提督に興味出ちゃった!改装が終わったら私も着いていくね!」
「は?着いていくって…?」
「私もね、第二改装の対象者なの!私の異動願いはどこにするか決めてなかったんだけど、提督と一緒の所にする!」
待って待って待って、聞いてない。そりゃ戦力的には一人増えるのはいいかもしれないけど、サムはどういう反応する?私にハニートラップ仕掛けようとした別のサミュエル・B・ロバーツが同僚になるって?絶対納得しない。いや隠せばなんとかなる…?
色々考えを巡らせるけど、彼女の願いを拒否する選択肢はどうしても思い浮かばなかった。あんな姿を見せられて、いやダメですと言えるわけがない。どうも私は押しに弱いらしい。
「はぁ…勝手にしなさい。どっちにせよ私にどうこうする権利はないんだし。」
「えへへ。楽しみだなぁ…」
「………もう寝ましょうか。明日に備えて。」
「うん!」
最終週の残りの日は、先週の余裕が嘘のような詰め込み具合だった。どうもサミーがハニートラップを仕掛けるのも予定に組み込まれていたらしい。とは言え大っぴらに何かあるわけでもなく、廊下で合う香取とも多少の世間話をする程度。サミーの誘惑に乗っていたらどんな事になっていたんだろうか。
それまでにサミーが見せてくれた優しさに嘘偽りはなく、最後の日まで甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれた。本当に感謝しかない。
最終日については…実は記憶が抜けている。私含め教育課程を受けたメンバーと教官達で送別会をしたらしいのだけど、疲労と酔いで何をしたか覚えていない。サミーによれば普通に飲み過ぎでぶっ倒れて、そのままずっと彼女に介抱されていたとのこと。
「はぁ……。」
佐世保の埠頭で涼しい海風が体を冷やす中、まだ熱を持っている頭を抱えてため息をついた。最後の最後で迷惑をかけてしまったらしい。気にしないと笑顔で言ってくれるのはサムとそっくり。
「どうしたの?提督、まだ頭痛い?」
「ううん。大丈夫。ありがとうね。」
横にいるサミーの頭をぽんと撫でる。見送りに来てくれたのだ。
「改めて言っておくけど…あなたの配属先、ウチでもいいわよ。でも…」
辺りを見回して、誰もいないことを確認。サミーにこそっと耳打ちする。
「ウチにいる方のあなたがどう反応するかはわからないから…一応覚悟だけはしておいてね。」
「シュラバ、ってやつ?」
何故かサミーの目はキラキラと輝いている。
「んーまあそう、そうね…最悪、私のせいって事にしていいから。」
「提督の所の私、それ信じるかな?」
「……厳しいでしょうね。」
「でも大丈夫!もう一人の私がライバルなら、私どこまでも強くなれるから!」
ああ、ポジティブっていいなあ。心の中でそう思っていると、連絡船が到着した。船長はいつもの長田さん。
「はーい、お迎えにあがりましたよ。今日は一人って聞いて…おいおいおい!お前は違うだろ!」
さも当然のように船内に上がろうとするサミーを長田さんが静止する。
「あ、バレた?」
「バレバレだよ!早く降りろ!」
「ちぇー。」
渡された板を渋々戻る彼女と入れ替わりに連絡船へと乗った。長田さんが板を回収して船のスクリューを回し始める。
「またね、サミー。いつでもいらっしゃい。」
「うん!絶対そっち行くからね!約束だよ!」
船が出て、彼女が豆粒のように小さくなるまで、埠頭のサミーを見つめていた。彼女もまた、私の視界に残ろうと大手を振っている。
「…そういえば長田さん、さっきのがウチのサムじゃないってよくわかりましたね。」
「そりゃ、先週北山サンの所に荷物届けてますからね。会ってますよ。」
そう、そうだ。今はウチの基地について考えねば。後藤くんの仮配属は今日までの話で、この連絡船の帰りに彼が乗る予定。何も起きてなければいいけど。
「……北山さんはあのサミュエルと知り合いで?」
「ええ、教育課程の間に身の回りの世話をしてもらってました。」
「ふぅん………。」
どこか意味ありげな沈黙。サミーも何か変な意味で有名だったりするのだろうか。いや、ノーパンならそりゃ有名か。
この時の私は、長田さんの沈黙の意味を知らなかった。これを知るのはずっとずっと後、サミーと『そういう』関係になってからの事。
「…どうだった?彼女は?」
佐世保鎮守府の埠頭、コンクリートの床に腰掛けて、ぷらぷらと足を揺らすサミーに白川大佐が声をかける。初老の彼と青髪の少女の姿は、孫と子のようにも見えた。
「いい人だったよ。それになんか…すごいなあって。」
「すごい?」
「うん。言葉にするのはちょっと難しいけど…私、まだまだ子供なんだなぁって。」
「そりゃあ、君の姿を見たら誰だってそう思うんじゃない?」
「ううーん…そういう意味じゃなくて。私、まだ引き摺ったままだったから。」
笑顔の絶えない大佐の顔が、ほんの少しだけ引き締まる。
「私、昔の事ずっと引き摺ってて。同じ人を好きになったあの人なら、お互い…なんていうかこう、理解しやすいんじゃないかなって。」
「苦い思い出と悪い男は忘れるに限るよ、君。良いことなんて無いさ。」
「うん。そうする。私も忘れる。好きな人、見つけたし。」
「うんうん、青春だねえ…。」
笑顔で頷きながら、大佐はサミーの襟首をむんずと掴む。
「………で、訓練のほうはいいのかな?香取くんが鞭の素振りをしていたけれど。」
「ご、ごめんなさい!今すぐ戻ります!」
大急ぎで鎮守府に戻るサミー。その後姿、スカートの中にはちゃんと白い布が光っていた。
「うんうん、サボりもまた青春………かな?」
青春とは無縁そうな、三十代の教え子の顔を思い出しながら、大佐は微笑んだ。