少なくとも、俺は返せない。
あれから、俺が国の首長を殺した罪が発覚し有らん限りの屈辱と苦痛を持って死刑された、なんてことも無く。
あなたは悪いことをしていないのです、とでも言うように視界の中央上に光り輝く火の玉を抱え込んだ青空が無責任に俺を慰めてくるようで。
あの惨状、刺した後の心情、赤と茶に彩られた景色を己が心にのみ想起できる。
儚い刃を握りしめた手のひらが、瞼の裏に焼き付いた景色が、俺の心を徐々に押しつぶさんとしていた。
浅ましくも考えた。
許されたい、慰められたい、罰せられたい。
そんな浅ましい考えも、矛盾した自己陶酔に塗り替えられる。
ただ俺は俺自身が不憫だから、世界が悪いから、魔王が優しくて、でも魔王が子どもを…処女を奪うと言ったから。
だから俺はこんなことになっている。だから俺は悪くないと。
現実逃避だった。
現実逃避であることを自覚しながらも『魔王自身に罵ってもらいたい』というおぞましい欲求は止められなかった。
あんなことをしてきた魔王を許せるはずがない。殺したのは正解だった。
あんなことをしなければ俺は嫌な思いをしなくて済んだのに。
そもそも魔王はあの地獄から助け出してくれた。穢れた私を助けてくれた。なのに、ごめんなさい。ごめんなさい。
俺/私は幸せになりたかった。
地獄を味わいました。
地獄から助けてもらいました。
地獄が終わったと思ったら、珍しい血筋だからと子どもを産むことになりました。
最低の不幸を味わったけど、助けて貰って、幸せです。
幸せなのでしょうか。
そもそも、前世でも幸せだったのでしょうか。
シアワセってなんですか?
矛盾した思考回路は焦げ付き、どこに本心があるのか、どれが嘘なのか、それとも全て嘘なのか、分からなくなってしまっていた。
理性からの訴えなのか、本能からの断末魔なのか分からなくなった。
なにも、考えたくなくなった。
俺の事なのか、彼女のことなのか、分からなくなった。
ただ、真実と言えるのはただ一つだった。
怠惰に日常を流していく。
刷り込み済みの小さなアヒルのように。
首根っこを摘まれた仔猫のように。
或いは、日本で腐り続けた青年のように。
自由を求めた最初の自分。
幸福を求め続けた青年と少女。
自分であったはずの彼、彼女から目を逸らし。
学習性無気力、とでも言えばいいのか。
優しさ、恐怖、暴虐、赦し、全ての欲。
これらが等しく俺の体力を削っていく。
だから、全てを等しく受け入れてしまった。
優しくしてくれた彼女の表情から目を逸らし、恐怖の対象を意識の隅にやり、暴虐の記憶から学習したフリをして、赦しを認識せず、欲望を自分の中で悪とする。
残酷な程に全てを受け入れる。
自分の心が上げる摩擦音すらも環境音とした彼は、彼女が晒され続けた理不尽と心に刻印された
◇ ◇ ◇
どうやら俺の魔法の才能はなかなかなもののようで。
先日のカナリア脱走の手助けで魔力をスッカラカンになるまで使った影響か、容量が爆増したらしいのだ。
分かりやすく言えば、短剣の術のみに絞れば数百本生成して爆発させようが余裕。レベルだ。
暇も暇だったためスペシアさんの個人的な修練について行き魔法の練習をしてみたらこの事態が発覚したのだ。
流石に文字通り数百本生成しました。とかではなく一本作って爆発させてみたら、クラっと来るどころかまだまだ行けそうだったための判断だ。
術を変えればこうはいかないだろうとはスペシアの談だがそもそも術が分からない。
…スペシアさんの厚意はとても嬉しい。
だからこそこの国から逃げるための踏ん切りがつかない。
逃げる算段はつかない。
算段。
そう、問題なのは、算段など必要なのか、と心のどこかで思ってしまっているところだ。
この国に来ていちばん接しているのはスペシアさんだ。
この人は質実剛健という言葉良く似合う上に俺にとても優しい。
子どもの上に性奴隷も真っ青な扱いを受けた俺にとても優しくしてくれている。
それがとても辛いのだ。彼女の主君を一回でも殺してしまった。蘇るから良いと慰められたらどれほど良かったか。
最近、無気力でいる時間が増えた。
それを見ている人間の表情を観察しようとすら思えない。
眼球を動かすことが億劫になるほどあの記憶は鮮明だった。
あの感触はこの手を離れてくれない。日本の倫理教育を今日ほど憎んだ日はないと嘆いたほどだ。
スペシアさんに対して申し訳ないからこの感情をまずは消化したい。
それが目下の俺の考えで、目標だった。
◇ ◇ ◇
魔王の隠蔽と手助け、そのおかげで俺は死んでいない。
十騎士の生まれた場所である集落を巡るイベントは一ヶ月後ということになった。
スペシアさんが魔王に打診したことで実現したことだ。
案内役はその都度変わるようで最初はスペシアさんがしてくれるらしい。
全部スペシアさんがしてくれる訳じゃないのかと不満げにするとそれを察知したのかスペシアさんは言った。
「アッシュには、強力な味方を作って欲しいんだ」
そこまで言われてもまだ困惑が抜けず、呆けていたら「アッシュは歳の割に賢いから言うが…余り考えすぎるなよ?」という前置きのあとに話してくれた。
俺の現状を。
俺をめぐってこの国で水面下の争いをしているのは4つの派閥だ。
光輝魔法を用いて魔笛国以外滅ぼそうぜ!派閥の『過激派』。
光輝魔法なんてモンをここに置いといたら準備できずに攻め滅ぼされるわ!とっとと追い出せ!派閥の『保守派』。
次に反社会的勢力で、今代の魔王すら認めようとしない『革命派』。
そして最小派閥の、真の王族を王妃に迎えて国防を強化しようぜ!派閥の『繁栄派』。
スペシアさんは当然、繁栄派。
まあ、俺の繁栄派への心証は複雑なのだが。
と、いうか俺が素直に喜べるモノを掲げる派閥がひとつも無い。
保守派の連中に追い出されればまた明日も知らぬ我が身状態に後戻り。なんなら食べるものには困らなかった奴隷商館時代よりも酷い生活を送ることになりそうだ。
1ヶ月と少しの期間、俺が魔王に要求されることは少ないだろう。
それにこの国が一枚岩ではないと知った今、俺に出来ることがあるだろうか。
足は依然動くことは無い。
魔法も短剣形成を負担なく使えるというのが関の山。
スペシアさんですら基本的には魔王ファースト。
それに、魔王が使っていた巻物、スクロールとか言ったか。あれのせいで俺は魔王の奴隷だ。
俺の取れる手札を用意、誰にも悟られず脱出し、生活していく。
1ヶ月でそんなこと出来るはずがない、なんて言う余裕はなかった。
誰かを傷つける勇気は当然、枯れ果てていて。
臆病に、誰にも影響を与えず、消えたかったのだ。
if
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ある方が良い
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ない方が良い