木枯らしの季節。
寒風が袖の中に入り、身震いする。
視界に入るのはイルミネーションばかりで、なぜかバカにされたような気分になる。
理由はわかっていた。
無為に時間を使いすぎた。
周りは進歩し続けているけれど、俺は全く進みやしない。
タバコで喉を焼いた。酒も浴びるほど飲んだ。
ゲーム三昧で、たまに空いた時間も異世界小説に割いた。
バイトをしているからニートよりもマシ。
そんなものが座右の銘になり得るのならば、俺は確かに座右の銘に従って人生を流していた。
周りが楽しんでいると、虚構の快楽を享受している自分に腹が立ってしまう。
いや、楽しんでいるかはどうでもよかった。
楽しそうに見えるのが、とてつもなく、不快だった。
無意味な妄想で、頭の良さそうな言葉を並べて、自分は自分を理解しているように勘違いしていく。
楽しそうにしている人を見るのが辛い。
そう素直に言えればいいのに。
「…っはぁ…」
吐いた息が白い。
小難しいことを考えていた思考が現実に引き戻された。
楽しそうにしてる奴らを見るのは不快だが、「吐いた息が白くなる」という些細な化学現象に何も感じないほど子ども心を捨てる歳でもない。
「ははっ…ダメ人間なりの人生の楽しみ方しますか」
バイト帰りで、両手にはタバコと酒完備。
あとは酒とタバコの肴になるサブスクのプリペイドカードだ。
「女がいればもっと良かったけどな」
都会の喧騒と、建物から漏れでる光を全身で受けながら独り言ちる。
そういえば最後に彼女がいたのはいつだっただろうか。
高校…二年。
こっぴどく振られた記憶がある。
女子に優しくないとかそんな感じ。
いや、優しくする必要ないだろう。
そもそも世界が女子に優しいじゃん。
配慮が連呼される昨今でまだ優しくして欲しいのかよ、わがままが。
とか、考えてた気がする。
正直、今も思ってる。
やりたいことが全て女子が有利だった。
声が可愛ければそれだけで稼げるし、女子ってだけでブランドが着く。
女子eスポーツプレイヤー。ほら字面がいかにも稼いでそうだ。
まあ正直この考え方が変われば、その時には彼女もいるだろうし、考え方が変わるまではこう言い続けたい。
「女子って楽そ〜。女に生まれたかったわw」
その時、イルミネーションの光に混じって信号機の赤色が輝いていた気がして、
知覚した瞬間、全身がバキバキに折れる感覚と脳みそが弾ける感覚を味わった。
◇
◇
◆
「っ」
臭い。
体が粘つく。
寒い。
節々が、痛い。
大挙して押し寄せた感覚たちに、狼狽するしか無かった。
死んだ感覚やらがまだ残っていて、それもあって生き地獄で。
目ヤニで不快感が募る瞼から涙が溢れ、いくらか目ヤニを洗い流していく。
死んだ。死んだのはまあ、1万歩譲って受け入れる、がこの状況はなんだ。
光源がなく、寒く、臭い場所。
極めつけに体に走る痛み。
「だれか……」
水分を補給していなかったのか、ガラガラで割れたガラスを地面に擦り付けたかのような声が自分の喉から出た。
「…だれか!!」
死にかけた喉を酷使して自分の存在を知らせるため大声を出す。
意外に明瞭に響く声は、確かに誰かに届いたらしく暖かい光とともに足音がこちらにやってくる。
暖かい光は、施設を照らした。
確かに照らしたが、俺のいる場所は中途半端にしか照らさなかった。
鉄格子が窓に嵌め込まれたドア。
その全容を把握した時、俺は体の震えが止まらなくなっていた。
痛む体を動かせば、金属が擦れる音、つまるところ鎖が転がる音が俺の耳に届いて。
ここまで来れば俺が良い立場にいないことだけはよく分かった。
そんな悪い立場にいる俺が耳障りな声で大声を出し、暫定ではあるが【俺をこの状況に置いた人物】を呼び出してしまった。
軋む首を上げ、鉄格子の向こう側を見た。
「ちっ…うるせえんだよ。あん?お前壊れてなかったのか?下手な演技しやがって!!おい!!」
人相の悪い大男が鉄格子を棒、いや鞘に収まった剣で殴る。
大きい音は確かに俺の鼓膜を揺らし、恐怖心をも叩いた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
俺の口から出たのは謝罪の言葉。
情けない、情けないけれど、仕方がなかった。
そう、自分に言い聞かせた。
前世ダメ人間、今世奴隷。
どうなるのだろうか。俺の人生。
◆◆◆◆
思ったよりも待遇が良かった、という言葉が頭にくる。
あの体の不調も精神的に壊れたと勘違いされ、放置されていたために起きたものであるらしかった。
粗末だが食事も出された。
だが、それだけだった。
体が痛くなる石の床は変わらないし、ボロ布のような服も、隙間風が吹く環境にも変わりはなかった。
なんで俺がこんな目に、と思うことも少なくなかった。
そんな思いを一番に感じたのは、俺の今の体の性別を確認した時だった。
くそ重い髪の毛を引きずって、石の床にぽっかりと空いた穴にトイレをする。
そういう用途だよな?と半ば悪いことをしているのではないかというような感情を抱きながら、ボロ布を手繰り秘部を晒す。
無いと、一言で済ませられればどれほど良かったか。
ピッチリと閉じたスジはどのように見ても雌のソレであり、男には元来無いもので勿論俺にあっていいものではなかった。
確かに隙間風に吹かれて震えている時、勃起した乳首が妙に鋭く…いや、大きくて、擦れてなんとも言えない気持ちになった。
男の時はそんなこと無かったため、個人差があるのかとも思ったが、こんな展開は予想外だ。
俺は、女の奴隷になってしまっていた。
いや、奴隷ってだけで悲惨だ。
男は死ぬまで働かされると言うし。
だけれど、女の奴隷はもっと酷いとライトノベルで読んだ。
その最たる例が性奴隷であり、壊れるまで使われる性のはけ口で買い口は大抵の場合、金のない平民。
だがこの牢屋を見る限り、奴隷の扱いがいいようには思えない。
そこから導き出される結論としては、『本当は奴隷は違法だが、裏の人間によって人身売買が行われている』だった。
こうなると買い口は裏の人間、つまるところ死ぬよりも酷い目にあう。
奴隷が合法であっても結論は対して変わらない。死ぬより酷い。
っていうかこんなことを奴隷の俺が考えても糠に釘だ。
色々な世界観に色々な奴隷の扱いがあるし。
人間どころか、労働者としてちゃんと扱う小説もあった。
だけどこの寒風吹く牢屋のどこに人権があるのだろうか。
ないだろう。
だから、俺が女というのは致命的であり『なんで俺がこんな目に』と思うのは仕方がなかった。
こんなことを考えていても膀胱は限界を迎える。
自分になかった感覚を開拓されるかのように、暖かい感覚が股から出ていく。
勢いもすごく「ジョボボボボ」という水音が羞恥心を加速させる。
耳まで熱くなっているのは、恥ずかしかったからなのか、それとも放尿に快感が混じったからなのか、俺には分からなかった。
と、奴隷になる目にあった訳だが。
食って寝て、を繰り返すわけでもなかった。
奴らはソレを調整、と言っていた。
まず、俺は体を洗われた。
溜まり溜まった垢はこそぎ落とされ、絡まった髪の毛は手触りが良くなるように、指が通るように手入れされた。
相変わらず鏡がなく、自分の姿が確認できないが、ここまで大袈裟に洗われるのだから見目がよく、性奴隷としての最低条件は果たしているのだろう。
まあ、肋が浮き胸も真っ平らなようだから年齢に関しては最低条件を果たしているかは分からないが。
そして、俺は下腹部に焼印を入れられた。
手足を縛られ、猿轡をくわえさせられ、椅子に縛り付けられた。
ボロ布のような服はなく、全裸であり周りの男共は冷めた目で俺を見ていた。
知識のない俺が見ても、あ、今からやばいことされる。って思ったのは焼きごてが引っ張りだされたからだった。
ただ赤熱した炭の中に入れられているという訳じゃなく、金色で高価な雰囲気が出ていた。
拷問に使われる雰囲気のないソレは、今から拷問される雰囲気のある俺とは酷くミスマッチで、意味もなく俺に仮初の安心を与えていた。
だがその仮初もすぐに終わる。
なにやら白い粉を振りかけられ、青く、内側から光りはじめる。
昔見た事がある。
動画サイトの、1分ほどしかない短い動画で、ナイフを作っている動画だった。
高温で熱された金属は内側から炎を燻らせ赤熱している。
そんな光景を思い出し、目の前の景色と比較する。
男が持つ金色の焼きごては、言わば青熱していた。
青い炎は赤い炎よりもやばい。
そんな中途半端な知識を持っていた俺は「嫌だ」と、猿轡をくわえさせられている口でなんとか言おうとするが、出ない。
身を捩って逃げようとしても周りの男が俺を押さえて許さない。
ジュッ
皮膚の水分が沸騰する音を聞いたあと、俺は気絶した。
◆◆◆◆
淫紋。
俺が刻まれたのは、エロ漫画ではありがちの紋章だったらしい。
俺が起きた時、ちゃんとピンク色の刺青があったからだ。
あの焼きごては魔法的ななにかだったんだろうと思う。
奴隷商の人間を見ても指先から火を出してランタンに灯しているらしいし、本当に剣と魔法の世界なんだろう。
剣と魔法の世界か。奴隷なんて身分じゃなかったら憧れが止められずに冒険者なりなんなりになっていただろう。
「おい、こっちに集中しろや」
「あっ…ひぃ……」
剣と魔法の世界に転生した奴隷の俺は、下腹部に圧され嬌声を上げていた。
ここから地獄が始まるのかと、予感させるには十分な刺激が紋を通して俺を焼いた。
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